忍者ブログ
Natural or Cordinater?
サブタイトル

お知らせ
PHASE0 はじめに 
PHASE1-1 偽りの平和①
PHASE1-2 偽りの平和②
PHASE1-3 偽りの平和③
PHASE2 その名はガンダム 
PHASE3 崩壊の大地
PHASE4 サイレント ラン
PHASE5 フェイズシフトダウン
PHASE6 消えるガンダム
PHASE7 宇宙の傷跡
PHASE8 敵軍の英雄
(原題:敵軍の歌姫)
PHASE9 消えていく光
PHASE10 分かたれた道
PHASE11 目覚める刃
PHASE12 フレイの選択
PHASE13 宇宙に降る星
PHASE14 果てし無き時の中で
PHASE15 それぞれの孤独
PHASE16 燃える砂塵
PHASE17 カガリ再び
PHASE18 ペイバック
PHASE19 宿敵の牙
PHASE20 おだやかな日に
PHASE21 砂塵の果て
PHASE22 紅に染まる海
PHASE23 運命の出会い
PHASE24 二人だけの戦争
PHASE25 平和の国へ
PHASE26 モーメント
PHASE27 果てなき輪舞
PHASE28 キラ
PHASE29 さだめの楔 
PHASE30 閃光の刻
PHASE31 慟哭の空
PHASE32 約束の地に
PHASE33 闇の胎動
PHASE34 まなざしの先
PHASE35 舞い降りる剣
PHASE36 正義の名のもとに 
PHASE37 神のいかずち
PHASE38 決意の砲火
PHASE39 アスラン
PHASE40 暁の宇宙へ
PHASE41 ゆれる世界
PHASE42 ラクス出撃
PHASE43 立ちはだかるもの 
PHASE44 螺旋の邂逅
PHASE45 開く扉
PHASE46 たましいの場所
PHASE47-1 悪夢はふたたび①
PHASE47-2 悪夢はふたたび②
PHASE48-1 怒りの日①
PHASE48-2 怒りの日②
PHASE49-1 終末の光①
PHASE49-2 終末の光②
PHASE50-1 終わらない明日へ①
PHASE50-2 終わらない明日へ②
ブログ内検索
機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
[33]  [34]  [35]  [36]  [37]  [38]  [39]  [40]  [41]  [42]  [43]  

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「生け贄はユーラシアの部隊とあれか…」
基地を脱出したクルーゼの眼に映ったのは、アークエンジェルだった。

拍手


「色々と面白い構図だな、地球軍も」
クルーゼは両者の戦況をジャマーに乱されるレーダーの中に見た。
強固な守り手が立ち塞がるほど、その奥の宝への期待は高まるものだ。
(気勢をあげて猛攻を仕掛け、さらに最深部へとなだれこみ、絶望を知る)
「せいぜい頑張ってもらいたいものだ、足つきには」
クルーゼは気絶したフレイを無造作に乗せたコックピットでニヤリと笑った。
(ムウ・ラ・フラガ。果たして貴様は生き残れるかな?)

仮面の男の読みどおり、地球軍は徐々に劣勢に追い込まれていた。
大西洋連邦は総力を挙げ、パナマでザフトを迎え撃つ。
従ってJOSH-Aを護るのは、ユーラシアを中心とした守備隊の役目である…そう役割が振られ、故郷を離れた多くの兵たちがアラスカに結集した。
しかし今、目の前でザフトの総攻撃を受けて傷つき倒れていくのは、ユーラシアや東アジア共和国など、ほとんどが連邦以外の兵ばかりだ。
ザフトの目標の読みを誤ったとはいえ、一体この惨状は何たる事か。
ユーラシアの士官たちは腑に落ちないながらも、地球軍本部を守り、とにかく目の前の敵を叩くため、決死の防衛線を張り続けていた。
ディンにたかられた戦闘機が、悲鳴を残して墜落すると、ディンもまた矢のようなミサイルに追われて海に落ちていく。
ユーラシアの誇る戦車隊がザウートを倒し、逆にバクゥに倒された。
ゲートを果敢に護っていた銃座がシグーのライフルを受けて誘爆し、兵たちが慌てて逃げ出した。
倒れた戦友を膝に抱えて放心状態の者、かなうはずもないのに行軍するゾノに向かってマシンガンを放つ者がいる。
対空ミサイルがジン部隊をひるませ、けれどその駆逐艦が今度は姿を見せない潜水母艦の雷撃で大爆発を起こした。
敗残の兵たちが走る背後に容赦なくビームが撃ち込まれ、あまりにもあっけなく多くの命が蒸発していった。
戦場は既に悲惨なものと化していた。
(これが鉄壁の守りを誇るJOSH-Aと教えられてきた、地球軍統合本部なのか?)
イザークは地球軍の手応えのなさに眉を顰め、口をへの字に曲げている。
相手側にモビルスーツがないというだけで、ここまで一方的なのか?
イザークは空しく機銃を撃つ銃座に、デュエルのライフルを向けた。
いくつかの小さなヘルメットが見え、兵たちが必死に防戦していた。
「チッ」
イザークは不機嫌そうに舌打ちしてライフルを肩に担いだ。
(あんなもの、撃ったところで面白くもない)
そうなるとついストライクがいれば少しは楽しめようものをと思ったが、脇でバクゥが榴弾で足を折られると、苛立ちですぐにそれを忘れた。
「ああ?おいおい…」
イザークは呆れながらすぐさまそちらの戦場に意識を向けた。

「ウォンバット、撃ぇ!」
マリューが命じ、ノイマンは必死の回避を続けていた。
何かを守る戦いとは、こんなにも辛いものなのか…サイはミサイルの弾道を読みながら、アークエンジェルは今、初めて「防衛戦」を行っているのだということをひしひしと感じていた。
(逃げるための戦いではなく、何かを守る戦いからは、逃げられないんだ)
限られた場所で、できる限りのことを迅速に、正確に行わねばならない。
あれだけの数を誇った第八艦隊も、この艦を守るために壊滅したのだ。
戦場では、それがベストでなければ死ぬ。ベターでは生き残れないのだ。
(キラ…あなたは私たちを守って、いつもこんな想いをしてたの?)
サイは衝撃と振動に歯を食いしばりながらキラの戦いを思い出していた。
キラはどんな時も逃げなかった。自分たちを守りながら、戦い抜いた。
(キラ、ごめん…もっとあなたのこと、わかってあげればよかった)
 
