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Natural or Cordinater?
サブタイトル

お知らせ
PHASE0 はじめに 
PHASE1-1 偽りの平和①
PHASE1-2 偽りの平和②
PHASE1-3 偽りの平和③
PHASE2 その名はガンダム 
PHASE3 崩壊の大地
PHASE4 サイレント ラン
PHASE5 フェイズシフトダウン
PHASE6 消えるガンダム
PHASE7 宇宙の傷跡
PHASE8 敵軍の英雄
(原題:敵軍の歌姫)
PHASE9 消えていく光
PHASE10 分かたれた道
PHASE11 目覚める刃
PHASE12 フレイの選択
PHASE13 宇宙に降る星
PHASE14 果てし無き時の中で
PHASE15 それぞれの孤独
PHASE16 燃える砂塵
PHASE17 カガリ再び
PHASE18 ペイバック
PHASE19 宿敵の牙
PHASE20 おだやかな日に
PHASE21 砂塵の果て
PHASE22 紅に染まる海
PHASE23 運命の出会い
PHASE24 二人だけの戦争
PHASE25 平和の国へ
PHASE26 モーメント
PHASE27 果てなき輪舞
PHASE28 キラ
PHASE29 さだめの楔 
PHASE30 閃光の刻
PHASE31 慟哭の空
PHASE32 約束の地に
PHASE33 闇の胎動
PHASE34 まなざしの先
PHASE35 舞い降りる剣
PHASE36 正義の名のもとに 
PHASE37 神のいかずち
PHASE38 決意の砲火
PHASE39 アスラン
PHASE40 暁の宇宙へ
PHASE41 ゆれる世界
PHASE42 ラクス出撃
PHASE43 立ちはだかるもの 
PHASE44 螺旋の邂逅
PHASE45 開く扉
PHASE46 たましいの場所
PHASE47-1 悪夢はふたたび①
PHASE47-2 悪夢はふたたび②
PHASE48-1 怒りの日①
PHASE48-2 怒りの日②
PHASE49-1 終末の光①
PHASE49-2 終末の光②
PHASE50-1 終わらない明日へ①
PHASE50-2 終わらない明日へ②
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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「ホーンブロワは第7軌道にて待機」
「スターリン、メガラ、ベックイズは第2軌道に移動せよ」
「第8空母群、加速3.7ポイントでホライズンと合流してください」
「第4補給班到着、定刻より10秒遅れです」
「軌道を上げろマグナム!第51戦闘群が発進するぞ」
ビクトリアから続々と上がってくる宇宙戦闘艦や搬入シャトルで、どこの月基地も大渋滞だった。
何より完全に量産体制の整ったダガーの数がすさまじい。
それはまさしく、「圧倒的物量」だった。

拍手


「センサーに感。距離500、オレンジ14、マーク233アルファ。大型の熱量接近しつつあり。戦艦クラスと思われます」
「対艦、対モビルスーツ戦闘用意」
CICに座る一人が情報を伝えると、ナタルは戦闘態勢に入ると告げた。
「面舵10、艦首下げ、ピッチ角15。イーゲルシュテルン起動。バリアント照準、敵戦艦。ミサイル発射管、1番から4番、コリントス装填」
ブリッジには、凛としたナタルの声が響き渡った。
「バリアント、撃ぇ!」
しかしバリアントは一発も撃たれなかった。
新米のCICはナタルの指示に全くついていけず、遂行されなかったプログラムがアラートを発し、モニターにはエラーマークが並んだ。
「何をやっているか、貴様ら!」
ナタルはじりじりと苛立ちを隠せない。
「対応が遅すぎる。これでは初陣で沈められるぞ。わかっているか?」
ナタルは今さらながら、アークエンジェルのブリッジ要員がいかに優秀だったかを思い知らされた。
(何より、あの頃の我々はいつだって死に物狂いだった)
お調子者のチャンドラも仕事に関しては真面目だったし、トノムラはうっかり者だったが、武闘派で非常に役に立った。ほとんどミスのないパルや、野戦任官のサイやミリアリア、トールや臆病者のカズイですら目立った失敗はなく、皆驚くほど優秀だった。
(ノイマンに至っては…)
ナタルは前任からの長いつきあいだった彼を思い出した。
艦艇の操縦技術を持っているというただそれだけで、巨大な戦艦の操縦を任されたのだが、激しい戦いの中、彼の機転は何度もクルーを救った。
そして彼と離れた今、改めて、あれほどの見事な腕を持つパイロットは地球軍広しと言えどそう多くはいないのだと痛感していた。
「艦長、艦隊司令部より通信です」
そこに月からの通信が入った。
それは、ナタルにとって大きな運命の分かれ目だった。

「すまんな、気合いの入っているところを」
通信後、月の司令官がドミニオンを訪れ、ナタルは敬礼して迎えた。
彼は数人の客を連れていた。
「紹介する。こちらは国防産業連合理事の、ムルタ・アズラエル氏だ」
思ったより若々しいその男は、珍しそうに戦艦のブリッジを眺めている。
(ムルタ・アズラエル…連邦のお偉いさんというわけか…)
ナタルも無論、その評判のよろしくない名は知っていた。
何しろブルーコスモスの盟主ではないかと噂されている黒い人物だ。
「この艦に配備される、3機の最新鋭モビルスーツのオブザーバーとして共に乗艦する。頼むぞ」
「よろしく、艦長さん」
そう紹介されたアズラエルはナタルに挨拶した。
「は!ナタル・バジルール少佐であります」
ナタルは彼にも敬礼を返す。
とはいえ民間人を乗せるなど…とナタルは内心不愉快だった。
「しかし…」
「しかし僕らの乗る艦の艦長さんが、こんなに若くて美人な方だってのは…粋な計らい、ってやつですか?」
司令官に不満を述べようとしたナタルの言葉を遮り、アズラエルはにやにやと笑った。それは決して賛辞などではなく、バカにするような口調だった。
ナタルは怒りを顔に表さぬよう心を保ちながら、さらに彼の後ろにいる、連合の制服一つまともに着ていない3人の若者たちを観察した。
(彼らが新型Gのパイロットか)
司令官はナタルが感情を抑えて沈黙を守った事に満足し、アズラエルに告げた。
「ご心配なく。彼女は優秀ですよ。代々続く軍人家系の出でね」
「へぇ」
「それにここに配属になるまでは、あのアークエンジェルで副長の任に就いていた」
むしろそれが最も彼女の価値をあげている…司令官はそう考えていた。
「おや?じゃ、勝手知ったるってやつですね?」
自分が乗る艦を統べるのが女艦長と聞き、ずっと不満そうだったアズラエルの表情が明るくなった。
「期待しますよ、艦長さん。僕らこれから、そのアークエンジェルを討ちに行くんですから」
「え!?」
ナタルはその言葉に、珍しく動揺した。
「悪い奴らはやっつけなきゃ。当然でしょ?」
アズラエルはオーブ戦を思い出して心の中で悪態をついた。
辛酸を舐めさせられたオーブには、きっちりとリベンジを果たしたい。
それは即ち、オーブの残党を庇って逃げている連中を沈めることだ。

