Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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「2人とも!もうじき雨の時間だよ」
キラはシーゲルと共に、池のほとりに白鳥を見に行っていた。
白くて、大きくて、力強いのに優雅なこの鳥がキラは好きだった。
アスランのようだ…と思いながら、オーブで会った彼女を思い出す。
(アスラン、とても綺麗だったな)
シーゲルは、アスランの父と自分が今のキラとアスランよりもう少し年上だった頃に出会い、コーディネイターの未来やプラントの自主独立について熱く語り合った日々について話してくれた。パトリックは真面目で頑固で融通が利かず…
「私はいつも彼に、そんないい加減ではいけないと叱られたよ」
それを聞いてふふっとキラは笑った。
「どうしたね?」
「私もよく、やればできるのにやらないだけだとアスランに叱られてばっかりだったんです」
プラントの自治権、貿易自主権、禁止されていた食料の自主調達。
当時、生活の基盤を整えようと必死だったコーディネイターに、無理な要求ばかりしていた傲慢で強引なプラント理事国に対し、彼らが自分たちの当然の権利を求めようと政治結社「黄道同盟」を結成したのは、彼らがちょうどフラガくらいの年の頃だったと言う。
地下に潜り、毎日追っ手から逃げ、弾圧をかいくぐって活動した。
「闘いには、 色々な形があるものだ」
私もパトリックも若かったと、シーゲルは笑った。
大切な仲間を失い、傷つき、時には挫けそうになりながらも、「情熱と正義があれば、いつか世界は変わると信じていたよ」と、懐かしそうに微笑むその顔は、本当に楽しそうだった。
親友と弁論をかわし、信じあい、援け合い、言い争い…たった一つの目的に向かって、共に全力で駆け抜けたのだ。
長く苦しかった日々は、彼にとっては同時に宝物なのだろう。
キラは微笑みながらシーゲルの話に耳を傾け、時には小さい声で質問していたが、ラクスが2人に雨の時間を告げにくると、シーゲルは気を利かせて歩き出した。
キラは足早に去った彼を見送り、今度はラクスと共にゆっくり屋敷へと向かった。
「父と何を話してたの?」
「アスランのお父さんとの話」
やっぱりねとラクスは笑った。
「父は今でもザラ議長を親友だと信じているから…でも、僕はちょっと怖いんだけどね」
「怖い?」
「ザラ議長の方は、果たしてそう思ってくれているかどうか」
それほどまでに、両者の進もうとする道は乖離してしまっている。
友との過去を大切にしているシーゲルに比べ、パトリック・ザラを冷静に観察しているラクスはもう少し現実的だった。いや、両者の決裂について最悪の事態を想定している彼は、むしろ父の甘い考えに批判的であるといってもよかった。
「…もし…もう一度、アスランに…会えるなら…」
少しの間沈黙が続き、やがてキラはたどたどしく言葉を紡ぎ出した。
「私にとってあなたは、大切な友達だって、言いたい」
「うん」
ラクスは頷く。
「そして、聞いてみたい」
「うん」
「あなたは、まだ、私を…友達と思ってくれる?って」
「うん」
「聞けるかな、私?」
キラはラクスに聞き、ラクスは「うん」と答えた。
「会えるかな、アスランに?」
再びキラが聞くと、ラクスもまた「うん」と答える。
「よかった」
そしてキラは笑った。
それはキラがここに来て以来、ようやく見せた心からの笑顔だった。
何も聞かず、何も責めないラクスと過ごすゆったりとした時間と、穏やかなシーゲルとの語り合いが、いつしかキラの心を癒していた。
(やっと答えが出たね、キラ)
ラクスは微笑みながら、足取りの軽くなったキラの後をついていく。
そしてはるか遠く離れた彼女を想う。
(アスラン…次はきみの番だ)
荷物をまとめると、まだ左腕を吊ったままのアスランはゲートを目指した。
これからカオシュンを経由し、プラントへ向かう。父の召喚に応じ、特務隊員として新たな機体を拝受するためだ。
そんなアスランを、廊下の向こうでイザークが腕を組んで待っていた。
イザークは壁に体重を預けたまま、じろりと眼だけでこちらを向く。
アスランはそんな彼を言葉もなく見つめていたが、イザークはつかつかと寄ってくると、さもつまらなそうな顔をして睨んだ。
以前なら、こうした冷たく見える態度もただ何故だろうと思うしかなかったが、今はこれも、不器用な彼なりの親愛だとわかる。
ニコルの死を悼み、傷ついた自分を迎えてくれ、ディアッカの事を気にしているだろうに、それをおくびにも見せようとはしないのだ。
「俺もすぐそっちへ行ってやる」
やがてイザークが忌々しそうに言った。
「貴様などが特務隊とはな…議長もご令嬢には随分お優しいようだ」
そんな嫌味を聞いても、アスランは眉一つ動かさなかった。
ただ荷物を下に置くと、いつもと変わらない表情でイザークに言った。
「色々と悪かったわ。今までありがとう」
そして右手を差し出し、握手を求めた。
イザークは少しためらったが、恐る恐る手を出した。
彼らもアカデミーからかれこれ長い付き合いになるのだが、こうして「握手」という形で互いの手に触れるのは初めてだった。
アスランの手は少し冷たくて、思った以上に華奢だった。
(こんな手で、全てを受け止めて戦ってきたのか、こいつは…)
「…?」
イザークはしばらくその細い手を握ったまま見つめていたので、さすがにアスランがいぶかしむと、慌てて手を離し、顔を背けた。
そしてそっぽを向いたまま吐き捨てるように言った。
「今度は俺が部下にしてやる!」
その、実にイザークらしい言葉を聞いてアスランは少し微笑んだ。
「…それまで、死ぬんじゃないぞ」
「わかったわ」
呟くように言った彼の言葉に頷き、アスランは再び歩き出した。
カーペンタリアを照らす夕陽が、じきに地平線に触れようとしていた。
「嫌だってば!艦長!なんで俺だけ…」
人事局に出頭するため急遽独房から出されたフレイは、翌朝ナタルとトノムラに連れられて退艦儀礼にやってきた。
嫌がって大分暴れたらしく、痛い思いをしたトノムラは不機嫌そうだ。
「いい加減にしろ!これは本部からの命令だ。きみは従わねばならない」
トノムラと共に彼の腕を引いているナタルが喝を入れる。
マリューはそれでもなお諦められずに懇願するフレイを哀れに思い、「人事局に異議を申し立ててみるから」と言ったのだが、ナタルは「取り合うわけがありません」とそっけない。そして、それは正しい。
「では、艦長」
駄々をこねるフレイを力の強いトノムラに任せ、ナタルは敬礼した。
「今までありがとう。バジルール中尉」
マリューもまた敬礼を返した。
ヘリオポリス、月までの長く苦しい逃避行、そして砂漠、海での戦い。
何度ももうだめだと思ったけれど、こうして無事、艦共々アラスカに辿り着けたのは、泣き言一つ言わず指揮を執ったナタルがいたからだ。
いつでも厳しく、けれど正しい彼女がいたからこそ、生き残れた…
「また会えるといいわね。戦場でないどこかで」
マリューは優しく言った。
ナタルもまた、彼女と共に駆け抜けた戦場を思い出していた。
ここに至るまでの航海には、常に困難と問題が立ちはだかった。
それは艦長の采配、判断力、決断力、統率力に反比例していたと思う。
ナタルはマリューの、女性らしい優しい表情を見て少しだけ苛立つ。
(平時に、あなたと会いたいと思うかどうかはわかりませんが…)
「…終戦となれば、可能でしょう」
苛立ちながらも、これもまた本心だ…と自嘲気味に思い、答えた。
「サイ!サイ!」
ナタルが踵を返し、トノムラに背を押されるフレイがサイを呼ぶ。
「フレイ…」
サイは、諦めきれずにまだ後ろを振り返るフレイを見つめていた。
そうして転属になる2人が去り、残ったのはフラガだけになった。
少ない荷物をまとめたフラガも、今日は珍しく制帽をかぶっている。
「俺も言うだけ言ってみっかな。人事局にさ」
「取りあうわけないそうよ」
ナタルの口調を思って、2人はふふっと笑う。
「しかし、何もこんな時にカリフォルニアで教官やれはないでしょう」
もともとフラガはグリマルディ以来教官職についてはいたのだが、また後方支援って…なんだってこの時期なんだかと不満そうだ。
「あなたが教えれば、前線でのルーキーの損害率が下がるわ」
マリューはフラガを励ますつもりで言った。
「いい教官になるわ、あなたは」
優しくて、大きくて、強くて…マリューはふいに涙があふれそうになって、慌てて敬礼した。
「今まで、ありがとうございました」
彼がいなくなることがこれほどまでに辛いなど、認めたくなかった。
「俺の方こそ、な」
フラガは姿勢を正し、ガラにもなくきちんと敬礼した。
その頃、アラスカ本部では着々と作戦が決行されようとしていた。
ほとんどの幹部は既に自分たちがあるべき場所へと河岸を変えていた。
「状況は?」
「順調です。全て予定通りに始まり、予定通りに終わるでしょう」
サザーランドは答える。静かに、厳かに、審判は下されるだろう。
