Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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戦いが続き、長かった砂漠の夜が明けると、アークエンジェルを取り囲む人の数も増えてきた。
彼らは「明けの砂漠」と呼ばれるレジスタンスである。
民族の自由のために蜂起し、彼らの住む土地を統べる国家、資源を狙う侵略者、内戦に明け暮れるゲリラ軍、そして接収や協力を強いる地球連合軍と、長きに渡り戦ってきた。
今はその戦うべき相手がたまたま「砂漠の虎」であるだけで、彼らが望む自由はまだ手に入らない。長すぎる戦いは彼らを疲弊させ、精神も神経も擦り切らせ、もはやこの戦いが一体何のための戦いだったのかすら、あやふやになっている…
ただ皆、一様に「自由を!」と口にするだけなのだ。
マリューは制帽をかぶり、彼らとの会合に臨む事にした。
副官であるナタル、パイロットであるノイマンたちは艦内で銃を構えたまま不測の事態に備えて待機している。
マリューの護衛はトノムラとフラガだ。
「やれやれ、こっちのお客さんも一癖ありそうだな。…俺、これはあんまり得意じゃないんだけどね」
そう言いながら銃を構えてみせるフラガに、マリューは微笑む。
(背中を任せられるからこそ、私が出て行けるんですよ、少佐)
サイやミリアリアはブリッジにとどまっていたが、トールはパルやチャンドラと共にアークエンジェルのハッチ付近で銃を構えていた。
その時、艦内からフレイが外の様子を見に来たことに気づいて、彼に「危ないから」と、もっと奥に入っているよう合図する。
しかし結局フレイは戻らず、トールの傍まで来て外を窺った。
キラはPSダウンしたストライクから彼らの様子を見守っていた。
武器を携帯してはいるが、アークエンジェルの皆に銃を向ける様子はない。
その時、キラの眼はモニターに映る1人の少年を捉えた。ボサボサの金色の髪、ゴーグルに隠れた大きな眼…
(この人…どこかで…)
「助けていただいた、とお礼を言うべきなのでしょうか。私は地球軍第8艦隊、マリュー・ラミアスです」
挨拶をしたマリューに、「第8艦隊ってのは、全滅したんじゃなかったっけ?」と横槍が入った。
マリューはギロリと声の方向を睨み、同時に、既にこんなところまで情報が流れていることに驚いた。
がっちりした体格のバンダナを巻いた髭の男が、サイーブ・アシュマンだと自己紹介した。
「地球軍の新型特装艦アークエンジェルだろ」
彼はフラガの功績のみならず、アークエンジェルがクルーゼ隊に追われてきたことまでも知っていた。
見かけによらず大した情報網を持っているらしい。
サイーブは言う。
「で、あそこにあるモビルスーツが…」
「X-105。ストライクと呼ばれる、地球軍の新型機動兵器のプロトタイプだ」
後を引き継ぎ、人垣の後ろから出てきた少年がいた。
意志の強そうな美しい琥珀色の瞳の少年は、砂だらけの顔で不敵に言う。
サイーブは、これで互いの正体がわかって何よりだ…と皮肉をいい、さっそくだが本題に入ろうと提案した。
「ただし、その前に後ろにいるあんたらは銃を下ろし、モビルスーツのパイロットもコックピットから下ろすこと。そいつが条件だ」
マリューは、とりあえず彼らにこちらへの敵意がないと判断した。
彼らの当面の敵は「砂漠の虎」であり、むしろこんなところにザフトに追われるお尋ね者が降りてきた事は迷惑でさえある。
とはいえ我々は今のところ彼らとは敵対していない地球軍であり、「砂漠の虎」がつけ狙い、彼の射程に入る敵であるならば…
(利用価値があるんじゃないか…と思ってるってことだものね)
「ヤマト少尉、降りてきて」
マリューはインカムに手を添えると、キラに声をかけた。
キラはコックピットを開くと、アンカーロープに掴まって砂漠へと降りる。
柔らかい砂…この見渡す限り広大な土地、すべてがこんな砂なのかと、キラは改めて地球の光景に心を奪われた。
一方このキラの姿に、当然ながらレジスタンスは大きくざわめいた。
「まだ子供じゃないか」
「しかもこんな女の子がパイロットだと!?」
肝が据わったように見えるサイーブも、さすがに眼を見張っている。
砂漠で大きな影となって立っていた大男は、人垣のかなり後ろで静かに佇んでいたが、ストライクとパイロットを見る眼光は鋭い。
「あっ!?おまえ…」
そんなざわめきの中で、素っ頓狂な声が響き渡った。
まるで見世物にでもなっているようで居心地が悪かったキラがその声の方に顔を向けると、それはさっきの金髪の少年だった。
少年はキラに駆け寄って「おまえ、生きてたのか!?」と言う。
「え?あの…」
キラは驚いて言葉もなく、アークエンジェルの面々もレジスタンスの連中も声も出せずあっけにとられている。
しかし少年はすぐにまた険しい顔つきになると、ストライクを見上げた後、キラに詰め寄った。
「おまえ…おまえがなぜあんなものに乗ってる!?」
やがてキラははっと気づいた。
「あ、きみ…あの時モルゲンレーテにいた…!」
彼はあの襲撃の日に、ヘリオポリスで出会った少年だった。どこかで会ったことがあると思ったのは、間違いではなかった。
「そうか、よかった!無事だったんだね!」
キラは次の瞬間、嬉しくて思わずその手を握ってしまった。
「…なっ!!」
今度は少年がキラのいきなりの行動に驚き、固まってしまう。
そして「は、離せよ、このバカ!」 と叫ぶとキラの手を力一杯振りほどいた。
キラはきょとんとして彼を見つめ、彼もあれ?というようにキラを見ている。
そして、それがあの時と全く同じ状況だと気づくと、2人は思わずぷっと笑い出した。
「何なんだ、一体…」
このわけのわからない光景に、フラガがあきれたように呟く。
ひとしきりの騒動ですっかり毒気を抜かれた両者は、会合を終え、ひとまずアークエンジェルとストライクを隠すスペースもあるという「明けの砂漠」のキャンプに誘導されることになった。
目の前で繰り広げられた再会劇には驚いたけれど、あの少年がキラと知り合いらしいというだけで、アークエンジェル側の空気が和む。
けれどただ1人…キラの傍に立つ少年を射抜くように見つめている眼があった。
やがてフレイは眼を逸らし、音もなく艦内へと消えて行った。
「気をつけてください。バレますよ?」
ゆっくり前進を始めたアークエンジェルを横目に見ながら、バギーに乗ったゲリラ風の大男が、金髪の少年になにやら説教をしていた。
「あなたはすぐにまわりが見えなくなる」
目立つようなことをして欲しくないのに、どうやらこの少年は自制による行動の抑制が利かないらしい。
「わかってるよ、うるさいなぁ」
そう言いながら、アークエンジェルを見つめる少年の眼は厳しかった。
(こんなもの…くそっ、親父め…!)