彼女のドミニオンが脱走艦アークエンジェルへの追撃隊となった頃、ザフトの脱走艦エターナルは、ヴェサリウスが追うことになっていた。
「ヤキン・ドゥーエの追跡データから割り出した、エターナルの予測進路です」
隊員たちと共に針路を検討するアデスとクルーゼに、データが送られた。
「L4コロニー群ですか、やはり」
アデスが立体の宙域図を見ながら位置を見定めた。
「困ったものですな、あれには。妙な連中が根城にしたり、今度のように使われたりで」
「クライン派がさほどの規模とも思えんが、アラスカ以来の『厭戦気分』というやつからかな?軍内部もだいぶ切り崩されていたようだ」
クルーゼはいくつかの針路パターンを比べながら呟いた。
「…何が出るやら、だな」
「バルトフェルド隊長には私もお会いしたことがありますが、よもや彼だとは…」
既に手配が進み、モニターには片目を失ってやや面変わりした彼とラクス・クラインの顔写真、変装が予想される2人の姿が写っていた。
クルーゼはふふん、と鼻を鳴らした。
「口の上手い陽気な男さ。ザラ議長もまんまとそれに一杯食わされたのだろう」
バルトフェルドが仮面で顔を隠しているクルーゼを嫌っていたように、彼もまた、戦場に軍人でもない女を伴うようなお調子者の彼が嫌いだった。
「奇跡の生還のヒーローだしな」
今回の彼の離反がザフトの一大ニュースになった時には、関係者はむしろ「砂漠の虎が生きていたのか!」と驚いたものだ。
「そのとばっちりを受ける我々はたまりませんよ」
おかげで休暇を繰り上げさせられたアデスはため息をついたが、久しぶりに合流したクルーゼ隊の様変わりも彼を驚かせた。
何しろ新たに配属された女性兵士シホ・ハーネンフースを始め、古株のイザーク以外、隊員が全員入れ替わっていたのだから。
アデスが知る赤服の隊員は皆、数奇な運命をたどっていた。
ニコルはラスティ同様戦死、ディアッカはMIA、アスランに至っては脱走だ。
それを聞いて(さぞやイザークが怒っているだろう)と思ったのだが、久々に会ったイザークは、驚くほど大人びた雰囲気を身にまとっていた。
「仕方なかろう。物事はそうそう頭の中で引いた図面通りにはいかぬものさ」
(ましてや人が胸のうちに秘めた思惑など、容易にわかるものではない)
クルーゼは無言のまま宙域図を見つめているイザークを見て思う。
あそこには、彼が追ってやまぬアスラン・ザラがいるのだ。
クルーゼはニヤリと笑うと彼を呼んだ。
「イザーク」
イザークははっと顔をあげ、背筋を伸ばした。
「今度出会えば、アスランは敵だぞ」
(アスラン…?)
後ろに控えたフレイは、誰の事だろうと2人を見比べた。
イザークは何か口を開きかけたが、結局何も言わずに視線を逸らした。
「討てるかな?」
探るようにクルーゼは尋ねる。
かつてアスランに、キラ・ヤマトを討てるかと聞いたように。
「無論です!裏切り者など!」
イザークもまた、あの時のアスランのようにきっぱりと答えた。
しかし胸の内に秘めた思惑は、確かに容易にわかるものではない。
(あのバカ…ジャスティスごと脱走など、一体何を考えている!)
イザーク自身にもわかっていない迷いは、彼の表情を曇らせ、暗い影を落としていた。後ろで彼を見つめるフレイだけが、それに気づいていた。

ブリーフィングを終えたイザークたちが機体の確認に向かうと、フレイはクルーゼに連れられて彼の部屋に戻っていた。
クルーゼは椅子に深く腰掛けると、ふーっと大きなため息をついた。
そうするとまだ若いはずの彼が、ひどく老け込んだ老人のように思えた。
「疲れてるんですね?」
フレイは黙りこくったままの彼に、おそるおそる聞いてみた。
「私とて生身の人間さ。戦場から戦場へ…ずっとそんな暮らしだ」
クルーゼは珍しく自分のことを話し出した。
「軍人なのだから…と言われてしまえばそれまでだが、我らとて、何も初めから軍人だったわけではない」
彼の心に浮かんだのは、「父」と信じていた人との生活だったのか、それとも、「兄」と思った彼と初めて会った時のことだったのか、フレイには知る由もなかった。ただ、(この人も人なのだ)と思う。
「早く終わらせたいと思うのだがね…こんなことは」
クルーゼは静かに呟いた。
「きみも、そう思うだろ?」
「終わらせる…って、何をですか?」
あまりにも素朴なその質問に、クルーゼは思わず笑い出した。
フレイは自分がまた何か失敗したのかと思い、慌てて後ろに下がった。
(面白い子だ)
自分が本当に終わらせたいものを、感じ取ったとでもいうのだろうか。
(やはり、私の目に狂いはなかったようだ)
クルーゼはフレイの質問には答えずに続けた。
「最後の鍵は手にしたが、ここにあったのではまだ扉は開かんな」
クルーゼはフレイに下がっていいと合図した。
はそそくさと下がっていく彼の背を見送り、ドアが閉じて1人になると、クルーゼは再びデータを取り出してニヤリと笑った。

カガリは合流したラクスのために、クサナギの医療班を二分し、エターナルに半数を分乗させる措置を取った。
彼の病状には、コーディネイターよりナチュラルの医者の方が詳しい。
「オーブの医療は、世界でも最高水準だ」
自らも医療技術者であるカガリは、プラントにはないナチュラルの薬品や医療品も、支援してくれるスカンジナビアから手に入ると説明した。
ラクスを診断した医師の話では、決して予断を許せる状態ではないという。
(なのにこいつは、こんな体でも、戦いに身を投じてるんだ…)
カガリは、できる限りの事をするとキラたちにも伝えていた。
「だから安心していいぞ」
ラクスはそれを聞いて「ありがとう」とカガリに礼を述べた。
逃亡生活で疲れきった体を回復させるには、十分な配慮だった。
「ま、おまえより、あの頑固女の方がよっぽど危なっかしいけどな」
「そうだね、確かに」
笑いあう2人を見てキラは呆れ、「アスランに言いつけるよ!」と叱った。

