Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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「少佐!今日はこれくらいにしときましょうや!」
もう夜中だというのに終わらないスカイグラスパーの整備を、昼間からぶっ続けでやってきたマードックが、とうとう音をあげた。
「あとの調整は、実際に飛ばしてみないとわからねぇですよ」
フラガ少佐がこうしてこだわる時は、大概その後何かが起きる…と思ってつきあってきたが、こうも時間がかかっちゃたまらねぇやとついに観念したのだ。
しかしフラガはまだ不満そうだ。
「そうだなぁ…キラも元気になったし、明日は移動するかもしれんからなぁ…とっとと仕上げたいところだが」
「…少佐、まだやるんですかい」
マードックはため息をつく。
「どうかな?噂の大天使の様子は? 」
しかしいつもどおり、やけに鋭いフラガの勘は当たっていた。
冷え込む砂漠にはうごめく影があり、堂々とした体躯の影が、よく通る太い声で、傍らにいるこれまた立派な体格の影に聞く。
「は!依然、なんの動きもありません」
地上はニュートロンジャマーの影響で、電波状況が悪い。
こちらも目視が一番正確となれば見つけるのは一苦労だが、ひとところに留まって策敵するのはもっと危険なことだった。
「彼女は未だスヤスヤとおやすみ………ん!?!?」
男は湯気を立てるカップを口に運び、その途端緊張した声をあげた。
するともう一人の若い男も緊張した面持ちで「何か!?」と振り返った。
「いや、今回はモカマタリを5%減らしてみたんだがね…こりゃいいなぁ!」
自分が淹れたコーヒーのブレンドがうまくいったと子供のように喜んでいるこの男が、まさか「砂漠の虎」と恐れられるザフトの勇将とは…
(思わないよな、誰も)
若い彼は、はははと苦笑いしながら、この愛すべき上官を見た。
「ではこれより、地球軍新造艦、アークエンジェルに対する作戦を開始する。目的は、敵艦、及び搭載モビルスーツの戦力評価である」
男は部下たちを集め、作戦内容を説明した。
「倒してはいけないのでありますか?」
1人がちゃちゃを入れると、わっと部下たちが笑う。
特殊なモビルスーツを使い、地の利を生かして勝ち進んできた部隊は、士気も高く、結束力も強い。何より作戦を立てる上官への信頼が厚い。
彼らはいつも明るい表情で、上官にも気兼ねなく冗談を飛ばしていた。
「ん~、その時はその時だが…」
男もにやにやして答える。
「あれはあのクルーゼ隊が仕留められず、ハルバートンの第8艦隊がその身を犠牲にして地上に降ろした艦だ。それを忘れるな!………一応な?」
やれたらやってもいいよというゴーサインに、 隊員たちが沸く。
「では、諸君の無事と健闘を祈る!」
「総員、搭乗!」
月の光に浮かび上がったのはバクゥ…TMF/A-802の型番を持つ、四足歩行型モビルスーツである。
今まで楽しげに笑っていた隊員たちは素早く散り、音もなく腹部のコックピットに乗り移ると機体を起動してゆっくりと前進を始めた。
眠る大天使の褥(しとね)へと…
「婚約者だった、ってのも驚いたけどなぁ」
まだ寝ぼけ眼のトールが、ミリアリアと共にブリッジに向かう。
「婚約者じゃないわよ、まだ話だけだって」
2人はたった今、見てはならぬものを見てしまい、その事についてヒソヒソと話をしていたのだった。
それは、フレイの部屋の前で呼びかけるサイの姿だった。
休憩に入ったはずのサイは、フレイの部屋のインターホンを押し、話しかけていた。真夜中の静かな廊下では、いやでもその声と内容が聞こえてしまう。
トールとミリアリアは思わず姿を隠し、つい聞き耳を立ててしまった。
「…フレイ?こんな遅くにごめん。昼間の事なんだけど…でも、あの…2人でちゃんと話す時間がなかなか取れなくて…」
サイは、いつもの才女然としたお姉さんぶりからは想像できないほど、自信なさげに話しかけている。2人が息を潜めて見守っているとも知らず、サイは話し合いたいと説得している様子だったが、いつまでたっても応答はない。
「ね…ごめん、ちょっと起きてくれるかな?」
あまりに無反応なせいかついにサイが声を少し荒げたので、2人はもはやこれまでと目配せし、そっと移動してきたのだった。
「フレイ…変だったわよね」
ミリアリアは彼の様子を思い出しながら言った。
「前はキラのこと…嫌ってたってわけじゃないけど…」
「コーディネイターが嫌いなんだろ」
フレイはキラたちの一級上で、もともとカトーゼミの面々とは接点がない。
けれどフレイたちのグループにはミリアリアとの共通の女友達も多かったので、彼女を通じて噂だけは知っていた。
「校内でもよく見かけてさ。キラ、あの人格好いいよね…って言ってたっけ」
変な風にならなきゃいいけどな、とトールが顔を曇らせる。
ミリアリアは頷きながら、(でもきっと、なるだろうな…)とも思う。
ミリアリアの女の勘も、フラガの勘に負けない鋭さがあった。
「艦の排熱は、ブラックホール排気システムを通じて冷却されるからさ、衛星からの赤外線探査さえごまかせれば何とかなるし…レーダーがあてになんないのは、お互い様だからさ」
交代要員を待ちながら、チャンドラが通信席に座ったカズイに話しかけている。
艦長はじめ4人もいないため、ブリッジはずいぶん広く見えた。
「交代でーす」
「遅いぞ!こら!」
頭を下げて入ってきたミリアリアとトールに、ノイマンが一応怒ってみせる。
「ニュートロンジャマーかぁ…撤去できないんですか?」
まだあと半分勤務時間が残っているカズイが尋ねた。
「無理無理。地中のかなり深いところに打ち込まれちゃっててさ、数もわかんないんだぜ?できりゃやってるよ。電波にエネルギー、影響被害も大きいけどな」
チャンドラが手をパタパタと振りながら答えた。
「でも、核が飛び交う世界よりはいいんじゃない?」
一年前のユニウスセブンへの核攻撃の後、もし核で報復されていたら地球は住めなくなっていたかもしれない。
けれどこのオペレーション・ウロボロスと呼ばれるニュートロン・ジャマー散布敷設作戦により、地上のエネルギー不足は深刻で、続くヤキン・ドゥーエ、カサブランカ、そしてスエズ攻防戦線と地球軍はザフトに大敗を喫することになった。
彼らが今いるここも、そのカサブランカ、及びスエズ攻防戦でザフトが制圧した土地だ。
「おっかない敵がすぐそばまで来てたらどうする~?」
チャンドラは子供たちにおどけてみせた。
「異常はないか?」
「は!異常ありません!」
そんな風に緩みきったブリッジの空気がピッと引き締まったのは、ナタル・バジルールが入ってきたためだった。
「先刻の歪みデータは出たか?」
ナタルはノイマンの元にやってくると、彼にドリンクを差し出しながら聞いた。
「あ、ありがとうございます、少…中尉」
ノイマンは思いもかけないナタルの行為にしどろもどろになった。
さらにナタルがノイマンの肩越しにモニターを覗き込むと、彼女の整った顔が思いもかけず近くに来たので、ノイマンは思わず眼をそらしてしまった。
(まったく…時々変に無防備で困るよ…)
ノイマンはなんとか視線をモニターに定めてそう考えた。
「簡易測定ですが、応力歪みは許容範囲内に留まっています。詳しくは…うわぁ!」
平静を装って測定結果を報告する途中、彼女からもらったドリンクカップから手を離し、それがバシャッと下に落ちたので思わず声を上げてしまった。
もうここは無重量でも低重力でもない…うっかり忘れて手を離してしまったのは、彼女の香りに惑ったせいだ。
ナタルは落ちたカップを拾うと呆れたように言う。
「少尉…いつまでも無重力気分では困るな」
こぼれてはいないようだが、一応点検し、再び彼に渡す。
ノイマンはひどく恐縮し、「すみません」と謝った。
頷いたナタルが再びモニターに眼を落とすと、
そこには色分けされた磁力線が不規則な層を描いていた。
「重力場にまだらがあるな。地下の空洞の影響が出ているのか?」
「なんです、それ?」
副操縦士席に座ったトールがモニターを共有しながら尋ねた。
「戦前のデータで、正確な位置はわからないんだが、このあたりには、石油や天然ガス鉱床の廃坑があるんだ」
つまり、平らかに見えてもその下は穴だらけ…ということだ。
ことに大昔ともなれば、安全な場所を確かめ、データを取りながら掘ったわけではないから、どこに何が隠れているか知れたものではない。
「迂闊に降りると大変なことになる場所だよ」
地球の気まぐれな気候やめちゃくちゃな地形、さらにはそんな複雑な歴史に慣れていないトールは急に不安になって、ミリアリアに聞こえないよう声をひそめて訊ねた。
「ここは、大丈夫なんですか?」
「…ですよね?」
答える代わりに、ノイマンは少し笑ってナタルを振り返った。
ナタルはそんなノイマンのいたずらっぽい顔に、私に聞くなと言わんばかりに眼を逸らしてしまった。ノイマンはくすっと笑った。
(たまに見せるこの人のこういう表情は、嫌いじゃないんだよな…)
そんな風に穏やかだったブリッジが、数分後には様変わりしていた。
「第二戦闘配備発令!繰り返す!第二戦闘配備発令!」
艦内に張り詰めた様子のチャンドラの声が響き渡り、マリューはようやく取れそうだった仮眠を取りやめ、ブリッジへと向かった。
ナタルは早くもCICに立ち、イーゲルシュテルンを起動させている。
途端、案の定レーダーにミサイルの機影が映し出されていた。
アークエンジェルは何者かにレーザー照射され、姿を捉えられていた。
ハンガーのフラガは戦闘準備に入るためコックピットの搭乗準備を始め、マードックは「それ見たことか!」と整備兵たちに指示を飛ばし始める。
(少佐の勘はホントにすげぇや!)
