Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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「ハルD、距離200、ハルC、距離230、軸線よろし」
「ランデブー軸線、クリア。アプローチ、そのまま」
宇宙に上がったクサナギが、他のパーツとのドッキングを行い、
堅牢な戦艦となっていくのを、マリューは感嘆しながら眺めていた。
「ランデブー軸線、クリア。アプローチ、そのまま」
宇宙に上がったクサナギが、他のパーツとのドッキングを行い、
堅牢な戦艦となっていくのを、マリューは感嘆しながら眺めていた。
「偏差を修正する。ナブコムをリンク。各員退去」
「アプローチ、ファイナルフェイズ。ローカライズド、確認します」
「全ステーション、結合ランチ、スタンバイ」
なるほど、これなら月や衛星、コロニーと地球を往来する時は身軽になり、宇宙では大容量を確保できるというわけだ。
クサナギがヘリオポリスの救助にあたったというのも頷けた。
「クサナギのドッキング作業、終了した」
インカムからの通信を受け、キサカが全作業の終了を宣言すると、緊張が続いていたブリッジのクルーもようやく安堵の声をあげた。
一足先に宇宙に出て待っていたアークエンジェルから、マリューはフラガと共にクサナギを訪れていた。
「カガリくんは?」
「大分落ち着いたが…色々あってな」
マリューが国を失い、同時に父を失った少年を気遣って聞くと、少し顔つきを曇らせたキサカはインカムを外しながら答えた。
カガリはオーブを出て以来、1度も涙を見せる事がなかった。
クルーや避難民、パイロットたちを気遣い、先ほどはスカンジナビアと初の交信を行って、避難民の救助状況や地上の様子を聞いていたという。
マリューは「そう」とだけ答えた。
(やっぱり、男の子だからかしら)
抱え込んだものはあるだろうに、うまく出せないのかもしれない。
「しかし、問題はこれからだな」
キサカにクサナギの艦内を案内されながら、フラガが言った。
「そうね」
マリューは先の見えない不安に苛まれる。
キラは大気圏外に出て航行が安定したクサナギに機体を置かせてもらい、マリューが気を利かせて持ってきてくれた自分の軍服に着替えた。
替えの服がないアスランにはモルゲンレーテのジャケットが貸与され、2人は一緒にカガリの部屋を訪れた。
「カガリ?」
キラがインターホンに話しかけると、「ああ、今行く」と返事があり、やがてカガリが出てきた。
カガリも軍服を脱ぎ、モルゲンレーテのジャケットを着ていた。
右手に痛々しく包帯を巻いたカガリを見て、キラは胸が詰まった。
「…ごめんね。約束、守れなくて」
キラの言葉に、カガリは少し驚いたようだった。
「何言ってんだ」
そして笑いながらキラの額を小突いた。
「キラは本当によくやってくれたろ。おまえがいなかったら、オーブはもっと早く、もっとひどい状態で陥ちてただろうよ」
笑っているカガリの表情からは明らかな落胆や悲しみは窺えない。
キラは口を開きかけたが、何も言えずにそのまま口をつぐんだ。
「アスランも」
カガリは、2人に遠慮して部屋の外にいるアスランに声をかけた。
「色々と…ありがとうな」
「あ…いえ…」
アスランは返事に困り、曖昧に言葉を濁した。
「クサナギは以前から、ヘリオポリスとの連絡用艦艇として使ってきたのだ」
かなりの低重力の中、マリューとフラガを案内しながらキサカが説明を続けた。
「モビルスーツの運用システムも、武装もそれなりに備えてはいるが、アークエンジェルほどではない」
フラガも面白そうに、まるで迷路のような艦内を観察していた。
「五つの区画に分けて、中心部だけを行き来させてるのか。効率のいいやり方だな」
避難民や兵の家族は居住ブロックに集められており、子供の姿も見える。
マリューが笑顔で手を振ると、恥ずかしそうに手を振り返した男の子は、かつてシン・アスカという少年に預けられたリュウタ・シモンズだった。
やがてブリッジまでの道中で、彼らはキラとアスランと合流した。
「カガリくんは?」
キラが迎えにいくと言っていた彼の姿が見えないのでマリューが聞くと、キラは苦笑しながら自分たちがやって来た後方を指差し、「あっちで、M1のお姉さんたちにつかまってます」と言った。
フラガもマリューもおやおやと顔を見合わせた。
気丈にもM1部隊を取り仕切っていた3人娘は、カガリの姿を見た途端、自分たちが国を失い、指導者であるウズミを失った事を思い出して、3人が3人ともカガリに抱きつき、大泣きし始めたのだった。
「こんなとこで泣くなよ、あーあ」
2人はそんな彼女たちをなだめているカガリを残して先に来たのだが、そのうち追いついてきたカガリは、何ともうんざりした顔をしていた。
「大丈夫だった?」
「あいつらの涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ」
ジャケットのしみを気にしてブツブツ言うカガリに、キラは苦笑した。
「カガリ様!よくご無事で!」
「若様、このたびは…」
ブリッジまで行く間中、すれ違うクルーや避難民は皆、カガリに挨拶し、カガリは一人一人労をねぎらい、時に親愛をこめた返事を返していく。
(随分慕われているようね)
アスランはチラリと隣にいるカガリの横顔を見て思う。
その様子は、プラントで絶大な人気を誇る「悲劇の英雄」を思いださせた。
キラがこっそりと「若様って、カガリの事なんだよ」と耳打ちすると、それに気づいたカガリが「キラ!余計な事言うな!」と叱った。
彼らがクサナギのブリッジまで来ると、その形態がアークエンジェルのブリッジと非常によく似ていたため、マリューが驚きの声をあげた。
「アークエンジェルが似ているのだ。親は同じモルゲンレーテだからな」
クサナギの方が元祖だと言うキサカが、アークエンジェルのシステムや構造にあれほど詳しかった理由が、今さらながらに理解できた。
「宙域図を出してもらえるか?」
キサカがモニターに呼びかけると、そこに見慣れた人物が現れたので、フラガが驚きの声をあげた。
「エリカ・シモンズ主任!」
「こんにちは、少佐。慣れない宇宙空間でのM1運用ですもの。私がいなくちゃしょうがないでしょ?」
もはやモルゲンレーテと共に連合の支配下にあるのだろうと思われた彼女が、無事に脱出していた事にはキラたちも皆ほっと胸を撫で下ろした。
その上今後の困難を思うと、彼女のバックアップがある事は非常に心強い。
「現在我々がいるのはここだ」
キサカがポインタを指し示した。
「知っての通り、L5にはプラント、L3にはアルテミス」
懐かしいアルテミスの名に、マリューもフラガも苦笑いする。
(やっちゃったなぁ…)
(やっちゃったわねぇ…)
それからキサカは廃棄されたコロニーがデブリ帯を形作る、L4を差した。
「クサナギもアークエンジェルも、当面物資に不安はないが、無限ではない。特に水は、すぐに問題になる。L4のコロニー群は開戦の頃から破損し、次々と放棄されて今では無人だが、水庭としては使えよう」
それを聞き、マリューはかつて氷を切り出して利用させてもらったユニウスセブンを思い出し、眉を顰めた。フラガがそれに気づき、「大丈夫さ。ユニウスセブンとは違うよ」と慰めた。
「L4にはまだ、稼働しているコロニーもいくつかあります」
その時突然、後ろに控えていたアスランが言葉を発したので、ブリッジにいた者が一斉にそちらを見た。
「大分前、不審な一団がここを根城にしているという情報があって、ザフトは調査したことがあるんです。住人は既にいませんが、設備の生きているコロニーもまだ数基あるはずです」
アスランの情報を得て、皆はすぐ議論を始めた。
「稼動しているコロニーがあるなら、降りられるだろ?」
「水や食料も手に入るかもしれない。心強いよ」
しかし一方では慎重に行動すべきという意見もあった。
「ザフトが調査したって事は、また連中が探査にくるかもしれん」
「いや、逆にもう調査終了と判断をしていれば…」
クサナギクルーは盛んに論議を戦わせている。
結局、カガリが紛糾するクルーを止めて意見を述べた。
「デブリ帯は電波状況も悪いし、隠れ蓑としては好都合だ」
それに距離的にも、スカンジナビアのコロニーからの支援や、オーブ残党とのランデブーにも利用できる。
「危険は承知だが、まずはメリットを取ろう」
カガリがそう提案し、一応の決着を見た。
その上でアスランは、バスターやジャスティスに残るデータを洗い直し、L4全体の宙域情報を明らかにすることを約束した。
「ありがとう。そうしてくれ」
「じゃ、決まりですね?」
カガリがまとめると、キラが皆に了解を求めた。
「しかし、本当にいいのか、きみは?」
L4に向かう航行ルートについては各々の艦のパイロットと検討の上、調整することが決まったところで、フラガはアスランに問いかけた。
「無論きみだけじゃない。もう一人の彼もだが…」
アークエンジェルでは、同じくモルゲンレーテのジャケットを貸与されたディアッカが、早速愛機であるバスターの整備について、マードックたち整備兵とああでもないこうでもないと論議を始めていた。
「少佐…」
マリューはいつになく厳しい態度で詰め寄るフラガを見つめた。
「オーブでの戦闘は俺だって見てるし、状況が状況だしな。着ている軍服にこだわる気はないが…」
彼が言う事はもっともだ。
アスランは眼を逸らさずにフラガを見つめていた。
「だが、俺たちはこの先…状況次第ではザフトと戦闘になることだってあるんだぜ?オーブの時とは違う」
自分だってその可能性を考えなかったわけではない。
だが、自身がどうするかは正直、まだ決めかねていることも事実だ。
アスランは黙ったまま聞いている。
「そこまでの覚悟はあるのか?きみは、パトリック・ザラの娘なんだろ?」
その言葉に、クサナギのクルーがざわめいた。
「パトリック・ザラ…?」
「プラントの最高責任者の…」
アスランに注がれる視線には、コーディネイターを受け入れる土壌で育ったオーブ人とはいえ、彼女の父が現在振るっている強権と、排他的で選民的な彼の思想に賛同できない者も多いため、疑念と同情が入り混じっていた。
しかしカガリはムッとし、思わず口を開いた。
「誰の子だって関係ないじゃないか!アスランは…」
アスランはカガリのその言葉に少し驚いた。
自分がパトリック・ザラの娘である事は逃れようのない事実だ。
むしろアスランはそれを背負う覚悟を決めねばと思っていた。
「軍人が自軍を抜けるってのは、おまえが思ってるよりずっと大変な事なんだ」
けれどフラガは、いつになく厳しい口調でカガリを跳ね除けた。
「ましてやそのトップにいるのが自分の父親じゃ…自軍の大義を信じてなきゃ、戦争なんてできないんだ!」
おまえだってそうだろうがと言われて、カガリはぎりっと唇を噛んだ。
「それがひっくり返るんだぞ?」
「けど…!」
「何より彼女は、キラと違って、ザフトの正規の軍人だろ」
フラガの言葉に、自身も軍を率いたカガリは二の句が告げなかった。
敗れたとはいえ、兵たちは自分を、ウズミを信じて最後まで戦い抜いたのだ。
それはまさしく、彼らには「オーブを守る」という「大義」があったからだ。
「悪いんだけどな、一緒に戦うんなら当てにしたい」
フラガは黙り込んだカガリからアスランに視線を移して言った。
「それでいいのか?どうなんだ、きみは?」
いつになく厳しいフラガに、もともと優しい性格のマリューは、いくら正規の軍人とはいえ、まだキラと同い年でしかないアスランを慮ってハラハラした。
けれどアスランはそれに対してためらうことなく、落ち着いて答えた。
「オーブで…いえ、プラントでも地球でも、見て、聞いて、思ったことはたくさんあります」
アラスカで見た、サイクロプスの大きな爪あと。
憎しみの連鎖が生んだパナマでの虐殺。
理不尽で意味不明なオーブ侵攻戦。
そして、マルキオの家で少年に蹴られた痛みも。
「それが間違ってるのか正しいのか、何がわかったのかわかっていないのか…」
(勝つために必要となったのだ!あのエネルギーが!)
