Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
ブログ内検索
機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「岩山の洞窟には、食料や武器、燃料が保管してあるはずだ。それも焼き払え!」
「今から洞窟内を焼く!死にたくない者は早くそこから離れろ!」
拡声器を使って住民に避難を促しながら、ダコスタは考えていた。
(荒っぽい策を取る割には人情派なんだよな、隊長は…)
タッシルの空の燃え具合は、レジスタンスたちを動揺させるに足るだけの威力だった。
空全体が燃え上がり、キャンプ内は混乱して怒号が飛び交っている。
サイーブはパニックを鎮めようと大声で的確な指示を出したが、ままならない。
「サイーブ!」
カガリはゲリラ風のいでたちの大男、キサカと共にサイーブの元に駆けつけた。
「半分はここに残れと言っているんだ!落ち着け!別働隊がいるかもしれん!」
当然考えられる事態だが、家族が、家が、仲間たちが燃えている…そう思えば思うほど、いても立ってもいられないのだろう。
誰もサイーブの言葉など聞いてはいないようだ。
「どう思います?」
テントから外の様子を窺ったマリューがフラガに尋ねる。
「んー。砂漠の虎は残虐非道…なんて話は聞かないけど、俺も彼とは知り合いじゃないしね」
フラガは冷めたコーヒーを飲みながら肩をすくめた。
「戦争ともなれば、砂漠の虎も手段を選ばないって事もあるかもな。それより、どうする?」
フラガが逆にマリューに尋ねた。
「アークエンジェルは動かない方がいいでしょう。確かに、別働隊の心配もあります」
そう言ってから、マリューはフラガに向き直った。
「少佐、行っていただけます?」
フラガはとぼけて、「え?俺?」などと言っている。
「スカイグラスパーが一番速いでしょ?」
フラガが、あの程度の装備や組織でザフトと戦っている危なげな彼らを気にしていることくらいお見通しだった。
マリューは他にも救援と医師を行かせるからと約束した。
カガリはサイーブが街に向かう四輪バギーに飛び乗った。
アフメドがカガリを引っ張り上げる。少し年下の彼はカガリになついており、まるで弟のようにまとわりついていた。キサカもカガリを守るように隣に座った。
「あの野郎、女と子供しかいないタッシルを焼き払いやがった!」
アフメドは怒り、カガリも何度か行った事のある乾いた貧しい街を思い出した。
(砂漠の虎…!)
カガリはギリっと唇を噛み締めた。
「総員!直ちに帰投!警戒態勢を取る!」
マリューは子供たちやクルーを呼び寄せ、帰投を命じた。
スカイグラスパーが準備され、フラガが飛び立っていく。
そして約束の当面の救援物資と医薬品は、ナタルが届けることになった。
「では艦長」
「お願い。状況報告は密に。囮かもしれないから気をつけて」
サイーブが必死に半分は残れと言ったのに、すっかりがらんどうになったキャンプを見て、マリューは(所詮はレジスタンスね)とため息をついた
「さぁ、みんな持ち場に戻って。情報が入るまでは周囲を警戒!」
艦長がパンパンと手を打ち鳴らして言うと、皆ゾロゾロとアークエンジェルに戻って行った。
「終わったか?双方の人的被害は?」
攻撃は一方的に、そして完膚なきまでに行われた。
時間にしてわずか1時間といったところだろうか。
バルトフェルドはあらかじめタッシルの地理を十分把握すると同時に斥候を派遣して、武器・弾薬、食料など、主要拠点がどこにあるか調査させている。
彼曰く、「効率的なピンポイント攻撃を行うため」である。
「はぁ?あるわけないですよ。戦闘したわけじゃないですから」
ダコスタはピンピンしているバクゥと隊員たちを振り返った。
むしろ手応えのなさに拍子抜けしている連中の方が多いくらいだ。
「双方だぞ?」
しかしバルトフェルドは問い質した。
「そりゃまぁ…街の連中の中には、転んだの、火傷したのってのはあるでしょうが…」
15分前の避難勧告、どこかを攻撃する前には十分な警告。
「あれだけ親切に逃げろ逃げろと言ってやったんだから、よほどのことがなきゃ死んだとか重傷を負ったなんてことはないと思いますよ?」
ぶつぶつと報告する若い副官に、バルトフェルドは満足げに頷いた。
「うん、ならいいんだ」
無駄な労力は最小限に抑えてこそ、最大の効果を上げられるのだ。
しかしそれ以上に、人的被害を抑えることが今回の彼の目的だった。
「では、引き上げる。グズグズしてると、旦那方が帰ってくるぞ」
「それを待って討つんじゃないんですか?」
ダコスタはまさかの撤退命令に少し驚く。
しかしダコスタと同じくらいバルトフェルドも驚いた様子で答えた。
「おいおい、そりゃ卑怯だろ?誘き出そうと思って街を焼いたわけじゃないぞ?」
きみもまだまだだな、ダコスタくん…バルトフェルドはニヤニヤしながら部隊に命じた。
「ここでの戦闘目的は達した。帰投する!」
「はぁ…」
まだまだと言われて腑に落ちないながらもダコスタは渋々従い、全機帰投開始となった。
タッシルの街は見事なまでに丸焼けになっていた。
まだ燃え続ける建物もあれば、自然鎮火して燻るものもある…カガリは言葉もなく焼かれた街の惨状を見つめ、アフメドが「ちくしょう!」と喚きながら石を蹴り飛ばした。サイーブは押し黙ったままだ。
自らの街を、家を焼かれるというのは、物的被害ももちろんだが、特に精神的ダメージが大きい。人のアイデンティティーを形づくる、思い出や愛着が破壊され、無残にも蹂躙されるせいかもしれない。
バルトフェルドの目的も案外ここにあったのだろうか…カガリは街を見て言葉もないレジスタンスの仲間を見て思った。
(俺だって、もしも生まれた家、育った街、何よりも国が焼かれたとしたら…)
カガリはそんな事を思い、ゾクッと背筋が寒くなった。
上空を飛んで情報を集め、状況を把握していたフラガもまた、まだあちこちで煙が上がり、熱を持つ気流を感じて街の様子を見ながら眉をひそめた。
「ああ、ひでえ…全滅かな?これは…」
砂漠の虎は機動性に富んだバクゥと勇猛果敢な部隊を率い、わずかな時間で砂漠を踏破してユーラシアの大戦車隊を打ち破った勇将と聞いているが、駐屯地で悪逆非道を成している、などという悪い噂は聞いたことがない。
むしろ彼が陣を張って以来、何かと騒がしかった北アフリカは随分おとなしくなった。
(けど現実にはこんな大量虐殺をやるような男だったわけか)
そう思った途端、フラガは街の裏手に眼をやり、そこに驚くような光景を見た。
「こちらフラガ。街には生存者がいる」
情報がなかなか手に入らないアークエンジェルでも、その一報はみんなの耳を疑わせるに足るものだった。
フラガは街の裏手に女性や老人、子供たちや病人、けが人たちの姿を確認して報告をしてきた。
「…と言うか、かなりの数の皆さんが御無事のようだぜ」
フラガは虎の真意を計りかねてマリューに投げかける。
「さて、どういう事かな?」
「敵は?」
「もう姿はない」
それを聞いてマリューは顎に手を当てて考え込んだ。
「これは、昨夜の私たちの反撃への手痛いペイバックというわけね」
やがてフラガからの通信を受けて街に入った多くのレジスタンスが家族と再会し、無事を喜びあった。
自分の家の被害を見に行く者や、軽い怪我をした者を手当てしたりとひとしきりざわめいたが、どうやらこの攻撃が原因で死んだものはいないようだ。
現場ではフラガとナタルが合流し、カガリやサイーブも到着していた。
街の長老は、虎が攻撃の前に警告をして逃げるよう指示したと説明した。
「そして焼かれた。食料、弾薬、燃料…すべてな。確かに死んだ者はおらん。じゃがこれではもう、生きてはいけん」
生きていくために必要なものをすべて奪い取って、我らには這いつくばって生きろと言うのかと、長老は嘆いた。
「ふざけた真似を!どういうつもりだ!虎め!」
