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Natural or Cordinater?
サブタイトル

お知らせ
PHASE0 はじめに 
PHASE1-1 偽りの平和①
PHASE1-2 偽りの平和②
PHASE1-3 偽りの平和③
PHASE2 その名はガンダム 
PHASE3 崩壊の大地
PHASE4 サイレント ラン
PHASE5 フェイズシフトダウン
PHASE6 消えるガンダム
PHASE7 宇宙の傷跡
PHASE8 敵軍の英雄
(原題:敵軍の歌姫)
PHASE9 消えていく光
PHASE10 分かたれた道
PHASE11 目覚める刃
PHASE12 フレイの選択
PHASE13 宇宙に降る星
PHASE14 果てし無き時の中で
PHASE15 それぞれの孤独
PHASE16 燃える砂塵
PHASE17 カガリ再び
PHASE18 ペイバック
PHASE19 宿敵の牙
PHASE20 おだやかな日に
PHASE21 砂塵の果て
PHASE22 紅に染まる海
PHASE23 運命の出会い
PHASE24 二人だけの戦争
PHASE25 平和の国へ
PHASE26 モーメント
PHASE27 果てなき輪舞
PHASE28 キラ
PHASE29 さだめの楔 
PHASE30 閃光の刻
PHASE31 慟哭の空
PHASE32 約束の地に
PHASE33 闇の胎動
PHASE34 まなざしの先
PHASE35 舞い降りる剣
PHASE36 正義の名のもとに 
PHASE37 神のいかずち
PHASE38 決意の砲火
PHASE39 アスラン
PHASE40 暁の宇宙へ
PHASE41 ゆれる世界
PHASE42 ラクス出撃
PHASE43 立ちはだかるもの 
PHASE44 螺旋の邂逅
PHASE45 開く扉
PHASE46 たましいの場所
PHASE47-1 悪夢はふたたび①
PHASE47-2 悪夢はふたたび②
PHASE48-1 怒りの日①
PHASE48-2 怒りの日②
PHASE49-1 終末の光①
PHASE49-2 終末の光②
PHASE50-1 終わらない明日へ①
PHASE50-2 終わらない明日へ②
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語

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(ヘリオポリスから戻ったヤマト夫妻に会わなければ)
ウズミは報告書を置くと手を顔の前で組みあわせた。

夏の日差しの強さはなくなっているが、日中はまだ暑さが残る。
ニコルと組んだアスランは、どこにでもあるような作業服に身を包み、帽子をかぶって街中を捜索していた。
制服姿の学生たち、子供を連れて立ち話に興じる母親たち、ベンチに座って人通りを眺める老人、犬を連れて散歩する人…
「見事に平穏ですね。街中は」
そののどかな秋の街を見てニコルが言った。
「そうね。昨日自国の領海であれだけの騒ぎがあったっていうのに」
アスランも昨日のアークエンジェルとの戦いを振り返って答えた。
街角に設置されたモニターでは、飲料水や電化製品のCMが大々的に流れ、陽気な音楽がそこここに溢れていた。もしこれがプラントなら、今日はきっとどのメディアを見ても、父パトリック・ザラの顔しか映っていないに違いない。
「中立国だからですかね?」
ニコルがタブレットと街の様子を見比べながら興味深げに呟いた。
とはいえ、プラントも居住地域に規制がされているわけではない。
シェルターや避難用ランチの乗り方など、たまに一斉の避難訓練はあるが、ザフトの防衛力を信じている国民は至って普通に生活している。
何万もの人が死んだ…そうカガリが言った、昨年のエイプリルフール・クライシスから、もう一年が経とうとしている。
Nジャマーの影響で今もまだエネルギーが不足している地域では、プラントやオーブとは比べ物にならないほど不便な生活を強いられているはずだ。
一方、自然の恵みである地熱を利用しているがゆえにエネルギー危機を乗り越えたオーブは、ほとんどの人々が困難な生活を強いられる事の「ない」豊かな国である。
アスランは新作のゲームに興じる子供たちや、自分と同じ年頃の娘が友達と楽しそうにおしゃべりしながら歩いている姿を見送って思わず呟いた。
「平和の国、か」
ほんの少しのずれで平和を享受できる者とできない者がいるのも、運命と諦めるしかないのだろうか。

