Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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途端、まん丸くておかしな声を出すものが彼にぶつかる。
無重力下での衝撃に、彼はバランスを崩し、あっけなく体を傾けた。
コーディネイターは筋力が強いのであまりこうした無様な状態にはならないのだが、抗う気もなく流されていく彼を、キラは咄嗟に手を伸ばして掴んだ。
いつかフレイが自分をつかまえたように…
「ありがとう」
彼は、キラに優しく微笑んだ。
彼は慰霊団派遣準備のためにユニウスセブンに向かっていた視察船、シルバーウインドに乗船していた。ところが途中で地球軍と出くわし、臨検を受けることになったのだが、どうやらそこで大きな揉め事が起こったらしい。
むしろ暗黙の中立地帯・ユニウスセブンに向かうコーディネイターと地球軍が出会って揉め事が起きないはずがない。
彼は事態が急変すると供の者たちに救命ポッドに避難させられ、脱出してキラが見つけるまで助けを待っていた…という事らしい。
これにはフラガもマリューも頭を抱えた。
一方でまた1人飛び込んできたコーディネイターの存在に興味津々のクルーは、なんとか士官たちの事情聴取を聞けないかと骨を折ったが、鉄の女ナタル・バジルールが鉄壁の守りでそれを許さず、皆、渋々仕事に戻っていた。
彼の名はラクス・クライン。
現プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの息子である。
端麗な容姿によってモデルや俳優業などをこなしながら、15歳までにひと通りの高等教育を終えた才人でもあった。
クライン派の広告塔として幼い頃からマスコミの前に姿を現していたが、彼の名を一躍高めたのはなんといっても「血のバレンタイン」だ。
コズミック・イラ70。
ラクスは誕生日を、父シーゲルが提唱した「プラントの自給自足」政策の基幹となる農業プラントのひとつ、「ユニウスセブン」で迎えていた。
父に代わり、ユニウスセブンの人々の激励を兼ねて、バースデー・イベントを行うために訪れたその地で、コーディネイター最大の悲劇は起きた。
本来赴くはずだったシーゲル・クラインは、プラント理事会との緊張状態が続く中、ラクスの誕生日である2月5日に、理事会との会議が予定されていたため、月のコペルニクスに向かっていた。
しかし、この会議は結局開かれることはなかった。
会議直前に爆弾テロが起き、地球側出席者が多数死亡したためである。
クラインはシャトルの整備不良により時間通りに会場に向かうことができず、辛くも難を逃れた。
この件で理事会は当然、プラントによる陰謀を疑い、プラントもまた理事会側にブルーコスモスの陰を見て、綱渡りをしていた両者の緊張が一気に高まったのである。
やがて、これが「血のバレンタイン」を引き起こすこととなる。
テロ調査のため、プラント政府が全宙域に厳戒態勢をしいた事もあり、イベントの後10日ほど足止めを食らったラクス一行は、遅れてしまったスケジュール調整のため、航行が解除されると同時に離陸した。
そしてその瞬間、ラクスの船は猛烈な核攻撃にさらされた。
船は嵐の中の木の葉のようにくるくると旋回してプラントから投げ出され、推進力を失い、ぼろぼろになって宙域を漂流していた。
船には無残な穴が開き、隔壁のほとんどは用を成さなくなったため、居住区は壊滅状態だった。乗員たちは、かろうじてわずかな酸素が残っていた狭い貨物室で、酸素残量を気にしながら、水も食料もほとんどないまま過ごしていた。
その間に、乗客は何人も死んでいった。
悲劇から1週間が経とうとした頃、24万人以上の死者が確認され、プラントを嘆きと怒りが包んでいたその時、奇跡的な生存者発見の報は喜びとなって駆け巡った。しかし発見時に生存していた乗員もすさまじい量の被曝によって次々と命を落とし、唯一生き残ったのがシーゲル・クラインの1人息子、ラクス・クラインなのだった。
骨折や熱傷などの外傷は、プラントの優れた再生医療ですぐに回復したが、問題は細胞…遺伝子の損壊だった。
宇宙で暮らすコーディネイターは、遺伝子を操作してあり、もともと宇宙線にはかなりの耐性を持たせている。そのためナチュラルに比べ、有毒な放射線にさらされても、かなりの時間を耐えることができると言われている。
しかし許容量を上回る被曝によって遺伝子に傷がついてしまえば、それを完全に治す術がないことはナチュラルと変わらない。宇宙は未だ、人類を受け入れてはいないのだ。
宇宙船や戦艦は有害な光線類に対して当然、万全の対策はしてあるが、それでも100%ではない。ましてや船自体が破壊され、膨大な放射線が散乱した宙域で、長期に渡って被曝を続けた彼の体は手の施しようがないほど蝕まれていた。
ラクスはオーブや父シーゲルの故郷であるスカンジナビア王国など中立国の援助で、ナチュラルの高度先進医療を受けながら小康状態を保っている。
医学については、遺伝子操作によって頑健で屈強な体を手に入れたがゆえに、外科的な医療が主となるコーディネイターと違い、肉体の脆弱さを補うため薬学や予防医療が発達したナチュラルの方が歴史的にも研究が進んでいるのは皮肉だ。
そんな体でありながらなお、父の広告塔、ハト派のプロパガンダとしてメディアに顔を出す彼を、悲嘆にくれるプラントは熱狂的に迎えた。
彼は「悲劇の英雄」と呼ばれ、まさしく戦争の爪あとの生き証人となったのだ。
そんな有名人が、今、目の前で尋問を受けている…マリューはついフラガを見てしまった。
「それで、きみの船は?」
フラガは腕組みしながら彼に聞く。我ながら愚問だと思いながら。
