Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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地球軍の軌道往還監視センターでは、今日も今日とて宇宙からの降下を感知していた。対象はザフトのモビルスーツコンテナだ。
それはヤップ島を超え、チョモランマルートを降下中だった。
「やれやれ、アラームの休まる間もない」
ジブラルタル便と呼ばれるザフトの降下便は日に日に多くなる。
「くそー、こっちに制空権がないと思って」
司令がデータを確認すると、副官は悔しそうに言った。
「やはり近々ザフトが大規模作戦を発動するという噂は本当のようだ」
狙いは恐らく最後の宇宙港・パナマだろうというのが大方の予想だ。
宇宙港を抑えられれば地球軍はマスドライバーを失い、宇宙、すなわち月基地への補給ができなくなる。ザフトの狙いは当然そこだろう。
「だが、パナマは落とさせんわ」
司令の言葉はやけに力強く、副官は不思議そうな顔をした。
「潜水母艦…ということ?」
マリューは先日の襲撃について、艦長室にやってきたフラガと検証を続けていた。
紅海はカーペンタリアからは直線距離でも10,000kmは優に離れている。
ディンもグーンもまさかそこからやってきたわけはあるまい…そして、ザフトは確かにこの地域の制空権を抑えているとはいえ、基地を持っているわけではない。
「洋上艦や航空機なら、いくらなんでも見逃さないだろうけど、水中はこっちも慣れてないからねぇ」
フラガは自分で持ってきたサンドウィッチをパクつきながら言った。
「なんでもそうだけど、母艦を叩かなきゃいくらでも追っかけられるぜ」
「ですわねぇ。しかし一体どうやって戦ったものやら」
マリューはマグカップを手にしてほぅっとため息をついた。
(この間はストライクが海に潜って相変わらずの戦いぶりを見せてくれたけれど、今後もっと水中の敵が増えたら)
「ガンバガンバ!」
考え込むマリューに、フラガがかる~い言葉をかける。
「どうにかなるよ。なるべく浅い海の上行くようにしてさぁ。これまでだってどうにかなってきたんだから、大丈夫大丈夫」
「また、根拠なくそんなこと」
にこにこして大丈夫を連発するフラガに、マリューは怒るより先に吹きだしてしまった。
「それが励ましってもんでしょ。それともバジルールに『傾向と対策』講座でもやってもらう?」
「ごめんこうむります」
2人が大声で笑いあったちょうどその頃、ブリッジで大きなくしゃみをしたナタルがノイマンから「風邪ですか?」と聞かれていた。
休憩中、カズイはサイやミリアリアに、このままインド洋を抜けて太平洋に出たら、母国であるオーブに寄れないものかと訴えていた。
「だって、目的地はアラスカなのに?オーブへ寄るなんて遠回りになるだけじゃない」
サイがカズイの望みは非合理的であることを伝える。
「大体寄ってどうすんの?私たち今は軍人よ。作戦行動中は除隊できないって言われたじゃない」
ミリアリアも厳粛な事実を伝えた。
「でもこんな予定じゃなかったじゃないか!アラスカへ降りるだけだって…だったらって…俺もさぁ」
カズイは未練たらしく望郷の念を語った。
とはいえ、彼はヘリオポリス育ちなので、オーブがどんな国なのか、実際にはよく知らないのだが。
別のテーブルでキサカと食事をとっていたカガリは、ドリンクに口をつけながらオーブがどうのと言っている彼らを横目でチラチラと見ていた。
そのたびにキサカが厳しい顔で睨みつけるので、カガリは慌てて眼を逸らし、残ったドリンクを飲み干した。
「カガリ!」
席を立ったカガリを追いかけてきたキサカが硬い声で名を呼ぶ。
「わかってるよ。何も言うな。俺は…何も言ってないぞ!」
「なら、いいですが」
カガリはポケットに手を突っ込んで、「彼らが帰りたいと思うのは当然だろ」と呟いた。
「そりゃ…何かあればと思ってはいるが…」
「カガリ!」
またしてもキサカが声を荒げると、カガリは口を尖らせた。
「しょうがないだろ?いきさつもわかってるけど、この艦とあいつは沈めちゃいけないって、どうしてもそんな気がするんだから」
激闘をくぐり抜け、同胞を敵とするあいつを、なんとかしてやりたい…カガリの心には、たった1人で紫の瞳を濡らしていたキラの寂しげな姿が焼き付いて離れなかった。
「そんな怖い顔すんなって!」
渋い顔をしたまま黙ったキサカの肩をバンと叩き、カガリは明るく笑った。
その時、あちらからキラがやってきた。
カガリは明るく「よ!」と声をかけ、キラも軽く手を上げた。
「きっと、ハウメアのお導きなんだろ。うん」
キラを見送り、カガリもキサカと共にその場を後にした。
この時キラは、少し具合の悪いフレイのために食堂にドリンクを取りに来たのだった。
(あれくらいで、船酔いとかするのかなぁ)
フレイは海に出て以来、艦がひどく揺れると不機嫌そうだった。
それに具合が悪いから艦内整備の仕事を休むと連絡した時、上官が彼に何か文句を言ったのも気に食わないようだった。
「キラはともかく、なんでみんな平気なんだろうな」
「酔うほど揺れてるとは思わないけど…ドクターに診てもらう?」
そう聞いても、フレイは首を振る。
「いい。キラがそばにいてくれれば…いいよ」
弱ったフレイにそんな事を言われたら、キラはフレイの赤毛を撫でながら、なんとかしてあげたいと思ってしまうのだ。
「何か、飲み物を取ってくるね」
「ん…」
キラが言うと、フレイは甘えるように頷いた。
しかし食堂にはサイがいたので、2人は互いに「あっ…」と声をあげてしまった。
キラは気まずそうに眼を逸らし、サイも気づかなかった、というような顔をしている。
一方それを見てミリアリアがキラの傍に駆け寄って耳打ちした。
「フレイ、大丈夫?船酔い」
「うん。薬飲んだし、まだ唸ってるけど大丈夫じゃないかな」
小声で喋る2人を見て、カズイもまた小声でサイに尋ねた。
「サイ…いいの?」
サイは両手でカップを持っていたが、ふぅ、とため息をついて笑う。
「いいのよ。どうせキラには…かなわないし」
「けどさ」
「いいってば。気にしてないから」
サイは無理に笑ってみせた。
