Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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「救助した民間人を人質に取る…」
キラは通信機から聞こえてきた雑音交じりの声にはっと顔を上げた。
「そんな卑怯者と共に戦うのがあなたの正義なの!?キラ!」
戦闘が始まって以来、初めて聞いたアスランの声が怒りに満ちている。
「彼は助け出すわ!必ず!」
「う…」
何も言えないキラを置いて、イージスは去っていく。
「どういうことですか!?」
消火液が舞い、メビウスの修理に走る整備兵たちでごった返すドックで、キラは無傷のストライクからひらりと飛び降りると、真っ直ぐにゼロの傍にいたフラガを目指した。
「どうもこうも…聞いたろ?そういうことさ」
フラガは飄々とした調子で肩をすくめる。
「あの人を人質にとって、脅して…そうやって逃げるのが、地球軍って軍隊なんですか!?」
キラはアスランに言われた言葉を受け売ってそのままぶつけた。
いつもヘラヘラしているフラガが、この時ばかりはキラを睨んだ。
青く鋭い眼で射抜くように見た大人の男の迫力に、キラはうっと詰まる。
けれど彼の唇からこぼれた言葉は、表情ほどはキツくはなかった。
「そういう情けないことしかできねぇのは、俺たちが弱いからだろ?」
フラガはやりきれないように視線をハンガーに投げた。
整備兵たちは怒号を交わしながら整備や修理に走り回っている。
「俺にもおまえにも、艦長や副長を非難する権利はねぇよ」
キラはまた、何も言えなかった。
ブリッジではラクス・クラインを部屋に連れ戻すよう命じたナタルが、マリューの反論に応じようと構えていたが、もとより、あの状況でマリューに何ができたわけではなく、もはや撤退しか道はなかった。
策は卑怯といわれても、ナタルは状況を有利に仕向けただけだ。
それでも、一言言ってやらなければ気が収まらない。
マリューは彼女を睨んだまま、感情を爆発させないよう慎重に口を開いた。
「取り敢えずの危機は回避したものの…状況になんの変わりもないわね」
ノイマンたちが息を潜めて応酬に聞き入ったが、ナタルは落ち着いていた。
「この間に体勢を立て直すことはできます。現時点ではそれが最も重要かと」
メビウスゼロの修理、ストライクの収容、アークエンジェルの応急修理…わずかな時間ができたことで、かすかなチャンスも生まれたのだ。
「ええ…わかってる」
(あなたはいつだって正しいものね…ナタル)
ヴェサリウスではクルーゼと艦長のアデスが次の策を練っていた。
しかしラクス・クラインがあちらにいる限り手を出す事はできない。
「連中も月艦隊との合流を目指すだろうしな」
ラクスを艦隊に渡すことになれば、プラントが黙っているわけがない。
何しろ自らの旗頭の息子が捕らえられるのだ。頑迷な穏健派もようやく折れ、強硬派に傾くだろう。ザラが実権を握り、最終決戦を聖戦としてコーディネイターは総力戦を挑むに違いない。
(それもまた面白い、が…)
クルーゼは顎に手を当ててしばらく考え込み、やがて訊ねた。
「ガモフの位置は?どのくらいでこちらに合流できる?」
「現在6マーク、5909イプション、0.3です。合流には7時間はかかるかと」
「それでは足の速い足つきが月艦隊と合流する方が早い」
クルーゼはシートの背に掴まって航宙図を眺めながら呟いた。
「さて、どうするかな」
ラクス・クラインが囚われたとあっては、アスランも黙ってはいまい。
(姫が王子を取り戻しに行くという、逆パターンも面白いがね)
トノムラやトールに付き添われてブリッジから連れ出されたフレイは、あれ以来口をきかなかった。呆けたようにただ宙を見つめるだけで、サイやミリアリアが話しかけても何も答えない。たった数時間でゲッソリとやつれて見え、自慢の赤毛も水分を失ってツヤがない。
彼の眼には誰も映らず、彼の耳には誰の声も届かない。
そう、たった一人を除いては…
憔悴しきって壁にもたれているフレイを見て、キラは絶句した。
隣にいるサイが彼を心配そうに見つめ、キラに気づいたミリアリアが戦いから戻った彼女をねぎらおうと小さな声で「キラ」と呼んだその途端、これまで何をしても全く反応がなかったフレイの肩がピクッと動いた。
灰色の瞳がのろのろとキラを追い、やがてピタリと焦点が合わされた。
「…そ…つ…」
「え?」
突然フレイが喋ったので、そばにいたサイが驚いて聞き返した。
フレイの灰色の眼には、輝きが戻っている。
しかしそれは恐ろしいほどの怒りの炎だった。
「嘘つきっ!」
彼の怒鳴り声に、キラはビクッと体をこわばらせた。
「おまえ、大丈夫って言っただろう!?自分たちも行くから、大丈夫だって!」
フレイはそのままよろよろとキラの方に身を乗り出した。
サイがそれを抑え、トールも止めようと間に入ったが、フレイはお構いなしだ。
「なんであの艦を守らなかった!?」
キラの呼吸が荒くなる。
(違う、違う…守らなかったんじゃない…私は…)
「なんで…なんであいつらをやっつけられなかったんだよ!」
「やめて、フレイ!」
そのあまりの言葉に、ミリアリアがキラの前に割って入った。
「キラだって必死に…」
キラの戦いぶりを一番見ているのは、ほかでもないオペレーターの自分だ。
キラがイージスを抑えてくれなかったら、アークエンジェルも危なかった。
「キラはいつだって最前線で戦ってるのに…それなのに…!」
けれどミリアリアの言葉など、フレイの耳には一つも入らない。
悲しみが高じ過ぎて、もはや憎しみと怒りで一杯のフレイには、目の前で怯えたような瞳で縮こまるキラしか見えていなかった。
「おまえっ!自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんだろうっ!!」
鋭い刃が突き立てられ、広がりつつあったキラの傷に真っ直ぐに刺さった。
キラはあちこちにぶつかりながら、廊下をただ前へ進んでいた。
どこへ向かっているのかはよくわからない。
空気抵抗の少ない低重力の艦内を、少し体を浮かせながら進んでいただけだ。
(これまで、どうして戦ってきたんだっけ…)
キラはぼんやりとした頭で考えていた。
(守ろうとして、命を危険に晒して、誰かの命を奪って…)
キラの肩が壁にぶつかり、体が今度は反対のウィンドウの方へと漂っていく。
(それでも守れなかったら、本気で戦ってないと言われて…)
ナチュラルが来れば用無しとなるはずだった自分。
(だけどナチュラルがいなくなれば、守れなかったのも、負けたのも、人質をとったのも、全部私のせい?)
「そういう情けないことしかできねぇのは、俺たちが弱いからだろ?」
「そんな卑怯者と共に戦うのがあなたの正義なの!?キラ!」
フラガが言った言葉が、アスランが言った言葉が蘇った。
―― 私…私は強くなりたいなんて思ったことはないのに…
「自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんだろうっ!!」
フレイの言葉を思い出したその途端、じわりと視界が曇った。
いつもならどこまでも見通せる眼は、目の前の窓に映る自分の顔さえ見えない。
涙が小さな粒になってはじけ、キラはやりきれない思いをぶつけるように窓を叩いた。
初めは押し殺していた声が、こらえきれない嗚咽となって口から迸る。
感情をこらえ続けたキラは、溜め込んだ苦しみをついに吐き出した。
「どうしたの…?」
背後から聞こえた柔らかい声音に、キラははっとして振り向いた。
そこには優しく微笑むラクスが立っていた。
キラは慌てて涙をぬぐった。
(見られた…!敵に人質にされて、ひどい目にあっているこの人に)
恥ずかしさで一杯になり、キラはいつになく早口でまくし立てた。
「あ…な、何やってんですか?こんなところで…」
ラクスはキラのあわてぶりを面白そうに見ている。
「ダメですよ、勝手に出歩いちゃ!スパイだと思われますよ?」
「そう?でもねぇ、この子…」
彼は手に持った丸いロボットを差して言った。
「鍵がかかってると、必ず開けて出ていっちゃうんだよ。困ったね」
「困ったね、って…」
キラはそのとぼけたような口ぶりに吹き出しそうになった。
ラクスはキラの表情が少し和らいだのを見て嬉しそうに微笑んだ。
(この人の拍子抜けするほどの不思議な雰囲気は一体なんなんだろ…)
「とにかく、戻りましょう。さぁ」
キラが手を差し伸べたが、ラクスはそれをするりとやり過ごした。
「戦いは、終わったんだね」
「あ…ええ、まぁ。あなたのおかげで…」
「僕?」
「そうですよ。あなたが人質になったので、敵…が、攻撃をやめたんです」
キラは苦しげに言った。
今もまだこの宙域にはアスランの怒りが満ちているようだ。
「あなたは彼らにとって、本当に大切な人なんですね」
ラクスはふっと笑うと、軽く床を蹴った。
「ねぇ、キラさん。あの男の子はどうしてる?」
「え?」
「目の前でお父さんを亡くした、赤い髪の彼…」
キラは驚いて空間を漂う彼を見つめた。
(どうしてこの人がフレイを知ってるんだろう?)