神の領域を侵し、在ってはならぬ者たちは、塵芥と化して消えるのだ。
「すべては、青き清浄なる世界のために…」
「暫定の措置ではあるが、第8艦隊所属艦アークエンジェルは、本日付で、アラスカ守備軍第5護衛隊付きへと所属を移行するものとする。発令、ウィリアム・サザーランド大佐」
フラガたちを見送った後、司令本部からの通達を受けたマリューが敬礼した。
しかしクルーは不満げだ。
「アラスカ守備軍?」
パルが小声で言うと、チャンドラも返す。
「アークエンジェルは宇宙艦だぜ」
本部の将校はさらに続けた。
「それを受け、1400から貴艦への補給作業が行われる。以上だ」
「…あの!」
マリューが慌てて声を出す。「不満か?」と聞く将校に、「そうではありませんが、こちらには休暇、除隊を申請している者もおりますし、捕虜の扱いの件もまだ…」と伝えたのだが、将校は取り合ってくれない。
「こっちはもうパナマがカウントダウンのようで大変なんだよ。大佐には伝えておく」
それだけ告げて通信は切れ、ブリッジにはなんともいえない気まずい空気が流れた。
「作戦開始は定刻の予定。各員は迅速に作業を終了せよ」
「降下揚陸隊、配置完了。作戦域オールグリーン。レーザー通信回線、最終チェック」
その頃、プラントのザフト軍本部では、作戦の最終確認が行われていた。
オペレーション・スピットブレイク…ザフトによる大規模降下作戦の開始まであとわずかである。
「0300現在、気象部報告。第25管区は晴、北北西の風4.2m。気温18.7度」
カーペンタリアからの気象予測も問題ない。
(いよいよパナマへの進攻が始まる)
本部司令室は高揚感と緊張感に包まれ、厳かな雰囲気を醸し出していた。
軍本部を急襲し、最後に残ったマスドライバーを奪って、やつらを地球という名の閉ざされた狭い容れ物の中に閉じ込めてやるのだ。
(地球の重力に潰されて、這いつくばって生きるがいい)
作戦決行の合図を待っていたザフトの誰もがそう考えていた。
「この作戦により、戦争が早期終結に向かわんことを切に願う」
やがてバルコニーに、プラント最高評議会議長パトリック・ザラが現れた。
「真の自由と、正義が示されんことを」
兵たちの間にプラズマのようにさらに強い緊張感が走った。
そしてザラは噛み締めるように、けれど断固たる口調で告げる。
「オペレーション・スピットブレイク。開始せよ!」
膨大な本部全てのモニターが、一斉に作戦決行を告げる。
しかしオペレーターは目的地の名称を見て皆一様に戸惑いを見せた。
「スピットブレイク発動!目標……アラスカ?」
「事務局発、第6号作戦開封承認。コールサイン、オペレーション・スピットブレイク。目標、アラスカ……JOSH-A!」
オペレーターが告げた地名が、当然そこであろうと思われていたパナマではないことに、多くの兵がどよめき、一斉にざわめいた。
それは作戦決行を待ち続けていたプラント、カーペンタリア、ジブラルタル、その他全てのザフト兵士が思うことであった。
「JOSH-Aだと?」
「そんな…!」
ある艦では艦長と副官が顔を見合わせ、間違いないかと確かめた。
「スピットブレイク、発動されました。目標はアラスカ、JOSH-Aです」
「なに!?」
ある艦では通信兵の言葉に、艦長が思わず聞き返す。
降下を待つポッドでは、パイロットたちが互いに通信を開いた。
「地球軍本部?」
「パナマじゃなかったのかよ!?」
「頭を潰した方が、戦いは早く終わるのでね…」
クルーゼはとうとう始まったザフトの降下作戦を見つめて呟いた。
(だが、そううまくいくかな?ザフトの諸君。そしてパトリック・ザラ)
「JOSH-Aだと!?」
傷もほとんど癒え、脚部の修理が終わったデュエルの点検をしていたイザークは、通信機から聞こえていたオペレーターの言葉に思わず叫んだ。
「へぇ…面白いじゃないか。さすがザラ議長閣下。やってくれる」
娘は色々と気に食わんところもあるが、とイザークは嫌味を交えつつ、文官出身とは思いがたい強面のパトリック・ザラを思い出していた。
母もザラ議長は立派だと崇拝している。
腑抜けのクライン前議長よりよっぽど面白いことをやってくれるかもしれん…
イザークは笑った。
「奴らは目標をパナマだと信じて、主力隊を展開させてるんだろ?」
長くデュエルを見てくれている整備兵が訊ねた。
「まさに好機じゃないか、イザーク」
「ふん。これで終わりだな、ナチュラル共もさ」
ストライクもいなくなって、俺がヤツと戦う理由もなくなった。
ディアッカも、ニコルも…アスランまでもいなくなった。
あとはこんな戦争、さっさと勝って終わらせればいいだけだ。
イザークははふんと鼻を鳴らし、目標変更にかかる時間をすべてデュエルの整備にあてると言い、整備兵を嘆かせた。
シーゲルは時間通りに降ってきた雨を避け、笑いながら戻ってきたキラとラクスを目を細めて迎えたが、操作しているタブレットで思うような結果が出なかったので思わずため息をついた。
「やはりだめですな。導師のシャトルでも、地球へ向かうものは現在全て、発進許可は出せないということで」
(始まったか…オペレーション・スピットブレイクが)
若者たちは今頃、パナマの地球軍本部を目指しているのだろう。
このような大規模な殲滅戦を止められなかったことが、彼の胸を刺す。
何度も繰り返してきた小競り合いや戦いは、回を重ねればより大きく、陰惨で悲惨な結果を生むばかりだった。憎しみの連鎖は止まらない。そして若い命が戦場に散っていく…彼らの屍を踏み躙り、戦いは続く。
「シーゲル様に、アイリーン・カナーバ様より通信です」
その時、執事がシーゲルに通信をつないできた。
「クラインだ」
シーゲルが応答すると、3Dモニターには議員ローブをまとったカナーバが血相を変えて現れた。
「シーゲル・クライン!我々はザラに欺かれた!」
「カナーバ…?」
シーゲルは彼女の興奮した声に驚き、眉を顰める。
「欺かれた?何のことだ?」
「発動されたスピットブレイクの目標はパナマではない。アラスカだ!」
「なんだと!?」
ちょうど椅子に座り、カップを手にしたばかりだったキラは思わずそれを取り落とした。
「キラ?」
―― アラスカ…!?
それはアークエンジェルが向かっていた先だ。
サイ、ミリアリア、カズイ、艦長、少佐、バジルール中尉、マードックさん…キラは震えだし、それを止めようと両腕で自分の体を抱きしめた。
「彼は一息に地球軍本部を壊滅させるつもりなのだ」
若さゆえに激情的に怒り狂ったカナーバは大声で訴え続けた。
「評議会はそんなことを承認していない!」
(…フレイ…!!)
そしてその名に到達した途端、キラは呼吸ができなくなる。
(どうしよう、どうしよう…みんな、死んでしまう…!)
「キラ」
ラクスはそんなキラを心配そうに見つめていた。
「どういうことだ?これは」
転属の3人は移送船に乗り込むためドックまで来たものの、やけにバタバタと慌しい様子に一体何事かといぶかしんだ。
パナマへの戦力集結など、とっくに終わっていなければならない頃だった。
「まだパナマへ出る隊があるんでしょうか?」
フラガの声に、ナタルもあたりを不思議そうに見つめた。
しかし今の自分には関係ない。ナタルは乗るべき艦を確かめる。
「きみの搭乗艦は向こうだな。少佐はどちらですか?」
フレイの艦を確かめると、ナタルはフラガにも尋ねた。
「え?ああ、俺はこっちの坊主と一緒だよ」
「そうですか」
少し寂しげにナタルは答えた。
「では、少佐」
ナタルが敬礼すると、フラガは右手を差し出した。
「ああ。中尉も、元気で」
ナタルは一瞬戸惑い、困ったような顔をしたが、そのままおずおずと右手を差し出した。
ナタルはその思った以上に大きな手とぬくもりを感じて何か言葉を探そうかと思ったが、結局何も言わずに手を離した。
「退避の状況は?」
慌しいドックとは別に、まだ残っている幹部は、他の幹部たちや彼らが選んだ「捨てがたい人材」たちの退避状況について尋ねた。
それはほとんど連邦の兵士ばかりで、続々とアラスカを離れている。
「あと3隻ほどでしょう」
何の抑揚もない声でサザーランドが答えた。
「間に合うのかね?」
「いきなり最深部まで入られたりはしませんよ」
彼は可笑しそうに笑って言った。
「核攻撃にも耐えうる基地です。グランドフォローは破れません」
不気味な会話が交わされ、幹部連中はそれを最後に基地を出た。
あとにはモニターだけが不気味に光る本部だけが残された。
「ここ並んで。自分の番が来たら、それを見せて乗るんだ。いいな」
フラガはフレイの認識票を確認し、指示をした。
「え?あの…」
フレイは驚き、「少佐は?」と尋ねたが、フラガはもう走り出していた。
「俺、ちょっと忘れもん!」
「ええ!?少佐!」
フレイは心細さからキョロキョロとあたりを見回した。
兵たちが怒鳴り声を上げ、走り回っている殺伐とした雰囲気といい、汚らしい移送艦といい、どう見てもアークエンジェルにいる事よりいい事が待っているとは思えない。
その時、基地全体にズズゥン…という不気味な振動が響いた。
フレイはギクリとして振り返る。
(何だ?何の音だ?)