「戦闘配備…行かなくちゃ。ごめんなさい、フレイ。また後でね」
サイもまた、答えのないフレイの部屋を後にして走り出した。
「状況は?」
化粧もそこそこに、襟元のボタンを留めながら艦長席に座ったマリューが、チャンドラに報告を求めた。
「第一波、ミサイル攻撃6発。イーゲルシュテルンにて迎撃」
「砂丘の影からの攻撃で、発射位置、特定できません!」
通信士のカズイが補佐として、策敵ができないことを補足する。
マリューはすぐに第一戦闘配備を発令し、機関始動を命じた。
「フラガ少佐、ヤマト少尉は、搭乗機にてスタンバイ!」
「遅れてすみません」
戻ってきたサイがアンチビーム爆雷の装填と展開準備を始めた。
静かなはずの夜が、急激に血なまぐさいものになっていた。
「フラガ少佐は出られるか?」
迎撃準備の合間に、ナタルはハンガーに通信を入れていた。
どんな時も攻撃と迎撃のバランスを図るのがナタルのやり方だ。
しかし徹夜で整備はしたものの、スカイグラスパーはまだまだ未知数だった。
テスト飛行もしてないのにいきなり実戦なんてと、マードックが渋っている。
「とにかく飛べるようにしてくれって!」
「それが無茶だって言ってんでしょうが!弾薬の積み込みも間に合わねぇし…」
フラガとマードックの押し問答は続き、どうやらまだ戦力としては数に数えられないと悟ったナタルは、ストライクに期待をかけた。
「敵!?」
鳴り響いたアラートに、キラはガバッと起き上がった。
体の痛みもだるさももう残っていない。
そのまま立ち上がると制服に着替え、急ぎパイロットルームに向かう。
「もう、誰も死なせない…死なせるもんか!」
無人の部屋には、青白いモニターの光だけが輝いていた。
「5時の方向に敵影3、ザフト戦闘ヘリと確認」
トノムラが状況を報告する。
ミサイルが接近し、ナタルはフレア弾の散布を命じて迎撃する。
(どこから狙っているのかわかれば、効率のよい攻防ができるものを…)
ナタルはチッと舌打ちした。
その時突然、ブリッジにストライクからの通信が入った。
「敵はどこ!?ストライク、発進する!」
「キラ!?」
キラの言葉にミリアリアは驚いて身を乗り出す。
「待って、まだ…」
何の準備もできていなかったミリアリアは慌てて発進シークエンスをインプットし始めたが、その間にもキラは彼女を急かしている。
「急いで!」
「でも、バジルール中尉からは何の指示も…」
「まだ敵の位置も勢力もわかってないんだ。発進命令も出ていない!」
ようやくナタルが勝手なことを言うキラを叱咤した。
「大体、きみは重力下での戦闘が何たるかもわかってないだろう!」
しかしいつもなら黙りこむだろうキラは引かない。
「何のんきなこと言ってるんだ!」
まるでモニターを叩かんばかりに苛立つキラの声は尖っている。
「いいから早くハッチ開けて!私が行ってやっつけるから!」
「キラ…」
その激しさにミリアリアは戸惑い、言葉を失った。
敵の正体も位置もわからず、フラガの力があてにならない今、ストライクが出ることでそれらがわかることは確かである。
ナタルは仕方なく艦長の判断を仰ぐことにした。
「言いようは気に入らないけど、出てもらう他ないわね」
マリューはいつものキラに似合わぬ不遜で乱暴な物言いに不愉快さを隠せなかったが、今はこれしかないと決断した。
「艦の方では小回りが効かないわ。ストライク、発進させて!」
「ハッチ開放、ストライク発進!敵戦闘ヘリを排除せよ!」
ナタルは努めて平静を装いながらストライクの発進を告げた。
「重力に気を付けろよ!」
最後の言葉は、先ほどから自分も苦労しているがゆえの手向けである。
「カタパルト、接続。APU、オンライン。ランチャーストライカー、スタンバイ。火器、パワーフロー、正常。進路クリアー。ストライク、発進どうぞ!」
ストライクはいつもどおり飛び出したが、機体はいきなり前のめりに傾き、バランスを崩してひどく無様に着地した。
「うぐっ…!」
これが、人工重力のコロニーとは比べ物にならない本物の地球の「重力」の洗礼だった。
「出てきました。あれがX-105ストライクですね」
先ほどから戦況を見つめている若い男が言うと、もう1人が後ろに控えている部隊に命令を下す。
「バクゥを出せ!反応を見たい」
バクゥはゆっくりと起き上がり、無限軌道を動かし始める。
「さて、あの白いヤツに砂漠の戦いを教えてやろうじゃないか、諸君」
キラは砂地の思った以上の柔らかさに戸惑っていた。
その間も戦闘ヘリから攻撃を受け、撃ち返そうにも足場がしっかりしないために照準を合わせることもままならない。
重力、自然、気候…地球とはこんなにも扱いづらいものかと改めて思い知る。
ただでさえアグニを持ったランチャーストライクは重量があり、キラは肩のガンランチャーとバルカンでバタバタと飛び回るヘリを複数ロックして狙ったが、気流の関係なのか、それとも軸となるストライクがしっかりとバランスを保てないためなのか、いつものようには当たらない。キラは唇を噛み締めた。
「当たれ、当たれ、当たれ!!」
さらに間の悪いことに、そこに新たな敵が現れた。
「TMF/A-802…」
サイが新たな機体をライブラリで照会し、熱紋を確認している。
「ザフト軍モビルスーツ、バクゥと確認!」
「バクゥだと!?」
スエズ戦線で投入され、地上戦に特化した四足型モビルスーツ。
機動性と強襲に優れ、地の利があるはずの地球軍を圧倒した機体だ。
「スレッジハマー装填!」
ナタルはそれくらいの威力がなければ、バクゥの足を止めることはできないと判断していた。
「なんだ、これ…バクゥ!?」
キラは歩きにくい砂の上を自在に走り回る機体を見ていた。
四足のその姿は獣を思わせ、高速で回るキャタピラが、動きづらい砂の上で自由な動きを保障する。背中のミサイルポッドを開いて霍乱し、翼のようなビームブレードを展開して、真っ直ぐに向かってきた。レールガンが発射され、ストライクのPS装甲がそれを弾く。
「スレッジハマー、撃て!」
トノムラはナタルの判断に驚いて振り返った。
「ここからではストライクにあたります!」
「PS装甲がある!」
身も蓋もないナタルの言い方にトノムラは「ええ!?」と驚きの声をあげた。
PS装甲は確かに実弾には強いが、受ければその分エネルギー消費も増える。
「で、ですが、中尉…それはヤマトには…」
「命令だ!あれでもどうにもならん!」
それはナタルのキラへの信頼なのか、それとも単に彼女なりの客観的判断で現状を打開するための策なのかはわからなかったが、トノムラはスレッジハマーの発砲準備に入った。
「キラ!避けて!」
ミリアリアが思わず叫ぶ。
(頼むから死ぬなよ!後味悪いからな!)