1回めの合流は11:30と決まっていた。あまり人気のない海辺の公園でアスラン・ニコル組とイザーク・ディアッカ組は合流し、情報を出しあった。
「そりゃ、軍港に堂々とあるとは思っちゃいないけどさ」
すっかり歩き疲れたらしいディアッカがドリンクに口をつけながらブツブツ言っている。
「あのクラスの艦だ。そう易々と隠せるとは…」
一方イザークはかなり真面目に探していたようで、ボードに自分たちが歩いた範囲を記録させている。マップは踏破した部分が真っ赤に塗られており、ディアッカが歩き疲れたのもわかる気がした。
「まさか、ほんとにいないなんてことはないよね。どうする?」
もともと潜入作戦のような細々した作戦より、どーんと行ってバーンとやろうぜと言っていたディアッカはアスランに聞いた。
「確かにね」 
アスランはイザークの持つタブレットに、自分たちが歩いた地域を青く塗り潰したデータを送りながら答えた。
「欲しいのは確証よ。ここにいるならいる。いないならいない」
本当にいないなら、もう手遅れだろう。
北太平洋はすぐにアラスカの防衛圏内に入るため、制空権のないザフトが追うのは困難だった。

軍港にモルゲンレーテ、海側の警戒は驚くほど厳しい。
いつものオーブがこうなのか、それとも昨日の戦闘を警戒してのことなのか、ひいては足つきがいるからなのかはわからないが、逆にそのセキュリティの高さは秘密主義で不気味さを感じる。
「なんとか、中から探るしかないでしょう」
イザークに「ありがとう」と伝えてアスランはタブレットをポケットにしまった。
「確かに厄介な国のようだ。ここはっ!」
送られたデータを見て、イザークが不機嫌そうに言う。
「本島はこれで終わりにして、次はカグヤかオノゴロに渡るか?」
「そうね」
アスランは頷き、先の見えない作戦にほっと息をついた。

「キラ・ヤマト」
名を聞いてもしやと思ったが、まさか、この子が…ウズミはキサカやシモンズが提出してきた報告書に目を通しながら、写真に写るキラのあどけない顔を見つめていた。
瞳の色、髪の色、肌の色…彼女はコーディネイターであるから、それが全て遺伝と考えるのは早計だが、それでも「面影が似ている」と思う。
昨日家出からようやく戻ったバカ息子とは大喧嘩をし、最後には鉄拳制裁を加えたが、朝になればおはよーと眠そうな顔で食堂にやってきた。
(全く、あいつのあのあっけらかんとした性格は一体誰に似たのやら)
朝から元気なカガリの口から出るのはキラ・ヤマトのことばかりだった。
驚異的な戦闘能力、身体能力、彼女の性格…生き生きと語る息子の話をウズミは興味深く聞きながらも、どこかに一抹の不安を抱えていた。

