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Natural or Cordinater?
サブタイトル

お知らせ
PHASE0 はじめに 
PHASE1-1 偽りの平和①
PHASE1-2 偽りの平和②
PHASE1-3 偽りの平和③
PHASE2 その名はガンダム 
PHASE3 崩壊の大地
PHASE4 サイレント ラン
PHASE5 フェイズシフトダウン
PHASE6 消えるガンダム
PHASE7 宇宙の傷跡
PHASE8 敵軍の英雄
(原題:敵軍の歌姫)
PHASE9 消えていく光
PHASE10 分かたれた道
PHASE11 目覚める刃
PHASE12 フレイの選択
PHASE13 宇宙に降る星
PHASE14 果てし無き時の中で
PHASE15 それぞれの孤独
PHASE16 燃える砂塵
PHASE17 カガリ再び
PHASE18 ペイバック
PHASE19 宿敵の牙
PHASE20 おだやかな日に
PHASE21 砂塵の果て
PHASE22 紅に染まる海
PHASE23 運命の出会い
PHASE24 二人だけの戦争
PHASE25 平和の国へ
PHASE26 モーメント
PHASE27 果てなき輪舞
PHASE28 キラ
PHASE29 さだめの楔 
PHASE30 閃光の刻
PHASE31 慟哭の空
PHASE32 約束の地に
PHASE33 闇の胎動
PHASE34 まなざしの先
PHASE35 舞い降りる剣
PHASE36 正義の名のもとに 
PHASE37 神のいかずち
PHASE38 決意の砲火
PHASE39 アスラン
PHASE40 暁の宇宙へ
PHASE41 ゆれる世界
PHASE42 ラクス出撃
PHASE43 立ちはだかるもの 
PHASE44 螺旋の邂逅
PHASE45 開く扉
PHASE46 たましいの場所
PHASE47-1 悪夢はふたたび①
PHASE47-2 悪夢はふたたび②
PHASE48-1 怒りの日①
PHASE48-2 怒りの日②
PHASE49-1 終末の光①
PHASE49-2 終末の光②
PHASE50-1 終わらない明日へ①
PHASE50-2 終わらない明日へ②
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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本営は大混乱に陥っていた。
アラスカに突入した部隊からの応答はなく、周辺に陣を張っていた潜水母艦群にも詳しいことがわからず、情報の錯綜が起きている。

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「失礼します」
アスランは敬礼して司令室に入ったが、誰一人それに答える者はなかった。
黒服の将校、補佐官たちが父を取り囲み、あわただしく報告を続けている。
「…で、使用されたのは、サイクロプスのようです」
漏れ聞こえた「サイクロプス」という単語にアスランも眉をひそめた。
「基地の地下に、かなりの数のアレイが…」
地球軍が使う、自軍の兵士の犠牲をも厭わない大量破壊兵器…信じたくはないが、全滅との報せも、その忌わしい名を聞けば頷ける。
「クルーゼは?」
「まだコンタクトは取れておりませんが、無事との報告を受けております」
「彼から詳細な報告を上げさせろ」
アスランは事態の収拾のため、黒服に指示を続ける父を見守っていた。
作戦を知らされていなかった最高評議会からの突き上げも激しいようで、アイリーン・カナーバ以下数名の議員が、父に事態の説明を求めている。
彼はそれを聞きながらようやくアスランに気づき、そして言った。
「少し待て」
「は」
アスランは姿勢を正して答えた。

黒服の戦況報告が終わると、今度は補佐官が進み出て行政報告を続けた。
「臨時最高評議会の招集を要請するものと思われ…」
「とにかく、残存の部隊をカーペンタリアに急がせろ!」
ザラは補佐官の言葉を遮って立ち上がると、部屋の隅でまだヒソヒソと対処法を話し合っていた黒服に命じた。
「浮き足立つな!欲しいのは冷静且つ客観的な報告だ」
それを聞いて黒服たちがピリッと背筋を伸ばす。
「…クラインらの行方は?」
議長は椅子に座って再び補佐官の報告を促したが、アスランは聞き慣れたその名前にギクリとした。
「まだです。かなり周到にルートを作っていたようで…思ったより時間がかかるかもしれません」
「司法局を動かせ」
議長はそんな補佐官を睨みつけると厳しく命じた。
「カナーバら、クラインと親交の深かった議員は全て拘束だ!」
「全て…ですか?」
議長のこの強硬姿勢には補佐官もさすがに驚いて聞き返した。
「しかし調査はまだ…」
「スパイを手引きしたラクス・クライン!共に逃亡し、行方の解らぬその父!漏洩していたスピットブレイクの攻撃目標!」
パトリック・ザラは拳を固めてデスクを叩き、補佐官は口をつぐんだ。
「子供でもわかる簡単な図式だぞ!クラインが裏切り者なのだ!」
かつての親友を断罪する彼の言葉に、周辺の人間もアスランも息を呑む。
「なのにこの私を追求しようとでも言うのか、カナーバらは!!」
そう言って彼はさも忌々しそうに首を振った。
「奴らの方こそ、いや、奴らこそが匿っているのだ!そうとしか考えられん」
補佐官と国防委員会の幹部がひそひそと耳打ちしあい、やがて言った。
「わかりました」
こうして補佐官や黒服、紫服の連中が部屋を出て行くと、沈黙が訪れた。