サイーブは怒りを隠さない。人的被害がなくても、彼らは今日の水も糧も、安心して眠る家もない。
「だが、手立てはあるだろう?」
その時、取り成すようにフラガがいつものように明るい声で言った。
「生きてればさ。死んだらやり直すも何もできないわけだし。虎はもともとあんたたちとまともにやりあおうなんて思ってないのさ」
肩をすくめながら言う彼の言葉を、皆陰気な顔をして黙って聞いている。
「こいつは昨夜の一件への、単なるお仕置きだろ。こんな事ぐらいで済ませてくれるなんて、随分と優しいじゃないの、虎は」
それを聞いたナタルがフラガをチラリと見る。
(少佐…迂闊です…)
「なんだと!?こんなこと!?」
案の定、彼の言葉に激昂した者がいた。火傷を負った赤ん坊への手当てを若い母親に教えていたカガリは、傷を冷やしたり、洗うための水を集めるよう若い連中に指示していたが、フラガの言葉を耳にして、大きなバケツを持ったまま歩み寄ってきた。
「街を焼かれたのがこんな事か?こんな事する奴のどこが優しいんだよ!」
カガリはそう怒鳴ると、足元に古ぼけたバケツを投げつけた。
その剣幕に、フラガは両手を挙げてまぁまぁとなだめるような仕草をした。
「ああ、失礼。気にさわったんなら、謝るけどね…」
フラガとしては、「相手が正規軍となれば、嫌な相手なら、警告どころか無差別爆撃で街一つ吹っ飛ばして終わり…ってことにもなりかねない」とでも言いたかったのだが、何しろいつも万事が万事この調子だ。配慮も言葉も足りない。
「あいつは卑怯な臆病者だ!俺たちが留守の街を焼いて、これで勝ったつもりか!?」
カガリの怒りは収まるどころかさらにエスカレートしていく。
「俺たちは、いつだって勇敢に戦ってきたんだぞ!」
「そうだ!この間だってやつらのバクゥを倒したんだ!」
「臆病で卑怯なあいつは、こんなことしかできないんだ!」
「何が砂漠の虎だ!ふざけた野郎だ!」
カガリの怒りはアフメドたちの怒りと相乗効果をなし、皆口々に叫び始めた。
理論も何もないこの支離滅裂な感情の吐露に、フラガは辟易して(参った)と顔をしかめている。
(これだから一つの信念を持って戦うヤツは面倒なんだよなぁ…)
ナタルは涼しい顔をしてフラガが困っているのを見ていた。
(たまにはいい薬です、少佐)
艦長へのブレーキがきかないのは、いつもフラガがこっそりアクセルを踏んでいるからだということを、彼女はよく知っていた。
「サイーブ!来てくれ!」
やがてサイーブが仲間に呼び出されると、そこには避難民とカガリたちが残された。その気まずい空気にさしものフラガも小さくなる。
「えーと、まぁ…いやな奴だな、虎って」
「あんたもなっ!」
カガリはそう言って乱暴にバケツを拾うと、くるりと踵を返した。
サイーブが仲間に呼ばれたのは、追撃して報復攻撃をしようという連中が集まっていたからだった。サイーブは無論、彼らを止めた。
「バクゥを相手に何を言ってるんだ!」
確かに攻撃によってやつらの弾薬は減ってはいるだろうが、かといって生身の人間をひとひねりするなら十分すぎる量だろう。
「けが人も多いんだ。街に残って女房や子供のそばにいてやれ!」
まずはそれからだと、サイーブは頭に血が上った連中を説得した。
しかし街を焼かれ、全てを失った彼らは負の感情に支配されて興奮し、いつもなら尊敬と畏怖を持って接するリーダーの言う事を聞こうとしなかった。
「俺たちに、水と食料をお恵みくださいと懇願する飼い犬になれってのか?」
「そんな事…死んだ方がマシだ!!」
結局サイーブが止めるのも聞かず、彼らは次々バギーに乗り込んでいった。
大した武装も持たない彼らなど、死ににいくようなものだ。
「よせ!やめろ、おまえたち!」
次々発進するバギーを見て、サイーブは舌打ちし、仕方がないと言わんばかりに部下を呼んだ。フラガとナタルも大きくなった騒ぎを見に来たが、その雲行きの怪しさにむっつりと黙ったままだ。
「行くのか?サイーブ!」
カガリが走りながらサイーブに聞いた。
「放ってはおけん!」
カガリは「俺も行く!」と言ったが、サイーブは「ダメだ!」と怒鳴った。
「おまえは怪我人の手当てをしてやれ!ここには医者がいないんだ!」
「けど…!」
「ダメだ!おまえは連れて行けない!」
その叱咤は、なぜかひどく拒否的で、絶対的な力を感じさせた。
サイーブのバギーはスピードを上げ、カガリは見る見る引き離された。
「乗れ!」
その時、置いてきぼりになったカガリをアフメドが拾った。
サイーブは驚いてふり返ると、「カガリを連れて行ってはならん!」と叫んだ。
「この間バクゥを倒したのは俺たちだぜ?!」
アフメドは子供らしい虚勢を張ってみせる。
「こっちに地下の仕掛けはない!戻るんだ!アフメド!」
しかし答えたのはカガリだった。
「戦い方はいくらでもある!」
その時、カーブでスピードを落としたバギーに、キサカが乗り込んできた。
「キサカ!」
キサカはサイーブに頷いてみせた。まるで任せろ、とでも言うように。
嵐のような一団が去ると、静けさだけが残った。
両者ともしばらく無言で立ち尽くしていたが、フラガが口を開いた。
「なんとまぁ…風も人も熱いお土地柄なのね」
寒い北国育ちの俺にはわからないなぁ…とおどけてみたがナタルは答えもせず、冷静に事実だけを述べる。
「全滅しますよ?あんな装備でバクゥに立ち向かえるわけがない」
「だよねぇ。どうする?」
「私に言われても…」
2人はしばらく無言で立ちすくんでいたが、とりあえず艦長に報告することにした。
「なんですって!?」
フラガからの報告に、傍で聞いていたノイマンとトールが顔を見合わせた。
「なんてバカなことを…何故止めなかったんです?少佐!」
「そんなこと言われても、止めたらこっちと戦争になりそうな勢いでね」
フラガは先ほどの自分の不用意な発言を思い出して苦笑する。
「それより、こっちも怪我人は多いし、飯や、何より水の問題もある」
一方ナタルはケガをしているわけでもないのに泣き止まない子供に、自分の制帽を被らせてやっていた。それでも泣きやまないので、今度はポケットに入っていた携帯食を差し出す。
「ほら、もう泣くな。いいものをやる。おいしいぞ」
ようやく泣き止んでもぐもぐと食べ始めた子供の姿に微笑んだナタルは、ふと、自分を見つめているたくさんの眼に気づいてぎょっとした。
おなかをすかせた子供たちはじーっとナタルを見つめている。
「あー、そんなにはないんだ…あはは…困ったなぁ…」
こんなナタルを見たら、きっとアークエンジェルの連中は誰もが固まってしまう事だろう。
(面白いもんを見たって、後で艦長やマードックたちに教えてやろう)
通信が終わったフラガはその光景をニヤニヤしながら見ていた。
ゲリラがほとんどから手の状態でバルトフェルドを追って行ったと聞き、しばらく頭を悩ませていたマリューは、結局ストライクを出す決断をした。
「ヤマト少尉に行ってもらいます。見殺しにはできません。残っている車両で、そちらにも水や食糧、医薬品を送らせます」
フラガたちには現地待機、キラには発進命令が下る。
「ハウ二等兵!ストライクの発進を!」
ミリアリアはピリッと襟を正すと、キラに呼びかける。
「キラ!ストライク、発進願います!」
「了解」
既にスタンバイしていたキラは、前回の出撃とは打って変わって落ち着いた様子で答えた。ストライカーパックは機動性に富むエールだ。
(発進したら着地と同時にもう一度接地圧をあわせ、運動性能を確保する…)
キラは淡々と手順を整え、発進に備えている。
何か乾いたものが、キラをひどく無機質な気持ちにさせていた。
「キラの…バカッ!」
あの後、この騒ぎが起きたためキラはフレイの腕を離れて走り出した。
そんな自分の背中に投げつけられた、サイの怒りのこもった声も、自分に向けられたフレイの優しさも、今はすべて忘れてしまいたかった。
(…この戦いは何のため?これから向かう戦場で、守るべきものは何?)