「オレーグ、轟沈!」
マリューは共に守備陣形をとっていた友軍艦の撃沈を知り、その穴を埋めんと取り舵を命じた。
そして同時にゴットフリートであたりをなぎ払う。
強力な砲を持つアークエンジェルを中心に、陣容が徐々に変化してきていた。
しかし眼の前のモビルスーツ隊の数を見れば、対抗しきれるはずもない。
火力では対抗できても、機動力に劣る。今、ストライクはいないのだ。
「主力部隊は全部パナマなんですか!?」
サイが思わず尋ねる。
「ここがこんなに脆いのは、そのせいですか?」
「ああ、そういうことだね!」
チャンドラのヤケクソのような答えに、ミリアリアも思わず振り返った。
「戻ってきてくれるんですよね!?」
今度はトノムラがモニターを見たまま答えた。
「こっちが全滅する前に来てくれりゃいいけどな!」
そう言っているそばから防衛線が薄くなり、攻撃が激しくなる。
「ミサイル接近!」
「右舷フライトデッキ、被弾!」
状況は悪くなる一方だった。

一方フラガは自然の地形を利用したサブゲートの一つにたどりついた。
そこでは兵たちが忙しなく走り回っており、大混乱になっている。
「防空隊が全滅だと!?」
「バカな!あそこは…」
怒鳴りあう兵士たちの焦りの色は隠せない。
「おい!ここの指揮官は?」
フラガは走っている若い兵士をつかまえて聞いた。
彼は咄嗟にフラガの肩の階級章を見て敬礼しようとしたが、見る見るうちにその眼が見開かれ、フラガも振り返った。
彼が自分の後ろに見たのは、ゲートを突破して入り込んできたシグーだった。
(くそ、もうこんなところまで…!)
シグーのモノアイがぎょろっと動いた。
「進入路確保!よーし、ナチュラルどもはこの奥だ!行くぞ!」
隊長機のシグーに率いられ、何機ものジンが続いていく。
地球軍兵士は「もうダメだ」と言わんばかりに呆然としている。
フラガはそんな連中を見て、大きな声で怒鳴りつけた。
「おい!ここは撤退だ!」
その声に、はっと皆がこの見知らぬ男を見た。
「基地は放棄される!ほら!しっかりしろ!」
フラガは自分が引きとめた若い兵士をゆすり、ピシャッと頬を張った。
「生き残った奴を集めて、早く脱出するんだ!」
ユーラシアの兵たちは、突然現れた連邦の佐官の言葉に戸惑うばかりだ。
「最低でも、基地から10km以上離れるんだぞ!いいか、すぐに脱出しろ!」
フラガはかまわず腕を振り、退路を指差して怒鳴り続けていた。
「戦おうなんて思うな。戦う必要なんかない!逃げるんだ、いいな!これは命令だぞ!」
彼のただならぬ血相を見て、ついに兵たちも我に返ったようだった。
フラガの剣幕と、フリーパスでゲートを通過していくモビルスーツを見て、彼らは慌てて逃げ出し始めた。できる限り遠くへ逃げろと怒鳴りながら、フラガは残っていた戦闘機に乗り込んだ。
やがて兵たちが全て退避したことを見届けてから、フラガは硝煙漂う大空に舞った
「チッ!ヒーローは柄じゃねぇってのに!」

その頃基地を捨て、空母の中で戦況を見守っていたサザーランドは、モニターの向こうの幹部連中に現況を説明していた。まるで他人事のように。
「第4ゲートが突破されました。基地内部への侵入が始まりましたよ…ユーラシアの諸君も善戦したが、惜しくも破られてしまいましたな」
これでサブゲートはほとんど自由に往来できるようになってしまった。
幹部たちはついさっきまで堅牢な守りを誇っていたJOSH-Aの惨状に言葉を失っている。作戦とはいえ、コーディネイターにこうも簡単に…と。
「メインゲートも間もなくでしょうな。最低でも8割は、誘い込みたいものですが」
サザーランドはタブレットを置いてふっと笑った。
そこには正面ゲートを守っているアークエンジェルの艦影がある。
(おまえたちはほどほどに頑張ってくれればいい。ほどほどにな)

「えっ!?まさか…そんな!」
パナマへの輸送船のじめじめした船底で膝を抱えていたナタルは、隅の方で聞こえてくるひそひそ話に、ふと耳をそばだてた。
「シーッ!ヤバい話なんだからさ、これは…」
「しかし…それじゃ、アラスカに残った連中は…」
「奮戦やむなく、全滅…だろうな…」
ナタルは「全滅」との言葉にギクリとして話し手たちを見る。
3人の男たちは、アラスカはやつらを誘い込む餌だと言っている。
「そして本部は最後の手段に出る。全てドカンさ」
「おい!その話!」
いても立ってもいられなくなったナタルは口を挟んだ。

攻撃を受け、バリアントが沈黙していく。
「艦の損害率、30%を超えます!」
サイは伝えるのが辛い報告ばかりしなければならなかった。
「イェルマーク、ヤノスラフ、轟沈!」
共にゲートを守ってきたユーラシアの艦がディンに取りつかれ、海からもグーンの攻撃を受けて次々沈んでいく。
「司令部とのコンタクトは?」
「取れません!どのチャンネルもずっと同じ電文が返って来るだけですよ!」
カズイはもういやだと言わんばかりの声で伝える。
さっきから何回呼びかけても、帰ってくるのは「各自防衛線を維持しつつ、臨機応変に応戦せよ」という決まりきった文言の機械音だけなのだ。
(こんなの、冗談じゃないよ!ちゃんと状況を見て言ってるのかよ!)
臆病なカズイの心は、死への恐怖で引き裂かれそうだった。
「既に指揮系統が分断されています。艦長…これでは…」
ノイマンが状況を分析する。
けれど指示が来ないのに何もしようがないマリューは無言だった。
ノイマンは舵を握りながら、今はもう座る者がいない副操縦士席を覗き込んでレーダーを確認した。戦況はもはや誰の眼にも明らかだ。
(俺たちが守るメインゲートは破られてはいないが、時間の問題だな)
その間もミサイルやビームはやまず、アークエンジェルの艦体を揺らす。
そのたびに艦砲が一つ沈黙し、機関にダメージが蓄積して行った。
マリューはどうしたらいいのかわからず、クルーたちを見つめていた。
(パナマからの救援もない。もうどれくらいこうして戦っているのか)
マリューは思わず、声にならない声で「彼」の名を呟いた。