それは補給を終え、待機中のアークエンジェルにも感じられた。
ノイマンが艦の故障ではない事を確認し、CICの通信席に戻ったミリアリアやサイ、カズイも不安げに音の正体に耳を澄ましている。
これまで何度も厳しい実戦をかいくぐって生き延びてきた彼らには、この音がもはや聞き慣れた爆発音だとわかってしまったのだ…マリューも思わずごくりと唾を呑む。
「統合作戦室より入電!」
パルの報告に、マリューは思わず身を乗り出した。
「サザーランド大佐!これは!?」
「守備軍は直ちに発進!迎撃を開始せよ!」
ブリッジのクルーが凍りつく。
マリューは即座に大佐に状況の説明を求めた。
「目標はパナマだったはずです。なぜ今ここが狙われているのです?」
「そんな事はわからん」とサザーランドは不機嫌そうに言って続けた。
「してやられたよ。奴らは直前で目標をこのJOSH-Aへと変えたのだ」
当然ながらこの時、指揮を執るサザーランドが司令本部にいるとばかり思っていたマリューは、内心ではしぶしぶながらもこの作戦を了解した。
まさか彼らが既に脱出艇に乗っていたなど、この時は気づきもせずに。
「おまえたちは搭乗を急げ!」
列に並んで移送艦への搭乗を待っていた転属者たちも、不安げに天井を仰ぐ。
振動はやまず、大きくなるばかりだ。
フレイは不安そうにきょろきょろとあたりを見回していたが、やがてフラガが走って行った方向に向かって自分も走り出した。
(あの人なら、きっとアークエンジェルに連れて行ってくれる…)
そんな根拠のない思いに引かれて。
そのフラガはといえば、基地を襲った振動と爆発音を聞いて行き先を変更し、大深度にある統合本部にたどり着いていた。
そして突然の攻撃を受けて蜂の巣を突いたような騒ぎになっている…いや、なっていなければならないはずの司令本部の、実際の状態に驚いていた。
司令本部は、完全に無人だった。
行けども行けども、どの部屋にも誰もいない。
光を放つ立体モニターが不気味にあたりを照らし出しているだけで、ブゥンという機械音以外、一切聞こえない。人の気配など全くない。
「くそっ…どうなってんだ、こりゃ!?もぬけのからだ」
そんな風にフラガが呆気に取られている頃、彼の因縁の相手であるラウ・ル・クルーゼもまた、単身JOSH-Aの中枢を目指していた。
何しろ彼は、このために特殊任務を発令し、中を探らせていたのだから。
「さて、この舞台の主役、どれほどの大物か見せてもらうぞ」
パナマからアラスカと、ザラに寝首をかかれたフリをしながら、連合の連中が一体どんな策を弄して待ち構えているのかを。
「これで戦えと言うのも酷な話だけど、本部をやらせるわけにはいかないわ」
マリューは静まり返ったブリッジで重い口を開いた。
「アークエンジェルは防衛任務の為、発進します!」
「そんなぁ…キラも少佐もいないのに、どうやって…
当然ながら、カズイの言葉に答える者はいない。
イザークはグゥルに乗り、サブゲートで交戦を始めていた。
防衛機構が働き、機銃が発射される。
戦闘機が飛び回るが、後ろに控えるディンの敵ではない。
イザークはディン部隊に後は任せると告げるとゲートに向かった。
(奥へ向かって、大将首を上げてやる!)
イザークにとっては防衛任務に就く兵たちは全て「ナチュラル」であり、「地球軍」に過ぎないが、実はゲートを守る中に連邦出身者はいない。
ここに配置されているのはユーラシアや東アジア共和国の兵士ばかりだ。
「ふふ…アズラエルの情報は確かなようだな」
優秀な特殊任務隊に探らせたルートでやすやすと統合本部まで入り込んだクルーゼは、自らアラスカで軍の情報筋と接触して手に入れたデータと照らし合わせてみた。
モニターには既に経過した時間が流れていく。
セットされているそれを、クルーゼは解析していった。
「ふん」
なるほど、これなら身を切りながら相手を灼けるだろう。
(かつて手放した情報がここまで来たか)
クルーゼはザラから作戦の全容を打ち明けられた時に野に放った一枚のデータを思い出してニヤリと笑う。
(誰にやったわけでもない…だが誰かが手にして利用した)
クルーゼのゲームはこうして想定内の想定外を引き起こし、核分裂した。
この時、すぐ近くで不思議な感覚を感じたフラガは銃を手にしていた。
このいやな不快感… 何か、相通じるようでいて別物と思わせる違和感…
フラガは壁を背にして大声で怒鳴った。
「ラウ・ル・クルーゼかっ!?」
途端に銃弾が飛んでくる。
フラガは銃を構えながら身を低くし、本部の一室に飛び込んだ。
「久しぶりだな、ムウ・ラ・フラガ!」
それは聞き覚えのある忌々しい声だった。
「せっかく会えたのに残念だが、今は貴様につきあっている時間がなくてね」
隠れたフラガを狙い撃ちながら、クルーゼはゆっくりと出口に向かう。
解析どおりならもはやそう時間はない。
「ここにいるということは、貴様も地球軍ではすでに用済みか」
クルーゼは後退りながらも、せせら笑うように言った。
「堕ちたものだな、エンデュミオンの鷹も!」
「なんのことだ!?」
フラガは叫んだ。
「知りたければ自分で確かめるがいい」
数発の銃弾を撃ち込み、走り去る足音と共に、あざ笑うかのような声も遠ざかっていった。
「おまえたちが信じて戦う者が、これから何をしようとしているかを」
フラガは顔をあげたが、クルーゼの気配は既になかった。
(なんであの野郎がこんなところに…それに、何をするって?)
フラガは持ち前の勘のよさで、言い知れぬ不気味さを感じながらクルーゼが見ていたモニターを覗き込んだ。
「…うっ!これは!?」
忘れもしない、グリマルディ戦線でエンデュミオン基地を地獄に変えた、友軍をも巻き込む忌むべき大量破壊兵器…遠隔操作オンリーにセットされ、フラガの知識では止められない。
(キラがいてくれたら…いや、今はそれよりアークエンジェルだ…!)
奴らは自分たちに必要な人間だけを「転属」という形でピックアップし、後は文字通り「捨て石」にする気なんだ。
(させるかよ!)
フラガはすぐに走り出した。
(あいつらを死なせるもんか!)
基地を揺るがす振動は激しくなるばかりだった。
既にイザークたち先陣は第2ゲートまで到達している。
「ザフト兵だ!」
「侵入されているぞ!」
サブマシンガンの音が響き、フラガを追ってようやく本部までたどり着いていたフレイは、その銃声に恐怖して耳を塞いだ。
「うわぁ!」
縮こまっていた彼の上に、クルーゼが撃ち殺した兵士が倒れこみ、フレイは思わず悲鳴をあげて壁ぎわへといざったが、それと同時にぐにゃりとした体が彼の体にのしかかり、フレイはさらに悲鳴をあげた。
「し…死んでる?!」
フレイは恐ろしさに震えだし、立ち上がろうとしたがうまく立てない。
そこに、この廊下の敵を手早く排除したクルーゼが走ってきた。
(ザ…ザフト!?こんなところに!?)
腰が抜けて立つことができないフレイは、怯えてさらに後ろに下がった。
「おやおや、これはこれは…」
クルーゼは怯えた顔の少年兵を見て銃を構えた。
フレイは息を呑み、それから思わず「少佐ーっ!」と叫んだ。
「フラガ少佐!少佐ーっ!」
近くにいるなら助けて欲しい…あの人しか今は頼れない…恐怖のあまり顔がゆがみ、哀しいわけではないが知らずに涙が浮かんだ。
「ほう?」
クルーゼは彼の口から飛び出した知己の名に興味を持った。
(この小僧…ムウ・ラ・フラガを知っているのか?)
よくよく見れば、ナチュラルにしては端正な容姿をしている。
何かを思いついたように、クルーゼはニヤリと笑って銃を下ろした。
(これならコーディネイターの中にあってもひけを取るまい)
しかもムウを知っているとなれば何かに使えるかもしれない。
クルーゼは悲壮な表情でフラガを呼び続ける彼に近づいて鳩尾を殴り、痛みで気絶させた。そして彼を肩に担ぎ上げると再び走り出した。
「ウォンバット、バリアント、撃ぇ!」
アークエンジェルはユーラシアの艦隊と共に、メインゲートの防衛に出ていた。しかしサブゲートは次々突破されているようだ。
空を覆いつくすディン、そして絶え間ない魚雷はゾノやグーンだ。
空を飛ぶアークエンジェルの敵ではないが、揚陸隊には陸地を走るバクゥ、ザウートもいる。シグーもグゥルを駆って飛び回っている。
(一体どれだけの戦力を投入しているの?ザフトは…)
コーディネイターの人口はナチュラルより圧倒的に少ないというのに、まるで無限のように湧き出てくるモビルスーツにブリッジは言葉もない。
(これが、総力戦)
サイはぞっとし、ゴクリと唾を飲み込んだ。
アークエンジェルは善戦しているが、周囲の戦況は押され気味だ。
マリューは操艦はほとんどノイマン1人に任せ、戦闘指揮を執っている。
優秀な戦闘指揮官であるナタルが抜けた穴を少しでもカバーすべく、マリューは慣れないCICの攻防指揮に健闘していた。
アラスカ総攻撃の報せに動揺したキラは、ようやく落ち着いたようだ。
ラクスは椅子に座り、何も言わずにそんな彼女を見守っている。
「私…行きます」
やがてキラは決意したような口調で言った。
「どこへ?」
ラクスは優しく、言わずもがなの事を聞く。
「地球へ。戻らなきゃ」
キラは微笑んだ。
「どうして?きみが1人戻ったところで、戦いは終わらないよ?」
ラクスは頬杖をつく。
キラは、かつて同じことを言った人を思い出した。
(戦争は1人の力でなど左右されない…わかってます、ハルバートン准将)
「でも、ここでただ見ていることももうできない」
キラは自分に言い聞かせるように言う。
「自分には何もできないから、仕方がないからと言って何もしないでいたら…何も変わらないし、何も終わらない」
そこまで言ってから、キラはラクスの方を向き直った。
「ううん、違う…何も、始まらない」
(うぬぼれているわけじゃありません、准将。私は…もし私に…)
「できることがあるなら、やりたい」
キラは初めて、「戦いたい」という意思をはっきりと示した。
仕方がないとか、自分がやるしかないから、他にいないから、ではなく、自分がやるのだと。やりたいのだと。やらなければならないのだ、と。
「またザフトと戦うの?」
「ううん」
「じゃ、地球軍?」
「ううん」
ふぅん?とラクスは面白そうな顔をすると、キラはくすっと笑った。
「ラクスが教えてくれた…私たちは、何と戦わなきゃならないのか」
それを聞いてふふっ、とラクスも笑った。
「わかった」
ラクスは立ち上がり、ボードに向かうと指で忙しく操作を始めた。
そしてどこかに連絡を取りながら、たまにキラの方を見て笑った。
彼は少し待っててというと、シーゲル・クラインの元へ向かう。
