Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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キサカもまた、クサナギからローエングリンを放つ。
しかし実弾攻撃はすべて阻まれ、ローエングリンすらも威力が拡散した。
巨大な装甲は陽電子砲すらも受けつけないのだ。
「…く」
これにはラクスも思わず小さく呻いた。
「くっそー!厄介なもんを! 」
バルトフェルドはそれでもなお、攻撃を仕掛けるよう命じた。
そしてラクスは絶望的になりながらも、チャンネルを開き続けた。
「あんな小僧やナチュラルどもの艦、さっさと叩き落とさんか!」
既に地球軍の攻撃などほとんどない宙域では、プラント・ヤキンの防衛隊が、クライン一派の進軍を阻んでいた。しかしそれも本来の敵である地球軍との戦いが決した今となっては、兵たちには戸惑いと疑念を抱かせるに十分だった。
(もうジェネシスを撃つ必要はないのではないか…?)
(実質、戦いは終わったのではないか…?)
さわさわとざわめく前線の兵たちの熱は、徐々に冷め始めていた。
「ラクス様…」
ユウキはモニターに映し出されるエターナルを見つめている。
うるさいからと議長がボリュームを落とさせたため、ラクス・クラインの声は通信機のスピーカーを通してかすかに聞こえてくるだけだ。
「急げ!照準入力開始、目標、北米大陸東岸地区!」
その言葉に、ユウキがハッと顔をあげた。
(議長は…本気で大西洋連邦の中核を狙うというのか)
ジェネシスの威力では、本当に地球を破壊してしまうだろう。
(今のこの戦況で、そこまでやる必要があるのか?)
ユウキは黙ってザラを見つめていた。
「ジェネシスの巨大な装甲は、収束砲やビーム、陽電子砲ですら拡散する」
ラクスは、防衛線の第一ラインを突破したと報告してきたアスランとカガリにそう伝えた。
「つまり、外からの攻撃はほとんど受けつけないんだ」
それを聞いたアスランは、ジェネシスの分析データを見て考えこんでいたが、やがて言った。
「ヤキンに突入して、コントロールをつぶします」
「だが、内部に侵入したからといって効率的な破壊ができるとは限らんぞ」
バルトフェルドが止めたが、アスランは素っ気なく「大丈夫です」と答えると、突入の準備に取り掛かった。
「アスラン、だめだ!」
ラクスが思わず立ち上がり、強い調子で止めた。
「きみはまたそんなムチャを…」
「時間がない。切るわ」
アスランはラクスの言葉を遮り、ジャスティスからミーティアを外した。
ラクスがいくら呼びかけても、彼女はもはや答えない。
ラクスは大きなため息をつくと、まるで懇願するようにカガリに言った。
「…カガリくん、すまない。アスランを頼むよ…」
「大丈夫だ、まかせろ」
カガリはラクスを安心させるように笑った。
(クサナギに残っていたら、俺もきっとおまえのように心配だったろう…)
カガリは通信を切ると、心配そうな顔のラクスを思ってもう一度呟いた。
「大丈夫だ」
それからキサカに、「2人ほど突入部隊を回してくれ」と頼んだ。
「モビルスーツ接近!ブルー52、チャーリー」
ジャスティスとストライクRが去ると、新たな敵がエターナルの前に現れた。
プロヴィデンス …ラクスはその不気味な姿を見て怖気だち、きりっと睨み返す。
「きみの蒙った悲劇は、実に楽しませてもらったがね。少しおいたが過ぎたようだ」
クルーゼはかつて自分を一喝した生意気な彼に砲口を向けた。
「そのまま『英雄』という名の道化を演じていればよかったものを!」
「回避!ポート40に回せ!」
バルトフェルドが取り舵を命じた。
エターナルがライフルとドラグーンによるビームを受け、衝撃に揺らぐ。
「ち…なんだ、あれは!」
「世界は伝説や神話のように優しくはないのだよ!」
バルトフェルドが不自由な体でバランスを崩した時、輝く白い翼が真っ直ぐに飛び込んできた。
「はぁっ!」
キラはサーベルで斬りかかり、クルーゼはシールドでそれを受ける。
「あなたは!あなただけは!!」
キラの心は再び澄み切っていた。
決して感情に突き動かされているわけでも、興奮や動揺しているわけでもない。
(憎しみや怒りで戦うんじゃない)
フレイの最後の微笑を思い出すと、やはりズキリと胸が痛む。
(だけど、自分が何と戦わねばならないのか、もう見失いはしない!)
キラの想いは、再びキラの心をクリアにした。
クルーゼはフリーダムを弾き飛ばすと、叫んだ。
「いくら叫ぼうが今さら!ジェネシスは放たれる…地球に!」
そしてドラグーンが一斉に発射される。
「ええい!」
キラは今までになく素早く動いてそれを避けた。
「これが定めさ!知りながらも突き進んだ道だろう!」
「なにを!」
キラはライフルを構え、ドラグーンを一つずつ捉えて破壊した。
「言ったはずだ。私は常に道を示しただけだと。選んだのは人!正義と信じ、わからぬと逃げ、知らず!聞かず!」
その道が正しいと知りながら選ばず、正しいと信じたい道を行く…クルーゼは全てをぶつけるようにキラに斬りかかった。怒りも、憎しみも、嘲りも、厭世も…それらを生み出した「絶望」そのものも。
「そして世界が終わるその時になって、なぜこんな事を…と叫ぶのか!自分の無知を棚に上げ、知ろうとしなかった怠惰から眼を逸らして!」
「く…っ!」
偽りの平和の中にいた自分は戦いの場に引きずり出され、平和だったオーブも今はもうない。自分を含む多くの人々が、平和は当たり前のことと思い、戦争は対岸の火事としか思わなかった。
(それでも…それでも、戦わずに済むなら…!)
キラは再び顔を上げた。
「その果ての終局だ!もはや止める術などない!」
クルーゼは再びやや数の減ったドラグーンを飛ばす。
そしてシールドからサーベルを出すと向かってきた。
「そして滅ぶ、人は!滅ぶべくしてな!」
「そんなこと…あなたが決めることじゃない!」
キラはシールドではじき返し、二本のサーベルを抜いた。
「戦うことしかできない世界なんか、私は受け入れたくない!!」
「ジェネシス照準、目標、地球大西洋連邦首都、ワシントン!」
ミラー換装の終わったジェネシスに照準座標がインプットされた。
シモンズの言うように、強力なΓ線は地上の土地を焼き払い、海を沸騰させ、気象変動を起こして、やがては地表にいる8割の生物を死滅させてしまう。
ユウキはザラを見つめ、逡巡し続けていた。
(我々コーディネイターはこの人についていっていいのだろうか?凄まじい量の血に手を染めても、我々の未来は幸せに満ちるのだろうか?)
長くアカデミー教官を勤めた彼の脳裡には、意気盛んで優秀な若者たちの姿が浮かんだ。しかし自分が戦場へと送り出した彼らのいく割かは、既にこの世にはいない。
ユウキは迷いながら一歩を踏み出した。
(もう一度…議長に話してみよう…どうか考え直して欲しいと)
「やめなさい!もうやめるのよ、こんな戦い!」
ヤキン防衛網に入り込めば入り込むほど、防衛隊の数は増えていく。
地球軍はもはや戦闘不能だ。こうして彼らが意志を持って戦うのは、即ちジェネシスを撃たせるつもりだからだ…アスランは身軽になったジャスティスを駆り、ハルバートモードに繋げたサーベルを振るう。
「本当に滅ぼしたいの!?あなたたちも!すべてを!」
「奴らが先に撃ったのだ!」
「ポアズには弟もいた!」
怒りに駆られて叫びながらかかってくるジンを切り裂き、ゲイツのライフルを撃ち落して、アスランは憎しみと怒りの渦巻く戦場にやりきれなさを感じる。
(皆、ここまで来てしまった…連れて来てしまったのだ…私の父が…)
アスランは歯を食いしばって防衛線を突破し、ついに要塞に到着した。
アスランとカガリ、それにクサナギから護衛としてやってきた2機のM1は、手薄な第4ドックを選び、港口を破壊した。そしてモビルスーツを係留すると、それぞれバックパックとスラスターを装着してコックピットを出た。
しかし互いの姿を確認した途端、アスランはカガリに冷たく言った。
「あなたは残って」
それを聞いたカガリは呆れたように肩をすくめた。
「バカ言うな」
「危険だわ。私は軍人よ。訓練を受けてるわ」
「…アスラン」
カガリはアスランの腕を取り、護衛のキクチとカノウから少し離れた。
「俺も行く。ダダはこねるな。意地っ張りはなしだ」
アスランはムッとしてカガリの腕を振り払った。
「ダダをこねてるのは…」
どっちよと抗議しようとしたのだが、その言葉をカガリが遮った。
「おまえ、俺を守るんだろ!?」
はっとアスランが息を呑む。
「守ると言ったんだから、ちゃんと守れ!」
カガリは人差し指を立てると、真っ直ぐ彼女を指差した。
「その約束を果たすまで、おまえは死ねないからな」
(あなたは、まだ死ねないよ)
アスランは少し驚いて、キラと同じ事を言ったカガリの顔を見つめた。
ミゲルやラスティ、ニコル、キラの友人で、ミリアリアの恋人だったトール…多くの命の分も、私はまだ死ねない。答えを見つけ出していない。
黙り込んだアスランに、カガリは言った。
「行こう。俺たちでジェネシスを止めるんだ」
アスランは黙って頷き、カガリはその背を軽く叩いた。
港口にはカノウを残し、ザフトのスーツを着ているアスランが道を開いた後に、カガリと護衛のキクチが続く段取りにした。キクチはキサカの懐刀で、強襲を得意とする特殊部隊に所属している。
アスランは寡黙な彼と迅速に突入ルートを確認しあい、簡単な指文字で会話をした。
守備兵に気づかれた時は、彼が正確な射撃をもってカガリを護衛し、アスランは手榴弾を投げてその場を撹乱した。
ヤキン内の様子は、随分手薄に思えた。
ジェネシスの準備が整いつつあるからか、もはや地球軍の脅威がなくなったからなのか、最終決戦を迎える割にはどうも静かな様相だ。兵たちもなんとなく動揺しているように見える。
先ほどから説得を続けているラクスの声に、まだ年若い兵が多いザフト内に、そこはかとない疑念が広がっていたせいかもしれない。
既に座標が入力されたジェネシスは、あとは発射するだけとなっていた。
「何をしている。急げ!これで全てが終わるのだぞ!」
パトリック・ザラはためらうオペレーターや側近たちに苛立って言った。
「議長!」
その時、ついにユウキが口を開いた。
「この戦闘、既に我らの勝利です」
皆の迷いはもっともなことだ。むしろ正常な判断力を持つ者ならもはやあんなものを撃って地球を滅ぼす必要はないと考えるはずだ。
「撃てば、地球上の生物の半数が死滅します。もうこれ以上の犠牲は…」