「わかりません。あの後、地球軍の方々もお気を静めてくれたならいいのですが…」
(それは…ないわね…)
マリューは今度はナタルを見てしまう。
ナタルもちょうど彼女を見たところで、2人は(ねぇ…)と珍しく共感する。
マードックたちは救命ポッドの中に詰め込まれた医療器具を運び出し、艦長やフラガが検分を行った後、空いている士官室に運び込んだ。
短い時間しかなかっただろうに、ラクスのための点滴や吸入器や薬品がぎっしり詰まったパックを見て、恐らくもう生きていないだろう彼の随伴者たちが、どれほど彼を大切にしていたかが感じられた。
幸い、避難民の中にはマリューの肩のケガを診てくれた民間人の医師がいる。
何かあればすぐに診てもらえるだろうと3人はあらかじめ話し合った。
何しろ彼の身に何かあれば、政治問題に発展しかねないのだ。
何にせよ、またしても増えた難問に頭が痛い。
マリューがため息をついて頭痛のする額を抑えると、フラガが陽気に言った。
「しっかしまぁ、補給の問題が解決したと思ったら、今度は悲劇の王子様か。悩みの種が尽きませんなぁ、艦長殿!」
「あの子もこのまま、月本部へ連れて行くしかないでしょうね」
マリューはぼそりと呟いたが、それが憂鬱の種だ。
シーゲル・クラインの息子にして悲劇の英雄。プラントとの交渉材料として、どれほど価値があるか見当もつかない。
「でも、軍本部へ連れて行けば彼は…いくら民間人と言っても…」
根が優しく、あれこれ考えがちなマリューは、彼の運命を思うといてもたってもいられない気になった。ましてや彼は病持ちなのだ。
(できれば、そんな目には遭わせたくない…民間人の、病気の子を…)
「そうおっしゃるなら、彼らは?こうして操艦に協力し、戦場で戦ってきた彼らだって、まだ子供の民間人ですよ?」
彼女の甘さをなじるようにナタルが言う。
「コーディネイターのキラ・ヤマトをコーディネイターとの戦いに巻き込み、他の子供たちにも操艦を手伝わせて、彼だけは巻き込みたくないと?」
「…」
ナタルの言葉で平手打ちを喰らったかのように、マリューは黙り込んだ。
ラクスは自分が表に出る事で何が起こるかをよく知っている。
クラインとて、息子を本気で心配するなら治療に専念させるはずだった。
「彼はクラインの子です。と言うことは、その時点で既にただの民間人ではないと言うことですよ」
(あの親子は、すべてを計算に入れた上で立ち回っている「政治家」だ)
そう分析しているナタルの正論に、マリューはぐうの音も出ない。
フラガは女2人の火花の飛ばしあいに気まずそうにしている。
「わかってるわ、そんなこと…」
マリューはしぶしぶ答えた。
(でも、わかってても割り切れない事ってあるじゃない)
フラガの言うその「悲劇の王子様」は、その頃なぜか食堂に出てきており、ちょっとした騒動を起こしていた。
誰が彼に食事を持っていくかで押し問答していたところに、突然軟禁中の本人が現れてキラたちを仰天させたのだった。
「驚かせてしまったなら、ごめんね。のどが渇いて…それに、恥ずかしいんだけど、お腹もすいちゃったんだ。ここは食堂かな?なにかもらえると嬉しいんだけど…」
なぜかやたらとあっけらかんとした彼に、キラもミリアリアもぽかーんとしていたが、キラがハッと気づき、カズイが「鍵とかしてないわけ!?」と叫んだ。
それに気づいた皆は軽いパニック状態だ。
「なんでザフトのヤツが勝手に歩き回ってんだよ?!」
その時、フレイが怪訝そうに声を上げた。
その眼にはあからさまに嫌悪感が宿っていたが、キラの視線を感じるとふとそれを隠した。
「勝手にじゃないよ。ちゃんと部屋でモニターに聞いたよ?出かけてもいいですかって。3回もね!」
(ああ…なんだろうこの人…)
指を三本立てて得意そうに言う彼を見て、キラは頭のネジが緩んで落ちる気がした。
「それに、僕はザフトじゃないよ」
彼はフレイが言った「ZAFT」についてもご丁寧にレクチャーしてくれる。
「ザフトというのはZodiac Alliance of Freedom …」
歌うような彼の言葉を遮ったのはフレイだった。
「なんだって同じだろ!コーディネイターなんだから!」
「同じじゃないよ。確かに僕はコーディネイターだけど、軍の人間じゃない」
彼は怒鳴られてもひるまずににこりと笑う。とても綺麗な笑顔だった。
「きみも軍の人間じゃないみたいだね?だったら、僕らは同じだね。挨拶が遅れたけど、僕は…」
交渉や外交慣れしているせいか、ラクスはさっと右手を出す。
しかし次の瞬間、そこにいたキラたちは息を呑むことになる。
「冗談じゃない!なんで俺がおまえなんかと握手しなきゃならないんだ!」
フレイはそう怒鳴りながらパシッとラクスの手を叩いた。
ラクスはきょとんとしてフレイの顔を見つめた。それはまるで初めて見る生き物に興味津々の子供のようだった。一方、ナチュラルとは思えないほど美しく整ったフレイの表情はまさに、大嫌いなものを見る時のそれだった。
「コーディネイターのくせに、馴れ馴れしくするなっ!」
キラの中で、何かが壊れる音がした。
「フレイって、ブルーコスモス?」
「違うよ!」
キラと彼が行ってしまうと、カズイが恐る恐る聞いたが、 フレイはムッとして答えた。その剣幕に、カズイは上目遣いのままモゴモゴと言葉を飲み込んだ。
(俺をあんなテロリストと一緒にするなんて、コイツはなんてバカなんだ)
「でも、ブルーコスモスの言っている事は間違っていないだろ」
フレイは腹いせに息巻いた。
「病気でもないのに遺伝子をいじって、髪の色や目の色も決めちゃって」
自慢の赤毛をかき上げながら、彼はいつも彼の父が言っている事を繰り返した。
「頭がよくて、運動ができて、俺たちより優れてるなんておかしいじゃないか」