トノムラは南無三と祈りながらスイッチを押し、スレッジハマーが容赦なくバクゥとストライクに襲い掛かった、
「うぅっ…!」
キラはコックピットで、自軍からの激しい攻撃に耐えた。
しかしおかげでバクゥもダメージを食らい、少し位置を下げたようだ。
(ナタルさん…やってくれる…)
キラはダメージアラートを乱暴にとめながら、不敵に笑った。
「でも、信じてくれたんだって思います!」
キラはバクゥの攻撃をかいくぐりながらOSのパネルを立ちあげた。
「あ~らら、パイロットに優しくない指揮官だな」
男はニヤニヤしながら味方からの無差別攻撃に耐えたモビルスーツを見つめていた。
「なるほどね、傷一つつかないあれがPS装甲とやらか」
スコープで機体をじっくり観察した彼はひゅーっと口笛を吹いた。
「確かにいいモビルスーツだ。パイロットの腕もそう悪くはない。が、しょせんは人型。この砂漠でバクゥには勝てん」
砲撃が終わり、キラはアグニを構えたまま、ガンランチャーとバルカンで応戦した。しかしバクゥの足は止まらず、ストライクはずぶずぶと砂に沈んでいく。
「接地圧が逃げるんなら、合わせりゃいいんてしょ!」
キラは敵と起動したOSをモニターに並べながら、忙しく指を動かした。
「逃げる圧力を想定し、摩擦係数は砂の粒状性をマイナス20に設定」
摩擦力を上げ、さらには自分が戦いやすいように調整していく。
「…よし、これでいい!!」
動きを取り戻したストライクは、素早くバクゥに近寄ると足の間の腹部に膝蹴りを食らわした。これまでそんな攻撃を受けたことがないバクゥは、こらえ切れずにバランスを崩し、キラはさらにその機体を巨大なアグニを使って殴り飛ばした。
アグニはビーム砲だが、知ったことではない。
完全に仰向けになったバクゥの四足が空しく空を掻いている。
ストライクは無情にもそれを踏みつけた。
そしてゆっくりとアグニを構える…完全に無防備になっているパイロットは、コックピットで恐怖に眼を見開いているだろう。
コーディネイターの彼は、死を前に何を考えるのだろうか…キラは引き金に指をかけ、驚くほどためらいなくそれを撃った。
そしてバクゥの機体を足場にして素早く後ろに跳び退る。
バクゥの派手な爆発を見て、指揮官の男もさすがに笑顔が消えた。
その動きが突然よくなったのは、恐らく接地圧を合わせたためだ。
ストライクはバクゥの援護のために飛び回っている戦闘ヘリ…アジャイルも次々と撃墜していった。
「この短時間で運動プログラムを砂地に対応させた…あれが本当にナチュラルか?」
表情の硬くなった彼は、レセップスに打電するよう命じた。
「敵艦を主砲で攻撃させろ!」
もうグズグズはしていられない。
「思った以上に手ごわいぞ、これは」
「アークエンジェルは、やらせない!」
キラは残ったバクゥが向かってくると、バルカンで迎撃した。
(あそこには、守らなきゃいけない人たちがいる…何より、フレイがいる!)
その頃、フレイはこの戦いを後方デッキから静かに見つめていた。
―― ストライクが戦っている…俺のキラが戦っている…
フレイは素肌に上着を羽織っただけのしどけない姿で笑っていた。
「そうだ、守るんだ…あいつらを、みんなやっつけるんだ」
―― そしていつか、キラ…おまえも死んでしまえばいい…
コーディネイターなんか、みんな死んでしまえばいい…
「南西より熱源接近!砲撃です!」
チャンドラが叫んだ。
これまでは中距離でつかず離れずの攻撃をしてきた敵が、しびれを切らしたかついに大物を撃って来た。
「離床!緊急回避!」
ノイマンが歯を食いしばって舵を取り回す。
艦体をかすめた砲がダメージを加え、艦内は大きくかしいだ。
「どこからだ!?」
ナタルが叫ぶ。
「南西、20キロの地点と推定!」
サイが位置を伝えるが、この距離ではアークエンジェルからの攻撃は行えない。
ミサイルを撃つなら誘導がなければ無駄撃ちだ…その時、ハンガーのフラガが通信を開いた。
「俺が行って、レーザーデジネーターを照射する!それを目標にミサイルを撃ち込め!」
しかし攻撃はさらに続く…フラガが策敵に成功したとしても、こちらが攻撃に耐え切れなければ何の意味もない。
それは無意味だと言うナタルに、フラガが怒鳴った。
「やらなきゃやられるんじゃ、やるしかないでしょうが!
「少佐!」
「それまではあたるなよ!」
ついに痺れを切らしたフラガは、武装も何もいらないと言い切ってスカイグラスパーを発進させる事にした。
「さぁ、行くぜ!」
「フラガ機スタンバイ。進路クリア。システム、オールグリーン!」
スカイグラスパーが飛び出すと、すぐに第二波がきた。
「回避!総員衝撃に備えて! 」
「直撃する!?」
マリューが叫ぶと、カズイが恐怖からはぁっと息を吐いた。
ブリッジクルーでさえ、もうだめだと頭を抱えたり、眼を閉じたりしたが、フレイだけはまっすぐに戦場を見つめていた。
(大丈夫…大丈夫だ…そうだろ、キラ)
レーダーが敵艦の発砲を報せ、その軌道がアークエンジェルを捉えている。
(回避は間に合わない…!)
キラは瞬間、かつて感じたあの時のように、熱が体中を駆け巡り、そして急速に冷えて視界がクリアになっていくのを感じた。音が遠くなっていく。
ストライクは敵艦の主砲に向け、ゆっくりアグニを構えた。
(できるかどうかなんて考えない…でも…やるしかない!)
キラは口を結び、正確に敵艦から放たれる連装砲に砲撃を加えていく。
いくつかは逃したものの、ほとんどが見事目標に到達する前に迎撃された。
おかげで何発か着弾の衝撃はあったものの、アークエンジェルの装甲はそれにほぼ完璧に耐えることができた。
CICのナタルは、キラの目視迎撃の正確性に震えた。
自らの実戦経験もあるとはいえ、コンピューターの助けなくして実際に発射された連装砲に対して迎撃などできるものではない。
動体視力、反応速度…どれをとってもヤマトのそれは人間業ではない。
(あれが…コーディネイターの力か)
ナタルは眉をひそめ、唇を噛んだ。
しかもキラはもう一機残ったバクゥに突進すると、再びそいつを蹴り上げた。
先ほどの戦いで相手の弱点が腹であることを見抜き、機動性を奪われればひっくり返った亀のように無防備になることは既にわかっている。
何しろモビルスーツ戦はザフトに圧倒的なアドバンテージがあり、連合は今のところストライクをはじめ5機のモビルスーツしか開発できていない。
つまり逆に言えば、ザフト軍は、「模擬戦ならともかく、実戦ではほとんどの兵がモビルスーツと戦ったことがない」のである。
バクゥのパイロットたちは、えげつないとも思えるこのストライクの戦いぶりに震撼した。むしろ、最初に交戦した相手がストライクだったことは不運と言えるかもしれない。
キラはそのまま無防備になったバクゥの足を持ち上げた。
一体何をする気かと固唾を呑んで見守るブリッジのトールやミリアリアたちの目の前で、ストライクはバクゥを頭の上まで持ち上げると、第三波として放たれた敵艦の艦砲に投げつけたのである。
自軍の砲の的にされたバクゥは、成す術もなく地面に叩きつけられた。
フレイはそれを見て嬉しそうに笑った。
「ほら…大丈夫、あいつが守るんだ。あいつは、俺を守るから」
本気で戦えば、おまえはそんなに強いじゃないか…戦え、もっと戦え!