ぞろぞろと引き連れられた地球軍の制服を見て鼻白む連中もいたが、サイーブはかなり力のあるリーダーらしく、誰も逆らわなかった。
アークエンジェルは谷に入る広場のような空間でシートをかけるというえらく前時代的な方法でカモフラージュされることになり、マリューたちはサイーブに率いられ、さらに奥まった場所のレジスタンスのキャンプ地まで案内されていた。
「ひゅー♪」
「こっち向いてくれよ、ぺっぴんさん」
女日照りの若僧どもがマリューとナタルにちょっかいをかけると、マリューはにっこり笑って手をふったりして軽くいなすのに対し、ナタルはわき目もふらずに前進あるのみ。しんがりのフラガは女2人の対応に性格が出ていることが可笑しくて仕方がない。
「ひゃー、こんなとこで暮らしてるのかぁ…」
レジスタンスの基地は大きな峡谷の中にあった。
狭い入り口、入り組んだ内部、上空からも狙いにくい狭い谷間。
まさに自然の要塞といえたが、岩だらけで無味乾燥な場所である。
レジスタンスたちは、周辺の街…タッシル、ムーラン、バナディーヤから、街に家族を置いたままここで暮らし、抵抗運動を続けているのだという。
その頃キラは、トールやカズイと共に、アークエンジェルにシートをかける力仕事に忙しかった。トノムラやチャンドラの指示に従いながら、なんとか全体が隠れると、トールたちは次の仕事のために艦内に戻り、キラはしばし休憩を取ろうと岩の上に座った。
どこまでも砂だけの砂漠。
そしてここは見渡す限り険しい岩ばかり。
(地球はすごいな)
キラは吹き抜ける熱い風にふぅとため息をついた。
地面に足をついたら、本当に地球に来たという気がした。
ヘリオポリス、アルテミス、コペルニクス…人工的な地面とは違う感じがする。
地球にはもうあまりコーディネイターは住んでないと言われているが、中立の国もあるから、決してゼロではない。
(ナチュラルばかりの地で生きているコーディネイターは、どんな景色を見ているんだろう…)
キラは漠然と地球に住む同胞たちに思いを馳せた。
(ねぇアスラン…重力とか、自然とか、気流とか、気候とか、地球はすごい。でも、随分遠くへ来ちゃった気がするよ)
そんな風にキラが景色に眼をやっていると、あの少年がやってきた。
「さっきは…悪かったな。叩くつもりはなかった」
一応、キラの手を振りほどく時に軽く叩いた事を謝っているらしい。
「あれは…はずみだ。えーと…まぁ、許せ」
偉そうな物言いがやけに子供っぽくて、キラはふふっと笑った。
ラクスといい、最近はなんだか変な男の子に会うことが多いと思いながら。
「何がおかしいんだ?」
「だって…」
キラは、自分こそ急に手を握ったりしてごめんと謝った。
「きみが無事だったとわかって、嬉しかったから、つい…」
内向的なところのあるキラは、いつもなら自分から人に触れる事などしないのだが、低軌道戦闘でたくさんの人が死んだばかりでもあり、自分も大気圏突入で死に掛けたせいなのか、気づかないうちにどこかナイーブになっているようだ。
もしかしたら誰かと触れ合いたい、という思いもあるのかもしれない。
彼は事情が飲み込めないながらもふーんと頷くと、神妙に言った。
「ずっと気になってたんだ。あの後…おまえはどうしたんだろうって」
「うん…」
2人はしばらく何も言わなかった。
お互いにあの時の事を思い出していたのかもしれない。
「でも無事でよかった」
やがて同時に同じ言葉を口に出し、2人ともまた笑ってしまう。
(この人は、こんな風に笑うんだ…)
ヘリオポリスで会った時は、なんだかずっと怒ってるみたいで怖かった彼の笑顔に、キラは少しほっとしていた。
「なのに、こんなものに乗って現れようとはな」
少年は不恰好なシートに隠された戦艦を見ながら言う。
「こんなもの」とは、戦艦のことなのか、ストライクのことなのかはわからない。
「おまけに、今は地球軍か?」
少年がしげしげとキラが着ている地球軍の制服を眺める。
(階級は少尉…一体何があったんだろう、こいつに…)
「いろいろあったんだよ」
「…え」
まるで自分の質問がわかったかのようにキラが言うので少年はぎょっとした。
(本当にいろいろあった…あり過ぎるくらいに…)
キラは黙り込んだ。
(きみと別れてから、長い長い旅をしてきて、たくさんの戦いを乗り越えた)
あの時、2人とも無事にシェルターに入れてたら、今こうしてここで出会う事もなかったのだろう。
「きみこそ、なんでこんなところにいるの?」
彼はしんみりと語るキラの言葉を黙って聴いていたが、キラのいきなりの質問に今度は自分の眼が泳ぎ始めた。
「オーブの子じゃなかったの?」
「あー、いや…」
少年は不自然にごにょごにょと語尾をごまかしたが、キラは少し不思議そうな顔をしただけで、それ以上は聞かなかった。
「彼は?」
フラガがさっきの少年…いきなりキラに詰め寄った彼について聞く。
「俺たちの軍神」
サイーブはチラリとフラガを見、ボソッとつぶやく。
へぇ、とフラガはさらに面白そうに聞く。
「名前は?神さまじゃ、知らなきゃ悪いだろ?」
サイーブはうるさそうな顔をしたが、答えないのも不自然と思ったのか、「カガリ・ユラだ」と答えた。
「ふーん…カガリ・ユラ、ね」
(ストライクの型番から経歴まで知ってたり、砂漠の民らしからぬ肌の色といい、何者なんだろうねぇ)
「あんたたちは、アラスカに行きてえってことだよな」
サイーブはフラガの疑問には気づかないフリをしながら、埃だらけの紙の地図をごそごそと開いた。
「ここいらは確かにザフトの勢力圏内だが、だからといってどこにでもザフト軍がいるってわけじゃねぇ」
マリューたちは彼の口からアフリカ南部のビクトリア宇宙港が陥落したことを知った。
マスドライバーのある宇宙港はこれでカオシュンと併せて二つも制圧されてしまったことになる。
残るは中立国オーブと大西洋連邦勢力圏のパナマだけだが、中立国は立場上、数に数えられないので、連合はパナマのみで宇宙の連中に補給物資を送らなければならなくなったのだ。
しかも今は血のバレンタインの一周忌…ザフトの士気は上がる一方だ。
「ここ、アフリカ共同体は元々プラント寄りだ。頑張ってた南部の南アフリカ統一機構も、遂に地球軍に見捨てられちまったんだ。ラインは日に日に変わっていくぜ?」
日々変わる戦況がどう傾くかはまさしく時の運…アフリカは今も昔も翻弄される土地なのだ。
「ザフトも地球軍も同じさ。どっちも俺たちから奪いに来るだけだ」
サイーブはアラスカまでの道を探そうと地図を睨みながら、アークエンジェルの機動性について尋ねた。
「あの艦は、大気圏内ではどうなんだ?」
「ホバー飛行は可能だけど、高い山脈を越えるほどの上昇はできないわ」
「山脈が越えられねぇってんなら、あとはジブラルタルを突破するか…」
「この戦力で?無茶言うなよ」
フラガが悲鳴のような声をあげた。
「カーペンタリアと並ぶ地球最大のザフト基地をどうやって抜けるんだ!キラが10人いたって無理だろう」
「少佐」
大げさに驚いてみせるフラガをマリューがたしなめたが、その瞬間2人ともふと計算してしまった。
(…無理かな?)