「よっしゃあ!まだ粘ってたな!」
フラガは攻撃してくるディンやシグーを巧みな操縦技術で避けながら、ゲートからゲートへとアークエンジェルを探して飛び続けた。
サブゲートはほとんど落ち、敵は中枢へ向かっている。
メインゲートまで来て、フラガはようやくお目当てを見つけたのだ。
「こちらフラガ!アークエンジェル、応答せよ!アークエンジェル!」
しかし何度呼びかけても、聞こえるのは雑音ばかりだ。
「くっそー!」
この混乱で通信がめちゃくちゃになっている。
(仕方がない!)
フラガは自らの経験を頼りにした、目測による着艦体勢に入る。
艦はもちろん、受け入れるデッキだって、いきなり戦闘機が飛び込んでくるのだから危険だ。しかし他に手はなかった。
(アークエンジェルにお邪魔する時は前もこうだったな!)
「友軍機接近!被弾している模様!」
ブリッジではミリアリアが突然現れた戦闘機に驚いて叫んだ。
「…え!?着艦しようとしているの!?」
マリューもまさかの事態に驚きを隠せない。
「そんな無茶な!」
狭過ぎる守備範囲内でかろうじて回避を続けているノイマンが、(こんなところで着艦のためにおとなしくしろなんて言うなよ)と人知れず願っていた。
「整備班!どっかのバカが一機、突っ込んで来ようとしてるわ!退避!」
マリューは苛立ちのあまりガチャンと受話器を置いた。
まさかそれが、先ほど自分が思わず名を呟いた男だなんて思っていない。
(ホントに…どこのバカよ!誘爆でもしたらどうしてくれるの!)

「どいててくれよ!皆さん!」 
許可も得ないまま、フラガは何度も発着を繰り返した馴染みのデッキに勘だけで突っ込んだ。タイミングは見事に合い、カーボンチューブが戦闘機を引っ掛けてぐいっと伸び、機体は斜めになって止まった。
フラガはそのままキャノピーを跳ね上げると飛び降りた。
「フ、フラガ少佐!?」
駆け寄った整備兵が朝方退艦して行ったはずの人物の登場に目を見張る。
フラガは彼らにすまない、というように手を上げるとそのままブリッジに向かった。
「艦長!」
しゅっと扉が開き、フラガが入ってくるとブリッジは驚きに包まれた。
「少佐!?あ、あなた、一体何を!?転属は…?」
いきなり現れた人物に戸惑うマリューが声をあげた。
「そんなことはどうだっていい!それより、すぐに撤退だ!」
フラガはただ驚くばかりの彼らを見て、やはり…と思う。
「こいつはとんだ作戦だぜ!守備軍は、一体どういう命令受けてんだ?」
フラガのただならぬ様子に、マリューはノイマンと顔を見合わせた。
「いいか!よく聞けよ!」
彼らの表情を見て、フラガは一呼吸置いてから早口でまくし立てた。
「本部の地下に、サイクロプスが仕掛けられている!」
その衝撃の言葉に、ブリッジの空気が凍った。
「作動したら、基地から半径10kmは溶鉱炉になるってサイズの代物が!」

サイクロプス…元々はレアメタルや飲料水用の氷を溶かすための工業用技術だった巨大な電磁波発生装置を、兵器転用して使ったのが、月面のグリマルディ戦線である。
しかしそれは予想外の大暴走を起こし、地球軍・ザフトの双方に大きな被害を出した。地球軍はその事実を隠蔽するため、卑劣にも「攻撃」は「ザフトの新兵器」によるものだったと嘘の発表をして、大量破壊兵器の存在と暴走を闇に葬った。
その後、フラガやガルシアのような事実を知る生き残りが教官職などの後方支援や、アルテミスのような辺境にまわされたのは偶然ではない。軍は真実を知る彼らを遠ざけ、飼い殺していたのだ。
グリマルディの英雄であると同時に、その生き証人でもあるフラガは、サイクロプスの威力はいやというほど知っている。後には何ひとつ…本当に何も残らないことも。
「この戦力では、防衛は不可能だ。パナマからの救援は間に合わない」
フラガは苦々しい事実も彼らに伝えた。
「いや、おそらく…最初から援軍など出ていないだろうな」
何しろここに来ればサイクロプスの餌食になるとわかっているのだから。
「やがて守備軍は全滅し、ゲートは突破され、本部は施設の破棄を兼ねてサイクロプスを作動させる」
フラガは以前のシナリオをなぞる、地球軍のやり方を説明した。
(あの時もそうだ。撤退しきれなかった友軍を、上層部は切り捨てやがった…)
かつて多くの戦友を失ったことを思い出し、彼の表情は嫌悪に歪んだ。
「それで、ザフトの戦力の大半を奪う気なんだよ!それがお偉いさんの書いた、この戦闘のシナリオだ!」
フラガの話を聞き終わったマリューは、真っ青になった。
「そんな…」
しかし、今まで実際に戦ってきて思い当たる節がありすぎる…防衛線の崩れは酷いし、それぞれの艦の連携も悪かった。
「俺はこの目で見てきたんだ。司令本部は、もうもぬけのからさ。残って戦ってるのは、ユーラシアの部隊と、アークエンジェルのように、あっちの都合で切り捨てられた奴らばかりだ」
フラガのもたらした残酷な事実に、ブリッジは声もない。
バジルール、フラガ、アルスターには突然の転属という命綱が差し伸べられ、自分たちには何ひとつなかったのだ… 
「俺たちはここで死ねと…そう言うことですか?」
ノイマンが舵を握り締めながら視線を落とした。
「撤退したことを悟られないように、奮戦してな」
カズイは絶句し、チャンドラは怒りのあまりバンと計器を叩いた。
「…こういうのが…作戦なの…?」
思いもかけない声に、フラガとマリューは顔を見合わせた。
涙ながらに話しているのはミリアリアだった。
「戦争だから…私たち軍人だから…そう言われたら…そうやって死ななきゃいけないの?」
「ミリィ」
サイは思わず立ち上がり、泣き出したミリアリアを抱き締めた。
その間にも、既にオープンチャンネルになっている通信機からは援軍を求むユーラシアの兵たちの悲壮な声が届き、消えていく…

