Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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「世界は依然として戦争のままです。俺、自分は中立の国にいて、全然気付いていなかったんです。父は、戦争を終わらせようと必死に働いていたのに…本当の平和が、本当の安心が、戦うことでしか守れないのなら、俺も父の遺志を継いで戦いたいです!」
フレイは毅然と言い放った。
フレイは毅然と言い放った。
「残念だね、せっかく会えたのに、もうお別れなんて」
ラクスは傍らに立つアスランを少し見下ろして言った。
今頃、プラントではクライン議長や関係者が、ラクス・クラインの帰りを待ちわびていることだろう。
そしてマスコミはこぞって今回の「悲劇の英雄」の受難を武勇伝として書きたて、ナチュラルの蛮行と卑劣さを痛烈に批判するに違いない。
父もこの機に乗じてナチュラル批判に弁舌を振るい、結局はこの件も戦争に利用されるだけだろう。
「戦果も重要なことでしょうが、犠牲になる者のこともどうか、お忘れなきよう…」
アスランは、クルーゼとそつなく挨拶を交わすラクスをぼんやりと見つめていた。
開放されたあの時、クルーゼを一喝したラクスと隊長の間には、それを目の当たりにしたアスランにしかわからないそこはかとない緊張感が漂っていたが、さすが2人とも政治的手腕に長けているというべきか、それをおくびにも出さずに過ごしてきた。
ラクスはラコーニ隊に身柄を引き渡され、今回は厳重な護衛の下、アプリリウスまで帰還することになっていた。2人はクルーゼと共にラコーニ隊の兵士たちが居並ぶドックに降りて行き、いよいよここでお別れという時、ラクスはアスランを見つめながら呟いた。
「何と戦わねばならないのか…戦争は難しいね」
アスランは唐突なその言葉にやや戸惑うような視線を投げかけた。
(何と…戦うか?)
戦争なのだから、無論戦うのは「敵」に決まっている。
(でも…キラ・ヤマトは…本当に私の「敵」なのかしら…?)
敵であるナチュラルと共にいるのだから敵だ、という思いと、コーディネイターのキラがそこまでする大きな「理由」があるのでは…という思い。
いつもここで止まってしまうのだ。
そんな物思いにふけるアスランは、隊長が敬礼をしたのを見て、少し遅れて慌てて敬礼した。けれどラクスは優しく笑うと、アスランの敬礼した手を取り、白くてほっそりしたその手にキスをした。
おおっ…と兵士の間に静かなどよめきが起きるのが恥ずかしくて、アスランはほんの少し眼を伏せた。
「では、また逢える時を楽しみにしてるよ」
ラクスはいたずらっぽく笑うと、軽やかにデッキを越えてランチの中に消えた。
「何と戦わねば、か…」
ヴェサリウスへの帰途、クルーゼはアスランに問いかけた。
「イザークのことは聞いたかな?」
「あ、はい」
ニコルからの通信によれば、イザークが先だってのキラとの戦いで深手を負ったらしいことは聞いていた。
「ストライク…あの時は何だか様子が違ったんです」
ニコルはいぶかしげに言っていた。
「今までもめちゃくちゃな戦い方をしてましたけど、あの時は、なんというか、こう…鬼気迫るというか…」
「ストライク。討たねば次に討たれるのはきみかもしれんぞ?」
アスランは唇を噛んだ。
(キラ…あなたは私たちの「敵」として、どんどん手強くなっている)
いつか自分たちは本気で、今まで以上に本気で殺しあわなければならない時が来るのだろうか。
何もかもすべてを投げ捨てて、憎しみと、怒りだけに支配され、相手を屠る事だけを考えて。
アスランは再びクルーゼの後について戦場へと戻っていく。
(何と戦わねばならないか…)
そう、ラクスの言葉を噛み締めながら。
「180度回頭。減速。更に20%、相対速度合わせ」
マリューはノイマンに操舵の指示を下していた。
「しかし、いいんですかね。メネラオスの横っ面になんかつけて」
この距離と角度だと、アークエンジェルはちょうど第8艦隊旗艦…即ちハルバートン准将が乗艦しているメネラオスの横にぴたりとつくことになるが、ノイマンは苦笑いしながら見事にやってのけた。
「ハルバートン提督が、艦をよくご覧になりたいんでしょう。後ほど、自らもおいでになるということだし…閣下こそ、この艦と、Gの開発計画の一番の推進者でしたからね」
マリューは尊敬する上官への敬意と、無事到着できた事への安堵、ようやく目的を成し遂げたという達成感から明るい声で答えた。
この後、民間人も全てメネラオスへと移って、地球行きのシャトルに乗り換える手はずになっている。
制約の多い窮屈な生活を強いられていた避難民の中にもようやく安全な地帯に来たという安堵感が流れ、もはやアルテミスの二の舞にはならないだろうと艦内は再び浮き足立ち、忙しなかった。
マリューはそのままノイマンに舵を任せるとブリッジを出た。
しかしそんな彼女を珍しくナタルが追いかけてきた。
「ストライクのこと、どうされるおつもりですか?」
それはフラガにとってもマリューにとっても最大の懸案だった。
「どうって…どういうこと?」
マリューは敢えて気づかないふりをしてナタルに尋ねる。
予想はできているが、ようやく安心できた今は、正直なるべく考えたくない問題だった。けれどナタルは容赦なく切り込んでくる。
「あの性能だからこそ、彼女が乗ったからこそ、我々はここまで来られたのだということは、この艦の誰もがわかっていることです」
ナタルはストライクの性能を過小評価も過大評価もしていない。戦闘指揮官としてもっとも冷静に分析して、ストライクの戦力は現在の戦況を鑑みても手放すのはあまりにも惜しすぎた。
そしてストライクは、キラ・ヤマトにしか扱えないのだ。
「彼女も降ろすのですか?」
マリューは答えない。いや、答えたくないのだ。
しかしナタルはそんなマリューの甘さを許しはしない。
「あなたの言いたいことはわかるわ…ナタル。でも、キラさんは軍の人間ではないわ」
マリューは一言一言ゆっくりと答える。
彼女の力が貴重な事はよくわかっている。
けれど、彼女を無理やりストライクに乗せたのが自分だからこそ、無理な戦いを強いてきたのが自分だからこそ、彼女の志願を強制する事などできないのだ。
まだ何か言いたそうなナタルを残し、マリューはハンガーへと向かう。
(彼女と…私もいい加減、キラ・ヤマトと話をしなければならないわ)
「なんでこんな急がなきゃならないんです?」
「不安なんだよ!壊れたままだと」
のんびりしたムードが流れるブリッジや居住区と違い、キラたちはまるで戦闘中のようだった。整備兵は駆け巡り、キラもフラガもマードックの指示でバタバタと走らされて、怒鳴ったり聞き返したり大騒ぎである。
漂うケーブルを足で蹴飛ばしながら怒鳴っていたマードックが、「第8艦隊っつったって、パイロットはひよっこ揃いさ!なんかあった時には、やっぱ大尉が出らんねぇとな!」と勇ましい事を言う。
本当は嬢ちゃんも…と言いたいのだが、キラが民間人であり、ここで艦を降りるであろう事を思ってマードックはガラにもなく気を遣って言葉を飲み込んだ。
(冗談じゃない…何かなんてあって欲しくないよ)
キラはうんざりしながら、ストライクを見上げた。
そして突然何かを思い出したようにフラガに向き直る。
「それより、ストライクは?ほんとにあのままでいいんですか?」
ストライクのスペックは使うたびにキラが調整に調整を重ね、いまやヘリオポリスの工廠で眠っていた時の状態からは考えられないほど複雑なプログラムでハイスペックにアップグレードされている。
加えて機械には、面白いように搭乗者のクセがつく。