そんな彼らの思惑に何となく気づいたナタルは、呆れたように首を傾げた。
その話題のジブラルタルでは、アプリリウスからの通信に聞き入る2人の赤服の姿があった。モニターの向こうのクルーゼは彼らをねぎらっている。
「両名とも、無事にジブラルタルに入ったと聞き、安堵している。先の戦闘では御苦労だったな」
「死にそうになりましたけどね」
ディアッカが皮肉っぽく言ったが、自業自得の失敗を皮肉っても何の意味もない。
しかしデュエルとバスターの破損は思った以上に深刻だった。
コックピットの温度上昇はかなりのもので、ジブラルタルの整備班からは「早急に改良の必要あり」と判断されていた。
兄弟機のストライクに比べるとやや装甲が薄いデュエルなど、実際、アサルトシュラウドがなかったらどうなっていたかわからないほどだ。
クルーゼは2人を戻さず、そのまま地上で足つきを追うよう命じた。
今現在足つきに一番近く、接触している地上駐留部隊が判明し次第、そちらと話をつけてきみたちを派遣するので、以後は指示に従うようにと告げる。
「無論、機会があれば討ってくれてかまわんよ」
通信が切れると、隊長と連絡が取れたらすぐにでもプラントに帰れると思っていたディアッカが、不満げにブツクサ言い始めた。
「宇宙には戻ってくるなってこと?俺達に駐留軍と一緒に、足つき探して地べたを這いずり回れって言うのかよ。あん?」
ソファに体を投げ出し、ディアッカは両手を広げて不満をぶちまけた。
清潔で全てが規則正しく、完璧に管理された環境のプラント育ちの彼にとって、自由気ままなこの星の「自然」は、会った事もないじゃじゃ馬娘のようだ。
「ただでさえこの重力ってのはまとわりつくように重くてウザいのに、海だの砂だの山だの…地球ってのはどうも性に合わないんだよねぇ」
けれど全く反応のないイザークをいぶかしみ、ディアッカは振り向いた。
「おい…イザーク?」
黙りこくったまま彼方を睨みつけていたイザークは、突然しゅるしゅると包帯を取った。いつもきちんとセットしているプラチナの髪は乱れたままで、包帯の取れたその下には、顔半分にざっくりと醜い傷痕が残っていた。
ディアッカはその思った以上に大きく残った傷に驚き、息を呑んだ。
「機会があれば…だと?」
傷を受けた時のあの痛み…そして大気圏に突入した時の剥き出しの傷がじりじりと灼ける痛み…
(忘れるものか)
イザークは包帯を握り締め、傷の引き攣れを感じながら眉をひそめた。
「討ってやるさ!次こそ必ず!…この俺がなっ!!」
ディアッカは彼のその執念に、背中がヒヤリと冷たくなった。
穴が開くほど地図を眺めても、易々と抜けられそうな道がない。
あとは紅海からインド洋、そして太平洋へ抜ける大洋コース。
しかし身を隠す場所もない太平洋で航行を続けるには条件がある。
「補給路の確保なしに、一気にいける距離ではありませんね」
ナタルは厳しい現実をつきつけた。
ここと同じくザフト勢力圏の大洋州連合下の国々では、彼らが補給を受けられるような地球軍基地がないのだ。
カオシュンが落ちて以来、ザフト勢力圏はインド洋まで広がっていた。
ああでもないこうでもないという話を聞きながら、サイーブが苦笑いする。
「おいおい、気が早ぇな。もうそんなとこの心配か?」
そう言われて3人はふと思い至る。
「ここ!バナディーヤにはレセップスがいるんだぜ?」
すなわち、紅海に抜けるにはレセップス…砂漠の虎を突破しなければならないってことだよと、サイーブはバナディーヤをどんと叩いて指す。
「ああ、頑張って抜けてって、そういうこと?」
フラガは「だよねぇ…」と笑い、前途多難を見越してマリューもナタルも思わずため息をつくのだった。
「ダコスタです」
ちょうど同じ頃バナディーヤでは、砂漠にいた若い赤毛の男が隊長の部屋のドアを叩いていた。
「うっ…」
彼は部屋に入ると、立ち込めるコーヒーの香りに鼻を押さえた。
決して悪い香りではないのだが、あまりにも強すぎて酔いそうだ。
前々からコーヒーを淹れるなら換気してくださいといくら頼んでも、隊長…アンドリュー・バルトフェルドはどこ吹く風である。
慌てて窓を開けるダコスタが来たのは、出撃準備が完了した事を伝えるためだ。
「あんまりきついことはしたくなかったんだけどね。ま、しょうがないか」
自身の立てた作戦を決行するとはいえ、やや気が乗らない風のバルトフェルドは、おどけたように答えた。
とはいえバクゥ5機をほとんどやられ、戦死者も出したとあれば、部下たちの手前黙って引き下がるわけにもいかない。
「大天使を引きずり出すには、ヤツらと組んだレジスタンスに仕掛けるのが一番効果的だからね」
そう言って彼は淹れ立てのコーヒーを口に運んだ。
「んー、いいねぇ。今度のには、淡い粉を少し足してみたんだが、これもいい」
さて、アークエンジェルとレジスタンスはどんなブレンドになったのかな…バルトフェルドは少し楽しそうに笑った。
夜が更け、また冷え込んできたキャンプでは、あちこちで焚き火が炊かれた。
ミリアリアやトールは目の荒い毛布に包まりながら、火の周りでレジスタンスが提供してくれた食事を食べていた。
この地の郷土料理はお世辞にも美味しいとはいえなかったが、味気のないアークエンジェルの出来合いよりはマシだった。
「おお、また何やってんだ?」
マードックが暗闇の中で光っているストライクのコックピットに気づき、キラに声をかける。キラは忙しなくモニターに触れ、キーを叩いていた。
「昨夜の戦闘の時、接地圧いじったんで、その調整とかです」
砂地、荒地、草地、岩石地…色々なデータを入れてバリエーションを試してみる。
「ストライク、万全に動けるようにしておきたいんです」
「ほぉ、なるほどね。便利なパイロットだよな、おまえって」
マードックが感心したように言った。
「本来なら整備兵やエンジニアと相談しながらやるところを、全部1人でこなしちまうんだからな」
「はぁ…」
「さすがはコーディネイターだ。やる気があって結構結構!」
嬉しそうに笑いながら、「頑張れよ」と言い残してマードックは去っていった。
キラはぶすっとしながらその後姿を見送っている。
(やらなきゃどうしようもないじゃないか…私が頑張って、強くなかったら、この艦は…!)
そう考えて、ほっと息をついた。
気持ちがトゲトゲしくなっていることは、自分でもわかっている。
(誰も私の代わりに戦ってくれない。ううん、戦えない…)
ストライクのモニターパネルが光り、キラの哀しげな表情を照らした。
(この艦を守れるのは私だけ…だから、私はやらなくちゃ…)
「だって、フレイと約束したんだもの。彼の代わりに戦うって」
フレイ…そう呟きながら、キラは彼のぬくもりを思い出そうとするかのように、
自分で自分の腕を抱き締めた。
「もう寝静まる時間ですね」
砂漠の夜は思う以上に早い。
先日の大敗やメイラムたちの死に意気消沈している部下たちに、これは大天使ともう一戦交えるための前哨戦なのだと励まし、タッシルの街が見張らせる場所に陣を取ったバルトフェルドは作戦決行の時刻を待っていた。
街は静かに眠りにつきつつある。
「そのまま永久に眠りについてもらおう」
後ろの闇から聞こえてきたその冷たい言葉に、ダコスタは思わず振り返った。
「…な~んてことは言わないよ、僕は」
しかしすぐににやりと笑っている上官の顔を見て「隊長」とため息をついた。
「冗談だよ。戦果は最大限に、被害は最小限に、だ。警告15分後に、攻撃を開始する。ほら、早く行ってきたまえ!」
バルトフェルドはバシンと、ダコスタの硬い筋肉質の尻を叩いた。
「いっ…はいぃっ!」
走り出したダコスタを見送り、バルトフェルドはポットに入れたコーヒーをカップに注いだ。
(ちゃんと逃げるんだよ、タッシルの諸君。こんなところで死ななくて済むようにな)
ちょうどその頃、カガリ・ユラはキラを探していた。
昨夜の戦闘で、脱輪や爆発で軽い怪我や火傷をした連中に手当てをしてやっていたら、すっかり時間を食い、夜になってしまった。
「地球軍のヤツらなら、焚き火の傍で飯食ってたぜ」
そう教えてもらったのだが、砂漠の夜は何しろ冷える。
あちこちで火が焚かれていて、彼女がいる場所がどれなのかわからなかった。
(ちぇっ。あいつの名前、また聞くの忘れた)
探してる途中、アフメドに飯に誘われたのだが、「あいつともうちょっと話したいことがあるんだ」と断った。アフメドはそれを聞いてあからさまに不満顔になり、「なんだよ、おまえ、あんなガキに惚れたのか?」とふてくされていた。
カガリは体の小さな彼のことを思い出して笑った。
(自分はもっとガキのくせに。第一、そんなわけないだろ)
カガリははじめ男と間違えたキラを思い出したが、今回は笑った顔やしぐさがちゃんと女の子だったと思い直し、なんとなく照れたように口を尖らせた。
(そりゃ、まぁ…笑うとちょっと…可愛いけどさ…)
きょろきょろしていると、何やら若い男女の話し声が聞こえる。
カガリは(あの地球軍のやつらかな?)と思って何気なく近づいた。
「ねぇ、待って、フレイ!そんなんじゃわからない…」
「サイ、もういい加減にしてくれないかな。話は終わったろ?」
しかしそれは彼が探していた彼女ではなく、背の高い赤毛の男とメガネをかけた女の子が何やら揉めている場面だった。
「だってわからないもの…お願い、ちょっと待って!」
(あ、あいつ…)
ところがその時、カガリが探していた少女がちょうど通りかかかったのだ。
彼は咄嗟に彼女に声をかけようとしたのだが、赤毛の少年が足早にキラの元に向かったので、振ろうと思って挙げかけた手の行き場がなくなってしまった。
「キラ!」
ところが次の瞬間、赤毛の彼が彼女を抱きしめたのだ。
それを見たカガリは驚いて思わず岩陰に隠れてしまった。
「…フレイ!?」
キラも驚いてフレイを見上げたが、フレイの向こう側にサイが呆然と立ちすくんでいる姿を見て、さらにその身を硬くした。
(サイ…!)