しかしすべてが順風というわけではなかった。
「あ!ストライクのパワー、危険域に入ります!」
ミリアリアの声にキラもパワーゲージを確認して眼を見張った。
「アグニを使いすぎた!?」
キラは冷静さを取り戻すと、エネルギー消費を抑えるため不要なシステムを次々シャットダウンしていく。
「確かにとんでもない奴のようだが、情報ではそろそろパワーダウンのはずだ。悪いが沈めさせてもらう」
男は残ったバクゥに合図を送った。アグニの直撃で死んだパイロットの敵討ちだと部下たちを煽り、士気を上げる。
飛び出してきた新たな3機のバクゥを見て、さしものキラも驚きを隠せない。
パワーはもう残り少ない。
(こんなところでフェイズシフトダウンなんて…!)
「援護を!アークエンジェル、微速前進!」
マリューは艦砲での援護を命じる。
「危険です!この状況で撃てば、ストライクの装甲もダウンします!」
ナタルにも、先ほどのスレッジハマーがパワーダウンの原因の一つであることはわかっていたが、今はそれを反省する暇もない。
フラガからの打電もなく、孤立無援で絶体絶命のその時、突然砂漠の向こう側から一台の四輪バギーが出てきた。
「何?あれ…」
策敵中のサイが眉をひそめた。
乗員の1人がランチャーを肩に掲げ、バクゥに威嚇攻撃を仕掛け始める。
そして後にも先にも動けず、戸惑うように立ちすくむストライクに伝音銃を打ち込んだ。その手際のよさにブリッジも呆気に取られる。
「そこのモビルスーツのパイロット!死にたくなきゃ、こっちの指示に従え!」
ストライクの機体を通して、キラの耳に若い男の声が届いた。
「そのポイントにトラップがある。そこまでバクゥを誘き寄せられるか?」
キラは伝音筒を伝わってくる声に耳を澄ましていた。
しかしこれは信じていいものかどうかわからない。
「隊長、明けの砂漠のやつらです」
スコープをのぞいていた部下がいう。
「ふぅん」
彼は驚きもせず、面白そうにバギーの連中を見ている。
「地球軍のモビルスーツを助ける気か?敵の敵は味方、ってことなのかねぇ」
その間もバクゥはストライクに攻撃を仕掛けるが、キラは足元をちょろちょろと動き回るバギーを気にして動けず、実弾を受けてはまたエネルギーゲージが減っていく。
(こうなったら仕方がない)
ストライクはバギーが指示したとおり、トラップ・ポイントに向かってジャンプした。もし嘘だったら、これで自分もアークエンジェルも終わりかもしれない。
(でも…今は信じるしかない!)
「よし!」
ゴーグルをかけた金色の髪の男が、見事にポイントに誘導されたバクゥがストライクに襲い掛かる瞬間、手に持ったスイッチを押した。
ストライクはポイントを避けて着地し、その直後にPSダウンを起こした。
一方バクゥはあらかじめ地中に仕掛けられた爆弾の爆発で吹っ飛んだ。
その予想以上のすさまじい爆発に、キラもアークエンジェルの面々も思わず息を呑んだ。そこにはぼっこりと開いた穴だけが残されていた。
バクゥは廃坑に落ちてスクラップのようにくすぶっている。
「やれやれ」
男は散々な結果に苦笑いした。
「撤収する。この戦闘の目的は達成した。残存部隊をまとめろ!」
そして腰に手をあて、ディアクティヴモードになったストライクを眺めた。
「この借りはきっちり返させてもらおう…そう遠くはない時にな」
「フラガ少佐より入電です」
呆気に取られるアークエンジェルのブリッジでは、通信音を聞いてミリアリアが受信し、フラガからの報告を伝えた。
「敵母艦を発見するも、攻撃を断念。敵母艦はレセップス」
「レセップス!?」
その艦名を聞いてマリューが振り返った。
レセップス…コーディネイターながら、地球上での戦いに長け、勇猛で知られるアンドリュー・バルトフェルドの母艦だ。
「敵は、砂漠の虎ということね」
マリューはそう呟き、この戦いが厳しいものになることを改めて悟った。
もう夜中だというのに終わらないスカイグラスパーの整備を、昼間からぶっ続けでやってきたマードックが、とうとう音をあげた。
「あとの調整は、実際に飛ばしてみないとわからねぇですよ」
フラガ少佐がこうしてこだわる時は、大概その後何かが起きる…と思ってつきあってきたが、こうも時間がかかっちゃたまらねぇやとついに観念したのだ。
しかしフラガはまだ不満そうだ。
「そうだなぁ…キラも元気になったし、明日は移動するかもしれんからなぁ…とっとと仕上げたいところだが」
「…少佐、まだやるんですかい」
マードックはため息をつく。
「どうかな?噂の大天使の様子は? 」
しかしいつもどおり、やけに鋭いフラガの勘は当たっていた。
冷え込む砂漠にはうごめく影があり、堂々とした体躯の影が、よく通る太い声で、傍らにいるこれまた立派な体格の影に聞く。
「は!依然、なんの動きもありません」
地上はニュートロンジャマーの影響で、電波状況が悪い。
こちらも目視が一番正確となれば見つけるのは一苦労だが、ひとところに留まって策敵するのはもっと危険なことだった。
「彼女は未だスヤスヤとおやすみ………ん!?!?」
男は湯気を立てるカップを口に運び、その途端緊張した声をあげた。
するともう一人の若い男も緊張した面持ちで「何か!?」と振り返った。
「いや、今回はモカマタリを5%減らしてみたんだがね…こりゃいいなぁ!」
自分が淹れたコーヒーのブレンドがうまくいったと子供のように喜んでいるこの男が、まさか「砂漠の虎」と恐れられるザフトの勇将とは…
(思わないよな、誰も)
若い彼は、はははと苦笑いしながら、この愛すべき上官を見た。
「ではこれより、地球軍新造艦、アークエンジェルに対する作戦を開始する。目的は、敵艦、及び搭載モビルスーツの戦力評価である」
男は部下たちを集め、作戦内容を説明した。
「倒してはいけないのでありますか?」
1人がちゃちゃを入れると、わっと部下たちが笑う。
特殊なモビルスーツを使い、地の利を生かして勝ち進んできた部隊は、士気も高く、結束力も強い。何より作戦を立てる上官への信頼が厚い。
彼らはいつも明るい表情で、上官にも気兼ねなく冗談を飛ばしていた。
「ん~、その時はその時だが…」
男もにやにやして答える。
「あれはあのクルーゼ隊が仕留められず、ハルバートンの第8艦隊がその身を犠牲にして地上に降ろした艦だ。それを忘れるな!………一応な?」
やれたらやってもいいよというゴーサインに、 隊員たちが沸く。
「では、諸君の無事と健闘を祈る!」
「総員、搭乗!」
月の光に浮かび上がったのはバクゥ…TMF/A-802の型番を持つ、四足歩行型モビルスーツである。
今まで楽しげに笑っていた隊員たちは素早く散り、音もなく腹部のコックピットに乗り移ると機体を起動してゆっくりと前進を始めた。