精一杯の強がりだとわかっているが、以前のように取り乱す事はない。
サイはキラの気配を気にしなくて済むように眼を閉じ、自分に言い聞かせた。
(人の気持ちは…しょうがないもの…)
「アスラン!クルーゼ隊は第2ブリーフィングルームに集合ですって」
無事ジブラルタルに降下した後、ニコルは活気づく基地の様子に興奮気味だった。
ディンやバクゥなど、宇宙ではなかなか見られない地上用モビルスーツを見てははしゃぎ、好奇心一杯であれこれとアスランに話しかける。
アスランはそんなニコルをたしなめつつ、指定された部屋へ向かった。
すると扉の外に立っただけで、懐かしい声が漏れ聞こえてきた。
「お願いします、隊長!あいつを追わせてください!」
相手は何か低い声で答えているが、イザークは納得できないようだ。
「ですが…」
「失礼します」
ブリーフィングルームに入ると、アスランとニコルは敬礼した。
演台の向こう側にはクルーゼがいて2人に頷き、イザークは彼らに背を向けている。
後方で2人のやり取りを聞いていたらしいディアッカが片手を挙げ、「よう、お久しぶり」と声をかけた。
同時に二人の方を振り返ったイザークを見て、アスランは息を呑んだ。
最後にイザークに会ったのは、もう1ヶ月以上も前だ。
傷を負ったと聞いてはいたが、実際、彼の整った顔に残る生々しい傷痕を目の当たりにしたのは今日が初めてだった。額から頬にかけ、ざっくりと残った傷痕…
「イザーク…その傷…」
「ふん!」
イザークは顔を背け、驚いているアスランを全身で拒絶した。
「イザークの傷は大したことはない」とだけ告げていたニコルは、なんとなく小さくなっている。
「傷はもういいそうだが、彼はストライクを討つまでは、痕を消すつもりはないということでな」
クルーゼがイザークの傷について代弁した。
イザークの並々ならぬ決意に、傷ついたプライドが垣間見えた。
久々に全員が揃ったところで改めてブリーフィングが開始され、クルーゼは足つきがデータを持ってアラスカに入ることを阻止しなければならないと告げた。
「しかし足つきがインド洋に抜けた今は、カーペンタリア所属のモラシム隊が追撃にあたっている。既にストライクとも交戦したということだ」
そう説明されても、イザークが納得できるわけがない。
「我々の仕事です、隊長!あいつは最後まで、我々の手で!」
砂漠ではヤツの姿を目にしながら、戦うことすらできずに見逃すハメになった…無様な敗走を思い出し、イザークの怒りはますます滾っていた。
(ストライク…この屈辱は必ず晴らしてやる!この傷の借りと共に)
「私も同じ気持ちです、隊長!」
しかしそれ以上に、ディアッカが珍しく真面目に願い出たことがニコルとアスランを驚かせた。
「ディアッカ…」
「ふん!俺もね、散々屈辱を味わわされたんだよ」
ディアッカは驚いた様子の2人に顔をしかめてみせた。
クルーゼはそんな彼らの様子を見守っていたが、やがて「ならば、きみたちだけでやってみるか?」と提案した。
「私はオペレーション・スピットブレイクの準備のため、自由に動く事ができないが、きみたちで小隊を編成し、足つきを追ってみるがいい」
クルーゼはおもしろそうにそう語った。
ようやく願いが通った上に、願ってもない小隊の編成だ。
イザークは見る見る明るい顔になり、「はい!」と返事をした。
「ではイザーク、ディアッカ、ニコル、アスランで隊を結成する」
指揮は…と、クルーゼはぐるりと見回しながらもったいぶって言った。
「そうだな、アスラン。きみに任せよう」
「えっ!?」
クルーゼは小隊長にアスランを指名し、アスランは予想もしない抜擢に思わず大きな声を出してしまった。
彼の仮面の奥の顔がどんな表情なのかはわからないが、自分を値踏みするように見ていることは間違いない。
(あらら…)
ディアッカはイザークが何を考えていたかなど手に取るようにわかるだけに、彼の様子をそっと盗み見たが、こちらに背中を向けているため表情をうかがい知る事はできなかった。
ニコルに至ってはもはやイザークの顔を見なくていいように視点をぼかしてあらぬ方向を見ている。イザークの鬼のような形相を見たのは、彼にジロリと睨まれたアスランだけだった。
「カーペンタリアで母艦を受領できるよう手配せよ」
クルーゼはただちに移動準備にかかれとアスランに命ずる。
「隊長…私が?」
しかしアスランはやや抗議するように前に出た。
イザークに睨まれたからではない。
相手がキラ・ヤマトだと知っているはずの隊長が…という思いがあったためだ。
「色々と因縁のある艦だ。難しいとは思うが、きみに期待するよ、アスラン」
クルーゼはぽんと彼女の肩を叩き、自ら持ちかけた面白い展開にわくわくするような気持ちを抱きつつ、困惑するアスランを面白そうに眺める。
(戦場に立ち続けるからには、きみも覚悟をしているということだろう?)
アスランは仕方なく曖昧に頷き、やがてカーペンタリアへの連絡など必要な手続きを取るために部屋を出た。
ニコルは嬉しそうに、「よかったですね、力を合わせて頑張りましょう!」と言ってくれたが、問題はさっそく「ザラ隊ねぇ」と鼻で笑い、「お手並み拝見といこうじゃないか」とニヤニヤするあの2人だ。
しかも敵は足つきと、砂漠の虎をも撃破したキラのストライク…誰がどう見ても、前途多難以外の何物でもない。
アスランは人気のない廊下で肩を落とし、小さな溜息をついた。
「ソナーに感。7時の方向。モビルスーツです!」
トノムラが伝えると、ナタルは「間違いないか?」と確かめた。
またクジラだのイルカだの民間船だのじゃないだろうな…トノムラはミスをするたびにナタルに集中しろと叱られていたが、今回は音紋を照合したところ、グーンが2、それと機種は不明だが別の機体が1だ。
(よし!)と頷くと、自信満々で「間違いありません!」と答える。
「キラ…」
第一戦闘配備の発令を聞いてキラが部屋を出ようとすると、ぐったりとベッドに横になっていたフレイが声をかけた。
「ごめん、行かなくちゃ」
「気をつけろよ」
フレイは心配そうな声で言ってから、少し上半身を起こした。
そしてキラに微笑みかけながら、寂しそうに、弱々しく呟く。
「襲ってきたやつらを、やっつけてくれよ…」
それを聞いて、キラは少し困ったように首をかしげたが、「うん」と小さく頷いた。