(父さんだって、あんな連中はおかしいって言ってた。ナチュラルは普通で、コーディネイターは神を冒涜した異常な化け物なんだって)
「自然の摂理に逆らった間違った存在だろ!?」
フレイの剣幕に、カズイはおどおどと顔を伏せ、ミリアリアはトールかサイがいてくれたらよかったのに…と、ため息をついた。
ヴェサリウス発進は定刻通りだという。
アスランは荷物を持って12番ゲートに向かったが、隊長の隣に思いもかけない人物がいたことに驚いて思わず声を上げてしまった。
「アスラン。ラクスくんのことは聞いておろうな」
コートを着込んでまるで人目を避けるような姿の父は、娘に尋ねる。
先ほど、ラクスの乗ったシルバーウィンドが消息を絶ったことはニュースで知った。
父、隊長、ヴェサリウスの出発が丸一日以上も早まったこと…アスランは、任務が変更になった事を直感した。
「でも、まだ何かあったと決まったわけでは…民間船ですし…」
それはアスランの望みでもあった。
既に過酷な運命を背負わされているラクスが、これ以上悲惨な目に遭うのはあまりにも理不尽だ。
「公表はされていないが、すでに捜索に向かったユン・ロー隊の偵察型ジンも戻らんのだ」
「偵察機が…?」
まさかキラが落とした機体とは知らず、アスランは眉をひそめる。
しかも彼女の不安を煽るように、クルーゼはガモフが足つき…即ちアークエンジェルをロストしたままだと言う。月からの位置的にも地球の引力に引かれるデブリ帯は、両者が遭遇してもおかしくない。
「ラクスくんとおまえが定められた者同士ということは、プラント中が知っておる。なのに、おまえのいるクルーゼ隊がここで休暇というわけにもいくまい」
(父にとっては政敵の息子とはいえ、ラクスにはまだまだ利用価値があるということなのだろうか)
アスランはつい考えたくないことを考えてしまって唇を噛んだ。
父と別れ、クルーゼと共に搭乗口へと向かいながら、口数の少ないアスランには珍しく、隊長に向かって口を開いた。
「彼を助けて、ヒーローのように戻れということですか?」
「もしくはその亡骸を、号泣しながら抱いて戻れ…かな」
父にはとても言えない皮肉を、自分なりに考えて言ったつもりだが、逆にクルーゼに一枚上手の答えを返されてゲンナリしてしまった。
(キラの事だけでも憂鬱なのに、今度はラクス…)
アスランは隊長に気づかれないよう、ほっとため息をついた。
「またここにいなくちゃいけないの?」
「ええ、そうですよ」
食堂の騒動から逃げ出したかったキラは、食事のトレーを掴み、フレイに怒鳴られてもきょとんとしている彼を足早に連れ出した。
「つまらないな…ずっと1人で。僕も向こうで、皆と話しながら食べたいのに」
しかし肝心の彼は相変わらず呑気に食事のことなんか気にしている。
(この人は自分が今、この艦で、どんな立場なのかわかってるのかな)
キラは自分よりずっと背の高い彼をチラリと見上げながら思った。
「これは地球軍の艦ですから…コーディネイターのこと…その…あまり好きじゃないって人もいるし…ってか、今は敵同士だし」
最後の言葉は消え入りそうだった。言った自分がグサリと傷つく。
「残念だねぇ」
ラクスはうーんと伸びをしながら言う。そして疲れたのか椅子に座った。
「僕も、ナチュラルの人たちともっともっと話したかったのになぁ」
「それは…ちょっと無理かも…」
キラはフレイの様子を思い出し、寂しげに笑った。
「でも、きみは優しいんだね。ありがとう」
(優しい…優しいのかな?)
ラクスの思いもかけない言葉に、キラはドキリとする。
(私はただ、彼をダシにして、あの場から逃げたかっただけだ)
もうあれ以上フレイの言葉も聞きたくなかったし、気を使うみんなのことを見ていたくなかっただけかもしれないと思えた。
(…優しくなんかない…ずるいだけだ)
「私は…っ」
キラは思わず上ずった声で叫んでしまった。
「私も…コーディネイターですから」
キラは涙ぐみそうになって慌てて顔を背けた。
コーディネイターは、コーディネイターといることが自然なのだ。
ナチュラルの間で、腫れ物に触るように扱われるのはもういやだった。
(やっぱり、アスランはいつだって正しかったんだ)
その頃、アークエンジェルは地球軍第8艦隊の暗号パルスを捉えていた。
さらに第6先遣隊との通信もつながり、彼らがアークエンジェルを捜索していることもわかった。
―― 我々は見捨てられていなかったのだ!
ブリッジは思いもかけない友軍の出現にわっと喜びに沸いた。
まだかなりの距離はあるものの、艦隊は大西洋連邦の雄、ハルバートン准将旗下だ。
マリューはそれを知って思わず両手を組み合わせた。
彼女がこの辛い旅路を耐え抜いてきたのは、Gプロジェクトそのものが、尊敬するこの准将からじきじきに指示された任務だったからだ。
(ようやく閣下の元にストライクを届ける事ができる!)
そして追われる恐怖からも、厳しい戦いからも開放される。
きっと、全てがいい方へ転がっていくだろうとマリューは思った。
(キラ・ヤマトのことも、ラクス・クラインのことも、きっと)
CICにいたサイは、食堂での騒動は知らなかったが、フレイには一つ、いいニュースを届ける事ができた。先遣隊の中に、フレイの父、アルスター大西洋連邦事務次官がいるというのだ。
父1人子1人のフレイは非常に父を慕っており、会話の中にもよく彼が出てくる。
しかしそれをフレイに知らせた帰り、休息明けのミリアリアに会って食堂での顛末を聞いてからは、サイは随分心配してキラを探していた。
「ふーん、そう…でも、きみが優しいのは、きみだからでしょ?」
「…え?」
絞り出すように自分がコーディネイターであると事を告げたキラに、ラクスはそう言い返すと、あとはただ真っ直ぐキラを見つめていた。
(どういうこと?)