突然、銃声が響いた。
司令部は水を張ったようにピーンと静まり返る。
実の娘を撃ったものと同じ銃を構えたザラは、進み出たユウキに発砲したのだ。
ユウキは何が起きたのかわからず、浮遊しながら天井を見上げていた。
(自分は、何か間違った事を言っただろうか?まさか、そんな事はない…)
血飛沫が水玉となってあたりに散る。腹部に焼けつくような痛みが走った。
「議…長…」
ユウキは言葉と共に血を吐いた。
「フリーダムは?」
整備班の活躍でなんとかエンジンが回復したアークエンジェルは、万全ではない状態ながらそろそろと航行を続けていた。
「わかりません。エターナルも、クサナギも…」
さっきから彼らを探しているサイがマリューに答える。
二隻はヤキン防衛網を突破し、ジェネシスへの攻撃を続けていたのだが、アークエンジェルからは遠すぎて正確な位置がつかめなかった。
あの新型にかなり苦戦していた…サイは最後に見たキラを思う。
(大丈夫かな、キラ…)
ミリアリアは、モニターに残るストライクのロストシグナルを消した。
一方もう一つのシグナルは、かなりのダメージを示してはいるが、無事に着艦・収容されたことを示している。
(ボロボロになって、血まみれになって…)
ミリアリアがきゅっと唇を噛んだ。
(なのに、笑ってた…あいつ)
その顔を見たら思わず泣きそうになって、モニターを切ってしまった。
(でも、よかった…あいつが生きてて、よかった…)
たくさんの命が散った今、心からそう思う。
バスターを運んできたイザークは、初めて宿敵の艦に入っていた。
敵であるデュエルを拒む事もなかった「足つき」のハンガーでは、ナチュラルたちが忙しく働いている。
ケガをしたディアッカを見て皆が心配して駆け寄り、マードックが救護班を手配してくれた。
「随分と派手にやられたなぁ、坊主」
「こいつのデュエルに、予備のバッテリーパックを頼む」
傷の手当を受けながら、ディアッカはマードックに頼んだ。
「おまえ、また戻るんだろ、防衛に」
イザークは黙って頷く。
おまえも一緒に…と喉まで出かかったが、そのままぐっと飲み込んだ。
(それはこいつ自身が決める事だ。俺がどうこうできることじゃない)
ナチュラルの整備兵たちと親しげに話すディアッカを見て思う。
それに、彼らは自分のデュエルも補給と簡単な整備をしてくれるという。
少し前なら、ナチュラルに機体を触らせるなどあり得なかった。
イザークはふん、と自嘲気味に笑った。
(俺も相当ヤキが回ったな)
「予備の装備を持っていきな」
武装を失ったデュエルに、マードックがライフルとシールドを装備させてくれた。武器まで…イザークは、ディアッカの言葉を実感した。
(彼らにとって、俺はもう本当に敵ではないということか)
「ストライクのヤツも、兄弟機が使うんなら浮かばれるだろうよ」
「ずいぶん感傷的だな」
イザークは湿っぽい顔をしているマードックに言った。
「モビルスーツは武器だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そりゃ…そうだけどな」
マードックは照れ隠しもあってくしゃっと笑った。イザークは顔を背け、けれどはっきりと言った。
「…だが礼を言う。すまない」
頭に包帯を巻いたディアッカがデッキから手を振る。
「終戦になったら、また会おうぜ!」
それから「親父に会ったらよろしくな」と言われ、イザークは「知るか!俺は伝書鳩じゃないぞ!」と言い返した。そのやり取りが嬉しくて、ディアッカは楽しそうに笑う。
やがてデュエルは再び戦闘宙域へと飛び出したが、イザークの心には、さらなる強い思いが芽生えていた。
(ジェネシスを撃ってはならない…ナチュラルを滅ぼして手にする未来など、俺はもういらない)
デュエルを見送り、少し寂しそうな表情を見せているディアッカの背を、マードックが思いっきり叩いた。
「ほぅら、坊主!早く行ってやれ。心配してるぞ?」
さっきからモニターが点いたり消えたりして、ミリアリアが様子を窺っていた。
「きみが望もうが望むまいが、これが『結果』だ」
キラとクルーゼの戦いは続いていた。
「そんな、あなたの理屈!」
キラは距離をとり、バラエーナとクスィフィアスを起こしてドラグーンを攻撃し続けていたが、なかなか数を削れない。
クルーゼ自身が卓越した操縦者なので回避されてしまうのだ。
「くっ…!」
逆に砲門を開いたフリーダムこそ大きな的になり、ダメージを受ける。
「それが人だよ、キラ・ヤマト!」
「違う!人は…人はそんなものじゃない!」
「はっ!何が違う!?何故違う!?」
「ぐ…っ」
ドラグーンがフリーダムの翼を削り、フリーダムも負けじとプロヴィデンスの肩を破壊してダメージを与えていく。
「この憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者たちの世界で!」
キラはドラグーンの直撃を受けてライフルを失った。
「何を信じ、なぜ信じる!?」
「何も信じようとしないから、何も知らない!」
「知らぬさ!所詮人は己の知ることしか知らぬ!」
「違う!あなたが、何も知ろうとしないから!」
キラはプロヴィデンスのシールドで押し返されて後方に飛ばされ、体勢を整える間もなく襲い掛かってきたドラグーンの直撃を受けた。
「うわっ!」
「まだ苦しみたいか!いつか!やがていつかはと!」
不要だと捨てられ、存在価値を見出せず、這いつくばって生きてきたクルーゼは、自身がそれに裏切られ続けてきた苦い想いを吐露した。
「そんな甘い毒に踊らされ一体どれほどの時を戦い続けてきた!?」
アスランがカガリと司令部に侵入した時、オペレーターや兵たちは司令官席、すなわちパトリック・ザラがいるバルコニーを見上げていた。
「奴らが…敵はまだそこにいるのに、なぜそれを討つなと言う?」
議長は銃を持った手を上げたまま、側近たちに怒鳴った。
あの日…ユニウスセブンが討たれた日、彼の心の時計は止まってしまった。
愛する妻を失い、凍えきった心が望んだのは、自分と同じ想いを彼らに…ナチュラルたちに味わわせることだった。
「おまえたちもシーゲルと同じか!!」
親友だと、盟友だと信じた男は、パトリック・ザラの心の痛みよりも、彼を苦しめた相手との対話と理解、そして協調と和平を求めた。
我らを癒すのは、奴らへの血の報復だけだったというのに…
「そしてその結果がまたしても核だ!」
議長は口角泡を飛ばした。
「ヤツらは討ってきたではないか!何の躊躇もせずに!」
シーゲル・クラインが封じたその力を、彼自身が解き放ってしまったために相手にも利用された事など忘れたかのように、議長は言い放った。
血は血で購われなければならない…痛みと哀しみもまた然り。
「討たねばならんのだ!討たれる前に!敵は滅ぼさねばならん」
ザラ議長は自分の近くにいたオペレーターを乱暴に押しやると、自らの手でジェネシスの発射シークエンスを開始した。
それを見て周囲の者たちが一斉にざわめいた。
「まだ全軍への退避命令も出ていないぞ!?」
「議長!射線上にはまだ我が軍の部隊が!」
「勝つために戦っているのだ!皆、覚悟はあろう!」
「議長!」
同胞の犠牲も厭わないその言葉に、司令部がどよめいた。
司令官席での揉め事を不安げに見上げていた兵たちも、顔を見合わせる。
「この…」
その時、既に瀕死の重傷を負っていたレイ・ユウキが身を起こし、最後の力を振り絞って銃を構えた。
「議…長…あなたは…間違ってい…ます…」
今度の銃声は、3発だった。
混乱に乗じてバルコニーに向かったアスランは、目の前で父が倒れる様を見た。
父を撃ったレイ・ユウキは発砲と同時に事切れ、遺体は宙に浮いて漂った。
司令部は不穏な空気に包まれた。
戦況と、侵入者がいるらしいという情報、そして議長に何かがあったという動揺…海面が波立つようにざわめきが大きくなる。
「まずいな…キクチ、援護を頼む」
カガリは辺りの様子を見てそう言うと、父の元に向かったアスランを追った。
アスランはバイザーを上げ、跪いて父を抱え起こした。
ユウキが放った3発全てをその身に喰らい、ごぼごぼと血を吐く父は、ひゅーひゅーと漏れるような呼吸をしていた。もはや、すぐ傍にいる娘の顔も見えていないようだ。彼は自分に触れている者に最期の命令を下した。
「撃て…ジェネシ…我らの…世界を奪っ…報い…」
そう言った途端、父の口から大量の血が吐き出された。
そして、その体はもう二度と動かなかった。
「父…上…」
アスランは死んだ父を抱いたまま、呆然として動かない。
(平和に、穏やかに、幸せに暮らしたい…我らの願いはそれだけだったのです)
自分は、父の苦しみを理解しきれなかった…父とて、最初からナチュラルを滅ぼそうと考えていたわけではないはずだ。
(我々は、我々を守るために戦う)
大切なものを守るために…けれど、彼の心は折れてしまっていた。
大切なものを失って絶望し、哀しみのあまり折れてしまっていた。
(戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!)
その愚かな行為が多くの人を苦しめ、死に至らしめてしまった…
「アスラン…」
カガリは2人の傍らに立つと、ふと、漂っている小さな古い写真モニターを手に取った。
そこには藍色の髪をした美しい女性と幼いアスランが写っている。
(これが、パトリック・ザラの「奪われた世界」…)
アスランは相変わらず声ひとつ出さずに泣いていた。
その姿があまりに痛々しくて、カガリは思わずため息をついた。
(生きていれば、また話せるかもしれないと励ましたのに)
抱き締めてやりたい気持ちはあったが、状況を思えばそうもいかない。
カガリは銃を構えて周囲を警戒しながら、アスランの涙が収まるまで待った。
前線では兵士たちにも錯綜した情報が入り、動揺が広がっていた。
ジェネシスが撃たれるならそろそろ撤退命令がくるはずだが、混乱した様子の司令部からは何も指示がないままだった。
しかも議長が死んだとか、侵入者がどうとか、兵士たちには理解できない情報が飛びかっている。戦場には正しい情報が流れてきていなかった。
ブリッジに上がってきたディアッカにも手伝ってもらい、サイはようやくエターナルとクサナギの座標を割りだして、アークエンジェルは両艦と合流する事ができた。
しかしジェネシスが発射準備に入った様子もなく、防衛ラインもひどく混乱しているようで、ラクスたちもどうした事かと判断しかねていた。
(アスラン…カガリくん…ヤキン・ドゥーエで一体何があったんだ?)