「信じてるから」
青い顔で一生懸命笑う彼を見て、キラは優しく言った。
「寝られたら寝ちゃった方がいいよ。その方が楽だから」
キラが扉を開いた途端、食堂から走ってきたサイたちと鉢合わせたのと、部屋の中から「わかった…」とフレイが言ったのは同時だった。
彼の声を聞いたサイもキラもはっと息を呑んで立ち止まった。
「あ…」
ミリアリアとカズイはそのまま走り抜けたが、サイはキラとすれ違う時、俯いたままポツリと言った。
「…頼むわね」
キラはその言葉に驚き、それから慌てて「うん!」と答えたが、アラートの響きわたる艦内で、走り出したサイの耳に届いたかどうかはわからなかった。
「まさかこうまで浅い海を航行するとはな」
モラシムはほくそ笑んだ。
彼が搭乗している機体であり、音紋照合ができなかったUMF-5ゾノは、グーンに欠けていた陸上での機動性を重視した水陸両用機である。
両腕に大型のクローを備え、巡洋型への変形もスピードアップしている。
浅瀬での戦闘は潜水艦やグーンでは難しくても、ゾノにはかえって好都合だ。
「クルーゼも降りてきているからな…今日こそ沈めてやるぞ!」
「魚雷接近!弾数8!」
「離水!」
マリューが命じ、アークエンジェルは再び離水した。
ガラ空きの艦底部を守るため、ナタルは下方にも射線をとることができるイーゲルシュテルンとバリアントでの迎撃を開始している。
その頃ハンガーでは、キラが今回はソードストライカーで出るとマードックに伝えていた。
グーンとの戦闘経験から、ただでさえ機動性に劣るこちらが、潮流や水圧の影響を受けるバズーカやキャノンで戦うより、剣の方が自由に扱えると思ったからだ。
それに対艦刀シュベルトゲベールは実体刃複合なので、水中では拡散してしまうビームを切れば、実剣として使えるはずである。
相手の土俵で戦う以上、こちらもなんとか方策を練らなければならなかった。
一方フラガもサイとの情報交換に忙しかった。
「敵母艦の予測位置は?」
「痕跡から割り出した、予測データを送ります」
「少佐、頼みます」
モニターのマリューに「任せとけ!」とウィンクしてから、ハンガーの一角で起きている騒がしさに気づいた。
見れば、カガリとマードックが何やら激しく言い争っている。
「だから!なんで機体を遊ばせておくんだよ!俺は乗れるんだぞ!?」
「おまえは民間人だからダメだ!」」
カガリよりさらに大きい声でマードックが怒鳴り返した。
「第一そんな事を許したら、おっかない中尉にまた何を言われるかわかったもんじゃねぇや!」
しかしカガリはそんな事では引き下がらない。
「アークエンジェルが沈んだらみんな終わりだろ?なのに何もさせないでやられたら、化けて出てやるぞ!」
「いい~!?」
フラガはそれを聞いて大笑いしてしまった。脅しをかけるとは、とんだ軍神だ。
「少佐、止めてくださいよ」
「坊主の勝ちだな、曹長。2号機、用意してやれよ」
「ええ!?」
思ってもいないフラガの言葉に、マードックは目を白黒させた。
「そりゃ、少佐が許可したとなれば中尉だって何も言いやしないでしょうが…」
上目遣いで尋ねる。
「本当にいいんですかい?」
「母艦をやりに行くんだ。火力は多い方がいい」
フラガは言い、カガリは得意そうに「ほらな?」と胸を張っている。
「はぁ…やれやれ」
マードックはそれを見てボサボサ頭をガリガリと掻き毟った。
「だが、遊びじゃないんだぜ、坊主」
それまでニヤニヤしていたフラガが急に引き締まった顔つきで言うと、カガリも負けじと不敵な目つきでフラガを見上げて言い放った。
「カ・ガ・リ・だ!わかってるさ。ちゃんとやるよ」
さて、これより時間は少し遡る。
ジブラルタル基地で、アスランは1人、輸送機が飛び立つのを見送っていた。
アスランと搭乗機のイージスが乗るはずだった輸送機は、航法資材のトラブルにより、3人よりかなり出発が遅れることになったのだ。
その事についてイザークもディアッカも「隊長が遅参するのか」と散々嫌味を言い、ニコルはこれはアスランのせいじゃないと憤り、「なら、僕が残ります!アスランは行ってください」と言い出す始末だ。
そんな彼らをなだめるのは一苦労で、やいのやいの言う3人をなんとかゲートに送り出し、デッキから見送っている彼女を見て、整備兵たちが「あんたも大変だなぁ」と同情してくれた。
どうやらジブラルタルでもイザークとディアッカは目立っていたようで、彼らも「これでやっと静かになるよ」と笑っていた。
Nジャマーが通信を阻む中で、時間ばかりがかかったカーペンタリアとの連絡、潜水母艦の受領手続き、輸送機の手配…降下以来、休む間もなく働きづめで、ろくに眠っていない。
待機室で待つ間も、いつ連絡が入るかわからないため眠れなかった。カーペンタリアまでは遠い。その間には少しは眠れるだろうと諦めることにした。
マリューの指示により、ノイマンはランダム回避運動を続けた。
艦内の揺れはかなり激しく、前例もあるため戦闘員以外は皆、待機室でベルトを締めていた。
しかしフレイはキラの部屋に残り、ますますひどくなる船酔いに苦しみながらうずくまっていた。
「バリアント、撃ぇ!」
水中から虎視眈々と艦を狙い、地上に向けて雷撃を向けるグーンに、ナタルはなんとか対抗しているが、完全に死角に回られると砲撃のしようがない。
捕捉できないウォンバットが空しく爆発するばかりだ。
「スカイグラスパー1号、フラガ機、発進位置へ!」
「出るぞ!」
ランチャーストライカーを搭載した1号機が飛び出し、2号機も続く。
「スカイグラスパー2号、カガリ・ユラ機、発進、どうぞ!」
カガリは操縦桿を握り、激しいGに耐えながら海上へと飛び出した。
フラガの機体は既に遠く離れており、(さすがだな)と思いながら追う。
「ストライク、どうぞ!」
「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」
飛び出したキラもまた、カガリの機影を捉えて心配そうに眼を細めた。
(カガリ)
スカイグラスパーで出ると聞いた時は本当に驚いたが、既にコックピットにいる身では、彼を止めに行く事もできなかった。
軍人でもない彼が、ましてや砂漠で一度撃墜されているとあっては不安になるのは当然だが、少佐が一緒なら大丈夫だと必死に言い聞かせた。