フリーダムを奪還し、接触した人、物、施設を破壊せよと命じた父。
「…それすら、今の私にはよくわかりません」
アスランは静かに語り続けた。
キラ、ラクス、ディアッカ、カガリ…そして優しげなニコルの顔が浮かんだ。
「ただ、自分が願っている世界はあなた方と同じだと…今はそう感じています」
アスランの中ではまだ、事実も真実も渾然一体だが、キラやディアッカ、そしてオーブでカガリやウズミの姿を見て、話をして、この戦争の矛盾や一人歩きを始めた不気味な姿に、危機感を禁じえないのは確かだった。
そしてそれを先導しているのが、他ならぬ自分の父であることも。
「自分は一体、何と戦わねばならなかったのか…その答えを探すために、私はここにいます」
はっきりと答えたアスランに、思わず感嘆の声を漏らす者もいた。
アスランの言葉を聞き終わったフラガは、急に相好を崩した。
「しっかりしてるね、きみは。キラとは大違いだ」
マリューは、フラガの柄にもないあんな厳しい態度は、アスランの本音を聞き出すためだったと気づいて苦笑した。
(それくらい、彼女の力を買っているということね)
キラは、総体的に自分が「しっかりしていない」と言われたことなど気にもせず、アスランが褒められたのが嬉しくて、「昔からね」と答えている。
「アスランはしっかり者で、優しくて、すごく頼りになるんです」
アスランがはにかむような顔をすると、カガリが両手を広げ、「いやいや、たま~に全然ダメダメだけどな」とちゃちゃを入れ、皆を笑わせた。
マリューは和やかになったブリッジでアスランに言った。
「私たちはね、信じた軍に騙され、虐げられて、アラスカではとうとう、切り捨てられてしまったの。サイクロプスと共に死ぬように…って」
その言葉は少なからずアスランを驚かせた。
「そんな、まさか…」
彼らが追っていた足つきは地球軍の鳴り物入りの新造戦艦であり、月の第八艦隊があれだけの犠牲を賭して守った艦ではないか…
「だから今、私たちもここにいるのよ」
優しく告げる彼女に、どれほどの苦難があったのか想像もできない。
「皆、あなたと同じように何と戦わねばならないのかという答えを探したいと思っているわ。だから、一緒に頑張りましょうね」
そう言って微笑むマリューに、アスランは力強く頷いた。
するとフラガが「さて、艦長さん」と明るく言った。
「俺たちがオーブから託されたものは、大きいぜ?」
「ええ」
マリューが答える。
「たった2隻じゃ、はっきり言ってほとんど不可能に近い」
「そうねぇ…」
そう答えながら、彼女は人差し指で顎を押さえながら「でも、これまでたった1隻で戦ってきた私たちにとっては、心強い仲間が1隻『も』増えたことは、とっても心強いんじゃない?」と呟き、それを聞いたクサナギのクルーからは拍手が沸き起こった。
フラガはうちの艦長、その気にさせるのがうまいんだよと笑わせてから、「でも、いいんだな?」と、もう一度アスラン、キラ、カガリに視線を配る。
カガリは元気よく「もちろんだ」と答えた。
「信じましょう。小さくても強い火は消えないんでしょ?」
キラは微笑みながらウズミに答えたマリューの言葉を繰り返した。
フラガもマリューもふふ、と笑った。
「…プラントにも…同じように考えている人はいます」
その時、考え込んでいたアスランが口を開いた。
キラもその言葉を聞いて、思いついたようにアスランを見た。
「ラクス?」
アスランは頷いた。
「ああ、あのとんでもない王子様?」
フラガは浮世離れした雰囲気を持つ「悲劇の英雄」を思い出した。
「はい。アスランの婚約者なんです」
キラがさらっと言うと、その場にいた者は皆、一様に驚いた。
ことにカガリは驚き、思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。
しかしアスランはそんな事は気にもしていないようで、言葉を続けた。
「彼は今、追われています。反逆者として…私の父に」
ラクス…アスランはただ、病弱な彼の身を案じていた。
ラクスはプラントのクライン派の隠れ家を転々としながら、行く先々で電波をジャックしては、平和を訴える演説を繰り返した。
しかしラクスの体のハンデは大きく、長距離の移動や逃避行のための強行軍などはできず、日々の活動でさえもあまり無理はできない。
従ってザラ議長の第一ターゲットとなり、激しい追撃を逃れるためにプラント内をあちこち逃避行を続ける父とは、別行動にならざるを得ない。
既にアイリーン・カナーバなどのクライン派と呼ばれる議員たちは全て身柄を拘束され、他にもシーゲル・クラインに与するとされた政治結社や企業、民間人までがことごとく弾圧の憂き目を見ていた。
彼ら親子が恐れていた状況は、日を追うごとに悪化している。
プラントの世論も、多くの若者の命を奪ったアラスカの悲劇があまりにも大きく報じられたため、その情報を漏洩した者こそクライン親子とされた公式発表に操作され、クライン派への風当たりは非常に強かった。
「僕たちは何処へ行きたかったのでしょうか?何が欲しかったのでしょうか?戦場で、今日も愛する人たちが死んでいきます。僕たちは一体、いつまでこんな悲しみの中で過ごさなくてはならないのでしょうか?」
ラクスは日夜、マイクに向かって人々に平和を訴え続けた。
平易な文章と、彼独特の優しい訴えかけるような口調で。
「コーディネイターは新たな種などではありません。ナチュラルと共存し、共に進化を続けるべき『人類』という種です。僕たちは互いに、憎みあい、殺しあう存在ではないのです…今必要なものは対話です。そして平和への道を探さねばなりません」
しかしその言葉も、ザラ議長の力強い言葉の前では無力だった。
「ラクス・クラインの言葉に惑わされてはなりません」
ザラ議長は毎日のようにメディアで訴え続けた。
「彼は地球軍と通じ、軍の重要機密を売り渡した反逆者なのです」
そう訴えながら、同時にザラは巧みにコーディネイターを迫害してきたナチュラルを弾劾した。自分たちを妬み、嫉み、奪い、踏みつけた彼らの所業・悪行を訴え、果敢にも抗ってきたコーディネイターを賛美した。
「思い出すのです…自らが生み出したものでありながら、進化したその能力を妬んだナチュラルたちが、我らコーディネイターへ行ってきた迫害の数々を!」
ラクスは敵対者であるザラ議長の言葉にも耳を傾けていた。
彼の言葉が耳に心地いいのは、プラントが痛みを感じすぎたせいだ。
こちらが譲歩してきた条件、努力を全て踏み躙り、ただ要求だけを突きつけられ、我慢させられた屈辱の歴史が心に植えつけられている。
「にもかかわらず、我らの生み出した技術は強欲に欲し、創設母体であるプラント理事国家から連綿と送りつけられた身勝手で理不尽な要求の数々を!」
ラクスは時には体調を崩し、点滴を受けながら横になっていた。
弱く、すぐに疲労が蓄積し、自由の利かない自分の体に歯噛みする。
逃げながら語りかける僕の言葉を、どれだけの人が聞いてくれているのか…
「反旗を翻した我々に答えとして放たれた、ユニウスセブンへのあの一発の核ミサイルを!」
(ユニウスセブン)
悪夢のようなあの事件が、人々の心の枷となっている。
そして今は、多くの兵たちを一瞬で消し去ったアラスカでの非道も…
「僕も、多くの命を奪ったユニウスセブンへの攻撃により、健康な体と未来を失いました。家族を失い、愛する人を奪われた皆さんと同じく、この悲劇を引き起こしたナチュラルを恨まなかったといえば嘘になります」
ラクスは時に、もう思い出したくもない自分の過去とも向き合った。
「我々はなんとしても勝利せねばならないのです!敗北すれば、過去より尚暗い未来しかありません」
議長は拳を握り締め、国民を鼓舞するように力強く言った。
「もし敗れれば、ナチュラルは必ずやまた、我らを敵として蹂躙するでしょう」
自由のため、権利のために負けられない戦いがある。
議長の言葉は不安を煽り、人々を戦いに駆り立てた。
「けれど、それでも僕は、人類が分かたれる事をよしとはしません」
ラクスは息切れや疲れた声を気づかれぬよう、努めて明るく言った。それは「かなり無理をしている」ということだった。
「地球の人々と我々は同胞です」
そう訴えながら、ラクスは上滑りする言葉に憂鬱さを隠せなかった。
ザラ議長の追っ手は容赦がなかった。
プラントに居場所がなくなったシーゲル・クラインは、ついに母国スカンジナビア王国に亡命する手はずを整えねばならなくなったが、直前になってその情報が漏れていたことが発覚した。
全ての宇宙港に張り巡らされた捜査網にかかった彼は、多くの護衛の犠牲によって辛くも逃亡したが、地球への道を閉ざされ、追い詰められた。
シーゲルはそれでもなお、かつての親友に、自分の言葉が届くと信じていた。
(パトリック。きみと話をすれば、私の声を聞けば、きっと…)
彼は自分しか知らないパトリックへの連絡先に通信を入れた。
それはかつて、パトリックの妻レノア・ザラが使用していた番号だった。
親友とその娘しか知らないはずのその番号は、数回のコールで繋がった。
2人が最後に交わした言葉を知るものはいない。
ザラはすぐに回線を逆探知させ、位置を特定すると公安員を派遣した。
シーゲルは武装した公安の姿を見て、信じていた友情が裏切られた事、そして自身の命運が尽きた事を悟った。彼の手勢は腕の立つ者ばかりだったが、クラインを排除せんと決めているザラは情け容赦なく攻撃を仕掛けさせ、やがて彼は名も知れぬ街の片隅で、その命を散らす事になったのだ。
「悲しみの過去を捨てるのではなく、教訓として共に生きていく道を探らなければ、この長きに及ぶ戦い、負の連鎖は、終わらないでしょう」
彼は、流れてくる息子の声を聞きながら何十発もの銃弾を身に浴びた。
苦しそうな最期の息の下で、停戦を訴え続けている息子の名を呼び、黄道同盟の創設者にして前プラント最高評議会議長シーゲル・クラインは死を迎えた。
それは誰にも見届けられる事のない、哀れで無慈悲な死だった。
残していく病弱な息子に想いを馳せ、共に戦った友を想い、プラントの独立と平和のために力を尽くしたシーゲル・クラインの命は燃え尽きた。