「あ、彼は…」
そのフレイとの一件が原因で泣いていた事を思い出し、キラは答えに窮した。
「でも、戦いが終わったのは何よりだ」
ラクスは何かを悟ったのか、そう言うと表情を曇らせたキラを覗き込んだ。
「なのに、どうしてきみは悲しそうな顔をしてるの?」
ラクスは歌うように尋ねる。
「もう戦わなくていいんだろう?」
「私…私は、本当は戦いたくなんてないんです」
ゆらゆらと低重力に身を任せるラクスを眼で追いながら、キラはつい言わなくてもいいことまで口に出した。
「私だって…コーディネイターなんだし…アスランは…とても仲の良かった友達だし…」
「…アスラン…?」
ふと、ラクスの動きが止まった。
「アスラン・ザラ。彼女が…あのモビルスーツの…イージスのパイロットだなんて…」
それは、誰にも言えなかった秘密だった。
それを何の抵抗もなく話せたのは、彼がコーディネイターだからなのだろうか。
「そうか」
ラクスはようやく重力を選び、トン、と床に足をついた。
「きみも彼女もいい人だからね。それは悲しいね」
思いもかけず、ラクスの口から出た言葉に、キラはぎょっとした。
ラクスは窓のへりに腰掛けて、少ししんどそうに息をついた。
「アスランを、知ってるんですか?」
「アスラン・ザラは、僕の妻になる人だよ」
その思いもかけない告白に、キラはポカンと口を空けて驚いた。
「誰よりも綺麗で、強くて、優しいけど…怒るとちょっと怖い」
ラクスはいたずらっぽく笑った。
けれどそういう彼こそ、男性にしては驚くほど綺麗な笑顔だった。
「アスランはね、いつも僕に無理をするな、体を労われって怒るんだ」
ラクスが肩をすくめながら言った。
「彼女の方こそ、無茶ばかりするくせにね。でも、真面目でとてもいい子だよ」
キラはそれを聞いて嬉しそうに笑った。
ラクスが語るアスランは、キラがイメージしたままのアスランだったからだ。
それからキラは少し遠慮がちに尋ねた。
「あの…体、悪いんですか?」
「うん、細胞がね。ひどく傷ついている」
ラクスは静かに、自身が巻き込まれた運命をキラに語って聞かせた。
「そう…だったんですか」
「プラントでは『悲劇の英雄』なんて言われてるけど」
彼は肩をすくめて見せた。
「戦争で辛い思いをしている人はもっとたくさんいる。僕はただ、運のよかった病人だ」
キラは黙りこむと、穏やかで優しそうな笑みをたたえる彼を見つめていた。
(この人は、ナチュラルを恨まないのだろうか?)
血のバレンタインがなければ、ナチュラルが核を使わなければ、健やかな未来が待っていたろうに…
(病院で過ごす時間や、失った未来を、この人は惜しまないのだろうか)
ラクスは思いに沈んだキラの様子に気づくと、傍らで漂っていたハロを両手で掴まえ、キラに見せた。
「このハロ、アスランがくれたんだよ。病室でも寂しくないだろうって」
「アスランが…」
「もう子供じゃないよって言ったんだけど、僕にはお似合いだって」
そう言いながらも、ラクスは嬉しそうだった。
キラはふと思い当たってハロを借り受けたが、ハロはパタパタと耳を動かした。
小さなアームが格納された中央をいじると、ハロはさらに声を出して抗議した。
「テヤンデー!」
「この鍵開け機能…」
キラの言葉にラクスがしっと指を立てた。
もともとハロは、重要人物のラクスの部屋に不審者が侵入しないよう、アスランがつけたロック機能付ペットロボットだったのだそうだ。それをラクスが勝手に改造して、いまや真逆の用途をなしていることなど、彼女はまだ知らない。
「そんな事したら、アスランは絶対怒りますよ」
「そうだよね。怒られるなぁ…キラさん、黙っててね」
気づけば、さっきまでベソをかいていたキラもいつの間にか笑っていた。
「でも相変わらずなんだ、アスラン…私のトリィも、彼女が作ってくれたものなんです」
「トリィ?」
ラクスが不思議そうに聞いた。
―― ねぇ、アスラン。首をかしげて鳴く鳥を作ってよ…
キラがそう頼んだ時、アスランは「そんなのできるわけないよ」と言ったのに、ちゃんと作ってくれたのだ。けれどそれを受け取ったのは、別れの日だった。
「今度、連れてきますね!」
明るい表情で元気よく言ってから、キラははっと口をふさいだ。
少し前までの憂鬱は、アスランに関わるものであると思い出してしまったのだ。
(アスラン…とても怒っていた)
再び顔色を曇らせたキラを見て、ラクスはその肩に触れようとした。
けれどキラは次の瞬間、自分の方へ倒れこんできたラクスを抱きとめていた。
それは、ほんの少しだけキラに許された陽だまりのような時間だった。
ラクスは病気のために非常に疲れやすい。のほほんとしているように見えても、救助されるまでケアのない長い時間や、アークエンジェルに収容後も様々な件で緊張が続いたせいか、疲労が重なり、少し熱が上がっていた。
キラは慌てて艦長に連絡して医師に来てもらい、彼は自室で点滴を受けて眠りについた。眠る前にラクスは、恐縮して壁際で見守っていたキラを枕元に呼んだ。
彼がキラの手を握ると、ひどく熱かった。
「2人が戦わないで済むようになればいいね」
具合が悪いのに優しく微笑む彼の顔を見ていると、キラの胸は締め付けられるようだった。
けれどその頃、彼らの話をこっそりと盗み聞いていたピーピング・トムは、手に入れた情報をばら撒こうと虎視眈々と機会を窺っていた。
「あれはちょっと酷すぎるわ!」
食堂ではミリアリアが仲間たちに訴えていた。
「自分もコーディネイターだから、本気で戦ってない…か」
「そんなことねぇよ!いつだってキラはすごい頑張って、戦ってんじゃんかよ!」
トールはサイの言葉に声を荒げる。
「キラが命がけで戦ってて、俺たちは守られるばっかりで、見てるしかできなくて…そんなあいつに、あんな事を言うなんて!」
「私だって疑ってるわけじゃないわ。ブリッジにいれば、モビルスーツでの戦闘が、どれだけ大変なものかってのは、イヤでもわかるし…」
サイも慌てて否定した。
フレイの件で皆ナーバスになっているのだ。
(今、ここで私たちがケンカしたって何の得にもならないもの)
なのに、カズイはそんな空気はお構いなしだ。
「キラが本気で戦ってるかどうかなんて、僕たちにはわからないよ」
「なんだよ?カズイ」
トールが睨みつけた。
いつもならひるむところだが、今日は違う。カズイは眼を逸らしながら言った。
「取られちゃった、あのモビルスーツ…イージスってのに乗ってんの、キラの昔の友達らしいよ」
「ええっ!?」
カズイが大げさに声を潜めて言うと、トールもミリアリアも声を上げて驚いた。
「さっき、あのコーディネイターと話してるの聞いたんだ。仲の良かった奴だって」
皆思いもかけない情報に顔を見合わせている。そんな事をするのはいけないと思いながらも、皆、心のどこかでイージスと戦うストライクの様子を思い出した。
そんな皆の気持ちを代弁するように、カズイはさらに声をひそめて言った。
「だからフレイの言うとおり、本気で戦ってなかったのかもしれないよ?」
「やっぱりダメだよ…こんなの!」
勝手気ままに飛び回り、戻ってきては首をかしげて「トリィ!」と鳴く鳥を見つめながら、キラは青白いラクスの顔を思い浮かべていた。
(アスランは、いずれあの人と結婚するんだ)
小さい頃から絶対綺麗になると確信していたアスランが、彼と並んだ姿はきっと驚くほどお似合いに違いなかった。そしてラクスの人柄もまた、堅物で真面目なアスランには、ちょうどバランスの取れる柔軟さを持っているような気がした。
(そんな彼を人質にして、逃げようとしてるんだ、私たちは…)
「そんなの、絶対よくない!」
キラはきっぱりと言って跳ね起きると、トリィを肩に乗せてそっと部屋を出た。
点滴は終わり、ラクスは静かな寝息を立てていた。
熱はすっかり下がって、顔色も戻っている。彼の部屋に忍び込んだキラは、まず起動したハロにシーッと言った。こうした事態に備えて感知アラーム機能もついているのだが、ラクスはいつも切ってしまっている。
キラは医療パックにあるだけの医薬品を詰め込むと、彼の点滴を外した。
そしてラクスの耳元でそっと声をかける。
「ん…キラ…さん…?」
眠りから醒めたラクスは元気を取り戻しており、「どうしたの?」と尋ねた。
「あれ?その子がトリィ?連れてきてくれたの?」
ラクスはキラの肩に止まって首を傾げているトリィを見て嬉しそうに言った。
「トリィ!」
「こんにちは、トリィ。ホントだ、よくできてるね」
「黙って、一緒に来てください。静かに」
キラは周囲を気にしながらラクスを促した。
2人は長い廊下を隠れながらハンガーへ向かった。
しかし道のりは長く、夜時間とはいえ人が全くいないわけではない艦内を誰にも会わずに歩くのは容易ではない。
「あ…?キラ?」