「フレイ…?あなた………ねぇ、何?どういうこと?キラ…?」
サイは震える声で抗議する。
必死に理性を保とうとするその姿は痛々しい。
「ねぇ、フレイッ!キラは…関係ないでしょ!?今は私と話を…」
フレイはキラを抱いたまま振り返った。
「関係なくないよ、サイ。俺…キラが好きだから…一緒にいたいんだ」
(…!?)
キラはその言葉に思わず赤くなったが、フレイは告白を続けた。
「ずっと一人ぼっちで俺たちのために戦ってきたキラのこと、俺はすごいなって思ってるし、俺なりに守りたいって思ってる」
サイは真っ青な顔で唇を噛み締めている。
カガリもまた出るに出られず、巻き込まれた修羅場から動く事ができない。
「言ったろ…きみにはもっとふさわしい男の方がいいって」
フレイはサイを見て苦笑した。
「俺、ホントにダメなヤツで…サイには甘えてばっかりでごめん。でも、自分の気持ちに嘘はつけない」
フレイは殊勝な事を言いながら、はっきりとサイに別れを宣言する。
「俺はキラが好きなんだ…サイ、きみよりも」
キラはフレイの腕につかまって目線を落とし、晩生なカガリはまさかの三角関係に呆然とするばかりだった。
けれどサイは気丈に彼らに近づいた。
「話し合いは…終わってないわ、フレイ…」
彼女がよろけるように歩いてくる。
「サイ…わかってくれよ」
うんざりしたようにフレイが言うが、サイは首を振った。
「わからないわよ!どういうことなのか説明してよ!」
「もうやめてよ、サイ!」
突然キラが叫んだので、サイはもちろん物陰のカガリもビクッと跳ね上がった。
「キ…ラ?」
「どう見ても、断ってるフレイをサイがしつこく追いかけてるようにしか見えない…もう…やめたら?」
この時、先ほどからの騒ぎとキラの叫び声を聞いて、トール、ミリアリア、カズイも駆けつけてきた。
「キラ?サイ!?」
トールが口を開くと、ミリアリアが慌てて彼を引き止めた。
(ほら、やっぱりこんな事になっちゃった…)
ミリアリアは自分の悪い予感の的中に固唾を飲む。
誰もがこの気まずい光景を前に、言葉ひとつなかった。
「なに…なんですって…?キラ…」
サイの頭にカッと血がのぼる。
「あなた…あなた、私に向かって…何を言ってるの?」
「ごめん、昨夜の戦闘で疲れてるの。もうやめてくれない?」
皆の驚きにかまいもせず、キラはため息混じりにそう言い捨てると、そのまま踵を返した。フレイはキラの肩を抱きながら、それに従って歩き出す。
「何よっ、キラッ!あんた…」
突然、サイはキラめがけて走り出し、2人を引き離そうとした。
「よせ、サイ!」
しかしフレイが庇うより早く、キラは自分の肩に掴みかかろうとするサイの腕を振りほどいた。その勢いがあまりに強かったため、サイは勢い余ってよろけ、メガネがかちゃんと地面に落ちた。そのあまりにも凄まじい状況に場が凍りつく。
「やめてよ。本気でケンカしたら、サイが私にかなうはずないでしょ?」
フレイは尻餅をついて呆然とするサイの姿を冷ややかに見ていた。
(バカなことを…きみはそんな事をする子じゃないのに)
そしてキラの肩を抱く手に力をこめる。
(俺は選んだんだ。きみじゃなく、コーディネイターのキラ・ヤマトを)
「フレイは…優しかったの…ずっとついててくれて…抱きしめてくれて…私を守るって…」
迸った感情が、キラの口からどっとあふれ出た。
フレイは「キラ…もういいよ」と囁く。しかしキラの感情は止まらなかった。
「私がどんな思いで戦ってきたか、誰も気にもしないくせに!!」
キラのこの様子を見て、サイは乱れた髪を直そうともせず、眼を見開いていた。
(おとなしくて、頼りなくて、妹みたいだったキラ…)
キラは涙を浮かべ、フレイは彼女を慰め続けている。
(そのキラが…私をぶって…私の婚約者を…奪った…?)
その時、カガリははっと気づいた。
風に乗って、嗅ぎ慣れた臭いが鼻をくすぐったのだ。
(空が燃えている!あれは…!)
「どうした!?」
サイーブが走り回るレジスタンスに大声で問いかけた。
「街が攻撃を受けている!」
「タッシルの方向だ!」
風雲は急を告げ、カガリも仲間たちと共に走り出した。
幼い彼らの行き場のない感情もまた、戦場のうねりに飲み込まれていった。
彼らは「明けの砂漠」と呼ばれるレジスタンスである。
民族の自由のために蜂起し、彼らの住む土地を統べる国家、資源を狙う侵略者、内戦に明け暮れるゲリラ軍、そして接収や協力を強いる地球連合軍と、長きに渡り戦ってきた。
今はその戦うべき相手がたまたま「砂漠の虎」であるだけで、彼らが望む自由はまだ手に入らない。長すぎる戦いは彼らを疲弊させ、精神も神経も擦り切らせ、もはやこの戦いが一体何のための戦いだったのかすら、あやふやになっている…
ただ皆、一様に「自由を!」と口にするだけなのだ。
マリューは制帽をかぶり、彼らとの会合に臨む事にした。
副官であるナタル、パイロットであるノイマンたちは艦内で銃を構えたまま不測の事態に備えて待機している。
マリューの護衛はトノムラとフラガだ。
「やれやれ、こっちのお客さんも一癖ありそうだな。…俺、これはあんまり得意じゃないんだけどね」
そう言いながら銃を構えてみせるフラガに、マリューは微笑む。
(背中を任せられるからこそ、私が出て行けるんですよ、少佐)
サイやミリアリアはブリッジにとどまっていたが、トールはパルやチャンドラと共にアークエンジェルのハッチ付近で銃を構えていた。
その時、艦内からフレイが外の様子を見に来たことに気づいて、彼に「危ないから」と、もっと奥に入っているよう合図する。
しかし結局フレイは戻らず、トールの傍まで来て外を窺った。
キラはPSダウンしたストライクから彼らの様子を見守っていた。
武器を携帯してはいるが、アークエンジェルの皆に銃を向ける様子はない。
その時、キラの眼はモニターに映る1人の少年を捉えた。ボサボサの金色の髪、ゴーグルに隠れた大きな眼…
(この人…どこかで…)
「助けていただいた、とお礼を言うべきなのでしょうか。私は地球軍第8艦隊、マリュー・ラミアスです」
挨拶をしたマリューに、「第8艦隊ってのは、全滅したんじゃなかったっけ?」と横槍が入った。
マリューはギロリと声の方向を睨み、同時に、既にこんなところまで情報が流れていることに驚いた。
がっちりした体格のバンダナを巻いた髭の男が、サイーブ・アシュマンだと自己紹介した。
「地球軍の新型特装艦アークエンジェルだろ」
彼はフラガの功績のみならず、アークエンジェルがクルーゼ隊に追われてきたことまでも知っていた。
見かけによらず大した情報網を持っているらしい。
サイーブは言う。
「で、あそこにあるモビルスーツが…」
「X-105。ストライクと呼ばれる、地球軍の新型機動兵器のプロトタイプだ」
後を引き継ぎ、人垣の後ろから出てきた少年がいた。
意志の強そうな美しい琥珀色の瞳の少年は、砂だらけの顔で不敵に言う。
サイーブは、これで互いの正体がわかって何よりだ…と皮肉をいい、さっそくだが本題に入ろうと提案した。
「ただし、その前に後ろにいるあんたらは銃を下ろし、モビルスーツのパイロットもコックピットから下ろすこと。そいつが条件だ」
マリューは、とりあえず彼らにこちらへの敵意がないと判断した。
彼らの当面の敵は「砂漠の虎」であり、むしろこんなところにザフトに追われるお尋ね者が降りてきた事は迷惑でさえある。
とはいえ我々は今のところ彼らとは敵対していない地球軍であり、「砂漠の虎」がつけ狙い、彼の射程に入る敵であるならば…
(利用価値があるんじゃないか…と思ってるってことだものね)
「ヤマト少尉、降りてきて」
マリューはインカムに手を添えると、キラに声をかけた。
キラはコックピットを開くと、アンカーロープに掴まって砂漠へと降りる。
柔らかい砂…この見渡す限り広大な土地、すべてがこんな砂なのかと、キラは改めて地球の光景に心を奪われた。
一方このキラの姿に、当然ながらレジスタンスは大きくざわめいた。
「まだ子供じゃないか」
「しかもこんな女の子がパイロットだと!?」
肝が据わったように見えるサイーブも、さすがに眼を見張っている。
砂漠で大きな影となって立っていた大男は、人垣のかなり後ろで静かに佇んでいたが、ストライクとパイロットを見る眼光は鋭い。
「あっ!?おまえ…」
そんなざわめきの中で、素っ頓狂な声が響き渡った。
まるで見世物にでもなっているようで居心地が悪かったキラがその声の方に顔を向けると、それはさっきの金髪の少年だった。
少年はキラに駆け寄って「おまえ、生きてたのか!?」と言う。
「え?あの…」
キラは驚いて言葉もなく、アークエンジェルの面々もレジスタンスの連中も声も出せずあっけにとられている。
しかし少年はすぐにまた険しい顔つきになると、ストライクを見上げた後、キラに詰め寄った。
「おまえ…おまえがなぜあんなものに乗ってる!?」
やがてキラははっと気づいた。