あるいは最期を迎えた彼の脳裏には、憂いを秘めた紫の瞳の少女が浮かんだかもしれない。しかしそれもまた、知る者はいなかった。
「そうか…だが、まだ息子の方が残っておる」
公安からの報告に、パトリック・ザラは眉一つ動かさなかった。
戸惑う彼らに、議長はたった今も流れているラクス・クラインの声を聞かせた。
「いずれはどちらかが滅ぶまで、このような凄惨な戦いが続く事が、果たして正しいといえるのでしょうか…今一度、皆さん一人一人が、その胸に問い掛けてみてください。僕たちはこれでよいのか、と」
彼は忌々しそうにスイッチを切り、不愉快そうな声で言った。
「こんなふざけた放送を、おまえたちは一体いつまで許しておくつもりかね?」
彼はもはやプラントの独裁者と成り果てている。
恐怖政治に支配され、貴重な同胞の命が、銃弾と密告によって失われていった。
徹底的な穏健派への弾圧に加え、ディアッカの父で、あくまでも中立、中道を取ると宣言したタッド・エルスマンに対しても、眼に見えない圧力が日に日に大きくなっていった。
彼は息子がMIAになったその日、クライン派からザラ派に鞍替えしたユーリ・アマルフィや、もともと強硬派のエザリア・ジュールから、共にザラ議長を支援しないかと声をかけられたのだが断っていた。
「息子と私の政治思想は、何も関係ない」
もともと「おまえのような奴に軍人は務まらん」とディアッカの従軍に反対していた彼は、心の片隅で息子が死んだとはどうも思えずにいた。
(あいつの事だ。どこかで生き延びて、好きにやっているのではないか)
まさか父にそんな風に思われているとは知らず、彼の息子は確かに生き延び、かつての敵艦でナチュラルたちと盛んに議論を交わしていたのだった。
ラクスは体を休めながら、アスランを、そしてキラを思い出した。
彼女たちのような剣は振るえないけれど、僕は僕なりに闘わねば…
「求めたものは何だったのでしょう。幸福とは何でしょうか。このように戦いの日々を送ることこそ、愛する人々を失っても尚、戦い続けるその未来に、間違いなく待つものなのでしょうか?」
(会いたいな、きみたちに…)
眠りに落ちるたびに、もう2度と目覚めないのではないかと思う。
ラクスはままならない体で、揺れ続ける世界と闘っていた。
「ラクス・クラインには、議長もだいぶ手を焼いておいでのようだな」
メディアに出ずっぱりで弁舌を振るう議長を見て、クルーゼは言った。
「よもやそれで我らに帰国命令が出たわけでもなかろうが」
カーペンタリアで一息つく間もなく、クルーゼたちは本国に召還されていた。
「しかし、私には信じられません。ラクス・クラインが反逆者などと…」
イザークは本国での思想弾圧についても不愉快さを隠せずにいる。
母はザラ・シンパの強硬派ではあるが、イザーク自身はどちらでもない。
「そう思う者がいるからこそ、彼を使うのだよ、クライン派は」
もともと病に倒れた彼を担ぎ上げ、平和の先鞭とするようなしたたかな連中だ。
中にはラクス・クラインは病気ではないのではないかと言う者もいる。
そのような振りをしているだけだ、とね…クルーゼはくすくす笑った。
「様々な人間の思惑が絡み合うのが戦争だ。何と戦わねばならぬのか、見誤るなよ」
クルーゼは相変わらず楽しそうだった。
「いやいや、お見事でした。さすがですな、サザーランド大佐」
怪我をし、傷つきながらもなお、投降に応じないディンのパイロットを兵士が撃ち殺した。戦場にはあちこちで銃声が響いていたが、意外なことに…といっては語弊があるだろうが、連合軍は捕虜の虐殺などは行っていない。
投降したコーディネイターは拘束され、輸送車に乗せられて運ばれた。彼らには「技術協力」という重要な活用法がある。無論、実際には協力などという優しげなものではないが、貴重な知識と技術を持つ者を無下に殺してしまう事は惜しまれた。
ザフトが戦力の消耗を避けるためにアフリカ戦線を大幅に縮小し、手薄になっていたとはいえ、ビクトリア基地は、あっけなく奪還された。
それにはパナマ、オーブと実戦投入され、OSの改良が飛躍的に進んだストライクダガーの功績が大きかった。
パナマでもそうだったように、これまでモビルスーツを持たない地球軍と戦ってきたザフトにとって、対モビルスーツ戦自体が初めてとなったのだ。
ゆえに足元をすくわれることになったというのは皮肉だった。
「いえ、ストライクダガーはよい出来ですよ。オーブでアズラエル様が苦戦されたのは、おうかがいした予期せぬ機体のせいでしょう」
作戦を立案し、中心となって戦ったユーラシアや東アジア共和国より、成果を上げたストライクダガーを持つ連邦が、我が物顔で戦後処理にあたっていた。
サザーランドもその1人で、ユーラシアの司令は苦々しく思いつつ、モビルスーツ隊を引き連れて戦った彼を受け入れざるを得なかった。
「まだまだ課題も多くてねぇ、こっちも」
持ち上げられたアズラエルは、参ったねとでもいうように腕をふる。
「しかしよもや、カラミティ、フォビドゥン、レイダーで、ああまで手こずるとは思わなかった。本当にとんでもない国だね、オーブは」
手に入れようとした目の前でマスドライバーごと自爆するなんてバカげた行為も、皆あのふざけた「中立国」と、アスハという頑固者のせいだ。
「ホント、何考えてたんだか」
今は国土を連合に占領され、技術や人員は無条件で拠出、貴重な施設も全て接収・徴用されているオーブに、アズラエルは大げさに苦言を呈した。
「上手く立ち回って、甘い汁だけ吸おうと思っていたんでしょう。卑怯な国です」
サザーランドはアズラエルの機嫌を損ねないよう、大仰に答えた。
「プラントの技術も相当入っていたようですからなぁ…いや、もしかしたらその2機、実はザフトのものだったのかも知れない」
サザーランドは見事にその「事実」を言い当てると、オーブを断罪した。
「どちらにしろ、あれは何とかしなきゃね。手に入れられるかな?」
アズラエルもまた、何か思い当たることがあるようだ。
「それでご自身で宇宙へと?」
アズラエルは軍人ではなく、生粋の商人である。
だから戦場を見る時も、その視点は機体の性能や戦力分析より、「あの機体の価値は何か」に重点を置いて見ているところがある。
カラミティならば大火力。レイダーなら機動性。フォビドゥンならトリッキーな武装…などというように。それが強いか弱いかより、「相手に何を訴えかけるか」が肝心だと思っているフシがある。
彼の眼に映ったフリーダムとジャスティスの特徴は、何よりもその際立ったエネルギー効率だった。火力ももちろんだが、彼の新型が補給に戻ってなお、戦い続けるあの動力…マスドライバーで射出される戦艦に追いつけるパワー。
「あの機体、もしかしたら核エネルギー使ってるんじゃないかと思ってさ」
まさしく憎まれっ子世に憚る。当たって欲しくない時の勘ほど当たるものはない。
「なんですと!?」
これにはさすがのサザーランドも驚きを隠せない。
「確証はないけど。でもあれだけのパワー、従来のものでは不可能だ」
ふーむ…とサザーランドは考えこむ。
「ニュートロンジャマーも、コーディネイターの作ったものですからな。確かに奴らなら、それを無効にするものの開発も可能でしょうが…それが本当なら由々しき事態ですな」
ヤツらが核を持てるとなれば、まさかとは思うが…と2人は言い合った。
サザーランドはこれだから空の化物など放置してはいかんのだと思う。
「おいおい、国防産業理事の僕の目を疑うのかい?」
アズラエルは自信があるらしく、指を立ててちっちっちっと動かした。
「大体我々は弱い生き物なんだからさ。強い牙を持つ奴は、ちゃんと閉じこめておくか、繋いでおくかしないと、危ないからさ」
ふふふ、と笑うアズラエルに、サザーランドが追従した。
「宇宙に野放しにした挙げ句、これでは…ですな」
「頑張って退治してくるよ、僕も。青き清浄なる世界のために…ね」
「また移動?ダコスタくん」
「はい。申し訳ありませんが…」
バタバタと物品を片付ける人々を見ながら、ラクスはため息をついた。
「せっかくここにも慣れたのにね」
はぁ、と心苦しそうな顔をしながらダコスタが聞いた。
「お体の具合はいかがですか?」
「僕は大丈夫だよ。それより何か、新しい話はあるのかな?」
ダコスタはボードを起動させると現在の戦況について語って聞かせた。
「ビクトリアが地球軍の攻撃を受け、マスドライバーが奪還されました」
ラクスがその報告に眉を顰める。
「オーブに攻め入ったと思ったら、今度はビクトリアか…ザフトはかなりの部隊を配置していたと聞いていたけど…」
「アフリカ戦線はアラスカ以来、かなり縮小されておりまして」
もはやバナディーヤも彼らがいた頃のようではなく、ジブラルタルの勢力圏内である北アフリカですらザフトは後退気味と聞いている。
ダコスタは昼も夜も容赦のない砂漠を思い出し、ふっと苦笑した。
「地球軍はかなりモビルスーツを投入したようですね。ストライクダガーとかいう」
「そうか…僕たちも急がなくちゃいけないね」
ラクスはアフリカの話で思い出したようにダコスタに尋ねた。
「ところで、『彼』はうまくやってくれているかな?」
「ああ、あの人のことですから、きっと大丈夫ですよ」
そして2人はデータをやり取りして合流の日を確認した。
(その日が来れば、父さんにも会える…)
ラクスはあの日、屋敷で別れたきりの父を想って表情を緩めた。
しかしちょうどその時通信が入った。
「どうした?」
ダコスタがラクスの前だからと声をひそめたが、次の言葉は大きかった。
「…なに!?シーゲル様が!?」
たった今考えていた父の名に、ラクスの心が不安にざわめいた。
「本国は久しぶりだろう、イザーク。家族に顔を見せて安心させてあげたまえ」
「は!ありがとうございます」
実際、大気圏に落ちて以来、数ヶ月ぶりの本国帰還だ。
自分の帰りを心待ちにしている母は、この傷を見たらさぞ驚くだろう…そんな事を考えながらシャトルに乗り込んだイザークは、どこに座ればいいのかわからず、モタモタするフレイに言った。
「早く座れよ!」
「ふぁ!」
フレイはみっともないほどビクつき、慌てて眼の前の椅子に座った。
「ふん!」
(相変わらずビクビクと…なんなんだ、こいつは!)