言葉の意味を量りかねたキラもまた、彼の青すぎる瞳を見つめ続けた。
「きみの名前、教えてもらえる?」
「キ、キラです…キラ・ヤマト…」
その途端、青い目が優しく笑った。
「そうか…ありがとう、キラさん」
キラは整った容貌の彼の綺麗な笑顔に見とれ、思わず赤くなった。
「キラ!」
サイがキラを見つけたのは、ちょうどキラがラクスの部屋から出てきたところだった。
「やぁ」
ラクスは部屋の中から、駆けつけたサイにもにっこりと微笑んで手を振り、そのままドアは閉まった。
サイは間近で見た彼の端正な容姿に、ちょっと驚いた様子だった。
「ミリィから聞いたわ」
サイの言葉に、キラは黙りこくった。
「あんまり気にしないで。フレイには後で言っておくから」
せっかく忘れていたのに…と思ってしまう自分がいやだった。
(サイはナチュラルで、フレイの彼女だもんね…嫌われたりしないもんね)
何を聞いても今は卑屈になってしまう。キラは自己嫌悪の塊だった。
「あの人、男の人だけどすごくきれいな人ね」
「うん。私もそう思う」
一緒に歩き出すと、サイがラクスの事を褒めたので、キラは少し嬉しくなった。
(フレイより…かな…それにあの人、ちょっと不思議で、面白い)
「でもやっぱり、それも遺伝子いじって、そうなったのかしらね」
サイはそう言って笑うと、両手を挙げてうーんと伸びをした。
そして明るい声で、「ご飯食べに行こうよ」とキラを誘った。
後ろにいるキラの表情には、気づきもしないで。
「すみません、遅れました」
やがてキラはハンガーのストライクのコックピットにやってきた。
マードックがストライクの規律ジオメトリーのオフセット値を変えてくれたと言っていたので、様子を見るためだ。
マードックがとても優秀なメカニックである事は認めるが、整備する側と使う側とには、やっぱり少しズレがある気がして、キラはストライクのコックピットで1人、黙々と作業に取り掛かった。
ああ、違うか…キラは不思議と乾いたような笑いをもらした。
(ズレがあるのは、私たちがナチュラルとコーディネイターだからかな)
地球軍第8艦隊がこちらを捉えたのだとサイに聞いた。
ストライクは、元々その艦隊に引き渡すものなのだ。
艦内は今までにないほどの浮かれぶりだ。自分たちと同じナチュラルの軍隊が、大きな艦隊を引き連れて彼らを迎えてくれようとしているのだから、安心してはしゃぎたくもなるだろう。
アークエンジェルを守ってくれる人たちが現れるなら、もうここに自分が座る必要はないかもしれない。
(そうなったら、コーディネイターの私は、ここにいてはいけないのかな)
そこまで思うと、忙しく指を動かしていたキラの手がピタリと止まった。
(もしそうなったら…どこに行けばいいんだろう)
ポタッ…
突然、モニターに大粒の涙が落ちた。
(どうしたらいいんだろう…わからない…わからないよ…アスラン…)
キラは今、キリキリと痛む心を抱き締め、どうしよもない孤独感を感じていた。
無重力下での衝撃に、彼はバランスを崩し、あっけなく体を傾けた。
コーディネイターは筋力が強いのであまりこうした無様な状態にはならないのだが、抗う気もなく流されていく彼を、キラは咄嗟に手を伸ばして掴んだ。
いつかフレイが自分をつかまえたように…
「ありがとう」
彼は、キラに優しく微笑んだ。
彼は慰霊団派遣準備のためにユニウスセブンに向かっていた視察船、シルバーウインドに乗船していた。ところが途中で地球軍と出くわし、臨検を受けることになったのだが、どうやらそこで大きな揉め事が起こったらしい。
むしろ暗黙の中立地帯・ユニウスセブンに向かうコーディネイターと地球軍が出会って揉め事が起きないはずがない。
彼は事態が急変すると供の者たちに救命ポッドに避難させられ、脱出してキラが見つけるまで助けを待っていた…という事らしい。
これにはフラガもマリューも頭を抱えた。
一方でまた1人飛び込んできたコーディネイターの存在に興味津々のクルーは、なんとか士官たちの事情聴取を聞けないかと骨を折ったが、鉄の女ナタル・バジルールが鉄壁の守りでそれを許さず、皆、渋々仕事に戻っていた。
彼の名はラクス・クライン。
現プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの息子である。
端麗な容姿によってモデルや俳優業などをこなしながら、15歳までにひと通りの高等教育を終えた才人でもあった。
クライン派の広告塔として幼い頃からマスコミの前に姿を現していたが、彼の名を一躍高めたのはなんといっても「血のバレンタイン」だ。
コズミック・イラ70。
ラクスは誕生日を、父シーゲルが提唱した「プラントの自給自足」政策の基幹となる農業プラントのひとつ、「ユニウスセブン」で迎えていた。
父に代わり、ユニウスセブンの人々の激励を兼ねて、バースデー・イベントを行うために訪れたその地で、コーディネイター最大の悲劇は起きた。
本来赴くはずだったシーゲル・クラインは、プラント理事会との緊張状態が続く中、ラクスの誕生日である2月5日に、理事会との会議が予定されていたため、月のコペルニクスに向かっていた。
しかし、この会議は結局開かれることはなかった。
会議直前に爆弾テロが起き、地球側出席者が多数死亡したためである。
クラインはシャトルの整備不良により時間通りに会場に向かうことができず、辛くも難を逃れた。
この件で理事会は当然、プラントによる陰謀を疑い、プラントもまた理事会側にブルーコスモスの陰を見て、綱渡りをしていた両者の緊張が一気に高まったのである。
やがて、これが「血のバレンタイン」を引き起こすこととなる。
テロ調査のため、プラント政府が全宙域に厳戒態勢をしいた事もあり、イベントの後10日ほど足止めを食らったラクス一行は、遅れてしまったスケジュール調整のため、航行が解除されると同時に離陸した。