回復したラクスを連れ、キラとカガリはエターナルのブリッジにやってきた。
それぞれの艦の艦長であるキサカ、マリュー、それにフラガも今後の事を話し合うために集まっていたが、カガリはふと、一緒に集まるよう伝えておいたアスランがいない事に気づいた。
「こいつは確か、開戦前にバイオハザードを起こして破棄されたコロニーだろ?」
アスランとディアッカが自身の機体に残るL4の宙域データを解析し、ピックアップしたコロニーの情報を見ながらバルトフェルドが言った。
「ああ、このメンデルの事故は俺も記憶にある。結構な騒ぎだった」
彼とほぼ同年代のフラガも頷いた。
「でもま、そのおかげか一番損傷は少ないし、とりあえず陣取るにはいいんじゃないの?」
「事故って?」
カガリが聞くと、最も年かさのキサカが全員にわかるよう簡単な説明をした。
「メンデルは、遺伝子操作の研究を行っていた老舗のコロニーでな」
それが15、6年前、大きな事故を起こし、突然立ち入り禁止になった。
フラガの言うとおり、当初はバイオハザードと言われて住民も強制的に退避させられたが、その割にどんな汚染だったのかを示すデータがない。
「あくまでも噂だが、ブルーコスモスがらみのテロとも言われている」
忌わしいその名を聞いて、皆(またか…)とゲンナリした表情になった。
メンデルの話がひと段落すると、モニターには新たなデータが映し出された。
「当面の問題はやはり月でしょうか?」
ラクスは次々とファイルを開き、ザフトや地球軍の配備状況を指し示す。
「現在、地球軍は奪還したビクトリアから次々と部隊を送ってきていると聞いています」
「プラント総攻撃というつもりなのかしらね?」
マリューは月基地に大量の物資が運び込まれる様子を見て感想を述べたが、これだけの映像をどうやって手に入れているのかは聞くまいと思っていた。
「サイクロプスを使うことすら、もうためらわなわなかったんだ」
バルトフェルドが彼らが巻き込まれたアラスカでの戦いに苦言を呈した。
ザフトの戦力が少ない今、数に任せてのごり押しをしないとも限らない。
「元々それがやりたくて仕方ない連中が一杯いるようだからな…青き清浄なる世界のために、か?」
「よせよ!」
フラガがむっとして言い返すと、バルトフェルドは肩をすくめた。
「僕が言ってるわけじゃない。僕だって彼らには随分と襲われたからね」
バルトフェルドは「な?」とキラに合図した。
「なんでコーディネイターを討つのが、青き清浄なる世界の為なんだか」
「さぁな。一つの信念ってのに縛られたヤツらのやる事なんざわからんよ」
フラガが両手を広げると、バルトフェルドは続けた。
「そもそも、その青き清浄なる世界ってのがなんなんだか知らんが、プラントとしちゃ、そんな訳のわからん理由で討たれるのはたまらんさ」
「しかしプラントもいまや、ナチュラルなど邪魔者という風潮だろう?」
キサカが難しい顔をして続けた。
もっとも、強面の彼はいつも難しげな顔をしているのだが。
「ムルタ・アズラエルに、パトリック・ザラ。両者は互いに譲るまい」
「そうなればプラントは当然防戦し反撃に出る。二度とそんなことのないようにってね」
戦いはそうやって継続し、永遠に終わらないのだ。
「酷い時代よね」
「それがどこまで続くんだか」
マリューがため息をつき、フラガも不愉快そうに答えた。
ラクスは彼らの話を黙って聞いていたが、やがて言った。
「けれど、そうしてしまうのも、また止めるのも僕たち『人』ですから」
表情は穏やかだったが、彼の青い瞳は何一つ諦めてはいないようだった。
( いつの時代も、僕たちと同じ想いの人がたくさんいると信じたい)
「創りたいと思います、そうでない時代を」
キラも、大人たちと同じようにうなずいた。
「戦わないで済む世界ならいい…」
オーブでアスランに気持ちを打ち明けた事を思い出すと、キラはようやくアスランがいない事と、そしていつからかカガリもいない事に気づいた。

「こんなとこにいたのかよ」
カガリはハンガーデッキにいたアスランを見つけて声をかけた。
彼女の眼の前には、フリーダムとジャスティスがある。
「おまえ、頭、ハツカネズミになってないか?」
「…え?」
アスランは突然飛び出した意味不明な言葉に思わず聞き返した。
カガリはストンとアスランの横に立つと、彼女の前で指を回した。
「一人でグルグル考えてたって、答えなんか出ないってこと」
アスランはそんなカガリの言葉に、何の反応もせず顔を逸らした。
確かに、今さら考えても答えが出るはずないとはわかっている。
だが、今はこうして1人で考えずにはいられない。
カガリはそんなアスランに拍子抜けしたが、臆することなく続けた。
「みんなで話せば、いい案が出るかもしれないだろ」
ニコルならここですぐに引いてしまっただろうが、カガリは違う。
(誰だって1人で考えたい時はある。だけど一人ぼっちはダメだ)
明るくて元気なのはいいが、時には押しつけがましくさえある彼は、この時もアスランが鍵をかけ、固く閉ざした扉をこじ開けにかかった。
「それに、話さないことでどうなるのか、おまえは一番知ってるはずだ」
カガリのその言葉に、アスランはギクリとした。
話したくても話せなかったキラとは命をかけて戦うことになり、話す事を互いに避けていた父とは、いつの間にかすれ違ってしまった。
(おまえたちは、バカだ)
カガリの言葉と共に、キラを殺したと思い、取り返しがつかないことをしたと身も心も引きちぎられそうだった想いが蘇って、アスランは思わず俯いた。
「だから、そういう時はちゃんと来いよな」
「…ごめん」
どうせ反論がくると予想していたカガリは、まさか素直に謝られるとは思っていなかったので驚いた。
しかも隣を見ると、自分を見つめているアスランと眼が合い、カガリは急に焦って頭が真っ白になってしまった。
(…何か…何か話さなきゃ…何か…)
そして眼の前の彼女の吊られた腕を見て、カガリは素っ頓狂な声をあげた。
「…いっ…痛むのか!?」
「え?」
アスランはそう言われて自分の腕を見た。
「ああ、いえ…」
肩を撃たれてからは既に一週間近い。もうさほど痛みはなかった。
「…痛い、よな」
けれどカガリのいたわるような声に、アスランは何も言えなくなった。
「親父さんに撃たれたんじゃな…」
ためらうことなく引き金を引き、自分を撃った父。
そこには、自分の娘に対する愛情など感じられなかった…と思う。
その事が、実際の傷よりもアスランの心に深い傷を残しているのだ。
それは上官や同僚にされる仕打ちより、よほど深く彼女を傷つけていた。
「私は、父を止められもしなかった。今さらながらに思い知るわ」
あの時…ユニウスセブンが撃たれたあの時、思ったことはただ一つ。