イザークは空いた席に座ると、不機嫌そうに眼を瞑った。
フレイはプラントに連れて行かれる不安で一杯だった。
周りはコーディネイターばかり…知っているのは多忙なクルーゼと、さっきのようにいつも怒ってばかりいるイザーク・ジュールだけだ。
(大体、なんで俺がこんな目に…)
そう思わない日はないが、1人では逃げ出す事もできない。
クルーゼはそんな2人の様子を面白そうに眺めていたが、やがてイザークにわざと聞こえるように、フレイに話しかけた。
「プラントではコーディネイターらしく振舞うのだよ」
「は、はい…」
フレイは「コーディネイターらしい振舞い」が何なのかもわからず答えた。
「もしナチュラルだとばれると、色々とまずいだろうからな」
「ばれますよ!」
寝たふりを決め込んでいたくせに、イザークはクルーゼに噛みついた。
「こんな物覚えが悪くてはっきり喋りもしないヤツ、すぐばれます!」
「そうかね。ではイザーク、きみがちゃんと守ってやってくれ」
イザークは突いたヤブヘビに苛立ち、フレイはますます縮こまった。
その頃、クサナギではアスランがジャスティスを見つめていた。
混沌としていた世界は、いまや完全に二つに分かたれようとしている。
共に自分の種を至上のものとする同士が、この戦いの鍵を握っているのだ。
そしてその片方は自分の実の父なのだ。
封印された核を開放し、クライン親子を反逆者として追う父…
同じ親子でも、ウズミとカガリは違っていた。
あの2人は、いつだってまっすぐお互いを見て話していた。
自分と父は、いまや全く違う方向を見ている。
(いえ、もう、話すら…)
父との会話を思い出しても、それは上官と部下以外の何物でもなかった。
「アスラン!」
キラがアスランを見つけて声をかけた。
「こっちも落ち着いたみたいだから、アークエンジェルへ戻ろう?どっちにいてもいいけど、クサナギはM1で一杯だし…」
見ればハンガーはM1がひしめきあっている。コンテナも次々運び込まれ、整備兵たちは交通整理におおわらわだった。
「それに、ディアッカがいる方がいいでしょ?」
「それは…どうかしら」
アスランは思いもかけない「理由」に笑ってしまった。
「同じ隊にはいたけど、私たち、別に仲がよかったわけじゃないから」
「じゃ、これから仲良くなればいいよ」
キラはそんな事は気にもせず、屈託のない笑顔を見せた。
「サイやミリアリアにも紹介したいし、マードックさんやノイマンさんも…」
キラはアスランと一緒にいられる事が嬉しくてたまらないようだ。
「キラ」
そんな2人に、後ろからカガリが声をかけた。
「ちょっと、いいか?」
キラは「なぁに?」と問いかけている。
「あ、じゃ、私…」
2人が親密なことを知っているアスランは気を利かせ、席を外そうとした。
「おい、ちょっと待て!」
「わ…」
しかしカガリは離れて行こうとしたアスランの腕を掴んだ。
「いいからいろって…いや、おまえがいてくれた方がいいんだ」
そう言われて仕方なく、アスランはポールに掴まって2人を見守った。
「どうしたの?カガリ」
「いいか、落ち着けよ、キラ」
「うん。何?」
これ、とカガリがあの写真を見せる。
「写真?誰の?」
アスランもキラと一緒に覗き込む。
そこには赤ん坊を2人抱えて微笑む女性が写っており、キラはアスランと眼を見合わせた。
「裏」
カガリが指差して言うので、キラは何気なくひっくり返した。
途端にえ?と目を見開く。アスランもその名前に驚愕した。
「え!?カガリ…キラって…ええ!?」
キラは驚き、写真をひっくり返したり、カガリと写真を見比べたりと忙しい。
「クサナギが発進する時に、親父から渡されたんだ」
キラは呆気に取られてカガリを見つめる。
「おまえは、1人じゃない。その…『きょうだい』もいるって」
キラは思いもかけないことに思考がついていかないようだ。
「どういうことか…わかるか?」
「そんな…私にだって…そんな…」
アスランも写真と2人を見比べて、小さく呟いた。
「…双子?」
「だって、私はコーディネイター…で、カガリはナチュラルなのに…?」
キラは動揺し、髪をかきあげて言った。
アスランは2人に、「赤ちゃんを抱いている人は?」と聞くと、キラもカガリも知らないと答える。
「とにかく…でも、これだけじゃ全然わかんないよ」
動揺するキラを見ながら、カガリはポツリとつぶやいた。
「俺、親父の子じゃなかったんだな」
カガリは頬を掻きながら写真を眺めて言った。
「ま、薄々そうじゃないかな…とは思ってたんだけどさ」
アスランはそれを聞いて、カガリが先ほどブリッジで、「誰の子でも関係ない」と自分をかばった理由に気づいた。
「カガリのお父さんは、ウズミさんだよ!」
しかしキラはそれをすぐさま否定した。
「あんなに仲のよかった2人が、親子じゃないなんてありえない!」
そんなキラの気持ちが嬉しくて、「わかってる」とカガリは笑った。
「おまえだって、ヤマトのお父さんとお母さんの子だろ?」
それを聞いて、キラはさらに複雑な表情になった。
キラはしばらく考え込んでいたが、やがて写真をカガリに返し、「ごめん、アークエンジェルに帰る」と言った。
(なんだか頭がぐちゃぐちゃだ…)
カガリには悪いが、とにかく帰って、1人でゆっくり考えたかった。
「あいつの傍にいてやってくれ」
キラの後を追おうとしたアスランを、カガリは引き止めた。
「結構、ショック感じてるかもしれないから…」
そう言ったカガリもいつもより浮かない顔だった。
「あなたがついていてあげた方が、いいんじゃない?」
アスランが言うと、カガリは「ん~」と唸ってから言った。
「一緒にいると、かえって考え込んじゃいそうだろ?」
アスランは、カガリ自身も1人で考える時間が欲しいのだろうと理解した。
彼のその気持ちを汲み、先に行ってしまったキラが心配だった事もあって「わかったわ」と答えたが、本当は密かに心に決めていたことがあった。
「アークエンジェルへ戻ったら、シャトルを一機、借りられる?」
なんとなくまだ呆然としたままフリーダムに乗り込もうとしていたキラは、追いついたアスランにそう言われて振り返った。
「シャトル?どうして?」
「私は一度、プラントに戻る」
「えっ!?」
アスランの言葉にキラは驚いて声を上げる。
「だって、アスラン…それはとても危ないんじゃ…?」
「父と、ちゃんと話がしたいの。やっぱり」
「アスラン、でも…ウズミさんが言ったとおりなら、それに、シーゲルさんやラクスを反逆者と見なしているお父さんは…もしかしたら…」
キラは複雑な表情でアスランの様子を窺った。
「わかってる。でも、私の…父だから」
キラは険しい表情のアスランを見つめ、少し考えてから答えた。
「わかった。マリューさんたちに話すね」
「第2輸送船団、ランディングシークエンススタンバイ」
「B班は第5船団を早くパッドから移動させろ。第22輸送船団は周回軌道で待機だ」
「N11作業グループは、Fパッドの作業を支援せよ」
「ドミニオンの出航が最優先だ」
さっそく取り戻したビクトリアのマスドライバーを使い、月基地に着任したナタルは、基地の司令官に敬礼し、きびきびと自己紹介した。
「第7機動艦隊、ナタル・バジルール少佐、参りました」
「きみに、アークエンジェル級2番艦、ドミニオン艦長を命ずる」
世界はさらに大きく歪んでいく。
その歪みに気づかない者は争いの世界に飲み込まれ、歪みに気づいた者は、自分の無力さを知り、自分には何も変えられないのだ歯噛みする事になる…
「アプローチ、ファイナルフェイズ。ローカライズド、確認します」
「全ステーション、結合ランチ、スタンバイ」
なるほど、これなら月や衛星、コロニーと地球を往来する時は身軽になり、宇宙では大容量を確保できるというわけだ。
クサナギがヘリオポリスの救助にあたったというのも頷けた。
「クサナギのドッキング作業、終了した」
インカムからの通信を受け、キサカが全作業の終了を宣言すると、緊張が続いていたブリッジのクルーもようやく安堵の声をあげた。
一足先に宇宙に出て待っていたアークエンジェルから、マリューはフラガと共にクサナギを訪れていた。
「カガリくんは?」
「大分落ち着いたが…色々あってな」
マリューが国を失い、同時に父を失った少年を気遣って聞くと、少し顔つきを曇らせたキサカはインカムを外しながら答えた。
カガリはオーブを出て以来、1度も涙を見せる事がなかった。
クルーや避難民、パイロットたちを気遣い、先ほどはスカンジナビアと初の交信を行って、避難民の救助状況や地上の様子を聞いていたという。
マリューは「そう」とだけ答えた。
(やっぱり、男の子だからかしら)
抱え込んだものはあるだろうに、うまく出せないのかもしれない。
「しかし、問題はこれからだな」
キサカにクサナギの艦内を案内されながら、フラガが言った。
「そうね」
マリューは先の見えない不安に苛まれる。
キラは大気圏外に出て航行が安定したクサナギに機体を置かせてもらい、マリューが気を利かせて持ってきてくれた自分の軍服に着替えた。
替えの服がないアスランにはモルゲンレーテのジャケットが貸与され、2人は一緒にカガリの部屋を訪れた。
「カガリ?」
キラがインターホンに話しかけると、「ああ、今行く」と返事があり、やがてカガリが出てきた。
カガリも軍服を脱ぎ、モルゲンレーテのジャケットを着ていた。
右手に痛々しく包帯を巻いたカガリを見て、キラは胸が詰まった。