キラは動かしかけていたシフトレバーを止めて考えたが、答えは出なかった。
「もう少し急ぎませんか?」
ダコスタはゆっくりと帰還するバルトフェルドに苦言を呈す。
こんなにのんびり行軍していたら、追撃されるに決まってる…
いくらたかだかレジスタンスとはいえ、こちらも一応攻撃直後だ。補給を受けていない分、不安要素はゼロではない。
不測の事態に備えるのであれば早くレセップスに帰りたい。
しかし虎はすっかり夜が明けた砂漠を眺めながら飄々と呟く。
「運命の分かれ道だな」
バルトフェルドは腕を組んで砂漠の彼方に目をやりながら言った。
「そもそも、自走砲とバクゥじゃケンカにもならん。それでも来るのかね?」
「はぁ…でも連中のことですから、これじゃ生きていけないと怒り狂うかもしれませんよ」
「なるほど、命があっても生きていけない…か」
ダコスタの答えに満足し、バルトフェルドはやれやれと伸びをした。
「死んだ方がマシというセリフは結構よく聞くが、本当にそうなのかね?」
バルトフェルドが何を言っているのか、ダコスタが理解するより早く通信兵から戦闘車両が6台、こちらに向かっていると報せが入った。
ダコスタはすぐにバクゥへの迎撃待機と索敵を命ずる。
「ふぅん…やはり死んだ方がマシなのかね…」
青い空を眺め、バルトフェルドは眩しそうに眼を細めた。
彼方から現れた明けの砂漠は二手に分かれた。
射手がRPGをかまえ、バクゥの関節部を狙って撃つ。
うまく命中すればそれはバクゥの動きを止めることができたが、畳み掛ける攻撃ができないのだから無謀としか言いようがない。
バクゥは軽々と距離を縮め、逃げ惑うレジスタンスを追い詰めていった。何しろ連中が本気でかかれば、ちゃちなバギーなど簡単に踏み潰されてしまうのだ。
それはまるで猫がネズミをいたぶるようで、ただ一方的だった。
サイーブはバクゥになぎ払われ、相手にとってはただの威嚇砲撃にすら巻き込まれて死んでいく仲間たちの名を叫んだが、虚しいだけだった。
ロケットランチャーを撃ってバクゥの足を止め、意気揚々と戦っていたカガリたちも、じきに標的としてバクゥに追われ始めた。
スピードも機動性も破壊力も圧倒的な敵に、そもそもこんな装備で、地の利を生かしもせずに挑むなど無謀でしかないのだ。
「飛び降りろ!」
キサカはもはやこれまでと判断し、カガリを抱えるとバギーを飛び降りた。
しかし運転していたアフメドはそれを見て「え?」と一瞬不思議そうな顔をし、そのままバクゥに蹴り飛ばされた。
「アフメドーッ!!」
キサカに守られて着地したカガリは、小さな体が宙に飛び、そしてありえない方向に曲がって落下するのを目の当たりにした。
「アフメド!アフメド!!」
「よせ!見るな、カガリ!」
「離せっ!」
カガリはキサカが止める手を振り払い、友のもとへ走る。
(俺が砂漠に来た時は、敵対心丸出しでケンカばかり吹っかけてきた)
脳裡に、胡散臭そうに自分を見ていたかつての生意気なアフメドが蘇った。
それでも何度も一緒に戦ううちに、彼らはいつしか友達になっていた。
(砂漠での暮らし方や、危険な動物への対処も教えてくれた。一緒に騒いで、一緒に笑って…いつも一緒だったんだ…アフメド…)
その時、カガリの上を巨大な影がよぎり、それがすさまじい風と共に着地した。
白く輝く機体…カガリは日の光の下で見るストライクに眼を見張った。
キラはビームライフルで機敏に動くバクゥを追った。
しかし昨夜、接地圧をあわせてからはあれだけスムースに当たったアグニとは裏腹に、なぜかうまく当たらない。
「それる?そうか、砂漠の熱対流で…」
太陽があがり、砂漠の気温が上昇している。
熱によって対流に変化ができたため、ビームの射線が「ゆがむ」のだ。
キラはスコープのプログラムと、それを処理できるよう素早くOSをいじった。
(毎回毎回書き換える必要があるなんて…!)
調整され、当たり始めたビームがバクゥを迂闊に近づけさえない。
もともと少し動きの鈍かったバクゥを1機仕留めると、キラは再びビームの修正を行った。
(敵は3機。でも1機は動けない…急がなきゃ)
残った2機が執拗にガンランチャーで攻撃してくるが、初めて戦った昨夜に比べれば落ち着いて対処できる。
「ほう?もう熱対流をパラメータに取り込んだようだ」
バルトフェルドは昨夜とは装備が違うストライクを見て楽しそうに呟いた。
(撃ちあってみないとわからないこともある、か…)
バルトフェルドは被弾し、防衛に回るために戻ってきたカークウッドに、バクゥの操縦を自分と交代するよう命じた。
レジスタンスに関節部をやられて万全ではないが、まだ十分動けそうだ。
「しかし隊長がお出になるほどでは…」
「いいからいいから。きみは休んでいたまえ」
バルトフェルドは陽気に言うとコックピットに座り、戦場へと躍り出た。
「3機目!?まだ動ける!?」
キラは3機のバクゥに囲まれ、攻撃ポジションが取りづらくなった。
エールは大気圏下では、推進力はあるが飛行が可能というわけではない。
三方向から狙われては逃げようがないまま、ライフルで応戦するも、じりじりと退路が絶たれていく。さながら獣に囲まれた獲物のように。
バクゥは3機同時にガンランチャーをありったけぶち込んだ。
キラは盾で機体を守ったが、こぼれ弾の直撃は免れない。
PS装甲があるとはいえ、コックピットへの衝撃は相当だ。
しかしそれ以上にエネルギーゲージが見る見る減っていく。
「通常弾頭でも、76発でフェイズシフトはその効力を失う!」
一斉射撃を命じたのはバルトフェルドだった。
(使用量を換算すれば、ほぼ同時にライフルのパワーも尽きるだろう)
バルトフェルドという男は、そんな事にはさも興味もないような顔をしながら、いつも誰も知らない間に戦う相手や敵モビルスーツを研究し尽くしていた。
情報を制する者は戦いを制する…それを実践し、実際に勝ち進んできている。
先日のストライクのPSダウンについても、敵艦のミサイルやバクゥの攻撃が何発当たったことで起きたのかデータを多角的に分析し、ストライクの防御力を独自に割り出していた。
勇猛でありながら緻密な知略家でもある虎は、楽しそうに言った。
「さぁ、これをどうするかね?奇妙なパイロット君!」
激しい衝撃の中、キラは死を意識した。
このままエネルギーが切れれば、無防備なストライクと、一発で木っ端微塵になる自分が残るだけだ。
これまでずっと、何かを守るために戦ってきた…「でも」とキラは考えた。
(守るものがない時は、どうやって戦えばいいんだろう?)
サイとあんな事になって、守りたかった人を、私自身が傷つけてしまった。
(私には、もう守りたいものなんかない…)
その時、キラはモニターにカガリの姿を見た。
彼は動かなくなった小さな体を抱えて叫んでいる。
(そうか…きみも、大切なものを守れなかったんだね…)
キラは必死に友の体を揺さぶっているカガリに問いかけた。
(でも、なぜ守れなかったの?)