シーゲルはすぐにやってきて、キラに「お別れだな」と挨拶した。
「きみの信じた道を行きなさい。ラクスが導いてくれるだろう」
シーゲルは小柄な彼女の目線を合わせるために膝をついた。
「きみが信じていれば、きっとそこにアスランも辿りつく」
そう言って、優しそうな眼が頷いた。
「きちんと話すのだ、きみの友達と…アスラン・ザラと」
キラはシーゲルと抱擁し、名残惜しそうに去っていく。
(さようなら、優しい人。もっともっと、たくさん話したかった…)
シーゲルもまた、小さな少女とのわずかな邂逅を心に残す。
「さようなら。きみたちの未来に星の加護を」
「キラはこれに着替えて」
ラクスはキラを部屋に連れて行くと、アスランと同じ赤服を渡した。
そして車に乗り込むと、ほうっと息を吐く。
「疲れた?」
「大丈夫。これから僕たちは、大冒険をするんだから」
疲れてなんかいられないよとラクスは笑ってみせた。
ある場所まで来ると、2人は車を降りた。
そしてラクスは、表に立っている軍人に頷いてみせる。
彼らはヒソヒソとラクスに何事か囁くと、その先を指差した。
内部には兵がたくさんいたが、皆、ラクスを見て顔をほころばせ、敬礼したり、中には握手を求める者もいた。そんな彼らにラクスはにこやかに応対し、キラは緊張しながら無言のまま彼らに敬礼した。
そして彼らが奥へ進むほどに、閉じられた扉やゲートでのチェックが増えて行ったが、そのたびにラクスの傍に兵が寄って来て何か囁き、ラクスは頷いたり、「ありがとう」と彼らを労って進んでいく。
奥へ…奥へ…いくつものゲートを越えて、キラはついに大きな空間が広がる場所にたどり着いた。その途端眩いライトがつき、キラは見上げた先にある機体を見て叫んだ。
「あ!…ガンダム!?」
「ちょっと違うね。これはZGMF-X10Aフリーダムだよ」
ラクスが腰に手をあててフリーダムと呼ばれた機体を振り仰ぐ。
「でも、ガンダムの方が強そうでいいね」
奪取した地球軍のモビルスーツ、即ちデュエル、バスター、ブリッツ、イージスの性能をも取り込んだザフトの技術をつぎ込んだ最新鋭の機体。
キラはその堂々とした姿に見とれていた。
(なんて綺麗な機体だろう)
そしてはっと我に返り、ラクスに訊ねた。
「これを、なぜ私に?」
「今のきみには、必要な力だろう?」
「力…」
「想いだけでも、力だけでもだめなんだ」
それでもなお戸惑うキラに、ラクスはいつになく厳しい表情で言った。
「想いだけでは簡単に踏み躙られ、力だけならただの殺戮者となる。だからこれは、想いを貫く力だ」
(想いを貫く…力)
キラはラクスの言葉を心の中で反芻しながら、同じことを言ったカガリを思い出した。
フリーダムを見上げるキラを見つめ、ラクスは尋ねた。
「キラの願いに、行きたいと望む場所に、これは不要かな?」
新たな剣に想いを乗せて、戦う…力なき意思が無力であるように、意思なき力もまた無力なのだ。
「あなたは…何者なの?」
ふと、キラは視線をラクスに移して尋ねた。
「僕は、ラクス・クラインだよ」
ラクスはにこりと微笑んだ。
「そしてきみは、キラ・ヤマト」
やがてキラは赤が基調のパイロットスーツに着替えた。
アスランが着ていた、ザフトレッドの証。
地球軍のスーツに比べ、コーディネイター用にカスタマイズされたそれは、なんとなく同じコーディネイターの自分にもしっくりと馴染む気がした。
「大丈夫?」
コックピットまで着いてきてくれたラクスに、キラは聞いた。
ザフトの最新鋭機体を勝手に持ち出したりしたら、ラクスもシーゲルもただではすまないはずだ。
「いいんだ。既に父も仲間たちと屋敷を出た。僕たちも立つよ。平和のために」
「でも、ラクス…」
「懐かしい我が家にはもう帰れない。闘いを始めてしまったから」
少し寂しげに笑いながらラクスは言った。
「でも、白鳥は自由に飛ぶよ。きみのように。そして、アスランのように…」
「気をつけて」
「きみも」
キラが心配そうに言うと、ラクスは微笑み、そしてキラの頬に軽い親愛のキスをした。
「僕の力も、共に…」
キラは思わず真っ赤になり、頬を押さえてこくりと頷いた。
「ニュートロンジャマー…キャンセラー?」
コックピットでキラを驚かせたのは、この機体が失われたはずの核エンジンを搭載している事だった。
「すごい…ストライクの4倍以上のパワーがある!」
それは無限のエネルギーを積んだ、まさに絶対無敵の機体だった。
「おい、なんだ?」
整備員がざわめく。
突如ランプがつき、振り返るとフリーダムがケーブルを引きちぎって発進しようと動き出している。
「フリーダムが…動いている?」
「エアロックを止めろ!本部へ通報!スクランブルだ!」
指令室にもラクスの仲間たちが入り込んでいるらしく、エアロックは易々と開き、フリーダムの道を開けてくれた。
「誰だ貴様!?止まれ!」
キラはきゅっと口を結び、そのまま垂直に宇宙空間に飛び出した。
その機体が冠する名の如く、自由へと向かって。
プラントの防衛のために哨戒していたジンは、報せを受けると同時に自分たちのすぐ傍をすり抜けていった機体に驚いて叫んだ。
「なんだ!?あのモビルスーツは!?」
慌ててジンが機体に向けて撃ってくるが、実弾などものともしない。
「やめて!行かせて!」
キラはリアスカートにマウントされているライフルを取ると、威嚇射撃を行い、彼らがひるむ隙に恐ろしいスピードで駆け抜けた。
「こいつ!?」
「速い!?」
(まるで手足のように滑らかに動く)
キラは初めて操るとは思えない操作性のよさに驚いていた。
あっという間に彼方へと去った機体を見て、ジンは呆然とするばかりだ。
キラは大気圏突入のため、素早く座標を入れた。「スペック上行える」に留まっていたストライクと違い、この機体の大気圏突入メソッドは非常にスムースだ。
(皆、待ってて。必ず守ってみせる。ううん、一緒に戦おう…!)
ちょうどその時、一台のシャトルがフリーダムとすれ違った。
カオシュンから上がってきたそれには、プラントに向かうアスランが乗っていた。
アスランは暗い宇宙に目を向けていたが、突然窓の外を横切った白い影を見て、咄嗟に(鳥…?)と思い、すぐに否定した。
(バカな…宇宙空間で何を)
―― 想いだけでも…力だけでも…
すれ違った翼は、再び、それぞれの道を模索し続ける。
キラはシーゲルと共に、池のほとりに白鳥を見に行っていた。
白くて、大きくて、力強いのに優雅なこの鳥がキラは好きだった。
アスランのようだ…と思いながら、オーブで会った彼女を思い出す。
(アスラン、とても綺麗だったな)
シーゲルは、アスランの父と自分が今のキラとアスランよりもう少し年上だった頃に出会い、コーディネイターの未来やプラントの自主独立について熱く語り合った日々について話してくれた。パトリックは真面目で頑固で融通が利かず…
「私はいつも彼に、そんないい加減ではいけないと叱られたよ」
それを聞いてふふっとキラは笑った。
「どうしたね?」
「私もよく、やればできるのにやらないだけだとアスランに叱られてばっかりだったんです」
プラントの自治権、貿易自主権、禁止されていた食料の自主調達。
当時、生活の基盤を整えようと必死だったコーディネイターに、無理な要求ばかりしていた傲慢で強引なプラント理事国に対し、彼らが自分たちの当然の権利を求めようと政治結社「黄道同盟」を結成したのは、彼らがちょうどフラガくらいの年の頃だったと言う。
地下に潜り、毎日追っ手から逃げ、弾圧をかいくぐって活動した。
「闘いには、 色々な形があるものだ」
私もパトリックも若かったと、シーゲルは笑った。
大切な仲間を失い、傷つき、時には挫けそうになりながらも、「情熱と正義があれば、いつか世界は変わると信じていたよ」と、懐かしそうに微笑むその顔は、本当に楽しそうだった。
親友と弁論をかわし、信じあい、援け合い、言い争い…たった一つの目的に向かって、共に全力で駆け抜けたのだ。
長く苦しかった日々は、彼にとっては同時に宝物なのだろう。
キラは微笑みながらシーゲルの話に耳を傾け、時には小さい声で質問していたが、ラクスが2人に雨の時間を告げにくると、シーゲルは気を利かせて歩き出した。
キラは足早に去った彼を見送り、今度はラクスと共にゆっくり屋敷へと向かった。
「父と何を話してたの?」
「アスランのお父さんとの話」
やっぱりねとラクスは笑った。
「父は今でもザラ議長を親友だと信じているから…でも、僕はちょっと怖いんだけどね」
「怖い?」
「ザラ議長の方は、果たしてそう思ってくれているかどうか」
それほどまでに、両者の進もうとする道は乖離してしまっている。
友との過去を大切にしているシーゲルに比べ、パトリック・ザラを冷静に観察しているラクスはもう少し現実的だった。いや、両者の決裂について最悪の事態を想定している彼は、むしろ父の甘い考えに批判的であるといってもよかった。
「…もし…もう一度、アスランに…会えるなら…」
少しの間沈黙が続き、やがてキラはたどたどしく言葉を紡ぎ出した。
「私にとってあなたは、大切な友達だって、言いたい」
「うん」
ラクスは頷く。
「そして、聞いてみたい」
「うん」
「あなたは、まだ、私を…友達と思ってくれる?って」
「うん」
「聞けるかな、私?」
キラはラクスに聞き、ラクスは「うん」と答えた。
「会えるかな、アスランに?」
再びキラが聞くと、ラクスもまた「うん」と答える。
「よかった」
そしてキラは笑った。
それはキラがここに来て以来、ようやく見せた心からの笑顔だった。
何も聞かず、何も責めないラクスと過ごすゆったりとした時間と、穏やかなシーゲルとの語り合いが、いつしかキラの心を癒していた。
(やっと答えが出たね、キラ)
ラクスは微笑みながら、足取りの軽くなったキラの後をついていく。
そしてはるか遠く離れた彼女を想う。
(アスラン…次はきみの番だ)
荷物をまとめると、まだ左腕を吊ったままのアスランはゲートを目指した。
これからカオシュンを経由し、プラントへ向かう。父の召喚に応じ、特務隊員として新たな機体を拝受するためだ。
そんなアスランを、廊下の向こうでイザークが腕を組んで待っていた。
イザークは壁に体重を預けたまま、じろりと眼だけでこちらを向く。
アスランはそんな彼を言葉もなく見つめていたが、イザークはつかつかと寄ってくると、さもつまらなそうな顔をして睨んだ。
以前なら、こうした冷たく見える態度もただ何故だろうと思うしかなかったが、今はこれも、不器用な彼なりの親愛だとわかる。
ニコルの死を悼み、傷ついた自分を迎えてくれ、ディアッカの事を気にしているだろうに、それをおくびにも見せようとはしないのだ。