そのカガリはといえば、侍女のマーナが用意した服など着ないで相変わらずラフな格好のまま、ジャイロでオノゴロ島に来ていた。
彼が初見にもかかわらずスカイグラスパーを操縦できたのは、いざという時、島国であるオーブ国内を自身がヘリやジャイロ、飛行機を操縦して移動できるよう小さい頃から訓練を受けているからだ。フラガが聞けばなるほどねと手を叩くだろう。
モルゲンレーテをうろうろしながら、技師や社員から挨拶を受けて答えていたカガリは、ストライクの様子を覗きに来た。
「は~、早いな、キーボード」
コックピットにはモルゲンレーテの作業着を着た技師が座って一心にキーボードを打っていたが、カガリはその指の速さに感心して言った。
何しろ彼は3Dのそれを3つも4つも出して同時に操っているのだ。
その声にパッと上を向いたのは、キラだった。
カガリは拍子抜けして「なんだ、キラか」と笑った。
「誰がストライクに乗ってるのかと思った」
「ああ」
キラは自分が着ている作業着を見た。
「工場の中、軍服でチョロチョロしちゃまずいんだって」
小さいサイズがなくて、少し大きめな服の袖をまくり、裾も折っている。
「でも…きみも変な若様だね。こんなとこにばっかいて」
「悪かったな。若とか言うなよ、全然そう思ってないくせに。そう言われるのほんと嫌いなんだ」
カガリが顔をしかめると、キラも3Dキーボードを消して笑った。 
「けど、やっとわかったよ。あの時カガリがモルゲンレーテにいた理由」
キラは爆煙の中、どうしても確かめる事があると走っていった彼の姿を思い出しながら言った。
「まあな…モルゲンレーテがヘリオポリスで地球軍のモビルスーツ製造に手を貸してるって噂聞いて、親父に言ってもまるで相手にしてくれないから、自分で確かめに行ったんだ」
「でも、知らなかったことなんでしょ?お父さん…てか、アスハ代表は」
キラはシモンズが言っていたことを思い出す。
「内部では、そう言う者もいるってだけだ」
カガリはそっけなく言った。
エリカやキサカは、ウズミ様はご存じなかった、全てはウズミ様を失脚させようと狙った勢力がやった事だ、と言うばかりだった。
「でも、親父自身はそうは言ってないんだ」
「え?」
キラは驚き、まんまるな眼で問い直した。
「なら、やっぱり知ってたってこと?」
カガリは頭を掻きながら、「う~ん、そうとも答えなくってさ」とぼそぼそ言う。
「そんなことはどうでもいいって言うんだ。ただ、全ての責任は自分にある、それだけだって」
「ふーん」
キラにはよく飲みこめない。
(知らなかったのが事実なら仕方がないけど、もしかして知っていたなら、それをオーブの守り…本当にM1への転用・流用しようと考えたのかも…)
キラは今まさに自分がOSやソフトを組みなおしている、ストライクにそっくりなM1を思い出しながら思う。
(ウズミ様だって、理念だけで全てがうまくいくなんて思ってないはずだよね)
「親父を信じていたのに…」
けれどキラは、ガッカリしているカガリにそんな事は言えない。
逆に、そんな純粋な真っ直ぐさがうらやましくさえ思った。

その時、ふとストライクのハード面を見ていてくれた技師たちの声が聞こえてきた。
「電磁流体ソケット摩耗が酷いな」
バラされた機動部を見て、2人の技師が話し合っている。
「駆動系はどこもかしこもですよ。焼ききれそうになってたり、摩滅しちまった部品もありますからね」
「限界ギリギリで、機体が悲鳴あげてるようだぜ」
そう言っているうちにも、バチッと火花が飛んだ。
「だってさ」
カガリが肩をすくめ、キラはストライクを見上げた。
灰色の機体のあちこちが酷く傷ついてボロボロなのがわかる。
水気が入って、部品が錆び始めた部分もあると技師に呆れられもした。
(でも、そうやって戦わなければ勝ち残れなかった…生き残れなかった…)
キラはぽつりと言った。
「それでも…守れなかったものがたくさんあるよ」
ヘリオポリス、フレイのお父さん、ハルバートン准将、シャトルの避難民、明けの砂漠、カガリの友達、バルトフェルドさんだって…
キラの表情を見て、カガリも黙って傷んだストライクを見上げた。