「…ごめんね。約束、守れなくて」
キラの言葉に、カガリは少し驚いたようだった。
「何言ってんだ」
そして笑いながらキラの額を小突いた。
「キラは本当によくやってくれたろ。おまえがいなかったら、オーブはもっと早く、もっとひどい状態で陥ちてただろうよ」
笑っているカガリの表情からは明らかな落胆や悲しみは窺えない。
キラは口を開きかけたが、何も言えずにそのまま口をつぐんだ。
「アスランも」
カガリは、2人に遠慮して部屋の外にいるアスランに声をかけた。
「色々と…ありがとうな」
「あ…いえ…」
アスランは返事に困り、曖昧に言葉を濁した。
「クサナギは以前から、ヘリオポリスとの連絡用艦艇として使ってきたのだ」
かなりの低重力の中、マリューとフラガを案内しながらキサカが説明を続けた。
「モビルスーツの運用システムも、武装もそれなりに備えてはいるが、アークエンジェルほどではない」
フラガも面白そうに、まるで迷路のような艦内を観察していた。
「五つの区画に分けて、中心部だけを行き来させてるのか。効率のいいやり方だな」
避難民や兵の家族は居住ブロックに集められており、子供の姿も見える。
マリューが笑顔で手を振ると、恥ずかしそうに手を振り返した男の子は、かつてシン・アスカという少年に預けられたリュウタ・シモンズだった。
やがてブリッジまでの道中で、彼らはキラとアスランと合流した。
「カガリくんは?」
キラが迎えにいくと言っていた彼の姿が見えないのでマリューが聞くと、キラは苦笑しながら自分たちがやって来た後方を指差し、「あっちで、M1のお姉さんたちにつかまってます」と言った。
フラガもマリューもおやおやと顔を見合わせた。
気丈にもM1部隊を取り仕切っていた3人娘は、カガリの姿を見た途端、自分たちが国を失い、指導者であるウズミを失った事を思い出して、3人が3人ともカガリに抱きつき、大泣きし始めたのだった。
「こんなとこで泣くなよ、あーあ」
2人はそんな彼女たちをなだめているカガリを残して先に来たのだが、そのうち追いついてきたカガリは、何ともうんざりした顔をしていた。
「大丈夫だった?」
「あいつらの涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ」
ジャケットのしみを気にしてブツブツ言うカガリに、キラは苦笑した。
「カガリ様!よくご無事で!」
「若様、このたびは…」
ブリッジまで行く間中、すれ違うクルーや避難民は皆、カガリに挨拶し、カガリは一人一人労をねぎらい、時に親愛をこめた返事を返していく。
(随分慕われているようね)
アスランはチラリと隣にいるカガリの横顔を見て思う。
その様子は、プラントで絶大な人気を誇る「悲劇の英雄」を思いださせた。
キラがこっそりと「若様って、カガリの事なんだよ」と耳打ちすると、それに気づいたカガリが「キラ!余計な事言うな!」と叱った。
彼らがクサナギのブリッジまで来ると、その形態がアークエンジェルのブリッジと非常によく似ていたため、マリューが驚きの声をあげた。
「アークエンジェルが似ているのだ。親は同じモルゲンレーテだからな」
クサナギの方が元祖だと言うキサカが、アークエンジェルのシステムや構造にあれほど詳しかった理由が、今さらながらに理解できた。
「宙域図を出してもらえるか?」
キサカがモニターに呼びかけると、そこに見慣れた人物が現れたので、フラガが驚きの声をあげた。
「エリカ・シモンズ主任!」
「こんにちは、少佐。慣れない宇宙空間でのM1運用ですもの。私がいなくちゃしょうがないでしょ?」
もはやモルゲンレーテと共に連合の支配下にあるのだろうと思われた彼女が、無事に脱出していた事にはキラたちも皆ほっと胸を撫で下ろした。
その上今後の困難を思うと、彼女のバックアップがある事は非常に心強い。
「現在我々がいるのはここだ」
キサカがポインタを指し示した。
「知っての通り、L5にはプラント、L3にはアルテミス」
懐かしいアルテミスの名に、マリューもフラガも苦笑いする。
(やっちゃったなぁ…)
(やっちゃったわねぇ…)
それからキサカは廃棄されたコロニーがデブリ帯を形作る、L4を差した。
「クサナギもアークエンジェルも、当面物資に不安はないが、無限ではない。特に水は、すぐに問題になる。L4のコロニー群は開戦の頃から破損し、次々と放棄されて今では無人だが、水庭としては使えよう」
それを聞き、マリューはかつて氷を切り出して利用させてもらったユニウスセブンを思い出し、眉を顰めた。フラガがそれに気づき、「大丈夫さ。ユニウスセブンとは違うよ」と慰めた。
「L4にはまだ、稼働しているコロニーもいくつかあります」
その時突然、後ろに控えていたアスランが言葉を発したので、ブリッジにいた者が一斉にそちらを見た。
「大分前、不審な一団がここを根城にしているという情報があって、ザフトは調査したことがあるんです。住人は既にいませんが、設備の生きているコロニーもまだ数基あるはずです」
アスランの情報を得て、皆はすぐ議論を始めた。
「稼動しているコロニーがあるなら、降りられるだろ?」
「水や食料も手に入るかもしれない。心強いよ」
しかし一方では慎重に行動すべきという意見もあった。
「ザフトが調査したって事は、また連中が探査にくるかもしれん」
「いや、逆にもう調査終了と判断をしていれば…」
クサナギクルーは盛んに論議を戦わせている。
結局、カガリが紛糾するクルーを止めて意見を述べた。
「デブリ帯は電波状況も悪いし、隠れ蓑としては好都合だ」
それに距離的にも、スカンジナビアのコロニーからの支援や、オーブ残党とのランデブーにも利用できる。
「危険は承知だが、まずはメリットを取ろう」
カガリがそう提案し、一応の決着を見た。
その上でアスランは、バスターやジャスティスに残るデータを洗い直し、L4全体の宙域情報を明らかにすることを約束した。
「ありがとう。そうしてくれ」
「じゃ、決まりですね?」
カガリがまとめると、キラが皆に了解を求めた。
「しかし、本当にいいのか、きみは?」
L4に向かう航行ルートについては各々の艦のパイロットと検討の上、調整することが決まったところで、フラガはアスランに問いかけた。
「無論きみだけじゃない。もう一人の彼もだが…」
アークエンジェルでは、同じくモルゲンレーテのジャケットを貸与されたディアッカが、早速愛機であるバスターの整備について、マードックたち整備兵とああでもないこうでもないと論議を始めていた。
「少佐…」
マリューはいつになく厳しい態度で詰め寄るフラガを見つめた。
「オーブでの戦闘は俺だって見てるし、状況が状況だしな。着ている軍服にこだわる気はないが…」
彼が言う事はもっともだ。
アスランは眼を逸らさずにフラガを見つめていた。
「だが、俺たちはこの先…状況次第ではザフトと戦闘になることだってあるんだぜ?オーブの時とは違う」
自分だってその可能性を考えなかったわけではない。
だが、自身がどうするかは正直、まだ決めかねていることも事実だ。
アスランは黙ったまま聞いている。
「そこまでの覚悟はあるのか?きみは、パトリック・ザラの娘なんだろ?」
その言葉に、クサナギのクルーがざわめいた。
「パトリック・ザラ…?」
「プラントの最高責任者の…」
アスランに注がれる視線には、コーディネイターを受け入れる土壌で育ったオーブ人とはいえ、彼女の父が現在振るっている強権と、排他的で選民的な彼の思想に賛同できない者も多いため、疑念と同情が入り混じっていた。
しかしカガリはムッとし、思わず口を開いた。
「誰の子だって関係ないじゃないか!アスランは…」
アスランはカガリのその言葉に少し驚いた。
自分がパトリック・ザラの娘である事は逃れようのない事実だ。
むしろアスランはそれを背負う覚悟を決めねばと思っていた。
「軍人が自軍を抜けるってのは、おまえが思ってるよりずっと大変な事なんだ」
けれどフラガは、いつになく厳しい口調でカガリを跳ね除けた。
「ましてやそのトップにいるのが自分の父親じゃ…自軍の大義を信じてなきゃ、戦争なんてできないんだ!」
おまえだってそうだろうがと言われて、カガリはぎりっと唇を噛んだ。
「それがひっくり返るんだぞ?」
「けど…!」
「何より彼女は、キラと違って、ザフトの正規の軍人だろ」
フラガの言葉に、自身も軍を率いたカガリは二の句が告げなかった。
敗れたとはいえ、兵たちは自分を、ウズミを信じて最後まで戦い抜いたのだ。
それはまさしく、彼らには「オーブを守る」という「大義」があったからだ。
「悪いんだけどな、一緒に戦うんなら当てにしたい」
フラガは黙り込んだカガリからアスランに視線を移して言った。
「それでいいのか?どうなんだ、きみは?」
いつになく厳しいフラガに、もともと優しい性格のマリューは、いくら正規の軍人とはいえ、まだキラと同い年でしかないアスランを慮ってハラハラした。
けれどアスランはそれに対してためらうことなく、落ち着いて答えた。
「オーブで…いえ、プラントでも地球でも、見て、聞いて、思ったことはたくさんあります」
アラスカで見た、サイクロプスの大きな爪あと。
憎しみの連鎖が生んだパナマでの虐殺。
理不尽で意味不明なオーブ侵攻戦。
そして、マルキオの家で少年に蹴られた痛みも。
「それが間違ってるのか正しいのか、何がわかったのかわかっていないのか…」
(勝つために必要となったのだ!あのエネルギーが!)