(2人が戻るまで、アークエンジェルは私が守らなくちゃ)
せっかく威力のある実剣を持ちながらも、キラはすばやい動きのグーンに翻弄され、攻撃をかすらせることもできなかった。
(くっ…どうにか足を止めないと…)
ところが何を思ったか、2機のグーンは突然ストライクから離れ、浮上し始めた。
キラは彼らがアークエンジェルを狙いに定めたと悟って慌てて追ったが、ストライクの前にはグーンとは違う機体が立ちはだかった。
両腕に巨大なクローを持つ禍々しい姿を見て、キラはグーンが自分から離れた理由を理解した。
「こいつは私がやる!おまえたちは艦を!」
モラシムは部下に伝達し、ストライクと向き合った。
「今日こそその機体、バラバラにしてくれるわ、化物め!」
ゾノはすばやく巡洋型に変形すると、ストライクに向かった。
「回避しつつ、ロール20!」
ノイマンはマリューの指示に従い、必死に舵をきった。
魚雷が艦体をかすめるたびに衝撃が走る。
グーンが2体、完全にこちらに張りついたのだ。
「グーンを取りつかせるな!バリアント、撃ぇ!」
まるでモグラたたきでもして遊んでいるように、グーンは代わる代わる水面に現れては魚雷を撃ちこんでくる。
(ええい、強力な下方位砲でもあれば捉えられるものを…)
バリアントでは決定的ダメージを与えきれないナタルは、苛立ちを隠そうともせずギリギリと歯を食いしばった。
「くっそー!どこだい子猫ちゃんは!」
「はぁ!?何言ってるんだよ」
フラガとカガリは潜水母艦が潜むと思しき海域を索敵していた。
カガリの操縦技術はフラガから見れば無論まだまだ未熟ではあるが、それでも何らかの飛行訓練を受けていると思われるふしがあった。
「おい、おまえ!どっかで訓練受けたのか?」
しかしカガリは「通信状態が悪いみたいだ」などとぼけてはぐらかし、結局答えない。
(あの野郎…)
フラガは苦笑いしながら、ますますこの「軍神」の正体に興味を抱いた。
「ぐっ!なんてパワー!」
海面下では、ストライクがゾノに苦戦を強いられていた。
機動性は完全にあちらが上であり、さらにグーンの時のように接近戦に持ち込もうとすると、巨大なクローがストライクの体を掴み、ギリギリと締め付ける。
装甲が剥がれそうなほどのパワーに加え、ゼロ距離でフォノンメーザーを撃とうとする物騒な相手を、キラは必死に暴れて蹴り飛ばし、ようやく離れることができた。
そのまま対艦刀を構えて迎え撃つが、太刀筋にスピードがないせいか刀身をクローで受け流され、そうこうするうちに魚雷が放たれた。
(近づけば爪、離れれば魚雷)
なんとかこちらの距離に持ち込みたいが、一体どうすればいいのかとキラは防戦一方の中、必死に考えていた。
その頃、モラシム隊の母艦クストーでは、戦闘によって足の鈍った足つきに予定距離まで接近したため、ディン隊を出す準備が進められていた。
しかしディンを出すためには当然ながら浮上しなければならない。
それが彼らの命取りになった。
「海上レーダーに感!機影2!足つきの艦載機です」
探知されたのと同時に、フラガもまたクストーを視認していた。
「見つけたぜ!行くぞ!坊主!」
「カガリだって言ってんだろ!」
1号機の見事な急降下に、2号機も必死についていく。
フラガは機銃を掃射しながらキャノンを放って露払いをし、そこにカガリが飛び込んで対艦ミサイルを放った。
「回避!」
艦長はそう指示したが、当然間に合わない。
クストーは右舷前部に被弾して浸水を始め、もはや潜水して逃げる事はできなくなった。艦長は憤怒の眼を空に向け、忌々しそうに毒づいた。
「浮上してディンを出せ!叩き落とすんだ!!あんな時代遅れの遺物に、こんなところでやられてたまるか!」
ダメージを受けて煙を上げるクストーが完全に浮上すると、次々と甲板部のゲートが開いてディンが姿を現した。
「さぁ、お出ましだ!」
フラガは操縦桿を大きく下げた。
「こら!あまり高度を落とすな!潮を被る!」
この時カガリがあまりに海面すれすれを飛ぶのでフラガが叱ると、言ったそばから高波をかぶり、機体が濡れてカガリは慌てて上昇した。
「バカ!だから言わんこっちゃない!」
フラガはまるで手に負えないルーキーでも率いている気分になる。
「バカとはなんだ、バカとは!」
通信機からは即座にやんちゃな声が返ってきた。
「おりこうさんならもっとちゃんと飛んでくれよ!」と言い残し、フラガは飛び立つ前のディンにキャノンを撃ち込んでいく。
面白いように爆発していくディンが潜水母艦の被害を拡大させる。
(おまえさん方の装甲の薄さは呆れるくらいだもんな!)
カガリも再び対艦砲を撃ちこみ、それを確認しようと思わず振り返った。
「やったか!?…あ!」
しかしそこには爆煙をかいくぐって飛び立ってきたディンがいた。
(しまった!)
そう思ったのと機体が衝撃で大きく揺れたのがほぼ同時だった。
スカイグラスパーがディンのランチャーを受けて被弾したのだ。
一方、アークエンジェルは徐々にダメージを蓄積していた。
「ストライクは?何をしている!」
ナタルは叫ぶが、ゾノを相手にしているキラは手一杯だ。
「ノイマン少尉!」
マリューが呼ぶので、ノイマンは振り返る時間を惜しんで返事をした。
「一度でいい、アークエンジェルをバレルロールさせて」
「ええっ!?」
「艦長!?」
ノイマンが叫ぶのとナタルが叫ぶのは同時だった。
(バレルロールだって?バカ言うなよ!)
ノイマンは思わずナタルを見たが、マリューはきっぱりと言った。
「ゴットフリートの射線を取る。一度で当ててよ、ナタル!」
そのムチャクチャな命令はゴットフリートでグーンを仕留めるため。
ナタルは、上部の砲の射線さえ取れれば…という自身の願いを、彼女がかなえようとしている事に気づき、「わかりました!」と答える。
「少尉!やれるわね?」
(こんな無茶な注文にYESなんて言いたくないですけど…)
ノイマンは諦めにも似たような溜息を漏らしながら思った。そしてチラリとナタルを見ると、いつもながら冷静な、しかしどことなく「我が意を得たり」という自信に満ちている気もする。ノイマンはそれを見てもう一度ため息をついた。
(俺だってやってみせなきゃいかんでしょうね!)