途中でばったりと出くわしたサイが、慌てて回れ右をしたキラの背中に声をかけた。キラはそのまま動かず、不審に思ったサイが近づくと、突然キラの体から何かが飛び出した。
「マイド!」
「…こら!」
キラは慌ててハロを掴まえようと振り返ったが、その時はもうサイには全てばれてしまっていた。一緒にいたミリアリアも眼をまん丸にして驚いている。
「マイド!」
「何やってるの?あなた」
キラはしどろもどろになり、ラクスは面白そうに彼女たちを見つめている。
「彼を、どうするつもり?…まさか!」
ミリアリアが言いかけると、キラは慌てて言った。
「黙って行かせて。サイたちを巻き込みたくない」
その言葉に2人は顔を見合わせた。
「私は嫌なんだ…こんなの!」
サイもミリアリアも、彼の体が悪いらしいという事を聞いて心配していた。
2人ともフレイに人質に取られた時の、彼の苦しそうな様子を見ているからだ。
「人質に取るなんて、本来、悪役のやることだもんね」
しばらく気まずい沈黙が続いた後、サイが言った。
「それに、キラがそうしたいって言うんなら、手伝うわ」
「サイ…」
先ほどのフレイの言動に憤慨していたミリアリアも異論はなかったし、サイはカズイの言葉も否定したいと思っていた。2人ともキラが、純粋に病弱な人質を助けたいと願うなら、それを助けない理由はないと考えたのだ。
理論より感情…女の子同士の妙な連帯感が生まれ、3人はラクスを連れてハンガーへ向かった。
「ありがとう」
病み上がりのラクスの手を引き、サイはキラが準備を進めるストライクのコックピットまで彼を誘導していった。
「…い、いえ」
優しく微笑まれて、サイはちょっと赤くなった。
(本当に綺麗な人…男の人とは思えない)
そんな彼女に、ラクスは屈託のない笑顔で言った。
「また、会えるといいね」
「それは…どうでしょうか」
サイはふっと苦笑した。
コーディネイターの彼とナチュラルの自分の道が、再び交差するとは思えない。
これは広い宇宙の中で起きた「偶然」であり、「奇跡」とすら思えた。
やがてパイロットスーツに着替えたキラがコックピットへと向かった。
「キラ!あなたは、帰って来るよね?」
「え?」
サイのその思いもかけない言葉に、キラは振り返った。
「ちゃんと帰ってくるよね!?私たちのところに!」
そう言ってくれたサイの優しい心が嬉しくて、キラはにっこり笑った。
「必ずね…約束する」
「きっとよ!約束だからね!」
サイが両手で口を覆い、さらに大声で叫ぶと、キラは温かい気持ちで一杯になった。
(帰って来るよ…皆が私にここにいていいと言ってくれるなら、帰ってくる!)
その途端、ストライクのエンジンが火を噴いた。ミリアリアが管制でいつものように指示をくれ、ストライクは慣れ親しんだカタパルトへと動き出した。
同時に、この騒ぎに驚いた整備兵たちが詰所からわらわらと飛び出してきた。
「軍曹、ストライクが!」
「なんだってんだ!?」
寝ぼけ眼のマードックも飛び出してきたが、もう間に合わない。
「ハッチ開放します。退避してください!」
やがてストライクは轟音と共に飛び出した。
後にはあっけにとられたマードックたちと、サイがその軌跡を見つめていた。
(きっとよ、キラ。私はあなたを信じてる)
「大丈夫ですか?」
キラは狭いコックピットで窮屈そうにしているラクスに声をかけた。
ラクスは「大丈夫だよ」と答えたが、少し呼吸が荒いようだ。
(急がなきゃ)
キラはスピードを上げた。
その頃、アークエンジェルもヴェサリウスも、当然ながら蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
自室で眠っていたマリューは、フラガからの通信でキラ・ヤマトがラクス・クラインを連れ出した事を知り、ラウ・ル・クルーゼとアデスは、膠着状態にある目の前の敵艦からのモビルスーツ発艦に、第一戦闘配備を発令した。
無論、アスランもハンガーへ向かう。
(何があったんだろう…ラクスは無事なの?)
やがてキラはちょうど両者から等分の距離でストライクを停止させると、全周波チャンネルを開いた。
「こちら地球連合軍、アークエンジェル所属のモビルスーツ、ストライク!ラクス・クラインを同行、引き渡します!」
誰もがこのキラの声に息を呑んだ。
「何だ、これは…?」
「ストライクがラクス様を連れている?」
両艦のクルーたちは固唾を呑んでキラの次の言葉を待った。
「ただし、ナスカ級は艦を停止!イージスのパイロットが、単独で来ることが条件です。この条件が破られた場合、彼の命は…保証しません」
ラクスはその言葉にキラを見たが、キラは黙って頷いた。
「ふざけるなっ!!」
このあまりにも幼い独断専行に怒り狂ったのはナタルだった。
奥の手をみすみす引き渡してしまえば、すぐにでも攻撃が始まる。
「何のための人質か!交渉を行う余地もなく…バカめ!」
ナタルはマリューに向き直った。
「艦長!あれが勝手に言ってることです!攻撃を!!」
「んなことしたら、今度はストライクがこっちを撃ってくるぜ?」
ブリッジに駆けつけたフラガの言葉に、ナタルは思わず息を呑んだ。
「ヤマトが、我らを…ですか?」
「多分、な」
「どういうつもりだ、足つきめ!」
敵の真意を計りかねたアデスもまた、苛立って眉間にしわを寄せている。
名指しされたアスランはいてもたってもいられず、待機中のイージスのコックピットからブリッジに通信を入れた。
「隊長!行かせてください」
「敵の真意がまだ分からん!本当にラクス様が乗っているかどうかも…」
アデスは罠を疑って止めたが、クルーゼはしばらく考えた後、許可することを伝えた。
「ありがとうございます」
アスランは礼を述べ、通信を切った。
残されたアデスは少し不満そうにクルーゼに言った。
「よろしいのですか?」
「チャンスであることも確かさ。向こうのパイロットもまだ幼いようだな」
キラ・ヤマト…クルーゼはその名を噛み締めるように反芻してから言った。
「艦を停め、私のシグーを用意しろ、アデス」
キラはスラスターを調整してストライクを固定した。
ラクスはノーマルスーツの中で、少し辛いのか眼を閉じている。
そのままストライクのライフルでイージスが現れる方向を狙いながら、アスランを待った。やがて彼方から赤い機体が現れると、逆噴射の後、機体は停まった。
「アスラン…ザラ?」
キラはためらいながら問いかけた。
「そうよ」
すると聞き慣れた声が聞こえてきた。
「コックピットを開いて!」
キラはアスランに命じると、イージスのコックピットが開いた。
そこにはザフトの赤いスーツとヘルメットに身を包んだパイロットがいた。
キラは彼女から眼を放さないようにしながら、ラクスに「話して」と言った。
「顔が見えないから、ほんとにあなただってこと、わからせないと」
「ああ」
ラクスは頷き、イージスの方を向き直って手を振った。
「やぁ、アスラン。久しぶりだね」
その言葉には2人ならではの気安さがあり、キラはなぜかズキンと胸が痛んだ。
「…確認したわ」
アスランは、確かにラクスだと知って安心すると同時に、開いたコックピットから見えるキラとラクスを見ながら、戸惑っていた。
なぜキラは、人質のラクスを返しに来たのだろう…自軍の危険を顧みずに。
「なら、彼を連れていって」
キラは慎重にラクスの背を押した。
ラクスはイージスに向かいながら振り返り、「色々とありがとう、キラ」と彼女の名を呼んだ。それから体を戻し、自分を迎えようとしている人にも言った。
「アスラン、きみも」
アスランはコックピットの前に立つと、先にキラが投げてよこした医療用パックを受け取ってから、宇宙空間をゆっくりと進んできたラクスを迎えた。
「ありがとう」
「大丈夫?体は?」
ラクスはそのままアスランを軽く抱き締めると、「大丈夫だよ」と答えた。
そんな2人の姿はいたわりあうパートナーそのもので、その優しい温かさがキラにはあまりにも眩しくて、鼻の奥にツンと痛みが走った。
しばらく見詰め合っていた2人のまなざしは、やがて残されたキラに向けられた。
キラはラクスに肩を抱かれ、ラクスの手を取るアスランが羨ましくてならない。
(アスランには、ちゃんと自分がいるべき場所があるんだ)
居場所がないのは、自分だけ…そう思うと涙が溢れそうになり、キラは俯いた。
だがその時アスランが、ラクスの手を離して腕を伸ばした。
「キラ…あなたも一緒に!」
その姿に、キラは言葉もなかった。
アスランの手は真っ直ぐ自分に差し出されている。幼い頃からよく知る手だ。
「あなたが地球軍にいる理由がどこにあるの?」
大人びた優しい声が、きっと温かいであろう幼友達の手が、目の前にあった。
(アスラン…変わってない…話したい、もっと!)