フリーダムを奪還し、接触した人、物、施設を破壊せよと命じた父。
「…それすら、今の私にはよくわかりません」
アスランは静かに語り続けた。
キラ、ラクス、ディアッカ、カガリ…そして優しげなニコルの顔が浮かんだ。
「ただ、自分が願っている世界はあなた方と同じだと…今はそう感じています」
アスランの中ではまだ、事実も真実も渾然一体だが、キラやディアッカ、そしてオーブでカガリやウズミの姿を見て、話をして、この戦争の矛盾や一人歩きを始めた不気味な姿に、危機感を禁じえないのは確かだった。
そしてそれを先導しているのが、他ならぬ自分の父であることも。
「自分は一体、何と戦わねばならなかったのか…その答えを探すために、私はここにいます」
はっきりと答えたアスランに、思わず感嘆の声を漏らす者もいた。
アスランの言葉を聞き終わったフラガは、急に相好を崩した。
「しっかりしてるね、きみは。キラとは大違いだ」
マリューは、フラガの柄にもないあんな厳しい態度は、アスランの本音を聞き出すためだったと気づいて苦笑した。
(それくらい、彼女の力を買っているということね)
キラは、総体的に自分が「しっかりしていない」と言われたことなど気にもせず、アスランが褒められたのが嬉しくて、「昔からね」と答えている。
「アスランはしっかり者で、優しくて、すごく頼りになるんです」
アスランがはにかむような顔をすると、カガリが両手を広げ、「いやいや、たま~に全然ダメダメだけどな」とちゃちゃを入れ、皆を笑わせた。
マリューは和やかになったブリッジでアスランに言った。
「私たちはね、信じた軍に騙され、虐げられて、アラスカではとうとう、切り捨てられてしまったの。サイクロプスと共に死ぬように…って」
その言葉は少なからずアスランを驚かせた。
「そんな、まさか…」
彼らが追っていた足つきは地球軍の鳴り物入りの新造戦艦であり、月の第八艦隊があれだけの犠牲を賭して守った艦ではないか…
「だから今、私たちもここにいるのよ」
優しく告げる彼女に、どれほどの苦難があったのか想像もできない。
「皆、あなたと同じように何と戦わねばならないのかという答えを探したいと思っているわ。だから、一緒に頑張りましょうね」
そう言って微笑むマリューに、アスランは力強く頷いた。
するとフラガが「さて、艦長さん」と明るく言った。
「俺たちがオーブから託されたものは、大きいぜ?」
「ええ」
マリューが答える。
「たった2隻じゃ、はっきり言ってほとんど不可能に近い」
「そうねぇ…」
そう答えながら、彼女は人差し指で顎を押さえながら「でも、これまでたった1隻で戦ってきた私たちにとっては、心強い仲間が1隻『も』増えたことは、とっても心強いんじゃない?」と呟き、それを聞いたクサナギのクルーからは拍手が沸き起こった。
フラガはうちの艦長、その気にさせるのがうまいんだよと笑わせてから、「でも、いいんだな?」と、もう一度アスラン、キラ、カガリに視線を配る。
カガリは元気よく「もちろんだ」と答えた。
「信じましょう。小さくても強い火は消えないんでしょ?」
キラは微笑みながらウズミに答えたマリューの言葉を繰り返した。
フラガもマリューもふふ、と笑った。
「…プラントにも…同じように考えている人はいます」
その時、考え込んでいたアスランが口を開いた。
キラもその言葉を聞いて、思いついたようにアスランを見た。
「ラクス?」
アスランは頷いた。
「ああ、あのとんでもない王子様?」
フラガは浮世離れした雰囲気を持つ「悲劇の英雄」を思い出した。
「はい。アスランの婚約者なんです」
キラがさらっと言うと、その場にいた者は皆、一様に驚いた。
ことにカガリは驚き、思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。
しかしアスランはそんな事は気にもしていないようで、言葉を続けた。
「彼は今、追われています。反逆者として…私の父に」
ラクス…アスランはただ、病弱な彼の身を案じていた。
ラクスはプラントのクライン派の隠れ家を転々としながら、行く先々で電波をジャックしては、平和を訴える演説を繰り返した。
しかしラクスの体のハンデは大きく、長距離の移動や逃避行のための強行軍などはできず、日々の活動でさえもあまり無理はできない。
従ってザラ議長の第一ターゲットとなり、激しい追撃を逃れるためにプラント内をあちこち逃避行を続ける父とは、別行動にならざるを得ない。
既にアイリーン・カナーバなどのクライン派と呼ばれる議員たちは全て身柄を拘束され、他にもシーゲル・クラインに与するとされた政治結社や企業、民間人までがことごとく弾圧の憂き目を見ていた。
彼ら親子が恐れていた状況は、日を追うごとに悪化している。
プラントの世論も、多くの若者の命を奪ったアラスカの悲劇があまりにも大きく報じられたため、その情報を漏洩した者こそクライン親子とされた公式発表に操作され、クライン派への風当たりは非常に強かった。
「僕たちは何処へ行きたかったのでしょうか?何が欲しかったのでしょうか?戦場で、今日も愛する人たちが死んでいきます。僕たちは一体、いつまでこんな悲しみの中で過ごさなくてはならないのでしょうか?」
ラクスは日夜、マイクに向かって人々に平和を訴え続けた。
平易な文章と、彼独特の優しい訴えかけるような口調で。
「コーディネイターは新たな種などではありません。ナチュラルと共存し、共に進化を続けるべき『人類』という種です。僕たちは互いに、憎みあい、殺しあう存在ではないのです…今必要なものは対話です。そして平和への道を探さねばなりません」
しかしその言葉も、ザラ議長の力強い言葉の前では無力だった。
「ラクス・クラインの言葉に惑わされてはなりません」
ザラ議長は毎日のようにメディアで訴え続けた。
「彼は地球軍と通じ、軍の重要機密を売り渡した反逆者なのです」
そう訴えながら、同時にザラは巧みにコーディネイターを迫害してきたナチュラルを弾劾した。自分たちを妬み、嫉み、奪い、踏みつけた彼らの所業・悪行を訴え、果敢にも抗ってきたコーディネイターを賛美した。
「思い出すのです…自らが生み出したものでありながら、進化したその能力を妬んだナチュラルたちが、我らコーディネイターへ行ってきた迫害の数々を!」
ラクスは敵対者であるザラ議長の言葉にも耳を傾けていた。
彼の言葉が耳に心地いいのは、プラントが痛みを感じすぎたせいだ。
こちらが譲歩してきた条件、努力を全て踏み躙り、ただ要求だけを突きつけられ、我慢させられた屈辱の歴史が心に植えつけられている。
「にもかかわらず、我らの生み出した技術は強欲に欲し、創設母体であるプラント理事国家から連綿と送りつけられた身勝手で理不尽な要求の数々を!」
ラクスは時には体調を崩し、点滴を受けながら横になっていた。
弱く、すぐに疲労が蓄積し、自由の利かない自分の体に歯噛みする。
逃げながら語りかける僕の言葉を、どれだけの人が聞いてくれているのか…
「反旗を翻した我々に答えとして放たれた、ユニウスセブンへのあの一発の核ミサイルを!」
(ユニウスセブン)
悪夢のようなあの事件が、人々の心の枷となっている。
そして今は、多くの兵たちを一瞬で消し去ったアラスカでの非道も…
「僕も、多くの命を奪ったユニウスセブンへの攻撃により、健康な体と未来を失いました。家族を失い、愛する人を奪われた皆さんと同じく、この悲劇を引き起こしたナチュラルを恨まなかったといえば嘘になります」
ラクスは時に、もう思い出したくもない自分の過去とも向き合った。
「我々はなんとしても勝利せねばならないのです!敗北すれば、過去より尚暗い未来しかありません」
議長は拳を握り締め、国民を鼓舞するように力強く言った。
「もし敗れれば、ナチュラルは必ずやまた、我らを敵として蹂躙するでしょう」
自由のため、権利のために負けられない戦いがある。
議長の言葉は不安を煽り、人々を戦いに駆り立てた。
「けれど、それでも僕は、人類が分かたれる事をよしとはしません」
ラクスは息切れや疲れた声を気づかれぬよう、努めて明るく言った。それは「かなり無理をしている」ということだった。
「地球の人々と我々は同胞です」
そう訴えながら、ラクスは上滑りする言葉に憂鬱さを隠せなかった。
ザラ議長の追っ手は容赦がなかった。
プラントに居場所がなくなったシーゲル・クラインは、ついに母国スカンジナビア王国に亡命する手はずを整えねばならなくなったが、直前になってその情報が漏れていたことが発覚した。
全ての宇宙港に張り巡らされた捜査網にかかった彼は、多くの護衛の犠牲によって辛くも逃亡したが、地球への道を閉ざされ、追い詰められた。
シーゲルはそれでもなお、かつての親友に、自分の言葉が届くと信じていた。
(パトリック。きみと話をすれば、私の声を聞けば、きっと…)
彼は自分しか知らないパトリックへの連絡先に通信を入れた。
それはかつて、パトリックの妻レノア・ザラが使用していた番号だった。
親友とその娘しか知らないはずのその番号は、数回のコールで繋がった。
2人が最後に交わした言葉を知るものはいない。
ザラはすぐに回線を逆探知させ、位置を特定すると公安員を派遣した。
シーゲルは武装した公安の姿を見て、信じていた友情が裏切られた事、そして自身の命運が尽きた事を悟った。彼の手勢は腕の立つ者ばかりだったが、クラインを排除せんと決めているザラは情け容赦なく攻撃を仕掛けさせ、やがて彼は名も知れぬ街の片隅で、その命を散らす事になったのだ。
「悲しみの過去を捨てるのではなく、教訓として共に生きていく道を探らなければ、この長きに及ぶ戦い、負の連鎖は、終わらないでしょう」
彼は、流れてくる息子の声を聞きながら何十発もの銃弾を身に浴びた。
苦しそうな最期の息の下で、停戦を訴え続けている息子の名を呼び、黄道同盟の創設者にして前プラント最高評議会議長シーゲル・クラインは死を迎えた。
それは誰にも見届けられる事のない、哀れで無慈悲な死だった。
残していく病弱な息子に想いを馳せ、共に戦った友を想い、プラントの独立と平和のために力を尽くしたシーゲル・クラインの命は燃え尽きた。
あるいは最期を迎えた彼の脳裏には、憂いを秘めた紫の瞳の少女が浮かんだかもしれない。しかしそれもまた、知る者はいなかった。
「そうか…だが、まだ息子の方が残っておる」
公安からの報告に、パトリック・ザラは眉一つ動かさなかった。
戸惑う彼らに、議長はたった今も流れているラクス・クラインの声を聞かせた。
「いずれはどちらかが滅ぶまで、このような凄惨な戦いが続く事が、果たして正しいといえるのでしょうか…今一度、皆さん一人一人が、その胸に問い掛けてみてください。僕たちはこれでよいのか、と」
彼は忌々しそうにスイッチを切り、不愉快そうな声で言った。
「こんなふざけた放送を、おまえたちは一体いつまで許しておくつもりかね?」
彼はもはやプラントの独裁者と成り果てている。
恐怖政治に支配され、貴重な同胞の命が、銃弾と密告によって失われていった。
徹底的な穏健派への弾圧に加え、ディアッカの父で、あくまでも中立、中道を取ると宣言したタッド・エルスマンに対しても、眼に見えない圧力が日に日に大きくなっていった。
彼は息子がMIAになったその日、クライン派からザラ派に鞍替えしたユーリ・アマルフィや、もともと強硬派のエザリア・ジュールから、共にザラ議長を支援しないかと声をかけられたのだが断っていた。
「息子と私の政治思想は、何も関係ない」
もともと「おまえのような奴に軍人は務まらん」とディアッカの従軍に反対していた彼は、心の片隅で息子が死んだとはどうも思えずにいた。
(あいつの事だ。どこかで生き延びて、好きにやっているのではないか)
まさか父にそんな風に思われているとは知らず、彼の息子は確かに生き延び、かつての敵艦でナチュラルたちと盛んに議論を交わしていたのだった。