ラクスは内部に侵入しているはずの2人を案じた。
その頃、ヤキン司令部ではアラートが鳴り響いていた。
「総員、速やかに施設内より退去してください」
冷たいコンピューター音声が、それ以上に冷たい事実を告げている。
すべてのモニターが退去せよと警告に変わり、タイマーが現れた。
アスランはようやく涙を拭いて立ち上がると、近くのモニターを覗き込んだ。
そして突然、キラに負けない速さで3Dキーボードを叩きはじめた。
何度か試すものの、モニターにはそのたびにエラーが出るばかりだ。
「アスラン?」
「…ヤキンの自爆シークエンスに、ジェネシスの発射が連動してる…」
「ええっ!?」
カガリもモニターを覗き込んだ。自爆までほとんど猶予がない。
「こんなことをしても、戻るものなど何もないのに!」
アスランが机を叩き、怒りとも無念さとも取れる想いを吐き出した。
ヤキンの司令部から兵がわらわらと退却していく頃、プラントでも動きがあった。
「どういうことだ…?」
アプリリウス行政府において指揮を執っていたエザリア・ジュールに対し、アイリーン・カナーバら穏健派議員が政権の明け渡しを要求したのだ。
(クーデターだと?こんな時に…!)
エザリア・ジュールは才溢れる年若いカナーバを睨みつけた。
ラクスが密かに手配していたテロリストまがいのレジスタンスが彼らの奪還に成功すると、穏健派もその名に反してザフト内のクライン派を動かし、武力によって司令部を制圧したのだった。
彼らはエザリア・ジュールらを拘束すると、発言権を失っていた中立派のエルスマンらに協力を求め、直ちに停戦勧告の草稿作りに取り掛かった。今、ようやく戦争終結への動きが加速し始めていた。
しかし、前線ではまだ死闘が繰り広げられている。
クルーゼはヤキン・ドゥーエで何が起こったかを知り、高らかに笑った。
「どのみち私の勝ちだ!ヤキンが自爆すればジェネシスは発射される!」
キラは驚いて言葉がなかった。
(ヤキン・ドゥーエが自爆?どうして…ううん、それよりジェネシスが!)
「もはや止める術はない!地は焼かれ、涙と悲鳴は新たなる争いの狼煙となる!」
「そんな…」
―― でも、戦っても終わらないよ、戦争は…
(皆、こんなに頑張って、戦って、傷ついたのに…)
それでも、やっぱりこの戦争は終わらないのだろうか?
キラはそこではっと気づいた。
(アスランとカガリは?)
すぐ近くにあるヤキンが自爆したら2人とも巻き込まれるんじゃ…それに、ラクスやマリューさんたちだって近くにいるはずだ。皆、きっと今もジェネシスを止めようとしてるはずだ。
「人が数多持つ予言の日だ!」
「そんなこと…」
「それだけの業!重ねてきたのは誰だ!」
フリーダムはさらにスピードを上げたドラグーンに囲まれ、腕と足を一本ずつ奪われて小さな爆発を続けて起こした。
「あなたもこの戦争を操った1人だ!」
「きみとてその一つだろうが!」
再びプロヴィデンスの猛攻を受け、キラはフリーダムの足を完全に失った。
ドラグーンも減ってはいるが、それでもまだ威力がある。
一体、この男のどこにこれほどまでの力があるというのか…キラは彼のあまりにも深い怒りと憎しみを思って背筋が凍る。
「それでも!」
キラは残った腕で再びラケルタを抜いた。
(私は負けるわけにはいかない。世を憎むこの人にだけは!)
「待てよ、アスラン!」
無言のまま港口のジャスティスに戻ったアスランを追ったカガリは、そのまま素早くコックピットに滑り込んだ彼女を覗き込んだ。
「どうするつもりだ!?」
「ジェネシスの内部で、ジャスティスを核爆発させる」
「えっ!?」
アスランは驚くカガリに構いもせず、ハッチを閉じてジャスティスを発進させると、そのままジェネシスのコアへと向かってしまった。
カガリも慌てて起動させたストライクRで彼女を追う。
「…だって、そんなことをしたらおまえは…」
「それしか方法はない。あなたは戻って!」
「アスラン!」
それでもなお追いすがるカガリを引き返させるため、アスランは背負ったファトゥムを外すと、ストライクRに向かわせた。
「だめよ!来ないで!」
「うっ…!」
ファトゥムに直撃されたストライクRは、スピードを殺されて失速する。
ジャスティスはそのままスピードを上げ、さらに奥へと消えていった。
「くそっ、あの…バカ野郎!」
カガリはちっと舌打ちすると、再びシフトレバーを入れてコアを目指した。諦めるつもりなど毛頭なかった。
やがて、アスランはたった一人でジェネシスの機関部に辿り付いた。
ジェネシス本体は、大量破壊兵器とは思えないほど静かにうなっている。
誰もいない。機械音以外は何の音もせず、あたりを静寂が包んでいる。
アスランは効率よく爆発が起きるようにと、ジャスティスの腰部にある原子炉を開き、コックピットのパネルを起こして自爆コードを入れた。
そしてヤキンの自爆時間より少しだけ早く、タイマーをセットする。
(また、このコードを入れることになるなんて…)
無論、2度とこんなことはしたくなかった。
けれど今回はキラを殺すためではない。
キラをたった1人で置き去りにするためでもない。
父が残したものを背負って死ぬのは自分だけ…それだけが救いだった。
「キラ…後はお願い」
アスランは全てを終えると小さな声で独り言ちた。
(あなたは言った…私たちはまだ死ねないと。でも、私が死ねなかった「まだ」は、父の死と共に終わった…)
「わかったの。それが、私の役割だって」
―― だから、もう逝くね…
覚悟を決めた者の顔で、アスランは眼を閉じた。
(俺を守るんだろ!?)
しかしその途端、思い出したのはいつしか惹かれていた彼のことだった。
(その約束を果たすまで、おまえは死ねないからな!)
アスランはほんの少しだけ後悔していることに気づき、自嘲気味に笑った。
「約束、守れなかった…」
ごめん…そう呟いた時、自分の名を呼ばれた気がした。
気のせいだと思ったが、やがてその声がはっきりと聞こえた。
「アスランッ!」
「…カガリ!?」
アスランは振り返り、ストライクRの姿を認めて首を振った。
(どうして…?)
たじろぐように体が下がり、逃げ場のない背中がシートに当たった。
(なぜこんなところまで…戻れと言ったのに!)
「ダメだ!おまえ…逃げるなっ!」
カガリは開いた操縦席から精一杯身を乗り出して手を伸ばした。
「生きる方が、戦いだっ!!」
初めて出会った時のように、アスランはその琥珀色の瞳をとても綺麗だと思った。
ジェネシスの砲口が開き、周囲のガスが熱せられて光を発し始める。
ミラーブロックが設定された座標に向き、本体が不気味な音を立てる。
キラは最終兵器の前で、プロヴィデンスとの死闘を繰り広げていた。
足や頭部を失い、翼もほとんど失ったフリーダムは、たった一本残った腕でラケルタを構えた。これが、最後の攻撃になるだろうと予感していた。
(もし負けたら、私とフリーダムが、ジェネシスを防ぐ盾になる…)
自分には、フレイを守れなかった。でももう一つ、どうしても守りたいものがある。
アスランがいて、カガリがいて、ラクスがいて、サイも、ミリアリアも、マリューさんも、みんなもいて…こんなにも歪んで、醜くて、哀しいけれど…それでも…
「守りたい世界があるんだ!」
キラの動きに、もはや満身創痍のフリーダムは驚くほど素早く応えた。
今までのどんな戦いよりも速く、鋭く、歯切れのいい太刀筋がプロヴィデンスを切り刻んだ。あれほどの頑丈さを誇っていた装甲が切り裂かれ、剥がれて、機関にまでダメージを与える。
キラはそのまま迷うことなく腹部のコックピットを貫いた。
両者の背後には、ジェネシスの発射口があった。
プロヴィデンスは串刺しになったまますべての動きを止め、フリーダムは最後の力を振り絞ってスラスターを噴かすと、素早くその場を離脱した。
(なんという力…!)
クルーゼは、これこそが人類の最高傑作の、人の夢の結晶の力かと、悦びに打ち震えながら蒸発していった。
(この深き業がある限り、人は必ずや滅びの道を辿るだろう!)