眠る大天使の褥(しとね)へと…
「婚約者だった、ってのも驚いたけどなぁ」
まだ寝ぼけ眼のトールが、ミリアリアと共にブリッジに向かう。
「婚約者じゃないわよ、まだ話だけだって」
2人はたった今、見てはならぬものを見てしまい、その事についてヒソヒソと話をしていたのだった。
それは、フレイの部屋の前で呼びかけるサイの姿だった。
休憩に入ったはずのサイは、フレイの部屋のインターホンを押し、話しかけていた。真夜中の静かな廊下では、いやでもその声と内容が聞こえてしまう。
トールとミリアリアは思わず姿を隠し、つい聞き耳を立ててしまった。
「…フレイ?こんな遅くにごめん。昼間の事なんだけど…でも、あの…2人でちゃんと話す時間がなかなか取れなくて…」
サイは、いつもの才女然としたお姉さんぶりからは想像できないほど、自信なさげに話しかけている。2人が息を潜めて見守っているとも知らず、サイは話し合いたいと説得している様子だったが、いつまでたっても応答はない。
「ね…ごめん、ちょっと起きてくれるかな?」
あまりに無反応なせいかついにサイが声を少し荒げたので、2人はもはやこれまでと目配せし、そっと移動してきたのだった。
「フレイ…変だったわよね」
ミリアリアは彼の様子を思い出しながら言った。
「前はキラのこと…嫌ってたってわけじゃないけど…」
「コーディネイターが嫌いなんだろ」
フレイはキラたちの一級上で、もともとカトーゼミの面々とは接点がない。
けれどフレイたちのグループにはミリアリアとの共通の女友達も多かったので、彼女を通じて噂だけは知っていた。
「校内でもよく見かけてさ。キラ、あの人格好いいよね…って言ってたっけ」
変な風にならなきゃいいけどな、とトールが顔を曇らせる。
ミリアリアは頷きながら、(でもきっと、なるだろうな…)とも思う。
ミリアリアの女の勘も、フラガの勘に負けない鋭さがあった。
「艦の排熱は、ブラックホール排気システムを通じて冷却されるからさ、衛星からの赤外線探査さえごまかせれば何とかなるし…レーダーがあてになんないのは、お互い様だからさ」
交代要員を待ちながら、チャンドラが通信席に座ったカズイに話しかけている。
艦長はじめ4人もいないため、ブリッジはずいぶん広く見えた。
「交代でーす」
「遅いぞ!こら!」
頭を下げて入ってきたミリアリアとトールに、ノイマンが一応怒ってみせる。
「ニュートロンジャマーかぁ…撤去できないんですか?」
まだあと半分勤務時間が残っているカズイが尋ねた。
「無理無理。地中のかなり深いところに打ち込まれちゃっててさ、数もわかんないんだぜ?できりゃやってるよ。電波にエネルギー、影響被害も大きいけどな」
チャンドラが手をパタパタと振りながら答えた。
「でも、核が飛び交う世界よりはいいんじゃない?」
一年前のユニウスセブンへの核攻撃の後、もし核で報復されていたら地球は住めなくなっていたかもしれない。
けれどこのオペレーション・ウロボロスと呼ばれるニュートロン・ジャマー散布敷設作戦により、地上のエネルギー不足は深刻で、続くヤキン・ドゥーエ、カサブランカ、そしてスエズ攻防戦線と地球軍はザフトに大敗を喫することになった。
彼らが今いるここも、そのカサブランカ、及びスエズ攻防戦でザフトが制圧した土地だ。
「おっかない敵がすぐそばまで来てたらどうする~?」
チャンドラは子供たちにおどけてみせた。
「異常はないか?」
「は!異常ありません!」
そんな風に緩みきったブリッジの空気がピッと引き締まったのは、ナタル・バジルールが入ってきたためだった。
「先刻の歪みデータは出たか?」
ナタルはノイマンの元にやってくると、彼にドリンクを差し出しながら聞いた。
「あ、ありがとうございます、少…中尉」
ノイマンは思いもかけないナタルの行為にしどろもどろになった。
さらにナタルがノイマンの肩越しにモニターを覗き込むと、彼女の整った顔が思いもかけず近くに来たので、ノイマンは思わず眼をそらしてしまった。
(まったく…時々変に無防備で困るよ…)
ノイマンはなんとか視線をモニターに定めてそう考えた。
「簡易測定ですが、応力歪みは許容範囲内に留まっています。詳しくは…うわぁ!」
平静を装って測定結果を報告する途中、彼女からもらったドリンクカップから手を離し、それがバシャッと下に落ちたので思わず声を上げてしまった。
もうここは無重量でも低重力でもない…うっかり忘れて手を離してしまったのは、彼女の香りに惑ったせいだ。
ナタルは落ちたカップを拾うと呆れたように言う。
「少尉…いつまでも無重力気分では困るな」
こぼれてはいないようだが、一応点検し、再び彼に渡す。
ノイマンはひどく恐縮し、「すみません」と謝った。
頷いたナタルが再びモニターに眼を落とすと、
そこには色分けされた磁力線が不規則な層を描いていた。
「重力場にまだらがあるな。地下の空洞の影響が出ているのか?」
「なんです、それ?」
副操縦士席に座ったトールがモニターを共有しながら尋ねた。
「戦前のデータで、正確な位置はわからないんだが、このあたりには、石油や天然ガス鉱床の廃坑があるんだ」
つまり、平らかに見えてもその下は穴だらけ…ということだ。
ことに大昔ともなれば、安全な場所を確かめ、データを取りながら掘ったわけではないから、どこに何が隠れているか知れたものではない。
「迂闊に降りると大変なことになる場所だよ」
地球の気まぐれな気候やめちゃくちゃな地形、さらにはそんな複雑な歴史に慣れていないトールは急に不安になって、ミリアリアに聞こえないよう声をひそめて訊ねた。
「ここは、大丈夫なんですか?」
「…ですよね?」
答える代わりに、ノイマンは少し笑ってナタルを振り返った。
ナタルはそんなノイマンのいたずらっぽい顔に、私に聞くなと言わんばかりに眼を逸らしてしまった。ノイマンはくすっと笑った。
(たまに見せるこの人のこういう表情は、嫌いじゃないんだよな…)
そんな風に穏やかだったブリッジが、数分後には様変わりしていた。
「第二戦闘配備発令!繰り返す!第二戦闘配備発令!」
艦内に張り詰めた様子のチャンドラの声が響き渡り、マリューはようやく取れそうだった仮眠を取りやめ、ブリッジへと向かった。
ナタルは早くもCICに立ち、イーゲルシュテルンを起動させている。
途端、案の定レーダーにミサイルの機影が映し出されていた。
アークエンジェルは何者かにレーザー照射され、姿を捉えられていた。
ハンガーのフラガは戦闘準備に入るためコックピットの搭乗準備を始め、マードックは「それ見たことか!」と整備兵たちに指示を飛ばし始める。
(少佐の勘はホントにすげぇや!)