「あ、きみ…あの時モルゲンレーテにいた…!」
彼はあの襲撃の日に、ヘリオポリスで出会った少年だった。どこかで会ったことがあると思ったのは、間違いではなかった。
「そうか、よかった!無事だったんだね!」
キラは次の瞬間、嬉しくて思わずその手を握ってしまった。
「…なっ!!」
今度は少年がキラのいきなりの行動に驚き、固まってしまう。
そして「は、離せよ、このバカ!」 と叫ぶとキラの手を力一杯振りほどいた。
キラはきょとんとして彼を見つめ、彼もあれ?というようにキラを見ている。
そして、それがあの時と全く同じ状況だと気づくと、2人は思わずぷっと笑い出した。
「何なんだ、一体…」
このわけのわからない光景に、フラガがあきれたように呟く。
ひとしきりの騒動ですっかり毒気を抜かれた両者は、会合を終え、ひとまずアークエンジェルとストライクを隠すスペースもあるという「明けの砂漠」のキャンプに誘導されることになった。
目の前で繰り広げられた再会劇には驚いたけれど、あの少年がキラと知り合いらしいというだけで、アークエンジェル側の空気が和む。
けれどただ1人…キラの傍に立つ少年を射抜くように見つめている眼があった。
やがてフレイは眼を逸らし、音もなく艦内へと消えて行った。
「気をつけてください。バレますよ?」
ゆっくり前進を始めたアークエンジェルを横目に見ながら、バギーに乗ったゲリラ風の大男が、金髪の少年になにやら説教をしていた。
「あなたはすぐにまわりが見えなくなる」
目立つようなことをして欲しくないのに、どうやらこの少年は自制による行動の抑制が利かないらしい。
「わかってるよ、うるさいなぁ」
そう言いながら、アークエンジェルを見つめる少年の眼は厳しかった。
(こんなもの…くそっ、親父め…!)
ぞろぞろと引き連れられた地球軍の制服を見て鼻白む連中もいたが、サイーブはかなり力のあるリーダーらしく、誰も逆らわなかった。
アークエンジェルは谷に入る広場のような空間でシートをかけるというえらく前時代的な方法でカモフラージュされることになり、マリューたちはサイーブに率いられ、さらに奥まった場所のレジスタンスのキャンプ地まで案内されていた。
「ひゅー♪」
「こっち向いてくれよ、ぺっぴんさん」
女日照りの若僧どもがマリューとナタルにちょっかいをかけると、マリューはにっこり笑って手をふったりして軽くいなすのに対し、ナタルはわき目もふらずに前進あるのみ。しんがりのフラガは女2人の対応に性格が出ていることが可笑しくて仕方がない。
「ひゃー、こんなとこで暮らしてるのかぁ…」
レジスタンスの基地は大きな峡谷の中にあった。
狭い入り口、入り組んだ内部、上空からも狙いにくい狭い谷間。
まさに自然の要塞といえたが、岩だらけで無味乾燥な場所である。
レジスタンスたちは、周辺の街…タッシル、ムーラン、バナディーヤから、街に家族を置いたままここで暮らし、抵抗運動を続けているのだという。
その頃キラは、トールやカズイと共に、アークエンジェルにシートをかける力仕事に忙しかった。トノムラやチャンドラの指示に従いながら、なんとか全体が隠れると、トールたちは次の仕事のために艦内に戻り、キラはしばし休憩を取ろうと岩の上に座った。
どこまでも砂だけの砂漠。
そしてここは見渡す限り険しい岩ばかり。
(地球はすごいな)
キラは吹き抜ける熱い風にふぅとため息をついた。
地面に足をついたら、本当に地球に来たという気がした。
ヘリオポリス、アルテミス、コペルニクス…人工的な地面とは違う感じがする。
地球にはもうあまりコーディネイターは住んでないと言われているが、中立の国もあるから、決してゼロではない。
(ナチュラルばかりの地で生きているコーディネイターは、どんな景色を見ているんだろう…)
キラは漠然と地球に住む同胞たちに思いを馳せた。
(ねぇアスラン…重力とか、自然とか、気流とか、気候とか、地球はすごい。でも、随分遠くへ来ちゃった気がするよ)
そんな風にキラが景色に眼をやっていると、あの少年がやってきた。
「さっきは…悪かったな。叩くつもりはなかった」
一応、キラの手を振りほどく時に軽く叩いた事を謝っているらしい。
「あれは…はずみだ。えーと…まぁ、許せ」
偉そうな物言いがやけに子供っぽくて、キラはふふっと笑った。
ラクスといい、最近はなんだか変な男の子に会うことが多いと思いながら。
「何がおかしいんだ?」
「だって…」
キラは、自分こそ急に手を握ったりしてごめんと謝った。
「きみが無事だったとわかって、嬉しかったから、つい…」
内向的なところのあるキラは、いつもなら自分から人に触れる事などしないのだが、低軌道戦闘でたくさんの人が死んだばかりでもあり、自分も大気圏突入で死に掛けたせいなのか、気づかないうちにどこかナイーブになっているようだ。
もしかしたら誰かと触れ合いたい、という思いもあるのかもしれない。
彼は事情が飲み込めないながらもふーんと頷くと、神妙に言った。
「ずっと気になってたんだ。あの後…おまえはどうしたんだろうって」
「うん…」
2人はしばらく何も言わなかった。
お互いにあの時の事を思い出していたのかもしれない。
「でも無事でよかった」
やがて同時に同じ言葉を口に出し、2人ともまた笑ってしまう。
(この人は、こんな風に笑うんだ…)
ヘリオポリスで会った時は、なんだかずっと怒ってるみたいで怖かった彼の笑顔に、キラは少しほっとしていた。
「なのに、こんなものに乗って現れようとはな」
少年は不恰好なシートに隠された戦艦を見ながら言う。
「こんなもの」とは、戦艦のことなのか、ストライクのことなのかはわからない。
「おまけに、今は地球軍か?」
少年がしげしげとキラが着ている地球軍の制服を眺める。
(階級は少尉…一体何があったんだろう、こいつに…)
「いろいろあったんだよ」
「…え」
まるで自分の質問がわかったかのようにキラが言うので少年はぎょっとした。
(本当にいろいろあった…あり過ぎるくらいに…)
キラは黙り込んだ。
(きみと別れてから、長い長い旅をしてきて、たくさんの戦いを乗り越えた)
あの時、2人とも無事にシェルターに入れてたら、今こうしてここで出会う事もなかったのだろう。
「きみこそ、なんでこんなところにいるの?」
彼はしんみりと語るキラの言葉を黙って聴いていたが、キラのいきなりの質問に今度は自分の眼が泳ぎ始めた。
「オーブの子じゃなかったの?」
「あー、いや…」
少年は不自然にごにょごにょと語尾をごまかしたが、キラは少し不思議そうな顔をしただけで、それ以上は聞かなかった。
「彼は?」
フラガがさっきの少年…いきなりキラに詰め寄った彼について聞く。
「俺たちの軍神」
サイーブはチラリとフラガを見、ボソッとつぶやく。
へぇ、とフラガはさらに面白そうに聞く。
「名前は?神さまじゃ、知らなきゃ悪いだろ?」
サイーブはうるさそうな顔をしたが、答えないのも不自然と思ったのか、「カガリ・ユラだ」と答えた。
「ふーん…カガリ・ユラ、ね」
(ストライクの型番から経歴まで知ってたり、砂漠の民らしからぬ肌の色といい、何者なんだろうねぇ)
「あんたたちは、アラスカに行きてえってことだよな」
サイーブはフラガの疑問には気づかないフリをしながら、埃だらけの紙の地図をごそごそと開いた。
「ここいらは確かにザフトの勢力圏内だが、だからといってどこにでもザフト軍がいるってわけじゃねぇ」
マリューたちは彼の口からアフリカ南部のビクトリア宇宙港が陥落したことを知った。
マスドライバーのある宇宙港はこれでカオシュンと併せて二つも制圧されてしまったことになる。
残るは中立国オーブと大西洋連邦勢力圏のパナマだけだが、中立国は立場上、数に数えられないので、連合はパナマのみで宇宙の連中に補給物資を送らなければならなくなったのだ。
しかも今は血のバレンタインの一周忌…ザフトの士気は上がる一方だ。
「ここ、アフリカ共同体は元々プラント寄りだ。頑張ってた南部の南アフリカ統一機構も、遂に地球軍に見捨てられちまったんだ。ラインは日に日に変わっていくぜ?」
日々変わる戦況がどう傾くかはまさしく時の運…アフリカは今も昔も翻弄される土地なのだ。
「ザフトも地球軍も同じさ。どっちも俺たちから奪いに来るだけだ」
サイーブはアラスカまでの道を探そうと地図を睨みながら、アークエンジェルの機動性について尋ねた。
「あの艦は、大気圏内ではどうなんだ?」
「ホバー飛行は可能だけど、高い山脈を越えるほどの上昇はできないわ」
「山脈が越えられねぇってんなら、あとはジブラルタルを突破するか…」
「この戦力で?無茶言うなよ」
フラガが悲鳴のような声をあげた。
「カーペンタリアと並ぶ地球最大のザフト基地をどうやって抜けるんだ!キラが10人いたって無理だろう」
「少佐」
大げさに驚いてみせるフラガをマリューがたしなめたが、その瞬間2人ともふと計算してしまった。
(…無理かな?)