孤独な彼には、最後までキラの力の源が理解できなかった。
大切なものを守りたいという、ただ純粋な想いが生み出す「力」を…
同時に、ジェネシスのコアで自爆したジャスティスが核爆発を起こした。
プロヴィデンスもまた、発射されかけたΓ線を受けて核爆発を起こす。
その相乗爆発はすさまじく、ミラーを破壊し、内部からの破壊と共にジェネシス本体をも破壊した。爆発は幾重にも連鎖してとどまらず、あたりには無数のデブリが散乱し、生身の負傷兵たちをジンが庇った。
その時、そこにいた者すべての眼に、光が届いた。
アークエンジェル、クサナギ、エターナル…ラクスは立ち上がり、凄まじい爆発に向かって何かを叫んだ。
もう誰も、この戦場で銃を撃つものはいない。
イザークは負傷した隊員を助けながら、破壊されたジェネシスを見つめていた。
(地球は、討たれなかった…)
戦いも憎みあいも、これからもまた続いていくだろう。
もしかしたら、戦争よりもっと悪い事が起きるかもしれない。
だが、今はこれでいいとイザークは思う。
「これでいいんだ…」
やがて戦場には、強力な磁場に乱されたアイリーン・カナーバの声が響いた。
「宙域のザフト全軍、ならびに地球軍に告げます。現在プラントは、地球軍、及びプラント理事国家との停戦協議に向け、準備を始めています。それに伴い、プラント臨時最高評議会は、現宙域に於ける全ての戦闘行為の停止を地球軍に申し入れます」
「停戦…」
「終わったのか」
ミリアリアとディアッカは、ブリッジでそれを聞いていた。
ミリアリアはディアッカを見上げ、ディアッカもまた彼女を見る。
その時2人の手は椅子の肘掛に置かれていたが、さりげなく触れ合っていた。
サイはふぅと息をつき、チャンドラやパル、トノムラたちもようやく椅子の背にもたれた。緊張が続き、ずっと前かがみになっていたので腰がきしむ。皆の顔にはようやく笑顔が戻り、空気がほっと緩んだ。ノイマンはマリューを振り返り、マリューは微笑みながら頷いた。
バルトフェルドもほっとしたが、沈痛な面持ちで下を向く。
ようやく終わったとはいえ、あまりにも犠牲の多い戦いだった。
(死んだ方がマシ、か…)
やるべき事をわかっていたから、皆、やらずにはいられなかった。
けれどそれは、巨大な戦争の中のほんの小さな足掻きに過ぎない。
同じく、ラクスもまた自分の無力さを歯がゆく思って頬杖をついた。
それでも、ほんの少しでも、戦った価値はあったのだと思いたい。散っていった命に、流された尊い血に、意義があったと思いたい…
(キラ…アスラン…)
今はただ、過酷な戦いを強いてしまった二人の無事を祈るばかりだ。
キサカはジェネシス爆破前から交信の途絶えたカガリを探させていた。
そのカガリは、爆発に巻き込まれたものの、相変わらず強固な装甲を誇って無事だったストライクRのコックピットからひょこっと顔を出した。
目の前にはデブリが漂い、静かになった戦場があった。
(終わったのか…これで、すべてが)
ジェネシスは爆破され、破壊されたミラーの残骸が見える。
何より、彼の大切な故郷でもある青く美しい地球が見えた。
カガリの後ろからは、アスランが出てきた。
カガリが彼女に見せようと体を動かし、地球を指差す。
それを見た途端、アスランの碧色の瞳に涙が溢れ出した。
「う…」
どちらからともなく抱き合うと、アスランは子供のように泣き始めた。
受け止めきれない哀しみと、たくさんの苦しみで一杯だった心が、命を救ってくれたカガリの胸の中でゆっくりと融かされていった。
「よかったな、生きてて…」
カガリが呟いた。
声を出さずに泣く癖のある彼女が今、彼の腕の中でしゃくりあげて泣いている。
カガリはいつもキラにしてやるように、その背を優しくぽんぽんと叩いてやった。
(こうやって思いっきり泣けるのも、生きてるからこそだ)
どこからか飛び出してきたトリィが宙域を飛んでいる。まるで、大切な主人を探して回っているように。
「キラ…」
ふと、サイがキラの名を呼んだ。
「キラさんは!?」
マリューも気づいてキラの安否を案じた。
「…キラは!?」
ようやく泣き止んだアスランもまた、カガリに聞いた。
「キラは…」
カガリはアスランと共に、再びストライクRに乗り込んだ。
キラは大破したフリーダムの傍に身を投げていた。
(たくさんの人が、死んでしまった)
あまりにも憎しみが強すぎて、あまりにも悲しみが深すぎて。
あまりにも怒りが抑えられなくて、もう何も見えなくなって。
自分が誰と戦っているか、何のために戦っているかすら忘れて。
ただ殺しあって、破壊しあって、傷つけあって、死んでしまった。
1人1人は、きっと皆、優しさを持っているのに。
その想いは、いつから捻れてしまったんだろう。
誰が、世界をこんな風に歪めてしまったんだろう…
キラは海の中から見た、歪んだ太陽と空を思い出した。
ゆらゆらと揺らめき、すぐに善にも悪にも傾いてしまう世界。
頼りなく、たやすく流され、なんとなく進んでいってしまう世界。
「私たちは…どうして…こんなところへ…来てしまったんだろう」
その問いに、答えてくれる者などいない。
キラの紫の瞳にかすかに涙が光った。
もう、真っ暗で何も見えない。行き先がわからない。
一体いつから…どうしてこんな風になってしまったんだろう…
その時、遠く彼方に優しい光が見えた。
その光は、まるで闇の中の灯火のように小さくて頼りない。
けれど、キラは涙のにじんだ瞳で微笑んだ。
傷ついたストライクRが真っ直ぐ向かって来た。
操縦しているカガリがいつものように笑っている。
アスランもハッチに座り、泣き顔のまま笑っている。
キラはそんな2人を見つめ、そして眼を閉じた。
今もまだ、哀しくて、辛くて、苦しい…でも、それでも…キラは想う。
トリィがキラの元に舞い降りた。
「私たちの…世界は…」
<完>
しかし実弾攻撃はすべて阻まれ、ローエングリンすらも威力が拡散した。
巨大な装甲は陽電子砲すらも受けつけないのだ。
「…く」
これにはラクスも思わず小さく呻いた。
「くっそー!厄介なもんを! 」
バルトフェルドはそれでもなお、攻撃を仕掛けるよう命じた。
そしてラクスは絶望的になりながらも、チャンネルを開き続けた。
「あんな小僧やナチュラルどもの艦、さっさと叩き落とさんか!」
既に地球軍の攻撃などほとんどない宙域では、プラント・ヤキンの防衛隊が、クライン一派の進軍を阻んでいた。しかしそれも本来の敵である地球軍との戦いが決した今となっては、兵たちには戸惑いと疑念を抱かせるに十分だった。
(もうジェネシスを撃つ必要はないのではないか…?)
(実質、戦いは終わったのではないか…?)
さわさわとざわめく前線の兵たちの熱は、徐々に冷め始めていた。
「ラクス様…」
ユウキはモニターに映し出されるエターナルを見つめている。
うるさいからと議長がボリュームを落とさせたため、ラクス・クラインの声は通信機のスピーカーを通してかすかに聞こえてくるだけだ。
「急げ!照準入力開始、目標、北米大陸東岸地区!」
その言葉に、ユウキがハッと顔をあげた。
(議長は…本気で大西洋連邦の中核を狙うというのか)
ジェネシスの威力では、本当に地球を破壊してしまうだろう。
(今のこの戦況で、そこまでやる必要があるのか?)
ユウキは黙ってザラを見つめていた。
「ジェネシスの巨大な装甲は、収束砲やビーム、陽電子砲ですら拡散する」
ラクスは、防衛線の第一ラインを突破したと報告してきたアスランとカガリにそう伝えた。
「つまり、外からの攻撃はほとんど受けつけないんだ」
それを聞いたアスランは、ジェネシスの分析データを見て考えこんでいたが、やがて言った。
「ヤキンに突入して、コントロールをつぶします」
「だが、内部に侵入したからといって効率的な破壊ができるとは限らんぞ」
バルトフェルドが止めたが、アスランは素っ気なく「大丈夫です」と答えると、突入の準備に取り掛かった。
「アスラン、だめだ!」
ラクスが思わず立ち上がり、強い調子で止めた。
「きみはまたそんなムチャを…」
「時間がない。切るわ」
アスランはラクスの言葉を遮り、ジャスティスからミーティアを外した。
ラクスがいくら呼びかけても、彼女はもはや答えない。
ラクスは大きなため息をつくと、まるで懇願するようにカガリに言った。
「…カガリくん、すまない。アスランを頼むよ…」
「大丈夫だ、まかせろ」
カガリはラクスを安心させるように笑った。
(クサナギに残っていたら、俺もきっとおまえのように心配だったろう…)
カガリは通信を切ると、心配そうな顔のラクスを思ってもう一度呟いた。
「大丈夫だ」
それからキサカに、「2人ほど突入部隊を回してくれ」と頼んだ。
「モビルスーツ接近!ブルー52、チャーリー」
ジャスティスとストライクRが去ると、新たな敵がエターナルの前に現れた。
「きみの蒙った悲劇は、実に楽しませてもらったがね。少しおいたが過ぎたようだ」
クルーゼはかつて自分を一喝した生意気な彼に砲口を向けた。
「そのまま『英雄』という名の道化を演じていればよかったものを!」
「回避!ポート40に回せ!」
バルトフェルドが取り舵を命じた。
エターナルがライフルとドラグーンによるビームを受け、衝撃に揺らぐ。
「ち…なんだ、あれは!」
「世界は伝説や神話のように優しくはないのだよ!」
バルトフェルドが不自由な体でバランスを崩した時、輝く白い翼が真っ直ぐに飛び込んできた。
「はぁっ!」
キラはサーベルで斬りかかり、クルーゼはシールドでそれを受ける。
「あなたは!あなただけは!!」
キラの心は再び澄み切っていた。
決して感情に突き動かされているわけでも、興奮や動揺しているわけでもない。
(憎しみや怒りで戦うんじゃない)
フレイの最後の微笑を思い出すと、やはりズキリと胸が痛む。
(だけど、自分が何と戦わねばならないのか、もう見失いはしない!)
キラの想いは、再びキラの心をクリアにした。
クルーゼはフリーダムを弾き飛ばすと、叫んだ。
「いくら叫ぼうが今さら!ジェネシスは放たれる…地球に!」
そしてドラグーンが一斉に発射される。
「ええい!」
キラは今までになく素早く動いてそれを避けた。
「これが定めさ!知りながらも突き進んだ道だろう!」
「なにを!」
キラはライフルを構え、ドラグーンを一つずつ捉えて破壊した。
「言ったはずだ。私は常に道を示しただけだと。選んだのは人!正義と信じ、わからぬと逃げ、知らず!聞かず!」
その道が正しいと知りながら選ばず、正しいと信じたい道を行く…クルーゼは全てをぶつけるようにキラに斬りかかった。怒りも、憎しみも、嘲りも、厭世も…それらを生み出した「絶望」そのものも。
「そして世界が終わるその時になって、なぜこんな事を…と叫ぶのか!自分の無知を棚に上げ、知ろうとしなかった怠惰から眼を逸らして!」
「く…っ!」
偽りの平和の中にいた自分は戦いの場に引きずり出され、平和だったオーブも今はもうない。自分を含む多くの人々が、平和は当たり前のことと思い、戦争は対岸の火事としか思わなかった。
(それでも…それでも、戦わずに済むなら…!)
キラは再び顔を上げた。
「その果ての終局だ!もはや止める術などない!」
クルーゼは再びやや数の減ったドラグーンを飛ばす。
そしてシールドからサーベルを出すと向かってきた。
「そして滅ぶ、人は!滅ぶべくしてな!」
「そんなこと…あなたが決めることじゃない!」
キラはシールドではじき返し、二本のサーベルを抜いた。
「戦うことしかできない世界なんか、私は受け入れたくない!!」
「ジェネシス照準、目標、地球大西洋連邦首都、ワシントン!」
ミラー換装の終わったジェネシスに照準座標がインプットされた。
シモンズの言うように、強力なΓ線は地上の土地を焼き払い、海を沸騰させ、気象変動を起こして、やがては地表にいる8割の生物を死滅させてしまう。
ユウキはザラを見つめ、逡巡し続けていた。
(我々コーディネイターはこの人についていっていいのだろうか?凄まじい量の血に手を染めても、我々の未来は幸せに満ちるのだろうか?)