ノイマンは即座にプログラムをオンにし、角度および推力計算を始めた。
「本艦はこれより、360度バレロールを行う。総員、衝撃に備えよ」
それを聞いて待機室以外にいた兵たちが慌しく待機室へと向かう。
「ああ!?んな、無茶な!」
マードックはぼやきながらも整備兵に詰所へ入ってシートベルトを締めるよう指示をした。そして自身はアンカーで柱に体を繋げる。
反面、「バレルロール」の意味を知らないフレイは、いぶかしみながらも部屋でベッドの柱に掴まり、一体何が起きるのかと不安そうにしていた。
「グーン2機、来ます!」
二手に分かれていた2機が、ノイマンが囮のためにわざと高度を落としたアークエンジェルに同時に近づいてきた。
「ゴットフリート照準、いいわね!」
ナタルは力強く頷いた。必ず仕留めてみせる。
「行きますよ?くっ!」
ノイマンは危険角を知らせるアラームを切ると、一気に舵を回し始めた。
「う…わぁ!なんだよっ!?」
フレイは信じられない角度に回っていく艦体に思わず声をあげる。
アンカーで固定したものの、思った以上に振り回されて思わず柱にしがみついたマードックは、「無重力じゃねぇんだぞ!」と叫んだ。
前回のロール飛行の教訓によって、艦内ではかなり多くの什器や物を固定したのだが、やはりあちこちでひっくり返って大変な騒ぎになっている。
しかしこの無茶によってナタルが放ったゴットフリートは、見事グーンを仕留めることができた。
さらに逃げるもう1機に、ナタルは今までのお返しとばかりにゴットフリートに加えて、バリアント、イーゲルシュテルンを同時にお見舞いして撃破した。
ナタルはマリューに頷いて見せ、マリューは微笑んで、艦全体の被害状況を調べるよう指示する。
艦を元に戻したノイマンは、(まったくムチャな人たちだ)と苦笑した。
その頃キラはゾノを捉える策のため、プログラムの調整をしていた。
海上で何かが起きた事はわかったが、今は目の前の敵で手一杯だ。
水圧や潮流を含めて割り出した、射出されたアンカーが減速するまでの距離を測り、ゾノが接近してくるのを待つ。
狙いは、恐らく通常体よりクローが使いづらい巡洋型だった。
キラはゾノに再びシュベルトゲベールで応戦しようとしたが、相手のクローで対艦刀をなぎ払われてしまう。
ソードストライカーは他にめぼしい武器がなく、キラはやみくもにイーゲルシュテルンを放つが、所詮対空砲なので水中では軌道がめちゃくちゃになり、当たるはずがない。
モラシムはストライクが丸腰になった事に気づき、ニヤリと笑う。
そして変形し、ゾノは急激にストライクに近づいていった。
キラは抵抗するふりをしながら、割り出したベストな距離でゾノに照準をあわせると、左腕のパンツァーアイゼンを放った。
(よし!捉えた!)
アンカーフックによるダメージなどほぼないため、ゾノの反応はない。
しかしキラがスイッチを入れて急激にアンカーを引き寄せると、ようやく異変に気づいたモラシムが「な、なんだ?」ともがき始めた。
しかし既にゾノはストライクの得意とするレンジに入っており、キラは右腰のアーマーシュナイダーを抜いた。
(結局、これが一番使いやすい!)
「くっ…うわあぁ!」
それと同時に、紅海の鯱と呼ばれたモラシムの命運は尽きた。
その頃はるか離れた海上では、被弾して万全ではないカガリの機体がバランスを崩して射線を邪魔してしまい、射撃をやめねばならなかったフラガが舌打ちした。
「坊主!チョロチョロすんなよ!俺が撃っちゃうじゃないか!」
「なにを…うわっ」
カガリは風に流されながら艦砲を避ける。
「大丈夫か?」
並行して飛びながらフラガが尋ねると、カガリはパネルをいじってチェックし、「ナビゲーションモジュールをやられたようだ」と答えた。
航行には特に支障はないが、そこは腕の未熟さなのか、大分危なっかしい。
「帰投できるな?早く離脱しろ!こいつは俺が抑える!」
飛び立つ前にディンをやれたおかげで、あの潜水母艦には戦力はほとんどないはずだ。
「もう俺1人で十分だ!」
負けん気の強いカガリは「まだやれる!」と食い下がったが、フラガは「邪魔なだけだ」と叱り飛ばした。
「それぐらいのこと、わからんか!」
「う…」
冷静に見れば確かに、被弾した自分は足手まといにしかならない。
「…わかったよ!」
カガリは仕方なく了承し、そのまま戦域を離脱した。
彼が去った事を見届けると、フラガは操縦桿から手を離し、「さーて」と指をぽきりと鳴らした。
「チビッコの時間は終わりだ。一気にカタをつけようぜ」
それからアグニの照準をあわせながら潜水母艦に向かった。
「これは…?」
「…しかし、こんなところで誰が?」
ふと、パイロットたちの会話に気づいたアスランは、キャビンからコックピットに向かって声をかけた。
「どうしたんです?」
パイロットは忙しなく計器を調整しながら答えた。
「前方海上に、戦闘らしき反応があるんだ」
―― 戦闘?ザフトの制空圏内で?
アスランはまさかと思いつつもチラリとストライクを思い浮かべた。
「巻き込まれたら厄介だな」
パイロットが渋い顔で言う。
「グゥルを積んでないから、万が一の事になると、あんたの機体、落っこっちまう」
できる限り回避して行く、と彼らは慌しく進路を調べ始めた。
その頃同じ空域では、カガリが雲の中で役に立たないナビに毒づいていた。
「くそっ…アークエンジェルはどっちだ?」
通信はもちろん、レーダーすらもNジャマーの影響で働かない。
カガリは仕方なく、せめて目視で方角だけでも見定めようと雲から出た。
「うわっ!!ザフトの…輸送機?」
「地球軍機!?」
雲が切れた途端、突然目の前に現れたのは互いにとっての敵機だった。
「くっそー!なんでこんなところに!?」
輸送機のパイロットは舵を取って機体を離す。
こちらは威嚇にもならない機銃程度しか積んでいない。
第一、大切な荷物を運ぶ途中だ…全くついてない。
「援軍か?」
カガリは一瞬迷った。
カガリの脳裏に、潜水母艦と戦うフラガと、アークエンジェルを守って戦っているだろうキラの顔が浮かぶ。
これがアークエンジェルを見つけて攻撃を仕掛けたら…
(あいつ…またきっと…)
カガリは瞬時に決断し、ザフト軍機を睨みつけた。
「この状況じゃ、やるしかない!」
そしてピタリと照準を合わせる。
「きみはモビルスーツのコックピットへ!」
ロックされ、相手が戦闘態勢に入った事を悟ったパイロットは、アスランにイージスに乗るよう伝えた。
「いざとなったら機体はパージする!」
「そんな!」
この状況で自分だけ逃げるなんてと承服できなかったが、彼らはそれが余計な世話と言わんばかりに邪険に言った。
「積荷ごと落ちたら俺たちの恥なんだよ!早く!」
輸送機パイロットの仕事は、積荷を無事に目的地に届けることだ。
彼らはこの仕事に誇りと自信を持っているのだ。
「…わかりました」
そう悟ったアスランは頷き、貨物室への階段を降り始めた。
機銃を掃射しながらなんとか逃げようとするが、スピードに勝る相手に張りつかれてはどうしようもない。
やがて輸送機は被弾し、失速し始めた。
しかしこちらのお飾りのような機銃も相手の翼に穴を開けて一矢を報いたようで、戦闘機もまた、黒煙を上げて離脱していく。
けれど輸送機は徐々に高度を落とし、墜落は免れない。
パイロットは万策尽きたと知るとアスランに通信をつないだ。
「だめだ!もたない!高度を下げてパージする!」
「あなた方は?」
アスランは思わず尋ねてしまう。
「このあと脱出するさ。気遣いはいらん」
彼らのその力強い言葉に思いもかけずほっとし、アスランは「はい」と返事をすると、イージスを起動した。
もともとダメージを負っていたスカイグラスパー2号機は、攻撃中に近づきすぎて機銃を浴び、急激にコントロールを失った。
カガリは必死に機体を立て直そうとしたがかなわず、やがて急速に水面が近づいてきたと思うと、大きな衝撃とともに一瞬目の前が真っ暗になった。
「うぅ…」
わずかな時間だったが、どうやら気絶していたらしい。
カガリはピチャピチャいう水音に気づき、はっとあたりを見回す。
すぐに体を調べたが、不時着と同時にコックピット内部から飛び出した衝撃吸収材のおかげで、どこにも怪我はないようだ。
「こちらカガリ・ユラ。アークエンジェル。アークエンジェル!」
通信機を入れても雑音すら聞こえないが、とりあえず救難信号を出す。
カガリは銃を防水袋に詰めてジャケットのポケットに入れ、緊急用パックを手に持つと、キャノピーを開いた。
しかしその途端に大量の海水が入ってコックピットは水浸しになってしまった。
しかも思ったより波が高く、海に飛び込んだと同時に頭から高波をかぶり、気づいたらパックを流してしまっていた。慌てて泳いで追いかけようとしたのだが、想像以上に潮流が早く、1人で泳ぐのは危険だと判断したので諦めた。
―― くそ…ついてない…
頭から足の先まで潮水でベタベタになりながら浜に上がると、カガリは袋から銃を取り出して、セーフティーを外した。
人の気配はないようだが、ここはザフトの勢力圏なのだ。
(油断はできない)
小さな浜が終わるとすぐに熱帯系のジャングルが始まり、カガリは草を掻き分け、たかる虫をはらいながら進んだ。
「小さい島なんだな。無人島か?」
熱帯の森からは、向こう側にももう海が見えている。
しかしやや崖のような高台に出た時、カガリは凍りついた。
(ザフト兵!)