キラは自分に攻撃を続けている3機のバクゥをのろのろと見た。
その中でも最も動きの悪いバクゥが、キラの紫の瞳に捉えられた。
(敵…)
キラは何気なく考えた
(敵が、あの人が守りたかった人を奪ったからだ…)
なら、敵は排除しなければ。敵は全て葬らなければ。
キラの思考がいつになく空転していく。
「そのために…戦わなくちゃ」
キラの体に熱が走る。そして急激に冷やされていく。
ああ、いつもの、何かが目覚める感覚だ…視界も聴覚も恐ろしいほどクリアになっていった。
キラは構えていた盾をバクゥに投げつけると、突破口を作り出した。
「なに!?」
捨て身のようなその攻撃に、バルトフェルドは驚きが口をついた。
キラはそのまますばやい動きで抜け出すと、手近なバクゥを蹴り飛ばし、細かい砂を蹴り上げては砂煙を煙幕代わりにしてバクゥを撹乱した。
ストライクの動きについていけず、バクゥのランチャーが当たらない。
キラは続けてビームライフルを放り投げ、続けざまにバクゥを沈黙させる。
そしてもっとも動きの悪いバクゥが飛び掛かると、その腹の下に潜り込んでサーベルで一閃した。
「ぐっ…」
バルトフェルドのバクゥは見事なまでに足を切られて沈黙した。
(バカな!バクゥの下に潜っただと!?)
怒涛のようなキラの戦闘を見つめ、カガリもキサカも言葉もない。
動けなくなったバクゥのコックピットのバルトフェルドはこれまでと観念し、ダコスタに撤退を命じた。
他の無事なバクゥがストライクに威嚇射撃を加えながら隊長機を収容すると、彼らは砂漠の彼方へと去っていった。
「とんでもない奴だな。久々におもしろい」
部下たちに運ばれながら、動けないバクゥの中で腕組をしたバルトフェルドは楽しそうに笑っていた。
(それにしても追い詰めてからのあの動き…一体なんだ?)
彼はストライクのなりふり構わない、しかし決してメチャクチャではない戦いぶりを思い出してがっしりとした顎に手をやり、しばし考え込んだ。
「本当にナチュラル…か?」
虎が去った砂漠には、気まずい沈黙だけが残った。
並んだレジスタンスの遺体が、この戦いの代償だった。
「死にたいんですか?」
ストライクから降りてきたキラの声は、いつになく硬かった。
「なぜこんな無謀で無駄な戦いをしたんですか?わざわざ、こんな…」
キラは顔を歪めて、粗末な布がかけられただけの遺体を見て言った。
「こんなところで…なんの意味もないじゃないですか!」
「なんだと!?きさま…」
これを聞いたカガリがキラに詰め寄った。
「これを見ろ!」
そして彼は指をさし、キラに1人の少年の亡骸を見せた。
キラはあの時、カガリが抱いていたのはまだ13、4歳の少年だった事を知った。
「皆、戦ってるんだよ!大事なものを守るために!」
カガリのその言葉にキラの顔色がさっと変わったが、彼は気づかなかった。
自分がその事にどれだけ苦しめられているか思うと、キラの心がザラリと逆立つ。キラはそんな言葉を自分の前で軽々しく使って欲しくなかいと怒りを覚えた
が、年若い友を眼の前で失ったばかりのカガリは、激情に駆られて続けた。
「あんなものに乗ってるおまえにわかるもんか!」
その瞬間、キラはカッとなってカガリの頬を思い切り引っぱたいた。
「気持ちだけで、一体何が守れるっていうんだ!」
驚いて眼を見開くカガリを見つめるキラの瞳は、氷のように冷たかった。
「今から洞窟内を焼く!死にたくない者は早くそこから離れろ!」
拡声器を使って住民に避難を促しながら、ダコスタは考えていた。
(荒っぽい策を取る割には人情派なんだよな、隊長は…)
タッシルの空の燃え具合は、レジスタンスたちを動揺させるに足るだけの威力だった。
空全体が燃え上がり、キャンプ内は混乱して怒号が飛び交っている。
サイーブはパニックを鎮めようと大声で的確な指示を出したが、ままならない。
「サイーブ!」
カガリはゲリラ風のいでたちの大男、キサカと共にサイーブの元に駆けつけた。
「半分はここに残れと言っているんだ!落ち着け!別働隊がいるかもしれん!」
当然考えられる事態だが、家族が、家が、仲間たちが燃えている…そう思えば思うほど、いても立ってもいられないのだろう。
誰もサイーブの言葉など聞いてはいないようだ。
「どう思います?」
テントから外の様子を窺ったマリューがフラガに尋ねる。
「んー。砂漠の虎は残虐非道…なんて話は聞かないけど、俺も彼とは知り合いじゃないしね」
フラガは冷めたコーヒーを飲みながら肩をすくめた。
「戦争ともなれば、砂漠の虎も手段を選ばないって事もあるかもな。それより、どうする?」
フラガが逆にマリューに尋ねた。
「アークエンジェルは動かない方がいいでしょう。確かに、別働隊の心配もあります」
そう言ってから、マリューはフラガに向き直った。
「少佐、行っていただけます?」
フラガはとぼけて、「え?俺?」などと言っている。
「スカイグラスパーが一番速いでしょ?」
フラガが、あの程度の装備や組織でザフトと戦っている危なげな彼らを気にしていることくらいお見通しだった。
マリューは他にも救援と医師を行かせるからと約束した。
カガリはサイーブが街に向かう四輪バギーに飛び乗った。
アフメドがカガリを引っ張り上げる。少し年下の彼はカガリになついており、まるで弟のようにまとわりついていた。キサカもカガリを守るように隣に座った。
「あの野郎、女と子供しかいないタッシルを焼き払いやがった!」
アフメドは怒り、カガリも何度か行った事のある乾いた貧しい街を思い出した。
(砂漠の虎…!)
カガリはギリっと唇を噛み締めた。
「総員!直ちに帰投!警戒態勢を取る!」
マリューは子供たちやクルーを呼び寄せ、帰投を命じた。
スカイグラスパーが準備され、フラガが飛び立っていく。
そして約束の当面の救援物資と医薬品は、ナタルが届けることになった。
「では艦長」
「お願い。状況報告は密に。囮かもしれないから気をつけて」
サイーブが必死に半分は残れと言ったのに、すっかりがらんどうになったキャンプを見て、マリューは(所詮はレジスタンスね)とため息をついた
「さぁ、みんな持ち場に戻って。情報が入るまでは周囲を警戒!」
艦長がパンパンと手を打ち鳴らして言うと、皆ゾロゾロとアークエンジェルに戻って行った。
「終わったか?双方の人的被害は?」
攻撃は一方的に、そして完膚なきまでに行われた。
時間にしてわずか1時間といったところだろうか。
バルトフェルドはあらかじめタッシルの地理を十分把握すると同時に斥候を派遣して、武器・弾薬、食料など、主要拠点がどこにあるか調査させている。
彼曰く、「効率的なピンポイント攻撃を行うため」である。
「はぁ?あるわけないですよ。戦闘したわけじゃないですから」
ダコスタはピンピンしているバクゥと隊員たちを振り返った。
むしろ手応えのなさに拍子抜けしている連中の方が多いくらいだ。
「双方だぞ?」
しかしバルトフェルドは問い質した。
「そりゃまぁ…街の連中の中には、転んだの、火傷したのってのはあるでしょうが…」
15分前の避難勧告、どこかを攻撃する前には十分な警告。
「あれだけ親切に逃げろ逃げろと言ってやったんだから、よほどのことがなきゃ死んだとか重傷を負ったなんてことはないと思いますよ?」
ぶつぶつと報告する若い副官に、バルトフェルドは満足げに頷いた。
「うん、ならいいんだ」
無駄な労力は最小限に抑えてこそ、最大の効果を上げられるのだ。
しかしそれ以上に、人的被害を抑えることが今回の彼の目的だった。
「では、引き上げる。グズグズしてると、旦那方が帰ってくるぞ」