長くアカデミー教官を勤めた彼の脳裡には、意気盛んで優秀な若者たちの姿が浮かんだ。しかし自分が戦場へと送り出した彼らのいく割かは、既にこの世にはいない。
ユウキは迷いながら一歩を踏み出した。
(もう一度…議長に話してみよう…どうか考え直して欲しいと)
「やめなさい!もうやめるのよ、こんな戦い!」
ヤキン防衛網に入り込めば入り込むほど、防衛隊の数は増えていく。
地球軍はもはや戦闘不能だ。こうして彼らが意志を持って戦うのは、即ちジェネシスを撃たせるつもりだからだ…アスランは身軽になったジャスティスを駆り、ハルバートモードに繋げたサーベルを振るう。
「本当に滅ぼしたいの!?あなたたちも!すべてを!」
「奴らが先に撃ったのだ!」
「ポアズには弟もいた!」
怒りに駆られて叫びながらかかってくるジンを切り裂き、ゲイツのライフルを撃ち落して、アスランは憎しみと怒りの渦巻く戦場にやりきれなさを感じる。
(皆、ここまで来てしまった…連れて来てしまったのだ…私の父が…)
アスランは歯を食いしばって防衛線を突破し、ついに要塞に到着した。
アスランとカガリ、それにクサナギから護衛としてやってきた2機のM1は、手薄な第4ドックを選び、港口を破壊した。そしてモビルスーツを係留すると、それぞれバックパックとスラスターを装着してコックピットを出た。
しかし互いの姿を確認した途端、アスランはカガリに冷たく言った。
「あなたは残って」
それを聞いたカガリは呆れたように肩をすくめた。
「バカ言うな」
「危険だわ。私は軍人よ。訓練を受けてるわ」
「…アスラン」
カガリはアスランの腕を取り、護衛のキクチとカノウから少し離れた。
「俺も行く。ダダはこねるな。意地っ張りはなしだ」
アスランはムッとしてカガリの腕を振り払った。
「ダダをこねてるのは…」
どっちよと抗議しようとしたのだが、その言葉をカガリが遮った。
「おまえ、俺を守るんだろ!?」
はっとアスランが息を呑む。
「守ると言ったんだから、ちゃんと守れ!」
カガリは人差し指を立てると、真っ直ぐ彼女を指差した。
「その約束を果たすまで、おまえは死ねないからな」
(あなたは、まだ死ねないよ)
アスランは少し驚いて、キラと同じ事を言ったカガリの顔を見つめた。
ミゲルやラスティ、ニコル、キラの友人で、ミリアリアの恋人だったトール…多くの命の分も、私はまだ死ねない。答えを見つけ出していない。
黙り込んだアスランに、カガリは言った。
「行こう。俺たちでジェネシスを止めるんだ」
アスランは黙って頷き、カガリはその背を軽く叩いた。
港口にはカノウを残し、ザフトのスーツを着ているアスランが道を開いた後に、カガリと護衛のキクチが続く段取りにした。キクチはキサカの懐刀で、強襲を得意とする特殊部隊に所属している。
アスランは寡黙な彼と迅速に突入ルートを確認しあい、簡単な指文字で会話をした。
守備兵に気づかれた時は、彼が正確な射撃をもってカガリを護衛し、アスランは手榴弾を投げてその場を撹乱した。
ヤキン内の様子は、随分手薄に思えた。
ジェネシスの準備が整いつつあるからか、もはや地球軍の脅威がなくなったからなのか、最終決戦を迎える割にはどうも静かな様相だ。兵たちもなんとなく動揺しているように見える。
先ほどから説得を続けているラクスの声に、まだ年若い兵が多いザフト内に、そこはかとない疑念が広がっていたせいかもしれない。
既に座標が入力されたジェネシスは、あとは発射するだけとなっていた。
「何をしている。急げ!これで全てが終わるのだぞ!」
パトリック・ザラはためらうオペレーターや側近たちに苛立って言った。
「議長!」
その時、ついにユウキが口を開いた。
「この戦闘、既に我らの勝利です」
皆の迷いはもっともなことだ。むしろ正常な判断力を持つ者ならもはやあんなものを撃って地球を滅ぼす必要はないと考えるはずだ。
「撃てば、地球上の生物の半数が死滅します。もうこれ以上の犠牲は…」
突然、銃声が響いた。
司令部は水を張ったようにピーンと静まり返る。
実の娘を撃ったものと同じ銃を構えたザラは、進み出たユウキに発砲したのだ。
ユウキは何が起きたのかわからず、浮遊しながら天井を見上げていた。
(自分は、何か間違った事を言っただろうか?まさか、そんな事はない…)
血飛沫が水玉となってあたりに散る。腹部に焼けつくような痛みが走った。
「議…長…」
ユウキは言葉と共に血を吐いた。
「フリーダムは?」
整備班の活躍でなんとかエンジンが回復したアークエンジェルは、万全ではない状態ながらそろそろと航行を続けていた。
「わかりません。エターナルも、クサナギも…」
さっきから彼らを探しているサイがマリューに答える。
二隻はヤキン防衛網を突破し、ジェネシスへの攻撃を続けていたのだが、アークエンジェルからは遠すぎて正確な位置がつかめなかった。
あの新型にかなり苦戦していた…サイは最後に見たキラを思う。
(大丈夫かな、キラ…)
ミリアリアは、モニターに残るストライクのロストシグナルを消した。
一方もう一つのシグナルは、かなりのダメージを示してはいるが、無事に着艦・収容されたことを示している。
(ボロボロになって、血まみれになって…)
ミリアリアがきゅっと唇を噛んだ。
(なのに、笑ってた…あいつ)
その顔を見たら思わず泣きそうになって、モニターを切ってしまった。
(でも、よかった…あいつが生きてて、よかった…)
たくさんの命が散った今、心からそう思う。
バスターを運んできたイザークは、初めて宿敵の艦に入っていた。
敵であるデュエルを拒む事もなかった「足つき」のハンガーでは、ナチュラルたちが忙しく働いている。
ケガをしたディアッカを見て皆が心配して駆け寄り、マードックが救護班を手配してくれた。
「随分と派手にやられたなぁ、坊主」
「こいつのデュエルに、予備のバッテリーパックを頼む」
傷の手当を受けながら、ディアッカはマードックに頼んだ。
「おまえ、また戻るんだろ、防衛に」
イザークは黙って頷く。
おまえも一緒に…と喉まで出かかったが、そのままぐっと飲み込んだ。
(それはこいつ自身が決める事だ。俺がどうこうできることじゃない)
ナチュラルの整備兵たちと親しげに話すディアッカを見て思う。
それに、彼らは自分のデュエルも補給と簡単な整備をしてくれるという。
少し前なら、ナチュラルに機体を触らせるなどあり得なかった。
イザークはふん、と自嘲気味に笑った。
(俺も相当ヤキが回ったな)
「予備の装備を持っていきな」
武装を失ったデュエルに、マードックがライフルとシールドを装備させてくれた。武器まで…イザークは、ディアッカの言葉を実感した。
(彼らにとって、俺はもう本当に敵ではないということか)
「ストライクのヤツも、兄弟機が使うんなら浮かばれるだろうよ」
「ずいぶん感傷的だな」
イザークは湿っぽい顔をしているマードックに言った。
「モビルスーツは武器だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そりゃ…そうだけどな」
マードックは照れ隠しもあってくしゃっと笑った。イザークは顔を背け、けれどはっきりと言った。
「…だが礼を言う。すまない」
頭に包帯を巻いたディアッカがデッキから手を振る。
「終戦になったら、また会おうぜ!」
それから「親父に会ったらよろしくな」と言われ、イザークは「知るか!俺は伝書鳩じゃないぞ!」と言い返した。そのやり取りが嬉しくて、ディアッカは楽しそうに笑う。
やがてデュエルは再び戦闘宙域へと飛び出したが、イザークの心には、さらなる強い思いが芽生えていた。
(ジェネシスを撃ってはならない…ナチュラルを滅ぼして手にする未来など、俺はもういらない)
デュエルを見送り、少し寂しそうな表情を見せているディアッカの背を、マードックが思いっきり叩いた。
「ほぅら、坊主!早く行ってやれ。心配してるぞ?」
さっきからモニターが点いたり消えたりして、ミリアリアが様子を窺っていた。
「きみが望もうが望むまいが、これが『結果』だ」
キラとクルーゼの戦いは続いていた。
「そんな、あなたの理屈!」
キラは距離をとり、バラエーナとクスィフィアスを起こしてドラグーンを攻撃し続けていたが、なかなか数を削れない。
クルーゼ自身が卓越した操縦者なので回避されてしまうのだ。
「くっ…!」
逆に砲門を開いたフリーダムこそ大きな的になり、ダメージを受ける。
「それが人だよ、キラ・ヤマト!」
「違う!人は…人はそんなものじゃない!」
「はっ!何が違う!?何故違う!?」
「ぐ…っ」
ドラグーンがフリーダムの翼を削り、フリーダムも負けじとプロヴィデンスの肩を破壊してダメージを与えていく。
「この憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者たちの世界で!」
キラはドラグーンの直撃を受けてライフルを失った。
「何を信じ、なぜ信じる!?」
「何も信じようとしないから、何も知らない!」
「知らぬさ!所詮人は己の知ることしか知らぬ!」
「違う!あなたが、何も知ろうとしないから!」
キラはプロヴィデンスのシールドで押し返されて後方に飛ばされ、体勢を整える間もなく襲い掛かってきたドラグーンの直撃を受けた。
「うわっ!」
「まだ苦しみたいか!いつか!やがていつかはと!」
不要だと捨てられ、存在価値を見出せず、這いつくばって生きてきたクルーゼは、自身がそれに裏切られ続けてきた苦い想いを吐露した。
「そんな甘い毒に踊らされ一体どれほどの時を戦い続けてきた!?」
アスランがカガリと司令部に侵入した時、オペレーターや兵たちは司令官席、すなわちパトリック・ザラがいるバルコニーを見上げていた。
「奴らが…敵はまだそこにいるのに、なぜそれを討つなと言う?」
議長は銃を持った手を上げたまま、側近たちに怒鳴った。
あの日…ユニウスセブンが討たれた日、彼の心の時計は止まってしまった。
愛する妻を失い、凍えきった心が望んだのは、自分と同じ想いを彼らに…ナチュラルたちに味わわせることだった。
「おまえたちもシーゲルと同じか!!」
親友だと、盟友だと信じた男は、パトリック・ザラの心の痛みよりも、彼を苦しめた相手との対話と理解、そして協調と和平を求めた。
我らを癒すのは、奴らへの血の報復だけだったというのに…
「そしてその結果がまたしても核だ!」
議長は口角泡を飛ばした。
「ヤツらは討ってきたではないか!何の躊躇もせずに!」
シーゲル・クラインが封じたその力を、彼自身が解き放ってしまったために相手にも利用された事など忘れたかのように、議長は言い放った。
血は血で購われなければならない…痛みと哀しみもまた然り。
「討たねばならんのだ!討たれる前に!敵は滅ぼさねばならん」
ザラ議長は自分の近くにいたオペレーターを乱暴に押しやると、自らの手でジェネシスの発射シークエンスを開始した。
それを見て周囲の者たちが一斉にざわめいた。
「まだ全軍への退避命令も出ていないぞ!?」
「議長!射線上にはまだ我が軍の部隊が!」
「勝つために戦っているのだ!皆、覚悟はあろう!」
「議長!」
同胞の犠牲も厭わないその言葉に、司令部がどよめいた。
司令官席での揉め事を不安げに見上げていた兵たちも、顔を見合わせる。
「この…」
その時、既に瀕死の重傷を負っていたレイ・ユウキが身を起こし、最後の力を振り絞って銃を構えた。
「議…長…あなたは…間違ってい…ます…」
今度の銃声は、3発だった。
混乱に乗じてバルコニーに向かったアスランは、目の前で父が倒れる様を見た。
父を撃ったレイ・ユウキは発砲と同時に事切れ、遺体は宙に浮いて漂った。
司令部は不穏な空気に包まれた。
戦況と、侵入者がいるらしいという情報、そして議長に何かがあったという動揺…海面が波立つようにざわめきが大きくなる。
「まずいな…キクチ、援護を頼む」
カガリは辺りの様子を見てそう言うと、父の元に向かったアスランを追った。
アスランはバイザーを上げ、跪いて父を抱え起こした。
ユウキが放った3発全てをその身に喰らい、ごぼごぼと血を吐く父は、ひゅーひゅーと漏れるような呼吸をしていた。もはや、すぐ傍にいる娘の顔も見えていないようだ。彼は自分に触れている者に最期の命令を下した。
「撃て…ジェネシ…我らの…世界を奪っ…報い…」
そう言った途端、父の口から大量の血が吐き出された。
そして、その体はもう二度と動かなかった。
「父…上…」
アスランは死んだ父を抱いたまま、呆然として動かない。
(平和に、穏やかに、幸せに暮らしたい…我らの願いはそれだけだったのです)
自分は、父の苦しみを理解しきれなかった…父とて、最初からナチュラルを滅ぼそうと考えていたわけではないはずだ。
(我々は、我々を守るために戦う)
大切なものを守るために…けれど、彼の心は折れてしまっていた。
大切なものを失って絶望し、哀しみのあまり折れてしまっていた。
(戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!)