けれどそんなキラの心に急激にブレーキがかかった。
キラの脳裡に、ついさっき見た心配そうなサイの顔が浮かぶ。
「ちゃんと帰ってくるよね!?私たちのところに!」
(…そうだ…サイと約束した…帰るって)
キラは、思わずくじけそうになる心を奮い立たせるように答えた。
「私だって…あなたと戦いたくなんかない!」
それを聞いたアスランの表情がぱっと明るくなった。自分がそう思っていたように、キラもまたそう思ってくれていたことが嬉しかったのだ。
けれどその想いはすぐにキラの次の言葉で打ち砕かれた。
「でもあの艦には…守りたい人達が…友達がいる!」
キラは断腸の思いで自分に言い訳をした。
この言葉が苦しいのは、キラの中にはアスランとラクスと共に行きたいという想いがあるからだ。けれどそれはできなかった。アークエンジェルには、帰って来いと言ってくれる人がいるのだ。そして自分は彼らを守らなければならない。
キラはぎゅっと唇を噛み締めた。けれど、訣別はこんなにも辛い。
(行けないよ。行きたいけど…行けないよ、アスラン…ラクス…)
「くっ…!」
それが理解できないアスランは悔しそうに眼を伏せ、ラクスはそんな彼女を黙って見つめていた。
「なら仕方がないわ」
力なくおろした手が、再びラクスの腕に添えられ、ラクスはその手をいたわるように自分の手で包み込んだ。
やがてアスランは強い輝きを持った眼でストライクのパイロットを睨んだ。
「次に戦うときは…私があなたを討つ!」
「私も…」
その言葉とは裏腹に、キラの視界はみるみる滲み、温かく優しい光を放つ2人が見えなくなった。
ストライクとイージスのランデブーが終わり、ラクスを収容したイージスが離脱した瞬間から、再び戦場にはきな臭さが立ち込め始めた。
ヴェサリウスはエンジンを始動させ、シグーが一機飛び出した。
同様にアークエンジェルからも早々に待機していたゼロが出撃したため、キラが抗議の意味をこめてやや不満そうに通信を入れてきた。
「フラガ大尉!?」
「何もしてこないと思ったか!」
アスランもまた、クルーゼからすぐに帰投するよう命令を受けた。
因縁の2人は子供たちの思いを踏みつけ、互いの敵に近づいていく。
(手を出さないと言ったはずなのに)
隊長機を眼で追いながら心の中で抗議していたアスランは、突然ラクスが目の前の通信チャンネルを開いたので驚いた。
「ラクス?危ない…」
「ラウ・ル・クルーゼ隊長!」
アスランの静止を気にも留めず、ラクスは少し強い語調で呼びかけた。
「やめてください。追悼慰霊団代表である僕のいる場所を、戦場にするおつもりですか?」
クルーゼはチッと舌打した。
(お飾りの英雄が何を偉そうに…黙って助けられていればいいものを)
「それは許可できません。すぐに戦闘行動を中止してください」
あくまでも穏やかに、けれど決して反抗を許さぬ口調でラクスは続けた。
「聞こえませんか?」
その見慣れない凛とした横顔に、アスランはただあっけにとられるばかりだ。
「了解しました」
クルーゼが素直に引き、同時にストライクとモビルアーマーが宙域から消える
と、ラクスは通信を切った。そして驚くアスランを見てにっこりと笑った。
いたずらっ子のような、いつものラクスの顔がそこにあった。
大騒動はなんとか収まり、帰艦したフラガはキラに面白そうに耳打ちした。
「とんでもねぇ王子様だったなぁ」
フラガはキラを責めなかった。そんな彼の大きさも、今は逆に辛かった。
叱られ、罵倒され、泣きじゃくれたらラクなのにと思える複雑な感情に支配されたキラは、ずっと下を向いたまま、しきりに眼をこすっていた。
「ん?どうした?」
「なんでもありません」
そう答えながら、キラはアスランとラクスの姿を思い出していた。
(あまりにも温かすぎて、優しすぎて…)
ロッカールームで一人になると、キラはほーっと深いため息をついた。
―― 裏切り者の私には、もう彼らのいる場所に行く資格なんか…ないんだ…
キラは通信機から聞こえてきた雑音交じりの声にはっと顔を上げた。
「そんな卑怯者と共に戦うのがあなたの正義なの!?キラ!」
戦闘が始まって以来、初めて聞いたアスランの声が怒りに満ちている。
「彼は助け出すわ!必ず!」
「う…」
何も言えないキラを置いて、イージスは去っていく。
「どういうことですか!?」
消火液が舞い、メビウスの修理に走る整備兵たちでごった返すドックで、キラは無傷のストライクからひらりと飛び降りると、真っ直ぐにゼロの傍にいたフラガを目指した。
「どうもこうも…聞いたろ?そういうことさ」
フラガは飄々とした調子で肩をすくめる。
「あの人を人質にとって、脅して…そうやって逃げるのが、地球軍って軍隊なんですか!?」
キラはアスランに言われた言葉を受け売ってそのままぶつけた。
いつもヘラヘラしているフラガが、この時ばかりはキラを睨んだ。
青く鋭い眼で射抜くように見た大人の男の迫力に、キラはうっと詰まる。
けれど彼の唇からこぼれた言葉は、表情ほどはキツくはなかった。
「そういう情けないことしかできねぇのは、俺たちが弱いからだろ?」
フラガはやりきれないように視線をハンガーに投げた。
整備兵たちは怒号を交わしながら整備や修理に走り回っている。
「俺にもおまえにも、艦長や副長を非難する権利はねぇよ」
キラはまた、何も言えなかった。
ブリッジではラクス・クラインを部屋に連れ戻すよう命じたナタルが、マリューの反論に応じようと構えていたが、もとより、あの状況でマリューに何ができたわけではなく、もはや撤退しか道はなかった。
策は卑怯といわれても、ナタルは状況を有利に仕向けただけだ。
それでも、一言言ってやらなければ気が収まらない。
マリューは彼女を睨んだまま、感情を爆発させないよう慎重に口を開いた。
「取り敢えずの危機は回避したものの…状況になんの変わりもないわね」
ノイマンたちが息を潜めて応酬に聞き入ったが、ナタルは落ち着いていた。
「この間に体勢を立て直すことはできます。現時点ではそれが最も重要かと」
メビウスゼロの修理、ストライクの収容、アークエンジェルの応急修理…わずかな時間ができたことで、かすかなチャンスも生まれたのだ。
「ええ…わかってる」
(あなたはいつだって正しいものね…ナタル)
ヴェサリウスではクルーゼと艦長のアデスが次の策を練っていた。
しかしラクス・クラインがあちらにいる限り手を出す事はできない。
「連中も月艦隊との合流を目指すだろうしな」
ラクスを艦隊に渡すことになれば、プラントが黙っているわけがない。
何しろ自らの旗頭の息子が捕らえられるのだ。頑迷な穏健派もようやく折れ、強硬派に傾くだろう。ザラが実権を握り、最終決戦を聖戦としてコーディネイターは総力戦を挑むに違いない。
(それもまた面白い、が…)
クルーゼは顎に手を当ててしばらく考え込み、やがて訊ねた。
「ガモフの位置は?どのくらいでこちらに合流できる?」
「現在6マーク、5909イプション、0.3です。合流には7時間はかかるかと」
「それでは足の速い足つきが月艦隊と合流する方が早い」
クルーゼはシートの背に掴まって航宙図を眺めながら呟いた。
「さて、どうするかな」
ラクス・クラインが囚われたとあっては、アスランも黙ってはいまい。
(姫が王子を取り戻しに行くという、逆パターンも面白いがね)
トノムラやトールに付き添われてブリッジから連れ出されたフレイは、あれ以来口をきかなかった。呆けたようにただ宙を見つめるだけで、サイやミリアリアが話しかけても何も答えない。たった数時間でゲッソリとやつれて見え、自慢の赤毛も水分を失ってツヤがない。
彼の眼には誰も映らず、彼の耳には誰の声も届かない。