―― プラントを守りたい。

そしてそれは同時に、父を援け、父の力になりたいという事だった。
けれど、そんな自分の純粋な想いを父に話したことはない。
自分自身も、母を失った父の気持ちを聞いたこともない。
そしてまた、父に、母を失った気持ちを聞かれたこともない。
(私たちはあの日以来、本気で話をしたことなどなかった)
そして、罵倒され、殴られ、撃たれ、追われ…その結果がこれだった。
アスランは自嘲気味に笑った。
「私は何もできない。何も…わかってなかった」
カガリはアスランの言葉を黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「そんなの、みんな同じだ。わかった気になってる方がおかしい」
なんとなく少し怒ったような口調で、カガリは続ける。
「親父さんのことだって、諦めるのは早いさ。まだこれから、ちゃんと話ができるかもしれないじゃないか!」
そしてそのままアスランから視線を外すと、ハンガーの方を向いた。
「おまえも親父さんも、生きてるんだから。生きてさえいれば…」
その途端、アスランはカガリが父を失ったばかりだと思い出した。
彼がどれだけ望もうとも、父と話すこと、会うことはかなわない。
哀しみは深いだろうに、こうして乱暴ながらも自分を気遣っている。
皆が集まる中、彼らに顔向けできない自分を探しに来てくれたのだ…
「だからおまえも、こんなところで1人でウジウジしてないでだな…っ!」
アスランの方を向き直ったカガリは、その先を続けられなかった。
自分の胸の中に、突然彼女が飛び込んできたからだ。

途端に、凄まじい勢いで自分の心拍数が跳ね上がるのを感じる。
「な…ぇ…?」
言葉ともつかない声を漏らすと、アスランは小さな声で「ごめん…」と呟いた。
眼の前で彼女の長い髪が踊っている。
カガリはかつてニコルがそうだったようにその香りに鼻をくすぐられ、思わず天井に視線を泳がせた。
だが彼がいかに焦がれ、望もうとも触れられなかったアスランは、今カガリの胸元にいた。
「ごめんって…おまえ…」
彼女の左腕はカガリの背に回されており、それゆえに体が密着している。
長身の彼女とは身長が同じくらいなので、カガリの首元にはアスランの吐息がかかった。
「…だから…ごめん…」
アスランは少し恥ずかしそうに言ってますます彼の肩に顔を埋める。
一体何がどうしてこうなっているのか、自分にもよくわからない。
一生懸命慰めてくれた事が嬉しくて、少し哀しそうな顔が可哀想で、気づいた時にはもう、カガリの胸に飛び込んでしまっていた。
カガリは彼女の体の柔らかさを感じつつ、すぐ傍にある細い首筋や肩に視線を落としては何度もその背に腕を回しそうになったが、しかしそのたびに、ぎゅっと拳を固めて必死に我慢した。
もし今、彼女を抱き返したら…自分が何をするかわからなかった。

「クロト・ブエル。強化インプラント、ステージ3。X-370の生体CPU」
ナタルは月からL4に至るまでの少し長い旅のさなか、新たに配属されたパイロットのデータを確認していた。
「個人データは全て削除」
クロトはいつもゲームばかりしており、言葉遣いも悪く反抗的だ。
ナタルが何か言ってもまずひとひねり皮肉を言ってからでないと動かない。
しかしアズラエルに対しては意外と素直だったし、食堂などで他のクルーに興味を持ったりちょっかいをかけるのは彼だけだった。
「オルガ・サブナック。X-131の生体CPU。ステージ2」
ナタルはカタカタとキーを打ったが、エラーマークにため息をついた。
「やはり個人データはなしか…」
最も年上らしく、読書が好きなオルガは普段は比較的物静かだ。
ナタルにとっても一番コミュニケーションが取りやすい相手だったが、これまでの戦闘データを見ると、市街地や民間人への無差別攻撃、味方に対する攻撃など、軍人としては許されざる行動が目立つ。
「シャニ・アンドラス。ステージ4。X-252の生体CPU。個人データなし」
3人の中で最もステージが高いシャニは音楽が好きらしく、いつもシャカシャカとイヤーパッドから音を漏らしている。
表情に乏しく、言葉もあまり発しないが、オルガやクロトのことは認識しており、特にオルガの言う事だけは比較的聞いているようだ。
(3人ともパイロットではなく、「装備」なのか)
ナタルはその冷たいデータに嫌悪感を感じた。
出身地、経歴、年齢…およそ人らしさを表すものは全て欠如している。
「消耗パーツ扱いとはな」
彼らを哀れと思うほどの思い入れはなく、彼ら自身もそれを受けられるほど善良な連中ではないと思われたが、それでも人をパーツ扱いする軍に、ナタルはますます疑念を強くしていた。
「あとどのくらいですかね、L4は?」
後ろから聞こえたアズラエルの声に、ナタルはモニターを切り替えた。月基地を出てから1週間ほど経っていた。
「間もなくです。しかし…自分は未だ賛成しかねます」
アズラエルは迷いもなく、アークエンジェルはL4にいると言ったのだ。
その根拠のなさに、ナタルは疑問を持ち続けていた。
「僕の情報は確かですよ。それが根拠だ」
ドリンクを飲みながら、アズラエルはニヤリと笑った。
「別に、何の根拠もない訳じゃない」
情報が手に入るんですよ、プラントからねとうそぶくアズラエルに、ナタルはそっぽを向いたまま、しごく全うな反論を試みた。
「しかしプラントからの情報など、罠かもしれません」
そんな曖昧な情報に踊らされるなど、まっぴらだった。
(全く…いちいちうるさい女だな)
アズラエルは、この生意気な女艦長をヘコませることに決めた。
「フリーダム、ジャスティス。それが例の2機のコードネーム」
彼はナタルのモニターにオーブ戦で取ったデータをロードし、赤と白の機体を指し示す。そこにはかなりのデータが揃っていてナタルを驚かせた。
「そいつ絡みでナスカ級が3隻、L4へ向かっているんですよ」
アズラエル自身は、自分がどこから情報を得ているかは知らなかった。
クルーゼは以前から、情報を「売る」事はしない。売れば必ず足がつく。
あくまでも地球軍幹部、今のターゲットは表舞台に出てきたアズラエルだが、彼が好みそうな情報を、損得抜きで流すだけだ。すると彼の思惑通り、情報に飢えている情報屋は世の中にごまんとおり、情報はいつの間にかきちんとアズラエルの元に届けられ、ちゃんと活用されているのだった。
ナタルはザフト軍しか知りえないそのデータに言葉を失った。
「ほんとだったらおしまいでしょ?だから行くんですよ」
アズラエルの持論は、「情報こそが最大の武器」だった。
正確な情報を持っている人間こそが、経済界でも戦場でも一番力がある。
「いいですか?あなたは確かにこの艦を指揮する艦長さんなのかもしれない。けどね、その上にはもっと、この戦争全体を見ながら考えたり指揮したりする人間がいるんですよ」
アズラエルが、わかってないなぁと芝居がかった顔で言った。
ナタルは言葉を飲み込んだ。
「僕の要請を聞くようにって、言われたでしょ?そこんとこ、忘れないでほしいもんですけどね」
(人の命を切り売りして儲ける卑しい死の商人風情が何を言うか…!)
誇り高いナタルは、ニヤつく彼に返事もせず、再び職務に戻った。