「戦闘配備…行かなくちゃ。ごめんなさい、フレイ。また後でね」
サイもまた、答えのないフレイの部屋を後にして走り出した。
「状況は?」
化粧もそこそこに、襟元のボタンを留めながら艦長席に座ったマリューが、チャンドラに報告を求めた。
「第一波、ミサイル攻撃6発。イーゲルシュテルンにて迎撃」
「砂丘の影からの攻撃で、発射位置、特定できません!」
通信士のカズイが補佐として、策敵ができないことを補足する。
マリューはすぐに第一戦闘配備を発令し、機関始動を命じた。
「フラガ少佐、ヤマト少尉は、搭乗機にてスタンバイ!」
「遅れてすみません」
戻ってきたサイがアンチビーム爆雷の装填と展開準備を始めた。
静かなはずの夜が、急激に血なまぐさいものになっていた。
「フラガ少佐は出られるか?」
迎撃準備の合間に、ナタルはハンガーに通信を入れていた。
どんな時も攻撃と迎撃のバランスを図るのがナタルのやり方だ。
しかし徹夜で整備はしたものの、スカイグラスパーはまだまだ未知数だった。
テスト飛行もしてないのにいきなり実戦なんてと、マードックが渋っている。
「とにかく飛べるようにしてくれって!」
「それが無茶だって言ってんでしょうが!弾薬の積み込みも間に合わねぇし…」
フラガとマードックの押し問答は続き、どうやらまだ戦力としては数に数えられないと悟ったナタルは、ストライクに期待をかけた。
「敵!?」
鳴り響いたアラートに、キラはガバッと起き上がった。
体の痛みもだるさももう残っていない。
そのまま立ち上がると制服に着替え、急ぎパイロットルームに向かう。
「もう、誰も死なせない…死なせるもんか!」
無人の部屋には、青白いモニターの光だけが輝いていた。
「5時の方向に敵影3、ザフト戦闘ヘリと確認」
トノムラが状況を報告する。
ミサイルが接近し、ナタルはフレア弾の散布を命じて迎撃する。
(どこから狙っているのかわかれば、効率のよい攻防ができるものを…)
ナタルはチッと舌打ちした。
その時突然、ブリッジにストライクからの通信が入った。
「敵はどこ!?ストライク、発進する!」
「キラ!?」
キラの言葉にミリアリアは驚いて身を乗り出す。
「待って、まだ…」
何の準備もできていなかったミリアリアは慌てて発進シークエンスをインプットし始めたが、その間にもキラは彼女を急かしている。
「急いで!」
「でも、バジルール中尉からは何の指示も…」
「まだ敵の位置も勢力もわかってないんだ。発進命令も出ていない!」
ようやくナタルが勝手なことを言うキラを叱咤した。
「大体、きみは重力下での戦闘が何たるかもわかってないだろう!」
しかしいつもなら黙りこむだろうキラは引かない。
「何のんきなこと言ってるんだ!」
まるでモニターを叩かんばかりに苛立つキラの声は尖っている。
「いいから早くハッチ開けて!私が行ってやっつけるから!」
「キラ…」
その激しさにミリアリアは戸惑い、言葉を失った。
敵の正体も位置もわからず、フラガの力があてにならない今、ストライクが出ることでそれらがわかることは確かである。
ナタルは仕方なく艦長の判断を仰ぐことにした。
「言いようは気に入らないけど、出てもらう他ないわね」
マリューはいつものキラに似合わぬ不遜で乱暴な物言いに不愉快さを隠せなかったが、今はこれしかないと決断した。
「艦の方では小回りが効かないわ。ストライク、発進させて!」
「ハッチ開放、ストライク発進!敵戦闘ヘリを排除せよ!」
ナタルは努めて平静を装いながらストライクの発進を告げた。
「重力に気を付けろよ!」
最後の言葉は、先ほどから自分も苦労しているがゆえの手向けである。
「カタパルト、接続。APU、オンライン。ランチャーストライカー、スタンバイ。火器、パワーフロー、正常。進路クリアー。ストライク、発進どうぞ!」
ストライクはいつもどおり飛び出したが、機体はいきなり前のめりに傾き、バランスを崩してひどく無様に着地した。
「うぐっ…!」
これが、人工重力のコロニーとは比べ物にならない本物の地球の「重力」の洗礼だった。
「出てきました。あれがX-105ストライクですね」
先ほどから戦況を見つめている若い男が言うと、もう1人が後ろに控えている部隊に命令を下す。
「バクゥを出せ!反応を見たい」
バクゥはゆっくりと起き上がり、無限軌道を動かし始める。
「さて、あの白いヤツに砂漠の戦いを教えてやろうじゃないか、諸君」
キラは砂地の思った以上の柔らかさに戸惑っていた。
その間も戦闘ヘリから攻撃を受け、撃ち返そうにも足場がしっかりしないために照準を合わせることもままならない。
重力、自然、気候…地球とはこんなにも扱いづらいものかと改めて思い知る。
ただでさえアグニを持ったランチャーストライクは重量があり、キラは肩のガンランチャーとバルカンでバタバタと飛び回るヘリを複数ロックして狙ったが、気流の関係なのか、それとも軸となるストライクがしっかりとバランスを保てないためなのか、いつものようには当たらない。キラは唇を噛み締めた。
「当たれ、当たれ、当たれ!!」
さらに間の悪いことに、そこに新たな敵が現れた。
「TMF/A-802…」
サイが新たな機体をライブラリで照会し、熱紋を確認している。
「ザフト軍モビルスーツ、バクゥと確認!」
「バクゥだと!?」
スエズ戦線で投入され、地上戦に特化した四足型モビルスーツ。
機動性と強襲に優れ、地の利があるはずの地球軍を圧倒した機体だ。
「スレッジハマー装填!」
ナタルはそれくらいの威力がなければ、バクゥの足を止めることはできないと判断していた。
「なんだ、これ…バクゥ!?」
キラは歩きにくい砂の上を自在に走り回る機体を見ていた。
四足のその姿は獣を思わせ、高速で回るキャタピラが、動きづらい砂の上で自由な動きを保障する。背中のミサイルポッドを開いて霍乱し、翼のようなビームブレードを展開して、真っ直ぐに向かってきた。レールガンが発射され、ストライクのPS装甲がそれを弾く。
「スレッジハマー、撃て!」
トノムラはナタルの判断に驚いて振り返った。
「ここからではストライクにあたります!」
「PS装甲がある!」
身も蓋もないナタルの言い方にトノムラは「ええ!?」と驚きの声をあげた。
PS装甲は確かに実弾には強いが、受ければその分エネルギー消費も増える。
「で、ですが、中尉…それはヤマトには…」
「命令だ!あれでもどうにもならん!」
それはナタルのキラへの信頼なのか、それとも単に彼女なりの客観的判断で現状を打開するための策なのかはわからなかったが、トノムラはスレッジハマーの発砲準備に入った。
「キラ!避けて!」
ミリアリアが思わず叫ぶ。
(頼むから死ぬなよ!後味悪いからな!)
トノムラは南無三と祈りながらスイッチを押し、スレッジハマーが容赦なくバクゥとストライクに襲い掛かった、
「うぅっ…!」
キラはコックピットで、自軍からの激しい攻撃に耐えた。
しかしおかげでバクゥもダメージを食らい、少し位置を下げたようだ。
(ナタルさん…やってくれる…)
キラはダメージアラートを乱暴にとめながら、不敵に笑った。
「でも、信じてくれたんだって思います!」
キラはバクゥの攻撃をかいくぐりながらOSのパネルを立ちあげた。
「あ~らら、パイロットに優しくない指揮官だな」
男はニヤニヤしながら味方からの無差別攻撃に耐えたモビルスーツを見つめていた。
「なるほどね、傷一つつかないあれがPS装甲とやらか」
スコープで機体をじっくり観察した彼はひゅーっと口笛を吹いた。
「確かにいいモビルスーツだ。パイロットの腕もそう悪くはない。が、しょせんは人型。この砂漠でバクゥには勝てん」
砲撃が終わり、キラはアグニを構えたまま、ガンランチャーとバルカンで応戦した。しかしバクゥの足は止まらず、ストライクはずぶずぶと砂に沈んでいく。
「接地圧が逃げるんなら、合わせりゃいいんてしょ!」
キラは敵と起動したOSをモニターに並べながら、忙しく指を動かした。
「逃げる圧力を想定し、摩擦係数は砂の粒状性をマイナス20に設定」
摩擦力を上げ、さらには自分が戦いやすいように調整していく。
「…よし、これでいい!!」
動きを取り戻したストライクは、素早くバクゥに近寄ると足の間の腹部に膝蹴りを食らわした。これまでそんな攻撃を受けたことがないバクゥは、こらえ切れずにバランスを崩し、キラはさらにその機体を巨大なアグニを使って殴り飛ばした。
アグニはビーム砲だが、知ったことではない。
完全に仰向けになったバクゥの四足が空しく空を掻いている。
ストライクは無情にもそれを踏みつけた。
そしてゆっくりとアグニを構える…完全に無防備になっているパイロットは、コックピットで恐怖に眼を見開いているだろう。
コーディネイターの彼は、死を前に何を考えるのだろうか…キラは引き金に指をかけ、驚くほどためらいなくそれを撃った。
そしてバクゥの機体を足場にして素早く後ろに跳び退る。
バクゥの派手な爆発を見て、指揮官の男もさすがに笑顔が消えた。
その動きが突然よくなったのは、恐らく接地圧を合わせたためだ。
ストライクはバクゥの援護のために飛び回っている戦闘ヘリ…アジャイルも次々と撃墜していった。
「この短時間で運動プログラムを砂地に対応させた…あれが本当にナチュラルか?」
表情の硬くなった彼は、レセップスに打電するよう命じた。
「敵艦を主砲で攻撃させろ!」
もうグズグズはしていられない。
「思った以上に手ごわいぞ、これは」
「アークエンジェルは、やらせない!」
キラは残ったバクゥが向かってくると、バルカンで迎撃した。
(あそこには、守らなきゃいけない人たちがいる…何より、フレイがいる!)