誰もいなくなった部屋で、アスランはしばらくの間、額に手を当てて黙りこくっている父を見つめていたが、その憔悴した姿を見て心を痛め、ついいつものように呼びかけた。
「父上…」
「…なんだ、それは!?」
しかし父はそんな娘の気持ちを突っぱねた。
父は彼女に、今の互いの立場は、プラントの最高権力者と、特務隊とはいえ一介の軍人に過ぎないことを思い出させた。
「失礼いたしました。ザラ議長閣下」
アスランは踵を合わせて敬礼しなおし、そして親子の情を寄せつけない父の態度に、少しだけ傷ついた。
「状況は認識したな?」
「は…いえ…しかし、私には…」
父の問いかけに、アスランはやや自信なさげに答えた。
「信じられません。ラクスがスパイを手引きしたなどと…」
あのラクスが…穏やかで優しく聡明で、確かに少し変わってはいるものの、彼が国家に反逆するなど、そんな大それた事をするわけがない。ましてや彼は身体を壊しているのだ。
「そんなバカな事が…」
ザラは娘のその様子を見て、やや乱暴にモニターを回して見せた。
「見ろ。工廠の監視カメラの記録だ」
アスランはそれを見るために父の机に近づいた。
「フリーダムの奪取はこの直後に行われた」
アスランが見たモニターの中のラクスは、赤服を着た小柄な人物と共にハンガーフックにあるフリーダムの前に立ち、何か話をしていた。
そしてチラリと監視カメラを見た時、アスランはその表情にはっとした。
「証拠がなければ誰が彼になど嫌疑を掛ける」
父の声がアスランの疑念を後押しするように追いかけてきた。
そこにいたのは、いつものように少しいたずらっぽいような顔をしたラクスではあるが、その目線は明らかに、この監視カメラを意識しているようだ。
(まるで、誰かが…父や私が見ることを知っているような表情…)
そしてにこりと微笑むと、彼はそのまま砂嵐の中へと消えた。
監視カメラの映像はここまでしか残っていなかった。
「おまえがなんと言おうが、これは事実なのだ」
アスランは砂嵐のモニターを黙って見つめ続けていた。
「ラクス・クラインは既におまえの婚約者ではない」
父は吐き捨てるように言った。
「でも…」
「まだ非公開だが、国家反逆罪で指名手配中の逃亡犯だぞ!」
アスランは口を開きかけたが、そのまま黙り込んだ。
2年前、月のコペルニクスから戻ったばかりの自分に、いきなり「おまえには婚約者がいる」と告げた父は、今は「そんな奴とおまえを結婚させるわけにはいかんだろう」と息巻いている。
この父の姿は、娘の身を案じているからこそと信じたかったが、そうではない事をアスランは知っており、自嘲気味に苦笑した。
(クライン親子が意に沿わず、ラクスに利用価値がなくなったから…)
父の眼には、自分も道具にしか見えていないのだろうかと思いながら。
娘のそんな失望には頓着もせず、議長は言った。
「おまえは奪取されたX10Aフリーダムの奪還と、パイロット、及び接触したと思われる人物、施設、すべての排除にあたれ」
アスランはその過酷な命令に思わず聞き返した。
「すべて…ですか?」
それは殺害と徹底的な破壊ということだ。
「工廠でX09Aジャスティスを受領し、準備が終わり次第任務に就くのだ」
父は続けた。
「奪還が不可能なら、フリーダムは破壊せよ」
アスランはその徹底した排除に不信感を持った。
父は接触した「可能性」であっても、すべてを排除せよと言っている。
「なぜそこまでしなければならないのですか?議長」
理由を問い質したアスランに、父は衝撃の解答を投げつけた。
「X10Aフリーダム、及び、X09Aジャスティスは、ニュートロンジャマー・キャンセラーを搭載した機体なのだ」
「ニュートロン…ジャマー・キャンセラー?…そんな!」
それは核エンジンを搭載しているということと直感し、アスランは呻いた。
「なぜそんなものを!プラントはすべての核を放棄すると…!」
アスランは父のデスクに手をつき、抗議した。
「ユニウスセブンの悲劇を繰り返さないため、ナチュラルには二度と核を使わせず、同時に我らも核を放棄すると決めたではありませんか!」
「勝つ為に必要となったのだ!あのエネルギーが!」
父は食って掛かったアスランを一喝した。
「それを使わずして戦いを終えようとしたところでこの結果だ!」
開発はもっと前からだったにせよ、結局この判断に間違いはなかった。
戦いを終わらせるために打った作戦が大敗北という形で失敗した今、あとはこちらの少ない手数で、最大限の効果を上げる必要がある。
圧倒的に数で勝る奴らを殲滅するには、核の膨大なエネルギーが必要だった。
「おまえの任務は重大だぞ。心してかかれ」
既に父の心は核を使って戦う事に傾いている。
父はもう行けといわんばかりに目を逸らして目の前の仕事に没頭し始め、それ以上の娘との話し合いを完全に拒絶した。
アスランはただ、敬礼して部屋を出るしかなかった。