ラクスは体を休めながら、アスランを、そしてキラを思い出した。
彼女たちのような剣は振るえないけれど、僕は僕なりに闘わねば…
「求めたものは何だったのでしょう。幸福とは何でしょうか。このように戦いの日々を送ることこそ、愛する人々を失っても尚、戦い続けるその未来に、間違いなく待つものなのでしょうか?」
(会いたいな、きみたちに…)
眠りに落ちるたびに、もう2度と目覚めないのではないかと思う。
ラクスはままならない体で、揺れ続ける世界と闘っていた。
「ラクス・クラインには、議長もだいぶ手を焼いておいでのようだな」
メディアに出ずっぱりで弁舌を振るう議長を見て、クルーゼは言った。
「よもやそれで我らに帰国命令が出たわけでもなかろうが」
カーペンタリアで一息つく間もなく、クルーゼたちは本国に召還されていた。
「しかし、私には信じられません。ラクス・クラインが反逆者などと…」
イザークは本国での思想弾圧についても不愉快さを隠せずにいる。
母はザラ・シンパの強硬派ではあるが、イザーク自身はどちらでもない。
「そう思う者がいるからこそ、彼を使うのだよ、クライン派は」
もともと病に倒れた彼を担ぎ上げ、平和の先鞭とするようなしたたかな連中だ。
中にはラクス・クラインは病気ではないのではないかと言う者もいる。
そのような振りをしているだけだ、とね…クルーゼはくすくす笑った。
「様々な人間の思惑が絡み合うのが戦争だ。何と戦わねばならぬのか、見誤るなよ」
クルーゼは相変わらず楽しそうだった。
「いやいや、お見事でした。さすがですな、サザーランド大佐」
怪我をし、傷つきながらもなお、投降に応じないディンのパイロットを兵士が撃ち殺した。戦場にはあちこちで銃声が響いていたが、意外なことに…といっては語弊があるだろうが、連合軍は捕虜の虐殺などは行っていない。
投降したコーディネイターは拘束され、輸送車に乗せられて運ばれた。彼らには「技術協力」という重要な活用法がある。無論、実際には協力などという優しげなものではないが、貴重な知識と技術を持つ者を無下に殺してしまう事は惜しまれた。
ザフトが戦力の消耗を避けるためにアフリカ戦線を大幅に縮小し、手薄になっていたとはいえ、ビクトリア基地は、あっけなく奪還された。
それにはパナマ、オーブと実戦投入され、OSの改良が飛躍的に進んだストライクダガーの功績が大きかった。
パナマでもそうだったように、これまでモビルスーツを持たない地球軍と戦ってきたザフトにとって、対モビルスーツ戦自体が初めてとなったのだ。
ゆえに足元をすくわれることになったというのは皮肉だった。
「いえ、ストライクダガーはよい出来ですよ。オーブでアズラエル様が苦戦されたのは、おうかがいした予期せぬ機体のせいでしょう」
作戦を立案し、中心となって戦ったユーラシアや東アジア共和国より、成果を上げたストライクダガーを持つ連邦が、我が物顔で戦後処理にあたっていた。
サザーランドもその1人で、ユーラシアの司令は苦々しく思いつつ、モビルスーツ隊を引き連れて戦った彼を受け入れざるを得なかった。
「まだまだ課題も多くてねぇ、こっちも」
持ち上げられたアズラエルは、参ったねとでもいうように腕をふる。
「しかしよもや、カラミティ、フォビドゥン、レイダーで、ああまで手こずるとは思わなかった。本当にとんでもない国だね、オーブは」
手に入れようとした目の前でマスドライバーごと自爆するなんてバカげた行為も、皆あのふざけた「中立国」と、アスハという頑固者のせいだ。
「ホント、何考えてたんだか」
今は国土を連合に占領され、技術や人員は無条件で拠出、貴重な施設も全て接収・徴用されているオーブに、アズラエルは大げさに苦言を呈した。
「上手く立ち回って、甘い汁だけ吸おうと思っていたんでしょう。卑怯な国です」
サザーランドはアズラエルの機嫌を損ねないよう、大仰に答えた。
「プラントの技術も相当入っていたようですからなぁ…いや、もしかしたらその2機、実はザフトのものだったのかも知れない」
サザーランドは見事にその「事実」を言い当てると、オーブを断罪した。
「どちらにしろ、あれは何とかしなきゃね。手に入れられるかな?」
アズラエルもまた、何か思い当たることがあるようだ。
「それでご自身で宇宙へと?」
アズラエルは軍人ではなく、生粋の商人である。
だから戦場を見る時も、その視点は機体の性能や戦力分析より、「あの機体の価値は何か」に重点を置いて見ているところがある。
カラミティならば大火力。レイダーなら機動性。フォビドゥンならトリッキーな武装…などというように。それが強いか弱いかより、「相手に何を訴えかけるか」が肝心だと思っているフシがある。
彼の眼に映ったフリーダムとジャスティスの特徴は、何よりもその際立ったエネルギー効率だった。火力ももちろんだが、彼の新型が補給に戻ってなお、戦い続けるあの動力…マスドライバーで射出される戦艦に追いつけるパワー。
「あの機体、もしかしたら核エネルギー使ってるんじゃないかと思ってさ」
まさしく憎まれっ子世に憚る。当たって欲しくない時の勘ほど当たるものはない。
「なんですと!?」
これにはさすがのサザーランドも驚きを隠せない。
「確証はないけど。でもあれだけのパワー、従来のものでは不可能だ」
ふーむ…とサザーランドは考えこむ。
「ニュートロンジャマーも、コーディネイターの作ったものですからな。確かに奴らなら、それを無効にするものの開発も可能でしょうが…それが本当なら由々しき事態ですな」
ヤツらが核を持てるとなれば、まさかとは思うが…と2人は言い合った。
サザーランドはこれだから空の化物など放置してはいかんのだと思う。
「おいおい、国防産業理事の僕の目を疑うのかい?」
アズラエルは自信があるらしく、指を立ててちっちっちっと動かした。
「大体我々は弱い生き物なんだからさ。強い牙を持つ奴は、ちゃんと閉じこめておくか、繋いでおくかしないと、危ないからさ」
ふふふ、と笑うアズラエルに、サザーランドが追従した。
「宇宙に野放しにした挙げ句、これでは…ですな」
「頑張って退治してくるよ、僕も。青き清浄なる世界のために…ね」
「また移動?ダコスタくん」
「はい。申し訳ありませんが…」
バタバタと物品を片付ける人々を見ながら、ラクスはため息をついた。
「せっかくここにも慣れたのにね」
はぁ、と心苦しそうな顔をしながらダコスタが聞いた。
「お体の具合はいかがですか?」
「僕は大丈夫だよ。それより何か、新しい話はあるのかな?」
ダコスタはボードを起動させると現在の戦況について語って聞かせた。
「ビクトリアが地球軍の攻撃を受け、マスドライバーが奪還されました」
ラクスがその報告に眉を顰める。
「オーブに攻め入ったと思ったら、今度はビクトリアか…ザフトはかなりの部隊を配置していたと聞いていたけど…」
「アフリカ戦線はアラスカ以来、かなり縮小されておりまして」
もはやバナディーヤも彼らがいた頃のようではなく、ジブラルタルの勢力圏内である北アフリカですらザフトは後退気味と聞いている。
ダコスタは昼も夜も容赦のない砂漠を思い出し、ふっと苦笑した。
「地球軍はかなりモビルスーツを投入したようですね。ストライクダガーとかいう」
「そうか…僕たちも急がなくちゃいけないね」
ラクスはアフリカの話で思い出したようにダコスタに尋ねた。
「ところで、『彼』はうまくやってくれているかな?」
「ああ、あの人のことですから、きっと大丈夫ですよ」
そして2人はデータをやり取りして合流の日を確認した。
(その日が来れば、父さんにも会える…)
ラクスはあの日、屋敷で別れたきりの父を想って表情を緩めた。
しかしちょうどその時通信が入った。
「どうした?」
ダコスタがラクスの前だからと声をひそめたが、次の言葉は大きかった。
「…なに!?シーゲル様が!?」
たった今考えていた父の名に、ラクスの心が不安にざわめいた。
「本国は久しぶりだろう、イザーク。家族に顔を見せて安心させてあげたまえ」
「は!ありがとうございます」
実際、大気圏に落ちて以来、数ヶ月ぶりの本国帰還だ。
自分の帰りを心待ちにしている母は、この傷を見たらさぞ驚くだろう…そんな事を考えながらシャトルに乗り込んだイザークは、どこに座ればいいのかわからず、モタモタするフレイに言った。
「早く座れよ!」
「ふぁ!」
フレイはみっともないほどビクつき、慌てて眼の前の椅子に座った。
「ふん!」
(相変わらずビクビクと…なんなんだ、こいつは!)
イザークは空いた席に座ると、不機嫌そうに眼を瞑った。
フレイはプラントに連れて行かれる不安で一杯だった。
周りはコーディネイターばかり…知っているのは多忙なクルーゼと、さっきのようにいつも怒ってばかりいるイザーク・ジュールだけだ。
(大体、なんで俺がこんな目に…)
そう思わない日はないが、1人では逃げ出す事もできない。
クルーゼはそんな2人の様子を面白そうに眺めていたが、やがてイザークにわざと聞こえるように、フレイに話しかけた。
「プラントではコーディネイターらしく振舞うのだよ」
「は、はい…」
フレイは「コーディネイターらしい振舞い」が何なのかもわからず答えた。
「もしナチュラルだとばれると、色々とまずいだろうからな」
「ばれますよ!」
寝たふりを決め込んでいたくせに、イザークはクルーゼに噛みついた。
「こんな物覚えが悪くてはっきり喋りもしないヤツ、すぐばれます!」
「そうかね。ではイザーク、きみがちゃんと守ってやってくれ」
イザークは突いたヤブヘビに苛立ち、フレイはますます縮こまった。
その頃、クサナギではアスランがジャスティスを見つめていた。
混沌としていた世界は、いまや完全に二つに分かたれようとしている。
共に自分の種を至上のものとする同士が、この戦いの鍵を握っているのだ。
そしてその片方は自分の実の父なのだ。
封印された核を開放し、クライン親子を反逆者として追う父…
同じ親子でも、ウズミとカガリは違っていた。
あの2人は、いつだってまっすぐお互いを見て話していた。
自分と父は、いまや全く違う方向を見ている。
(いえ、もう、話すら…)
父との会話を思い出しても、それは上官と部下以外の何物でもなかった。
「アスラン!」
キラがアスランを見つけて声をかけた。
「こっちも落ち着いたみたいだから、アークエンジェルへ戻ろう?どっちにいてもいいけど、クサナギはM1で一杯だし…」
見ればハンガーはM1がひしめきあっている。コンテナも次々運び込まれ、整備兵たちは交通整理におおわらわだった。
「それに、ディアッカがいる方がいいでしょ?」
「それは…どうかしら」
アスランは思いもかけない「理由」に笑ってしまった。
「同じ隊にはいたけど、私たち、別に仲がよかったわけじゃないから」
「じゃ、これから仲良くなればいいよ」
キラはそんな事は気にもせず、屈託のない笑顔を見せた。
「サイやミリアリアにも紹介したいし、マードックさんやノイマンさんも…」
キラはアスランと一緒にいられる事が嬉しくてたまらないようだ。
「キラ」
そんな2人に、後ろからカガリが声をかけた。
「ちょっと、いいか?」
キラは「なぁに?」と問いかけている。
「あ、じゃ、私…」
2人が親密なことを知っているアスランは気を利かせ、席を外そうとした。
「おい、ちょっと待て!」
「わ…」
しかしカガリは離れて行こうとしたアスランの腕を掴んだ。
「いいからいろって…いや、おまえがいてくれた方がいいんだ」
そう言われて仕方なく、アスランはポールに掴まって2人を見守った。
「どうしたの?カガリ」
「いいか、落ち着けよ、キラ」
「うん。何?」
これ、とカガリがあの写真を見せる。
「写真?誰の?」
アスランもキラと一緒に覗き込む。