そう、たった一人を除いては…
憔悴しきって壁にもたれているフレイを見て、キラは絶句した。
隣にいるサイが彼を心配そうに見つめ、キラに気づいたミリアリアが戦いから戻った彼女をねぎらおうと小さな声で「キラ」と呼んだその途端、これまで何をしても全く反応がなかったフレイの肩がピクッと動いた。
灰色の瞳がのろのろとキラを追い、やがてピタリと焦点が合わされた。
「…そ…つ…」
「え?」
突然フレイが喋ったので、そばにいたサイが驚いて聞き返した。
フレイの灰色の眼には、輝きが戻っている。
しかしそれは恐ろしいほどの怒りの炎だった。
「嘘つきっ!」
彼の怒鳴り声に、キラはビクッと体をこわばらせた。
「おまえ、大丈夫って言っただろう!?自分たちも行くから、大丈夫だって!」
フレイはそのままよろよろとキラの方に身を乗り出した。
サイがそれを抑え、トールも止めようと間に入ったが、フレイはお構いなしだ。
「なんであの艦を守らなかった!?」
キラの呼吸が荒くなる。
(違う、違う…守らなかったんじゃない…私は…)
「なんで…なんであいつらをやっつけられなかったんだよ!」
「やめて、フレイ!」
そのあまりの言葉に、ミリアリアがキラの前に割って入った。
「キラだって必死に…」
キラの戦いぶりを一番見ているのは、ほかでもないオペレーターの自分だ。
キラがイージスを抑えてくれなかったら、アークエンジェルも危なかった。
「キラはいつだって最前線で戦ってるのに…それなのに…!」
けれどミリアリアの言葉など、フレイの耳には一つも入らない。
悲しみが高じ過ぎて、もはや憎しみと怒りで一杯のフレイには、目の前で怯えたような瞳で縮こまるキラしか見えていなかった。
「おまえっ!自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんだろうっ!!」
鋭い刃が突き立てられ、広がりつつあったキラの傷に真っ直ぐに刺さった。
キラはあちこちにぶつかりながら、廊下をただ前へ進んでいた。
どこへ向かっているのかはよくわからない。
空気抵抗の少ない低重力の艦内を、少し体を浮かせながら進んでいただけだ。
(これまで、どうして戦ってきたんだっけ…)
キラはぼんやりとした頭で考えていた。
(守ろうとして、命を危険に晒して、誰かの命を奪って…)
キラの肩が壁にぶつかり、体が今度は反対のウィンドウの方へと漂っていく。
(それでも守れなかったら、本気で戦ってないと言われて…)
ナチュラルが来れば用無しとなるはずだった自分。
(だけどナチュラルがいなくなれば、守れなかったのも、負けたのも、人質をとったのも、全部私のせい?)
「そういう情けないことしかできねぇのは、俺たちが弱いからだろ?」
「そんな卑怯者と共に戦うのがあなたの正義なの!?キラ!」
フラガが言った言葉が、アスランが言った言葉が蘇った。
―― 私…私は強くなりたいなんて思ったことはないのに…
「自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんだろうっ!!」
フレイの言葉を思い出したその途端、じわりと視界が曇った。
いつもならどこまでも見通せる眼は、目の前の窓に映る自分の顔さえ見えない。
涙が小さな粒になってはじけ、キラはやりきれない思いをぶつけるように窓を叩いた。
初めは押し殺していた声が、こらえきれない嗚咽となって口から迸る。
感情をこらえ続けたキラは、溜め込んだ苦しみをついに吐き出した。
「どうしたの…?」
背後から聞こえた柔らかい声音に、キラははっとして振り向いた。
そこには優しく微笑むラクスが立っていた。
キラは慌てて涙をぬぐった。
(見られた…!敵に人質にされて、ひどい目にあっているこの人に)
恥ずかしさで一杯になり、キラはいつになく早口でまくし立てた。
「あ…な、何やってんですか?こんなところで…」
ラクスはキラのあわてぶりを面白そうに見ている。
「ダメですよ、勝手に出歩いちゃ!スパイだと思われますよ?」
「そう?でもねぇ、この子…」
彼は手に持った丸いロボットを差して言った。
「鍵がかかってると、必ず開けて出ていっちゃうんだよ。困ったね」
「困ったね、って…」
キラはそのとぼけたような口ぶりに吹き出しそうになった。
ラクスはキラの表情が少し和らいだのを見て嬉しそうに微笑んだ。
(この人の拍子抜けするほどの不思議な雰囲気は一体なんなんだろ…)
「とにかく、戻りましょう。さぁ」
キラが手を差し伸べたが、ラクスはそれをするりとやり過ごした。
「戦いは、終わったんだね」
「あ…ええ、まぁ。あなたのおかげで…」
「僕?」
「そうですよ。あなたが人質になったので、敵…が、攻撃をやめたんです」
キラは苦しげに言った。
今もまだこの宙域にはアスランの怒りが満ちているようだ。
「あなたは彼らにとって、本当に大切な人なんですね」
ラクスはふっと笑うと、軽く床を蹴った。
「ねぇ、キラさん。あの男の子はどうしてる?」
「え?」
「目の前でお父さんを亡くした、赤い髪の彼…」
キラは驚いて空間を漂う彼を見つめた。
(どうしてこの人がフレイを知ってるんだろう?)
「あ、彼は…」
そのフレイとの一件が原因で泣いていた事を思い出し、キラは答えに窮した。
「でも、戦いが終わったのは何よりだ」
ラクスは何かを悟ったのか、そう言うと表情を曇らせたキラを覗き込んだ。
「なのに、どうしてきみは悲しそうな顔をしてるの?」
ラクスは歌うように尋ねる。
「もう戦わなくていいんだろう?」
「私…私は、本当は戦いたくなんてないんです」
ゆらゆらと低重力に身を任せるラクスを眼で追いながら、キラはつい言わなくてもいいことまで口に出した。
「私だって…コーディネイターなんだし…アスランは…とても仲の良かった友達だし…」
「…アスラン…?」
ふと、ラクスの動きが止まった。
「アスラン・ザラ。彼女が…あのモビルスーツの…イージスのパイロットだなんて…」
それは、誰にも言えなかった秘密だった。
それを何の抵抗もなく話せたのは、彼がコーディネイターだからなのだろうか。
「そうか」
ラクスはようやく重力を選び、トン、と床に足をついた。
「きみも彼女もいい人だからね。それは悲しいね」
思いもかけず、ラクスの口から出た言葉に、キラはぎょっとした。
ラクスは窓のへりに腰掛けて、少ししんどそうに息をついた。
「アスランを、知ってるんですか?」
「アスラン・ザラは、僕の妻になる人だよ」
その思いもかけない告白に、キラはポカンと口を空けて驚いた。
「誰よりも綺麗で、強くて、優しいけど…怒るとちょっと怖い」
ラクスはいたずらっぽく笑った。
けれどそういう彼こそ、男性にしては驚くほど綺麗な笑顔だった。
「アスランはね、いつも僕に無理をするな、体を労われって怒るんだ」
ラクスが肩をすくめながら言った。
「彼女の方こそ、無茶ばかりするくせにね。でも、真面目でとてもいい子だよ」
キラはそれを聞いて嬉しそうに笑った。
ラクスが語るアスランは、キラがイメージしたままのアスランだったからだ。
それからキラは少し遠慮がちに尋ねた。
「あの…体、悪いんですか?」
「うん、細胞がね。ひどく傷ついている」
ラクスは静かに、自身が巻き込まれた運命をキラに語って聞かせた。
「そう…だったんですか」
「プラントでは『悲劇の英雄』なんて言われてるけど」
彼は肩をすくめて見せた。
「戦争で辛い思いをしている人はもっとたくさんいる。僕はただ、運のよかった病人だ」
キラは黙りこむと、穏やかで優しそうな笑みをたたえる彼を見つめていた。
(この人は、ナチュラルを恨まないのだろうか?)