白い砂地には、ヘルメットをかぶったパイロットスーツ姿のザフト兵がいた。
手に持っているのは通信機だろうか?
何かの場所を探しているようで、彼はこちらには気づかず、しゃがみこんだ。
カガリの心臓が激しく脈を打つ。
―― どうする?このまま逃げるか?それともヤツを…殺すか?
(…殺す…?)
そう考えた自分に驚いて、カガリは息をついた。
相手は自分に気づいてないし、自分は一応民間人だし、そっと立ち去れば…
(だがヤツにとっては、俺は多分、敵以外の何者でもない)
自分の存在に気づけば、必ず追い詰めて殺そうとするに違いなかった。
ぐるぐると様々な思考が渦巻いたが、カガリは頭を振った。
狭い島の中で、逃げ惑い、殺しあう消耗戦など無理だ。
ふと、寂しそうなキラの姿が浮かんだ。なぜかはわからないが、自分が戻らなければ、キラはきっと心の底から心配するだろうという気がした。
確信にも近いその想いが、絶対に生きて帰るという決意を彼に下させた。
―― やるしかない…やられる前に!
カガリはゆっくりと両手で銃を構え、相手の様子を窺った。
「…!?」
しかしその途端、相手も気づいたのか突然顔をあげた。
バイザー越しなので表情まではわからないが、眼があったような気がして思わず息を呑む。
相手はすぐに腰の銃を取ろうとしたが、既に銃を構えていたカガリは、そのままためらわずトリガーを引いた。
銃声は、一発。
相手は銃を取り落としたが、すばやい動きで近くの大岩に身を隠した。
しかし白い砂には血が点々と落ちており、傷を負わせたことがわかる。
「動くな!」
カガリは銃を構えたままゆっくりと緩やかな斜面を駆け降りた。
右肩を撃たれたアスランは、大岩の陰で呼吸を整えていた。
―― 銃を落とした…なんて迂闊な…!
カガリは強い輝きを放つ琥珀色の瞳で睨みながら、真っ直ぐ銃を向けている。
アスランは岩陰で傷を抑えながら、碧い冷静な瞳で突破口を探っていた。
2人の距離はじりじりと縮まっていく。
やがて彼らを待つのは、大いなる運命の出会いだった。
それはヤップ島を超え、チョモランマルートを降下中だった。
「やれやれ、アラームの休まる間もない」
ジブラルタル便と呼ばれるザフトの降下便は日に日に多くなる。
「くそー、こっちに制空権がないと思って」
司令がデータを確認すると、副官は悔しそうに言った。
「やはり近々ザフトが大規模作戦を発動するという噂は本当のようだ」
狙いは恐らく最後の宇宙港・パナマだろうというのが大方の予想だ。
宇宙港を抑えられれば地球軍はマスドライバーを失い、宇宙、すなわち月基地への補給ができなくなる。ザフトの狙いは当然そこだろう。
「だが、パナマは落とさせんわ」
司令の言葉はやけに力強く、副官は不思議そうな顔をした。
「潜水母艦…ということ?」
マリューは先日の襲撃について、艦長室にやってきたフラガと検証を続けていた。
紅海はカーペンタリアからは直線距離でも10,000kmは優に離れている。
ディンもグーンもまさかそこからやってきたわけはあるまい…そして、ザフトは確かにこの地域の制空権を抑えているとはいえ、基地を持っているわけではない。
「洋上艦や航空機なら、いくらなんでも見逃さないだろうけど、水中はこっちも慣れてないからねぇ」
フラガは自分で持ってきたサンドウィッチをパクつきながら言った。
「なんでもそうだけど、母艦を叩かなきゃいくらでも追っかけられるぜ」
「ですわねぇ。しかし一体どうやって戦ったものやら」
マリューはマグカップを手にしてほぅっとため息をついた。
(この間はストライクが海に潜って相変わらずの戦いぶりを見せてくれたけれど、今後もっと水中の敵が増えたら)
「ガンバガンバ!」
考え込むマリューに、フラガがかる~い言葉をかける。
「どうにかなるよ。なるべく浅い海の上行くようにしてさぁ。これまでだってどうにかなってきたんだから、大丈夫大丈夫」
「また、根拠なくそんなこと」
にこにこして大丈夫を連発するフラガに、マリューは怒るより先に吹きだしてしまった。
「それが励ましってもんでしょ。それともバジルールに『傾向と対策』講座でもやってもらう?」
「ごめんこうむります」
2人が大声で笑いあったちょうどその頃、ブリッジで大きなくしゃみをしたナタルがノイマンから「風邪ですか?」と聞かれていた。
休憩中、カズイはサイやミリアリアに、このままインド洋を抜けて太平洋に出たら、母国であるオーブに寄れないものかと訴えていた。
「だって、目的地はアラスカなのに?オーブへ寄るなんて遠回りになるだけじゃない」
サイがカズイの望みは非合理的であることを伝える。
「大体寄ってどうすんの?私たち今は軍人よ。作戦行動中は除隊できないって言われたじゃない」
ミリアリアも厳粛な事実を伝えた。
「でもこんな予定じゃなかったじゃないか!アラスカへ降りるだけだって…だったらって…俺もさぁ」
カズイは未練たらしく望郷の念を語った。
とはいえ、彼はヘリオポリス育ちなので、オーブがどんな国なのか、実際にはよく知らないのだが。
別のテーブルでキサカと食事をとっていたカガリは、ドリンクに口をつけながらオーブがどうのと言っている彼らを横目でチラチラと見ていた。
そのたびにキサカが厳しい顔で睨みつけるので、カガリは慌てて眼を逸らし、残ったドリンクを飲み干した。
「カガリ!」
席を立ったカガリを追いかけてきたキサカが硬い声で名を呼ぶ。
「わかってるよ。何も言うな。俺は…何も言ってないぞ!」
「なら、いいですが」
カガリはポケットに手を突っ込んで、「彼らが帰りたいと思うのは当然だろ」と呟いた。
「そりゃ…何かあればと思ってはいるが…」
「カガリ!」
またしてもキサカが声を荒げると、カガリは口を尖らせた。
「しょうがないだろ?いきさつもわかってるけど、この艦とあいつは沈めちゃいけないって、どうしてもそんな気がするんだから」
激闘をくぐり抜け、同胞を敵とするあいつを、なんとかしてやりたい…カガリの心には、たった1人で紫の瞳を濡らしていたキラの寂しげな姿が焼き付いて離れなかった。
「そんな怖い顔すんなって!」
渋い顔をしたまま黙ったキサカの肩をバンと叩き、カガリは明るく笑った。
その時、あちらからキラがやってきた。
カガリは明るく「よ!」と声をかけ、キラも軽く手を上げた。
「きっと、ハウメアのお導きなんだろ。うん」