「それで、レジスタンスに入っちゃったの?頭来て、飛び出して」
その後2人は休憩室に行くとドリンクを手にした。
キラは、カガリがコーヒーを選んだので(うわぁ)と思う。
(なんでカガリはこんな苦いものが好きなんだろう)
「親父に、おまえは世界を知らないと言われたから見に行ったんだ」
その無鉄砲で短絡的な行動に、キラは苦笑する。
カガリはただ「実際の戦場」を見に行くだけと言って飛び出し、父ウズミの大学時代の学友だったサイーブ・アシュマンが「明けの砂漠」を組織して戦っているタッシルに向かった。
ついて来たキサカも、タッシルならば…と、同意しての事だった。
しかしそこではアフメドのような子供たちまで自由のために戦っていると知り、矢も盾もたまらず…となったらしい。
中立国が戦争に加担しちゃいけないって怒ってたのに、レジスタンスに入って戦うなんて…キラは呆れた。
「カガリらしいけど、どっか論点が間違ってるよ」
「まぁな」
カガリはそこが反省すべき点であるとはわかっているようだ。
「でも、砂漠ではみんな必死に戦っていた。あんな砂ばかりの土地なのに…それでも守るために必死にな…」
そこまで言うと、「なのにオーブはだなぁ!」と、いきなりカガリはキラに食って掛かった。
「これだけの力を持って、あんなこともしたくせに、未だにプラントにも地球軍にも、どっちにもいい顔をしようとする!どっちも敵にしたくない中立路線なんて、ずるくないか?」
「危ないって」
カガリがまだ熱い中身の入っているカップを振り回したので、キラは思わず手を上げてそれを制した。
「う~ん…でも、それでオーブは平和なんだから…」
「いいのか?それで?どっちにもうまい事いってさ、どっちからも美味いところをもらうって、だまし討ちみたいで卑怯じゃないか?」
カガリはかつてキラがそうしたように、アスランの言葉を借りた。
キラは困ってしまって、カップに口をつけると尋ねた。
「カガリは、戦いたいの?」
「えっ!?」
今まで弁舌を揮っていたカガリは急に言葉に詰まってしまう。
戦いたい?まさか、そんな事はない…
「…俺は…戦争を終わらせたいだけだ」
カガリは一呼吸置いてからなんとか答えた。
でも、どうやって?と聞かれたら答えられない。
カガリは自信なさげに目線を逸らした。
(大体戦争って、どうしたら終わるんだ?砂漠の虎が言ったように、両者が滅ぼしあうまでは終わらないのか?)
「そうだね」
キラは答えた。
「でも、戦っても終わらないよ、戦争は」
カガリは、戦いに身を置けば置くほど、戦い続けなければならなかったキラが漏らしたその言葉が、なぜだか深く心に届く事を感じた。

「ヤマトご夫妻、ですな?」
ウズミは中年の夫婦に挨拶をした。
アークエンジェルの子供たちは今、別室で両親と再会を果たしている。
艦長の計らいとウズミの手配により、家に戻る事のできない彼らの両親を呼び出し、わずかな時間とはいえ面会時間を設けたのだ。
そこにキラの両親もやってきたので、ウズミは別室に彼らを案内した。
「ウズミ様…二度とお目にかからないという約束でしたのに…」
キラの母、カリダ・ヤマトが細い声で言う。
「運命のいたずらか、子供らが出会ってしまったのです」
3人は沈黙し、あれほど遠かったはずのあの2人の道が今、分岐点で出会った事に運命の非情さを感じていた。

「ふぅ…」
嫌味な上官から、休んだ分はシフトをちゃんとこなすように言われたフレイは、地道で面白くもない艦内のキーパー作業をこなしていた。
シーツやタオルをロッカーに入れ、必要なものを補充していく。
ブリッジで戦闘補佐を行うのはイヤだったし、荒っぽい男たちに小突かれながら、油まみれで昼夜のない整備班などもっとイヤだった。
仕方なくこの仕事を選んだけれど、思ったより地味だしきついし上官は嫌味だし…汚れ物をランドリーカートに投げ入れながら、「ちぇ」とフレイは毒づいた。
(何でこの俺がこんな仕事をしなきゃなんないんだ)
ようやく終わって部屋に戻ると、おかえり、と声がした。
「…キラ?」
なんでここに…とフレイの顔色が見る見る変わる。
そもそも、キラがストライクでカガリと会っていた時間は、キラたちが両親に面会を許されていた時間でもあったのだ。
きつい仕事に文句を言いながらも、シフトが入った事を理由に彼らが両親と会っている時間を無為に過ごさずに済むと思っていたフレイは、キラの姿を見て動揺を隠せなかった。
「トリィ!」
キラは肩に乗って髪の毛を引っ張られたのがくすぐったくて、 「やめてってば、トリィ」と笑いながら、モニターを見つめて作業を続けている。
フレイは、彼女が敢えてここで自分を待っていたのだと悟り、自分でも制御できない怒りを感じた。
「…どうしてだよ…どうして…ここにいるんだ…」
「あ、ごめん。もうすぐ終わるから」
キラはフレイのやけに冷たい声には気づかない振りをして明るく言う。
「待っててくれる?あ、先に食堂行く?」
しかしフレイはそれには答えず、再び言った。
「なんで行かないんだよ?家族、来てるんだろ!?」
口に出せば出すほど、感情をあらわにすればするほど、フレイの心が冷たく醒めていく。
ずっと隠し通してきたキラへの嫌悪感と怒り、憎しみが頭をもたげてくる。
「なんで会いに行かないんだよっ?!」
キラは完全に空気が変わったことを認識し、振り返った。
フレイは真っ直ぐ自分を見つめている。キラは微笑もうとした。
「これ、思ったよりかかりそうで…やらないとね。今はまだ修理中だけど、アークエンジェルの出航までには…」
「嘘つけっ!」
その怒鳴り声に、キラはビクッと体を硬くした。
「なんだよ…同情してんのか?おまえが?俺に?親のいない俺には、誰も会いに来ないから…自分も親に会わないで、俺に合わせてくれてんの?」
フレイの猛々しい声に、キラは思わず息を吸い込んだ。
「俺は可哀想だからって…そういうことかよっ!?」
あまりにも激しい剣幕に、キラはたじろぎながらも席を立ち、体ごとフレイに向き直って言った。
「ち、違うよ、そうじゃないよ、フレイ…」
「冗談じゃない!やめろよな、そんなの…なんで俺が、おまえなんかに同情されなきゃなんないんだよ!!」
はっ、とフレイが自嘲気味に笑う。
キラはそのフレイの姿が、かつて自分を罵った時の彼そのものだと気づき、心臓がバクバクと脈打ち始めた。