「ザフト軍を誘い込むのがこの戦闘の目的だと言うのなら、本艦は既にその任を果たしたものと判断いたします」
やがて、静まり返ったブリッジでマリューはきっぱりと宣言した。
「なお、これはアークエンジェル艦長マリュー・ラミアスの独断であり、乗員には一切この判断に責任はありません」
もはやこの作戦に従う意味も義理もない。
今から自分は、クルーの命を守る事に全力を尽くそうと思う。
「切り捨てられた者には、切り捨てられた者の意地があるわ!」
「そう気張るなって」
フラガがそんなマリューの肩を叩きながら言った。(あれ?これってセクハラか?)と思いながら。
けれど驚いたことに、マリューは肩に置かれたその大きな手を強く握リ返した。
ほんの少し前には別れの挨拶のために辛い思いで握った彼の手に触れると、マリューの心には不思議と安心感がわいてきた。
「本艦はこれより、現戦闘海域を放棄、離脱します」
ノイマンが速度を上げるコールを行い、勢いよく舵を切り始めた。
「僚艦に打電!我ニ続ケ。機関全速、取り舵、湾部の左翼を突破します」
マリューが凛とした声で離脱命令を下した。
それを聞いたトノムラもチャンドラも、必死に攻撃の薄い部分を探し始める。
ミリアリアは涙をぬぐい、サイを見た。
サイもまた、大きく頷いた。
「私たち、皆で生き残ろう、ミリィ」
俄然、「生きること」への執念を燃やし始めたクルーを見て、ずっと険しい表情だったフラガもいつもの笑顔を取り戻した。
「脱出もかなり厳しいが、諦めるな!俺も出る!」
「少佐…」
フラガの腕は知っていても、この激しい攻撃の中を単機で出すのは躊躇せざるをえない。マリューは心配そうにフラガを仰ぎ見た。
「心配しなさんな、忘れた?俺は不可能を可能にする男だってこと」
フラガはクルーに頑張れよと言い残し、ブリッジを後にした。

「F14のリペアパックを第7デッキへ」
「その用件は海上でできるって伝えてくれ!」
もはや勝ち戦を信じている潜水母艦の艦内は活気に満ちていた。
クルーゼはシグーを駆って艦に戻ると、あたりを見回した。
「隊長!」
そんな彼を見つけたイザークが声をかけた。
パイロットスーツの首もとを緩めてドリンクに口をつけていた彼は、破竹の勢いで勝ち進む戦いに昂揚し、勝利の喜びに浸っているようだ。
「イザーク、補給かね?」
クルーゼはいつものように穏やかに答えた。
「ゲートを2つ落としました。今度は中で暴れてきますよ」
しかしこのまま中まで入ったら間違いなくイザークの命はない。
クルーゼは彼の命を…いや、「価値」を天秤にかけて少し黙り込んだが、やがてまた口を開いた。
「ふむ…足つきがいるせいか、メインゲートがまだ破れずにいる」
心の中で天秤にかけられた結果、どうやらイザークは存在する事を許されたらしい。
彼を死なせないために、クルーゼはイザークが一番喜ぶであろう餌を撒くと、手応えのない戦いに厭いていた彼の顔がぱっと輝いた。
「できればきみにはそちらを応援してもらいたいが…」
「ありがとうございます!」
もはや奥まで行って大将首を獲るなどという当初の目的はころっと忘れ、イザークの心は早くも足つきに向いていた。
ストライクはいなくても足つきがいた!イザークの心は沸く。

その時、目が覚めたフレイはなんだかはっきりしない意識の中で交わされている彼らの会話を聞くともなしに聞いていたが、何を言っているのか理解する事はできなかった。
(足つき…?それに、なんだ、ここ…どこなんだ?)
フレイはその狭苦しい場所がコックピットである事すらもわからず、身を乗り出してあたりを見回そうとしたが、眼の前に人がいた。
(…ザフト?コーディネイター?)
「さて…お目覚めかな、少年」
白服を着た男が気配に振り返った時、フレイは女のように悲鳴をあげた。
眼に入った容貌があまりにも異常であり、不気味に思えて恐怖したのだ。
けれどよくよく見ればそれは顔の上半分、鼻や眼を隠す仮面だった。
けれどフレイはそのままコックピットの奥へと逃げ込んだ。
「おやおや」
クルーゼは楽しげに笑う。
(随分寝起きの悪い…お行儀の悪い坊主だな)