アスランはその足で、つい先だってラクスが赤服を着たキラを連れてやって来た軍事工廠へと向かった。フリーダムを奪取された事により、セキュリティは非常に厳しかった。特務隊の彼女ですら例外ではなく、何度もボディチェックを受けて、ようやくドックに辿り着けたほどだ。
そこでアスランは、ニコルの父、ユーリ・アマルフィに会った。
彼はマイウス市の最高評議会議員であると同時に技術士官でもあり、かつてニュートロン・ジャマーの開発にかかわった優れた技師でもあった。 
「ニコルも、ラクス・クラインのことを本当に尊敬していたというのに…」
ユーリが暗い声で呟くと、アスランはうなだれた。
「ニコルのことは…本当に」
「いや、いいんだ…すまない。わかっているのだがな…戦争なのだから」
彼はそう言って無理に笑顔を作ろうとした。
「仇はきみに討ってもらった」
その言葉を聞いて、「キラを殺した」という苦い思いが湧き上がる。
アスランはこんな時期だからと、略式の儀礼のみで受け取ったネビュラ勲章を思い出した。それは、キラの命の重さだった。
(ニコルの死と、その仇としてキラを討ったことは、自分にとってはあんなにも辛くて苦しい経験だったのに…)
ストライクがいなくなっても、戦争は収まるどころかさらに悲惨な展開を見せて、核を再び兵器として投入する事態にまで達している。母を殺した忌わしい「力」が、今また戦場に解き放たれようとしているのだ。
まるでナチュラルが恐れる「がん細胞」のように、戦争そのものが好き勝手に育ち、手に負えなくなってきているように思えた。
(自分の行動など、戦争の中では何の影響も与えない…)
アスランは深い憂鬱の海に沈んでいく心を感じていた。
「だがニコルやきみや、多くの若者が戦場でその身を犠牲にしてまで戦っているというのに…なぜそれを裏切るような真似をする者がいるんだ!」
ニコルが生きていた頃、彼をよく悲しませたように、1人で物思いに沈んでいたアスランは、ユーリのその悔しそうな声にはっと気がついた。
「犠牲はもう沢山だ!」
息子を失った哀しみが癒えない彼の手は、小刻みに震えていた。
「だからこそあれの…ニュートロンジャマー・キャンセラーの搭載にも踏み切ったというのに」
2人は残された機体、ジャスティスと呼ばれるZGMF-X09Aを見上げた。
「最終起動のシミュレーションを開始する。F6の要員は端末オンライン」
整備員の声がスピーカーから流れ、作業は急ピッチで続いていた。念入りなチェックのために、アスランの搭乗までは今しばらくの時間があった。
「あれが地球軍の手に渡れば、奴らは大喜びで再び核を使うだろう。それだけは、なんとしても食い止めねばらん」
確かにそれは想像に難くないが、それでもなおアスランには疑念があった。
(…核であれだけ苦しんでいるラクスが、本当にそんな事を…?)
「頼むぞ、アスラン」
アスランの迷いには気づかず、ユーリ・アマルフィは彼女に言った。
「ニコルの無念を晴らすためにも、こんな戦争は早く終えて欲しい」
それに対してアスランは言葉を濁し、黙ったまま敬礼で答えた。

ジンのパイロットを看取ったキラは、アークエンジェルが着陸し、クルーが降りた場所までゆっくりと歩いていった。キラの後ろにはフリーダムが立つ。
マリュー、ミリアリア、カズイ、そしてサイ…キラは皆の無事を確認すると、目元を緩ませた。
「間に合って…よかったです」
「…ほんとに、キラさんなのね?」
マリューは見慣れないザフトの赤いパイロットスーツを着たキラに尋ねた。
キラは「はい」と微笑んで返事をし、その途端ミリアリアに飛びつかれた。
「キラ!」
ミリアリアは泣きながらキラの名を呼び、サイも駈け寄ってきた。
同じように、たった今までサイクロプスから逃げるために持てる力をすべてつぎ込んだノイマンは、キラの無事な姿に安堵して彼女の額を指で小突いた。
「おまえ!」
「たっ…」
チャンドラも嬉しそうに「一体どうして?」と聞き、カズイはキラの肩に触れた。
「…ほんとに、ほんとに…幽霊じゃないんだね?キラ」
キラは顔をくしゃくしゃにしたカズイに、「違うよ」と笑った。
そして泣きじゃくるミリアリアの肩を抱きながらサイの方に顔を向けると、彼女もまた泣きそうな顔をしていた。
「よく生きて…キラ…」
「うん。ごめん、ありがとう」
キラはそのままサイの肩も抱いた。
3人はしばらくそうしていたが、やがてキラがマリューの方を向き直った。
「お話ししなくちゃならないことが、たくさんありますね」
「ええ」
「私も、お聞きしたいことがたくさんあります」
「そうでしょうね」
マリューは微笑んだ。
今、こうしてここにいること。そして皆、生きていること。
「私たちは、たくさん話をしなければいけないわ」

その時、思いもかけず冷静な質問が飛んだ。フラガだった。
「ザフトにいたのか?」
フラガの眼は複雑な光を含んでいた。
キラは以前のキラなのか、それとも敵軍なのか…いつもは彼の心に眠っている冷徹な軍人の眼が値踏みしていた。
「そうですけど、私はザフトではありません」
キラは落ち着いて答えた。
「そしてもう、地球軍でもないです」
「ええ?」
「なんで…」
「わかったわ。とりあえず話をしましょう。あの機体は?どうすればいいの?」
そんなクルーのどよめきを遮ったマリューが答えると、皆は一斉にフリーダムを見た。
「整備や補給のことをおっしゃっているのなら、今のところは不要でしょう。あれには、ニュートロンジャマー・キャンセラーが搭載されています」
キラがフリーダムの特性を全く隠すことなく答えると、それを聞いてフラガは驚いて身を乗り出した。
「ニュートロンジャマー・キャンセラー?」
「…じゃ、核で動いてるってこと?」
その意味を悟ったチャンドラも驚いてフリーダムとキラを見比べる。
「そんなもん、どこから…」
「データを取りたいとおっしゃるならお断りして、私はここを離れます」
キラはいつになく表情を堅くした。
「もし奪おうとされるのなら、敵対しても守ります」
その断固とした口調に、マリューは少し驚いた。
(おとなしくて、いつもあきらめがちだった子が…)
それはフラガも同じことだった。
「あれを託された、私の責任です」
キラがこの場の責任者である2人に自分の意思を伝えると、マリューとフラガは顔を見合わせて頷きあい、キラに回答した。
「わかりました。機体には一切、手を触れないことを約束します。いいわね?」
キラはありがとうございます、と言うと、小さな花のように笑った。
その笑顔が一番、マリューとフラガを驚かせた。
(この子…こんなに可愛い子だったっけ?)