そしてその瞬間、ラクスの船は猛烈な核攻撃にさらされた。
船は嵐の中の木の葉のようにくるくると旋回してプラントから投げ出され、推進力を失い、ぼろぼろになって宙域を漂流していた。
船には無残な穴が開き、隔壁のほとんどは用を成さなくなったため、居住区は壊滅状態だった。乗員たちは、かろうじてわずかな酸素が残っていた狭い貨物室で、酸素残量を気にしながら、水も食料もほとんどないまま過ごしていた。
その間に、乗客は何人も死んでいった。
悲劇から1週間が経とうとした頃、24万人以上の死者が確認され、プラントを嘆きと怒りが包んでいたその時、奇跡的な生存者発見の報は喜びとなって駆け巡った。しかし発見時に生存していた乗員もすさまじい量の被曝によって次々と命を落とし、唯一生き残ったのがシーゲル・クラインの1人息子、ラクス・クラインなのだった。
骨折や熱傷などの外傷は、プラントの優れた再生医療ですぐに回復したが、問題は細胞…遺伝子の損壊だった。
宇宙で暮らすコーディネイターは、遺伝子を操作してあり、もともと宇宙線にはかなりの耐性を持たせている。そのためナチュラルに比べ、有毒な放射線にさらされても、かなりの時間を耐えることができると言われている。
しかし許容量を上回る被曝によって遺伝子に傷がついてしまえば、それを完全に治す術がないことはナチュラルと変わらない。宇宙は未だ、人類を受け入れてはいないのだ。
宇宙船や戦艦は有害な光線類に対して当然、万全の対策はしてあるが、それでも100%ではない。ましてや船自体が破壊され、膨大な放射線が散乱した宙域で、長期に渡って被曝を続けた彼の体は手の施しようがないほど蝕まれていた。
ラクスはオーブや父シーゲルの故郷であるスカンジナビア王国など中立国の援助で、ナチュラルの高度先進医療を受けながら小康状態を保っている。
医学については、遺伝子操作によって頑健で屈強な体を手に入れたがゆえに、外科的な医療が主となるコーディネイターと違い、肉体の脆弱さを補うため薬学や予防医療が発達したナチュラルの方が歴史的にも研究が進んでいるのは皮肉だ。
そんな体でありながらなお、父の広告塔、ハト派のプロパガンダとしてメディアに顔を出す彼を、悲嘆にくれるプラントは熱狂的に迎えた。
彼は「悲劇の英雄」と呼ばれ、まさしく戦争の爪あとの生き証人となったのだ。
そんな有名人が、今、目の前で尋問を受けている…マリューはついフラガを見てしまった。
「それで、きみの船は?」
フラガは腕組みしながら彼に聞く。我ながら愚問だと思いながら。
「わかりません。あの後、地球軍の方々もお気を静めてくれたならいいのですが…」
(それは…ないわね…)
マリューは今度はナタルを見てしまう。
ナタルもちょうど彼女を見たところで、2人は(ねぇ…)と珍しく共感する。
マードックたちは救命ポッドの中に詰め込まれた医療器具を運び出し、艦長やフラガが検分を行った後、空いている士官室に運び込んだ。
短い時間しかなかっただろうに、ラクスのための点滴や吸入器や薬品がぎっしり詰まったパックを見て、恐らくもう生きていないだろう彼の随伴者たちが、どれほど彼を大切にしていたかが感じられた。
幸い、避難民の中にはマリューの肩のケガを診てくれた民間人の医師がいる。
何かあればすぐに診てもらえるだろうと3人はあらかじめ話し合った。
何しろ彼の身に何かあれば、政治問題に発展しかねないのだ。
何にせよ、またしても増えた難問に頭が痛い。
マリューがため息をついて頭痛のする額を抑えると、フラガが陽気に言った。
「しっかしまぁ、補給の問題が解決したと思ったら、今度は悲劇の王子様か。悩みの種が尽きませんなぁ、艦長殿!」
「あの子もこのまま、月本部へ連れて行くしかないでしょうね」
マリューはぼそりと呟いたが、それが憂鬱の種だ。
シーゲル・クラインの息子にして悲劇の英雄。プラントとの交渉材料として、どれほど価値があるか見当もつかない。
「でも、軍本部へ連れて行けば彼は…いくら民間人と言っても…」
根が優しく、あれこれ考えがちなマリューは、彼の運命を思うといてもたってもいられない気になった。ましてや彼は病持ちなのだ。
(できれば、そんな目には遭わせたくない…民間人の、病気の子を…)
「そうおっしゃるなら、彼らは?こうして操艦に協力し、戦場で戦ってきた彼らだって、まだ子供の民間人ですよ?」
彼女の甘さをなじるようにナタルが言う。
「コーディネイターのキラ・ヤマトをコーディネイターとの戦いに巻き込み、他の子供たちにも操艦を手伝わせて、彼だけは巻き込みたくないと?」
「…」
ナタルの言葉で平手打ちを喰らったかのように、マリューは黙り込んだ。
ラクスは自分が表に出る事で何が起こるかをよく知っている。
クラインとて、息子を本気で心配するなら治療に専念させるはずだった。
「彼はクラインの子です。と言うことは、その時点で既にただの民間人ではないと言うことですよ」
(あの親子は、すべてを計算に入れた上で立ち回っている「政治家」だ)
そう分析しているナタルの正論に、マリューはぐうの音も出ない。
フラガは女2人の火花の飛ばしあいに気まずそうにしている。
「わかってるわ、そんなこと…」
マリューはしぶしぶ答えた。
(でも、わかってても割り切れない事ってあるじゃない)
フラガの言うその「悲劇の王子様」は、その頃なぜか食堂に出てきており、ちょっとした騒動を起こしていた。
誰が彼に食事を持っていくかで押し問答していたところに、突然軟禁中の本人が現れてキラたちを仰天させたのだった。
「驚かせてしまったなら、ごめんね。のどが渇いて…それに、恥ずかしいんだけど、お腹もすいちゃったんだ。ここは食堂かな?なにかもらえると嬉しいんだけど…」
なぜかやたらとあっけらかんとした彼に、キラもミリアリアもぽかーんとしていたが、キラがハッと気づき、カズイが「鍵とかしてないわけ!?」と叫んだ。
それに気づいた皆は軽いパニック状態だ。