「俺もすぐそっちへ行ってやる」
やがてイザークが忌々しそうに言った。
「貴様などが特務隊とはな…議長もご令嬢には随分お優しいようだ」
そんな嫌味を聞いても、アスランは眉一つ動かさなかった。
ただ荷物を下に置くと、いつもと変わらない表情でイザークに言った。
「色々と悪かったわ。今までありがとう」
そして右手を差し出し、握手を求めた。
イザークは少しためらったが、恐る恐る手を出した。
彼らもアカデミーからかれこれ長い付き合いになるのだが、こうして「握手」という形で互いの手に触れるのは初めてだった。
アスランの手は少し冷たくて、思った以上に華奢だった。
(こんな手で、全てを受け止めて戦ってきたのか、こいつは…)
「…?」
イザークはしばらくその細い手を握ったまま見つめていたので、さすがにアスランがいぶかしむと、慌てて手を離し、顔を背けた。
そしてそっぽを向いたまま吐き捨てるように言った。
「今度は俺が部下にしてやる!」
その、実にイザークらしい言葉を聞いてアスランは少し微笑んだ。
「…それまで、死ぬんじゃないぞ」
「わかったわ」
呟くように言った彼の言葉に頷き、アスランは再び歩き出した。
カーペンタリアを照らす夕陽が、じきに地平線に触れようとしていた。
「嫌だってば!艦長!なんで俺だけ…」
人事局に出頭するため急遽独房から出されたフレイは、翌朝ナタルとトノムラに連れられて退艦儀礼にやってきた。
嫌がって大分暴れたらしく、痛い思いをしたトノムラは不機嫌そうだ。
「いい加減にしろ!これは本部からの命令だ。きみは従わねばならない」
トノムラと共に彼の腕を引いているナタルが喝を入れる。
マリューはそれでもなお諦められずに懇願するフレイを哀れに思い、「人事局に異議を申し立ててみるから」と言ったのだが、ナタルは「取り合うわけがありません」とそっけない。そして、それは正しい。
「では、艦長」
駄々をこねるフレイを力の強いトノムラに任せ、ナタルは敬礼した。
「今までありがとう。バジルール中尉」
マリューもまた敬礼を返した。
ヘリオポリス、月までの長く苦しい逃避行、そして砂漠、海での戦い。
何度ももうだめだと思ったけれど、こうして無事、艦共々アラスカに辿り着けたのは、泣き言一つ言わず指揮を執ったナタルがいたからだ。
いつでも厳しく、けれど正しい彼女がいたからこそ、生き残れた…
「また会えるといいわね。戦場でないどこかで」
マリューは優しく言った。
ナタルもまた、彼女と共に駆け抜けた戦場を思い出していた。
ここに至るまでの航海には、常に困難と問題が立ちはだかった。
それは艦長の采配、判断力、決断力、統率力に反比例していたと思う。
ナタルはマリューの、女性らしい優しい表情を見て少しだけ苛立つ。
(平時に、あなたと会いたいと思うかどうかはわかりませんが…)
「…終戦となれば、可能でしょう」
苛立ちながらも、これもまた本心だ…と自嘲気味に思い、答えた。
「サイ!サイ!」
ナタルが踵を返し、トノムラに背を押されるフレイがサイを呼ぶ。
「フレイ…」
サイは、諦めきれずにまだ後ろを振り返るフレイを見つめていた。
そうして転属になる2人が去り、残ったのはフラガだけになった。
少ない荷物をまとめたフラガも、今日は珍しく制帽をかぶっている。
「俺も言うだけ言ってみっかな。人事局にさ」
「取りあうわけないそうよ」
ナタルの口調を思って、2人はふふっと笑う。
「しかし、何もこんな時にカリフォルニアで教官やれはないでしょう」
もともとフラガはグリマルディ以来教官職についてはいたのだが、また後方支援って…なんだってこの時期なんだかと不満そうだ。
「あなたが教えれば、前線でのルーキーの損害率が下がるわ」
マリューはフラガを励ますつもりで言った。
「いい教官になるわ、あなたは」
優しくて、大きくて、強くて…マリューはふいに涙があふれそうになって、慌てて敬礼した。
「今まで、ありがとうございました」
彼がいなくなることがこれほどまでに辛いなど、認めたくなかった。
「俺の方こそ、な」
フラガは姿勢を正し、ガラにもなくきちんと敬礼した。
その頃、アラスカ本部では着々と作戦が決行されようとしていた。
ほとんどの幹部は既に自分たちがあるべき場所へと河岸を変えていた。
「状況は?」
「順調です。全て予定通りに始まり、予定通りに終わるでしょう」
サザーランドは答える。静かに、厳かに、審判は下されるだろう。
神の領域を侵し、在ってはならぬ者たちは、塵芥と化して消えるのだ。
「すべては、青き清浄なる世界のために…」
「暫定の措置ではあるが、第8艦隊所属艦アークエンジェルは、本日付で、アラスカ守備軍第5護衛隊付きへと所属を移行するものとする。発令、ウィリアム・サザーランド大佐」
フラガたちを見送った後、司令本部からの通達を受けたマリューが敬礼した。
しかしクルーは不満げだ。
「アラスカ守備軍?」
パルが小声で言うと、チャンドラも返す。
「アークエンジェルは宇宙艦だぜ」
本部の将校はさらに続けた。
「それを受け、1400から貴艦への補給作業が行われる。以上だ」
「…あの!」
マリューが慌てて声を出す。「不満か?」と聞く将校に、「そうではありませんが、こちらには休暇、除隊を申請している者もおりますし、捕虜の扱いの件もまだ…」と伝えたのだが、将校は取り合ってくれない。
「こっちはもうパナマがカウントダウンのようで大変なんだよ。大佐には伝えておく」
それだけ告げて通信は切れ、ブリッジにはなんともいえない気まずい空気が流れた。
「作戦開始は定刻の予定。各員は迅速に作業を終了せよ」
「降下揚陸隊、配置完了。作戦域オールグリーン。レーザー通信回線、最終チェック」
その頃、プラントのザフト軍本部では、作戦の最終確認が行われていた。
オペレーション・スピットブレイク…ザフトによる大規模降下作戦の開始まであとわずかである。
「0300現在、気象部報告。第25管区は晴、北北西の風4.2m。気温18.7度」
カーペンタリアからの気象予測も問題ない。
(いよいよパナマへの進攻が始まる)
本部司令室は高揚感と緊張感に包まれ、厳かな雰囲気を醸し出していた。
軍本部を急襲し、最後に残ったマスドライバーを奪って、やつらを地球という名の閉ざされた狭い容れ物の中に閉じ込めてやるのだ。
(地球の重力に潰されて、這いつくばって生きるがいい)
作戦決行の合図を待っていたザフトの誰もがそう考えていた。
「この作戦により、戦争が早期終結に向かわんことを切に願う」
やがてバルコニーに、プラント最高評議会議長パトリック・ザラが現れた。
「真の自由と、正義が示されんことを」
兵たちの間にプラズマのようにさらに強い緊張感が走った。
そしてザラは噛み締めるように、けれど断固たる口調で告げる。
「オペレーション・スピットブレイク。開始せよ!」
膨大な本部全てのモニターが、一斉に作戦決行を告げる。
しかしオペレーターは目的地の名称を見て皆一様に戸惑いを見せた。
「スピットブレイク発動!目標……アラスカ?」
「事務局発、第6号作戦開封承認。コールサイン、オペレーション・スピットブレイク。目標、アラスカ……JOSH-A!」
オペレーターが告げた地名が、当然そこであろうと思われていたパナマではないことに、多くの兵がどよめき、一斉にざわめいた。
それは作戦決行を待ち続けていたプラント、カーペンタリア、ジブラルタル、その他全てのザフト兵士が思うことであった。
「JOSH-Aだと?」
「そんな…!」
ある艦では艦長と副官が顔を見合わせ、間違いないかと確かめた。
「スピットブレイク、発動されました。目標はアラスカ、JOSH-Aです」
「なに!?」
ある艦では通信兵の言葉に、艦長が思わず聞き返す。
降下を待つポッドでは、パイロットたちが互いに通信を開いた。
「地球軍本部?」
「パナマじゃなかったのかよ!?」
「頭を潰した方が、戦いは早く終わるのでね…」
クルーゼはとうとう始まったザフトの降下作戦を見つめて呟いた。
(だが、そううまくいくかな?ザフトの諸君。そしてパトリック・ザラ)
「JOSH-Aだと!?」
傷もほとんど癒え、脚部の修理が終わったデュエルの点検をしていたイザークは、通信機から聞こえていたオペレーターの言葉に思わず叫んだ。
「へぇ…面白いじゃないか。さすがザラ議長閣下。やってくれる」
娘は色々と気に食わんところもあるが、とイザークは嫌味を交えつつ、文官出身とは思いがたい強面のパトリック・ザラを思い出していた。
母もザラ議長は立派だと崇拝している。
腑抜けのクライン前議長よりよっぽど面白いことをやってくれるかもしれん…
イザークは笑った。
「奴らは目標をパナマだと信じて、主力隊を展開させてるんだろ?」
長くデュエルを見てくれている整備兵が訊ねた。
「まさに好機じゃないか、イザーク」
「ふん。これで終わりだな、ナチュラル共もさ」
ストライクもいなくなって、俺がヤツと戦う理由もなくなった。
ディアッカも、ニコルも…アスランまでもいなくなった。
あとはこんな戦争、さっさと勝って終わらせればいいだけだ。
イザークははふんと鼻を鳴らし、目標変更にかかる時間をすべてデュエルの整備にあてると言い、整備兵を嘆かせた。
シーゲルは時間通りに降ってきた雨を避け、笑いながら戻ってきたキラとラクスを目を細めて迎えたが、操作しているタブレットで思うような結果が出なかったので思わずため息をついた。
「やはりだめですな。導師のシャトルでも、地球へ向かうものは現在全て、発進許可は出せないということで」
(始まったか…オペレーション・スピットブレイクが)
若者たちは今頃、パナマの地球軍本部を目指しているのだろう。
このような大規模な殲滅戦を止められなかったことが、彼の胸を刺す。
何度も繰り返してきた小競り合いや戦いは、回を重ねればより大きく、陰惨で悲惨な結果を生むばかりだった。憎しみの連鎖は止まらない。そして若い命が戦場に散っていく…彼らの屍を踏み躙り、戦いは続く。
「シーゲル様に、アイリーン・カナーバ様より通信です」
その時、執事がシーゲルに通信をつないできた。
「クラインだ」
シーゲルが応答すると、3Dモニターには議員ローブをまとったカナーバが血相を変えて現れた。
「シーゲル・クライン!我々はザラに欺かれた!」
「カナーバ…?」
シーゲルは彼女の興奮した声に驚き、眉を顰める。
「欺かれた?何のことだ?」
「発動されたスピットブレイクの目標はパナマではない。アラスカだ!」
「なんだと!?」
ちょうど椅子に座り、カップを手にしたばかりだったキラは思わずそれを取り落とした。
「キラ?」
―― アラスカ…!?