その頃、制服から私服に着替えたアスランはクライン邸に向かっていた。
左腕のギプスが取れないため上着は羽織ったままだし、オートとはいえ運転にも不便だったが、アスランには一刻も早く確かめたい事があった。
地球に降りる前に慌しく彼を訪ねた時は、隅々まで手入れが行き届いていた庭は無残に荒らされ、屋敷内は家具や荷物がことごとくひっくり返されていた。
ラクスが好んだサンルームのガラスもすべて割られ、池のほとりには優雅に泳ぐ白鳥もいなかった。
「ラクス…」
保安局によって壊された写真立てを拾うと、そこにシーゲル・クラインと並んで写っているラクスの姿を見て、アスランは彼の名を呟いた。
アスランにとって、ラクスは「定められた相手」であると同時に、一番近しい「友達」でもあった。
恋愛感情があったかと問われると、正直「なかった」と答えざるを得ないが、ラクスの事は嫌いではなかったし、何より互いにユニウスセブンの直接の被害者という、忌まわしい出来事で繋がった「同志」だった…というのが今思えば一番正しかったかもしれない。
「テヤンデー!」
その時、アスランの目の前に何かが飛び出してきた。
アスランは素早く銃を向けたが、ハロだと気づくとすぐにそれを収めた。
そしてハロを受け止めようとしたが、片手ではうまくいかない。
「ミトメタクナーイ!マイド!マイド!アスラーン!」
ハロは捉えようとするアスランの手をすり抜け、そのまま庭に飛び出した。
「待って、ハロ!」
アスランはハロを追って外に出たが、ハロが一箇所でぴょんぴょん飛び跳ね、動かない事に気づいた。そこには破壊されずに残された白バラが咲いていた。
(この花…)
アスランはそのバラを見て、まだラクスと出会って間もない頃、初めて2人きりで出かけた時に彼がくれた花束を思い出した。
「庭に咲いていた花の中で、一番綺麗なバラを探してきたよ」
ラクスはそう言って彼女の頬に初めての「親愛のキス」をしたのだが、まだ幼かったアスランは驚いてラクスを振り払い、花束を取り落としてしまった。
あの時出かけた場所は、ユニウス市の劇場「ホワイトシンフォニー」だ。
コンサートが終わった時、サプライズで舞台上に呼ばれたラクスが、歓声と共に迎えられて、堂々と挨拶をした事をよく覚えている。
「あなたはそこにいる…そうなのね?ラクス」
アスランはハロを抱くと、ほっとため息をついた。