血のバレンタインがなければ、ナチュラルが核を使わなければ、健やかな未来が待っていたろうに…
(病院で過ごす時間や、失った未来を、この人は惜しまないのだろうか)
ラクスは思いに沈んだキラの様子に気づくと、傍らで漂っていたハロを両手で掴まえ、キラに見せた。
「このハロ、アスランがくれたんだよ。病室でも寂しくないだろうって」
「アスランが…」
「もう子供じゃないよって言ったんだけど、僕にはお似合いだって」
そう言いながらも、ラクスは嬉しそうだった。
キラはふと思い当たってハロを借り受けたが、ハロはパタパタと耳を動かした。
小さなアームが格納された中央をいじると、ハロはさらに声を出して抗議した。
「テヤンデー!」
「この鍵開け機能…」
キラの言葉にラクスがしっと指を立てた。
もともとハロは、重要人物のラクスの部屋に不審者が侵入しないよう、アスランがつけたロック機能付ペットロボットだったのだそうだ。それをラクスが勝手に改造して、いまや真逆の用途をなしていることなど、彼女はまだ知らない。
「そんな事したら、アスランは絶対怒りますよ」
「そうだよね。怒られるなぁ…キラさん、黙っててね」
気づけば、さっきまでベソをかいていたキラもいつの間にか笑っていた。
「でも相変わらずなんだ、アスラン…私のトリィも、彼女が作ってくれたものなんです」
「トリィ?」
ラクスが不思議そうに聞いた。
―― ねぇ、アスラン。首をかしげて鳴く鳥を作ってよ…
キラがそう頼んだ時、アスランは「そんなのできるわけないよ」と言ったのに、ちゃんと作ってくれたのだ。けれどそれを受け取ったのは、別れの日だった。
「今度、連れてきますね!」
明るい表情で元気よく言ってから、キラははっと口をふさいだ。
少し前までの憂鬱は、アスランに関わるものであると思い出してしまったのだ。
(アスラン…とても怒っていた)
再び顔色を曇らせたキラを見て、ラクスはその肩に触れようとした。
けれどキラは次の瞬間、自分の方へ倒れこんできたラクスを抱きとめていた。
それは、ほんの少しだけキラに許された陽だまりのような時間だった。
ラクスは病気のために非常に疲れやすい。のほほんとしているように見えても、救助されるまでケアのない長い時間や、アークエンジェルに収容後も様々な件で緊張が続いたせいか、疲労が重なり、少し熱が上がっていた。
キラは慌てて艦長に連絡して医師に来てもらい、彼は自室で点滴を受けて眠りについた。眠る前にラクスは、恐縮して壁際で見守っていたキラを枕元に呼んだ。
彼がキラの手を握ると、ひどく熱かった。
「2人が戦わないで済むようになればいいね」
具合が悪いのに優しく微笑む彼の顔を見ていると、キラの胸は締め付けられるようだった。
けれどその頃、彼らの話をこっそりと盗み聞いていたピーピング・トムは、手に入れた情報をばら撒こうと虎視眈々と機会を窺っていた。
「あれはちょっと酷すぎるわ!」
食堂ではミリアリアが仲間たちに訴えていた。
「自分もコーディネイターだから、本気で戦ってない…か」
「そんなことねぇよ!いつだってキラはすごい頑張って、戦ってんじゃんかよ!」
トールはサイの言葉に声を荒げる。
「キラが命がけで戦ってて、俺たちは守られるばっかりで、見てるしかできなくて…そんなあいつに、あんな事を言うなんて!」
「私だって疑ってるわけじゃないわ。ブリッジにいれば、モビルスーツでの戦闘が、どれだけ大変なものかってのは、イヤでもわかるし…」
サイも慌てて否定した。
フレイの件で皆ナーバスになっているのだ。
(今、ここで私たちがケンカしたって何の得にもならないもの)
なのに、カズイはそんな空気はお構いなしだ。
「キラが本気で戦ってるかどうかなんて、僕たちにはわからないよ」
「なんだよ?カズイ」
トールが睨みつけた。
いつもならひるむところだが、今日は違う。カズイは眼を逸らしながら言った。
「取られちゃった、あのモビルスーツ…イージスってのに乗ってんの、キラの昔の友達らしいよ」
「ええっ!?」
カズイが大げさに声を潜めて言うと、トールもミリアリアも声を上げて驚いた。
「さっき、あのコーディネイターと話してるの聞いたんだ。仲の良かった奴だって」
皆思いもかけない情報に顔を見合わせている。そんな事をするのはいけないと思いながらも、皆、心のどこかでイージスと戦うストライクの様子を思い出した。
そんな皆の気持ちを代弁するように、カズイはさらに声をひそめて言った。
「だからフレイの言うとおり、本気で戦ってなかったのかもしれないよ?」
「やっぱりダメだよ…こんなの!」
勝手気ままに飛び回り、戻ってきては首をかしげて「トリィ!」と鳴く鳥を見つめながら、キラは青白いラクスの顔を思い浮かべていた。
(アスランは、いずれあの人と結婚するんだ)
小さい頃から絶対綺麗になると確信していたアスランが、彼と並んだ姿はきっと驚くほどお似合いに違いなかった。そしてラクスの人柄もまた、堅物で真面目なアスランには、ちょうどバランスの取れる柔軟さを持っているような気がした。
(そんな彼を人質にして、逃げようとしてるんだ、私たちは…)
「そんなの、絶対よくない!」
キラはきっぱりと言って跳ね起きると、トリィを肩に乗せてそっと部屋を出た。
点滴は終わり、ラクスは静かな寝息を立てていた。
熱はすっかり下がって、顔色も戻っている。彼の部屋に忍び込んだキラは、まず起動したハロにシーッと言った。こうした事態に備えて感知アラーム機能もついているのだが、ラクスはいつも切ってしまっている。
キラは医療パックにあるだけの医薬品を詰め込むと、彼の点滴を外した。
そしてラクスの耳元でそっと声をかける。
「ん…キラ…さん…?」
眠りから醒めたラクスは元気を取り戻しており、「どうしたの?」と尋ねた。
「あれ?その子がトリィ?連れてきてくれたの?」
ラクスはキラの肩に止まって首を傾げているトリィを見て嬉しそうに言った。
「トリィ!」
「こんにちは、トリィ。ホントだ、よくできてるね」
「黙って、一緒に来てください。静かに」
キラは周囲を気にしながらラクスを促した。
2人は長い廊下を隠れながらハンガーへ向かった。
しかし道のりは長く、夜時間とはいえ人が全くいないわけではない艦内を誰にも会わずに歩くのは容易ではない。
「あ…?キラ?」
途中でばったりと出くわしたサイが、慌てて回れ右をしたキラの背中に声をかけた。キラはそのまま動かず、不審に思ったサイが近づくと、突然キラの体から何かが飛び出した。
「マイド!」
「…こら!」
キラは慌ててハロを掴まえようと振り返ったが、その時はもうサイには全てばれてしまっていた。一緒にいたミリアリアも眼をまん丸にして驚いている。
「マイド!」
「何やってるの?あなた」
キラはしどろもどろになり、ラクスは面白そうに彼女たちを見つめている。
「彼を、どうするつもり?…まさか!」
ミリアリアが言いかけると、キラは慌てて言った。
「黙って行かせて。サイたちを巻き込みたくない」
その言葉に2人は顔を見合わせた。
「私は嫌なんだ…こんなの!」
サイもミリアリアも、彼の体が悪いらしいという事を聞いて心配していた。
2人ともフレイに人質に取られた時の、彼の苦しそうな様子を見ているからだ。
「人質に取るなんて、本来、悪役のやることだもんね」
しばらく気まずい沈黙が続いた後、サイが言った。
「それに、キラがそうしたいって言うんなら、手伝うわ」
「サイ…」
先ほどのフレイの言動に憤慨していたミリアリアも異論はなかったし、サイはカズイの言葉も否定したいと思っていた。2人ともキラが、純粋に病弱な人質を助けたいと願うなら、それを助けない理由はないと考えたのだ。
理論より感情…女の子同士の妙な連帯感が生まれ、3人はラクスを連れてハンガーへ向かった。
「ありがとう」
病み上がりのラクスの手を引き、サイはキラが準備を進めるストライクのコックピットまで彼を誘導していった。
「…い、いえ」
優しく微笑まれて、サイはちょっと赤くなった。
(本当に綺麗な人…男の人とは思えない)
そんな彼女に、ラクスは屈託のない笑顔で言った。
「また、会えるといいね」
「それは…どうでしょうか」
サイはふっと苦笑した。
コーディネイターの彼とナチュラルの自分の道が、再び交差するとは思えない。
これは広い宇宙の中で起きた「偶然」であり、「奇跡」とすら思えた。
やがてパイロットスーツに着替えたキラがコックピットへと向かった。
「キラ!あなたは、帰って来るよね?」
「え?」
サイのその思いもかけない言葉に、キラは振り返った。
「ちゃんと帰ってくるよね!?私たちのところに!」
そう言ってくれたサイの優しい心が嬉しくて、キラはにっこり笑った。
「必ずね…約束する」
「きっとよ!約束だからね!」
サイが両手で口を覆い、さらに大声で叫ぶと、キラは温かい気持ちで一杯になった。
(帰って来るよ…皆が私にここにいていいと言ってくれるなら、帰ってくる!)