その愚かな行為が多くの人を苦しめ、死に至らしめてしまった…
「アスラン…」
カガリは2人の傍らに立つと、ふと、漂っている小さな古い写真モニターを手に取った。
そこには藍色の髪をした美しい女性と幼いアスランが写っている。
(これが、パトリック・ザラの「奪われた世界」…)
アスランは相変わらず声ひとつ出さずに泣いていた。
その姿があまりに痛々しくて、カガリは思わずため息をついた。
(生きていれば、また話せるかもしれないと励ましたのに)
抱き締めてやりたい気持ちはあったが、状況を思えばそうもいかない。
カガリは銃を構えて周囲を警戒しながら、アスランの涙が収まるまで待った。
前線では兵士たちにも錯綜した情報が入り、動揺が広がっていた。
ジェネシスが撃たれるならそろそろ撤退命令がくるはずだが、混乱した様子の司令部からは何も指示がないままだった。
しかも議長が死んだとか、侵入者がどうとか、兵士たちには理解できない情報が飛びかっている。戦場には正しい情報が流れてきていなかった。
ブリッジに上がってきたディアッカにも手伝ってもらい、サイはようやくエターナルとクサナギの座標を割りだして、アークエンジェルは両艦と合流する事ができた。
しかしジェネシスが発射準備に入った様子もなく、防衛ラインもひどく混乱しているようで、ラクスたちもどうした事かと判断しかねていた。
(アスラン…カガリくん…ヤキン・ドゥーエで一体何があったんだ?)
ラクスは内部に侵入しているはずの2人を案じた。
その頃、ヤキン司令部ではアラートが鳴り響いていた。
「総員、速やかに施設内より退去してください」
冷たいコンピューター音声が、それ以上に冷たい事実を告げている。
すべてのモニターが退去せよと警告に変わり、タイマーが現れた。
アスランはようやく涙を拭いて立ち上がると、近くのモニターを覗き込んだ。
そして突然、キラに負けない速さで3Dキーボードを叩きはじめた。
何度か試すものの、モニターにはそのたびにエラーが出るばかりだ。
「アスラン?」
「…ヤキンの自爆シークエンスに、ジェネシスの発射が連動してる…」
「ええっ!?」
カガリもモニターを覗き込んだ。自爆までほとんど猶予がない。
「こんなことをしても、戻るものなど何もないのに!」
アスランが机を叩き、怒りとも無念さとも取れる想いを吐き出した。
ヤキンの司令部から兵がわらわらと退却していく頃、プラントでも動きがあった。
「どういうことだ…?」
アプリリウス行政府において指揮を執っていたエザリア・ジュールに対し、アイリーン・カナーバら穏健派議員が政権の明け渡しを要求したのだ。
(クーデターだと?こんな時に…!)
エザリア・ジュールは才溢れる年若いカナーバを睨みつけた。
ラクスが密かに手配していたテロリストまがいのレジスタンスが彼らの奪還に成功すると、穏健派もその名に反してザフト内のクライン派を動かし、武力によって司令部を制圧したのだった。
彼らはエザリア・ジュールらを拘束すると、発言権を失っていた中立派のエルスマンらに協力を求め、直ちに停戦勧告の草稿作りに取り掛かった。今、ようやく戦争終結への動きが加速し始めていた。
しかし、前線ではまだ死闘が繰り広げられている。
クルーゼはヤキン・ドゥーエで何が起こったかを知り、高らかに笑った。
「どのみち私の勝ちだ!ヤキンが自爆すればジェネシスは発射される!」
キラは驚いて言葉がなかった。
(ヤキン・ドゥーエが自爆?どうして…ううん、それよりジェネシスが!)
「もはや止める術はない!地は焼かれ、涙と悲鳴は新たなる争いの狼煙となる!」
「そんな…」
―― でも、戦っても終わらないよ、戦争は…
(皆、こんなに頑張って、戦って、傷ついたのに…)
それでも、やっぱりこの戦争は終わらないのだろうか?
キラはそこではっと気づいた。
(アスランとカガリは?)
すぐ近くにあるヤキンが自爆したら2人とも巻き込まれるんじゃ…それに、ラクスやマリューさんたちだって近くにいるはずだ。皆、きっと今もジェネシスを止めようとしてるはずだ。
「人が数多持つ予言の日だ!」
「そんなこと…」
「それだけの業!重ねてきたのは誰だ!」
フリーダムはさらにスピードを上げたドラグーンに囲まれ、腕と足を一本ずつ奪われて小さな爆発を続けて起こした。
「あなたもこの戦争を操った1人だ!」
「きみとてその一つだろうが!」
再びプロヴィデンスの猛攻を受け、キラはフリーダムの足を完全に失った。
ドラグーンも減ってはいるが、それでもまだ威力がある。
一体、この男のどこにこれほどまでの力があるというのか…キラは彼のあまりにも深い怒りと憎しみを思って背筋が凍る。
「それでも!」
キラは残った腕で再びラケルタを抜いた。
(私は負けるわけにはいかない。世を憎むこの人にだけは!)
「待てよ、アスラン!」
無言のまま港口のジャスティスに戻ったアスランを追ったカガリは、そのまま素早くコックピットに滑り込んだ彼女を覗き込んだ。
「どうするつもりだ!?」
「ジェネシスの内部で、ジャスティスを核爆発させる」
「えっ!?」
アスランは驚くカガリに構いもせず、ハッチを閉じてジャスティスを発進させると、そのままジェネシスのコアへと向かってしまった。
カガリも慌てて起動させたストライクRで彼女を追う。
「…だって、そんなことをしたらおまえは…」
「それしか方法はない。あなたは戻って!」
「アスラン!」
それでもなお追いすがるカガリを引き返させるため、アスランは背負ったファトゥムを外すと、ストライクRに向かわせた。
「だめよ!来ないで!」
「うっ…!」
ファトゥムに直撃されたストライクRは、スピードを殺されて失速する。
ジャスティスはそのままスピードを上げ、さらに奥へと消えていった。
「くそっ、あの…バカ野郎!」
カガリはちっと舌打ちすると、再びシフトレバーを入れてコアを目指した。諦めるつもりなど毛頭なかった。
やがて、アスランはたった一人でジェネシスの機関部に辿り付いた。
ジェネシス本体は、大量破壊兵器とは思えないほど静かにうなっている。
誰もいない。機械音以外は何の音もせず、あたりを静寂が包んでいる。
アスランは効率よく爆発が起きるようにと、ジャスティスの腰部にある原子炉を開き、コックピットのパネルを起こして自爆コードを入れた。
そしてヤキンの自爆時間より少しだけ早く、タイマーをセットする。
(また、このコードを入れることになるなんて…)
無論、2度とこんなことはしたくなかった。
けれど今回はキラを殺すためではない。
キラをたった1人で置き去りにするためでもない。
父が残したものを背負って死ぬのは自分だけ…それだけが救いだった。
「キラ…後はお願い」
アスランは全てを終えると小さな声で独り言ちた。
(あなたは言った…私たちはまだ死ねないと。でも、私が死ねなかった「まだ」は、父の死と共に終わった…)
「わかったの。それが、私の役割だって」
―― だから、もう逝くね…
覚悟を決めた者の顔で、アスランは眼を閉じた。
(俺を守るんだろ!?)
しかしその途端、思い出したのはいつしか惹かれていた彼のことだった。
(その約束を果たすまで、おまえは死ねないからな!)
アスランはほんの少しだけ後悔していることに気づき、自嘲気味に笑った。
「約束、守れなかった…」
ごめん…そう呟いた時、自分の名を呼ばれた気がした。
気のせいだと思ったが、やがてその声がはっきりと聞こえた。
「アスランッ!」
「…カガリ!?」
アスランは振り返り、ストライクRの姿を認めて首を振った。
(どうして…?)
たじろぐように体が下がり、逃げ場のない背中がシートに当たった。
(なぜこんなところまで…戻れと言ったのに!)
「ダメだ!おまえ…逃げるなっ!」
カガリは開いた操縦席から精一杯身を乗り出して手を伸ばした。
「生きる方が、戦いだっ!!」
初めて出会った時のように、アスランはその琥珀色の瞳をとても綺麗だと思った。
ジェネシスの砲口が開き、周囲のガスが熱せられて光を発し始める。
ミラーブロックが設定された座標に向き、本体が不気味な音を立てる。
キラは最終兵器の前で、プロヴィデンスとの死闘を繰り広げていた。
足や頭部を失い、翼もほとんど失ったフリーダムは、たった一本残った腕でラケルタを構えた。これが、最後の攻撃になるだろうと予感していた。
(もし負けたら、私とフリーダムが、ジェネシスを防ぐ盾になる…)
自分には、フレイを守れなかった。でももう一つ、どうしても守りたいものがある。
アスランがいて、カガリがいて、ラクスがいて、サイも、ミリアリアも、マリューさんも、みんなもいて…こんなにも歪んで、醜くて、哀しいけれど…それでも…
「守りたい世界があるんだ!」
キラの動きに、もはや満身創痍のフリーダムは驚くほど素早く応えた。
今までのどんな戦いよりも速く、鋭く、歯切れのいい太刀筋がプロヴィデンスを切り刻んだ。あれほどの頑丈さを誇っていた装甲が切り裂かれ、剥がれて、機関にまでダメージを与える。
キラはそのまま迷うことなく腹部のコックピットを貫いた。
両者の背後には、ジェネシスの発射口があった。
プロヴィデンスは串刺しになったまますべての動きを止め、フリーダムは最後の力を振り絞ってスラスターを噴かすと、素早くその場を離脱した。
(なんという力…!)