もし今試しに誰かが乗ってみても、恐らくストライクを立ち上がらせる事すらできないだろう。もっともナチュラルでは、元のスペックでも動かせるかどうか怪しいものだったが。ジンと相対して命を永らえたマリューはむしろ、恐ろしいほど優秀な乗り手だった。
「ん~、わかっちゃいるんだけどねぇ…わざわざ元に戻してスペック下げるっつーのも…なんかこう…」
フラガは自身もパイロットであるせいか、明らかに優れた性能を持つものを、たとえ乗りこなせるものがいないにしてもわざわざ格下に落とす事がどうも腑に落ちなかった。
かといってキラ以外誰1人このストライクを乗りこなせるはずもないわけで…
(お嬢ちゃんがこのまま残ってくれればバンバンザイなんだけどな)
「できれば…」
その時、ここではなかなか聞かれない大人の女性の声に、油や埃まみれのフラガもキラも驚いて振り返った。
そこには優しい笑顔を見せるマリューがいた。
「あのまま誰かが、って思っちゃいますわよね」
「あらら、こんなところへ」
マリューがキラと話したいと言うと、フラガは「珍しいね、艦長」と笑った。
「ちょっといいかしら。キラさん」
途端にキラは警戒するような顔をしたが、フラガに勢いよく背中を押されてしぶしぶ艦長と2人でデッキに上がった。
「そんな疑うような顔しないで。ま、無理もないとは思うけど」
「あ…いえ…そんな」
にっこりと笑われても、キラは緊張からつい口ごもってしまう。
「私自身、余裕がなくて、あなたとゆっくり話す機会を作れなかったから。その…一度、ちゃんとお礼を言いたかったの」
マリューの口から出たのは思いもかけない言葉だった。
「あなたには本当に大変な思いをさせて、ほんと、ここまでありがとう」
(急にそんな事を言われても)
キラは戸惑い、何も答えられない。
この人には何度も銃を向けられ、無理やりストライクに乗せられて、強制的に戦わされて、その後もなし崩しに戦闘となれば出撃して…何度か話をする機会はあったのだが、自分から避けていたところもある。
(でも、こんな、私なんかが大人の人に頭を下げられるなんて…)
キラはなんだか困ってしまい、まっすぐ彼女を見ることができなかった。
「いろいろ無理言って、頑張ってもらって…感謝してるわ」
「いえ、そんな…艦長…」
キラは複雑な気持ちだった。
一番苦しい時、哀しい時、自分は誰の事も頼れなかった。
(本当は、艦長に相談できればよかったのかもしれない)
自分にはそうする勇気もなかったし、機会もなかった。
それに、心のどこかで「今さら…」と思う。
けれど、緊急事態の中で艦長という激務をこなさざるを得なかった彼女なりの、これが精一杯なのかな…とも思う。
「こんな状況だから、地球に降りても大変かと思うけど…頑張って!」
何だかひどく無責任に聞こえたが、結局、何も答えられなかった。
けれどマリューが微笑んで差し出した手を取らないわけにはいかない。
いつもいつもこうして何かに譲歩してしまうのは、キラの悪い癖だ。
ハルバートンは壮健な軍人だった。
誠実そうで眼光は鋭く、コズミック・イラ69、ザフトの存在が初めて明かされた際、その時が初戦闘だったモビルスーツ部隊に理事国側が惨敗した戦闘においても、大西洋連邦宇宙軍第4艦隊を率いて最後まで優勢に戦い抜いた「智将」と称される人物だ。
彼はにこやかにマリューを迎えると、一行に着席を進め、これまでのアークエンジェルの軌跡を聞きたがった。
「いやぁ、ヘリオポリス崩壊の知らせを受けた時はもうだめかと思ったぞ。それがここで、きみたちと会えるとは」
「ありがとうございます!お久しぶりです、閣下!」
マリューは心から嬉しそうに挨拶をする。
「ね、艦長のあんな笑顔、初めて見るね」
カズイがトールにこっそり耳打ちすると、トールも声をひそめて言った。
「美人だもんな、うちの艦長は…」
しかし内緒話は隣のミリアリアの耳に届いたらしく、わき腹を突つかれている。続けてナタル、フラガと挨拶を交わし、ハルバートンは視線を止める。
「ああ、そして彼らが…」
「はい、艦を手伝ってくれました、ヘリオポリスの学生たちです」
急に紹介されたサイたちは、全員慌ててしゃちほこばった。
ハルバートンは子供たちを見て眼を細め、中立国で、戦争とは無縁の生活を送ってきた彼らが、一体どれほどの苦汁を舐めたかと考えた。
そしてせめてもの報いをと思い、ラミアス大尉から受け取った情報を元に、軍が調べ上げた彼らへの何よりの報せを告げる。
「きみたちのご家族の消息も確認してきたぞ。皆さん、御無事だ」
わっ、と沸いた仲間たちを尻目に、キラは一番末席で小さくなっていた。
まるであのアルテミスで、自分ひとりだけがコーディネイターなのだと思い知らされた時のような、なんともいえない居心地の悪さを感じていた。
やがて多忙を極めるハルバートンは、副官の大佐に促され、艦長のマリューたち士官を伴って退席した。
皆ともまた、ゆっくり話がしたいと言い置いた彼が見ていたのは、隅っこで俯き、小さくなっているこの1人ぼっちの少女の姿だった。
「しかしまぁ…この艦一つとG1機のために、ヘリオポリスを崩壊させ、アルテミスを壊滅させるとはな」
副官であるホフマン大佐の棘のある言葉にムッとしながらも、マリューはハルバートンの後をついて会議室へと入った。
ハルバートンはそれもこの艦とストライクを守るためには価値ある犠牲であった事、その両者が今後の我ら地球軍の利となると力説する。
しかし以前からG不要論も多い軍内部では、不協和音もある。
ことにGプロジェクトはハルバートンの独断に近い強攻策であり、コーディネイターを登用する事で世界的に高い技術を誇っている中立国オーブの国営軍事企業モルゲンレーテを巻き込んだ事により、軍内部でも賛成反対・侃々諤々の議論が酌み交わされているのだ。
当のオーブなど、中立国が軍事協力とは何たる事かと国を挙げての大問題となり、代表首長の責任を問うて辞任を求める動きがあると聞く。
「ふん!やつらに宇宙での戦いの何がわかる!ラミアス大尉は私の意志を理解してくれていたのだ。問題にせねばならぬことは、何もない」
ホフマンが反勢力による自分のお目付け役として任命された事など百も承知のハルバートンは、耳に痛いホフマンの意見を一蹴する。
ホフマンもいつもの事と慣れているのか気にする風でもない。
そしてもう一件の懸案に目を向けた。
「このコーディネイターの子供の件は…これも不問ですかな?」
(きた!)
マリューもナタルも自然、緊張の色を隠せない。
「キラ・ヤマトは、か弱い普通の少女ながらも、友人たちを守りたい…ただその一心でストライクに乗ってくれたのです」
「ふむ…」
ハルバートンはモニターの資料に眼を通しながら頷いた。
「彼女の力がなければ、アークエンジェルはここまでたどり着けず、我々は生き残る事が難しかったでしょう。成り行きとはいえ、民間人の彼女を自身の同胞たちと戦わせる事になり、彼女も随分苦しみ、悩んでいました」
マリューはせつせつと訴える。
「誠実で優しい子です。彼女には信頼で答えるべきと私は考えます」
それは、マリューの人間としての本音だった。
そして彼女を戦場に引きずり出した自分の責任でもあった。
「しかし…このまま解放しては…」
ホフマンは資料を前に渋い顔をした。
軍の機密を知り、あろうことかそれを操る事ができる唯一のパイロット…さらにそれがコーディネイターだというのだから、二重三重のしがらみがこの少女にはあるのだ。少なくともこのまま無罪放免にできるわけがない。通常ならば。
ホフマンが頑迷な上官の考えを読み始めた時、もう1人の女性士官が突然口を開いた。
「僭越ですが、私はホフマン大佐と同じ考えです」
マリューとフラガが思わず「え?」と声を出してナタルを見、それから不安そうに互いを見た。
(ナタル?)
(おいおい、この期に及んで何を言い出す気だ?)