「辛いのはおまえだろ!?可哀想なのもおまえだろ!?どれだけ戦っても、誰もわかってくれない。可哀想なキラ。独りぼっちのキラ。戦って辛くて、守れなくて辛くて、哀れなヤツ!」
フレイはこれまで見たこともないほど冷たい眼で笑った。
「そんなおまえに、なんでこの俺が同情されなきゃならないんだ?」

キラは目を見開いて、それがフレイの本音だったのだと改めて思った。
ずっと、フレイだけは理解してくれていると…優しくしてくれるのは自分を好きだからだと…そう信じてきた。信じようとしてきた。
でも、フレイは何も変わってない。あの時のまま、凍っていた…

「教えてやるよ。おまえが一人ぼっちのわけを!」
フレイは憎々しげな顔で、心底嫌悪感をにじませながらキラを見る。
「おまえが…コーディネイターだからだよ!」

キラは雷に打たれたかのように顔をこわばらせ、体を硬くした。

「コーディネイターだから、やっぱりコーディネイターとは本気で戦わない。いつまで経っても、あの赤いヤツを倒す事すらできやしないじゃないかっ!」
フレイは怒鳴り散らし、キラは動かない体をその場でびくっとすくめた。
「嘘つきっ!」
どっちにもいい顔して、どっちとも戦わない…
「おまえは嘘つきだ!卑怯者で、裏切り者のコーディネイターだ!」
 
(言わないで…もうそれ以上言わないで…もう…いやだ…)
キラの心を支えていた最後の砦が、ガラガラと崩れていった。
眼の奥が熱くなり、鼻の奥が痛み、喉がつまり、息ができない。
「ずるいんだよっ、おまえは!」
フレイもまた、まるで泣いているような金切り声で叫んだ。 
「フレイ…もうやめて…もうやめよう…」
キラは俯いて必死で涙をこらえた。
一体なぜこんな事になってしまったのか…キラが父や母に会えないのは彼女なりの理由があった。もちろん、フレイに気を遣わなかったといわれれば嘘になるかもしれないが。
(フレイがいてくれるなら、戦うこともできるって思ってたのに…)
キラは傍から見たら過呼吸になりそうなくらい、ただはっはっと息を吸い込むばかりだった。
フレイの怒りに満ちたその灰色の眼は、自分への憎しみに満ちている。
(違ったんだ…私はただ、1人がいやだっただけ。寂しかっただけだ)
フレイの愛情を本物だと思おうとし、フレイへの好意を正当化しようとしながらも、いつもどこかで孤独を感じていたことにも気づいていた。けれど、だからこそ、カガリといる時だけは心から安らげたのだと、この時のキラにはまだわかっていなかった。
やがて、キラの震える唇から小さな声が漏れた。
「私たち…間違ったんだよ」
間違っていた…互いのぬくもりに抱かれていても、自分たちの心はいつも別にあった。
苦しそうな表情で俯いたキラのその言葉に、フレイはさらにカッとなった。
「なんだよ…なんだよ、そんなのっ!」
そしてキラの肩を突き飛ばすと、部屋を出て、もう二度と戻らなかった。
キラはよろけて柱にぶつかり、そのままポロポロと涙をこぼした。
「トリィ!」
トリィがまるで心配するように鳴いた。
「…トリィ…」
キラは小さなトリィを手にすると、壁に背をつけながらずるずると床に座り込んだ。
「トリィ?」
「もう…なぁんにも、なくなっちゃった…」
キラはまるで戸惑うように首を傾げたトリィを抱き締めると、搾り出すように泣き崩れた。