「それが、作戦だったんですか?」
機関を停止したアークエンジェルのブリッジでは、再び地球軍の制服に着替えたキラが、クルーに囲まれてマリューとフラガの説明を聞いていた。
キラは、制服から地球軍章と階級章を取り去っていた。
自分はもう地球軍ではない…その意思表示なのかもしれなかった。
「おそらくは」
「私たちには、何も知らされなかったわ」
フラガは自身が見てきたものについてを語り、マリューは自分たちが基地について以来、受けた仕打ちについて語った。
「本部はザフトの攻撃目標がアラスカだってこと、知ってたんだろうさ」
それもかなり以前からな…と、フラガはうんざりしたように言った。
「でなきゃ地下にサイクロプスなんて仕掛け、できるわけがない」
「プラントも同じです」
キラも、アイリーン・カナーバの血相を変えた顔を思い出していた。
彼らも攻撃目標がパナマからアラスカに変わったことを知らされていなかった。
ということは、どこかでこの両者を繋いだ者がいたということだろう…真っ先にクルーゼのことを思い出したフラガは、すぐに一つの答えに行き当たった。
「実は司令室で、ラウ・ル・クルーゼってザフトの野郎に出くわしたんだが…」
色々と因縁のある相手でねと苦々しく言いながら、フラガは顔をしかめた。
「俺が中枢に向かったあの時は、アークエンジェルが守ってたメインゲートはまだ破られていなかったはずだ。そうだろう?」
フラガは簡単に自分が取った行動を時系列順に説明すると、チャンドラが戦闘データとつき合わせて検証し、証明された。
「だからあの時点で敵が単身で中枢まで入り込むなんて、おかしいんだよ」
「そうね…」
マリューが後を引き取って答えた。
「まるで本部にはもう誰もいないことを知っていた…みたいね」
「まさかとは思うが…」
フラガはそう言いかけたが、しかしすぐに打ち消した。
「いや、今は最悪の事態を想定した方がいい」
何しろこんな時だからなとフラガが言うと、皆不安げに頷いた。
「…ラウ・ル…クルーゼ…」
キラは、その聞き覚えのない名前を口の中でそっと反芻してみた。
「それでアークエンジェル…マリューさんたちはこれからどうするんですか?」
黙りこくったブリッジの沈黙を破ったのはキラだった。
「どうって…」
マリューは困った顔をした。
「それは…どうしたらいいのか…」
「Nジャマーと磁場の影響で、今のところ、通信は全く」
トノムラがモニターを覗き、通信が回復していない事を確認した。
ノイマンも簡単にチェックをして航行可能を確認すると振り返り、「応急処置をして、自力でパナマまで行くんですか?」と尋ねた。
艦長の返事を待ち、クルーたちは不安げな表情を見せる。
「歓迎してくれんのかねぇ、色々知っちゃってる俺たちをさ」
フラガが肩をすくめて苦笑する。
「俺自身、なんでそこにいるのって聞かれそうだし」
おどけたように言ってみたが、誰も笑う者はいなかった。
「命令なく戦列を離れた本艦は、敵前逃亡艦という事になるんでしょうね」
マリューはナタルのように、紛れもない現実的な意見を述べたが、彼女のようにはいかず、うんざりしてついため息をついてしまった。
「原隊に復帰しても軍法会議か…」
「また罪状が追加されるわけねぇ」
ノイマンが両腕を頭に回しながら呆れたように言うと、チャンドラが肩をすくめてそれに応えた。
「なんだか…何の為に戦っているのかわからなくなってくるわ」
マリューも手を額に当てながらほとほと困ったように呟いた。
ヘリオポリス以降、必死に逃亡を続けて地球に降り、砂漠や海での戦いを経てやっとたどり着いた「約束の地」で、まさか「死ね」と言われるとは…皆それを思い出してどんよりとした空気が流れた。
キラはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「こんなことを終わらせるには、何と戦わなくちゃいけないと、マリューさんは思いますか?」
「何と戦うか…ですって?」
頷いたキラに、マリューは戸惑いながら答えた。
「それは…やっぱり今は戦争なんだし…『敵』…かしら…?」
キラはその答えを受けて静かに言った。
「でも私は、私たちが本当に戦うべきものは、誰だかわからない人たちが勝手に『敵』と決めたものではないような気がするんです」
マリューはキラの言葉の意味を理解しようと一瞬黙り込んだ。
「それは、つまり…コーディネイターではない、という事…?」
「だって、私もコーディネイターです」
キラは厳しい表情のまま胸を張り、堂々と告げた。
サイもミリアリアもその力強い宣言にドキリとするほどだった。
「…でも、私はマリューさんの…皆さんの敵じゃないです」
キラは表情を緩め、優しそうに笑って言った。
「だから、何が私たちの本当の敵なのか…それを考えないと」
フラガもクルーたち、サイやミリアリアやカズイもまた考え込んだ。
自分たちが戦うべき相手はコーディネイターだと…サイクロプスで見捨てられた自分たち共々、殺されようとしたコーディネイターだと、本当に今でも言えるのだろうか?そこに矛盾が生じ、逆説があった。
「戦争の根は、もう複雑過ぎて見えなくなってしまっています」
息を引き取ったジンのパイロットを思い出しながら、キラは呟いた。
「戦争を始めた人たちがいて、それを終わらせると口では言いながら、いつまでも続けようとする人がいて、やがては互いを滅ぼしあうんじゃないか…」
キラは外に立っているフリーダムを見つめながら言った。
あれもその矛盾の産物だ。どう言い繕っても人を傷つける「兵器」なのだ。
(だけど、ラクスは言った)
自分が闘うべき敵は、大切な人々を戦わせ、憎み合わせ、傷つけるものだと。
それに賛同したからこそ、自分は再び剣を取り、戦場に舞い降りたのだ。
キラに迷いはない。そのために手を汚す覚悟は、とっくにできていた。
「私たちは…私は、それと戦わなくちゃいけないんだと思います」
皆、呆気に取られてキラを見つめていた。
一体、この小さな少女に何があったのかはわからない。けれどその、自分は戦争そのもの、戦争の根源と戦うという言葉は、稚拙ゆえに真っ直ぐで笑ってしまうような内容ではあったのだが、不思議と皆の心を打ち、誰もが知らずにうん、と頷いていた。

「オーブね?」
話し合いを終えた皆が仕事や休憩に戻ると、マリューはフラガに話しかけた。
全員の安全を思うなら、パナマになど行けるわけがなかった。
フラガは「どうしたらいいと思います?」と聞いたマリューに、「ここはやっぱさ、ウズミ様に匿ってもらうのが一番じゃないの?」と答えたのだ。
確かに、彼ならこの事情も理解してくれるかもしれない。
「それにほら、俺たちにとっても『軍神』がいるだろ、あそこには」
そう言って笑ったフラガの言葉に、マリューも元気で明るいカガリを思い出してくすっと笑った。何より、彼に会えればキラもきっと喜ぶに違いない。
「ちょっともう、軍に戻りたいって気分じゃないだろ?みんなもさ」
「銃殺刑は確定しているようなものですものねぇ」
選択肢は、オーブしかない。これで行き先は決まった。
そして2人は同時に同じ事を考えた。
「お嬢ちゃん、変わったなぁ」
「ええ」
「何と戦わなくちゃいけない、か」
フラガはきりっとした表情を見せたキラを思い出して微笑んだ。
(戦いたくない、どうして自分が…とベソばかりかいてたあいつが、そんな事を言うようになるとはな…)