「弾薬や物資は突っ込めるだけ持ってきてはある。その後の補給ルートも、プラントに残ってる連中がどうにか繋げてくれる手はずになってるからな」
バルトフェルドは様々なデータをクサナギに送ってよこした。
「それでも足りない部分は、そっちで補ってくれると助かるよ」
カガリとキサカは了解し、オーブの顔が利くコロニーやジャンク屋、月軌道を市場にする自由流通商会などと連絡を取って、プラントのクライン派だけではカバーしきれない物資の補給を賄うよう手配した。
地球軍の眼を盗んでは、和平派や他の勢力の情報を送ってくれているスカンジナビアは、オーブとクライン家それぞれルートがあり、磐石だ。
「これだけお世話になってるんだもの、これはもうオーブが復興したら、若様はスカンジナビアの姫様と結婚しなくちゃいけませんね!」と3人娘に散々からかわれ、カガリは「バカ言うな!」と怒った。

「エターナルが専用運用艦だというのなら、フリーダムとジャスティスはそちらへ配備した方がいいでしょう。こちらはストライクとバスターで」
そう答えてから、マリューは「なんだかおかしいわね」と笑った。
「何がです?」
ドリンクを口にしながら、ノイマンが尋ねた。
「だってまさか、バスターが戻ってくるとは思ってなかったから」
そのパイロットのディアッカといえば、マードックと毎日ああだこうだと論議を戦わせている。ナチュラルとコーディネイターの知恵比べにも似たそれぞれの整備ポリシーは互いの技量を高めたが、2人ともいつの間にか、バスターではなくストライクのスペックを上げる事に夢中になっていた。
「空間認識能力は問題ないのに反応が鈍いのはリンケージが悪いからだろ。大体おまえらナチュラルは視覚に頼るからどうしても遅くなるんだ」
「これ以上いじると負荷がデカくなって乗り手がまいっちまうぜ」
「だからサブシステムのルーチン機能を上げればいいんだって」
果てしない舌戦を繰り広げる2人に業を煮やし、フラガは「いい加減乗せてくれよ」とうんざりしたように言った。
「どちらへ行かれんです?」
「M1の艦外活動を手伝う予定なんだよ、これから」
物資のうち、均等に分けられるものは三隻で分ける事になったので、効率がいいように無重力の宙域で配分作業を行う事になったのだ。
確かにエターナルの物資は豊富で、地球を発ってそろそろ1ヶ月が過ぎようとする今、アークエンジェルとクサナギは、この補給に随分助けられる事になった。
「はぁ、すごいもんだね、あの悲劇の英雄くんは」
「少佐!そんなことは私たちがやります!」
口うるさい小姑のような2人からようやく逃れたフラガは、ストライクで大型のコンテナをクサナギに運び込んでいた。
それを知ったアサギが慌てて手伝いに来たが、フラガはあっさり断った。
「いいんだよ。これも訓練の一つでね。きみたちだって、宇宙でのシミュレーション経験あるんだろ?」
「そりゃ、まぁ…」
アサギはしぶしぶ答えた。
「でも、こんな雑用、少佐がやる事ないじゃないですか」
しかしフラガは「いやいや」と言って作業を続けた。
モビルスーツの搭乗も彼女たちより遅れている自分は訓練あるのみだ。
「子供にばっかデカい顔させとけるかってね!」
子供って…アサギは苦笑した。
(ま、若く扱われるのは悪くない気分だけどさ)

「そりゃあ、お嬢ちゃんたちとの作業の方が楽しいだろうよ」
いそいそと出て行ったフラガを見てマードックは笑った。
しょうがねぇ、坊主とバスターのデータ更新でもするか…と思って振り向くと、いつの間にかディアッカもいなくなっていた。
「ったく、どいつもこいつも…!」
ちょうどその頃休憩に入ったミリアリアは、食堂できょろきょろしているディアッカに気づいた。
(あいつ、また来た…)
チャンドラもパルもそれを見つけ、にやにやしながら「なんできみの休憩時間がわかるんだろうな」とミリアリアに囁き、くすくすと笑いあった。
「ホント、鼻が利くよね」
「全くな…おーい、エルスマン、ここだ!」
呼ばなくていいのに…と思うが、一人ぼっちでも可哀想だ。
ディアッカは手を上げると、トレーを持っていそいそとこちらに来る。
「整備、終わったのか?」
「ストライク、EVAだってさ」
ああ、物資分配ね、とチャンドラがパンをちぎって言う。
エターナルから食材も入るらしいと食いしん坊のパルが目を輝かせると、アークエンジェルのはどうも味気ないもんなとディアッカが答えたので、ミリアリアはちょっとムッとした。
「悪かったわね」
確かに味気なくておいしくないのだが、こいつに言われるとしゃくだ。
「なら食べなくてもいいけど?」
「食うよ、食いますって!」
ディアッカは慌てて答えた。
「少なくとも捕虜として食うより百倍はうまいネ!」
そのおかしなイントネーションにミリアリアは思わずふきだしてしまう。
ディアッカはその笑顔に気をよくして、ミリアリアに話しかけ始める。
あーあ、と彼女はため息をついた。
(いっつもこの手に引っかかっちゃうんだ)

一方脱出のゴタゴタで傷ついたエターナルでは、補修と整備が続いていた。
カガリが自慢しただけあり、オーブの医療チームはラクスの体調を完璧に管理している。プラントにいる時より元気に見えるラクス自身、実際に体調がいい事に驚いており、それを見たキラも安心した。
「艦の最終調整は、あとどのくらい?」
エターナルに移乗し、傷の癒えたアスランが艦の調整を手伝っている。
「もう少しかかりそうよ」
「すまない。きみにまで手伝わせてしまって」
モニターの向こうのアスランが肩をすくめると、ラクスが尋ねた。
「無理してない?」
「まさか」
「本当に?」
「本当よ」
「よかった」
ラクスは微笑んで言った。
「じゃ、もう少し急いでくれる?」
「…」
キラはそんな気の置けない2人の会話が楽しくて仕方がない。

「港内に戦艦の艦影3です。うち1隻を、アークエンジェルと確認」
コロニーメンデルをスキャンしたドミニオンの索敵担当が告げた。
「どうやら我々の方が早かったようですね。これはラッキー」
アズラエルがパンと手を叩いた。
「さ、じゃ、始めてください。艦は沈めちゃって構いません。僕が欲しいのは例の2機のモビルスーツ。こっちも発進準備だ」
(あいつらにも、今日こそちゃんと仕事をさせないと…)
連中には既に十分な量の薬物を投与し、待機させている。
しかしすでに投与量がずいぶん増えており、一部の研究員から「これ以上は危険では」と報告があげられているが、かまうことはない。
(やつらの代わりは、いくらでも「作ってる」んだから)
アズラエルは心の中で邪悪にほくそえんだ。
「本艦はこれより、戦闘を開始する」
ナタルがCICに指示を送り、いよいよドミニオンも実戦開始だ。
「イーゲルシュテルン、バリアント起動。ミサイル発射管、全門スレッジハマー装填。ローエングリン照準。目標、アークエンジェル級1番艦…」
一瞬、ナタルは呼吸を置いた。
「アークエンジェル」
その名には、さしもの彼女も多くの思い入れがある。