それはアークエンジェルが向かっていた先だ。
サイ、ミリアリア、カズイ、艦長、少佐、バジルール中尉、マードックさん…キラは震えだし、それを止めようと両腕で自分の体を抱きしめた。
「彼は一息に地球軍本部を壊滅させるつもりなのだ」
若さゆえに激情的に怒り狂ったカナーバは大声で訴え続けた。
「評議会はそんなことを承認していない!」
(…フレイ…!!)
そしてその名に到達した途端、キラは呼吸ができなくなる。
(どうしよう、どうしよう…みんな、死んでしまう…!)
「キラ」
ラクスはそんなキラを心配そうに見つめていた。
「どういうことだ?これは」
転属の3人は移送船に乗り込むためドックまで来たものの、やけにバタバタと慌しい様子に一体何事かといぶかしんだ。
パナマへの戦力集結など、とっくに終わっていなければならない頃だった。
「まだパナマへ出る隊があるんでしょうか?」
フラガの声に、ナタルもあたりを不思議そうに見つめた。
しかし今の自分には関係ない。ナタルは乗るべき艦を確かめる。
「きみの搭乗艦は向こうだな。少佐はどちらですか?」
フレイの艦を確かめると、ナタルはフラガにも尋ねた。
「え?ああ、俺はこっちの坊主と一緒だよ」
「そうですか」
少し寂しげにナタルは答えた。
「では、少佐」
ナタルが敬礼すると、フラガは右手を差し出した。
「ああ。中尉も、元気で」
ナタルは一瞬戸惑い、困ったような顔をしたが、そのままおずおずと右手を差し出した。
ナタルはその思った以上に大きな手とぬくもりを感じて何か言葉を探そうかと思ったが、結局何も言わずに手を離した。
「退避の状況は?」
慌しいドックとは別に、まだ残っている幹部は、他の幹部たちや彼らが選んだ「捨てがたい人材」たちの退避状況について尋ねた。
それはほとんど連邦の兵士ばかりで、続々とアラスカを離れている。
「あと3隻ほどでしょう」
何の抑揚もない声でサザーランドが答えた。
「間に合うのかね?」
「いきなり最深部まで入られたりはしませんよ」
彼は可笑しそうに笑って言った。
「核攻撃にも耐えうる基地です。グランドフォローは破れません」
不気味な会話が交わされ、幹部連中はそれを最後に基地を出た。
あとにはモニターだけが不気味に光る本部だけが残された。
「ここ並んで。自分の番が来たら、それを見せて乗るんだ。いいな」
フラガはフレイの認識票を確認し、指示をした。
「え?あの…」
フレイは驚き、「少佐は?」と尋ねたが、フラガはもう走り出していた。
「俺、ちょっと忘れもん!」
「ええ!?少佐!」
フレイは心細さからキョロキョロとあたりを見回した。
兵たちが怒鳴り声を上げ、走り回っている殺伐とした雰囲気といい、汚らしい移送艦といい、どう見てもアークエンジェルにいる事よりいい事が待っているとは思えない。
その時、基地全体にズズゥン…という不気味な振動が響いた。
フレイはギクリとして振り返る。
(何だ?何の音だ?)
それは補給を終え、待機中のアークエンジェルにも感じられた。
ノイマンが艦の故障ではない事を確認し、CICの通信席に戻ったミリアリアやサイ、カズイも不安げに音の正体に耳を澄ましている。
これまで何度も厳しい実戦をかいくぐって生き延びてきた彼らには、この音がもはや聞き慣れた爆発音だとわかってしまったのだ…マリューも思わずごくりと唾を呑む。
「統合作戦室より入電!」
パルの報告に、マリューは思わず身を乗り出した。
「サザーランド大佐!これは!?」
「守備軍は直ちに発進!迎撃を開始せよ!」
ブリッジのクルーが凍りつく。
マリューは即座に大佐に状況の説明を求めた。
「目標はパナマだったはずです。なぜ今ここが狙われているのです?」
「そんな事はわからん」とサザーランドは不機嫌そうに言って続けた。
「してやられたよ。奴らは直前で目標をこのJOSH-Aへと変えたのだ」
当然ながらこの時、指揮を執るサザーランドが司令本部にいるとばかり思っていたマリューは、内心ではしぶしぶながらもこの作戦を了解した。
まさか彼らが既に脱出艇に乗っていたなど、この時は気づきもせずに。
「おまえたちは搭乗を急げ!」
列に並んで移送艦への搭乗を待っていた転属者たちも、不安げに天井を仰ぐ。
振動はやまず、大きくなるばかりだ。
フレイは不安そうにきょろきょろとあたりを見回していたが、やがてフラガが走って行った方向に向かって自分も走り出した。
(あの人なら、きっとアークエンジェルに連れて行ってくれる…)
そんな根拠のない思いに引かれて。
そのフラガはといえば、基地を襲った振動と爆発音を聞いて行き先を変更し、大深度にある統合本部にたどり着いていた。
そして突然の攻撃を受けて蜂の巣を突いたような騒ぎになっている…いや、なっていなければならないはずの司令本部の、実際の状態に驚いていた。
司令本部は、完全に無人だった。
行けども行けども、どの部屋にも誰もいない。
光を放つ立体モニターが不気味にあたりを照らし出しているだけで、ブゥンという機械音以外、一切聞こえない。人の気配など全くない。
「くそっ…どうなってんだ、こりゃ!?もぬけのからだ」
そんな風にフラガが呆気に取られている頃、彼の因縁の相手であるラウ・ル・クルーゼもまた、単身JOSH-Aの中枢を目指していた。
何しろ彼は、このために特殊任務を発令し、中を探らせていたのだから。
「さて、この舞台の主役、どれほどの大物か見せてもらうぞ」
パナマからアラスカと、ザラに寝首をかかれたフリをしながら、連合の連中が一体どんな策を弄して待ち構えているのかを。
「これで戦えと言うのも酷な話だけど、本部をやらせるわけにはいかないわ」
マリューは静まり返ったブリッジで重い口を開いた。
「アークエンジェルは防衛任務の為、発進します!」
「そんなぁ…キラも少佐もいないのに、どうやって…
当然ながら、カズイの言葉に答える者はいない。
イザークはグゥルに乗り、サブゲートで交戦を始めていた。
防衛機構が働き、機銃が発射される。
戦闘機が飛び回るが、後ろに控えるディンの敵ではない。
イザークはディン部隊に後は任せると告げるとゲートに向かった。
(奥へ向かって、大将首を上げてやる!)
イザークにとっては防衛任務に就く兵たちは全て「ナチュラル」であり、「地球軍」に過ぎないが、実はゲートを守る中に連邦出身者はいない。
ここに配置されているのはユーラシアや東アジア共和国の兵士ばかりだ。
「ふふ…アズラエルの情報は確かなようだな」
優秀な特殊任務隊に探らせたルートでやすやすと統合本部まで入り込んだクルーゼは、自らアラスカで軍の情報筋と接触して手に入れたデータと照らし合わせてみた。
モニターには既に経過した時間が流れていく。
セットされているそれを、クルーゼは解析していった。
「ふん」
なるほど、これなら身を切りながら相手を灼けるだろう。
(かつて手放した情報がここまで来たか)
クルーゼはザラから作戦の全容を打ち明けられた時に野に放った一枚のデータを思い出してニヤリと笑う。
(誰にやったわけでもない…だが誰かが手にして利用した)
クルーゼのゲームはこうして想定内の想定外を引き起こし、核分裂した。
この時、すぐ近くで不思議な感覚を感じたフラガは銃を手にしていた。
このいやな不快感… 何か、相通じるようでいて別物と思わせる違和感…
フラガは壁を背にして大声で怒鳴った。
「ラウ・ル・クルーゼかっ!?」
途端に銃弾が飛んでくる。
フラガは銃を構えながら身を低くし、本部の一室に飛び込んだ。
「久しぶりだな、ムウ・ラ・フラガ!」
それは聞き覚えのある忌々しい声だった。
「せっかく会えたのに残念だが、今は貴様につきあっている時間がなくてね」
隠れたフラガを狙い撃ちながら、クルーゼはゆっくりと出口に向かう。
解析どおりならもはやそう時間はない。
「ここにいるということは、貴様も地球軍ではすでに用済みか」
クルーゼは後退りながらも、せせら笑うように言った。
「堕ちたものだな、エンデュミオンの鷹も!」
「なんのことだ!?」
フラガは叫んだ。
「知りたければ自分で確かめるがいい」
数発の銃弾を撃ち込み、走り去る足音と共に、あざ笑うかのような声も遠ざかっていった。
「おまえたちが信じて戦う者が、これから何をしようとしているかを」
フラガは顔をあげたが、クルーゼの気配は既になかった。
(なんであの野郎がこんなところに…それに、何をするって?)