その頃、キラは綺麗に片付けられてしまった自分の部屋を見回していた。
するとベッドの下に何か光るものが落ちていることに気づき、なんだろうとしゃがみこんで、それがフレイの鏡だと知った。
帰ったら、何より先にフレイとゆっくり話そうと思っていた。
けれど、再会したクルーの中に、フレイはいなかったのだ。
(フレイ、どうしちゃったんだろう…)
キラは何か手がかりがないかと、不安そうにもう一度室内を見回した。
「トリィ!」
その時、開いた扉からトリィがキラに向かって飛んできた。
その後からはサイがゆっくりと現れた。
「私のところにいたの。電源切っちゃうのもちょっとね…って思って」
サイは優しく微笑んだ。
「ありがとう」
トリィはまるでキラに会えて嬉しいというように鳴き続けている。
少しだけ気まずい沈黙が流れた。
やがてためらいながら、キラは思い切って聞いてみた。
「サイ…あの…フレイは?」
サイはフレイがコーディネイターのキラに何をしたのかをもう一度思い出したが、言う必要のないことだと首を振った。
「フレイは…アラスカで転属になったの」
サイはバジルール中尉や、フラガ少佐と一緒にね、と続けた。
「少佐は戻ってきちゃったけど、中尉とフレイは行ったわ」
そうだったのか…キラはようやく納得した。
そういえば、バジルール中尉がいないことも不思議だった。
続いてキラは恐る恐る、「ミリアリアは?」と聞いた。
「…トールのこと…大丈夫?」
「あ…うん…」
サイはキラの様子から、トールが死んだことを知っているのだと気づいた。
「大丈夫。ずっと落ち込んでたけど、今はずいぶん元気になったんだよ」
ついでにキラたちがいなくなったあの日、バスターのパイロットも投降して捕虜になった事も伝えた。
「バスターのパイロットが?」
「うん…ディアッカ、って言うんだって」
その彼が今も艦底の牢にいると聞いて、キラの心臓の鼓動が速くなった。
バスターに乗っていた人なら、アスランを知ってるはずだ。
(後で、会いに行ってみよう…アスランの事を聞いてみよう)
キラがそんな風に少し心を躍らせていると、やがてサイが言った。
「私…あなたが死んだと思った時、すごく悲しかった…」
「サイ…」
キラは俯いたサイを見つめた。
「だから、あなたが生きていて、戻ってきてくれて、本当に嬉しい」
サイは一瞬息を吸い込んだ。自分の汚い部分と向き合い、葛藤するように。
「…でも、なんであなたはそうなの!?今度も、皆を救ってくれて…ああ、キラは私なんかとは違うんだって、いつもいつもいつも!」
サイは自分の中にあった、キラへのコンプレックスと妬みや嫉みの醜い部分を吐露した。けれどそれはキラを責めるものではなく、あくまでも自身の情けなさ、惨めさを叱咤するような口調だった。
「あなたを見てると、惨めになってしょうがないの、私は…コーディネイターでも、私はあなたには負けていない…そんな風にずっと思ってた…」
けれどそうではなかった。コーディネイターのキラは自分よりずっと能力が高く、できることが多い。それが悔しくて、妬ましくて、苛立ってムチャな行動を引き起こしたのだ。
「…だから今、とても恥ずかしい…そして苦しいよ…」
キラは黙って聞いていたが、やがて呟いた。
「サイは!…私なんかとは違って、いつも公平で、優しくて…」
相変わらず気持ちをうまく表現できないキラは、思いつくままに羅列した。
「苦しんだり、不安になってる人の気持ちを思いやれて…それって、すごいことだよ」
サイが「そんなことは…」と謙遜しようとする事に構わず、キラはさらに早口でまくし立てていく。
「確かに、サイにはできないことが私はできるかもしれない。でも私にできないことが、サイにはできる」
「私に…?」
「うん。ミリアリアも、カズイも、フレイも、私も、いつもサイに頼ってる。 ううん、頼りすぎてるくらい。サイはいつも私たちの支えになってくれるから…」
キラのたどたどしくも一生懸命な言葉に、サイは微笑んだ。
「だから私たち、自分にできる事をやろうよ。そうすれば補い合えるよ、きっと」
キラがサイの手を握った。自分と同じ、ただの女の子の手だった。
「なら、私も…できることをやればいいのかな…」
キラはうん、と答え、あの日以来わだかまりを残し続けていた二人は、やっと心から笑いあった。

アスランはかつてラクスと一緒に訪れた劇場にたどり着いた。
劇場は取り壊されることが決まっているせいか荒れ果てており、かつての面影はない。
銃を構え、様子を窺いながら劇場の扉を開けると、舞台の上にはラクスが座っていた。
何か考え込んでいるように見える彼を見て、アスランは胸が詰まる。
クライン邸を訪れて以来数ヶ月、また何も連絡を取らなかった。
(それが、今度はまさかこんな事態になってしまうなんて)
その時、アスランの腕を離れてハロがラクスの元へ飛んでいった。
「ハロ!」
「やぁ、ハロ」
ラクスが嬉しそうにハロを手に取ると、ハロはまるで喜んでいるかのようにパタパタと耳を動かした。
「やっぱりきみが連れてきてくれたね。ありがとう、アスラン」
ラクスはいつもどおりの笑顔で、彼女の包帯を見て「怪我したの?」と尋ねた。
アスランは何も答えずに舞台の上に上がり、そして彼に向かって銃を向けた。
「ラクス!どういうことなの?これは」
ラクスは微笑みながら一呼吸起き、そして再びアスランを見た。
「聞いたから、ここに来たんじゃないの?」
「では、本当なの?スパイを手引きしたというのは…」
アスランは信じられないというように表情を歪め、ラクスは逆に、それを聞いて心外だというように肩をすくめた。
「スパイの手引きなんかしていないよ」
アスランは銃を向けたまま、ラクスを見つめていた。
ラクスもアスランを見たが、その瞳にいたずらっぽい光が宿っていた。
「キラに渡しただけだよ。新しい剣を」
彼の口から思いもかけない名前が飛び出したので、アスランはひるんだ。
(何ですって?なんと言ったの?キラ…そう言ったの?)
「今のキラに必要で、キラが持つのが相応しいものだから」
ラクスは続け、アスランは銃を持つ手に力をこめた。
「…何を…言ってるの?キラは……あの子は…」
「きみが殺した?」
「…っ!」
アスランは言葉を失った。
腕の力が抜け、ラクスに合わされていた銃口がやや下がる。
(キラは…キラは私が確かにあの時…)
混乱している様子のアスランを見てラクスは優しく言った。
「大丈夫だよ。キラは生きてる」
「…嘘よっ!」
アスランは大きくかぶりを振り、再び銃をラクスに向けた。
「一体どういう企みなの、ラクス・クライン!」
アスランはラクスを睨みつけた。
「そんなバカな話を…あの子は…あの子が生きてるはずがない!!」
「マルキオ様が僕たちの元へお連れになったんだ」
アスランのその様子を見て、ラクスはゆっくりと説明して聞かせた。
「キラも、きみと戦ったと言っていたよ」
それを聞いて、アスランは絶句した。
「とても悲しんで、心も体も傷ついて…」
ラクスはアスランの吊られた腕を見つめながら言った。
「そして何より、きみを傷つけてしまったと苦しんでいた」