「彼女の能力は、目を見張るものがあります。Gの機密を知り尽くした彼女を、このまま降ろしては…」
あくまでも「戦力」としてしかキラを見ておらず、その貴重な力を手放したくないナタルは正論で食い下がろうとする。マリューが厳しい眼で睨みつけても、彼女の眼はホフマンとハルバートンを交互に見ており、艦長の視線になど気づかない振りをしていた。
しかしハルバートンは意外なほど関心を示さない。
「ふん!既にザフトに4機渡っているのだ。今更機密もない」
ナタルはその突き放しにやや引いたものの、再度食い下がった。
「彼女の力を我が軍のものにできれば、実に貴重な戦力となります」
しかし説得に必死になるあまり、ナタルは老将の逆鱗に触れてしまう。
「彼女の両親はナチュラルで、ヘリオポリス崩壊後に脱出し、今は地球にいます。それを軍が保護すれば…」
マリューはまたしてもそんな人質をとって戦わせるような策を考えているナタルに心底腹を立て、思わず右手を握り締めた。
「ふざけたことを言うな!そんな兵がなんの役に立つ!」
しかしマリューの怒りをハルバートンの怒号が掻き消した。
「は…失礼しました」
ナタルは後ずさって謝罪を述べ、以降は固く口を結んだ。
(さすがは閣下だわ)
卑劣な手段で無理やり戦わせるなど、キラが対象でなくても考えるべきではないと考えるマリューがチラリとフラガを見ると、素知らぬ顔をしているくせに、軽く眉を動かして「よかったな」と合図をしてくれたので嬉しくなる。
しかしそんな3人も、次のハルバートンの言葉には思わず「ええ!?」と叫んでしまった。
「この後、アークエンジェルは、現状の人員編成のまま、アラスカ本部に降りてもらわねばならん」
「アラスカ?」
「JOSH-A…ですか?」
そこは地球連合軍統合最高司令部がある極北の地であった。
人員補充もなく、このままの状態で地球へ降りる…マリューは絶望的な気持ちになった。
もちろん第8艦隊の援護があるとはいえ、不測の事態が起こらないとも限らない。
(もしキラさんのいない状態で戦闘になったとしたら?)
さっきまで戦力としてしかキラを見ていないとナタルを批判していた自分が、キラという「戦力」を差し引いた状態を計算しているとは気づかない。
ハルバートンはなんとしてもGそのものとアークエンジェルの辿った軌跡を生き証人としてアラスカに届けたいという。頭の硬いお偉方に、最前線で生き残った彼らにGの必要性を訴えさせ、計画を軌道に乗せたいと言うのだ。
「利権絡みで役にも立たんことばかりに予算を注ぎ込むバカな連中は、戦場でどれほどの兵が死んでいるかを、数字でしか知らんのだ!」
熱く語るハルバートンの言葉に、マリューは思わず敬礼をする。
「わかりました。閣下のお心、しかとアラスカへ届けます!」
この時のマリューに、自分自身の考えがあったかどうかはわからない。
ただ尊敬する上官の思いに引きずられ、何となく受けてしまったと言えるだろう。
Gの開発は既にプラントに脅威を感じさせており、技術に勝るザフトは当時、新たな戦力の開発を急いでいたのだ。
そうなれば地球軍もまたその更に上を…という戦争の泥沼化が起きるのは必至だったが、この時の彼女は無論、そこまで思い至っていない。
誰もがそうであるように、眼の前の事で手一杯といえるのかもしれない。
けれど考えることすらせずに誤った道を進んでしまった時、それが間違いだったと知るのは、いつだって手遅れになってからなのだ。
「除隊許可証?」
ホフマンとナタルは子供たち各自に紙切れを渡して回った。
「私たち…軍人だったの?」
ミリアリアが怪訝そうに「第8艦隊アークエンジェル所属」と書かれたそれを見つめた。サイがそんな彼らにこっそりと耳打ちした。
「民間人が戦闘行為を行えば、それは非常時であっても犯罪になるのよ」
だからヘリオポリス崩壊のあの日にまで遡り、キラたちは全員が志願兵となったことにし、今回除隊されたことで晴れて自由を手に入れることになる便宜上の手続きなのだ。
規則に縛られた軍にしては粋な計らいなのだが、サイもトールもなんとなく釈然としない感じが残りつつ、ホフマンの説明を聞いていた。
その頃キラは、制服を脱いで私服に着替え、人気のないハンガーでストライクを見つめていた。
致命傷はないが、よく見れば結構細かい傷を負っている。
アスランが乗るイージスと何度か戦い、ブリッツや手強いデュエルとも戦った。
「降りるとなったら、名残惜しいのかね?」
聞き慣れない声にはっとして振り向くと、そこにはハルバートンがいた。
ハルバートンもまた、キラの隣に立ってしみじみとストライクを見上げた。
「ザフトのモビルスーツに、せめて対抗せんと造ったものだというのに、きみたちが扱うと、とんでもないスーパーウェポンになってしまうようだ」
ラミアスの報告書によれば、彼女が動かす事すらままならないこれを、ヤマトは戦闘中にOSを書き換え、そのままジンを撃退、後に撃破した。その後もアークエンジェルを守って奪われた兄弟機と互角以上に渡り合い、今、こうして自分の目の前に無事、送り届けられている。
「きみのご両親はナチュラルだそうだが…どんな夢を託して、きみをコーディネイターとしたのか」
コーディネイターであると思い知れば知るほど、キラ自身の中にもふつふつと沸いてしまうその疑問を、ハルバートンがチクリと刺した。
少なくとも父も母も…自分を戦争の道具としたかったはずがない。
そう信じる事がキラの唯一の拠り所だった。
「ここまで、アークエンジェルとストライクを守ってもらって感謝している。良い時代が来るまで、死ぬなよ!」
ハルバートンはそう言って去ろうとしたが、キラはさっきからずっと気になっていることを聞こうとして思わず声をかけた。
「あ…あの…アークエンジェル…ラミアス大尉達は…これから…」
ハルバートンはその言葉で、キラ・ヤマトが迷っている事を悟った。
このまま降りるべきか、それとも彼らを守って乗艦し続けるべきか…しかし、迷いながら戦う兵士ほど戦場で危険なものはない。それは自身のみではなく、味方をも危険に晒す事になる。
「アラスカへと降りてもらう。彼女たちはまだこのまま戦場だ」
彼らと共に戦ってきたのだ。迷う気持ちもわかる。
(きみの戦力は、確かに大きな魅力だ)
一喝したものの、バジルールの言う事は一理あるのだ。
「だが、だからといってきみがいれば勝てるということでもない。戦争はな。うぬぼれるな!」
そう怒鳴られてキラはややムッとした。
自分が戦争の勝ち負けを左右するなんて、そんなこと考えた事もない。
ただ、守るために仕方なく戦ってきただけだ。だからキラは珍しくおずおずと反論した。
「でも…できるだけの力があるなら、できることをしろと…」
「その意志があるならだ。意志のない者に、何もやり抜くことはできんよ」
「仕方なく」「そうするしかないから」と言い訳をしながら戦ってきた自分の心を見透かされたようで、キラは言葉に詰まってしまった。
「ではな。元気でやりたまえ」
ハルバートンはそう言って去り、キラが彼に会ったのはこれが最後になった。
第8艦隊は大分軌道を降りていた。
重力圏近くともなれば、自然現象としての危険が多い分、こんなところで襲う敵はおらず、安全という矛盾も生じる。
ヴェサリウスはデブリに身を潜めて虎視眈々と彼らを見つめながら、ガモフ、ツィーグラーと合流していた。てっきりこのまま月本部へ向かうと踏んでいたのだが、この低軌道編隊を見ると、どうやら足つきをこのまま地球へ降ろすつもりのようだ。
「降下目標はアラスカですか」
「なんとかこっちの庭にいるうちに沈めたいものだが…どうかな?」
ツイーグラーにはジンが6機、こちらにはイージス、ジン、シグーを含めて6機、ガモフにはGシリーズが3機いる。
「だがデュエルは出られまいな。艦隊相手にはギリギリというところか」
しかし相手が安心している今、虚をつくには絶好の機会ではある。
キラはかつてヘリオポリスの救命ポッドから降りてくる避難民をぼんやり見ていた時のように、あの時の彼らが今度はメネラオスのランチへと乗り込む姿を見つめていた。
(サイやトールやミリアリアは、まだ乗っていないのかな?)
いくら待っても現れない仲間たちを心配し、キラは何度か入り口に眼を向けた。
(シャトルに乗れば、もうアスランと戦う必要もなくなる。地球で、無事だという父さんと母さんに会える)
その時、避難民の列から1人の女の子がキラの方に向かってきた。
「エルちゃん、待ちなさい」
母親が後から慌てて追ってきたが、それはいつかキラがぶつかって転ばせてしまった子で、彼女はキラの下に来ると手に持った紙の花を「ハイ」とくれた。
それはキラたちがユニウスセブンに手向けたあの紙の花と同じものだった。
「今まで、守ってくれて、ありがと」
少女はたどたどしく言うと、キラの手に触れ、バイバイと手を振る。
「ありがとう。元気でね」
(守る…)
キラはハルバートンの言葉を思い出していた。
仕方なく守ることと、意志を持って守ることは…違うのだろうか?