そんな彼らの思惑に何となく気づいたナタルは、呆れたように首を傾げた。
その話題のジブラルタルでは、アプリリウスからの通信に聞き入る2人の赤服の姿があった。モニターの向こうのクルーゼは彼らをねぎらっている。
「両名とも、無事にジブラルタルに入ったと聞き、安堵している。先の戦闘では御苦労だったな」
「死にそうになりましたけどね」
ディアッカが皮肉っぽく言ったが、自業自得の失敗を皮肉っても何の意味もない。
しかしデュエルとバスターの破損は思った以上に深刻だった。
コックピットの温度上昇はかなりのもので、ジブラルタルの整備班からは「早急に改良の必要あり」と判断されていた。
兄弟機のストライクに比べるとやや装甲が薄いデュエルなど、実際、アサルトシュラウドがなかったらどうなっていたかわからないほどだ。
クルーゼは2人を戻さず、そのまま地上で足つきを追うよう命じた。
今現在足つきに一番近く、接触している地上駐留部隊が判明し次第、そちらと話をつけてきみたちを派遣するので、以後は指示に従うようにと告げる。
「無論、機会があれば討ってくれてかまわんよ」
通信が切れると、隊長と連絡が取れたらすぐにでもプラントに帰れると思っていたディアッカが、不満げにブツクサ言い始めた。
「宇宙には戻ってくるなってこと?俺達に駐留軍と一緒に、足つき探して地べたを這いずり回れって言うのかよ。あん?」
ソファに体を投げ出し、ディアッカは両手を広げて不満をぶちまけた。
清潔で全てが規則正しく、完璧に管理された環境のプラント育ちの彼にとって、自由気ままなこの星の「自然」は、会った事もないじゃじゃ馬娘のようだ。
「ただでさえこの重力ってのはまとわりつくように重くてウザいのに、海だの砂だの山だの…地球ってのはどうも性に合わないんだよねぇ」
けれど全く反応のないイザークをいぶかしみ、ディアッカは振り向いた。
「おい…イザーク?」
黙りこくったまま彼方を睨みつけていたイザークは、突然しゅるしゅると包帯を取った。いつもきちんとセットしているプラチナの髪は乱れたままで、包帯の取れたその下には、顔半分にざっくりと醜い傷痕が残っていた。
ディアッカはその思った以上に大きく残った傷に驚き、息を呑んだ。
「機会があれば…だと?」
傷を受けた時のあの痛み…そして大気圏に突入した時の剥き出しの傷がじりじりと灼ける痛み…
(忘れるものか)
イザークは包帯を握り締め、傷の引き攣れを感じながら眉をひそめた。
「討ってやるさ!次こそ必ず!…この俺がなっ!!」
ディアッカは彼のその執念に、背中がヒヤリと冷たくなった。
穴が開くほど地図を眺めても、易々と抜けられそうな道がない。
あとは紅海からインド洋、そして太平洋へ抜ける大洋コース。
しかし身を隠す場所もない太平洋で航行を続けるには条件がある。
「補給路の確保なしに、一気にいける距離ではありませんね」
ナタルは厳しい現実をつきつけた。
ここと同じくザフト勢力圏の大洋州連合下の国々では、彼らが補給を受けられるような地球軍基地がないのだ。
カオシュンが落ちて以来、ザフト勢力圏はインド洋まで広がっていた。
ああでもないこうでもないという話を聞きながら、サイーブが苦笑いする。
「おいおい、気が早ぇな。もうそんなとこの心配か?」
そう言われて3人はふと思い至る。
「ここ!バナディーヤにはレセップスがいるんだぜ?」
すなわち、紅海に抜けるにはレセップス…砂漠の虎を突破しなければならないってことだよと、サイーブはバナディーヤをどんと叩いて指す。
「ああ、頑張って抜けてって、そういうこと?」
フラガは「だよねぇ…」と笑い、前途多難を見越してマリューもナタルも思わずため息をつくのだった。
「ダコスタです」
ちょうど同じ頃バナディーヤでは、砂漠にいた若い赤毛の男が隊長の部屋のドアを叩いていた。
「うっ…」
彼は部屋に入ると、立ち込めるコーヒーの香りに鼻を押さえた。
決して悪い香りではないのだが、あまりにも強すぎて酔いそうだ。
前々からコーヒーを淹れるなら換気してくださいといくら頼んでも、隊長…アンドリュー・バルトフェルドはどこ吹く風である。
慌てて窓を開けるダコスタが来たのは、出撃準備が完了した事を伝えるためだ。
「あんまりきついことはしたくなかったんだけどね。ま、しょうがないか」
自身の立てた作戦を決行するとはいえ、やや気が乗らない風のバルトフェルドは、おどけたように答えた。
とはいえバクゥ5機をほとんどやられ、戦死者も出したとあれば、部下たちの手前黙って引き下がるわけにもいかない。
「大天使を引きずり出すには、ヤツらと組んだレジスタンスに仕掛けるのが一番効果的だからね」
そう言って彼は淹れ立てのコーヒーを口に運んだ。
「んー、いいねぇ。今度のには、淡い粉を少し足してみたんだが、これもいい」
さて、アークエンジェルとレジスタンスはどんなブレンドになったのかな…バルトフェルドは少し楽しそうに笑った。
夜が更け、また冷え込んできたキャンプでは、あちこちで焚き火が炊かれた。
ミリアリアやトールは目の荒い毛布に包まりながら、火の周りでレジスタンスが提供してくれた食事を食べていた。
この地の郷土料理はお世辞にも美味しいとはいえなかったが、味気のないアークエンジェルの出来合いよりはマシだった。
「おお、また何やってんだ?」
マードックが暗闇の中で光っているストライクのコックピットに気づき、キラに声をかける。キラは忙しなくモニターに触れ、キーを叩いていた。
「昨夜の戦闘の時、接地圧いじったんで、その調整とかです」
砂地、荒地、草地、岩石地…色々なデータを入れてバリエーションを試してみる。
「ストライク、万全に動けるようにしておきたいんです」
「ほぉ、なるほどね。便利なパイロットだよな、おまえって」
マードックが感心したように言った。
「本来なら整備兵やエンジニアと相談しながらやるところを、全部1人でこなしちまうんだからな」
「はぁ…」
「さすがはコーディネイターだ。やる気があって結構結構!」
嬉しそうに笑いながら、「頑張れよ」と言い残してマードックは去っていった。
キラはぶすっとしながらその後姿を見送っている。
(やらなきゃどうしようもないじゃないか…私が頑張って、強くなかったら、この艦は…!)