キラを見送り、カガリもキサカと共にその場を後にした。
この時キラは、少し具合の悪いフレイのために食堂にドリンクを取りに来たのだった。
(あれくらいで、船酔いとかするのかなぁ)
フレイは海に出て以来、艦がひどく揺れると不機嫌そうだった。
それに具合が悪いから艦内整備の仕事を休むと連絡した時、上官が彼に何か文句を言ったのも気に食わないようだった。
「キラはともかく、なんでみんな平気なんだろうな」
「酔うほど揺れてるとは思わないけど…ドクターに診てもらう?」
そう聞いても、フレイは首を振る。
「いい。キラがそばにいてくれれば…いいよ」
弱ったフレイにそんな事を言われたら、キラはフレイの赤毛を撫でながら、なんとかしてあげたいと思ってしまうのだ。
「何か、飲み物を取ってくるね」
「ん…」
キラが言うと、フレイは甘えるように頷いた。
しかし食堂にはサイがいたので、2人は互いに「あっ…」と声をあげてしまった。
キラは気まずそうに眼を逸らし、サイも気づかなかった、というような顔をしている。
一方それを見てミリアリアがキラの傍に駆け寄って耳打ちした。
「フレイ、大丈夫?船酔い」
「うん。薬飲んだし、まだ唸ってるけど大丈夫じゃないかな」
小声で喋る2人を見て、カズイもまた小声でサイに尋ねた。
「サイ…いいの?」
サイは両手でカップを持っていたが、ふぅ、とため息をついて笑う。
「いいのよ。どうせキラには…かなわないし」
「けどさ」
「いいってば。気にしてないから」
サイは無理に笑ってみせた。
精一杯の強がりだとわかっているが、以前のように取り乱す事はない。
サイはキラの気配を気にしなくて済むように眼を閉じ、自分に言い聞かせた。
(人の気持ちは…しょうがないもの…)
「アスラン!クルーゼ隊は第2ブリーフィングルームに集合ですって」
無事ジブラルタルに降下した後、ニコルは活気づく基地の様子に興奮気味だった。
ディンやバクゥなど、宇宙ではなかなか見られない地上用モビルスーツを見てははしゃぎ、好奇心一杯であれこれとアスランに話しかける。
アスランはそんなニコルをたしなめつつ、指定された部屋へ向かった。
すると扉の外に立っただけで、懐かしい声が漏れ聞こえてきた。
「お願いします、隊長!あいつを追わせてください!」
相手は何か低い声で答えているが、イザークは納得できないようだ。
「ですが…」
「失礼します」
ブリーフィングルームに入ると、アスランとニコルは敬礼した。
演台の向こう側にはクルーゼがいて2人に頷き、イザークは彼らに背を向けている。
後方で2人のやり取りを聞いていたらしいディアッカが片手を挙げ、「よう、お久しぶり」と声をかけた。
同時に二人の方を振り返ったイザークを見て、アスランは息を呑んだ。
最後にイザークに会ったのは、もう1ヶ月以上も前だ。
傷を負ったと聞いてはいたが、実際、彼の整った顔に残る生々しい傷痕を目の当たりにしたのは今日が初めてだった。額から頬にかけ、ざっくりと残った傷痕…
「イザーク…その傷…」
「ふん!」
イザークは顔を背け、驚いているアスランを全身で拒絶した。
「イザークの傷は大したことはない」とだけ告げていたニコルは、なんとなく小さくなっている。
「傷はもういいそうだが、彼はストライクを討つまでは、痕を消すつもりはないということでな」
クルーゼがイザークの傷について代弁した。
イザークの並々ならぬ決意に、傷ついたプライドが垣間見えた。
久々に全員が揃ったところで改めてブリーフィングが開始され、クルーゼは足つきがデータを持ってアラスカに入ることを阻止しなければならないと告げた。
「しかし足つきがインド洋に抜けた今は、カーペンタリア所属のモラシム隊が追撃にあたっている。既にストライクとも交戦したということだ」
そう説明されても、イザークが納得できるわけがない。
「我々の仕事です、隊長!あいつは最後まで、我々の手で!」
砂漠ではヤツの姿を目にしながら、戦うことすらできずに見逃すハメになった…無様な敗走を思い出し、イザークの怒りはますます滾っていた。
(ストライク…この屈辱は必ず晴らしてやる!この傷の借りと共に)
「私も同じ気持ちです、隊長!」
しかしそれ以上に、ディアッカが珍しく真面目に願い出たことがニコルとアスランを驚かせた。
「ディアッカ…」
「ふん!俺もね、散々屈辱を味わわされたんだよ」
ディアッカは驚いた様子の2人に顔をしかめてみせた。
クルーゼはそんな彼らの様子を見守っていたが、やがて「ならば、きみたちだけでやってみるか?」と提案した。
「私はオペレーション・スピットブレイクの準備のため、自由に動く事ができないが、きみたちで小隊を編成し、足つきを追ってみるがいい」
クルーゼはおもしろそうにそう語った。
ようやく願いが通った上に、願ってもない小隊の編成だ。
イザークは見る見る明るい顔になり、「はい!」と返事をした。
「ではイザーク、ディアッカ、ニコル、アスランで隊を結成する」
指揮は…と、クルーゼはぐるりと見回しながらもったいぶって言った。
「そうだな、アスラン。きみに任せよう」
「えっ!?」
クルーゼは小隊長にアスランを指名し、アスランは予想もしない抜擢に思わず大きな声を出してしまった。
彼の仮面の奥の顔がどんな表情なのかはわからないが、自分を値踏みするように見ていることは間違いない。
(あらら…)
ディアッカはイザークが何を考えていたかなど手に取るようにわかるだけに、彼の様子をそっと盗み見たが、こちらに背中を向けているため表情をうかがい知る事はできなかった。
ニコルに至ってはもはやイザークの顔を見なくていいように視点をぼかしてあらぬ方向を見ている。イザークの鬼のような形相を見たのは、彼にジロリと睨まれたアスランだけだった。
「カーペンタリアで母艦を受領できるよう手配せよ」
クルーゼはただちに移動準備にかかれとアスランに命ずる。
「隊長…私が?」
しかしアスランはやや抗議するように前に出た。
イザークに睨まれたからではない。
相手がキラ・ヤマトだと知っているはずの隊長が…という思いがあったためだ。
「色々と因縁のある艦だ。難しいとは思うが、きみに期待するよ、アスラン」
クルーゼはぽんと彼女の肩を叩き、自ら持ちかけた面白い展開にわくわくするような気持ちを抱きつつ、困惑するアスランを面白そうに眺める。
(戦場に立ち続けるからには、きみも覚悟をしているということだろう?)