「接近する大型の熱量感知。戦艦クラスのものと思われます!」
サイが報告すると同時に、手早くライブラリを開いた。
「距離700。オレンジ11、マーク18アルファ。ライブラリ照合…ありません!」
ノイマンは急いで操縦士席につくと、自分が休憩中でなくてよかったと心から思いながら、素早く起動準備にかかった。
「総員、第一戦闘配備!」
席にいないパルに代わり、マリューの命でサイがアラートを鳴らした。
「総員、第一戦闘配備!繰り返す、総員、第一戦闘配備!」
「ローエングリン2番、撃ぇ!」
いきなり陽電子砲が発射され、コロニーの外壁の一部とデブリが吹き飛ばされると、その勢いでアークエンジェルも大きく揺れた。
マリューは艦の損傷が軽微と確認するとただちに総員に命じた。
「アークエンジェル発進!港の外へ出る!」
同時にエンジンが轟音を立ててフル回転を始める。
「ラミアス艦長」
そこにキサカが通信を入れてきた。
「クサナギの状況は?」
クサナギも発進準備に入っているが、エターナルはダメージによる調整中のため、まだ出られないとバルトフェルドから報告があった。
「わかりました。では港の中で待機を。敵がザフトか連合かわかれば、その狙いもわかります」
「わかった。すまん」
港の外に出たアークエンジェルは、戦闘準備に入る。
「イーゲルシュテルン、バリアント起動。艦尾ミサイル発射管、全門装填」
先ほどの砲の威力はローエングリン級だ。
(地球軍?ザフト?)
マリューがそう思った時、突然オープンチャンネルから声が聞こえてきた。

「こちらは地球連合軍、宇宙戦闘艦ドミニオン。アークエンジェル、聞こえるか?」
聞き覚えのあるその声に、ブリッジクルーは皆、息を呑んだ。
「本艦は反乱艦である貴艦に対し、即時の無条件降伏を要求する!」

「…ナタル…」
マリューが呆然としてその名を呼んだ。
「バジルール中尉?」
ノイマンも自身の直属の上官だった彼女の名を呟いた。
自分同様、彼女の部下だったトノムラを見ると、その瞳にも動揺が見えた。
彼らにとって、恐らくこれほど複雑な思いを抱く敵はいないだろう。
「この命令に従わない場合は、貴艦を撃破する」
戦場で、かつて最も頼もしい味方だった人が自分たちに牙を剥く。
これまでにも、こんな構図はどれだけ繰り返されてきたのだろう。
(これが、こんなものが、戦争…)
フリーダムで待機するキラはやりきれない思いでため息をついた。
「艦長、敵艦の光学映像です」
ミリアリアがデータをモニターに大きく映し出した。
そこには色の違う、アークエンジェルそのものの戦艦があった。
「アークエンジェル!?」
マリューはその艦の造型に驚き、ノイマンが呟いた。
「俺たちを、同型艦に乗ったあの人に追わせるとは…」
皆、彼の言葉に複雑な思いを抱きつつ、モニターを見つめた。
「とんだ茶番ですね」

「お久しぶりです、ラミアス艦長」
やがて映像が転送され、モニターに懐かしい姿が映し出された。
ナタルは昇進し、マリューやフラガ同様、少佐の階級章をつけている。
「…ええ」
マリューは彼女の敬礼には応えず、返事だけを返した。
「このような形でお会いすることになって、残念です」
「そうね」
(またどこかで会いましょう…そう言ったのは私ね。戦後ならかなうでしょう…そう答えたのはあなた) 
けれど今、彼らは再び戦場で会ってしまった。戦友ではなく、戦うべき敵として。
「アラスカでのことは自分も聞いています」
パナマへの移送中、噂話をしていたヤツらの口を割らせた。
その後、新たな配属先で上官にも問い質し、データも確認した。
クルーの無事を祈り、脱走を知って行方を探しもした…ナタルは厳しい眼で自分を睨んでいるマリューを見つめた。
「ですが、どうかこのまま降服し、軍上層部ともう一度話を。私も及ばずながら弁護致します。本艦の性能は、よく御存知のはずです」
サイとミリアリアは顔を見合わせた。
「バジルール中尉が…」
「きっと本当に、心配してくれたんだね」
けれど、彼女たちにとってもナタルの申し出は受けつけられないものだ。
サイもミリアリアも知りすぎてしまった。戦争の中での、地球軍のやり方を。
「ナタル…ありがとう」
マリューは深呼吸をしてから礼を述べた。
「でも、それはできないわ」
その毅然とした言葉に、ナタルはぐっと喉口を絞めた。
「アラスカのことだけではないの。私たちは、地球軍そのものに対して疑念があるのよ」
マリューはオーブでの理不尽かつ過酷な戦闘を思い出して言った。
「よって、降服、復隊はありません!」
「ラミアス艦長…」
ナタルはその断固とした拒絶に思わず彼女の名前を呟いた。
そんなナタルに、男のバカ笑いが追い討ちをかけた。
「どうするものかと聞いていたが、呆れますね艦長さん」
アズラエルはやれやれと首を振る。
「言ってわかれば、この世に争いなんてなくなります。わからないから敵になるんでしょう?そして敵は、討たねば」
「アズラエル理事!」
ナタルが呼んだその名前に、マリューやノイマンが驚いた。
キラもまた、カグヤでウズミが名を挙げたその男の顔を見た。
(この人が、ムルタ・アズラエル…)
「カラミティ、フォビドゥン、レイダー、発進です」
モニターの中で、やけにつるりとした小奇麗なその男はニヤリと笑った。
「不沈艦アークエンジェル、今日こそ沈めてさしあげる!」

「ドミニオンより、モビルスーツ発進しました」
通信が切れると同時に、トノムラが敵機の接近を伝えた。
オーブで見た新型たちがドミニオンから飛び出し、向かってくる。
「キラさん!ムウ!」
キラはエターナルから答えた。
「了解。出撃します!」
ミリアリアもまたオペレーティングを開始した。
「システム、オールグリーン。APU接続、カタパルトオンライン。ストライカーパックは、ランチャーを装備します。ストライク、発進どうぞ!」
「いくぜ!」
摩擦のない宇宙でのスラスター操作を、フラガは見事にこなしていた。
「大人もやれるってこと、子供には見せないとな!」
「バスター、行くぜ!」
「バスター、発進どうぞ!」
ディアッカは指でミリアリアに合図を送ったが、ミリアリアは無視して発進シークエンスをこなした。
(ちぇ…)
ガッカリしたものの、一方では軍人らしい眼で冷静に周りを見ていた。
高さや幅、カタパルトの具合のよさは、さすが元々バスターの母艦だ。
(戦ってた相手を、まさか守る立場になるとはね)
そんなことを考えながら飛び出したディアッカは、自分の発進後、「…バカッ!」とモニターに怒鳴ったミリアリアに、背中合わせに座るサイが「わっ!」とびっくりした事など知るはずもなかった。