フラガは持ち前の勘のよさで、言い知れぬ不気味さを感じながらクルーゼが見ていたモニターを覗き込んだ。
「…うっ!これは!?」
忘れもしない、グリマルディ戦線でエンデュミオン基地を地獄に変えた、友軍をも巻き込む忌むべき大量破壊兵器…遠隔操作オンリーにセットされ、フラガの知識では止められない。
(キラがいてくれたら…いや、今はそれよりアークエンジェルだ…!)
奴らは自分たちに必要な人間だけを「転属」という形でピックアップし、後は文字通り「捨て石」にする気なんだ。
(させるかよ!)
フラガはすぐに走り出した。
(あいつらを死なせるもんか!)
基地を揺るがす振動は激しくなるばかりだった。
既にイザークたち先陣は第2ゲートまで到達している。
「ザフト兵だ!」
「侵入されているぞ!」
サブマシンガンの音が響き、フラガを追ってようやく本部までたどり着いていたフレイは、その銃声に恐怖して耳を塞いだ。
「うわぁ!」
縮こまっていた彼の上に、クルーゼが撃ち殺した兵士が倒れこみ、フレイは思わず悲鳴をあげて壁ぎわへといざったが、それと同時にぐにゃりとした体が彼の体にのしかかり、フレイはさらに悲鳴をあげた。
「し…死んでる?!」
フレイは恐ろしさに震えだし、立ち上がろうとしたがうまく立てない。
そこに、この廊下の敵を手早く排除したクルーゼが走ってきた。
(ザ…ザフト!?こんなところに!?)
腰が抜けて立つことができないフレイは、怯えてさらに後ろに下がった。
「おやおや、これはこれは…」
クルーゼは怯えた顔の少年兵を見て銃を構えた。
フレイは息を呑み、それから思わず「少佐ーっ!」と叫んだ。
「フラガ少佐!少佐ーっ!」
近くにいるなら助けて欲しい…あの人しか今は頼れない…恐怖のあまり顔がゆがみ、哀しいわけではないが知らずに涙が浮かんだ。
「ほう?」
クルーゼは彼の口から飛び出した知己の名に興味を持った。
(この小僧…ムウ・ラ・フラガを知っているのか?)
よくよく見れば、ナチュラルにしては端正な容姿をしている。
何かを思いついたように、クルーゼはニヤリと笑って銃を下ろした。
(これならコーディネイターの中にあってもひけを取るまい)
しかもムウを知っているとなれば何かに使えるかもしれない。
クルーゼは悲壮な表情でフラガを呼び続ける彼に近づいて鳩尾を殴り、痛みで気絶させた。そして彼を肩に担ぎ上げると再び走り出した。
「ウォンバット、バリアント、撃ぇ!」
アークエンジェルはユーラシアの艦隊と共に、メインゲートの防衛に出ていた。しかしサブゲートは次々突破されているようだ。
空を覆いつくすディン、そして絶え間ない魚雷はゾノやグーンだ。
空を飛ぶアークエンジェルの敵ではないが、揚陸隊には陸地を走るバクゥ、ザウートもいる。シグーもグゥルを駆って飛び回っている。
(一体どれだけの戦力を投入しているの?ザフトは…)
コーディネイターの人口はナチュラルより圧倒的に少ないというのに、まるで無限のように湧き出てくるモビルスーツにブリッジは言葉もない。
(これが、総力戦)
サイはぞっとし、ゴクリと唾を飲み込んだ。
アークエンジェルは善戦しているが、周囲の戦況は押され気味だ。
マリューは操艦はほとんどノイマン1人に任せ、戦闘指揮を執っている。
優秀な戦闘指揮官であるナタルが抜けた穴を少しでもカバーすべく、マリューは慣れないCICの攻防指揮に健闘していた。
アラスカ総攻撃の報せに動揺したキラは、ようやく落ち着いたようだ。
ラクスは椅子に座り、何も言わずにそんな彼女を見守っている。
「私…行きます」
やがてキラは決意したような口調で言った。
「どこへ?」
ラクスは優しく、言わずもがなの事を聞く。
「地球へ。戻らなきゃ」
キラは微笑んだ。
「どうして?きみが1人戻ったところで、戦いは終わらないよ?」
ラクスは頬杖をつく。
キラは、かつて同じことを言った人を思い出した。
(戦争は1人の力でなど左右されない…わかってます、ハルバートン准将)
「でも、ここでただ見ていることももうできない」
キラは自分に言い聞かせるように言う。
「自分には何もできないから、仕方がないからと言って何もしないでいたら…何も変わらないし、何も終わらない」
そこまで言ってから、キラはラクスの方を向き直った。
「ううん、違う…何も、始まらない」
(うぬぼれているわけじゃありません、准将。私は…もし私に…)
「できることがあるなら、やりたい」
キラは初めて、「戦いたい」という意思をはっきりと示した。
仕方がないとか、自分がやるしかないから、他にいないから、ではなく、自分がやるのだと。やりたいのだと。やらなければならないのだ、と。
「またザフトと戦うの?」
「ううん」
「じゃ、地球軍?」
「ううん」
ふぅん?とラクスは面白そうな顔をすると、キラはくすっと笑った。
「ラクスが教えてくれた…私たちは、何と戦わなきゃならないのか」
それを聞いてふふっ、とラクスも笑った。
「わかった」
ラクスは立ち上がり、ボードに向かうと指で忙しく操作を始めた。
そしてどこかに連絡を取りながら、たまにキラの方を見て笑った。
彼は少し待っててというと、シーゲル・クラインの元へ向かう。
シーゲルはすぐにやってきて、キラに「お別れだな」と挨拶した。
「きみの信じた道を行きなさい。ラクスが導いてくれるだろう」
シーゲルは小柄な彼女の目線を合わせるために膝をついた。
「きみが信じていれば、きっとそこにアスランも辿りつく」
そう言って、優しそうな眼が頷いた。
「きちんと話すのだ、きみの友達と…アスラン・ザラと」
キラはシーゲルと抱擁し、名残惜しそうに去っていく。
(さようなら、優しい人。もっともっと、たくさん話したかった…)
シーゲルもまた、小さな少女とのわずかな邂逅を心に残す。
「さようなら。きみたちの未来に星の加護を」
「キラはこれに着替えて」
ラクスはキラを部屋に連れて行くと、アスランと同じ赤服を渡した。
そして車に乗り込むと、ほうっと息を吐く。
「疲れた?」
「大丈夫。これから僕たちは、大冒険をするんだから」
疲れてなんかいられないよとラクスは笑ってみせた。
ある場所まで来ると、2人は車を降りた。
そしてラクスは、表に立っている軍人に頷いてみせる。
彼らはヒソヒソとラクスに何事か囁くと、その先を指差した。
内部には兵がたくさんいたが、皆、ラクスを見て顔をほころばせ、敬礼したり、中には握手を求める者もいた。そんな彼らにラクスはにこやかに応対し、キラは緊張しながら無言のまま彼らに敬礼した。
そして彼らが奥へ進むほどに、閉じられた扉やゲートでのチェックが増えて行ったが、そのたびにラクスの傍に兵が寄って来て何か囁き、ラクスは頷いたり、「ありがとう」と彼らを労って進んでいく。
奥へ…奥へ…いくつものゲートを越えて、キラはついに大きな空間が広がる場所にたどり着いた。その途端眩いライトがつき、キラは見上げた先にある機体を見て叫んだ。
「あ!…ガンダム!?」
「ちょっと違うね。これはZGMF-X10Aフリーダムだよ」
ラクスが腰に手をあててフリーダムと呼ばれた機体を振り仰ぐ。
「でも、ガンダムの方が強そうでいいね」
奪取した地球軍のモビルスーツ、即ちデュエル、バスター、ブリッツ、イージスの性能をも取り込んだザフトの技術をつぎ込んだ最新鋭の機体。
キラはその堂々とした姿に見とれていた。
(なんて綺麗な機体だろう)
そしてはっと我に返り、ラクスに訊ねた。
「これを、なぜ私に?」
「今のきみには、必要な力だろう?」
「力…」
「想いだけでも、力だけでもだめなんだ」
それでもなお戸惑うキラに、ラクスはいつになく厳しい表情で言った。
「想いだけでは簡単に踏み躙られ、力だけならただの殺戮者となる。だからこれは、想いを貫く力だ」
(想いを貫く…力)
キラはラクスの言葉を心の中で反芻しながら、同じことを言ったカガリを思い出した。
フリーダムを見上げるキラを見つめ、ラクスは尋ねた。
「キラの願いに、行きたいと望む場所に、これは不要かな?」
新たな剣に想いを乗せて、戦う…力なき意思が無力であるように、意思なき力もまた無力なのだ。
「あなたは…何者なの?」
ふと、キラは視線をラクスに移して尋ねた。
「僕は、ラクス・クラインだよ」
ラクスはにこりと微笑んだ。
「そしてきみは、キラ・ヤマト」
やがてキラは赤が基調のパイロットスーツに着替えた。
アスランが着ていた、ザフトレッドの証。
地球軍のスーツに比べ、コーディネイター用にカスタマイズされたそれは、なんとなく同じコーディネイターの自分にもしっくりと馴染む気がした。
「大丈夫?」
コックピットまで着いてきてくれたラクスに、キラは聞いた。
ザフトの最新鋭機体を勝手に持ち出したりしたら、ラクスもシーゲルもただではすまないはずだ。
「いいんだ。既に父も仲間たちと屋敷を出た。僕たちも立つよ。平和のために」
「でも、ラクス…」
「懐かしい我が家にはもう帰れない。闘いを始めてしまったから」
少し寂しげに笑いながらラクスは言った。
「でも、白鳥は自由に飛ぶよ。きみのように。そして、アスランのように…」
「気をつけて」
「きみも」
キラが心配そうに言うと、ラクスは微笑み、そしてキラの頬に軽い親愛のキスをした。
「僕の力も、共に…」
キラは思わず真っ赤になり、頬を押さえてこくりと頷いた。
「ニュートロンジャマー…キャンセラー?」
コックピットでキラを驚かせたのは、この機体が失われたはずの核エンジンを搭載している事だった。
「すごい…ストライクの4倍以上のパワーがある!」
それは無限のエネルギーを積んだ、まさに絶対無敵の機体だった。
「おい、なんだ?」
整備員がざわめく。
突如ランプがつき、振り返るとフリーダムがケーブルを引きちぎって発進しようと動き出している。
「フリーダムが…動いている?」
「エアロックを止めろ!本部へ通報!スクランブルだ!」
指令室にもラクスの仲間たちが入り込んでいるらしく、エアロックは易々と開き、フリーダムの道を開けてくれた。
「誰だ貴様!?止まれ!」
キラはきゅっと口を結び、そのまま垂直に宇宙空間に飛び出した。
その機体が冠する名の如く、自由へと向かって。
プラントの防衛のために哨戒していたジンは、報せを受けると同時に自分たちのすぐ傍をすり抜けていった機体に驚いて叫んだ。
「なんだ!?あのモビルスーツは!?」
慌ててジンが機体に向けて撃ってくるが、実弾などものともしない。
「やめて!行かせて!」
キラはリアスカートにマウントされているライフルを取ると、威嚇射撃を行い、彼らがひるむ隙に恐ろしいスピードで駆け抜けた。
「こいつ!?」
「速い!?」
(まるで手足のように滑らかに動く)
キラは初めて操るとは思えない操作性のよさに驚いていた。
あっという間に彼方へと去った機体を見て、ジンは呆然とするばかりだ。
キラは大気圏突入のため、素早く座標を入れた。「スペック上行える」に留まっていたストライクと違い、この機体の大気圏突入メソッドは非常にスムースだ。
(皆、待ってて。必ず守ってみせる。ううん、一緒に戦おう…!)