「キラ!」
その時、トールの声が聞こえたのでキラは振り返った。
「あ、なに?!みんな、いないから…」
「これ、持ってけって。除隊許可証」
なぜかまだ制服姿のトールが紙切れをくれたが、キラには事情が飲み込めない。
「みんな、一体どうしたの…?」
驚くキラに、ミリアリアが笑いながら答えた。
「私たち、残ることにしたの」
あの時、ホフマンとナタルが皆に除隊後の心得を語っている最中、突然発言したのはフレイだった。
「俺、軍に志願したいんですけど!」
青天の霹靂のような発言に、誰もが…ナタルですらもぽかんと口を開けたまま二の句が告げなかった。
それを聞いていたホフマンは、ナタルが改めて紹介した彼が、死んだアルスター事務次官の息子であると知って驚いた。
「父が討たれてから…俺はいろいろと考えました」
フレイは自らの思いを吐き出し始めた。
父が死んで、自分も危険に晒されて、こんな恐ろしい戦場になどいたくないと思った。けれど今、平和な世界に返れるとわかった今、戦争は終わっていないのに、自分だけが再び平和に戻っていいものか…
「依然として戦争の中にある世界。もう蚊帳の外にはいられません。平和が、安心が、安全が、戦う事でしか守れないのなら、俺は戦いたいんです」
軍人を感動させ、政治家をも動かしそうな少年の熱弁に誰もが黙り込んだ。
奇しくもパトリック・ザラと同じ言葉で戦う道を選び取ったフレイは、凛とした表情でナタルとホフマンと共に部屋を出て行き、残された仲間たちは気まずい沈黙に包まれていた。
まさかあのフレイが…とは、誰もが思うところだった。
やがて仲間たちは「どうする?」というように互いを見た。
「そんな…フレイが?」
彼らが語ったそのいきさつは、キラにはにわかには信じがたいものだった。
「フレイの言ったことは、私も感じてたことだし、それに…彼だけおいていくなんて、私にはできないから」
私たち、許婚だもの…と、サイははにかみながら言った。
「アークエンジェル、人手不足だしな。この後落とされちゃったら、なんか…やっぱやだしよ」
「トールが残るなら、私もね」
トールとミリアリアに続き、最後にカズイが上目遣いにキラを見て言った。
「皆残るんじゃ、俺もさ」
キラはあっけに取られて笑いあっている彼らを見つめていた。
(皆、あんなに降りたがってたのに…戦争の怖さが身に沁みているはずなのに)
キラは眩暈を感じそうになって手で口を押さえた。
―― なぜ皆、そんな顔で笑ってるの?またあの戦場へ行くなんて言うの?
きみたちだけで、この忌わしい戦争を生き延びられると思うの?
「おーい、そこ!出すぞ!」
メネラオスの下士官がハッチを閉めかけ、子供たちに声をかけた。
「あ!待ってください!こいつ…!」
トールがキラの腕を掴み、 ランチの方へとキラを押し出す。
「これも運命だ。じゃあな…おまえは無事に地球に降りろ!」
キラは低重力の中を漂いながら手を振るトールを見た。
トールはいいヤツだ…私の意志を尊重して、後押ししてくれる…
そして彼らはブリッジへ、自分はランチへ。
一つだった道が突然分かたれた。
「何かあっても、ザフトには、入んないでくれよな!」
最後にカズイが笑って手を振り、彼らの姿が見えなくなった。
そこへ突如アラートが鳴り響く。
(第一戦闘配備…こんな時に…!)
キラは混乱し、子供のようにきょろきょろとあたりを見回した。
出発間際のランチ、トールやサイたちが消えたゲート、急に慌しくなった整備兵たちが群がるゼロ、そしてストライク。
(皆…ここに残るなんて…)
同じ頃、ヴェサリウスでは次々とモビルスーツが発進準備に入り、ガモフも隔壁が閉鎖されて各印画戦闘配備に就き始めた。
「だめですよ!」
「うるさいっ!!離せっ!」
ガモフの医務室からは怒鳴り声と共に、頭に包帯を巻いた痛々しい姿のイザークが飛び出してきた。顔に深い傷を負い、またケガのため右眼が使えない。
そんな状態で戦場に出るなどありえないが、イザークの怒りはもはや誰にも止められない。すれ違った兵士が何人も彼の鬼気迫る表情に振り返ったが、イザークはかまわずそのままデュエルに乗り込んだ。
破壊されたボディも完全に修復され、新たにアサルトシュラウドが装備されたデュエルは、防御力と機動力の両方を向上させている。
管制が体を気遣って止めるのも聞かず、イザークは発進準備に入る。
「ストライクめ…アサルトシュラウドが貴様に屈辱を晴らす!」
戦いの熱に浮かされ、イザークはストライクを求めて飛び立った。
「おーい、乗るなら早くしろ!」
やがてランチの下士官がキラに声をかけた。
ゼロが準備され、やがて戦うためにフラガがやってくるだろう。
トールは副操縦士席に、ミリアリアとサイはCICに、カズイは通信席に座っているだろう。そしてキラは断ち切れない想いを寄せる赤毛の彼を思い出した。
(フレイも…どこかに座っているんだろうか?)
その頃フレイは、ナタルに案内された士官室に、たった1人で座っていた。
(ここであいつを降ろさせるもんか)
そして椅子によりかかるとほーっと息をつく。
「おまえをここに残すためには、餌が必要だもんな…だから俺は賭けたんだ…俺自身の命を」
フレイは祈るように灰色の瞳を閉じた。
「戻って来い…俺の元に…キラ」
動悸が早くなる。息ができなくて苦しい。
(私はどうしたらいい?どうすればいい?)
ぐるぐると記憶が廻る。感情が沸騰しそうだ。
仕方なくとか、いやいやとか、義務感ですることと、強い意志をもってやり遂げようとすることでは、結果が違うのだろうか。そんなことはわからなかった。今わかっているのは、無力な彼らは自分がいなければ間違いなく死んでしまうだろうということだった。
キラの中で、答えなど出るはずもなかった。
けれど、それより先に震える唇が動いていた。
「い…行って…ください…」
やがてフレイがゆっくりと眼を開け、立ち上がると静かに部屋を出た。
―― さぁ、迎えに行こう…俺の罠にかかった可愛い獲物を…
ラクスは傍らに立つアスランを少し見下ろして言った。
今頃、プラントではクライン議長や関係者が、ラクス・クラインの帰りを待ちわびていることだろう。
そしてマスコミはこぞって今回の「悲劇の英雄」の受難を武勇伝として書きたて、ナチュラルの蛮行と卑劣さを痛烈に批判するに違いない。
父もこの機に乗じてナチュラル批判に弁舌を振るい、結局はこの件も戦争に利用されるだけだろう。
「戦果も重要なことでしょうが、犠牲になる者のこともどうか、お忘れなきよう…」
アスランは、クルーゼとそつなく挨拶を交わすラクスをぼんやりと見つめていた。
開放されたあの時、クルーゼを一喝したラクスと隊長の間には、それを目の当たりにしたアスランにしかわからないそこはかとない緊張感が漂っていたが、さすが2人とも政治的手腕に長けているというべきか、それをおくびにも出さずに過ごしてきた。
ラクスはラコーニ隊に身柄を引き渡され、今回は厳重な護衛の下、アプリリウスまで帰還することになっていた。2人はクルーゼと共にラコーニ隊の兵士たちが居並ぶドックに降りて行き、いよいよここでお別れという時、ラクスはアスランを見つめながら呟いた。
「何と戦わねばならないのか…戦争は難しいね」
アスランは唐突なその言葉にやや戸惑うような視線を投げかけた。
(何と…戦うか?)
戦争なのだから、無論戦うのは「敵」に決まっている。
(でも…キラ・ヤマトは…本当に私の「敵」なのかしら…?)