「どんな事態になろうと、絶対に私たちがあの子に真実を話すことはありません」
カリダはきっぱりと言った。
「彼女が生を受けたおぞましい理由を知ったら、優しいあの子は…深く傷つくでしょう」
「きょうだいのことも…ですな?」 
ウズミは唐突に訊ねた。
父のハルマは、「可哀想だとは思うが」と前置いてから、その方がキラのためだと答えた。
夫妻は、全て最初の約束どおりに事を進めていくつもりのようだった。
「ウズミ様にこうしてお目にかかるのも、これが本当に最後でしょう」
あの日、自分たちの元にはキラが、ウズミの元にはもう1人が残された。
けれど彼らはそれをキラに説明する事はしないと決めている。
「わかりました。しかし、知らぬというのも怖ろしい気がします」
カガリの瞳に、キラに対する小さな愛情を見つけているウズミは言う。
そして、もし愛する我が子がたった1人残されたなら…と考えると、自分にきょうだいがいる事を知れば心強いのではないかとも。
「因縁めいて考えるのはやめましょう」
ハルマがそれを遮った。
「私たちが動揺すれば、子供たちにも伝わります」
「ですかな」
子供を見ている親と見ていない親の温度差にウズミは苦笑し、「しかしどうして彼女は今日、会いに来なかったのでしょう?」と尋ねた。
これがもしカガリなら、眼を輝かせて一目散に、会いたかった主人を見つけた子犬のように飛んでくるだろう。
「今は…会いたくないとしか」
カリダは寂しそうに言った。
(キラ…あなたに会いたいのに…あなたを抱きしめてあげたいのに)

「わぁ、すご~い!!」
M1に乗るアサギが、先日とは比べ物にならないなめらかな動きでマニピュレーターを動かしてみせ、腕を自在に動かしていた。
「新しい量子サブルーチンを構築して、シナプス融合の代謝速度を40%向上させ、一般的なナチュラルの神経接合に適合するよう、イオンポンプの分子構造を書き換えました」
生物学を取り入れたプログラミングを施したキラの説明に、シモンズは「やられたわね」という顔をして聞き入っている。
「よくそんなこと、こんな短時間で…すごいわね、ほんと」
優秀な人物は優秀な人物を知る、というように、シモンズは結果に喜び、キラを抱きしめてさすがだわ、最高よと賞賛する。
美人に抱きつかれて困っているキラを見て、キラと同じくオレンジの作業着を着たフラガは、「いいねぇ、うらやましいねぇ、お嬢ちゃん」と笑っていた。しかし…とテスト室に眼を移して思う。
M1の動きにはやはり眼を見張るものがあり、ついつい好奇心がうずいてしまう。
「俺が乗っても、あれくらい動くってこと?」
「ええ、そうですわ、少佐。お試しになります?」
シモンズは面白そうに答えた。
むしろ、あの難しい有線ガンバレルを自在に操るメビウスゼロを乗りこなし、スカイグラスパーではほぼ無傷のまま多くの戦闘を勝ち残ってきたフラガを、MSに乗せてみたい…と思わなくもない。
「アサギ!あがっていいわよ!」
シモンズはアサギに告げ、照明を落としていく。
キラはパタンとモニターを閉じながら言った。
「じゃあ私、ストライクの方へ行きますから」
「はい、ではまた後ほど」
シモンズは協力のお礼に是非、とキラを夕食に招待しているので、にっこりと笑った。
(仲良しのカガリ様も呼んであげようかしら)