ちょうどその時、一台のシャトルがフリーダムとすれ違った。
カオシュンから上がってきたそれには、プラントに向かうアスランが乗っていた。
アスランは暗い宇宙に目を向けていたが、突然窓の外を横切った白い影を見て、咄嗟に(鳥…?)と思い、すぐに否定した。
(バカな…宇宙空間で何を)
―― 想いだけでも…力だけでも…
すれ違った翼は、再び、それぞれの道を模索し続ける。
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制作裏話-PHASE34-
ガンダムバトルがなくなって早4話。たった一機、気を吐いているのがイザークのデュエルでした。
その王子はといえば、逆転アスランと初握手!しかしついつい握ったその手をしげしげと眺めてしまい、アスランに不審がられるウブ(ディアッカ・談)さです。
このPHASEではいよいよ私も大好きな機体、フリーダムが登場。放映当時はキラが最初で最後の赤服コスプレをした事に腐女子は狂喜しましたが、フリーダム登場を待ち焦がれたガノタたちにとっても待ちわびた回だったはず。
ただし書き手から言わせてもらうと、フレームもディテールもチート過ぎる強さも文句ないフリーダムですが、「戦闘は画一的」でいまひとつです。これは間違いなく、圧倒的にストライクに軍配が上がります。キラという天才パイロットの能力を引き出したバトルのバリエーションと、PSダウンがあるアクティヴタイムバトルは、他の機体の追随を許さない名機ぶりを発揮しました。
このPHASEは本編ではさほど目立った話ではなく、アンチからはあからさまに「ラクス・クラインによるいきなりで無理やり過ぎるフリーダム強奪」話として、むしろ忌み嫌われたり馬鹿にされています。
けれどナタルが離脱し、目標がパナマではなくアラスカだったというオペレーション・スピットブレイクが発動し、フレイが拉致られるという、実はよく観察すると今後の物語を占う上でも、非常にドラマティックな展開になっているのです。
これはあまりにも本編がひどすぎました。
何しろ演出と脚本が悪かったので、本編だと単にキラがベソをかきながら「僕、もう地球へ帰る~」と駄々り、ラクスが「あらあら、仕方がないですわねぇ。ならフリーダムをお持ちくださいな」と言ったようにしか見えないんですよね。ラクスが何を考えているのかさっぱり読めないのでダメなんですよ。
そこで逆種では、キラがラクスやシーゲルと過ごす中で体も心も癒されていった事、PHASE32で打っておいた布石を利用し、シーゲルが親友と袂を分かちながらもなお彼を信じていると知り、「もう一度、アスランと話したい」と思うプロセスをなるべく丁寧に描写しました。
そして後半、キラが戦うことを決意するシーンではラクスの言った言葉に、ハルバートン准将の言葉を重ねます。せっかくそれらしい「導き手」がいたんですから、こういう演出があってもよかったなぁと思います。
けれど一番の改変はラクスが戦う意志を持っていることでしょう。お姫様が「あらあらうふふ、ご苦労さまです」で国家反逆罪を犯しちゃうより、やっぱり自分が何をしようとしているのか、自覚のある闘士として覚悟の程を見せてもらいたかったので、この話のラクスは全体的に好きですね。
本編では「きみは、誰?」「私は、ラクス・クラインですわ。キラ・ヤマト」という電波会話で視聴者をさらなる混乱に陥らせたシチュエーションも改変してあります。ラクスが、共に戦う「戦士」としてキラを仲間とはっきり認め、宣言した瞬間です。
ラクスは後々、あれだけの戦いを指揮するんだから、こういう明快な意思表示をしていた方がよかったと思うのに、本編ではなぜか最後まで(そして続編すらも)ずーっと電波姫のままなんですよね。
フラガとクルーゼの対決は本編どおりなので問題ないのですが、問題はフレイの拉致理由です。本編でもよくわからん(「パパの声と同じ」ってなんだ)のに、逆種は「野郎が野郎をさらうかね?」ともっと困りました。
しかしこういうにっちもさっちもいかなくなった時は、「二人だけの戦争」でカニをどう使うか突然閃いたように、なぜか不思議とアイディアが沸きます。
この時は「恐怖のあまりフレイがフラガの名を呼ぶ」ことで、クルーゼが彼に興味を持つ、というきっかけを与えました。これによって「フラガの知り合いなら、何かに利用できるかもしれない」と思わせたのです。さらにクルーゼは、端正な顔立ちのフレイならコーディネイターに混ざっても遜色はない…と判断します。
これは、同じくナチュラルでありながらコーディネイターの中で暮らしている(それも超エリートとして)クルーゼならではの判断っぽいので気に入ってます。
その王子はといえば、逆転アスランと初握手!しかしついつい握ったその手をしげしげと眺めてしまい、アスランに不審がられるウブ(ディアッカ・談)さです。
このPHASEではいよいよ私も大好きな機体、フリーダムが登場。放映当時はキラが最初で最後の赤服コスプレをした事に腐女子は狂喜しましたが、フリーダム登場を待ち焦がれたガノタたちにとっても待ちわびた回だったはず。
ただし書き手から言わせてもらうと、フレームもディテールもチート過ぎる強さも文句ないフリーダムですが、「戦闘は画一的」でいまひとつです。これは間違いなく、圧倒的にストライクに軍配が上がります。キラという天才パイロットの能力を引き出したバトルのバリエーションと、PSダウンがあるアクティヴタイムバトルは、他の機体の追随を許さない名機ぶりを発揮しました。
このPHASEは本編ではさほど目立った話ではなく、アンチからはあからさまに「ラクス・クラインによるいきなりで無理やり過ぎるフリーダム強奪」話として、むしろ忌み嫌われたり馬鹿にされています。
けれどナタルが離脱し、目標がパナマではなくアラスカだったというオペレーション・スピットブレイクが発動し、フレイが拉致られるという、実はよく観察すると今後の物語を占う上でも、非常にドラマティックな展開になっているのです。
これはあまりにも本編がひどすぎました。
何しろ演出と脚本が悪かったので、本編だと単にキラがベソをかきながら「僕、もう地球へ帰る~」と駄々り、ラクスが「あらあら、仕方がないですわねぇ。ならフリーダムをお持ちくださいな」と言ったようにしか見えないんですよね。ラクスが何を考えているのかさっぱり読めないのでダメなんですよ。
そこで逆種では、キラがラクスやシーゲルと過ごす中で体も心も癒されていった事、PHASE32で打っておいた布石を利用し、シーゲルが親友と袂を分かちながらもなお彼を信じていると知り、「もう一度、アスランと話したい」と思うプロセスをなるべく丁寧に描写しました。
そして後半、キラが戦うことを決意するシーンではラクスの言った言葉に、ハルバートン准将の言葉を重ねます。せっかくそれらしい「導き手」がいたんですから、こういう演出があってもよかったなぁと思います。
けれど一番の改変はラクスが戦う意志を持っていることでしょう。お姫様が「あらあらうふふ、ご苦労さまです」で国家反逆罪を犯しちゃうより、やっぱり自分が何をしようとしているのか、自覚のある闘士として覚悟の程を見せてもらいたかったので、この話のラクスは全体的に好きですね。
本編では「きみは、誰?」「私は、ラクス・クラインですわ。キラ・ヤマト」という電波会話で視聴者をさらなる混乱に陥らせたシチュエーションも改変してあります。ラクスが、共に戦う「戦士」としてキラを仲間とはっきり認め、宣言した瞬間です。
ラクスは後々、あれだけの戦いを指揮するんだから、こういう明快な意思表示をしていた方がよかったと思うのに、本編ではなぜか最後まで(そして続編すらも)ずーっと電波姫のままなんですよね。
フラガとクルーゼの対決は本編どおりなので問題ないのですが、問題はフレイの拉致理由です。本編でもよくわからん(「パパの声と同じ」ってなんだ)のに、逆種は「野郎が野郎をさらうかね?」ともっと困りました。
しかしこういうにっちもさっちもいかなくなった時は、「二人だけの戦争」でカニをどう使うか突然閃いたように、なぜか不思議とアイディアが沸きます。
この時は「恐怖のあまりフレイがフラガの名を呼ぶ」ことで、クルーゼが彼に興味を持つ、というきっかけを与えました。これによって「フラガの知り合いなら、何かに利用できるかもしれない」と思わせたのです。さらにクルーゼは、端正な顔立ちのフレイならコーディネイターに混ざっても遜色はない…と判断します。
これは、同じくナチュラルでありながらコーディネイターの中で暮らしている(それも超エリートとして)クルーゼならではの判断っぽいので気に入ってます。