(キラ…本当に生きているの?)
アスランの鼓動が激しくなり、表情が苦しげに歪んだ。
けれどまだ銃は下ろさない。下ろすタイミングを失っていた。
「言葉だけでは信じない?」
ラクスは敢えて聞いた。
「なら、自分で見たものは?戦場で、久しぶりに戻ったプラントで、何も見なかったのか、きみは?自分の眼で、この戦争の本当の姿を」
そう言った後、彼は考え込むように呟いた。
「アラスカでたくさんの人が死んだ。死ななくてもいい人たちが、サイクロプスによって死んだんだ。知っているんだろう、きみなら」
「なぜそれを…」
アスランは、軍内部でもまだ一部にしか公表されていない秘匿事項を知っているラクスの言葉にたじろいだ。
「それとも、それもきみにとってはただの『事実』に過ぎないのか?」
ラクスの口調に厳しさが増していた。
それはまるで、彼がキラに連れられて戻ってきた時に、クルーゼに戦闘中止を命じたような厳しい口調だった。
「言われるままに僕を追い、言われるままに僕に銃を向けて、きみはどうして戦っているんだ?一体何と戦っているんだ?」
ラクスの言葉はアスランを袋小路へと追い詰めていく。
(…どうして戦っているか?何と…戦っているかですって?)
これまで一度も見たこともないラクスの厳しい表情に戸惑いながら、アスランはうまく答える事ができず、ただ息を呑むばかりだった。
そんな彼女を見てラクスは立ち上がり、アスランの元に歩み寄った。
「アスランが信じて戦うものは何?いただいた勲章?お父上の命令?」
「ラクス!」
アスランは「それ以上近寄るな」という意味をこめて銃を構え直した。
「何も知らないくせに…あなたにそんな事を言われる筋合いはない!」
アスランは思わず声を荒げてしまった。
「…私が…どんな気持ちでキラを討ったか、知りもしないくせに!」
キラとは戦いたくないと…あれほど思っていた自分が、キラを殺したのだ。
アスランは勇気を振り絞るようにニコルの最期を思い、首を振りながら叫んだ。
「あの子がいつまでも敵の側にいるから、あんなことになったんだわ!」
「そうか。なら、仕方がないね…」
足を止めたラクスはそんなアスランを見てふっと笑った。
「そういうことなら、キラは再びきみの敵となるかもしれないよ」
アスランはその言葉を聞いて顔をあげた。
「そして僕もね」
ラクスは真っ直ぐアスランを見つめていた。
「敵だというなら、僕を討つか?ザフトのアスラン・ザラ」
ラクスの言葉が理解できず、アスランは思わず後ずさった。
「私…私は」
アスランは銃を構えたまま、ラクスから眼が離せなかった。

「ラクス様」
その時、舞台の袖から声がした。
アスランは思わずそちらに意識を集中したが、同時に劇場の入り口からは黒服を着た数人が銃を構えて入ってきたので、驚いて銃を構え直した。
「公安の者です!」
1人が胸ポケットからIDを出し、アスランに示した。
(公安?特務隊である自分を…尾行していた?なぜ?手配したのは…父?)
アスランはいつの間にか無意識にラクスを庇って立っていた。
「御苦労様でした、アスラン・ザラ」
やがて次々と舞台に上がってきた公安員は言う。
「何?!」
「さすが婚約者ですな。助かりました。さ、お退きください」
ラクスを逮捕しようと前に出た彼らに、アスランは抗議した。
「そんなバカな!ラクスは…」
アスランは驚いたように答えながらも、活路はないかと周囲に目を配った。けれど例えそんなものがあったとしも、体の弱いラクスを庇って戦うのは不利だ。
「国家反逆罪の逃亡犯です。やむを得ない場合は射殺との命令も出ているのです。それを特務隊のあなたが庇うおつもりですか?」
全員が銃を構え、逆らうならアスランを撃つ事も辞さない状況だ。
人数は6人…排除を目的としているような連中からは庇いきれない。

その時突然、どこからか銃声が響き、公安員が1人呻きながら倒れた。
公安員は「何者だ!?」と叫んで身を隠すと反撃を始め、アスランはその騒ぎに乗じてラクスの手を掴むと、舞台袖に走った。そして舞台の端にあったセットの陰に回りこむと、ラクスを隠した。
「くっ!」
公安員は客席の方から放たれる銃弾に次々と倒れていく。
アスランはそちらの様子を窺いながらさらに袖に向かおうとしたが、ラクスはアスランを止めると、(大丈夫だよ)と首を振った。
やがて激しい銃撃戦はやみ、静かになった。
アスランがそっと物陰から舞台を覗くと、堂々とした体躯の赤毛のザフト軍人が振り向き、「ラクス様」と呼びかけた。
アスランはその人物こそ、先ほど公安員が来る直前に、舞台袖から聞こえた声の持ち主だと気づいた。
「ありがとう、アスラン」
ラクスはずっと庇ってくれていたアスランの肩に手を置いて言った。
そして立ち上がって手を振り、「ここだよ、ダコスタくん」と応えた。
「もうよろしいでしょうか、ラクス様。我らも行かねば」
その男…ダコスタと呼ばれた男は困ったように言った。
一刻も早く発たなければならないのに、アスランを待っていたラクスはもう少し待ってくれと言い続けて、ここで足止めを食らっていたのだ。
ダコスタは案の定襲われたと憤慨しつつも、これでようやく出発できるとほっと安堵の息を漏らした。
「すまなかったね。マルキオ様は?」
「無事お発ちになりました」
アスランは彼らのやりとりを声もなく見ているだけだった。
やがてラクスはくるりと振り返った。
「じゃ、アスラン。ハロをありがとう」
「あ…」
アスランはラクスを呼び止めようとしたが、言葉が出てこない。
すると、そうそう、とでも言うようにラクスが振り返った。
「キラは地球だよ」
再びその名を聞いて、アスランはぐっと詰まった。
「話をしたら?友達とね」
「ラクス…」
何がなんだかわからないうちに、ラクスは姿を消した。
アスランは死体だけが転がる劇場に1人残され、ただ呆然としていた。
 