その頃、フレイはこの戦いを後方デッキから静かに見つめていた。
―― ストライクが戦っている…俺のキラが戦っている…
フレイは素肌に上着を羽織っただけのしどけない姿で笑っていた。
「そうだ、守るんだ…あいつらを、みんなやっつけるんだ」
―― そしていつか、キラ…おまえも死んでしまえばいい…
コーディネイターなんか、みんな死んでしまえばいい…
「南西より熱源接近!砲撃です!」
チャンドラが叫んだ。
これまでは中距離でつかず離れずの攻撃をしてきた敵が、しびれを切らしたかついに大物を撃って来た。
「離床!緊急回避!」
ノイマンが歯を食いしばって舵を取り回す。
艦体をかすめた砲がダメージを加え、艦内は大きくかしいだ。
「どこからだ!?」
ナタルが叫ぶ。
「南西、20キロの地点と推定!」
サイが位置を伝えるが、この距離ではアークエンジェルからの攻撃は行えない。
ミサイルを撃つなら誘導がなければ無駄撃ちだ…その時、ハンガーのフラガが通信を開いた。
「俺が行って、レーザーデジネーターを照射する!それを目標にミサイルを撃ち込め!」
しかし攻撃はさらに続く…フラガが策敵に成功したとしても、こちらが攻撃に耐え切れなければ何の意味もない。
それは無意味だと言うナタルに、フラガが怒鳴った。
「やらなきゃやられるんじゃ、やるしかないでしょうが!
「少佐!」
「それまではあたるなよ!」
ついに痺れを切らしたフラガは、武装も何もいらないと言い切ってスカイグラスパーを発進させる事にした。
「さぁ、行くぜ!」
「フラガ機スタンバイ。進路クリア。システム、オールグリーン!」
スカイグラスパーが飛び出すと、すぐに第二波がきた。
「回避!総員衝撃に備えて! 」
「直撃する!?」
マリューが叫ぶと、カズイが恐怖からはぁっと息を吐いた。
ブリッジクルーでさえ、もうだめだと頭を抱えたり、眼を閉じたりしたが、フレイだけはまっすぐに戦場を見つめていた。
(大丈夫…大丈夫だ…そうだろ、キラ)
レーダーが敵艦の発砲を報せ、その軌道がアークエンジェルを捉えている。
(回避は間に合わない…!)
キラは瞬間、かつて感じたあの時のように、熱が体中を駆け巡り、そして急速に冷えて視界がクリアになっていくのを感じた。音が遠くなっていく。
ストライクは敵艦の主砲に向け、ゆっくりアグニを構えた。
(できるかどうかなんて考えない…でも…やるしかない!)
キラは口を結び、正確に敵艦から放たれる連装砲に砲撃を加えていく。
いくつかは逃したものの、ほとんどが見事目標に到達する前に迎撃された。
おかげで何発か着弾の衝撃はあったものの、アークエンジェルの装甲はそれにほぼ完璧に耐えることができた。
CICのナタルは、キラの目視迎撃の正確性に震えた。
自らの実戦経験もあるとはいえ、コンピューターの助けなくして実際に発射された連装砲に対して迎撃などできるものではない。
動体視力、反応速度…どれをとってもヤマトのそれは人間業ではない。
(あれが…コーディネイターの力か)
ナタルは眉をひそめ、唇を噛んだ。
しかもキラはもう一機残ったバクゥに突進すると、再びそいつを蹴り上げた。
先ほどの戦いで相手の弱点が腹であることを見抜き、機動性を奪われればひっくり返った亀のように無防備になることは既にわかっている。
何しろモビルスーツ戦はザフトに圧倒的なアドバンテージがあり、連合は今のところストライクをはじめ5機のモビルスーツしか開発できていない。
つまり逆に言えば、ザフト軍は、「模擬戦ならともかく、実戦ではほとんどの兵がモビルスーツと戦ったことがない」のである。
バクゥのパイロットたちは、えげつないとも思えるこのストライクの戦いぶりに震撼した。むしろ、最初に交戦した相手がストライクだったことは不運と言えるかもしれない。
キラはそのまま無防備になったバクゥの足を持ち上げた。
一体何をする気かと固唾を呑んで見守るブリッジのトールやミリアリアたちの目の前で、ストライクはバクゥを頭の上まで持ち上げると、第三波として放たれた敵艦の艦砲に投げつけたのである。
自軍の砲の的にされたバクゥは、成す術もなく地面に叩きつけられた。
フレイはそれを見て嬉しそうに笑った。
「ほら…大丈夫、あいつが守るんだ。あいつは、俺を守るから」
本気で戦えば、おまえはそんなに強いじゃないか…戦え、もっと戦え!
しかしすべてが順風というわけではなかった。
「あ!ストライクのパワー、危険域に入ります!」
ミリアリアの声にキラもパワーゲージを確認して眼を見張った。
「アグニを使いすぎた!?」
キラは冷静さを取り戻すと、エネルギー消費を抑えるため不要なシステムを次々シャットダウンしていく。
「確かにとんでもない奴のようだが、情報ではそろそろパワーダウンのはずだ。悪いが沈めさせてもらう」
男は残ったバクゥに合図を送った。アグニの直撃で死んだパイロットの敵討ちだと部下たちを煽り、士気を上げる。
飛び出してきた新たな3機のバクゥを見て、さしものキラも驚きを隠せない。
パワーはもう残り少ない。
(こんなところでフェイズシフトダウンなんて…!)
「援護を!アークエンジェル、微速前進!」
マリューは艦砲での援護を命じる。
「危険です!この状況で撃てば、ストライクの装甲もダウンします!」
ナタルにも、先ほどのスレッジハマーがパワーダウンの原因の一つであることはわかっていたが、今はそれを反省する暇もない。
フラガからの打電もなく、孤立無援で絶体絶命のその時、突然砂漠の向こう側から一台の四輪バギーが出てきた。
「何?あれ…」
策敵中のサイが眉をひそめた。
乗員の1人がランチャーを肩に掲げ、バクゥに威嚇攻撃を仕掛け始める。
そして後にも先にも動けず、戸惑うように立ちすくむストライクに伝音銃を打ち込んだ。その手際のよさにブリッジも呆気に取られる。
「そこのモビルスーツのパイロット!死にたくなきゃ、こっちの指示に従え!」
ストライクの機体を通して、キラの耳に若い男の声が届いた。
「そのポイントにトラップがある。そこまでバクゥを誘き寄せられるか?」
キラは伝音筒を伝わってくる声に耳を澄ましていた。
しかしこれは信じていいものかどうかわからない。
「隊長、明けの砂漠のやつらです」
スコープをのぞいていた部下がいう。
「ふぅん」
彼は驚きもせず、面白そうにバギーの連中を見ている。
「地球軍のモビルスーツを助ける気か?敵の敵は味方、ってことなのかねぇ」
その間もバクゥはストライクに攻撃を仕掛けるが、キラは足元をちょろちょろと動き回るバギーを気にして動けず、実弾を受けてはまたエネルギーゲージが減っていく。
(こうなったら仕方がない)
ストライクはバギーが指示したとおり、トラップ・ポイントに向かってジャンプした。もし嘘だったら、これで自分もアークエンジェルも終わりかもしれない。
(でも…今は信じるしかない!)