クルーゼは、これこそが人類の最高傑作の、人の夢の結晶の力かと、悦びに打ち震えながら蒸発していった。
(この深き業がある限り、人は必ずや滅びの道を辿るだろう!)
孤独な彼には、最後までキラの力の源が理解できなかった。
大切なものを守りたいという、ただ純粋な想いが生み出す「力」を…
同時に、ジェネシスのコアで自爆したジャスティスが核爆発を起こした。
プロヴィデンスもまた、発射されかけたΓ線を受けて核爆発を起こす。
その相乗爆発はすさまじく、ミラーを破壊し、内部からの破壊と共にジェネシス本体をも破壊した。爆発は幾重にも連鎖してとどまらず、あたりには無数のデブリが散乱し、生身の負傷兵たちをジンが庇った。
その時、そこにいた者すべての眼に、光が届いた。
アークエンジェル、クサナギ、エターナル…ラクスは立ち上がり、凄まじい爆発に向かって何かを叫んだ。
もう誰も、この戦場で銃を撃つものはいない。
イザークは負傷した隊員を助けながら、破壊されたジェネシスを見つめていた。
(地球は、討たれなかった…)
戦いも憎みあいも、これからもまた続いていくだろう。
もしかしたら、戦争よりもっと悪い事が起きるかもしれない。
だが、今はこれでいいとイザークは思う。
「これでいいんだ…」
やがて戦場には、強力な磁場に乱されたアイリーン・カナーバの声が響いた。
「宙域のザフト全軍、ならびに地球軍に告げます。現在プラントは、地球軍、及びプラント理事国家との停戦協議に向け、準備を始めています。それに伴い、プラント臨時最高評議会は、現宙域に於ける全ての戦闘行為の停止を地球軍に申し入れます」
「停戦…」
「終わったのか」
ミリアリアとディアッカは、ブリッジでそれを聞いていた。
ミリアリアはディアッカを見上げ、ディアッカもまた彼女を見る。
その時2人の手は椅子の肘掛に置かれていたが、さりげなく触れ合っていた。
サイはふぅと息をつき、チャンドラやパル、トノムラたちもようやく椅子の背にもたれた。緊張が続き、ずっと前かがみになっていたので腰がきしむ。皆の顔にはようやく笑顔が戻り、空気がほっと緩んだ。ノイマンはマリューを振り返り、マリューは微笑みながら頷いた。
バルトフェルドもほっとしたが、沈痛な面持ちで下を向く。
ようやく終わったとはいえ、あまりにも犠牲の多い戦いだった。
(死んだ方がマシ、か…)
やるべき事をわかっていたから、皆、やらずにはいられなかった。
けれどそれは、巨大な戦争の中のほんの小さな足掻きに過ぎない。
同じく、ラクスもまた自分の無力さを歯がゆく思って頬杖をついた。
それでも、ほんの少しでも、戦った価値はあったのだと思いたい。散っていった命に、流された尊い血に、意義があったと思いたい…
(キラ…アスラン…)
今はただ、過酷な戦いを強いてしまった二人の無事を祈るばかりだ。
キサカはジェネシス爆破前から交信の途絶えたカガリを探させていた。
そのカガリは、爆発に巻き込まれたものの、相変わらず強固な装甲を誇って無事だったストライクRのコックピットからひょこっと顔を出した。
目の前にはデブリが漂い、静かになった戦場があった。
(終わったのか…これで、すべてが)
ジェネシスは爆破され、破壊されたミラーの残骸が見える。
何より、彼の大切な故郷でもある青く美しい地球が見えた。
カガリの後ろからは、アスランが出てきた。
カガリが彼女に見せようと体を動かし、地球を指差す。
それを見た途端、アスランの碧色の瞳に涙が溢れ出した。
「う…」
どちらからともなく抱き合うと、アスランは子供のように泣き始めた。
受け止めきれない哀しみと、たくさんの苦しみで一杯だった心が、命を救ってくれたカガリの胸の中でゆっくりと融かされていった。
「よかったな、生きてて…」
カガリが呟いた。
声を出さずに泣く癖のある彼女が今、彼の腕の中でしゃくりあげて泣いている。
カガリはいつもキラにしてやるように、その背を優しくぽんぽんと叩いてやった。
(こうやって思いっきり泣けるのも、生きてるからこそだ)
どこからか飛び出してきたトリィが宙域を飛んでいる。まるで、大切な主人を探して回っているように。
「キラ…」
ふと、サイがキラの名を呼んだ。
「キラさんは!?」
マリューも気づいてキラの安否を案じた。
「…キラは!?」
ようやく泣き止んだアスランもまた、カガリに聞いた。
「キラは…」
カガリはアスランと共に、再びストライクRに乗り込んだ。
キラは大破したフリーダムの傍に身を投げていた。
(たくさんの人が、死んでしまった)
あまりにも憎しみが強すぎて、あまりにも悲しみが深すぎて。
あまりにも怒りが抑えられなくて、もう何も見えなくなって。
自分が誰と戦っているか、何のために戦っているかすら忘れて。
ただ殺しあって、破壊しあって、傷つけあって、死んでしまった。
1人1人は、きっと皆、優しさを持っているのに。
その想いは、いつから捻れてしまったんだろう。
誰が、世界をこんな風に歪めてしまったんだろう…
キラは海の中から見た、歪んだ太陽と空を思い出した。
ゆらゆらと揺らめき、すぐに善にも悪にも傾いてしまう世界。
頼りなく、たやすく流され、なんとなく進んでいってしまう世界。
「私たちは…どうして…こんなところへ…来てしまったんだろう」
その問いに、答えてくれる者などいない。
キラの紫の瞳にかすかに涙が光った。
もう、真っ暗で何も見えない。行き先がわからない。
一体いつから…どうしてこんな風になってしまったんだろう…
その時、遠く彼方に優しい光が見えた。
その光は、まるで闇の中の灯火のように小さくて頼りない。
けれど、キラは涙のにじんだ瞳で微笑んだ。
傷ついたストライクRが真っ直ぐ向かって来た。
操縦しているカガリがいつものように笑っている。
アスランもハッチに座り、泣き顔のまま笑っている。
キラはそんな2人を見つめ、そして眼を閉じた。
今もまだ、哀しくて、辛くて、苦しい…でも、それでも…キラは想う。
トリィがキラの元に舞い降りた。
「私たちの…世界は…」
<完>
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制作裏話-PHASE50②-
逆転SEEDもこれにてついに完結です。
本編では電波だったラクスを、重い責任を背負う指導者として描きたい、泣いてばかりだったカガリを、苦しみを乗り越えて成長する為政者として描きたい…それこそがこの逆転SEEDを書こうと思ったきっかけでした。
さらに「最終決戦でのキラVSクルーゼを何とかしたい」「キラを成長させる『大人』を描きたい」「キラとラクスに戦う意志をきちんと示させたい」「フレイを無駄死キャラではなく、対立する両者の間に立つキャラにしたい」「ヤク中トリオのキャラを立たせたい」などなど…
いえ…やはり後半、私の心を大きく占めたのは、「逆転DESTINYに繋がる展開にしたい」というものでした。
今回の加筆修正によって、書いている当時はどうも見えにくかったキラVSクルーゼをはっきりさせる事ができました。ドラマ的にはどうしてもアスランとカガリのターンの方が気になるので、ただ討ち合っているキラのターンはイマイチ盛り上がりに欠けるのです。
本編はこの事に加えてキラきゅんがクルーゼとの舌戦に全く歯が立たないという体たらく。なので逆転のキラは、言葉足らずではありますが果敢に言い返します。主人公ならこれくらいステレオタイプにやってもらわないと。
SEEDの最終回はかなり気に入っているので、特に改変した部分はありません。
本編では議長を殺すレイ・ユウキ(よく考えたらSEEDもDESTINYも議長殺しは「レイ」なんですね)の心境が見えづらいので、彼には初登場時もクルーゼと交替時も、少しキャラに肉付けしました。
また本編では、穏健派がいきなり現れてエザリア・ジュールを拘束するのがあまりにも駆け足だったので、以前からラクスが手配していたレジスタンスの伏線をここで生かし、さらに逆デスへと繋げていきました。
父親やらジェネシスやらで切羽詰まり、完全に周りが見えなくなっているアスランをカガリがやんわりと止めるシーンを入れ込み、彼が冷静であるという描写を入れています。
それに元婚約者であるラクスもアスランの無茶はよく知っているので、彼女をカガリに託します。
アスランが自爆を覚悟したシーンでキラに思いを吐露し、カガリの事を少し残念に思う、などはまぁまぁ気に入っています。「約束」も生かせました。
PHASE24、31、そして今回と、「アスランがカガリの琥珀色の瞳を美しいと思う」伏線も回収完了です。
「これ(父の愚考の責任を取って自爆する)が自分の役割」と言わせたのはもちろん逆デスを意識しています。つまりカガリは、アスランの考えた「役割」、さらに議長の考える「役割」も否定するのです。ラクスとは違い、ウズミの元で育ってきていずれは首長となる運命を持つカガリならではの、これぞまさに「役割」ですね。
イザークがアークエンジェルで過ごすシーンのセリフなどは創作ですが、本編にもちゃんとワンシーンだけ描かれています。(イザークがデュエルとバスターの前でディアッカと話をしているのです)実際、ラスト周辺のデュエルはストライクのシールドを持ってますし、武装を失ったデュエルがライフルを持っているので、これも貰ったはずです。
王子は最後までおいしいキャラとして、ディアッカの意思を尊重し、マードックにもちゃんと礼を述べさせて大人にしました。
ついでにディアッカとミリアリアには最後にちょっとだけいい感じになってもらいました。いや~、本当に可愛いですね、この2人は。
登場した頃、バルトフェルドが言っていた「死んだ方がマシ」も、もったいないのでもう一度彼に呟かせています。実際、この戦いが終わったところで待ち受けていたのは真の平和などではなく、戦いに明け暮れるDESTINYの世界です。なのでなんとなく重苦しさと憂鬱さを描写してみました。逆に言えば「まだ続編があるさ」という明るさ?でもあるかなと…
クルーゼがキラの凄まじい力に悦びすら覚えて消滅するというのも彼らしくていいかなと思います。反面、キラは結局力でしか戦いを止められず、彼を殺す事でしか終わりにできなかった。フレイを失い、仲間を失い、力があっても何も救えないのだという事をまざまざと感じてしまいます。これが2年間の隠遁生活に繋がる、としました。女の子は「家事手伝い」という逃げ道があっていいですね。
それにしてもこうしてみるとこの戦いによって「力があっても救えない、力で何かを変える事はできない」と痛感したキラは、「力がないから救えなかった、だから力が欲しい」というシンのまさに対極にいるキャラですよね。ホント、シンは設定だけ見れば立派な主人公なのになぁ…