敵であるナチュラルと共にいるのだから敵だ、という思いと、コーディネイターのキラがそこまでする大きな「理由」があるのでは…という思い。
いつもここで止まってしまうのだ。
そんな物思いにふけるアスランは、隊長が敬礼をしたのを見て、少し遅れて慌てて敬礼した。けれどラクスは優しく笑うと、アスランの敬礼した手を取り、白くてほっそりしたその手にキスをした。
おおっ…と兵士の間に静かなどよめきが起きるのが恥ずかしくて、アスランはほんの少し眼を伏せた。
「では、また逢える時を楽しみにしてるよ」
ラクスはいたずらっぽく笑うと、軽やかにデッキを越えてランチの中に消えた。
「何と戦わねば、か…」
ヴェサリウスへの帰途、クルーゼはアスランに問いかけた。
「イザークのことは聞いたかな?」
「あ、はい」
ニコルからの通信によれば、イザークが先だってのキラとの戦いで深手を負ったらしいことは聞いていた。
「ストライク…あの時は何だか様子が違ったんです」
ニコルはいぶかしげに言っていた。
「今までもめちゃくちゃな戦い方をしてましたけど、あの時は、なんというか、こう…鬼気迫るというか…」
「ストライク。討たねば次に討たれるのはきみかもしれんぞ?」
アスランは唇を噛んだ。
(キラ…あなたは私たちの「敵」として、どんどん手強くなっている)
いつか自分たちは本気で、今まで以上に本気で殺しあわなければならない時が来るのだろうか。
何もかもすべてを投げ捨てて、憎しみと、怒りだけに支配され、相手を屠る事だけを考えて。
アスランは再びクルーゼの後について戦場へと戻っていく。
(何と戦わねばならないか…)
そう、ラクスの言葉を噛み締めながら。
「180度回頭。減速。更に20%、相対速度合わせ」
マリューはノイマンに操舵の指示を下していた。
「しかし、いいんですかね。メネラオスの横っ面になんかつけて」
この距離と角度だと、アークエンジェルはちょうど第8艦隊旗艦…即ちハルバートン准将が乗艦しているメネラオスの横にぴたりとつくことになるが、ノイマンは苦笑いしながら見事にやってのけた。
「ハルバートン提督が、艦をよくご覧になりたいんでしょう。後ほど、自らもおいでになるということだし…閣下こそ、この艦と、Gの開発計画の一番の推進者でしたからね」
マリューは尊敬する上官への敬意と、無事到着できた事への安堵、ようやく目的を成し遂げたという達成感から明るい声で答えた。
この後、民間人も全てメネラオスへと移って、地球行きのシャトルに乗り換える手はずになっている。
制約の多い窮屈な生活を強いられていた避難民の中にもようやく安全な地帯に来たという安堵感が流れ、もはやアルテミスの二の舞にはならないだろうと艦内は再び浮き足立ち、忙しなかった。
マリューはそのままノイマンに舵を任せるとブリッジを出た。
しかしそんな彼女を珍しくナタルが追いかけてきた。
「ストライクのこと、どうされるおつもりですか?」
それはフラガにとってもマリューにとっても最大の懸案だった。
「どうって…どういうこと?」
マリューは敢えて気づかないふりをしてナタルに尋ねる。
予想はできているが、ようやく安心できた今は、正直なるべく考えたくない問題だった。けれどナタルは容赦なく切り込んでくる。
「あの性能だからこそ、彼女が乗ったからこそ、我々はここまで来られたのだということは、この艦の誰もがわかっていることです」
ナタルはストライクの性能を過小評価も過大評価もしていない。戦闘指揮官としてもっとも冷静に分析して、ストライクの戦力は現在の戦況を鑑みても手放すのはあまりにも惜しすぎた。
そしてストライクは、キラ・ヤマトにしか扱えないのだ。
「彼女も降ろすのですか?」
マリューは答えない。いや、答えたくないのだ。
しかしナタルはそんなマリューの甘さを許しはしない。
「あなたの言いたいことはわかるわ…ナタル。でも、キラさんは軍の人間ではないわ」
マリューは一言一言ゆっくりと答える。
彼女の力が貴重な事はよくわかっている。
けれど、彼女を無理やりストライクに乗せたのが自分だからこそ、無理な戦いを強いてきたのが自分だからこそ、彼女の志願を強制する事などできないのだ。
まだ何か言いたそうなナタルを残し、マリューはハンガーへと向かう。
(彼女と…私もいい加減、キラ・ヤマトと話をしなければならないわ)
「なんでこんな急がなきゃならないんです?」
「不安なんだよ!壊れたままだと」
のんびりしたムードが流れるブリッジや居住区と違い、キラたちはまるで戦闘中のようだった。整備兵は駆け巡り、キラもフラガもマードックの指示でバタバタと走らされて、怒鳴ったり聞き返したり大騒ぎである。
漂うケーブルを足で蹴飛ばしながら怒鳴っていたマードックが、「第8艦隊っつったって、パイロットはひよっこ揃いさ!なんかあった時には、やっぱ大尉が出らんねぇとな!」と勇ましい事を言う。
本当は嬢ちゃんも…と言いたいのだが、キラが民間人であり、ここで艦を降りるであろう事を思ってマードックはガラにもなく気を遣って言葉を飲み込んだ。
(冗談じゃない…何かなんてあって欲しくないよ)
キラはうんざりしながら、ストライクを見上げた。
そして突然何かを思い出したようにフラガに向き直る。
「それより、ストライクは?ほんとにあのままでいいんですか?」
ストライクのスペックは使うたびにキラが調整に調整を重ね、いまやヘリオポリスの工廠で眠っていた時の状態からは考えられないほど複雑なプログラムでハイスペックにアップグレードされている。
加えて機械には、面白いように搭乗者のクセがつく。
もし今試しに誰かが乗ってみても、恐らくストライクを立ち上がらせる事すらできないだろう。もっともナチュラルでは、元のスペックでも動かせるかどうか怪しいものだったが。ジンと相対して命を永らえたマリューはむしろ、恐ろしいほど優秀な乗り手だった。
「ん~、わかっちゃいるんだけどねぇ…わざわざ元に戻してスペック下げるっつーのも…なんかこう…」
フラガは自身もパイロットであるせいか、明らかに優れた性能を持つものを、たとえ乗りこなせるものがいないにしてもわざわざ格下に落とす事がどうも腑に落ちなかった。
かといってキラ以外誰1人このストライクを乗りこなせるはずもないわけで…
(お嬢ちゃんがこのまま残ってくれればバンバンザイなんだけどな)
「できれば…」
その時、ここではなかなか聞かれない大人の女性の声に、油や埃まみれのフラガもキラも驚いて振り返った。
そこには優しい笑顔を見せるマリューがいた。
「あのまま誰かが、って思っちゃいますわよね」
「あらら、こんなところへ」
マリューがキラと話したいと言うと、フラガは「珍しいね、艦長」と笑った。
「ちょっといいかしら。キラさん」
途端にキラは警戒するような顔をしたが、フラガに勢いよく背中を押されてしぶしぶ艦長と2人でデッキに上がった。
「そんな疑うような顔しないで。ま、無理もないとは思うけど」
「あ…いえ…そんな」
にっこりと笑われても、キラは緊張からつい口ごもってしまう。
「私自身、余裕がなくて、あなたとゆっくり話す機会を作れなかったから。その…一度、ちゃんとお礼を言いたかったの」
マリューの口から出たのは思いもかけない言葉だった。
「あなたには本当に大変な思いをさせて、ほんと、ここまでありがとう」
(急にそんな事を言われても)
キラは戸惑い、何も答えられない。
この人には何度も銃を向けられ、無理やりストライクに乗せられて、強制的に戦わされて、その後もなし崩しに戦闘となれば出撃して…何度か話をする機会はあったのだが、自分から避けていたところもある。
(でも、こんな、私なんかが大人の人に頭を下げられるなんて…)
キラはなんだか困ってしまい、まっすぐ彼女を見ることができなかった。