「なぁ、キラ!」
フラガがすたすたと歩き去るキラを呼び止めた。
「なんですか?」
「きみこそ、その不機嫌面はなんですか?」
フラガはおどけたように言い、キラのほっぺをちょんと突ついた。
そして、(あれ?もしかしてこれもセクハラになるのか?)と思う。
「そんな顔してません」
フラガの思惑とは逆に、子ども扱いされたと思ったキラは唇を尖らせた。
「してますって。おまえ、家族との面会も断ったって?」
フラガは眉をひそめた。
「どうして…?」
「今会ったって、私、軍人ですから」
キラは顔を上げて背筋を伸ばし、また歩き出す。
いつもと様子の違うキラに、フラガは首をかしげた。

そこに、やはりオレンジの作業着を着たマードックが通りかかかった。
「なんだよおまえさん、そのカッコ…どっかの街の自動車修理工か?」
「少佐こそ、除隊したらどっかの会社で技術屋勤めですね!」
2人の男はひとしきり軽口を叩き合って笑いあった。
それからマードックは明るい声でキラに言った。
「嬢ちゃん、スラスターの推力を18%上げたんで、モーメント制御のパラメーター、見といてくれ!」
「はい」
自分がM1にかかりきりの時、マードックはストライクを見ていてくれた。
キラは思う。
(私にはもう、あの子しかいないんだから大事にしなきゃね…)
コックピットに座ったキラに、リフトでついてきたフラガは続けた。
「軍人でも、おまえはおまえだろうが。ご両親…会いたがってるぞ、きっと」
キラはせわしなくキーボードを打ち、モニターをチェックする。
「こんなことばっかりやってます…私。モビルスーツで戦って、その開発やメンテナンス手伝って」
彼女はふふっと笑ったが、その瞳も表情も欠片も笑っていなかった。
「できるから、って理由で」
「キラ…」
その間も手を休めないキラを見て、フラガはキラの孤独を悟った。
「オーブを出れば、すぐまたザフトと戦いになるでしょ」
「いや、それは…」
ありうる…というか、絶対そうだろう…フラガは否定を続けられなかった。
その時、少し離れたところからマードックが、アグニの遮蔽作業ももうじき終わるから、と声をかけた。
「スパッタ待ちだから、30分かな!」
「はい」
(あいつ、空気読めよ…)
フラガはマードックのせいではないと思いつつ、ため息をついた。
(確かに俺たち全員、何でもかんでもキラキラキラ、だもんなぁ) 
「今会うと、言っちゃいそうでイヤなんです」
だんまりだったキラが口をきいたので、フラガは「何を?」と尋ねた。
「なんで私を…コーディネイターにしたの、って…」 
ああ…フラガは思った。
フラガは自分をコーディネイターにするかしないかで揉めて以来、長年不仲だった両親を思い出した。自分が傍にいても、口すらもきかなかった両親…なぜ自分が産まれたのかと自問自答する毎日。
そして、記憶の中でぼんやり覚えている金髪のあの少年のこと…あれは、一体誰だったのか。それとも何かの幻を見ただけなのか。
親に聞きたくても聞けないこと、聞いちゃいけないと思うことは、誰にでもある。
(でも本当は、それを乗り越えないといけないんだぜ)
フラガが言葉を探していたその時、キラの肩に乗っていたトリィが突然羽ばたき、飛んで行った。
「あ、いけない」
慣れている場所では飛んでいっても帰巣するようプログラムしてあるのだが、今回はまだしてなかった。
キラは慌ててコックピットを降り、フラガを残してトリィを追った。

「軍港より警戒が厳しいな。チェックシステムの攪乱は?」
マスドライバーのあるカグヤ島でもさしたる情報が得られなかったアスランたちは、オノゴロの巨大なモルゲンレーテ工場前で合流した。
「何重にもなっていて、けっこう時間がかかりそうよ。通れる人間をつかまえた方が早いかもしれない」
イザークの問いかけにアスランが答えたが、夕方のこの時間、住宅街も何もない工場の周辺は人っ子一人歩いていない。 
「まさに、羊の皮をかぶった狼ですね!」
ニコルが憤慨したように呟いたその言葉に、3人は思わずじっと彼を見つめてしまった。
「なんですか?」
見つめられたニコルはにこやかに訊ねた。
「僕、変な事言いました?」