その途端、ストライクのエンジンが火を噴いた。ミリアリアが管制でいつものように指示をくれ、ストライクは慣れ親しんだカタパルトへと動き出した。
同時に、この騒ぎに驚いた整備兵たちが詰所からわらわらと飛び出してきた。
「軍曹、ストライクが!」
「なんだってんだ!?」
寝ぼけ眼のマードックも飛び出してきたが、もう間に合わない。
「ハッチ開放します。退避してください!」
やがてストライクは轟音と共に飛び出した。
後にはあっけにとられたマードックたちと、サイがその軌跡を見つめていた。
(きっとよ、キラ。私はあなたを信じてる)
「大丈夫ですか?」
キラは狭いコックピットで窮屈そうにしているラクスに声をかけた。
ラクスは「大丈夫だよ」と答えたが、少し呼吸が荒いようだ。
(急がなきゃ)
キラはスピードを上げた。
その頃、アークエンジェルもヴェサリウスも、当然ながら蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
自室で眠っていたマリューは、フラガからの通信でキラ・ヤマトがラクス・クラインを連れ出した事を知り、ラウ・ル・クルーゼとアデスは、膠着状態にある目の前の敵艦からのモビルスーツ発艦に、第一戦闘配備を発令した。
無論、アスランもハンガーへ向かう。
(何があったんだろう…ラクスは無事なの?)
やがてキラはちょうど両者から等分の距離でストライクを停止させると、全周波チャンネルを開いた。
「こちら地球連合軍、アークエンジェル所属のモビルスーツ、ストライク!ラクス・クラインを同行、引き渡します!」
誰もがこのキラの声に息を呑んだ。
「何だ、これは…?」
「ストライクがラクス様を連れている?」
両艦のクルーたちは固唾を呑んでキラの次の言葉を待った。
「ただし、ナスカ級は艦を停止!イージスのパイロットが、単独で来ることが条件です。この条件が破られた場合、彼の命は…保証しません」
ラクスはその言葉にキラを見たが、キラは黙って頷いた。
「ふざけるなっ!!」
このあまりにも幼い独断専行に怒り狂ったのはナタルだった。
奥の手をみすみす引き渡してしまえば、すぐにでも攻撃が始まる。
「何のための人質か!交渉を行う余地もなく…バカめ!」
ナタルはマリューに向き直った。
「艦長!あれが勝手に言ってることです!攻撃を!!」
「んなことしたら、今度はストライクがこっちを撃ってくるぜ?」
ブリッジに駆けつけたフラガの言葉に、ナタルは思わず息を呑んだ。
「ヤマトが、我らを…ですか?」
「多分、な」
「どういうつもりだ、足つきめ!」
敵の真意を計りかねたアデスもまた、苛立って眉間にしわを寄せている。
名指しされたアスランはいてもたってもいられず、待機中のイージスのコックピットからブリッジに通信を入れた。
「隊長!行かせてください」
「敵の真意がまだ分からん!本当にラクス様が乗っているかどうかも…」
アデスは罠を疑って止めたが、クルーゼはしばらく考えた後、許可することを伝えた。
「ありがとうございます」
アスランは礼を述べ、通信を切った。
残されたアデスは少し不満そうにクルーゼに言った。
「よろしいのですか?」
「チャンスであることも確かさ。向こうのパイロットもまだ幼いようだな」
キラ・ヤマト…クルーゼはその名を噛み締めるように反芻してから言った。
「艦を停め、私のシグーを用意しろ、アデス」
キラはスラスターを調整してストライクを固定した。
ラクスはノーマルスーツの中で、少し辛いのか眼を閉じている。
そのままストライクのライフルでイージスが現れる方向を狙いながら、アスランを待った。やがて彼方から赤い機体が現れると、逆噴射の後、機体は停まった。
「アスラン…ザラ?」
キラはためらいながら問いかけた。
「そうよ」
すると聞き慣れた声が聞こえてきた。
「コックピットを開いて!」
キラはアスランに命じると、イージスのコックピットが開いた。
そこにはザフトの赤いスーツとヘルメットに身を包んだパイロットがいた。
キラは彼女から眼を放さないようにしながら、ラクスに「話して」と言った。
「顔が見えないから、ほんとにあなただってこと、わからせないと」
「ああ」
ラクスは頷き、イージスの方を向き直って手を振った。
「やぁ、アスラン。久しぶりだね」
その言葉には2人ならではの気安さがあり、キラはなぜかズキンと胸が痛んだ。
「…確認したわ」
アスランは、確かにラクスだと知って安心すると同時に、開いたコックピットから見えるキラとラクスを見ながら、戸惑っていた。
なぜキラは、人質のラクスを返しに来たのだろう…自軍の危険を顧みずに。
「なら、彼を連れていって」
キラは慎重にラクスの背を押した。
ラクスはイージスに向かいながら振り返り、「色々とありがとう、キラ」と彼女の名を呼んだ。それから体を戻し、自分を迎えようとしている人にも言った。
「アスラン、きみも」
アスランはコックピットの前に立つと、先にキラが投げてよこした医療用パックを受け取ってから、宇宙空間をゆっくりと進んできたラクスを迎えた。
「ありがとう」
「大丈夫?体は?」
ラクスはそのままアスランを軽く抱き締めると、「大丈夫だよ」と答えた。
そんな2人の姿はいたわりあうパートナーそのもので、その優しい温かさがキラにはあまりにも眩しくて、鼻の奥にツンと痛みが走った。
しばらく見詰め合っていた2人のまなざしは、やがて残されたキラに向けられた。
キラはラクスに肩を抱かれ、ラクスの手を取るアスランが羨ましくてならない。
(アスランには、ちゃんと自分がいるべき場所があるんだ)
居場所がないのは、自分だけ…そう思うと涙が溢れそうになり、キラは俯いた。
だがその時アスランが、ラクスの手を離して腕を伸ばした。
「キラ…あなたも一緒に!」
その姿に、キラは言葉もなかった。
アスランの手は真っ直ぐ自分に差し出されている。幼い頃からよく知る手だ。
「あなたが地球軍にいる理由がどこにあるの?」
大人びた優しい声が、きっと温かいであろう幼友達の手が、目の前にあった。
(アスラン…変わってない…話したい、もっと!)