「なんでザフトのヤツが勝手に歩き回ってんだよ?!」
その時、フレイが怪訝そうに声を上げた。
その眼にはあからさまに嫌悪感が宿っていたが、キラの視線を感じるとふとそれを隠した。
「勝手にじゃないよ。ちゃんと部屋でモニターに聞いたよ?出かけてもいいですかって。3回もね!」
(ああ…なんだろうこの人…)
指を三本立てて得意そうに言う彼を見て、キラは頭のネジが緩んで落ちる気がした。
「それに、僕はザフトじゃないよ」
彼はフレイが言った「ZAFT」についてもご丁寧にレクチャーしてくれる。
「ザフトというのはZodiac Alliance of Freedom …」
歌うような彼の言葉を遮ったのはフレイだった。
「なんだって同じだろ!コーディネイターなんだから!」
「同じじゃないよ。確かに僕はコーディネイターだけど、軍の人間じゃない」
彼は怒鳴られてもひるまずににこりと笑う。とても綺麗な笑顔だった。
「きみも軍の人間じゃないみたいだね?だったら、僕らは同じだね。挨拶が遅れたけど、僕は…」
交渉や外交慣れしているせいか、ラクスはさっと右手を出す。
しかし次の瞬間、そこにいたキラたちは息を呑むことになる。
「冗談じゃない!なんで俺がおまえなんかと握手しなきゃならないんだ!」
フレイはそう怒鳴りながらパシッとラクスの手を叩いた。
ラクスはきょとんとしてフレイの顔を見つめた。それはまるで初めて見る生き物に興味津々の子供のようだった。一方、ナチュラルとは思えないほど美しく整ったフレイの表情はまさに、大嫌いなものを見る時のそれだった。
「コーディネイターのくせに、馴れ馴れしくするなっ!」
キラの中で、何かが壊れる音がした。
「フレイって、ブルーコスモス?」
「違うよ!」
キラと彼が行ってしまうと、カズイが恐る恐る聞いたが、 フレイはムッとして答えた。その剣幕に、カズイは上目遣いのままモゴモゴと言葉を飲み込んだ。
(俺をあんなテロリストと一緒にするなんて、コイツはなんてバカなんだ)
「でも、ブルーコスモスの言っている事は間違っていないだろ」
フレイは腹いせに息巻いた。
「病気でもないのに遺伝子をいじって、髪の色や目の色も決めちゃって」
自慢の赤毛をかき上げながら、彼はいつも彼の父が言っている事を繰り返した。
「頭がよくて、運動ができて、俺たちより優れてるなんておかしいじゃないか」
(父さんだって、あんな連中はおかしいって言ってた。ナチュラルは普通で、コーディネイターは神を冒涜した異常な化け物なんだって)
「自然の摂理に逆らった間違った存在だろ!?」
フレイの剣幕に、カズイはおどおどと顔を伏せ、ミリアリアはトールかサイがいてくれたらよかったのに…と、ため息をついた。
ヴェサリウス発進は定刻通りだという。
アスランは荷物を持って12番ゲートに向かったが、隊長の隣に思いもかけない人物がいたことに驚いて思わず声を上げてしまった。
「アスラン。ラクスくんのことは聞いておろうな」
コートを着込んでまるで人目を避けるような姿の父は、娘に尋ねる。
先ほど、ラクスの乗ったシルバーウィンドが消息を絶ったことはニュースで知った。
父、隊長、ヴェサリウスの出発が丸一日以上も早まったこと…アスランは、任務が変更になった事を直感した。
「でも、まだ何かあったと決まったわけでは…民間船ですし…」
それはアスランの望みでもあった。
既に過酷な運命を背負わされているラクスが、これ以上悲惨な目に遭うのはあまりにも理不尽だ。
「公表はされていないが、すでに捜索に向かったユン・ロー隊の偵察型ジンも戻らんのだ」
「偵察機が…?」
まさかキラが落とした機体とは知らず、アスランは眉をひそめる。
しかも彼女の不安を煽るように、クルーゼはガモフが足つき…即ちアークエンジェルをロストしたままだと言う。月からの位置的にも地球の引力に引かれるデブリ帯は、両者が遭遇してもおかしくない。
「ラクスくんとおまえが定められた者同士ということは、プラント中が知っておる。なのに、おまえのいるクルーゼ隊がここで休暇というわけにもいくまい」
(父にとっては政敵の息子とはいえ、ラクスにはまだまだ利用価値があるということなのだろうか)
アスランはつい考えたくないことを考えてしまって唇を噛んだ。
父と別れ、クルーゼと共に搭乗口へと向かいながら、口数の少ないアスランには珍しく、隊長に向かって口を開いた。
「彼を助けて、ヒーローのように戻れということですか?」
「もしくはその亡骸を、号泣しながら抱いて戻れ…かな」
父にはとても言えない皮肉を、自分なりに考えて言ったつもりだが、逆にクルーゼに一枚上手の答えを返されてゲンナリしてしまった。
(キラの事だけでも憂鬱なのに、今度はラクス…)
アスランは隊長に気づかれないよう、ほっとため息をついた。
「またここにいなくちゃいけないの?」
「ええ、そうですよ」
食堂の騒動から逃げ出したかったキラは、食事のトレーを掴み、フレイに怒鳴られてもきょとんとしている彼を足早に連れ出した。
「つまらないな…ずっと1人で。僕も向こうで、皆と話しながら食べたいのに」
しかし肝心の彼は相変わらず呑気に食事のことなんか気にしている。
(この人は自分が今、この艦で、どんな立場なのかわかってるのかな)
キラは自分よりずっと背の高い彼をチラリと見上げながら思った。
「これは地球軍の艦ですから…コーディネイターのこと…その…あまり好きじゃないって人もいるし…ってか、今は敵同士だし」
最後の言葉は消え入りそうだった。言った自分がグサリと傷つく。
「残念だねぇ」
ラクスはうーんと伸びをしながら言う。そして疲れたのか椅子に座った。
「僕も、ナチュラルの人たちともっともっと話したかったのになぁ」
「それは…ちょっと無理かも…」
キラはフレイの様子を思い出し、寂しげに笑った。
「でも、きみは優しいんだね。ありがとう」
(優しい…優しいのかな?)