「それを待って討つんじゃないんですか?」
ダコスタはまさかの撤退命令に少し驚く。
しかしダコスタと同じくらいバルトフェルドも驚いた様子で答えた。
「おいおい、そりゃ卑怯だろ?誘き出そうと思って街を焼いたわけじゃないぞ?」
きみもまだまだだな、ダコスタくん…バルトフェルドはニヤニヤしながら部隊に命じた。
「ここでの戦闘目的は達した。帰投する!」
「はぁ…」
まだまだと言われて腑に落ちないながらもダコスタは渋々従い、全機帰投開始となった。
タッシルの街は見事なまでに丸焼けになっていた。
まだ燃え続ける建物もあれば、自然鎮火して燻るものもある…カガリは言葉もなく焼かれた街の惨状を見つめ、アフメドが「ちくしょう!」と喚きながら石を蹴り飛ばした。サイーブは押し黙ったままだ。
自らの街を、家を焼かれるというのは、物的被害ももちろんだが、特に精神的ダメージが大きい。人のアイデンティティーを形づくる、思い出や愛着が破壊され、無残にも蹂躙されるせいかもしれない。
バルトフェルドの目的も案外ここにあったのだろうか…カガリは街を見て言葉もないレジスタンスの仲間を見て思った。
(俺だって、もしも生まれた家、育った街、何よりも国が焼かれたとしたら…)
カガリはそんな事を思い、ゾクッと背筋が寒くなった。
上空を飛んで情報を集め、状況を把握していたフラガもまた、まだあちこちで煙が上がり、熱を持つ気流を感じて街の様子を見ながら眉をひそめた。
「ああ、ひでえ…全滅かな?これは…」
砂漠の虎は機動性に富んだバクゥと勇猛果敢な部隊を率い、わずかな時間で砂漠を踏破してユーラシアの大戦車隊を打ち破った勇将と聞いているが、駐屯地で悪逆非道を成している、などという悪い噂は聞いたことがない。
むしろ彼が陣を張って以来、何かと騒がしかった北アフリカは随分おとなしくなった。
(けど現実にはこんな大量虐殺をやるような男だったわけか)
そう思った途端、フラガは街の裏手に眼をやり、そこに驚くような光景を見た。
「こちらフラガ。街には生存者がいる」
情報がなかなか手に入らないアークエンジェルでも、その一報はみんなの耳を疑わせるに足るものだった。
フラガは街の裏手に女性や老人、子供たちや病人、けが人たちの姿を確認して報告をしてきた。
「…と言うか、かなりの数の皆さんが御無事のようだぜ」
フラガは虎の真意を計りかねてマリューに投げかける。
「さて、どういう事かな?」
「敵は?」
「もう姿はない」
それを聞いてマリューは顎に手を当てて考え込んだ。
「これは、昨夜の私たちの反撃への手痛いペイバックというわけね」
やがてフラガからの通信を受けて街に入った多くのレジスタンスが家族と再会し、無事を喜びあった。
自分の家の被害を見に行く者や、軽い怪我をした者を手当てしたりとひとしきりざわめいたが、どうやらこの攻撃が原因で死んだものはいないようだ。
現場ではフラガとナタルが合流し、カガリやサイーブも到着していた。
街の長老は、虎が攻撃の前に警告をして逃げるよう指示したと説明した。
「そして焼かれた。食料、弾薬、燃料…すべてな。確かに死んだ者はおらん。じゃがこれではもう、生きてはいけん」
生きていくために必要なものをすべて奪い取って、我らには這いつくばって生きろと言うのかと、長老は嘆いた。
「ふざけた真似を!どういうつもりだ!虎め!」
サイーブは怒りを隠さない。人的被害がなくても、彼らは今日の水も糧も、安心して眠る家もない。
「だが、手立てはあるだろう?」
その時、取り成すようにフラガがいつものように明るい声で言った。
「生きてればさ。死んだらやり直すも何もできないわけだし。虎はもともとあんたたちとまともにやりあおうなんて思ってないのさ」
肩をすくめながら言う彼の言葉を、皆陰気な顔をして黙って聞いている。
「こいつは昨夜の一件への、単なるお仕置きだろ。こんな事ぐらいで済ませてくれるなんて、随分と優しいじゃないの、虎は」
それを聞いたナタルがフラガをチラリと見る。
(少佐…迂闊です…)
「なんだと!?こんなこと!?」
案の定、彼の言葉に激昂した者がいた。火傷を負った赤ん坊への手当てを若い母親に教えていたカガリは、傷を冷やしたり、洗うための水を集めるよう若い連中に指示していたが、フラガの言葉を耳にして、大きなバケツを持ったまま歩み寄ってきた。
「街を焼かれたのがこんな事か?こんな事する奴のどこが優しいんだよ!」
カガリはそう怒鳴ると、足元に古ぼけたバケツを投げつけた。
その剣幕に、フラガは両手を挙げてまぁまぁとなだめるような仕草をした。
「ああ、失礼。気にさわったんなら、謝るけどね…」
フラガとしては、「相手が正規軍となれば、嫌な相手なら、警告どころか無差別爆撃で街一つ吹っ飛ばして終わり…ってことにもなりかねない」とでも言いたかったのだが、何しろいつも万事が万事この調子だ。配慮も言葉も足りない。
「あいつは卑怯な臆病者だ!俺たちが留守の街を焼いて、これで勝ったつもりか!?」
カガリの怒りは収まるどころかさらにエスカレートしていく。
「俺たちは、いつだって勇敢に戦ってきたんだぞ!」
「そうだ!この間だってやつらのバクゥを倒したんだ!」
「臆病で卑怯なあいつは、こんなことしかできないんだ!」
「何が砂漠の虎だ!ふざけた野郎だ!」
カガリの怒りはアフメドたちの怒りと相乗効果をなし、皆口々に叫び始めた。
理論も何もないこの支離滅裂な感情の吐露に、フラガは辟易して(参った)と顔をしかめている。
(これだから一つの信念を持って戦うヤツは面倒なんだよなぁ…)
ナタルは涼しい顔をしてフラガが困っているのを見ていた。
(たまにはいい薬です、少佐)
艦長へのブレーキがきかないのは、いつもフラガがこっそりアクセルを踏んでいるからだということを、彼女はよく知っていた。
「サイーブ!来てくれ!」
やがてサイーブが仲間に呼び出されると、そこには避難民とカガリたちが残された。その気まずい空気にさしものフラガも小さくなる。
「えーと、まぁ…いやな奴だな、虎って」
「あんたもなっ!」
カガリはそう言って乱暴にバケツを拾うと、くるりと踵を返した。
サイーブが仲間に呼ばれたのは、追撃して報復攻撃をしようという連中が集まっていたからだった。サイーブは無論、彼らを止めた。
「バクゥを相手に何を言ってるんだ!」
確かに攻撃によってやつらの弾薬は減ってはいるだろうが、かといって生身の人間をひとひねりするなら十分すぎる量だろう。
「けが人も多いんだ。街に残って女房や子供のそばにいてやれ!」
まずはそれからだと、サイーブは頭に血が上った連中を説得した。
しかし街を焼かれ、全てを失った彼らは負の感情に支配されて興奮し、いつもなら尊敬と畏怖を持って接するリーダーの言う事を聞こうとしなかった。
「俺たちに、水と食料をお恵みくださいと懇願する飼い犬になれってのか?」
「そんな事…死んだ方がマシだ!!」
結局サイーブが止めるのも聞かず、彼らは次々バギーに乗り込んでいった。
大した武装も持たない彼らなど、死ににいくようなものだ。
「よせ!やめろ、おまえたち!」
次々発進するバギーを見て、サイーブは舌打ちし、仕方がないと言わんばかりに部下を呼んだ。フラガとナタルも大きくなった騒ぎを見に来たが、その雲行きの怪しさにむっつりと黙ったままだ。
「行くのか?サイーブ!」
カガリが走りながらサイーブに聞いた。
「放ってはおけん!」
カガリは「俺も行く!」と言ったが、サイーブは「ダメだ!」と怒鳴った。
「おまえは怪我人の手当てをしてやれ!ここには医者がいないんだ!」
「けど…!」
「ダメだ!おまえは連れて行けない!」