「いろいろ無理言って、頑張ってもらって…感謝してるわ」
「いえ、そんな…艦長…」
キラは複雑な気持ちだった。
一番苦しい時、哀しい時、自分は誰の事も頼れなかった。
(本当は、艦長に相談できればよかったのかもしれない)
自分にはそうする勇気もなかったし、機会もなかった。
それに、心のどこかで「今さら…」と思う。
けれど、緊急事態の中で艦長という激務をこなさざるを得なかった彼女なりの、これが精一杯なのかな…とも思う。
「こんな状況だから、地球に降りても大変かと思うけど…頑張って!」
何だかひどく無責任に聞こえたが、結局、何も答えられなかった。
けれどマリューが微笑んで差し出した手を取らないわけにはいかない。
いつもいつもこうして何かに譲歩してしまうのは、キラの悪い癖だ。
ハルバートンは壮健な軍人だった。
誠実そうで眼光は鋭く、コズミック・イラ69、ザフトの存在が初めて明かされた際、その時が初戦闘だったモビルスーツ部隊に理事国側が惨敗した戦闘においても、大西洋連邦宇宙軍第4艦隊を率いて最後まで優勢に戦い抜いた「智将」と称される人物だ。
彼はにこやかにマリューを迎えると、一行に着席を進め、これまでのアークエンジェルの軌跡を聞きたがった。
「いやぁ、ヘリオポリス崩壊の知らせを受けた時はもうだめかと思ったぞ。それがここで、きみたちと会えるとは」
「ありがとうございます!お久しぶりです、閣下!」
マリューは心から嬉しそうに挨拶をする。
「ね、艦長のあんな笑顔、初めて見るね」
カズイがトールにこっそり耳打ちすると、トールも声をひそめて言った。
「美人だもんな、うちの艦長は…」
しかし内緒話は隣のミリアリアの耳に届いたらしく、わき腹を突つかれている。続けてナタル、フラガと挨拶を交わし、ハルバートンは視線を止める。
「ああ、そして彼らが…」
「はい、艦を手伝ってくれました、ヘリオポリスの学生たちです」
急に紹介されたサイたちは、全員慌ててしゃちほこばった。
ハルバートンは子供たちを見て眼を細め、中立国で、戦争とは無縁の生活を送ってきた彼らが、一体どれほどの苦汁を舐めたかと考えた。
そしてせめてもの報いをと思い、ラミアス大尉から受け取った情報を元に、軍が調べ上げた彼らへの何よりの報せを告げる。
「きみたちのご家族の消息も確認してきたぞ。皆さん、御無事だ」
わっ、と沸いた仲間たちを尻目に、キラは一番末席で小さくなっていた。
まるであのアルテミスで、自分ひとりだけがコーディネイターなのだと思い知らされた時のような、なんともいえない居心地の悪さを感じていた。
やがて多忙を極めるハルバートンは、副官の大佐に促され、艦長のマリューたち士官を伴って退席した。
皆ともまた、ゆっくり話がしたいと言い置いた彼が見ていたのは、隅っこで俯き、小さくなっているこの1人ぼっちの少女の姿だった。
「しかしまぁ…この艦一つとG1機のために、ヘリオポリスを崩壊させ、アルテミスを壊滅させるとはな」
副官であるホフマン大佐の棘のある言葉にムッとしながらも、マリューはハルバートンの後をついて会議室へと入った。
ハルバートンはそれもこの艦とストライクを守るためには価値ある犠牲であった事、その両者が今後の我ら地球軍の利となると力説する。
しかし以前からG不要論も多い軍内部では、不協和音もある。
ことにGプロジェクトはハルバートンの独断に近い強攻策であり、コーディネイターを登用する事で世界的に高い技術を誇っている中立国オーブの国営軍事企業モルゲンレーテを巻き込んだ事により、軍内部でも賛成反対・侃々諤々の議論が酌み交わされているのだ。
当のオーブなど、中立国が軍事協力とは何たる事かと国を挙げての大問題となり、代表首長の責任を問うて辞任を求める動きがあると聞く。
「ふん!やつらに宇宙での戦いの何がわかる!ラミアス大尉は私の意志を理解してくれていたのだ。問題にせねばならぬことは、何もない」
ホフマンが反勢力による自分のお目付け役として任命された事など百も承知のハルバートンは、耳に痛いホフマンの意見を一蹴する。
ホフマンもいつもの事と慣れているのか気にする風でもない。
そしてもう一件の懸案に目を向けた。
「このコーディネイターの子供の件は…これも不問ですかな?」
(きた!)
マリューもナタルも自然、緊張の色を隠せない。
「キラ・ヤマトは、か弱い普通の少女ながらも、友人たちを守りたい…ただその一心でストライクに乗ってくれたのです」
「ふむ…」
ハルバートンはモニターの資料に眼を通しながら頷いた。
「彼女の力がなければ、アークエンジェルはここまでたどり着けず、我々は生き残る事が難しかったでしょう。成り行きとはいえ、民間人の彼女を自身の同胞たちと戦わせる事になり、彼女も随分苦しみ、悩んでいました」
マリューはせつせつと訴える。
「誠実で優しい子です。彼女には信頼で答えるべきと私は考えます」
それは、マリューの人間としての本音だった。
そして彼女を戦場に引きずり出した自分の責任でもあった。
「しかし…このまま解放しては…」
ホフマンは資料を前に渋い顔をした。
軍の機密を知り、あろうことかそれを操る事ができる唯一のパイロット…さらにそれがコーディネイターだというのだから、二重三重のしがらみがこの少女にはあるのだ。少なくともこのまま無罪放免にできるわけがない。通常ならば。
ホフマンが頑迷な上官の考えを読み始めた時、もう1人の女性士官が突然口を開いた。
「僭越ですが、私はホフマン大佐と同じ考えです」
マリューとフラガが思わず「え?」と声を出してナタルを見、それから不安そうに互いを見た。
(ナタル?)
(おいおい、この期に及んで何を言い出す気だ?)
「彼女の能力は、目を見張るものがあります。Gの機密を知り尽くした彼女を、このまま降ろしては…」
あくまでも「戦力」としてしかキラを見ておらず、その貴重な力を手放したくないナタルは正論で食い下がろうとする。マリューが厳しい眼で睨みつけても、彼女の眼はホフマンとハルバートンを交互に見ており、艦長の視線になど気づかない振りをしていた。
しかしハルバートンは意外なほど関心を示さない。
「ふん!既にザフトに4機渡っているのだ。今更機密もない」
ナタルはその突き放しにやや引いたものの、再度食い下がった。
「彼女の力を我が軍のものにできれば、実に貴重な戦力となります」
しかし説得に必死になるあまり、ナタルは老将の逆鱗に触れてしまう。
「彼女の両親はナチュラルで、ヘリオポリス崩壊後に脱出し、今は地球にいます。それを軍が保護すれば…」
マリューはまたしてもそんな人質をとって戦わせるような策を考えているナタルに心底腹を立て、思わず右手を握り締めた。
「ふざけたことを言うな!そんな兵がなんの役に立つ!」
しかしマリューの怒りをハルバートンの怒号が掻き消した。
「は…失礼しました」
ナタルは後ずさって謝罪を述べ、以降は固く口を結んだ。
(さすがは閣下だわ)
卑劣な手段で無理やり戦わせるなど、キラが対象でなくても考えるべきではないと考えるマリューがチラリとフラガを見ると、素知らぬ顔をしているくせに、軽く眉を動かして「よかったな」と合図をしてくれたので嬉しくなる。
しかしそんな3人も、次のハルバートンの言葉には思わず「ええ!?」と叫んでしまった。
「この後、アークエンジェルは、現状の人員編成のまま、アラスカ本部に降りてもらわねばならん」
「アラスカ?」
「JOSH-A…ですか?」
そこは地球連合軍統合最高司令部がある極北の地であった。
人員補充もなく、このままの状態で地球へ降りる…マリューは絶望的な気持ちになった。
もちろん第8艦隊の援護があるとはいえ、不測の事態が起こらないとも限らない。
(もしキラさんのいない状態で戦闘になったとしたら?)