そこには赤ん坊を2人抱えて微笑む女性が写っており、キラはアスランと眼を見合わせた。
「裏」
カガリが指差して言うので、キラは何気なくひっくり返した。
途端にえ?と目を見開く。アスランもその名前に驚愕した。
「え!?カガリ…キラって…ええ!?」
キラは驚き、写真をひっくり返したり、カガリと写真を見比べたりと忙しい。
「クサナギが発進する時に、親父から渡されたんだ」
キラは呆気に取られてカガリを見つめる。
「おまえは、1人じゃない。その…『きょうだい』もいるって」
キラは思いもかけないことに思考がついていかないようだ。
「どういうことか…わかるか?」
「そんな…私にだって…そんな…」
アスランも写真と2人を見比べて、小さく呟いた。
「…双子?」
「だって、私はコーディネイター…で、カガリはナチュラルなのに…?」
キラは動揺し、髪をかきあげて言った。
アスランは2人に、「赤ちゃんを抱いている人は?」と聞くと、キラもカガリも知らないと答える。
「とにかく…でも、これだけじゃ全然わかんないよ」
動揺するキラを見ながら、カガリはポツリとつぶやいた。
「俺、親父の子じゃなかったんだな」
カガリは頬を掻きながら写真を眺めて言った。
「ま、薄々そうじゃないかな…とは思ってたんだけどさ」
アスランはそれを聞いて、カガリが先ほどブリッジで、「誰の子でも関係ない」と自分をかばった理由に気づいた。
「カガリのお父さんは、ウズミさんだよ!」
しかしキラはそれをすぐさま否定した。
「あんなに仲のよかった2人が、親子じゃないなんてありえない!」
そんなキラの気持ちが嬉しくて、「わかってる」とカガリは笑った。
「おまえだって、ヤマトのお父さんとお母さんの子だろ?」
それを聞いて、キラはさらに複雑な表情になった。
キラはしばらく考え込んでいたが、やがて写真をカガリに返し、「ごめん、アークエンジェルに帰る」と言った。
(なんだか頭がぐちゃぐちゃだ…)
カガリには悪いが、とにかく帰って、1人でゆっくり考えたかった。
「あいつの傍にいてやってくれ」
キラの後を追おうとしたアスランを、カガリは引き止めた。
「結構、ショック感じてるかもしれないから…」
そう言ったカガリもいつもより浮かない顔だった。
「あなたがついていてあげた方が、いいんじゃない?」
アスランが言うと、カガリは「ん~」と唸ってから言った。
「一緒にいると、かえって考え込んじゃいそうだろ?」
アスランは、カガリ自身も1人で考える時間が欲しいのだろうと理解した。
彼のその気持ちを汲み、先に行ってしまったキラが心配だった事もあって「わかったわ」と答えたが、本当は密かに心に決めていたことがあった。
「アークエンジェルへ戻ったら、シャトルを一機、借りられる?」
なんとなくまだ呆然としたままフリーダムに乗り込もうとしていたキラは、追いついたアスランにそう言われて振り返った。
「シャトル?どうして?」
「私は一度、プラントに戻る」
「えっ!?」
アスランの言葉にキラは驚いて声を上げる。
「だって、アスラン…それはとても危ないんじゃ…?」
「父と、ちゃんと話がしたいの。やっぱり」
「アスラン、でも…ウズミさんが言ったとおりなら、それに、シーゲルさんやラクスを反逆者と見なしているお父さんは…もしかしたら…」
キラは複雑な表情でアスランの様子を窺った。
「わかってる。でも、私の…父だから」
キラは険しい表情のアスランを見つめ、少し考えてから答えた。
「わかった。マリューさんたちに話すね」
「第2輸送船団、ランディングシークエンススタンバイ」
「B班は第5船団を早くパッドから移動させろ。第22輸送船団は周回軌道で待機だ」
「N11作業グループは、Fパッドの作業を支援せよ」
「ドミニオンの出航が最優先だ」
さっそく取り戻したビクトリアのマスドライバーを使い、月基地に着任したナタルは、基地の司令官に敬礼し、きびきびと自己紹介した。
「第7機動艦隊、ナタル・バジルール少佐、参りました」
「きみに、アークエンジェル級2番艦、ドミニオン艦長を命ずる」
世界はさらに大きく歪んでいく。
その歪みに気づかない者は争いの世界に飲み込まれ、歪みに気づいた者は、自分の無力さを知り、自分には何も変えられないのだ歯噛みする事になる…
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制作裏話-PHASE41-
怒涛のような話のあとはイマイチというSEEDの法則どおり、イマイチ盛り上がらない話ではあります。
…が、私としては後半、語られない設定や回収されない伏線が多かったSEEDでは、このあたりで本来あるべきエピソードを入れるべきだったのでは?と思い、補完しております。
ことに本編ではいきなり「反戦の歌姫」になったラクスについてはあまりにも唐突でお粗末だったので、ラクスが闘うつもりである事は、ここに至るまでにシーゲル共々、キラとの関係やパトリック・ザラとの関係などと共に、たびたび描写してきました。
さらにラクスがユニウスセブンで体を傷つけられた事も、反戦活動に生きてきます。キラたちと合流する前のラクスの孤独も、いつ命が終わってしまうかしれない恐怖も、まぁまぁうまく描けたかなと思います。
そしてこれらも皆、最終的には逆デスで自分はプラントを背負って立つ為政者となるのだと決意する伏線になっています。
本編では「お父様ぁ!」と別れた後のカガリがキラの胸の中で大泣きしますが、逆種のカガリはもちろんベソベソした涙など見せません。
逆にM1の3人娘に泣きつかれてうんざりしたり、彼が気さくな若様として慕われている様子をアスランが見る、という形に改変しています。
また、ザラの娘であるアスランを庇ったものの、実は彼女に婚約者がいた事に軽いショックを受けたりもします。
しかしこの頃のアスランは非常に落ち着いてますね。DESTINYでシンをぶん殴ったり怒鳴ったりする彼と同一人物とは思えない落ち着きと老成ぶりです。ホントに、なんであんな事になったのやら…
初稿ではアスランがカガリが意地を張っていると見抜く、というシチュエーションを考えたのですが、少し無理があったのでやめ、現在の形に落ち着きました。
本編であっさり殺されてしまったシーゲル・クラインの死は、もう少し演出を加えてあります。ことにパトリックの妻でありアスランの母であるレノア・ザラの番号にかけたことが彼の友情の証だったのに、パトリックにとってはそれはチャンスでしかなく、結果として命取りになった、というのは気に入ってます。息子の声を聞きながら絶命するというのも、悲劇の演出としてはいいかなぁと。
イザークとフレイのシーンも手を加えました。本編ではイザークがフレイを意味なく怒鳴りつけるだけでしたが、逆種のクルーゼは老獪で、それを利用してイザークにフレイの面倒を見させます。
この2人は不思議な師弟関係を築く中で、互いを認め合い、理解しあっていくという「相反する種」の融和を体現してくれました。一方はナチュラルを馬鹿にし、一方はコーディネイターが大嫌いというキャラならではです。しかも彼らのこの関係を逆転ゆえに「恋愛を絡めることなく」描けたので、ミリアリアとディアッカやアスランとカガリよりもっと純度の高い「相互理解」に繋げる事ができました。
もちろん男女でもいいから本編でこういうシーンがあったらという気持ちは変わりません。
息子が行方不明になって以来、中立に傾いたタッド・エルスマンもちらっと出しました。ディアッカの従軍に反対していたのはSEED小説版の設定です。
きっと息子が無事に戻った時、ザラ政権の暴走を止められなかった責任を取る形で評議員を辞したのでしょうね。見た目がファンキーなエルスマンパパですが、あくまでも公平で芯のしっかりしている人という設定にしました。こういう人ならミリアリアのことも気に入ってくれそうですし。
あと個人的にマリューが自分たちの境遇をアスランに語るシーンも入れてよかったと思います。こういうキャラの繋がりが見えにくいんですよね、種って。
だからDESTINYのアスランは、ミリアリアが知ってたアークエンジェルへの秘密コードを誰からも教えてもらってないんだ。仲間はずれの便所飯男め。
…が、私としては後半、語られない設定や回収されない伏線が多かったSEEDでは、このあたりで本来あるべきエピソードを入れるべきだったのでは?と思い、補完しております。
ことに本編ではいきなり「反戦の歌姫」になったラクスについてはあまりにも唐突でお粗末だったので、ラクスが闘うつもりである事は、ここに至るまでにシーゲル共々、キラとの関係やパトリック・ザラとの関係などと共に、たびたび描写してきました。
さらにラクスがユニウスセブンで体を傷つけられた事も、反戦活動に生きてきます。キラたちと合流する前のラクスの孤独も、いつ命が終わってしまうかしれない恐怖も、まぁまぁうまく描けたかなと思います。
そしてこれらも皆、最終的には逆デスで自分はプラントを背負って立つ為政者となるのだと決意する伏線になっています。
本編では「お父様ぁ!」と別れた後のカガリがキラの胸の中で大泣きしますが、逆種のカガリはもちろんベソベソした涙など見せません。
逆にM1の3人娘に泣きつかれてうんざりしたり、彼が気さくな若様として慕われている様子をアスランが見る、という形に改変しています。
また、ザラの娘であるアスランを庇ったものの、実は彼女に婚約者がいた事に軽いショックを受けたりもします。
しかしこの頃のアスランは非常に落ち着いてますね。DESTINYでシンをぶん殴ったり怒鳴ったりする彼と同一人物とは思えない落ち着きと老成ぶりです。ホントに、なんであんな事になったのやら…
初稿ではアスランがカガリが意地を張っていると見抜く、というシチュエーションを考えたのですが、少し無理があったのでやめ、現在の形に落ち着きました。
本編であっさり殺されてしまったシーゲル・クラインの死は、もう少し演出を加えてあります。ことにパトリックの妻でありアスランの母であるレノア・ザラの番号にかけたことが彼の友情の証だったのに、パトリックにとってはそれはチャンスでしかなく、結果として命取りになった、というのは気に入ってます。息子の声を聞きながら絶命するというのも、悲劇の演出としてはいいかなぁと。
イザークとフレイのシーンも手を加えました。本編ではイザークがフレイを意味なく怒鳴りつけるだけでしたが、逆種のクルーゼは老獪で、それを利用してイザークにフレイの面倒を見させます。
この2人は不思議な師弟関係を築く中で、互いを認め合い、理解しあっていくという「相反する種」の融和を体現してくれました。一方はナチュラルを馬鹿にし、一方はコーディネイターが大嫌いというキャラならではです。しかも彼らのこの関係を逆転ゆえに「恋愛を絡めることなく」描けたので、ミリアリアとディアッカやアスランとカガリよりもっと純度の高い「相互理解」に繋げる事ができました。
もちろん男女でもいいから本編でこういうシーンがあったらという気持ちは変わりません。
息子が行方不明になって以来、中立に傾いたタッド・エルスマンもちらっと出しました。ディアッカの従軍に反対していたのはSEED小説版の設定です。
きっと息子が無事に戻った時、ザラ政権の暴走を止められなかった責任を取る形で評議員を辞したのでしょうね。見た目がファンキーなエルスマンパパですが、あくまでも公平で芯のしっかりしている人という設定にしました。こういう人ならミリアリアのことも気に入ってくれそうですし。
あと個人的にマリューが自分たちの境遇をアスランに語るシーンも入れてよかったと思います。こういうキャラの繋がりが見えにくいんですよね、種って。
だからDESTINYのアスランは、ミリアリアが知ってたアークエンジェルへの秘密コードを誰からも教えてもらってないんだ。仲間はずれの便所飯男め。