「バスターとストライクはアークエンジェルの援護を!」
マリューは2人に伝え、さらにノイマンにも注意を促す。
「デブリに気をつけて。特に、テザー用のメタポリマーストリングは危険よ」
「わかってます」
名手ノイマンにその忠告は不要だったが、他はそうはいかない。
「アスラン、あの3機だ!」
キラはオーブで戦った彼らを視認して言った。
地上ではどうしても機動性を欠いていたカラミティが、無重力では自在に動くようになったせいか、オルガはいつも以上に嬉しそうだ。
「おら!行くぞ!」
早速シュラークとバズーカをぶっ放してきて、アスランもキラも散開する。
「生け捕るったってさぁ!」
クロトが続き、モビルスーツ形態になるとミョルニルを構える。
「片っぽでもいいの?」
シャニは大鎌をかまえ、捕まえるのはどっちにしようと迷った。
「やっぱ、赤、かな」

「出港後、最大船速!アークエンジェルの左舷につく!」
クサナギではキサカが発進を宣言していた。
カガリもCICに戦闘準備を命じ、ミサイルの砲門を開かせる。
「アークエンジェル、及び不明艦1、前進してきます。進路グリーン94、マーク3、ブラボー」
「ミサイル発射管、1番から6番、コリントスの終端誘導を自律制御パターンBにセットして装填」
訓練ではミスが目立った新米のCICが、命令を次々インプットしていく。
「照準、オレンジ、アルファ17から42まで、5ポイント刻みの射角で発射せよ。同時に転進、進路インディゴ13、マーク20チャーリー、機関最大!」
ナタルの指示を聞きながら「ん?」とアズラエルは思う。
「そんな明後日の方向にミサイルを撃ってどうするんです?」
ほう、とナタルは一瞬感心した。
(あれで位置を読み取るとは…民間人ながらさすが、と言うべきか)
しかし彼女の答えは、南極の氷もかくやと思うような冷たさだった。
「わからないなら黙っていてください」

「ええい!」
バスターがミサイルを全て撃ち落とすと、フラガがかつての天敵に「やるなぁ、坊主!」と声をかけ、自身もアグニを構えた。
「上がった腕前、見せてやるよ!」
「敵は1隻だ。エンジン部を…うわっ!」
一方、足の速いアークエンジェルを追って発進しようとしたクサナギは、突然ガクンと揺れ、カガリはブリッジでバランスを崩した。
「なんだ!?」
キサカが確認すると、艦体に何かが引っかかった様子だという。
マリューが言っていたテザー用ワイヤーらしかった。
「引きちぎれ!」
しかしメタポリマー製のワイヤーは容易にはちぎれない。
キサカは仕方なくM1を呼び出した。
「アサギ、艦体に何か絡んだ。外してくれ」
「了解」
その間もクサナギはワイヤーを千切ろうと全スラスターを開く。
そんな風にモタついている戦艦に気づいたのはシャニだった。
「あ?…あれ、もう終わりじゃん?」
機敏に飛び回ってなかなか斬らせてくれないフリーダムとジャスティスより、この大鎌を振るえば、簡単に斬り裂けてしまう戦艦の方が面白そうだ…フォビドゥンはクロトたちの攻撃をかわしているジャスティスとフリーダムに背を向け、コロニー入り口のクサナギに向かった。
アスランはフォビドゥンの向かう方向を見てぎくりとした。
(クサナギ…!)
敵の目的が何なのか気づいた時、彼女は何も躊躇しなかった。
「おい、シャニ!」
クロトが呼び止めたが、シャニは無視してクサナギに向かっていく。
「くっそー、あの野郎…」
その時、彼の横をジャスティスもまた、猛スピードですり抜けた。
「おいおい…2人揃って僕をシカトかよ!?」
無視された怒りと、面白いじゃないかという高揚感が彼を支配する。
オルガはクロトにもシャニにもかまわず、フリーダムに向き直った。
「こいつをもらうぜ!」
そしてシールドを倒して内蔵されたケーファーツヴァイを放つ。
キラもまたシールドで防ぎながら一度下がり、ラケルタを抜いた。

クサナギにからまったワイヤーを外す事に没頭していたアサギは、いつの間にか接近してきたフォビドゥンに気づくのが遅れた。
「落ちな!」
大鎌を振り上げたモビルスーツに、アサギが声も出せずにいると、ジャスティスがハルバートモードの双頭サーベルでフォビドゥンに襲い掛かった。体勢を崩し、フォビドゥンは一旦後ろに下がる。
「大丈夫ですか?急いでください!」
「は、はい」
アサギはほっと息をつくと、残りのワイヤーを取り外しにかかった。
ジャスティスは再び向かってきたフォビドゥンの前に立ちはだかる。
「…アスラン?」
カガリは、ジャスティスが援護に来てくれたと知ってほっとした。
やはり連中とサシで勝負となると、M1では心許ない事は否めない。
「今のうちだ。急げ、アサギ!」
「邪魔すんなよ…」
そう言いながらも、シャニは「赤い方」が現れたことが嬉しかった。
(そうだ、こいつ…捕まえなきゃ)
ニーズヘグを構えなおし、シャニがニヤニヤと笑う。
アスランは両手でハルバートを回して一旦構えると、突撃した。

「さてと…どうしたものかな。すでに幕が上がっているとはね」
自分が情報を流したというのに、クルーゼはとぼけて言う。
「エターナルの他に2隻。1つは足つきですが、地球軍側は1隻のようですな」
アデスにとっては因縁深い足つきを見るのは久々のことだ。
「ともあれこう状況がわからぬのでは、手の打ちようがない」
クルーゼはニヤリと笑う。
「私とイザークでコロニー内部から潜入し、まずは情報収集にあたる」
「隊長自らですか?」
アデスは怪訝そうな顔をする。
「イザークだけで十分では?」
「いや、私も出よう。状況をこの眼で確認したいからな」
クルーゼとしてはメンデルを前にして自分が行かぬわけにはいかない。
メンデル、自分、そして足つきと共にいるだろうムウ・ラ・フラガ…
「上手く立ち回ればいろいろなことに片がつく。ヘルダーリンとホイジンガーはここを動くなよ」
クルーゼはそう言い残してハンガーへと向かった。

「ドミニオンは!?」
マリューがサイたち索敵班に尋ねた。
フリーダムが抑えてくれたおかげでカラミティの砲撃はやんだが、ちょろちょろと動き回るレイダーに気を取られているうちに、いつの間にかドミニオンが見えなくなっていた。
「デブリが多くて…」
サイは懸命に索敵を続けたが、電波状態も悪く熱源が感知できない。
だからそれが突然現れた時、サイはあまりの近さに息を呑んだ。
「艦長!グレー19、アルファにドミニオンです!」
「いつの間に!?」
マリューが振り返る。
その時は既に、ドミニオンの主砲は目標をロックしていた。
「ゴットフリート、撃ぇ!」
速力を上げながら、射線は完全にアークエンジェルを捉えている。
「回避!」
ノイマンは取り舵を選択した。
しかしそれすらもナタルは読んでいる。
「オレンジデルタより、ミサイル!急速に接近!」
サイが叫び、チャンドラとトノムラが慌てて迎撃ミサイルをセットしたが、この距離ではいくらなんでも無理というものだ。
「間に合いません!」
チャンドラが叫ぶと同時に、艦体にひどい衝撃が来た。
「アークエンジェル!」
ミサイルに爆撃され、艦内の酸素を燃やして激しく炎を噴いたアークエンジェルを見て、キラは思わず叫んだ。
(あんなに大量のミサイルが、一体どこから?)
無論、答えは明白だった。
「ナタルさん…あなたは!」
キラはサーベルを抜き、スピードを上げてドミニオンへと向かう。