ラクスの思いもかけない言葉に、キラはドキリとする。
(私はただ、彼をダシにして、あの場から逃げたかっただけだ)
もうあれ以上フレイの言葉も聞きたくなかったし、気を使うみんなのことを見ていたくなかっただけかもしれないと思えた。
(…優しくなんかない…ずるいだけだ)
「私は…っ」
キラは思わず上ずった声で叫んでしまった。
「私も…コーディネイターですから」
キラは涙ぐみそうになって慌てて顔を背けた。
コーディネイターは、コーディネイターといることが自然なのだ。
ナチュラルの間で、腫れ物に触るように扱われるのはもういやだった。
(やっぱり、アスランはいつだって正しかったんだ)
その頃、アークエンジェルは地球軍第8艦隊の暗号パルスを捉えていた。
さらに第6先遣隊との通信もつながり、彼らがアークエンジェルを捜索していることもわかった。
―― 我々は見捨てられていなかったのだ!
ブリッジは思いもかけない友軍の出現にわっと喜びに沸いた。
まだかなりの距離はあるものの、艦隊は大西洋連邦の雄、ハルバートン准将旗下だ。
マリューはそれを知って思わず両手を組み合わせた。
彼女がこの辛い旅路を耐え抜いてきたのは、Gプロジェクトそのものが、尊敬するこの准将からじきじきに指示された任務だったからだ。
(ようやく閣下の元にストライクを届ける事ができる!)
そして追われる恐怖からも、厳しい戦いからも開放される。
きっと、全てがいい方へ転がっていくだろうとマリューは思った。
(キラ・ヤマトのことも、ラクス・クラインのことも、きっと)
CICにいたサイは、食堂での騒動は知らなかったが、フレイには一つ、いいニュースを届ける事ができた。先遣隊の中に、フレイの父、アルスター大西洋連邦事務次官がいるというのだ。
父1人子1人のフレイは非常に父を慕っており、会話の中にもよく彼が出てくる。
しかしそれをフレイに知らせた帰り、休息明けのミリアリアに会って食堂での顛末を聞いてからは、サイは随分心配してキラを探していた。
「ふーん、そう…でも、きみが優しいのは、きみだからでしょ?」
「…え?」
絞り出すように自分がコーディネイターであると事を告げたキラに、ラクスはそう言い返すと、あとはただ真っ直ぐキラを見つめていた。
(どういうこと?)
言葉の意味を量りかねたキラもまた、彼の青すぎる瞳を見つめ続けた。
「きみの名前、教えてもらえる?」
「キ、キラです…キラ・ヤマト…」
その途端、青い目が優しく笑った。
「そうか…ありがとう、キラさん」
キラは整った容貌の彼の綺麗な笑顔に見とれ、思わず赤くなった。
「キラ!」
サイがキラを見つけたのは、ちょうどキラがラクスの部屋から出てきたところだった。
「やぁ」
ラクスは部屋の中から、駆けつけたサイにもにっこりと微笑んで手を振り、そのままドアは閉まった。
サイは間近で見た彼の端正な容姿に、ちょっと驚いた様子だった。
「ミリィから聞いたわ」
サイの言葉に、キラは黙りこくった。
「あんまり気にしないで。フレイには後で言っておくから」
せっかく忘れていたのに…と思ってしまう自分がいやだった。
(サイはナチュラルで、フレイの彼女だもんね…嫌われたりしないもんね)
何を聞いても今は卑屈になってしまう。キラは自己嫌悪の塊だった。
「あの人、男の人だけどすごくきれいな人ね」
「うん。私もそう思う」
一緒に歩き出すと、サイがラクスの事を褒めたので、キラは少し嬉しくなった。
(フレイより…かな…それにあの人、ちょっと不思議で、面白い)
「でもやっぱり、それも遺伝子いじって、そうなったのかしらね」
サイはそう言って笑うと、両手を挙げてうーんと伸びをした。
そして明るい声で、「ご飯食べに行こうよ」とキラを誘った。
後ろにいるキラの表情には、気づきもしないで。
「すみません、遅れました」
やがてキラはハンガーのストライクのコックピットにやってきた。
マードックがストライクの規律ジオメトリーのオフセット値を変えてくれたと言っていたので、様子を見るためだ。
マードックがとても優秀なメカニックである事は認めるが、整備する側と使う側とには、やっぱり少しズレがある気がして、キラはストライクのコックピットで1人、黙々と作業に取り掛かった。
ああ、違うか…キラは不思議と乾いたような笑いをもらした。
(ズレがあるのは、私たちがナチュラルとコーディネイターだからかな)
地球軍第8艦隊がこちらを捉えたのだとサイに聞いた。
ストライクは、元々その艦隊に引き渡すものなのだ。
艦内は今までにないほどの浮かれぶりだ。自分たちと同じナチュラルの軍隊が、大きな艦隊を引き連れて彼らを迎えてくれようとしているのだから、安心してはしゃぎたくもなるだろう。
アークエンジェルを守ってくれる人たちが現れるなら、もうここに自分が座る必要はないかもしれない。
(そうなったら、コーディネイターの私は、ここにいてはいけないのかな)
そこまで思うと、忙しく指を動かしていたキラの手がピタリと止まった。
(もしそうなったら…どこに行けばいいんだろう)
ポタッ…
突然、モニターに大粒の涙が落ちた。
(どうしたらいいんだろう…わからない…わからないよ…アスラン…)