その叱咤は、なぜかひどく拒否的で、絶対的な力を感じさせた。
サイーブのバギーはスピードを上げ、カガリは見る見る引き離された。
「乗れ!」
その時、置いてきぼりになったカガリをアフメドが拾った。
サイーブは驚いてふり返ると、「カガリを連れて行ってはならん!」と叫んだ。
「この間バクゥを倒したのは俺たちだぜ?!」
アフメドは子供らしい虚勢を張ってみせる。
「こっちに地下の仕掛けはない!戻るんだ!アフメド!」
しかし答えたのはカガリだった。
「戦い方はいくらでもある!」
その時、カーブでスピードを落としたバギーに、キサカが乗り込んできた。
「キサカ!」
キサカはサイーブに頷いてみせた。まるで任せろ、とでも言うように。
嵐のような一団が去ると、静けさだけが残った。
両者ともしばらく無言で立ち尽くしていたが、フラガが口を開いた。
「なんとまぁ…風も人も熱いお土地柄なのね」
寒い北国育ちの俺にはわからないなぁ…とおどけてみたがナタルは答えもせず、冷静に事実だけを述べる。
「全滅しますよ?あんな装備でバクゥに立ち向かえるわけがない」
「だよねぇ。どうする?」
「私に言われても…」
2人はしばらく無言で立ちすくんでいたが、とりあえず艦長に報告することにした。
「なんですって!?」
フラガからの報告に、傍で聞いていたノイマンとトールが顔を見合わせた。
「なんてバカなことを…何故止めなかったんです?少佐!」
「そんなこと言われても、止めたらこっちと戦争になりそうな勢いでね」
フラガは先ほどの自分の不用意な発言を思い出して苦笑する。
「それより、こっちも怪我人は多いし、飯や、何より水の問題もある」
一方ナタルはケガをしているわけでもないのに泣き止まない子供に、自分の制帽を被らせてやっていた。それでも泣きやまないので、今度はポケットに入っていた携帯食を差し出す。
「ほら、もう泣くな。いいものをやる。おいしいぞ」
ようやく泣き止んでもぐもぐと食べ始めた子供の姿に微笑んだナタルは、ふと、自分を見つめているたくさんの眼に気づいてぎょっとした。
おなかをすかせた子供たちはじーっとナタルを見つめている。
「あー、そんなにはないんだ…あはは…困ったなぁ…」
こんなナタルを見たら、きっとアークエンジェルの連中は誰もが固まってしまう事だろう。
(面白いもんを見たって、後で艦長やマードックたちに教えてやろう)
通信が終わったフラガはその光景をニヤニヤしながら見ていた。
ゲリラがほとんどから手の状態でバルトフェルドを追って行ったと聞き、しばらく頭を悩ませていたマリューは、結局ストライクを出す決断をした。
「ヤマト少尉に行ってもらいます。見殺しにはできません。残っている車両で、そちらにも水や食糧、医薬品を送らせます」
フラガたちには現地待機、キラには発進命令が下る。
「ハウ二等兵!ストライクの発進を!」
ミリアリアはピリッと襟を正すと、キラに呼びかける。
「キラ!ストライク、発進願います!」
「了解」
既にスタンバイしていたキラは、前回の出撃とは打って変わって落ち着いた様子で答えた。ストライカーパックは機動性に富むエールだ。
(発進したら着地と同時にもう一度接地圧をあわせ、運動性能を確保する…)
キラは淡々と手順を整え、発進に備えている。
何か乾いたものが、キラをひどく無機質な気持ちにさせていた。
「キラの…バカッ!」
あの後、この騒ぎが起きたためキラはフレイの腕を離れて走り出した。
そんな自分の背中に投げつけられた、サイの怒りのこもった声も、自分に向けられたフレイの優しさも、今はすべて忘れてしまいたかった。
(…この戦いは何のため?これから向かう戦場で、守るべきものは何?)
キラは動かしかけていたシフトレバーを止めて考えたが、答えは出なかった。
「もう少し急ぎませんか?」
ダコスタはゆっくりと帰還するバルトフェルドに苦言を呈す。
こんなにのんびり行軍していたら、追撃されるに決まってる…
いくらたかだかレジスタンスとはいえ、こちらも一応攻撃直後だ。補給を受けていない分、不安要素はゼロではない。
不測の事態に備えるのであれば早くレセップスに帰りたい。
しかし虎はすっかり夜が明けた砂漠を眺めながら飄々と呟く。
「運命の分かれ道だな」
バルトフェルドは腕を組んで砂漠の彼方に目をやりながら言った。
「そもそも、自走砲とバクゥじゃケンカにもならん。それでも来るのかね?」
「はぁ…でも連中のことですから、これじゃ生きていけないと怒り狂うかもしれませんよ」
「なるほど、命があっても生きていけない…か」
ダコスタの答えに満足し、バルトフェルドはやれやれと伸びをした。
「死んだ方がマシというセリフは結構よく聞くが、本当にそうなのかね?」
バルトフェルドが何を言っているのか、ダコスタが理解するより早く通信兵から戦闘車両が6台、こちらに向かっていると報せが入った。
ダコスタはすぐにバクゥへの迎撃待機と索敵を命ずる。
「ふぅん…やはり死んだ方がマシなのかね…」
青い空を眺め、バルトフェルドは眩しそうに眼を細めた。
彼方から現れた明けの砂漠は二手に分かれた。
射手がRPGをかまえ、バクゥの関節部を狙って撃つ。
うまく命中すればそれはバクゥの動きを止めることができたが、畳み掛ける攻撃ができないのだから無謀としか言いようがない。
バクゥは軽々と距離を縮め、逃げ惑うレジスタンスを追い詰めていった。何しろ連中が本気でかかれば、ちゃちなバギーなど簡単に踏み潰されてしまうのだ。
それはまるで猫がネズミをいたぶるようで、ただ一方的だった。
サイーブはバクゥになぎ払われ、相手にとってはただの威嚇砲撃にすら巻き込まれて死んでいく仲間たちの名を叫んだが、虚しいだけだった。
ロケットランチャーを撃ってバクゥの足を止め、意気揚々と戦っていたカガリたちも、じきに標的としてバクゥに追われ始めた。
スピードも機動性も破壊力も圧倒的な敵に、そもそもこんな装備で、地の利を生かしもせずに挑むなど無謀でしかないのだ。
「飛び降りろ!」
キサカはもはやこれまでと判断し、カガリを抱えるとバギーを飛び降りた。
しかし運転していたアフメドはそれを見て「え?」と一瞬不思議そうな顔をし、そのままバクゥに蹴り飛ばされた。
「アフメドーッ!!」
キサカに守られて着地したカガリは、小さな体が宙に飛び、そしてありえない方向に曲がって落下するのを目の当たりにした。
「アフメド!アフメド!!」
「よせ!見るな、カガリ!」
「離せっ!」
カガリはキサカが止める手を振り払い、友のもとへ走る。
(俺が砂漠に来た時は、敵対心丸出しでケンカばかり吹っかけてきた)
脳裡に、胡散臭そうに自分を見ていたかつての生意気なアフメドが蘇った。
それでも何度も一緒に戦ううちに、彼らはいつしか友達になっていた。
(砂漠での暮らし方や、危険な動物への対処も教えてくれた。一緒に騒いで、一緒に笑って…いつも一緒だったんだ…アフメド…)
その時、カガリの上を巨大な影がよぎり、それがすさまじい風と共に着地した。
白く輝く機体…カガリは日の光の下で見るストライクに眼を見張った。
キラはビームライフルで機敏に動くバクゥを追った。
しかし昨夜、接地圧をあわせてからはあれだけスムースに当たったアグニとは裏腹に、なぜかうまく当たらない。
「それる?そうか、砂漠の熱対流で…」
太陽があがり、砂漠の気温が上昇している。
熱によって対流に変化ができたため、ビームの射線が「ゆがむ」のだ。
キラはスコープのプログラムと、それを処理できるよう素早くOSをいじった。
(毎回毎回書き換える必要があるなんて…!)