ナタルはダメージを受けたアークエンジェルを見つめていた。
「いや~、すごいね、きみ」
アズラエルが眼を丸くして感心している。
「このくらいの戦術、お褒めいただくほどのものでもありません」
ノイマンの舵の癖も、マリューのつたない戦法も知り尽くしている。
あとは追い込む場所に罠を仕掛ければいいだけのことだ。
「あれを鹵獲すればいいんですね?」
ナタルは向かってくるフリーダムを見て冷静に聞いた。
「うん、そう」
軍人としてのナタルの優秀さに感心したアズラエルは、鹵獲についても彼女に全幅の信頼を預ける事にしたようだ。
「では、カラミティとレイダーを」
ナタルは目標を捉える。
「バリアント、ゴットフリート、照準。敵モビルスーツ。撃ぇ!」
固い相手に無駄弾は撃たない。破壊ではなく、鹵獲ならなおの事だ。
収束するゴットフリートを避けようと、キラは方向を合わせようとしたが、既にどちらにもカラミティとレイダーが退路を塞ぎ、回り込んでいた。
(しまった…!)
カラミティがシュラークを撃って進路をふさぎ、レイダーはミョルニルを投げてシールドごとチェーンを左腕にからませた。機体に鈍い衝撃が走る。
「今度こそもらったぜ!」
至近距離でトーデスブロックを構えられると、さしものキラも息を呑んだ。

「艦長!フリーダムが!!」
ミリアリアが悲痛な叫び声をあげ、マリューは身を乗り出した。
「キラさん!」
クサナギの発進を見届けて、フォビドゥンと戦いながら戦域に戻ったアスランもまた、追い込まれ、ドミニオンの射程に捕らえられたキラを見た。
「スレッジハマー照準、敵モビルスーツ」
かつて砂漠でナタルから撃ちこまれたそれが、再びキラに襲い掛かった。

「いいかな、イザーク。行くぞ」
「はい!」
クルーゼはシルバーに塗装したゲイツで飛び出し、イザークも後を追った。
その瞬間、フラガは覚えのある不快感に首筋の毛が逆立つのを感じた。
「この感じ…まさか!?」

―― あの野郎!!

アラスカでの借りを返すべく、ストライクはいきなり反転した。
戦闘中のいきなりの離脱に、ディアッカが驚いて叫ぶ。
「なっ…おい、おっさん!」
「おっさんじゃない!」
(ああ、ちゃんと聞こえてんのか)
ディアッカは笑いそうになったが、フラガの「ザフトがいる!」という言葉に、心臓がドクンと鳴った。
(ザフト…?)
アークエンジェルが今、最も会いたくない敵と出会ってしまったように、それは脱走者であるディアッカにとっても会いたくない「敵」だった。
ザフトと出会ったらどうなるか…正直、考えたくなかったから、これまで真面目に考えた事がない。
しかしこんな時に後ろから回りこまれたら、別々の敵に挟み撃ちにされ、にっちもさっちも行かない状態に追い込まれてしまうだろう。
そうなったら…彼の心に、彼女の寂しそうな横顔が浮かんで消えた。
「…ええい!」
バスターはそのままストライクを追う。
「こんな事頼むのはいやだが、後は任せたぜ、アスラン!」
独り言ちながら、ディアッカの心はアークエンジェルに飛んでいた。
(俺がやるべきことは、あいつを2度と泣かせないってことだけだ)
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制作裏話-PHASE43-
加筆修正と新年度が重なり、大幅に遅れてしまいましたが、PHASE43はかつての仲間であるナタル・バジルールが再登場し、これでついに役者が揃います。

ストーリー的には大きな改変は加えていませんが、本編では明らかに描写が少なすぎた三隻同盟の日々を少し補完してみました。
フラガがPHASE18で「人も風も熱い土地」と苦笑していたので、それを生かして「一つの信念に縛られるヤツは面倒」というフラガの想いを再認させています。彼自身、DESTINYでは記憶を奪われて別の記憶を植えつけられるわけですが…うーん、どうしてもフラガ=ネオにはなりませんね、やっぱり。

キラに盗んだ最新鋭モビルスーツを与え、自らは戦艦を奪い取ってくるという離れ業を見せたラクスに対し、カガリはまだまだキサカの助けを借りながら、それでも対外的な折衝を行っているという描写をしました。
しかしこれでは少し差があり過ぎるので、逆転では放射線障害(こんな設定にしたバチが当たったのだろうか…)によって患っているラクスに対し、医療技術者という設定にしたカガリが万全の医療体制を整えます。こうした力関係を見越して、逆種の段階ではまだ、ラクスは「実力はあるが体力がない」カガリは「気力と体力はあるが実力に劣る」としてきました。これは意外とうまくいったのではないかと自負してます。
そしてまたこうした出会いや日々の積み重ねが、逆種、逆デスを通じ、彼らが「為政者」として永遠のライバルであり、盟友になっていく布石にもしてあります。

本編でディアッカとミリアリアがチャンドラやパルと一緒に食事をしていたのは嬉しい驚きだったので、少しずつ距離が縮まる様子を過剰になり過ぎないように描いてみました。

超鈍感のアスランもこのへんから、少し乱暴に慰めてくれたカガリに惹かれ始めます。ここは今回、かなり時間をかけて丁寧にリライトしました。逆転ならではの男カガリの「我慢」は、PHASE48で開放させると決めていたからこその演出です。
なお、逆転ではアスランとラクスは非常に仲のいい「友達」なので、カガリは今後もやきもきすることになります。
同じようにアスランに恋をしながら、性格もタイプも違うカガリとニコルを対比する事を初稿では忘れていたので、ちょこっと入れてみました。

しかしアズラエルは面白いキャラです。書けば書くほど面白い。種の一番の功労者は彼だろうと思うくらい面白い。この人が最初から出ていたら、クルーゼを支点に、パトリック・ザラと危うい天秤の上にいるキャラだったら、種はとことん面白かったかもしれません。
そしてもう檜山氏の声でしか再生されないくらい、彼になってますね。

やはりナタルと思わせる戦闘が印象深い回ですが、戦闘は意外と少なく、キラの活躍もあまりありません。本編は、フリーダムがアンカーに捉われ、スレッジハマーが襲い掛かる止め絵で終わるという、「うぉぉぉ!キラ様大ピンチ!」でしたが、翌週はさすがはキラ様、何事もなくピンチを脱しておられました。けっ。
になにな(筆者) 2011/04/13(Wed)21:56:26 編集



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