離脱するアークエンジェルに僚艦が続き、ついにメインゲートは破られた。
「もうゲートはくれてやったんだ!こっちは見逃してくれたっていいだろうが!」
しかしこの戦場では異常なくらい悪目立ちする宇宙戦艦に、敵はしつこく食い下がってくる。
フラガは乗り慣れたスカイグラスパーに移って発進していた。
装甲の薄いディンはお客さんだが、何しろ数が半端ではない。
そこに、今は一番会いたくないいやな敵が現れた。
「後方より、デュエル!」
カズイが震える声で告げると、マリューたちは蒼白になる。
(あいつ…また!)
フラガは急旋回してデュエルを視認した。
「足つき!今日こそ終わりだな!!」
イザークは嬉々としてアークエンジェルに襲い掛かってきた。
イザークはシヴァを構えて放つ。
「くっそー!こんな時に!!」
フラガは回頭し、急降下してデュエルに向かう。
ガンランチャーでそれを迎え撃ちながら、デュエルはグゥルを操ってひらりとスカイグラスパーが放ったアグニをかわした。
フラガは再び回頭するが、既にデュエルにロックされていた。
「舐めるな!バスターとは違うんだよ!!」
「チィッ!」
ちょうどその頃、ディアッカは堅いベッドに座り、振動を伝えてくる天井を見上げていた。
ディアッカには今いるここがどこなのか知らされていない。しかし追い続けた足つきの針路から見て、アラスカを目指していると推測していた。
もしオペレーション・スピットブレイクが開始されたなら、目標はパナマのはずだ。
(だがこの戦闘もかなり続いている・・・本部はアラスカにも仕掛けたってことか?)
タカ派であるザラ議長が、総力戦を唱えながら戦力を割くような作戦を推奨するとは思えなかったが、ディアッカはそこまで考えてゴロンとベッドに横になった。
何にせよ、今この艦が戦っていることは明白で、撃沈されれば恐らく自分は生きてはいられないのだ。
「…ったく、ついてねぇなぁ…」
天井が、衝撃音と共に再び揺れた。

「艦長!」
ノイマンが進路をふさぐモビルスーツ群を見て絶望的な声を上げる。
「取り舵20!回り込んで!」
「10時の方向にモビルスーツ群!」
どこにも逃げ場はない。
メインゲートが落ちたことで、ザフトはいまや全ての潜水母艦からモビルスーツというモビルスーツを出して総攻撃を仕掛けるつもりだ。
「クーリク、自走不能!」
「ドロ、轟沈!」
アークエンジェルに続いた僚艦が、次々沈黙していく。
ここで動けなくなれば、後に襲い掛かるサイクロプスから逃げられず、結局は死ぬ事になるのだ。フラガが告げた時間までもう猶予はない。
「64から72ブロック閉鎖!艦稼働率、43%に低下!」
そのダメージは深刻で、サイは必死に隔壁を閉じた。
(ああ、アークエンジェルが…)
「うわぁぁ、もう、ダメだぁ!!」
怒涛のように現れるエラーとアラートにパニック寸前になり、カズイは怯えて頭を抱え、パルが「落ち着け!まだ大丈夫だ!」と励ました。
「ウォンバット!撃ぇ!機関最大!振り切れぇっ!!」
マリューも喉が枯れんばかりに叫ぶ。
しかしアークエンジェルの推力は低下するばかりだ。
「アークエンジェル!」
フラガもディンやジンに囲まれ、盛大に白煙をあげ続けるアークエンジェルを見た。反撃もほとんどなくなっている。
(まずい…ここで沈黙するのはダメだ。基地に近過ぎる!)
「はあぁっ!!」
母艦に気を取られたわずかな隙を突かれ、デュエルが攻撃してきた。
フラガは辛くも避けたが、デュエルは機体の失速を見失わず、咄嗟にサーベルを抜くとすれ違いざまに機体の腹を掠めてダメージを与えた。
「くっそぉ!!」
フラガはバランスを崩し、煙を吐きながら戦線を離脱した。
 
アークエンジェルでは必死に立て直しが図られたが、推力の低下はなかなか回復せず、艦の姿勢も維持できなくなっている。
そこに弾幕のウォンバット、雨あられと降るイーゲルシュテルンをかいくぐり、防衛ラインを突破して飛び込んできたジンがいた。
ジンはアークエンジェルのブリッジに近づき、中の様子を窺った。
「はっ!」
それに気づいたマリューが息を呑む。
ジンのモノアイがこちらを探るようにゆっくりと動く。
そして何かを確認したように、グゥルを下げた。
ゆっくり、ゆっくりとジンの腕が上がり、突撃銃が構えられる。
(ロックされた!)
ブリッジでは、皆が一斉に正面で銃を構えたジンを見た。
ミリアリアが恐怖に顔を引きつらせ、サイもまた何かを叫ぶ。
カズイは信じられない速さで席を立つと、出口へと逃げ出した。
マリューはついに自らの最期を悟り、ジンを睨み続けていた。

しかしその時、天空から一筋の光が降り注いだ。
「なに!?」
光はジンを直撃し、腕を切断すると同時に爆発が起きた。
ジンのパイロットが信じがたい攻撃に呆然とし、思わず空を振り仰ぐ。
そこには、青い翼を広げた、白く輝くモビルスーツがあった。
ブリッジはもちろん、フラガもイザークもこの見知らぬモビルスーツに驚愕を隠せずにいた。
まわりの戦場の全ての人の眼が、その機体に注がれている。

「こちら、キラ・ヤマト!援護します。今のうちに退艦を!」

やがてよく知るその声がブリッジに響くと、誰もがえっ、と叫んだ。
「キラ!?」
「キラ…さん…?」
サイが立ち上がり、マリューは信じられないというように惚けている。
キラはアークエンジェルを取り囲むモビルスーツを見ていた。
さすがにこれだけの数を相手にしたことはない。
キラは集中力を高め、深呼吸した。
(あの感覚を呼び出せ)
体中が冷たくなる、研ぎ澄まされる感覚を…
熱くなることなく、感情に支配される事なく、冷たいすがすがしさだけを私のものにする。
視界が広がっていく。クリアになっていく。
音が消えていく。そして全てが聞こえるようになる…キラはモニターの光を、全て確実にロックオンしていった。
フリーダムは背部バインダーから2本の大型プラズマ収束ビーム砲バラエーナを、両腰部からはクスィフィアスレールガンを起こし、リアスカートから取り出したルプスビームライフルを構えた。
ハイマットフルバーストモード…フリーダムの最強形態から放たれた5つの射線が、周囲のモビルスーツをすべて正確に貫いていったが、無差別に攻撃されているようでいて、コックピットは破壊されない。
キラは致命傷を与えることなく、最も効率よく機体の一部を破壊した。
その射線に入ったものはことごとく、沈黙、あるいは戦線離脱を余儀なくされる程度の破壊を受けている。
「くっそぉ!!!なんだよあれは!?」
イザークは戦艦並のその破壊力に驚き、ギリギリと歯噛みした。
 