さっきまで戦力としてしかキラを見ていないとナタルを批判していた自分が、キラという「戦力」を差し引いた状態を計算しているとは気づかない。
ハルバートンはなんとしてもGそのものとアークエンジェルの辿った軌跡を生き証人としてアラスカに届けたいという。頭の硬いお偉方に、最前線で生き残った彼らにGの必要性を訴えさせ、計画を軌道に乗せたいと言うのだ。
「利権絡みで役にも立たんことばかりに予算を注ぎ込むバカな連中は、戦場でどれほどの兵が死んでいるかを、数字でしか知らんのだ!」
熱く語るハルバートンの言葉に、マリューは思わず敬礼をする。
「わかりました。閣下のお心、しかとアラスカへ届けます!」
この時のマリューに、自分自身の考えがあったかどうかはわからない。
ただ尊敬する上官の思いに引きずられ、何となく受けてしまったと言えるだろう。
Gの開発は既にプラントに脅威を感じさせており、技術に勝るザフトは当時、新たな戦力の開発を急いでいたのだ。
そうなれば地球軍もまたその更に上を…という戦争の泥沼化が起きるのは必至だったが、この時の彼女は無論、そこまで思い至っていない。
誰もがそうであるように、眼の前の事で手一杯といえるのかもしれない。
けれど考えることすらせずに誤った道を進んでしまった時、それが間違いだったと知るのは、いつだって手遅れになってからなのだ。
「除隊許可証?」
ホフマンとナタルは子供たち各自に紙切れを渡して回った。
「私たち…軍人だったの?」
ミリアリアが怪訝そうに「第8艦隊アークエンジェル所属」と書かれたそれを見つめた。サイがそんな彼らにこっそりと耳打ちした。
「民間人が戦闘行為を行えば、それは非常時であっても犯罪になるのよ」
だからヘリオポリス崩壊のあの日にまで遡り、キラたちは全員が志願兵となったことにし、今回除隊されたことで晴れて自由を手に入れることになる便宜上の手続きなのだ。
規則に縛られた軍にしては粋な計らいなのだが、サイもトールもなんとなく釈然としない感じが残りつつ、ホフマンの説明を聞いていた。
その頃キラは、制服を脱いで私服に着替え、人気のないハンガーでストライクを見つめていた。
致命傷はないが、よく見れば結構細かい傷を負っている。
アスランが乗るイージスと何度か戦い、ブリッツや手強いデュエルとも戦った。
「降りるとなったら、名残惜しいのかね?」
聞き慣れない声にはっとして振り向くと、そこにはハルバートンがいた。
ハルバートンもまた、キラの隣に立ってしみじみとストライクを見上げた。
「ザフトのモビルスーツに、せめて対抗せんと造ったものだというのに、きみたちが扱うと、とんでもないスーパーウェポンになってしまうようだ」
ラミアスの報告書によれば、彼女が動かす事すらままならないこれを、ヤマトは戦闘中にOSを書き換え、そのままジンを撃退、後に撃破した。その後もアークエンジェルを守って奪われた兄弟機と互角以上に渡り合い、今、こうして自分の目の前に無事、送り届けられている。
「きみのご両親はナチュラルだそうだが…どんな夢を託して、きみをコーディネイターとしたのか」
コーディネイターであると思い知れば知るほど、キラ自身の中にもふつふつと沸いてしまうその疑問を、ハルバートンがチクリと刺した。
少なくとも父も母も…自分を戦争の道具としたかったはずがない。
そう信じる事がキラの唯一の拠り所だった。
「ここまで、アークエンジェルとストライクを守ってもらって感謝している。良い時代が来るまで、死ぬなよ!」
ハルバートンはそう言って去ろうとしたが、キラはさっきからずっと気になっていることを聞こうとして思わず声をかけた。
「あ…あの…アークエンジェル…ラミアス大尉達は…これから…」
ハルバートンはその言葉で、キラ・ヤマトが迷っている事を悟った。
このまま降りるべきか、それとも彼らを守って乗艦し続けるべきか…しかし、迷いながら戦う兵士ほど戦場で危険なものはない。それは自身のみではなく、味方をも危険に晒す事になる。
「アラスカへと降りてもらう。彼女たちはまだこのまま戦場だ」
彼らと共に戦ってきたのだ。迷う気持ちもわかる。
(きみの戦力は、確かに大きな魅力だ)
一喝したものの、バジルールの言う事は一理あるのだ。
「だが、だからといってきみがいれば勝てるということでもない。戦争はな。うぬぼれるな!」
そう怒鳴られてキラはややムッとした。
自分が戦争の勝ち負けを左右するなんて、そんなこと考えた事もない。
ただ、守るために仕方なく戦ってきただけだ。だからキラは珍しくおずおずと反論した。
「でも…できるだけの力があるなら、できることをしろと…」
「その意志があるならだ。意志のない者に、何もやり抜くことはできんよ」
「仕方なく」「そうするしかないから」と言い訳をしながら戦ってきた自分の心を見透かされたようで、キラは言葉に詰まってしまった。
「ではな。元気でやりたまえ」
ハルバートンはそう言って去り、キラが彼に会ったのはこれが最後になった。
第8艦隊は大分軌道を降りていた。
重力圏近くともなれば、自然現象としての危険が多い分、こんなところで襲う敵はおらず、安全という矛盾も生じる。
ヴェサリウスはデブリに身を潜めて虎視眈々と彼らを見つめながら、ガモフ、ツィーグラーと合流していた。てっきりこのまま月本部へ向かうと踏んでいたのだが、この低軌道編隊を見ると、どうやら足つきをこのまま地球へ降ろすつもりのようだ。
「降下目標はアラスカですか」
「なんとかこっちの庭にいるうちに沈めたいものだが…どうかな?」
ツイーグラーにはジンが6機、こちらにはイージス、ジン、シグーを含めて6機、ガモフにはGシリーズが3機いる。
「だがデュエルは出られまいな。艦隊相手にはギリギリというところか」
しかし相手が安心している今、虚をつくには絶好の機会ではある。
キラはかつてヘリオポリスの救命ポッドから降りてくる避難民をぼんやり見ていた時のように、あの時の彼らが今度はメネラオスのランチへと乗り込む姿を見つめていた。
(サイやトールやミリアリアは、まだ乗っていないのかな?)
いくら待っても現れない仲間たちを心配し、キラは何度か入り口に眼を向けた。
(シャトルに乗れば、もうアスランと戦う必要もなくなる。地球で、無事だという父さんと母さんに会える)
その時、避難民の列から1人の女の子がキラの方に向かってきた。
「エルちゃん、待ちなさい」
母親が後から慌てて追ってきたが、それはいつかキラがぶつかって転ばせてしまった子で、彼女はキラの下に来ると手に持った紙の花を「ハイ」とくれた。
それはキラたちがユニウスセブンに手向けたあの紙の花と同じものだった。
「今まで、守ってくれて、ありがと」
少女はたどたどしく言うと、キラの手に触れ、バイバイと手を振る。
「ありがとう。元気でね」
(守る…)
キラはハルバートンの言葉を思い出していた。
仕方なく守ることと、意志を持って守ることは…違うのだろうか?
「キラ!」
その時、トールの声が聞こえたのでキラは振り返った。
「あ、なに?!みんな、いないから…」
「これ、持ってけって。除隊許可証」
なぜかまだ制服姿のトールが紙切れをくれたが、キラには事情が飲み込めない。
「みんな、一体どうしたの…?」
驚くキラに、ミリアリアが笑いながら答えた。
「私たち、残ることにしたの」
あの時、ホフマンとナタルが皆に除隊後の心得を語っている最中、突然発言したのはフレイだった。
「俺、軍に志願したいんですけど!」
青天の霹靂のような発言に、誰もが…ナタルですらもぽかんと口を開けたまま二の句が告げなかった。
それを聞いていたホフマンは、ナタルが改めて紹介した彼が、死んだアルスター事務次官の息子であると知って驚いた。
「父が討たれてから…俺はいろいろと考えました」
フレイは自らの思いを吐き出し始めた。
父が死んで、自分も危険に晒されて、こんな恐ろしい戦場になどいたくないと思った。けれど今、平和な世界に返れるとわかった今、戦争は終わっていないのに、自分だけが再び平和に戻っていいものか…
「依然として戦争の中にある世界。もう蚊帳の外にはいられません。平和が、安心が、安全が、戦う事でしか守れないのなら、俺は戦いたいんです」
軍人を感動させ、政治家をも動かしそうな少年の熱弁に誰もが黙り込んだ。
奇しくもパトリック・ザラと同じ言葉で戦う道を選び取ったフレイは、凛とした表情でナタルとホフマンと共に部屋を出て行き、残された仲間たちは気まずい沈黙に包まれていた。
まさかあのフレイが…とは、誰もが思うところだった。
やがて仲間たちは「どうする?」というように互いを見た。
「そんな…フレイが?」
彼らが語ったそのいきさつは、キラにはにわかには信じがたいものだった。
「フレイの言ったことは、私も感じてたことだし、それに…彼だけおいていくなんて、私にはできないから」
私たち、許婚だもの…と、サイははにかみながら言った。
「アークエンジェル、人手不足だしな。この後落とされちゃったら、なんか…やっぱやだしよ」
「トールが残るなら、私もね」
トールとミリアリアに続き、最後にカズイが上目遣いにキラを見て言った。
「皆残るんじゃ、俺もさ」
キラはあっけに取られて笑いあっている彼らを見つめていた。
(皆、あんなに降りたがってたのに…戦争の怖さが身に沁みているはずなのに)
キラは眩暈を感じそうになって手で口を押さえた。
―― なぜ皆、そんな顔で笑ってるの?またあの戦場へ行くなんて言うの?