キラは今、キリキリと痛む心を抱き締め、どうしよもない孤独感を感じていた。
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制作裏話-PHASE8-
男女の性別逆転以外で、最も大きな変更点がこの「悲劇の英雄」の設定です。
これを書く時は本当に緊張しました。
ある意味、物語の背骨を整形するようなものですから。
サブタイトルも当然、「敵軍の歌姫」から「敵軍の英雄」に変えました。
何しろ「歌姫」であるラクスを男性にするなら、それに匹敵する何かが必要なわけです。
男が歌ったり踊ったりしながら指導者になるとかはね…ちょっとね…さすがにね…
しかも何よりラクスは後々、「レジスタンス活動をしていたようには全く見えないのに、なぜか担ぎ上げられて偉そうにリーダーをやってる」女帝となるのです。DESTINYではさらにひどくなります。
ラクスがプラント民に慕われるのは、ただの可愛い子ちゃんだからではなく、「戦争の悲劇を背負っているから」にしたいという事と、「自らの意思でクライン派を率いるリーダーとなって欲しい」ことから、ユニウスセブンの悲劇に遭遇しつつも生還した奇跡の人であり、クライン派の象徴である「悲劇の英雄」という設定になりました。
命が短いというリスクが彼を駆り立てるんですね。
しかしラクスが進む未来に待つのは絶望だけなのです。
なのに彼は人類の平和のために戦うと決めています。
この時は、DESTINYでは必ず成長させると思っていたカガリの好敵手として位置するには、これだけの覚悟と意思がなければだめだと思ってこの設定にしました。
終戦後2年間、彼が逃げ続けた理由にもできますし(本編は彼氏とニート生活を満喫してただけですが)、それも逆転DESTINYでアスランに彼の中にある弱い部分を吐露させ、プラントを背負って立つという決意を表明する事で昇華できたと思っています(逆デス PHASE47「ミーア」にて)
「お願いします」「行きましょう」だけでなんでも思い通りになってしまう本編とは違います。
(ちなみに本編のカガリもDESTINY終盤はセリフもなく、ただ偉そうな顔をさせるだけで『見事成長させた!』と思ってたようですよ、制作陣は)
しかしこうなると困るのはDESTINYのミーアですが、これは「クラインガールズ」を出すことでお色気系はクリアし、さらにはこれが偽ラクスの警護部隊でもあり、暗殺部隊でもあったという設定にしました。
また、マリューがハルバートン准将に師事している事はここでわかるのですが、ちょっと唐突だったので逆転ではPHASE4で既に軽く触れてあります。
あとこのあたりのフレイは書いていてとても楽しく、反面キラを泣かせては「可哀想だなー」と思っていました。
これを書く時は本当に緊張しました。
ある意味、物語の背骨を整形するようなものですから。
サブタイトルも当然、「敵軍の歌姫」から「敵軍の英雄」に変えました。
何しろ「歌姫」であるラクスを男性にするなら、それに匹敵する何かが必要なわけです。
男が歌ったり踊ったりしながら指導者になるとかはね…ちょっとね…さすがにね…
しかも何よりラクスは後々、「レジスタンス活動をしていたようには全く見えないのに、なぜか担ぎ上げられて偉そうにリーダーをやってる」女帝となるのです。DESTINYではさらにひどくなります。
ラクスがプラント民に慕われるのは、ただの可愛い子ちゃんだからではなく、「戦争の悲劇を背負っているから」にしたいという事と、「自らの意思でクライン派を率いるリーダーとなって欲しい」ことから、ユニウスセブンの悲劇に遭遇しつつも生還した奇跡の人であり、クライン派の象徴である「悲劇の英雄」という設定になりました。
命が短いというリスクが彼を駆り立てるんですね。
しかしラクスが進む未来に待つのは絶望だけなのです。
なのに彼は人類の平和のために戦うと決めています。
この時は、DESTINYでは必ず成長させると思っていたカガリの好敵手として位置するには、これだけの覚悟と意思がなければだめだと思ってこの設定にしました。
終戦後2年間、彼が逃げ続けた理由にもできますし(本編は彼氏とニート生活を満喫してただけですが)、それも逆転DESTINYでアスランに彼の中にある弱い部分を吐露させ、プラントを背負って立つという決意を表明する事で昇華できたと思っています(逆デス PHASE47「ミーア」にて)
「お願いします」「行きましょう」だけでなんでも思い通りになってしまう本編とは違います。
(ちなみに本編のカガリもDESTINY終盤はセリフもなく、ただ偉そうな顔をさせるだけで『見事成長させた!』と思ってたようですよ、制作陣は)
しかしこうなると困るのはDESTINYのミーアですが、これは「クラインガールズ」を出すことでお色気系はクリアし、さらにはこれが偽ラクスの警護部隊でもあり、暗殺部隊でもあったという設定にしました。
また、マリューがハルバートン准将に師事している事はここでわかるのですが、ちょっと唐突だったので逆転ではPHASE4で既に軽く触れてあります。
あとこのあたりのフレイは書いていてとても楽しく、反面キラを泣かせては「可哀想だなー」と思っていました。