「マリューさん!早く退艦を!」
一時的に戦局を抑え込んだキラは、再びマリューに呼びかけた。
無事に避難が終わるまで、自分がここで盾になる覚悟だった。
「あ、いえ…あの、本部の地下に、サイクロプスがあって…」
驚きのあまり、マリューはみっともないほど動揺して答えた。
「私たちは…囮にっ…!」
「サイクロプス…?」
その名を聞いても、育成された軍人ではないキラにはよくわからない。
「作戦なの!知らなかったのよ…だからここでは退艦できないわ!」
張っていた気がボロボロと崩れそうで、マリューは思わず顔を下げた。
(いけない、泣いたりなんかしたらおかしいわ)
フラガに続いてキラが…誰よりも頼もしい2人が土壇場で助けに来てくれたのだ。
マリューは、泣いてる場合じゃないわと指で濡れた目頭を拭った。
「もっと、基地から離れなくては!」
マリューのその動揺を見れば、サイクロプスの名を知らないキラにも、それが何かとても悪い兵器なのだろうということだけはわかった。
「それは、危険な兵器なんですね?」
「ええ。とてもね」
モニターの向こうでマリューが深く頷いた。
「ザフトも地球軍も皆死んでしまうわ。もうじき作動して、自爆するの」
「わかりました」
キラは国際救助チャンネルを開き、届く範囲の通信をオープンにした。
「ザフト、連合、両軍に伝えます」
戦場に、キラの声が響き渡った。
ジャマーに妨害されるほとんどの通信と違い、Nジャマーキャンセラーを搭載したフリーダムから聞こえる音声は、この戦場にあって驚くほどクリアだった。
「アラスカ基地は、間もなくサイクロプスを作動させて、自爆します」
「…キラか?」
その声で、突然舞い降りてきた見知らぬモビルスーツのパイロットがキラだと知り、フラガも驚いていた。
イザークもまた、それが女の声だと知って息を呑んだ。
(あれのパイロットは…女だと!?)
「両軍とも、ただちに戦闘を停止し、撤退してください!繰り返します」
いつもおとなしくておっとりして、怒ったことなんかないくらい穏やかだったキラが、今、敵味方関係なく、撤退を勧告している。
(自分たちは、ただここから逃げることで精一杯だったのに…)
サイもミリアリアもカズイも、凛とした友の声に言葉もなかった。
立ちはだかるフリーダムの背中に、絶対の信頼感があった。
「あいつ…」
フラガは繰り返されるキラの言葉に、口の端を上げた。
(生きてやがった…あいつ…)
嬉しさと安堵がこみ上げ、そして再びキラの機体を注視した。

しかし多くの兵が呆気に取られている戦場において、すぐに自分を取り戻した者がいた。
「下手な脅しを!」
次の瞬間、デュエルがグゥルを駆り、サーベルを手に突撃してきた。
「デュエル!」
キラはその姿に構え、両手でラケルタを抜いた。
「ぃやぁぁぁ!」
掛け声と共にイザークはフリーダムに斬りかかった。
(戦闘をやめろだと?サイクロプスだと?)
しかも乗っているのが女と知れば、長くアスランの後塵を拝してきたイザークの矜持が刺激されたのは無理からぬ事だった。
(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなーっ!)
イザークは自分でもわけのわからない怒りに任せ、フリーダムに向かった。
「やめろと言ったでしょう!死にたいの!」
キラは素早く、デュエルのコックピットにサーベルを合わせた。
「なにっ!?」
イザークは制動をかけながら間に合わないと悟り、ひゅっと息を呑んだ。
(しまった!)
しかしキラは直前で、構えたサーベルの軌道を変えた。
「ぐわっ!」
イザークはその激しい衝撃に、コックピットが破壊されたと思ったが、実際に破壊されたのは両脚だった。デュエルは脚部の膝から下を失くし、キラはそのままデュエルを蹴り飛ばした。
「早く脱出して!もうやめてください!」
蹴り飛ばされたデュエルを友軍のジンが助けてくれた。
「あいつ…なぜ?」
(俺を殺そうと思えば殺せた…なのに、殺さなかった…)
イザークはキラの不可解な行動をいぶかしみながら、ジンに連れられて一足先に戦闘空域を離脱した。

大気圏を突破し、アラスカ基地までノンストップで突っ走ってきてもフリーダムのパワーは尽きる事を知らない。キラはこの強い剣で、できる限り相手の命を奪わずに済むように戦いたいと思っていた。
それは険しい道だとわかっているけれど、自分にだけは誓いたい。
(たとえデュエルが、民間人の命を奪う非道を行ったとしても…)
同じくらい多くの人間の命を奪った自分に、彼を裁く権利はないと、キラは去っていくデュエルを見送りながら思った。