「A55警報発令」
「放射線量異常なし。進路クリアー。全ステーションで発進を承認。カウントダウンはT-200よりスタート」
広々としたハンガーに、オペレーターの声だけが響いた。
アスランは準備のできたジャスティスのコックピットにいた。
(キラ…ラクス…あの2人は、一体何を?)
戻ってからというもの、ずっとそればかり考えている。
「T-50。A55進行中」
「X09A、コンジット離脱を確認。発進スタンバイ」
アスランはふぅっと息を吐くと、眼を閉じた。
途端に、今まで知らなかったラクスが厳しく問いかける。
「アスランが信じて戦うものは何?」
(私が信じるものは…)
アスランの脳裏に父の顔が浮かぶ。
そして死んだ母の顔、ニコル…ミゲルやラスティが浮かんで消えた。

「T-5。我らの正義に星の加護を」
ジャスティスの核エンジンがうなり、すべてのシステムが起動した。
アスランはギプスが外れた左手でシフトレバーを力強く入れる。
「アスラン・ザラ、ジャスティス、出ます!」
こうしてアスランもまた、地球へと向かった。
自身の正義の在り処を確かめるため…すべてを自身で確かめるために。
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secret
制作裏話-PHASE36-
まず初めに、今回裏話を書くにあたり、このPHASEは大変な量のリライトを行いました。
自分でも、まさかこんなに手直しをするとは思っていなかったので驚いています。

逆種を書いている時も、このPHASEは「アスランサイド」の物語として重要だということはわかっていたのですが、なぜかうまくアレンジできないままで、出来上がりが不本意だったというのがあります。

今回読み返して、その原因がはっきりとわかりました。

ラクスに「不思議くんの雰囲気を残していた」ことで、アスランとの対決がボケてしまったのです。
本編のラクスは天然電波であり、逆種のラクスは所謂「うつけ騙り」をしているのですが、このPHASEで逆転ラクスがいつもの優しげで穏やかな仮面を取り、本来の政治家としての非情な顔を見せてアスランに牙を剥かなかったために、どうも甘ったるい話になってしまっていたのです。

さらに今回の大幅リライトにあたり、アスランの心理描写を増やしました。
父への想いや不信感、ユーリ・アマルフィとの会話で想うこと、ラクスとの「友人」関係の反芻などは、以前より尺を取り、描写を細やかにしました。

ことに父との感情のもつれは、アスランの孤独をますます浮き彫りにする効果を上げていると思います。これは、屈折した環境で屈折したアスランが、結果的にラクスではなく、健やかで明るいカガリに癒された理由となっています(無論、逆デスで一時決裂しかけた彼らが、こうした過去を乗り越えてきた『絆』を取り戻すことを見越しています)

また、逆種や逆デスでは、アスランとラクスは頬への親愛のキスやハグには慣れているという設定ですが、初めての時はさしものアスランもびっくりした、というエピソードもちょこっと入れてみました。
この話って、2人が婚約者同士であるという前提ありきだと思うんですが、本編ってそういうせっかくのキャラ同士の関係性を描くのがヘタクソなんですよねぇ、すごく。

そしてメインのアスラク対決は、何よりラクスの口調を厳しくし、アスランを追い詰めるようにしました。
他にも例えば、反体制勢力を率いるラクスが、機密であるオペレーション・スピットブレイクの失敗理由…サイクロプスの事を知っているのは当然で、けれどこの時点のアスランはそんなラクスの顔を知らないので驚く、という演出を加えました。

私は本編でもラクスにはむしろ、こういうミステリアスな顔を持たせて欲しかったですねー

本編ではいきなり悟りを開いてしまわれたキラ様によるキラ説法…すなわち「何と戦うべきか」は、大ブーイングの「上から目線」だったので、逆種ではもっとわかりやすく改変しました。
ラクスに出会ったことなども含めて主人公らしい葛藤の末、「戦争そのもの」「戦争の根源」と戦うという答えを見つけ出したという演出を施しました。

キラとサイの和解も、本編ではさらっと流された上に、この後サイは完全に空気になってしまうのですが、逆種ではもう少しきちんと描きました。

キラにコンプレックスを抱いてしまっていたサイが「自分ができる事をやればいい」という決着に至ったのは、PHASE38で退艦を決めたのにグズグズするカズイに、「今は俺にも、できる事があるからさ」と言った本編のサイがとても格好よかったので、伏線として使わせてもらいました。ありがとう、サイ。

逆転のサイはさらに、「フレイの本心」を知っているキャラとして、この後もところどころに現れます。そしてそれを知りながら、キラを傷つけないよう、最後までそれを胸に留め続けたサイは、きちんと成長できたキャラだったと思っています(サイはDESTINYに出ないため、必然的に逆デスにも出ないので、逆種では少し優遇してあげたかった)
になにな(筆者) 2011/03/27(Sun)23:53:35 編集



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