きみたちだけで、この忌わしい戦争を生き延びられると思うの?
「おーい、そこ!出すぞ!」
メネラオスの下士官がハッチを閉めかけ、子供たちに声をかけた。
「あ!待ってください!こいつ…!」
トールがキラの腕を掴み、 ランチの方へとキラを押し出す。
「これも運命だ。じゃあな…おまえは無事に地球に降りろ!」
キラは低重力の中を漂いながら手を振るトールを見た。
トールはいいヤツだ…私の意志を尊重して、後押ししてくれる…
そして彼らはブリッジへ、自分はランチへ。
一つだった道が突然分かたれた。
「何かあっても、ザフトには、入んないでくれよな!」
最後にカズイが笑って手を振り、彼らの姿が見えなくなった。
そこへ突如アラートが鳴り響く。
(第一戦闘配備…こんな時に…!)
キラは混乱し、子供のようにきょろきょろとあたりを見回した。
出発間際のランチ、トールやサイたちが消えたゲート、急に慌しくなった整備兵たちが群がるゼロ、そしてストライク。
(皆…ここに残るなんて…)
同じ頃、ヴェサリウスでは次々とモビルスーツが発進準備に入り、ガモフも隔壁が閉鎖されて各印画戦闘配備に就き始めた。
「だめですよ!」
「うるさいっ!!離せっ!」
ガモフの医務室からは怒鳴り声と共に、頭に包帯を巻いた痛々しい姿のイザークが飛び出してきた。顔に深い傷を負い、またケガのため右眼が使えない。
そんな状態で戦場に出るなどありえないが、イザークの怒りはもはや誰にも止められない。すれ違った兵士が何人も彼の鬼気迫る表情に振り返ったが、イザークはかまわずそのままデュエルに乗り込んだ。
破壊されたボディも完全に修復され、新たにアサルトシュラウドが装備されたデュエルは、防御力と機動力の両方を向上させている。
管制が体を気遣って止めるのも聞かず、イザークは発進準備に入る。
「ストライクめ…アサルトシュラウドが貴様に屈辱を晴らす!」
戦いの熱に浮かされ、イザークはストライクを求めて飛び立った。
「おーい、乗るなら早くしろ!」
やがてランチの下士官がキラに声をかけた。
ゼロが準備され、やがて戦うためにフラガがやってくるだろう。
トールは副操縦士席に、ミリアリアとサイはCICに、カズイは通信席に座っているだろう。そしてキラは断ち切れない想いを寄せる赤毛の彼を思い出した。
(フレイも…どこかに座っているんだろうか?)
その頃フレイは、ナタルに案内された士官室に、たった1人で座っていた。
(ここであいつを降ろさせるもんか)
そして椅子によりかかるとほーっと息をつく。
「おまえをここに残すためには、餌が必要だもんな…だから俺は賭けたんだ…俺自身の命を」
フレイは祈るように灰色の瞳を閉じた。
「戻って来い…俺の元に…キラ」
動悸が早くなる。息ができなくて苦しい。
(私はどうしたらいい?どうすればいい?)
ぐるぐると記憶が廻る。感情が沸騰しそうだ。
仕方なくとか、いやいやとか、義務感ですることと、強い意志をもってやり遂げようとすることでは、結果が違うのだろうか。そんなことはわからなかった。今わかっているのは、無力な彼らは自分がいなければ間違いなく死んでしまうだろうということだった。
キラの中で、答えなど出るはずもなかった。
けれど、それより先に震える唇が動いていた。
「い…行って…ください…」
やがてフレイがゆっくりと眼を開け、立ち上がると静かに部屋を出た。
―― さぁ、迎えに行こう…俺の罠にかかった可愛い獲物を…
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制作裏話-PHASE12-
マリューとの距離感、連合軍の登場にますます孤独を深めるキラが、フレイの仕掛けた罠にかかります。
彼らが接近していくので、対比させるようにラクスにもアスランの手にキスをさせました。
ラクスは社交辞令として女性に対しては敬意を払いつつ、親愛のキスやハグをする王子様キャラでもあります。
一方のアスランも大げさに照れたり大騒ぎしたりはしません。だからこそ逆デスのミーアのハグに違和感を覚えるという伏線にもなっています(逆転だと乳のデカさに差はないですからね!)
こうした事がむしろ「2人の妙な冷めっぷり」を表している、という演出になっています。
SEEDには主人公の成長に影響を与える大人がほとんどいない、という批判が多いので、逆転ではハルバートンとクラインを浮上させてあります。
今回ハルバートンがキラに言った言葉は(回想ばっかりしてるくせに)後々ほとんど(1回?2回??)思い出されることがないので、何度か引用することでキラに影響を与えた、という演出にしてあります。
やっぱり種の1クールは面白いですね。
物語的にも本当によくできていると思います。
政治的意図も見え隠れするし、キラの孤独は深いし、運命にはついぞなかった緊迫感があっていいですね。
これまでは意図的にシーンを端折ったり、セリフを省略したりした事はありましたが、このPHASEでは構成もかなり大幅に変えてみました。
本編ではフレイが志願するシーンは途中に差し挟まれてしまうため、視聴者は事情を知っていても、キラは知る由がありません。視聴者と主人公のシンクロ率が低いのです。
逆転では仲間を待っていたキラの前に、まだ制服を着たままの仲間が来て、「フレイの選択」を回想形式で語ります。この時点で読者も何があったのかを知る、というように、読者とキラとのシンクロ率を高めてあります。
というか、回想ってそもそもこういう演出のために使う手法だと思うんですけど…
たとえばアスランとキラが昔どれだけ仲のよい友達同士だったかとか、もっと回想させてもよかったと思うんですけど…
種って「回想」=「バンク」という、悪い意味に結びつけちゃった罪がありますよね。
既にこれ以前にもこれ以降もところどころ出てくるのでおわかりと思いますが、私、種以前の戦史を書くのが好きで好きでたまりません。
彼らが接近していくので、対比させるようにラクスにもアスランの手にキスをさせました。
ラクスは社交辞令として女性に対しては敬意を払いつつ、親愛のキスやハグをする王子様キャラでもあります。
一方のアスランも大げさに照れたり大騒ぎしたりはしません。だからこそ逆デスのミーアのハグに違和感を覚えるという伏線にもなっています(逆転だと乳のデカさに差はないですからね!)
こうした事がむしろ「2人の妙な冷めっぷり」を表している、という演出になっています。
SEEDには主人公の成長に影響を与える大人がほとんどいない、という批判が多いので、逆転ではハルバートンとクラインを浮上させてあります。
今回ハルバートンがキラに言った言葉は(回想ばっかりしてるくせに)後々ほとんど(1回?2回??)思い出されることがないので、何度か引用することでキラに影響を与えた、という演出にしてあります。
やっぱり種の1クールは面白いですね。
物語的にも本当によくできていると思います。
政治的意図も見え隠れするし、キラの孤独は深いし、運命にはついぞなかった緊迫感があっていいですね。
これまでは意図的にシーンを端折ったり、セリフを省略したりした事はありましたが、このPHASEでは構成もかなり大幅に変えてみました。
本編ではフレイが志願するシーンは途中に差し挟まれてしまうため、視聴者は事情を知っていても、キラは知る由がありません。視聴者と主人公のシンクロ率が低いのです。
逆転では仲間を待っていたキラの前に、まだ制服を着たままの仲間が来て、「フレイの選択」を回想形式で語ります。この時点で読者も何があったのかを知る、というように、読者とキラとのシンクロ率を高めてあります。
というか、回想ってそもそもこういう演出のために使う手法だと思うんですけど…
たとえばアスランとキラが昔どれだけ仲のよい友達同士だったかとか、もっと回想させてもよかったと思うんですけど…
種って「回想」=「バンク」という、悪い意味に結びつけちゃった罪がありますよね。
既にこれ以前にもこれ以降もところどころ出てくるのでおわかりと思いますが、私、種以前の戦史を書くのが好きで好きでたまりません。