「そろそろですな、よろしいですか?」
今、安全地域の空母の中では殺戮の儀式が始まろうとしていた。
「この犠牲により、戦争が早期終結へ向かわんことを切に願う」
オペレーション・スピットブレイクを開始した時のザラ議長と全く同じ事を言いながら、幹部がそれを了承する。
サザーランドは両手を忌わしいボタンの上に置いた。
「青き清浄なる世界の為に。3…2…1…」
JOSH-Aの地下に設置されたサイクロプスが一斉に起動した。
強力なマイクロ波が照射され、眼には見えないすさまじい振動が起きる。
それによって水分子が揺らされ、急激に温度を上げ始めると、体組織の60%以上が水分である人体は内部から急激に沸騰し、柔らかい皮膚をやすやすと突き破って爆裂する。
サイクロプスに近い者ほどあっという間に沸騰し、爆発して完全に破壊されるのだ。その無残な死に、痛みや苦しみがあるのかどうかを語る者などいない。強力なウェーブに捉われたら生き残れる者などいないからだ。
「アラスカ基地内に、強烈なエネルギー放射を確認。これは…!」
ザフトのオペレーターたちも、この事実に衝撃を隠せなかった。
地球軍が使う兵器の中で、核に次いで卑劣極まりない大量破壊兵器。
何よりも、敵を殲滅するだけでなく味方をも犠牲にする非人道的な兵器に、ザフト軍は皆、戦慄した。完全にはめられたのだ。
「サイクロプス、起動っ!」
サイが震えながら叫んだ。
じきに、凄まじい速さで死のマイクロ波が襲い掛かってくる。
キラもまた、背後に不気味な気配を感じて振り返った。
(恐ろしい波がやってくる…全てを殺しつくす波が…)
「機関全速!退避!!」
マリューはもはや叫びすぎて枯れた喉でさらに叫んだ。
「力の限り、命の限り、逃げるのよ!」
後方にいるものは、あるいはパイロットが爆発し、あるいはモビルスーツの燃料に引火し、あるいは弾薬の加熱で爆発し、跡形もなく消えていった。
生き残った者たちは必死にその影響のない場所まで逃げようと駆けた。
ザフトも地球軍もない。ディンと戦闘機が、駆逐艦とグーンが並んで逃げた。
あの基地の中でどれほどの命が失われているのか。
どんな地獄絵図が繰り広げられているのか。
なのに、彼らは死体すらも残らず蒸発してしまうのだ。
そんな事を考える事さえいやで、ただひたすら逃げた。
「うわぁ!」
マイクロ波に追いつかれ、失速したジンの腕をキラは掴んだ。
(こんな…こんなひどい事を!)
フリーダムの強い翼は悪魔の手を寄せつけない。
アークエンジェルも止まることなく、この地獄を共に駆け抜けた。
(争わされ、戦わされ…そして最後は両者が死んでいく…)
キラはやりきれなさを感じながら、ただ前だけを見つめていた。

「こんな…」
イザークを収容した途端、サイクロプスの起動を確認したボズゴロフでは、さしもの老練で肝の据わった艦長も絶句し、ブリッジクルーも言葉がない。
(既に7割、いや8割は中枢に達していただろうに)
ザフトのほとんどの戦力がつぎこまれていたのに、一瞬で失われた…そんな彼らの呆然とした様子を、クルーゼは誰にも知られぬ仮面の下で、涼しい顔をして見ていた。
「してやられましたな、ナチュラル共に」
クルーゼが流したのは、オペレーション・スピットブレイクの目的地は、パナマと見せかけてアラスカである…というたった一つの事実だった。
しかしクルーゼは、その情報を直接幹部や軍の人間に渡したわけではない。
彼はそれを「見えやすいところに置いた」だけ…即ち、どこの誰ともしれない地球軍のスパイに渡しただけなのだ。
クルーゼには、その行為に基づく利益もなく報酬も入っていない。
誰かが自分を探そうにも、情報屋と利害関係がない自分を探しようがない。
情報は本物だった。信じるか信じないかは相手次第だったのだ。
けれど手放した情報はいつの間にか一人歩きし、今日の結果を呼んだ。
(人類など、私が手を下すまでもなく必ずこうなる。闇は闇を食い、こうして育つのだ…いくらでも、貪欲に)
沈黙が続き、中には友を思って泣き出す者もいるブリッジで、クルーゼは思惑通りの…いや、思惑以上の結果にニヤリと笑った。

アークエンジェルとフリーダムは無事に逃げ切り、小さな小島にいた。
キラは自分が救ったジンのパイロットの救助にあたっていたが、コックピットの爆発に傷つけられた彼の体は限界を迎えており、キラはただ、その最期を看取ることしかできなかった。
「…なぜ、助けた?」
苦しい息の下から彼が尋ねた。
「そうしたかったからです」
キラは横たえた彼を見つめながらおずおずと答えた。
「あの時…私が腕を掴む事ができたあなたを、見捨ててはいけませんでした」
「おかしなことを言う」
兵士はそれを聞いてふっと笑った。
「殺した方が、早かっただろう…に」
事切れた彼を見て、キラは無力感に苛まれた。
わかっている。一人の力で何かを変えることなんてできない。
(でも、だからって何もしなかったら、何も変わらない…)
キラはアークエンジェルの、仲間たちの元へ向かった。
たくさんの話をしなければならなかった。

「全滅!?全滅とはどういうことだ!?そんなバカな話はなかろう!」
「カーペンタリアは、とにかく正確な情報を…」
宇宙港はにぎわっていたが、会話の内容はなにやら雲行きが怪しい。
アスランは一体何が起きたんだろうと思いながら入国審査を終えたが、人込みの向こうに知っている顔を見つけると、その名を呼んだ。
「ユウキ隊長!」
「アスラン・ザラ!どうしたんだ、こんなところで?」
かつてアスランの教官だった彼は驚いたようだったが、アスランが自分と同じ特務隊に配属になったと知ると、とても喜んでくれた。
アスランはざわめく周囲の様子を見ながら聞いた。
「それより、この騒ぎは?」
「スピットブレイクが失敗したらしい」
アスランは息を呑んだ。
目標をパナマではなく、アラスカに変えたというニュースは見たが、ザフトの総力を挙げての攻撃だ。そう簡単に失敗するとは思えない。
「まさか…一体どうして?アラスカで何があったんです?」
「詳しいことはまだわからんが、全滅…との報告もある」
「…そんな!」
アスランの脳裏に、国防委員長の頃からこの作戦を着々と進めていた父の顔が浮かぶ。失敗など、頑迷な彼の計画には決してなかったことだろう…アスランは一刻も早く話を聞きにいかなければと気が逸る。
しかしユウキはさらに声をひそめて彼女に囁いた。
「きみにはもう一つ悪いニュースがある」
レイ・ユウキは、厳しさの中に思いやり深く優しい人柄を併せ持ち、アカデミーでも人気の教官だったが、ことに女性として何かと差別されがちなアスランに対して気を配り、親切にしてくれた。
それがちっとも嫌味ではないのが彼のいいところで、人見知りの激しいアスランも、ユウキとは珍しく心を許した師弟関係を築いていた。
「私に?」
アスランは聞き返した。
「何です?」
「極秘開発されていた最新鋭のモビルスーツが一機、何者かに奪取された」
ユウキはそこまで言うと、少し気の毒そうな表情になった。
「それの手引きをしたのが…ラクス・クラインだということで…」
「えっ!?」
アスランはその名を聞き、驚きのあまり鞄を落としてしまった。
「今、国防委員会が大騒ぎだ」
ユウキは眉をひそめた。
それはそうだろう。戦争とは最も遠い場所にいる「悲劇の英雄」がそのような事態を引き起こすなどありえない。
「そんな…まさか…ラクスが…そんな…」
オペレーション・スピットブレイクは失敗。
最新鋭の機体が盗まれ、それにラクスが関与している…
(一体、何がどうなってるの?)
PR
この記事にコメントする
Name
Title
Font-Color
Mail
URL
Comment
Pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