「トリィ!」
その時、4人の前に何かが飛んできた。
アスランは何の気なしにそれを見て、驚いて眼を見張る。
それは、かつて自分が設計して作りあげた鳥のロボットだったからだ。
アスランは手乗りの鳥をとまらせるように手を出すと、トリィはその手に軽々ととまった。
そう、このプログラムがとても難しかったのだ…本物の鳥のように、軽く、ふわっと…
「トリィ?」
トリィは可愛らしく首をかしげて鳴いた。
それから久々に会った創造主に挨拶でもするように、パタパタと翼を羽ばたいてみせた。
鳥がとまった彼女の手を覗き込んだイザークは「なんだそりゃ?」と興味津々だ。
アスランは今日一日で、イザークが意外と可愛いものやみやげ物など、およそ彼に似つかわしくないものにとても興味を抱く事を知って、今までよりイザークの好みや知らなかった一面を知ることができたと思っていた。
「へぇ、ロボット鳥だ」
ニコルが感心する。
「飛ぶおもちゃなんて、高機能ですね」
その時、少し離れたところから「トリィ!」と呼ぶ声が聞こえ、ニコルは顔をあげてそちらを見ると、「あの人のかな?」と言った。
同時に、アスランの眼はその人物に釘付けになった。
その姿は見間違うはずもない、懐かしい友の姿だった。
「あーあ、もう…どこ行ちゃった…ん?」
その時、キラもフェンスの向こう側にいる人影に気がついた。
「あ…」
(アス…ラン?)
キラもまた、アスランから眼が離せない。
ヘリオポリスで会った時、アスランはありのままの自分の姿を見たけれど、 キラがヘルメット姿でもパイロットスーツ姿でもないアスランをちゃんと見たのはこれが初めてだった。
綺麗な藍色の長い髪。
昔からキラが羨ましがった碧色の瞳。
そしてほっそりした体躯と、すんなり高い身長…まさに、大人になったらこう成長するだろうと思わせる、美しいアスランがそこにいた。

キラは足を止めてどうしたらいいのかわからない。
アスランは見慣れない作業着を着て、後ろには同じ服を着た男たちがアスランとキラを見守っている。あれは、アスランの仲間なんだろうか…キラはそうとは知らず、いつも命懸けで戦っている彼らをおずおずと見回した。
やがてアスランはフェンスに向かって歩を進め始めた。
キラもそれを見て、ためらいながら足を踏み出す。
アスラン、と思わず名を呼びそうになるのを必死でこらえながら。
アスランはギリギリまで近づくと、キラを見つめ、ふと、視線を緩めた。

「あなた…の?」
その手に乗っているのは、彼女自身が作ってくれた鳥のロボットだ。
今日一日で、あまりにも色々なことがあり過ぎて胸が一杯だったキラは、アスランの優しい声に鼻がツンと痛くなりながら、「うん…」と頷いた。
アスランは強い電流の流れるフェンスにトリィが触れないよう、慎重に間を通し、返してくれた。
キラはそっとトリィを抱きしめて言った。
「ありが…と…」
今すぐにでも、アスランと声をかけたい。たくさん話がしたい…キラのうるんだ瞳と何度も開きかける唇を見て、しかしアスランはそっと眼を伏せた。
懐かしさと、失望感が彼女を苛む。

(キラ…やはりここにいた…)

「おい!行くぞ!」
やがてイザークがアスランを呼び、彼女は振り返って彼らの方へ歩き始めた。
(アスランが行ってしまう。何か言わなくちゃ…何か…)
キラは早鐘のように鳴る心臓に慄きながら、ぐるぐると頭をめぐらせた。
「昔っ!友達に!」
キラは叫んだ。アスランの足が止まる。

「…大事な…友達にもらった、大事なものなんです…!」

キラの言葉が、アスランの乾いた心に沁みこんでいく。
大事な、友達…キラは自分の事をそう思ってくれている。
私だけでなく、キラも私と戦う事を、辛いと思ってくれている。
アスランは再び歩き出して仲間たちのもとに向かい、最後にもう一度だけ振り向いた。

―― ありがとう、キラ…

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