そう考えて、ほっと息をついた。
気持ちがトゲトゲしくなっていることは、自分でもわかっている。
(誰も私の代わりに戦ってくれない。ううん、戦えない…)
ストライクのモニターパネルが光り、キラの哀しげな表情を照らした。
(この艦を守れるのは私だけ…だから、私はやらなくちゃ…)
「だって、フレイと約束したんだもの。彼の代わりに戦うって」
フレイ…そう呟きながら、キラは彼のぬくもりを思い出そうとするかのように、
自分で自分の腕を抱き締めた。
「もう寝静まる時間ですね」
砂漠の夜は思う以上に早い。
先日の大敗やメイラムたちの死に意気消沈している部下たちに、これは大天使ともう一戦交えるための前哨戦なのだと励まし、タッシルの街が見張らせる場所に陣を取ったバルトフェルドは作戦決行の時刻を待っていた。
街は静かに眠りにつきつつある。
「そのまま永久に眠りについてもらおう」
後ろの闇から聞こえてきたその冷たい言葉に、ダコスタは思わず振り返った。
「…な~んてことは言わないよ、僕は」
しかしすぐににやりと笑っている上官の顔を見て「隊長」とため息をついた。
「冗談だよ。戦果は最大限に、被害は最小限に、だ。警告15分後に、攻撃を開始する。ほら、早く行ってきたまえ!」
バルトフェルドはバシンと、ダコスタの硬い筋肉質の尻を叩いた。
「いっ…はいぃっ!」
走り出したダコスタを見送り、バルトフェルドはポットに入れたコーヒーをカップに注いだ。
(ちゃんと逃げるんだよ、タッシルの諸君。こんなところで死ななくて済むようにな)
ちょうどその頃、カガリ・ユラはキラを探していた。
昨夜の戦闘で、脱輪や爆発で軽い怪我や火傷をした連中に手当てをしてやっていたら、すっかり時間を食い、夜になってしまった。
「地球軍のヤツらなら、焚き火の傍で飯食ってたぜ」
そう教えてもらったのだが、砂漠の夜は何しろ冷える。
あちこちで火が焚かれていて、彼女がいる場所がどれなのかわからなかった。
(ちぇっ。あいつの名前、また聞くの忘れた)
探してる途中、アフメドに飯に誘われたのだが、「あいつともうちょっと話したいことがあるんだ」と断った。アフメドはそれを聞いてあからさまに不満顔になり、「なんだよ、おまえ、あんなガキに惚れたのか?」とふてくされていた。
カガリは体の小さな彼のことを思い出して笑った。
(自分はもっとガキのくせに。第一、そんなわけないだろ)
カガリははじめ男と間違えたキラを思い出したが、今回は笑った顔やしぐさがちゃんと女の子だったと思い直し、なんとなく照れたように口を尖らせた。
(そりゃ、まぁ…笑うとちょっと…可愛いけどさ…)
きょろきょろしていると、何やら若い男女の話し声が聞こえる。
カガリは(あの地球軍のやつらかな?)と思って何気なく近づいた。
「ねぇ、待って、フレイ!そんなんじゃわからない…」
「サイ、もういい加減にしてくれないかな。話は終わったろ?」
しかしそれは彼が探していた彼女ではなく、背の高い赤毛の男とメガネをかけた女の子が何やら揉めている場面だった。
「だってわからないもの…お願い、ちょっと待って!」
(あ、あいつ…)
ところがその時、カガリが探していた少女がちょうど通りかかかったのだ。
彼は咄嗟に彼女に声をかけようとしたのだが、赤毛の少年が足早にキラの元に向かったので、振ろうと思って挙げかけた手の行き場がなくなってしまった。
「キラ!」
ところが次の瞬間、赤毛の彼が彼女を抱きしめたのだ。
それを見たカガリは驚いて思わず岩陰に隠れてしまった。
「…フレイ!?」
キラも驚いてフレイを見上げたが、フレイの向こう側にサイが呆然と立ちすくんでいる姿を見て、さらにその身を硬くした。
(サイ…!)
「フレイ…?あなた………ねぇ、何?どういうこと?キラ…?」
サイは震える声で抗議する。
必死に理性を保とうとするその姿は痛々しい。
「ねぇ、フレイッ!キラは…関係ないでしょ!?今は私と話を…」
フレイはキラを抱いたまま振り返った。
「関係なくないよ、サイ。俺…キラが好きだから…一緒にいたいんだ」
(…!?)
キラはその言葉に思わず赤くなったが、フレイは告白を続けた。
「ずっと一人ぼっちで俺たちのために戦ってきたキラのこと、俺はすごいなって思ってるし、俺なりに守りたいって思ってる」
サイは真っ青な顔で唇を噛み締めている。
カガリもまた出るに出られず、巻き込まれた修羅場から動く事ができない。
「言ったろ…きみにはもっとふさわしい男の方がいいって」
フレイはサイを見て苦笑した。
「俺、ホントにダメなヤツで…サイには甘えてばっかりでごめん。でも、自分の気持ちに嘘はつけない」
フレイは殊勝な事を言いながら、はっきりとサイに別れを宣言する。
「俺はキラが好きなんだ…サイ、きみよりも」
キラはフレイの腕につかまって目線を落とし、晩生なカガリはまさかの三角関係に呆然とするばかりだった。
けれどサイは気丈に彼らに近づいた。
「話し合いは…終わってないわ、フレイ…」
彼女がよろけるように歩いてくる。
「サイ…わかってくれよ」
うんざりしたようにフレイが言うが、サイは首を振った。
「わからないわよ!どういうことなのか説明してよ!」
「もうやめてよ、サイ!」
突然キラが叫んだので、サイはもちろん物陰のカガリもビクッと跳ね上がった。
「キ…ラ?」
「どう見ても、断ってるフレイをサイがしつこく追いかけてるようにしか見えない…もう…やめたら?」
この時、先ほどからの騒ぎとキラの叫び声を聞いて、トール、ミリアリア、カズイも駆けつけてきた。
「キラ?サイ!?」
トールが口を開くと、ミリアリアが慌てて彼を引き止めた。
(ほら、やっぱりこんな事になっちゃった…)
ミリアリアは自分の悪い予感の的中に固唾を飲む。
誰もがこの気まずい光景を前に、言葉ひとつなかった。
「なに…なんですって…?キラ…」
サイの頭にカッと血がのぼる。
「あなた…あなた、私に向かって…何を言ってるの?」
「ごめん、昨夜の戦闘で疲れてるの。もうやめてくれない?」
皆の驚きにかまいもせず、キラはため息混じりにそう言い捨てると、そのまま踵を返した。フレイはキラの肩を抱きながら、それに従って歩き出す。
「何よっ、キラッ!あんた…」
突然、サイはキラめがけて走り出し、2人を引き離そうとした。
「よせ、サイ!」
しかしフレイが庇うより早く、キラは自分の肩に掴みかかろうとするサイの腕を振りほどいた。その勢いがあまりに強かったため、サイは勢い余ってよろけ、メガネがかちゃんと地面に落ちた。そのあまりにも凄まじい状況に場が凍りつく。
「やめてよ。本気でケンカしたら、サイが私にかなうはずないでしょ?」
フレイは尻餅をついて呆然とするサイの姿を冷ややかに見ていた。
(バカなことを…きみはそんな事をする子じゃないのに)
そしてキラの肩を抱く手に力をこめる。
(俺は選んだんだ。きみじゃなく、コーディネイターのキラ・ヤマトを)
「フレイは…優しかったの…ずっとついててくれて…抱きしめてくれて…私を守るって…」
迸った感情が、キラの口からどっとあふれ出た。
フレイは「キラ…もういいよ」と囁く。しかしキラの感情は止まらなかった。
「私がどんな思いで戦ってきたか、誰も気にもしないくせに!!」
キラのこの様子を見て、サイは乱れた髪を直そうともせず、眼を見開いていた。
(おとなしくて、頼りなくて、妹みたいだったキラ…)
キラは涙を浮かべ、フレイは彼女を慰め続けている。
(そのキラが…私をぶって…私の婚約者を…奪った…?)