secret
制作裏話-PHASE35-
このPHASEは、「ガンダムとしてのSEED」の集大成といえる回ではないでしょうか。あまりにもベタ過ぎる展開だと思いながらも、あの時、天から舞い降りてきたフリーダムの姿は本当に格好よくて、本当に素晴らしかったです。ガンダムを格好よく見せるという点では、種は贔屓目抜きでもかなり上位にいくでしょう。

なお、この逆転SEEDをサブタイトルで検索して辿り着いてしまう方も、「舞い降りる剣」がかなり多いです。皆、やっぱりフリーダムが好きなんだね!私も大好きだ!だってこれを書いてる間中、ひたすらフリーダムの颯爽とした姿ばっかり思い浮かべてたもんなぁ。

このPHASEは物語的にも出来上がった話なので、あまり手を加える必要はありませんでした。
恐らく放映前の制作会議でも、「ストーリー上、主眼に置くべき回」に選ばれる話だったでしょうから、よく練られているのです。
たとえば1クールはほぼ8割が「主眼話」だし、2クールでは「砂塵の果て」と「平和の国へ」、3クールではこの「舞い降りる剣」を中心にして、前半が「キラ」「さだめの楔」に、後半が「アスラン」「暁の宇宙へ」でしょう。多分この構成のはず。

本編で一つ気になったのは、キラが「サイクロプス」についてまるでよく知っているようだったこと。マリューがその名を告げただけで退避勧告を出すのは不自然なので、逆種では一旦聞き返し、マリューの口から危険な兵器であると聞くよう改変してあります。
色々な設定はあっても(グリマルディ戦線で初めて使われ、大暴走を起こした)本編ではこのへんで突然出てきた兵器なんですから、いくらなんでも野戦任官のキラが知るはずがありません。軍人教育を受けたアスランやイザークならともかく、元来軍人ではないキラならこっちの方が自然だと思います。

逆種では戦争をゲームのように楽しむクルーゼ、思いがけずヒーローしちゃうフラガ、一方的な戦いの中で再び宿敵に敗れる(実は救われている。やっぱり蹴られたけど)イザークなどに焦点をあてています。
ことに放映後8年も経ってみると、SEEDの「あらすじ紹介」などでクルーゼが「戦争を操った1人」などと書かれていて、本放送で見た時は「もっと後ろで操ってる黒幕っぽく描けばいいのに」と思っていたことと矛盾しています。ぶっちゃけ本編ではそんな描写、あまりないです。

はっきりしてたのはフレイにNジャマーキャンセラーのデータを持たせた事くらい。PHASE32あたりでパナマ→アラスカの情報を酒場で誰かに渡した?シーンも非常にわかりづらいし、PHASE33でグランドフォローを探らせてたシーンも、何を目的に何をしているのかわからなかった。
PHASE34でフラガと出会って、「あれ?もしかしてこのために内部を探らせてたのか?」とわかったくらいです。時間と手間をかけて、敢えて「わかりづらいシーン」を入れ込み、その分他の必要な描写をバッサリ削るのは「さすが勘違いは種のお家芸だな!」ですよホントに。

そこで逆種では、クルーゼにはもう随分前から黒幕臭を漂わせています。アスランの報告を受けるPHASE4あたりからですかね。
本当はアズラエルと通じており、結局最後は両者を裏切る…なんていう悪役ぶりが理想でしたが、アズラエル、前半は全く出ないから改変しようがない(アル・ジャイリーやらサイーブやら、後々無関係なヤツを出すならアズラエル出しとけっての)しかしたった10話であの存在感はすご過ぎるぞアズラエル。

本編では「バスターとは違う」扱いされて視聴者の笑いを誘ったディアッカには、何の事情もわからず艦底で命の危険にさらされている状態で再登場させました。

また、「ユウキ隊長」と聞いても「誰?」と思う人がむっちゃ多いと思いますが、黒服の彼は特務隊の隊長(FAITH)であり、最後にザラ議長の暴走を止めようとして撃たれ、同時に議長にも引導を渡す重要人物です。かくいう私もいきなり出てきた見知らぬキャラがザラ議長を撃ったと思ったら、まさか以前にも出ていたキャラとは知らず、仰天しました。「レイ・ユウキ」というテロップで確認して、確かに同一人物だったと納得しました。しかも彼のこの姓からすると、オーブ人なんですね、多分。
何かの設定を読んだのですが、彼は教官時代から優しくていい人だったみたいで、あまり人に懐かないアスランが珍しく慕っていたようですね。ちなみにアスランが彼から教わったのは「戦術論理」です。
ふーん、そうか、それであの「ローエングリン作戦」かー

余談ですが、「歌だけはいい」と言われた種の中でもあまり(というか全然)売れなかった2期ED(種は「あんなに一緒だったのに」がEDを2クール務めたため)の「RIVER」ですが、私はこの曲、実はとても好きでした。(EDの絵を全く変えなかったというのも気の毒です)
そしてこの曲が一番合っていたのが、このPHASE35だと思うんですよ(もちろんPHASE36にも合います)まさにアスランの心境を語る詞だと思うので、戸惑ったり混乱しているアスランで引く回には非常に合うんですよね。
になにな(筆者) 2011/03/27(Sun)12:31:42 編集



Copyright (C) 逆転SEED All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog | Template by 紫翠

忍者ブログ | [PR]