調整され、当たり始めたビームがバクゥを迂闊に近づけさえない。
もともと少し動きの鈍かったバクゥを1機仕留めると、キラは再びビームの修正を行った。
(敵は3機。でも1機は動けない…急がなきゃ)
残った2機が執拗にガンランチャーで攻撃してくるが、初めて戦った昨夜に比べれば落ち着いて対処できる。
「ほう?もう熱対流をパラメータに取り込んだようだ」
バルトフェルドは昨夜とは装備が違うストライクを見て楽しそうに呟いた。
(撃ちあってみないとわからないこともある、か…)
バルトフェルドは被弾し、防衛に回るために戻ってきたカークウッドに、バクゥの操縦を自分と交代するよう命じた。
レジスタンスに関節部をやられて万全ではないが、まだ十分動けそうだ。
「しかし隊長がお出になるほどでは…」
「いいからいいから。きみは休んでいたまえ」
バルトフェルドは陽気に言うとコックピットに座り、戦場へと躍り出た。
「3機目!?まだ動ける!?」
キラは3機のバクゥに囲まれ、攻撃ポジションが取りづらくなった。
エールは大気圏下では、推進力はあるが飛行が可能というわけではない。
三方向から狙われては逃げようがないまま、ライフルで応戦するも、じりじりと退路が絶たれていく。さながら獣に囲まれた獲物のように。
バクゥは3機同時にガンランチャーをありったけぶち込んだ。
キラは盾で機体を守ったが、こぼれ弾の直撃は免れない。
PS装甲があるとはいえ、コックピットへの衝撃は相当だ。
しかしそれ以上にエネルギーゲージが見る見る減っていく。
「通常弾頭でも、76発でフェイズシフトはその効力を失う!」
一斉射撃を命じたのはバルトフェルドだった。
(使用量を換算すれば、ほぼ同時にライフルのパワーも尽きるだろう)
バルトフェルドという男は、そんな事にはさも興味もないような顔をしながら、いつも誰も知らない間に戦う相手や敵モビルスーツを研究し尽くしていた。
情報を制する者は戦いを制する…それを実践し、実際に勝ち進んできている。
先日のストライクのPSダウンについても、敵艦のミサイルやバクゥの攻撃が何発当たったことで起きたのかデータを多角的に分析し、ストライクの防御力を独自に割り出していた。
勇猛でありながら緻密な知略家でもある虎は、楽しそうに言った。
「さぁ、これをどうするかね?奇妙なパイロット君!」
激しい衝撃の中、キラは死を意識した。
このままエネルギーが切れれば、無防備なストライクと、一発で木っ端微塵になる自分が残るだけだ。
これまでずっと、何かを守るために戦ってきた…「でも」とキラは考えた。
(守るものがない時は、どうやって戦えばいいんだろう?)
サイとあんな事になって、守りたかった人を、私自身が傷つけてしまった。
(私には、もう守りたいものなんかない…)
その時、キラはモニターにカガリの姿を見た。
彼は動かなくなった小さな体を抱えて叫んでいる。
(そうか…きみも、大切なものを守れなかったんだね…)
キラは必死に友の体を揺さぶっているカガリに問いかけた。
(でも、なぜ守れなかったの?)
キラは自分に攻撃を続けている3機のバクゥをのろのろと見た。
その中でも最も動きの悪いバクゥが、キラの紫の瞳に捉えられた。
(敵…)
キラは何気なく考えた
(敵が、あの人が守りたかった人を奪ったからだ…)
なら、敵は排除しなければ。敵は全て葬らなければ。
キラの思考がいつになく空転していく。
「そのために…戦わなくちゃ」
キラの体に熱が走る。そして急激に冷やされていく。
ああ、いつもの、何かが目覚める感覚だ…視界も聴覚も恐ろしいほどクリアになっていった。
キラは構えていた盾をバクゥに投げつけると、突破口を作り出した。
「なに!?」
捨て身のようなその攻撃に、バルトフェルドは驚きが口をついた。
キラはそのまますばやい動きで抜け出すと、手近なバクゥを蹴り飛ばし、細かい砂を蹴り上げては砂煙を煙幕代わりにしてバクゥを撹乱した。
ストライクの動きについていけず、バクゥのランチャーが当たらない。
キラは続けてビームライフルを放り投げ、続けざまにバクゥを沈黙させる。
そしてもっとも動きの悪いバクゥが飛び掛かると、その腹の下に潜り込んでサーベルで一閃した。
「ぐっ…」
バルトフェルドのバクゥは見事なまでに足を切られて沈黙した。
(バカな!バクゥの下に潜っただと!?)
怒涛のようなキラの戦闘を見つめ、カガリもキサカも言葉もない。
動けなくなったバクゥのコックピットのバルトフェルドはこれまでと観念し、ダコスタに撤退を命じた。
他の無事なバクゥがストライクに威嚇射撃を加えながら隊長機を収容すると、彼らは砂漠の彼方へと去っていった。
「とんでもない奴だな。久々におもしろい」
部下たちに運ばれながら、動けないバクゥの中で腕組をしたバルトフェルドは楽しそうに笑っていた。
(それにしても追い詰めてからのあの動き…一体なんだ?)
彼はストライクのなりふり構わない、しかし決してメチャクチャではない戦いぶりを思い出してがっしりとした顎に手をやり、しばし考え込んだ。
「本当にナチュラル…か?」
虎が去った砂漠には、気まずい沈黙だけが残った。
並んだレジスタンスの遺体が、この戦いの代償だった。
「死にたいんですか?」
ストライクから降りてきたキラの声は、いつになく硬かった。
「なぜこんな無謀で無駄な戦いをしたんですか?わざわざ、こんな…」
キラは顔を歪めて、粗末な布がかけられただけの遺体を見て言った。
「こんなところで…なんの意味もないじゃないですか!」
「なんだと!?きさま…」
これを聞いたカガリがキラに詰め寄った。
「これを見ろ!」
そして彼は指をさし、キラに1人の少年の亡骸を見せた。
キラはあの時、カガリが抱いていたのはまだ13、4歳の少年だった事を知った。
「皆、戦ってるんだよ!大事なものを守るために!」
カガリのその言葉にキラの顔色がさっと変わったが、彼は気づかなかった。
自分がその事にどれだけ苦しめられているか思うと、キラの心がザラリと逆立つ。キラはそんな言葉を自分の前で軽々しく使って欲しくなかいと怒りを覚えた
が、年若い友を眼の前で失ったばかりのカガリは、激情に駆られて続けた。
「あんなものに乗ってるおまえにわかるもんか!」
その瞬間、キラはカッとなってカガリの頬を思い切り引っぱたいた。
「気持ちだけで、一体何が守れるっていうんだ!」
驚いて眼を見開くカガリを見つめるキラの瞳は、氷のように冷たかった。
PR
この記事にコメントする
制作裏話-PHASE18-
カガリたちに手痛いペイバックをした虎と、再び種が割れたキラの第2ラウンドです。
キラは接地圧に続いては熱対流パラメーターの調整をやってのけますが、実はここの戦闘はすべて「記憶頼みのオリジナル」です。見返したらきっと全然違うと思います。
(だからしばらくは絶対見返さないようにしよう…)
自分たちの街が焼かれるということについて、カガリにとってはこの後2回に渡る苦い経験となるわけですから、この時点では正体不明の彼が、「もしこんな風に自分の国が焼かれたら…」と故国に気持ちを寄せる描写をして伏線にしました。
ベルリンでも、戦いに介入しない事を理念とする国の元首である彼が出撃したのは「街への被害が大きい」からという事にしてありますし、カガリが「人々が傷つき、街が焼かれる」ことに敏感なのは、こうした砂漠やオーブでの経験を通したという描写と伏線になればいいと思っていました。
(砂漠編ってただでさえいらない子扱いだから、こうでもしないと意味がなくなってしまうので…)
カガリを本編とは違う医療技術者にして、コーディネイターであるラクス、キラ、アスランに対抗させることは当初から決めていましたので、ここでもその片鱗が見えています。カガリが金を持っている以外にゲリラの役に立つとしたら、医者のいない辺境で医療技術を持っていることだろうと考えたからです。
なので本編ではうっかり発言をしてしまったフラガにきゃんきゃん怒鳴るだけだったカガリですが、逆転では自分の能力を生かし、皆の信頼を得ていたからとしてあるので、その怒りにも意味が生まれます。それが後半でキラに向ける怒りに繋がります。