その時、カガリははっと気づいた。
風に乗って、嗅ぎ慣れた臭いが鼻をくすぐったのだ。
(空が燃えている!あれは…!)
「どうした!?」
サイーブが走り回るレジスタンスに大声で問いかけた。
「街が攻撃を受けている!」
「タッシルの方向だ!」
風雲は急を告げ、カガリも仲間たちと共に走り出した。
幼い彼らの行き場のない感情もまた、戦場のうねりに飲み込まれていった。
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制作裏話-PHASE17-
キラVSサイが繰り広げられる「三角関係痴話喧嘩」回です。
乱暴に見えても育ちがよく、大切にされてきた晩生のカガリにとっては驚きの連続です。
カガリがキラを引っ叩く再会シーンは、本編では殴りかかってきたカガリの腕をキラが男らしく掴まえるのですが、こちらはまさか男が女の子に殴りかかるわけにはいかないので、そうはいきません。
そこであらかじめこの再会シーンを見越して、PHASE1-2の出会いのシーンを書いておいたわけです。
●キラが逃げようとしてカガリの手を握った途端、晩生のカガリが慌てて振りほどく…(PHASE1-2)
●カガリが生きていたことに喜んだキラが彼の手をとると、晩生のカガリが驚いて振りほどく…(PHASE17)
この似たシチュエーションによって互いにあの時の事を思い出し、つい笑ってしまう…という風にしました。
これなら女の子のキラが殴られる事はないので安心です。
慌てたとはいえ、女の子の手を乱暴に振りほどいたのでカガリが謝りに来る(高度な教育を受けている彼は当然マナーを知っていますから)、というのも無理がないと思います。
今回の「勢力圏」についての説明は、DESTINYでいえばマハムール基地でラドル司令からレクチャーを受けた時を彷彿とさせますね。
「紛争」が多かったDESTINYに比べればSEEDの方が大きなうねりを伴う「戦争」なので規模が大きいですが。
カガリとキラが二卵性の双子であるという事も踏まえて、キラがカガリを見るたびに「誰かに似てるな」と思うことや、妙に思考が似ている事、話すタイミングや言葉がシンクロする事を伏線にしてあります。
反面、この時点では2人ともそれを知らないので、「なんとなく気になるヤツ」として位置づけられ、互いに恋愛対象にもなり得ることを匂わせています。
もちろん、血の繋がった兄妹が本当にそんな事になったら困るので手心を加えてありますが、フレイという彼氏がいるキラより、カガリの方がキラへの気持ちのベクトルは強いです。もしこのままだったら、カガリはきっとキラを好きになっていたんだろうなぁというニュアンス程度ですね。
そして本編ではキラとフレイの事後描写に続き、ドロドロガンダムの本領発揮とばかりに、寝取り男が寝取られ男の腕をねじって「やめてよね」というシーンに突入します。
しかし逆転では女の子同士なのでここまで暴力的にはできません。
それに本編では女の子のフレイ自らが「昨日はキラの部屋にいた」と言うのでいいのですが、逆転でフレイがそれを言うとそこはやはり男女のマナー違反になりますし、キラは性格的にそんなの事を言うタイプではありません。
なのでここは改変を加え、フレイは「自分はキラの事が好きだから、サイとはもうつきあえない」と突っぱねさせる事にしました。本編に比べるといささか弱い描写になることは承知の上ですが、あまりドロドロとした修羅場展開は好きではないので、ほどほどにしました。女の子同士のキャットファイトもあまり気持ちのいいものではありませんから、キラの腕ねじりも、サイの腕を振り払った弾みでしりもちをつき、メガネが飛ぶ程度にしました。でもやっぱりなんて可哀想なんだサイ。
楽しかったのはやはりご尊顔に恐ろしい傷を残してまで復讐を誓う王子の再登場ですね。
2クールはディアッカとイザークの出番と会話が多いので、それもまた楽しいです。
しかしこの話も、内容的にはまるまる1話もかける必要はないですね。
文章で書いている分にはこういう息抜き的な話があってもいいんですが、スピード感が必要なアニメならAパートだけで十分ですよ。ついでに次の「ペイバック」はBパートで片付きますし…
種はこういう構成の悪さが視聴者のイライラを逆撫でし、しかもバンクを使った回想や総集編ばっかりやるから尺が足りなくなるんですよ。やっぱり統括する監督の力不足かなぁ。
乱暴に見えても育ちがよく、大切にされてきた晩生のカガリにとっては驚きの連続です。
カガリがキラを引っ叩く再会シーンは、本編では殴りかかってきたカガリの腕をキラが男らしく掴まえるのですが、こちらはまさか男が女の子に殴りかかるわけにはいかないので、そうはいきません。
そこであらかじめこの再会シーンを見越して、PHASE1-2の出会いのシーンを書いておいたわけです。
●キラが逃げようとしてカガリの手を握った途端、晩生のカガリが慌てて振りほどく…(PHASE1-2)
●カガリが生きていたことに喜んだキラが彼の手をとると、晩生のカガリが驚いて振りほどく…(PHASE17)
この似たシチュエーションによって互いにあの時の事を思い出し、つい笑ってしまう…という風にしました。
これなら女の子のキラが殴られる事はないので安心です。
慌てたとはいえ、女の子の手を乱暴に振りほどいたのでカガリが謝りに来る(高度な教育を受けている彼は当然マナーを知っていますから)、というのも無理がないと思います。
今回の「勢力圏」についての説明は、DESTINYでいえばマハムール基地でラドル司令からレクチャーを受けた時を彷彿とさせますね。
「紛争」が多かったDESTINYに比べればSEEDの方が大きなうねりを伴う「戦争」なので規模が大きいですが。
カガリとキラが二卵性の双子であるという事も踏まえて、キラがカガリを見るたびに「誰かに似てるな」と思うことや、妙に思考が似ている事、話すタイミングや言葉がシンクロする事を伏線にしてあります。
反面、この時点では2人ともそれを知らないので、「なんとなく気になるヤツ」として位置づけられ、互いに恋愛対象にもなり得ることを匂わせています。
もちろん、血の繋がった兄妹が本当にそんな事になったら困るので手心を加えてありますが、フレイという彼氏がいるキラより、カガリの方がキラへの気持ちのベクトルは強いです。もしこのままだったら、カガリはきっとキラを好きになっていたんだろうなぁというニュアンス程度ですね。
そして本編ではキラとフレイの事後描写に続き、ドロドロガンダムの本領発揮とばかりに、寝取り男が寝取られ男の腕をねじって「やめてよね」というシーンに突入します。
しかし逆転では女の子同士なのでここまで暴力的にはできません。
それに本編では女の子のフレイ自らが「昨日はキラの部屋にいた」と言うのでいいのですが、逆転でフレイがそれを言うとそこはやはり男女のマナー違反になりますし、キラは性格的にそんなの事を言うタイプではありません。
なのでここは改変を加え、フレイは「自分はキラの事が好きだから、サイとはもうつきあえない」と突っぱねさせる事にしました。本編に比べるといささか弱い描写になることは承知の上ですが、あまりドロドロとした修羅場展開は好きではないので、ほどほどにしました。女の子同士のキャットファイトもあまり気持ちのいいものではありませんから、キラの腕ねじりも、サイの腕を振り払った弾みでしりもちをつき、メガネが飛ぶ程度にしました。でもやっぱりなんて可哀想なんだサイ。
楽しかったのはやはりご尊顔に恐ろしい傷を残してまで復讐を誓う王子の再登場ですね。
2クールはディアッカとイザークの出番と会話が多いので、それもまた楽しいです。
しかしこの話も、内容的にはまるまる1話もかける必要はないですね。
文章で書いている分にはこういう息抜き的な話があってもいいんですが、スピード感が必要なアニメならAパートだけで十分ですよ。ついでに次の「ペイバック」はBパートで片付きますし…
種はこういう構成の悪さが視聴者のイライラを逆撫でし、しかもバンクを使った回想や総集編ばっかりやるから尺が足りなくなるんですよ。やっぱり統括する監督の力不足かなぁ。