カガリが地球を見つめるシーンは本編にはありませんが、こんなシーンがあったらいいなと思って書きました。L4あたりなら見えているはずです。
アスランはカガリに命を救われ、抱き締められて堰を切ったように泣きじゃくります。ニコルが死んだ時、キラと戦った時、父を失った時、いずれも声を殺して泣いていたアスランが、カガリの前で初めて安心して泣くことができたのです。
本編ではアスランもカガリも泣きまくってましたが、逆転のカガリは強いので泣きません。ずっと一杯一杯だった彼女を包み込み、最愛の妹にするのと同じように優しくなだめてくれます。
ラストシーンは思った以上に気に入っています。
長々と読んでくると、不覚にも「いい最終回だった」と思ってしまいそうになります。
本編からは全くずれていませんし、セリフも同じですが、キラに、簡単に黒にも白にもなってしまうこの危うい世界をイメージさせるため、PHASE22で見せた海の中から見上げた世界の伏線を回収しました。
これで逆転SEEDは完結し、制作裏話も全てお話し尽くしました。
私の文章は切りっ放しでかなり短めですが、基本的にこの物語は「シナリオ中心」のため、まずセリフがあります。その間を文章で埋めていくので、どうしても制約が出ます。セリフと絵だけで進むシーンには説明を入れなければならないのに、セリフがやたら長いと冗長になってしまったり、ブツ切りになったりして、再構成するのは結構難しいのです。
第一、この物語は「SEEDを見ている」事が大前提ですから、アニメで見た事をこちゃこちゃと説明されてもウザいだけではと思うのです。実はこれは私が2003年に、SEED小説版を読んだ時に思ったことでした(DESTINY小説版は読んでいません)
本編にない部分や心理描写はもちろんいいのですが、アニメで見てわかってるシーンまで細々書かれても、「そんなに丁寧に書かなくてもいいよ、それはアニメで見たから。それよりアニメになかったシーンや、わかりにくかった部分の説明や、心理描写をもっと入れてくれよ」と思ったからなのでです。
逆転SEEDは原作準拠が基本ですが、何度も申したように、私が納得がいかない部分は大幅に変えています。男女逆転によって変わった部分も多々あります。でも全ては本編に対する強いリスペクトがあってこそです。
総集編が多すぎたり、物語の整合性がなさ過ぎたり、キャラクターの扱いがぞんざいだったり、色々と問題の多い作品でしたが、それでもやはり私はSEEDが好きなのです。でなければ寝る時間を削ってこんなものを書くわけがありません(00やルルーシュでやれと言われましても、たとえお金を貰ってもできませんね)
お読みいただいた皆さまには本当に感謝しかありません。中でも感想をくださった方には感謝のしようもありません。拍手してくださる方も同様です。
読んでくださる方がいるだけでも幸せなのでしょうが、それでも発信する側としては、受信された見知らぬ方の反応を知ることが出来るのは本当に嬉しく、感激するものです。
本当にありがとうございました。
次はいよいよリライト三昧間違いなしの逆転DESTINYの制作裏話でお会いいたしましょう。
本編では電波だったラクスを、重い責任を背負う指導者として描きたい、泣いてばかりだったカガリを、苦しみを乗り越えて成長する為政者として描きたい…それこそがこの逆転SEEDを書こうと思ったきっかけでした。
さらに「最終決戦でのキラVSクルーゼを何とかしたい」「キラを成長させる『大人』を描きたい」「キラとラクスに戦う意志をきちんと示させたい」「フレイを無駄死キャラではなく、対立する両者の間に立つキャラにしたい」「ヤク中トリオのキャラを立たせたい」などなど…
いえ…やはり後半、私の心を大きく占めたのは、「逆転DESTINYに繋がる展開にしたい」というものでした。
今回の加筆修正によって、書いている当時はどうも見えにくかったキラVSクルーゼをはっきりさせる事ができました。ドラマ的にはどうしてもアスランとカガリのターンの方が気になるので、ただ討ち合っているキラのターンはイマイチ盛り上がりに欠けるのです。
本編はこの事に加えてキラきゅんがクルーゼとの舌戦に全く歯が立たないという体たらく。なので逆転のキラは、言葉足らずではありますが果敢に言い返します。主人公ならこれくらいステレオタイプにやってもらわないと。
SEEDの最終回はかなり気に入っているので、特に改変した部分はありません。
本編では議長を殺すレイ・ユウキ(よく考えたらSEEDもDESTINYも議長殺しは「レイ」なんですね)の心境が見えづらいので、彼には初登場時もクルーゼと交替時も、少しキャラに肉付けしました。
また本編では、穏健派がいきなり現れてエザリア・ジュールを拘束するのがあまりにも駆け足だったので、以前からラクスが手配していたレジスタンスの伏線をここで生かし、さらに逆デスへと繋げていきました。
父親やらジェネシスやらで切羽詰まり、完全に周りが見えなくなっているアスランをカガリがやんわりと止めるシーンを入れ込み、彼が冷静であるという描写を入れています。
それに元婚約者であるラクスもアスランの無茶はよく知っているので、彼女をカガリに託します。
アスランが自爆を覚悟したシーンでキラに思いを吐露し、カガリの事を少し残念に思う、などはまぁまぁ気に入っています。「約束」も生かせました。
PHASE24、31、そして今回と、「アスランがカガリの琥珀色の瞳を美しいと思う」伏線も回収完了です。
「これ(父の愚考の責任を取って自爆する)が自分の役割」と言わせたのはもちろん逆デスを意識しています。つまりカガリは、アスランの考えた「役割」、さらに議長の考える「役割」も否定するのです。ラクスとは違い、ウズミの元で育ってきていずれは首長となる運命を持つカガリならではの、これぞまさに「役割」ですね。
イザークがアークエンジェルで過ごすシーンのセリフなどは創作ですが、本編にもちゃんとワンシーンだけ描かれています。(イザークがデュエルとバスターの前でディアッカと話をしているのです)実際、ラスト周辺のデュエルはストライクのシールドを持ってますし、武装を失ったデュエルがライフルを持っているので、これも貰ったはずです。
王子は最後までおいしいキャラとして、ディアッカの意思を尊重し、マードックにもちゃんと礼を述べさせて大人にしました。
ついでにディアッカとミリアリアには最後にちょっとだけいい感じになってもらいました。いや~、本当に可愛いですね、この2人は。
登場した頃、バルトフェルドが言っていた「死んだ方がマシ」も、もったいないのでもう一度彼に呟かせています。実際、この戦いが終わったところで待ち受けていたのは真の平和などではなく、戦いに明け暮れるDESTINYの世界です。なのでなんとなく重苦しさと憂鬱さを描写してみました。逆に言えば「まだ続編があるさ」という明るさ?でもあるかなと…
クルーゼがキラの凄まじい力に悦びすら覚えて消滅するというのも彼らしくていいかなと思います。反面、キラは結局力でしか戦いを止められず、彼を殺す事でしか終わりにできなかった。フレイを失い、仲間を失い、力があっても何も救えないのだという事をまざまざと感じてしまいます。これが2年間の隠遁生活に繋がる、としました。女の子は「家事手伝い」という逃げ道があっていいですね。
それにしてもこうしてみるとこの戦いによって「力があっても救えない、力で何かを変える事はできない」と痛感したキラは、「力がないから救えなかった、だから力が欲しい」というシンのまさに対極にいるキャラですよね。ホント、シンは設定だけ見れば立派な主人公なのになぁ…
カガリが地球を見つめるシーンは本編にはありませんが、こんなシーンがあったらいいなと思って書きました。L4あたりなら見えているはずです。
アスランはカガリに命を救われ、抱き締められて堰を切ったように泣きじゃくります。ニコルが死んだ時、キラと戦った時、父を失った時、いずれも声を殺して泣いていたアスランが、カガリの前で初めて安心して泣くことができたのです。
本編ではアスランもカガリも泣きまくってましたが、逆転のカガリは強いので泣きません。ずっと一杯一杯だった彼女を包み込み、最愛の妹にするのと同じように優しくなだめてくれます。
ラストシーンは思った以上に気に入っています。
長々と読んでくると、不覚にも「いい最終回だった」と思ってしまいそうになります。
本編からは全くずれていませんし、セリフも同じですが、キラに、簡単に黒にも白にもなってしまうこの危うい世界をイメージさせるため、PHASE22で見せた海の中から見上げた世界の伏線を回収しました。
これで逆転SEEDは完結し、制作裏話も全てお話し尽くしました。
私の文章は切りっ放しでかなり短めですが、基本的にこの物語は「シナリオ中心」のため、まずセリフがあります。その間を文章で埋めていくので、どうしても制約が出ます。セリフと絵だけで進むシーンには説明を入れなければならないのに、セリフがやたら長いと冗長になってしまったり、ブツ切りになったりして、再構成するのは結構難しいのです。
第一、この物語は「SEEDを見ている」事が大前提ですから、アニメで見た事をこちゃこちゃと説明されてもウザいだけではと思うのです。実はこれは私が2003年に、SEED小説版を読んだ時に思ったことでした(DESTINY小説版は読んでいません)
本編にない部分や心理描写はもちろんいいのですが、アニメで見てわかってるシーンまで細々書かれても、「そんなに丁寧に書かなくてもいいよ、それはアニメで見たから。それよりアニメになかったシーンや、わかりにくかった部分の説明や、心理描写をもっと入れてくれよ」と思ったからなのでです。
逆転SEEDは原作準拠が基本ですが、何度も申したように、私が納得がいかない部分は大幅に変えています。男女逆転によって変わった部分も多々あります。でも全ては本編に対する強いリスペクトがあってこそです。
総集編が多すぎたり、物語の整合性がなさ過ぎたり、キャラクターの扱いがぞんざいだったり、色々と問題の多い作品でしたが、それでもやはり私はSEEDが好きなのです。でなければ寝る時間を削ってこんなものを書くわけがありません(00やルルーシュでやれと言われましても、たとえお金を貰ってもできませんね)
お読みいただいた皆さまには本当に感謝しかありません。中でも感想をくださった方には感謝のしようもありません。拍手してくださる方も同様です。
読んでくださる方がいるだけでも幸せなのでしょうが、それでも発信する側としては、受信された見知らぬ方の反応を知ることが出来るのは本当に嬉しく、感激するものです。
本当にありがとうございました。
次はいよいよリライト三昧間違いなしの逆転DESTINYの制作裏話でお会いいたしましょう。