「よし!」
ゴーグルをかけた金色の髪の男が、見事にポイントに誘導されたバクゥがストライクに襲い掛かる瞬間、手に持ったスイッチを押した。
ストライクはポイントを避けて着地し、その直後にPSダウンを起こした。
一方バクゥはあらかじめ地中に仕掛けられた爆弾の爆発で吹っ飛んだ。
その予想以上のすさまじい爆発に、キラもアークエンジェルの面々も思わず息を呑んだ。そこにはぼっこりと開いた穴だけが残されていた。
バクゥは廃坑に落ちてスクラップのようにくすぶっている。
「やれやれ」
男は散々な結果に苦笑いした。
「撤収する。この戦闘の目的は達成した。残存部隊をまとめろ!」
そして腰に手をあて、ディアクティヴモードになったストライクを眺めた。
「この借りはきっちり返させてもらおう…そう遠くはない時にな」
「フラガ少佐より入電です」
呆気に取られるアークエンジェルのブリッジでは、通信音を聞いてミリアリアが受信し、フラガからの報告を伝えた。
「敵母艦を発見するも、攻撃を断念。敵母艦はレセップス」
「レセップス!?」
その艦名を聞いてマリューが振り返った。
レセップス…コーディネイターながら、地球上での戦いに長け、勇猛で知られるアンドリュー・バルトフェルドの母艦だ。
「敵は、砂漠の虎ということね」
マリューはそう呟き、この戦いが厳しいものになることを改めて悟った。
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制作裏話-PHASE16-
砂漠の虎アンドリュー・バルトフェルドが登場し、ゾイド…ではなく、陸戦用モビルスーツ・バクゥがストライクを苦しめます。
おとなしかったキラが人が変わったように荒々しく戦い、ストライクの鬼神の如き戦いぶりに皆が震撼するという、なかなか盛り上がる話です。
また、サイがいもしないフレイに話しかける姿が涙を誘う本編は、「こんな事くらいで!?」と私を驚かせた「BPO通報」という驚きの状況を生み出した問題回でもあります。別にいいじゃないかこれくらい…
このあたりは不思議な事に、書いている人間にとっては色々と面白いのですが、SEEDで放映を見た事を思い出すと「モタモタしてたなぁ…アスランたちもちっとも出ないし」と思ってしまうんですね。
制作側と視聴側のギャップってこういうところで出るんでしょうね(制作側はまだまだこの程度のストーリー運びで大丈夫と思い、視聴者側はもっとサクサク進めよ!と思う)
しかしストライクの戦いは非常に面白いです。
フリーダム、ジャスティス、インパルス、デスティニーなど色々なバトルシーンを書きましたが(それがうまい下手は置いといて…)、書いていて一番楽しいのは間違いなくストライクですね。PSダウンというアドバンテージと同時に、時間制限という制約に縛られ、力だけのごり押しではダメで、知恵を使わなければ勝てないというのがまずいいですし、ファーストガンダム同様「飛行できない」というのもいいです。SEEDはナタルによる対艦戦といい、こういう点は本当に面白かったと思います。
逆デスの最終回まで生き残ったノイマンとチャンドラについてはかなり出番を多くしています。(意外とトノムラも出番多いです。便利なキャラです)
ミネルバ側が、描写しようにもマリクもバートもチェンも名前だけでセリフがない事に比べると、アークエンジェルの乗組員はセリフも多いし恵まれてますね。
キャラデザの平井画伯のひょろ画だと虎もダコスタも華奢な少年体型ですが、私の中では虎は長身でガタイがよく、ダコスタはそれ以上にガッチリしているという設定です。過酷な砂漠での戦闘に耐えるならそれくらい頑健でマッチョでないと困るので。
そしてカガリがゲリラ戦に参戦します。
本編のこの「オーブの姫が砂漠でゲリラ戦をしている」というムチャクチャな設定はあまりに無理やりすぎてうんざりしますが、逆種は本編準拠なので仕方がありません。
戦うのではなく、中立国出身者らしく難民キャンプのボランティアとかにできなかったのか…それで戦闘に巻き込まれていけば、アスランとの出会いももっと早く描けただろうにとつくづく思います。
バルトフェルドの名を最後まで出さない、本編ではベッドで笑っていただけのフレイと違い、逆転のフレイは戦闘を見守りながら高笑いするなど、それなりの演出も加えています。
特にフレイについては、しどけない姿で呆けたように笑っていた本編が女性ゆえの「喪失」を意味しているのに反し、逆転では男性ゆえに「付与」を象徴しています。
おとなしかったキラが人が変わったように荒々しく戦い、ストライクの鬼神の如き戦いぶりに皆が震撼するという、なかなか盛り上がる話です。
また、サイがいもしないフレイに話しかける姿が涙を誘う本編は、「こんな事くらいで!?」と私を驚かせた「BPO通報」という驚きの状況を生み出した問題回でもあります。別にいいじゃないかこれくらい…
このあたりは不思議な事に、書いている人間にとっては色々と面白いのですが、SEEDで放映を見た事を思い出すと「モタモタしてたなぁ…アスランたちもちっとも出ないし」と思ってしまうんですね。
制作側と視聴側のギャップってこういうところで出るんでしょうね(制作側はまだまだこの程度のストーリー運びで大丈夫と思い、視聴者側はもっとサクサク進めよ!と思う)
しかしストライクの戦いは非常に面白いです。
フリーダム、ジャスティス、インパルス、デスティニーなど色々なバトルシーンを書きましたが(それがうまい下手は置いといて…)、書いていて一番楽しいのは間違いなくストライクですね。PSダウンというアドバンテージと同時に、時間制限という制約に縛られ、力だけのごり押しではダメで、知恵を使わなければ勝てないというのがまずいいですし、ファーストガンダム同様「飛行できない」というのもいいです。SEEDはナタルによる対艦戦といい、こういう点は本当に面白かったと思います。
逆デスの最終回まで生き残ったノイマンとチャンドラについてはかなり出番を多くしています。(意外とトノムラも出番多いです。便利なキャラです)
ミネルバ側が、描写しようにもマリクもバートもチェンも名前だけでセリフがない事に比べると、アークエンジェルの乗組員はセリフも多いし恵まれてますね。
キャラデザの平井画伯のひょろ画だと虎もダコスタも華奢な少年体型ですが、私の中では虎は長身でガタイがよく、ダコスタはそれ以上にガッチリしているという設定です。過酷な砂漠での戦闘に耐えるならそれくらい頑健でマッチョでないと困るので。
そしてカガリがゲリラ戦に参戦します。
本編のこの「オーブの姫が砂漠でゲリラ戦をしている」というムチャクチャな設定はあまりに無理やりすぎてうんざりしますが、逆種は本編準拠なので仕方がありません。
戦うのではなく、中立国出身者らしく難民キャンプのボランティアとかにできなかったのか…それで戦闘に巻き込まれていけば、アスランとの出会いももっと早く描けただろうにとつくづく思います。
バルトフェルドの名を最後まで出さない、本編ではベッドで笑っていただけのフレイと違い、逆転のフレイは戦闘を見守りながら高笑いするなど、それなりの演出も加えています。
特にフレイについては、しどけない姿で呆けたように笑っていた本編が女性ゆえの「喪失」を意味しているのに反し、逆転では男性ゆえに「付与」を象徴しています。