また、この「ペイバック」という言葉についても、せっかくなのでもう一回使おうと思い、逆種PHASE41の、全100話を通して一回だけカガリが泣くシーン(実は逆デスでもう一回だけ泣いていますが、描写はしていません)で有効利用させてもらいました。
なお裏話をさせてもらうと、逆転では「カガリを泣かせない」ことも絶対条件でした。
ちなみにアフメドがカガリを好きだったという本編の状況は、そのままアスランとニコルに移してありますから、逆にこちらの2人が本編のアスランとニコルのように兄と弟的友情関係にあります。
なのでアフメドにはあんなガキみたいな女(キラ)が気に入ったのかとカガリをからかわせてみたり、砂漠に来たばかりの頃は2人はケンカばかりだったという描写を差し挟んでみました。
カガリは本編でもキラとウズミに殴られ、アスランには投げ飛ばされていますが、逆転ではさらに多く殴られます。でも女の子なのにこれだけ殴られている本編には負ける。
しかしこの話、キラが出撃することになるのは仕方がないとは言え、もう少し悩んでもよかったと思うんですよ。だってこの戦いはアークエンジェルには何の関係もないですからね。なので逆転ではキラが「守るものがない」戦いに臨む、という構図にしました。
PHASE17でテンパり過ぎてサイと決裂してしまったキラは、アスランに「守りたい友達がいるんだ!」と言い張ってアークエンジェルに戻ったにもかかわらず、そんな友達を傷つけてしまったことで心に穴が空いてしまいました。
守るものがないキラ戦えない…そこで、逆転でのキラは、友達を失ったかガリを見て、再び種を割るという展開にしました。カガリはキラにとって大切な兄ですから、後の展開を思うとここでも少しドラマチックな方がいいと思うのです。
ラストシーンは、本編では怒るキラにカガリが「皆戦ってるんだよ」と言って殴られますが、私としてはもうちょっと深い理由が欲しかったのでこちらでは少し改変を加えています。
Gシリーズの製造に加担していた父への反発があるカガリが、アフメドの死を目の当たりにし、ストライクの力なくしては虎を追い払えなかったというのに、つい「あんなものに乗ってるおまえにはわからない」と言ってしまって、「守ること」に悩んでいるキラの逆鱗に触れたとしました。
本編だとカガリはぎゃーぎゃー喚いているだけのアホの子なので、もう少し頭のいい逆転のカガリは、キラに殴られるにしてもそれなりの理由がある方がいいと思ったからです。
バルトフェルドの「死んだ方がマシ」というセリフは、多分脚本家が頭をヒネって考えたんでしょうけど、結局何の意味もありませんでした。生き返ってきたしな、虎…
でも逆転ではもう少し活用しようと思い、ここでタッシルの民が「命があっても生きていけないのでは死んだ方がマシ」と思ったとし、虎自身もまた、ただ生きているだけなら死んだ方がマシと考えてクライン派に接触するとしました。
最終回でも戦いがやんだ戦場を前に彼はこのセリフを呟き、「ナチュラル(コーディネイター)と仲良くするくらいなら死んだ方がマシ」と思った連中の末路が目の前に広がっているのだと表しましたから、セリフを考えた脚本家より活用してますよねー
キラは接地圧に続いては熱対流パラメーターの調整をやってのけますが、実はここの戦闘はすべて「記憶頼みのオリジナル」です。見返したらきっと全然違うと思います。
(だからしばらくは絶対見返さないようにしよう…)
自分たちの街が焼かれるということについて、カガリにとってはこの後2回に渡る苦い経験となるわけですから、この時点では正体不明の彼が、「もしこんな風に自分の国が焼かれたら…」と故国に気持ちを寄せる描写をして伏線にしました。
ベルリンでも、戦いに介入しない事を理念とする国の元首である彼が出撃したのは「街への被害が大きい」からという事にしてありますし、カガリが「人々が傷つき、街が焼かれる」ことに敏感なのは、こうした砂漠やオーブでの経験を通したという描写と伏線になればいいと思っていました。
(砂漠編ってただでさえいらない子扱いだから、こうでもしないと意味がなくなってしまうので…)
カガリを本編とは違う医療技術者にして、コーディネイターであるラクス、キラ、アスランに対抗させることは当初から決めていましたので、ここでもその片鱗が見えています。カガリが金を持っている以外にゲリラの役に立つとしたら、医者のいない辺境で医療技術を持っていることだろうと考えたからです。
なので本編ではうっかり発言をしてしまったフラガにきゃんきゃん怒鳴るだけだったカガリですが、逆転では自分の能力を生かし、皆の信頼を得ていたからとしてあるので、その怒りにも意味が生まれます。それが後半でキラに向ける怒りに繋がります。
また、この「ペイバック」という言葉についても、せっかくなのでもう一回使おうと思い、逆種PHASE41の、全100話を通して一回だけカガリが泣くシーン(実は逆デスでもう一回だけ泣いていますが、描写はしていません)で有効利用させてもらいました。
なお裏話をさせてもらうと、逆転では「カガリを泣かせない」ことも絶対条件でした。
ちなみにアフメドがカガリを好きだったという本編の状況は、そのままアスランとニコルに移してありますから、逆にこちらの2人が本編のアスランとニコルのように兄と弟的友情関係にあります。
なのでアフメドにはあんなガキみたいな女(キラ)が気に入ったのかとカガリをからかわせてみたり、砂漠に来たばかりの頃は2人はケンカばかりだったという描写を差し挟んでみました。
カガリは本編でもキラとウズミに殴られ、アスランには投げ飛ばされていますが、逆転ではさらに多く殴られます。でも女の子なのにこれだけ殴られている本編には負ける。
しかしこの話、キラが出撃することになるのは仕方がないとは言え、もう少し悩んでもよかったと思うんですよ。だってこの戦いはアークエンジェルには何の関係もないですからね。なので逆転ではキラが「守るものがない」戦いに臨む、という構図にしました。
PHASE17でテンパり過ぎてサイと決裂してしまったキラは、アスランに「守りたい友達がいるんだ!」と言い張ってアークエンジェルに戻ったにもかかわらず、そんな友達を傷つけてしまったことで心に穴が空いてしまいました。
守るものがないキラ戦えない…そこで、逆転でのキラは、友達を失ったかガリを見て、再び種を割るという展開にしました。カガリはキラにとって大切な兄ですから、後の展開を思うとここでも少しドラマチックな方がいいと思うのです。
ラストシーンは、本編では怒るキラにカガリが「皆戦ってるんだよ」と言って殴られますが、私としてはもうちょっと深い理由が欲しかったのでこちらでは少し改変を加えています。
Gシリーズの製造に加担していた父への反発があるカガリが、アフメドの死を目の当たりにし、ストライクの力なくしては虎を追い払えなかったというのに、つい「あんなものに乗ってるおまえにはわからない」と言ってしまって、「守ること」に悩んでいるキラの逆鱗に触れたとしました。
本編だとカガリはぎゃーぎゃー喚いているだけのアホの子なので、もう少し頭のいい逆転のカガリは、キラに殴られるにしてもそれなりの理由がある方がいいと思ったからです。
バルトフェルドの「死んだ方がマシ」というセリフは、多分脚本家が頭をヒネって考えたんでしょうけど、結局何の意味もありませんでした。生き返ってきたしな、虎…
でも逆転ではもう少し活用しようと思い、ここでタッシルの民が「命があっても生きていけないのでは死んだ方がマシ」と思ったとし、虎自身もまた、ただ生きているだけなら死んだ方がマシと考えてクライン派に接触するとしました。
最終回でも戦いがやんだ戦場を前に彼はこのセリフを呟き、「ナチュラル(コーディネイター)と仲良くするくらいなら死んだ方がマシ」と思った連中の末路が目の前に広がっているのだと表しましたから、セリフを考えた脚本家より活用してますよねー