けれどそんなキラの心に急激にブレーキがかかった。
キラの脳裡に、ついさっき見た心配そうなサイの顔が浮かぶ。
「ちゃんと帰ってくるよね!?私たちのところに!」
(…そうだ…サイと約束した…帰るって)
キラは、思わずくじけそうになる心を奮い立たせるように答えた。
「私だって…あなたと戦いたくなんかない!」
それを聞いたアスランの表情がぱっと明るくなった。自分がそう思っていたように、キラもまたそう思ってくれていたことが嬉しかったのだ。
けれどその想いはすぐにキラの次の言葉で打ち砕かれた。
「でもあの艦には…守りたい人達が…友達がいる!」
キラは断腸の思いで自分に言い訳をした。
この言葉が苦しいのは、キラの中にはアスランとラクスと共に行きたいという想いがあるからだ。けれどそれはできなかった。アークエンジェルには、帰って来いと言ってくれる人がいるのだ。そして自分は彼らを守らなければならない。
キラはぎゅっと唇を噛み締めた。けれど、訣別はこんなにも辛い。
(行けないよ。行きたいけど…行けないよ、アスラン…ラクス…)
「くっ…!」
それが理解できないアスランは悔しそうに眼を伏せ、ラクスはそんな彼女を黙って見つめていた。
「なら仕方がないわ」
力なくおろした手が、再びラクスの腕に添えられ、ラクスはその手をいたわるように自分の手で包み込んだ。
やがてアスランは強い輝きを持った眼でストライクのパイロットを睨んだ。
「次に戦うときは…私があなたを討つ!」
「私も…」
その言葉とは裏腹に、キラの視界はみるみる滲み、温かく優しい光を放つ2人が見えなくなった。
ストライクとイージスのランデブーが終わり、ラクスを収容したイージスが離脱した瞬間から、再び戦場にはきな臭さが立ち込め始めた。
ヴェサリウスはエンジンを始動させ、シグーが一機飛び出した。
同様にアークエンジェルからも早々に待機していたゼロが出撃したため、キラが抗議の意味をこめてやや不満そうに通信を入れてきた。
「フラガ大尉!?」
「何もしてこないと思ったか!」
アスランもまた、クルーゼからすぐに帰投するよう命令を受けた。
因縁の2人は子供たちの思いを踏みつけ、互いの敵に近づいていく。
(手を出さないと言ったはずなのに)
隊長機を眼で追いながら心の中で抗議していたアスランは、突然ラクスが目の前の通信チャンネルを開いたので驚いた。
「ラクス?危ない…」
「ラウ・ル・クルーゼ隊長!」
アスランの静止を気にも留めず、ラクスは少し強い語調で呼びかけた。
「やめてください。追悼慰霊団代表である僕のいる場所を、戦場にするおつもりですか?」
クルーゼはチッと舌打した。
(お飾りの英雄が何を偉そうに…黙って助けられていればいいものを)
「それは許可できません。すぐに戦闘行動を中止してください」
あくまでも穏やかに、けれど決して反抗を許さぬ口調でラクスは続けた。
「聞こえませんか?」
その見慣れない凛とした横顔に、アスランはただあっけにとられるばかりだ。
「了解しました」
クルーゼが素直に引き、同時にストライクとモビルアーマーが宙域から消える
と、ラクスは通信を切った。そして驚くアスランを見てにっこりと笑った。
いたずらっ子のような、いつものラクスの顔がそこにあった。
大騒動はなんとか収まり、帰艦したフラガはキラに面白そうに耳打ちした。
「とんでもねぇ王子様だったなぁ」
フラガはキラを責めなかった。そんな彼の大きさも、今は逆に辛かった。
叱られ、罵倒され、泣きじゃくれたらラクなのにと思える複雑な感情に支配されたキラは、ずっと下を向いたまま、しきりに眼をこすっていた。
「ん?どうした?」
「なんでもありません」
そう答えながら、キラはアスランとラクスの姿を思い出していた。
(あまりにも温かすぎて、優しすぎて…)
ロッカールームで一人になると、キラはほーっと深いため息をついた。
―― 裏切り者の私には、もう彼らのいる場所に行く資格なんか…ないんだ…
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制作裏話-PHASE10-
「コーディネイターのくせに本気で戦っていない」という、フレイが放つSEED最大奥義呪文により、キラが大ダメージを蒙ります。
キラにとってはフリーダムを失った時と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上だったかも…
さすがはフレイさん。あのキラ様を完膚なきまでに叩きのめすことのできた唯一のキャラといえましょう。
けれど一方、ラクスが孤独に苦しむキラに救いを与え、アスランの心を計り始める、本編でもかなり好きなエピソードの一つです。
本編では朴念仁のアスランは戻ってきたラクスのスカートが詰まったぽっこりお腹に動揺しましたが、男女逆転のこちらでは、迎えてくれたアスランをラクスが軽く抱き締めて安心させます。
そんな2人のいたわりあう温かい姿が、さらには手を差し伸べるアスランの優しさが、孤独なキラをさらに傷つけてしまうという展開。
これは本編の構成が実に見事だったからこそのアレンジだったと思います。
「放射線障害による後遺症に苦しんでいる」という、原作準拠を謳う逆転SEEDの中では破格の大改変を加えたラクスですが、おかげでアスランを介して仲良くなったキラとラクスはさらに理解を深め合います。本編同様、この時点のラクスは高度な知性は感じさせるものの、ちょっと不思議なテンポの人というイメージです。けれど観察力に優れ、穏やかに、静かに物事の推移を見守っているのです。
これは本編ではなかったのですが、ラクスの指導者としての器を示すために、自分を人質にしたものの目の前で父を失ったフレイは「どうしているか」とキラに聞くシーンを入れ込んであります。
細やかな目配りが利く男でなければ人の上には立てませんよ(運よく立てても倒れますね、すぐ)
ラクスの体の事を知った途端、キラは具合が悪くなった彼を目の当たりにします。それによって彼をアスランに返そうと思い立ちます。
同じく具合が悪くなってシンに返されたステラとの韻を踏ませておいたので、アスランにはこの件をDESTINYで思い出してもらいました。
本編では思い出さなかったけど、思い出しますよね、普通。
本編の回想王は無駄な回想ばかりするくせに、大事な事は全部忘れてるんだからなぁ。
コーディネイターだから戦わされているのでは…と感じているキラは、楽しい時間を過ごせたラクスの隣にいるアスランが羨ましくてたまりません。居場所のない自分と違い、コーディネイターの社会で、愛する人と共にいる(と思っていますよね、この時点では)アスランには居場所がある。そんな孤独を滲ませてみましたが、実はこれは皮肉でもあります。
なぜなら続編の逆転DESTINYでは、本編同様アスランは「自分の居場所」を探して迷走した挙句、無様に敗れてキラやカガリの元へ帰ってくるからです。
こうして比較すると、不本意ながらなすべき事をなし、やがて道を見出していったキラはやはり主役の器であり、アスランはあくまでもサブなのだとわかりますね。少なくとも無印ではアスランはザフトを裏切っちゃいけなかったと思います。最後までキラと対峙し、その上で狂気に走った父を止めるという苦難の道を選べばよかったんですよ。
なお、このPHASEにはもう一つ伏線が忍ばせてあります。
それはラクスが、サイといずれ再会するだろうと暗示することです。
この時点でラクスの「キラの値踏み」が終わっているので、いずれキラが自分の仲間になることを示唆します。だから戦い続ける限り、きみともまた会えるかもしれないよという思いをこめています。
本編ではお礼だけでしたが、こうすると後々「ああ、そういえばあの時…」と思えていいと思うのです。
PHASE42の「ラクス出撃」では、本編にはなかったラクスと、彼を助けてくれたサイ&ミリアリアの再会シーンも入れ込めたので、大満足でした。
キラにとってはフリーダムを失った時と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上だったかも…
さすがはフレイさん。あのキラ様を完膚なきまでに叩きのめすことのできた唯一のキャラといえましょう。
けれど一方、ラクスが孤独に苦しむキラに救いを与え、アスランの心を計り始める、本編でもかなり好きなエピソードの一つです。
本編では朴念仁のアスランは戻ってきたラクスのスカートが詰まったぽっこりお腹に動揺しましたが、男女逆転のこちらでは、迎えてくれたアスランをラクスが軽く抱き締めて安心させます。
そんな2人のいたわりあう温かい姿が、さらには手を差し伸べるアスランの優しさが、孤独なキラをさらに傷つけてしまうという展開。
これは本編の構成が実に見事だったからこそのアレンジだったと思います。
「放射線障害による後遺症に苦しんでいる」という、原作準拠を謳う逆転SEEDの中では破格の大改変を加えたラクスですが、おかげでアスランを介して仲良くなったキラとラクスはさらに理解を深め合います。本編同様、この時点のラクスは高度な知性は感じさせるものの、ちょっと不思議なテンポの人というイメージです。けれど観察力に優れ、穏やかに、静かに物事の推移を見守っているのです。
これは本編ではなかったのですが、ラクスの指導者としての器を示すために、自分を人質にしたものの目の前で父を失ったフレイは「どうしているか」とキラに聞くシーンを入れ込んであります。
細やかな目配りが利く男でなければ人の上には立てませんよ(運よく立てても倒れますね、すぐ)
ラクスの体の事を知った途端、キラは具合が悪くなった彼を目の当たりにします。それによって彼をアスランに返そうと思い立ちます。
同じく具合が悪くなってシンに返されたステラとの韻を踏ませておいたので、アスランにはこの件をDESTINYで思い出してもらいました。
本編では思い出さなかったけど、思い出しますよね、普通。
本編の回想王は無駄な回想ばかりするくせに、大事な事は全部忘れてるんだからなぁ。
コーディネイターだから戦わされているのでは…と感じているキラは、楽しい時間を過ごせたラクスの隣にいるアスランが羨ましくてたまりません。居場所のない自分と違い、コーディネイターの社会で、愛する人と共にいる(と思っていますよね、この時点では)アスランには居場所がある。そんな孤独を滲ませてみましたが、実はこれは皮肉でもあります。
なぜなら続編の逆転DESTINYでは、本編同様アスランは「自分の居場所」を探して迷走した挙句、無様に敗れてキラやカガリの元へ帰ってくるからです。
こうして比較すると、不本意ながらなすべき事をなし、やがて道を見出していったキラはやはり主役の器であり、アスランはあくまでもサブなのだとわかりますね。少なくとも無印ではアスランはザフトを裏切っちゃいけなかったと思います。最後までキラと対峙し、その上で狂気に走った父を止めるという苦難の道を選べばよかったんですよ。
なお、このPHASEにはもう一つ伏線が忍ばせてあります。
それはラクスが、サイといずれ再会するだろうと暗示することです。
この時点でラクスの「キラの値踏み」が終わっているので、いずれキラが自分の仲間になることを示唆します。だから戦い続ける限り、きみともまた会えるかもしれないよという思いをこめています。
本編ではお礼だけでしたが、こうすると後々「ああ、そういえばあの時…」と思えていいと思うのです。
PHASE42の「ラクス出撃」では、本編にはなかったラクスと、彼を助けてくれたサイ&ミリアリアの再会シーンも入れ込めたので、大満足でした。