アスランは仕方なく曖昧に頷き、やがてカーペンタリアへの連絡など必要な手続きを取るために部屋を出た。
ニコルは嬉しそうに、「よかったですね、力を合わせて頑張りましょう!」と言ってくれたが、問題はさっそく「ザラ隊ねぇ」と鼻で笑い、「お手並み拝見といこうじゃないか」とニヤニヤするあの2人だ。
しかも敵は足つきと、砂漠の虎をも撃破したキラのストライク…誰がどう見ても、前途多難以外の何物でもない。
アスランは人気のない廊下で肩を落とし、小さな溜息をついた。
「ソナーに感。7時の方向。モビルスーツです!」
トノムラが伝えると、ナタルは「間違いないか?」と確かめた。
またクジラだのイルカだの民間船だのじゃないだろうな…トノムラはミスをするたびにナタルに集中しろと叱られていたが、今回は音紋を照合したところ、グーンが2、それと機種は不明だが別の機体が1だ。
(よし!)と頷くと、自信満々で「間違いありません!」と答える。
「キラ…」
第一戦闘配備の発令を聞いてキラが部屋を出ようとすると、ぐったりとベッドに横になっていたフレイが声をかけた。
「ごめん、行かなくちゃ」
「気をつけろよ」
フレイは心配そうな声で言ってから、少し上半身を起こした。
そしてキラに微笑みかけながら、寂しそうに、弱々しく呟く。
「襲ってきたやつらを、やっつけてくれよ…」
それを聞いて、キラは少し困ったように首をかしげたが、「うん」と小さく頷いた。
「信じてるから」
青い顔で一生懸命笑う彼を見て、キラは優しく言った。
「寝られたら寝ちゃった方がいいよ。その方が楽だから」
キラが扉を開いた途端、食堂から走ってきたサイたちと鉢合わせたのと、部屋の中から「わかった…」とフレイが言ったのは同時だった。
彼の声を聞いたサイもキラもはっと息を呑んで立ち止まった。
「あ…」
ミリアリアとカズイはそのまま走り抜けたが、サイはキラとすれ違う時、俯いたままポツリと言った。
「…頼むわね」
キラはその言葉に驚き、それから慌てて「うん!」と答えたが、アラートの響きわたる艦内で、走り出したサイの耳に届いたかどうかはわからなかった。
「まさかこうまで浅い海を航行するとはな」
モラシムはほくそ笑んだ。
彼が搭乗している機体であり、音紋照合ができなかったUMF-5ゾノは、グーンに欠けていた陸上での機動性を重視した水陸両用機である。
両腕に大型のクローを備え、巡洋型への変形もスピードアップしている。
浅瀬での戦闘は潜水艦やグーンでは難しくても、ゾノにはかえって好都合だ。
「クルーゼも降りてきているからな…今日こそ沈めてやるぞ!」
「魚雷接近!弾数8!」
「離水!」
マリューが命じ、アークエンジェルは再び離水した。
ガラ空きの艦底部を守るため、ナタルは下方にも射線をとることができるイーゲルシュテルンとバリアントでの迎撃を開始している。
その頃ハンガーでは、キラが今回はソードストライカーで出るとマードックに伝えていた。
グーンとの戦闘経験から、ただでさえ機動性に劣るこちらが、潮流や水圧の影響を受けるバズーカやキャノンで戦うより、剣の方が自由に扱えると思ったからだ。
それに対艦刀シュベルトゲベールは実体刃複合なので、水中では拡散してしまうビームを切れば、実剣として使えるはずである。
相手の土俵で戦う以上、こちらもなんとか方策を練らなければならなかった。
一方フラガもサイとの情報交換に忙しかった。
「敵母艦の予測位置は?」
「痕跡から割り出した、予測データを送ります」
「少佐、頼みます」
モニターのマリューに「任せとけ!」とウィンクしてから、ハンガーの一角で起きている騒がしさに気づいた。
見れば、カガリとマードックが何やら激しく言い争っている。
「だから!なんで機体を遊ばせておくんだよ!俺は乗れるんだぞ!?」
「おまえは民間人だからダメだ!」」
カガリよりさらに大きい声でマードックが怒鳴り返した。
「第一そんな事を許したら、おっかない中尉にまた何を言われるかわかったもんじゃねぇや!」
しかしカガリはそんな事では引き下がらない。
「アークエンジェルが沈んだらみんな終わりだろ?なのに何もさせないでやられたら、化けて出てやるぞ!」
「いい~!?」
フラガはそれを聞いて大笑いしてしまった。脅しをかけるとは、とんだ軍神だ。
「少佐、止めてくださいよ」
「坊主の勝ちだな、曹長。2号機、用意してやれよ」
「ええ!?」
思ってもいないフラガの言葉に、マードックは目を白黒させた。
「そりゃ、少佐が許可したとなれば中尉だって何も言いやしないでしょうが…」
上目遣いで尋ねる。
「本当にいいんですかい?」
「母艦をやりに行くんだ。火力は多い方がいい」
フラガは言い、カガリは得意そうに「ほらな?」と胸を張っている。
「はぁ…やれやれ」
マードックはそれを見てボサボサ頭をガリガリと掻き毟った。
「だが、遊びじゃないんだぜ、坊主」
それまでニヤニヤしていたフラガが急に引き締まった顔つきで言うと、カガリも負けじと不敵な目つきでフラガを見上げて言い放った。
「カ・ガ・リ・だ!わかってるさ。ちゃんとやるよ」
さて、これより時間は少し遡る。
ジブラルタル基地で、アスランは1人、輸送機が飛び立つのを見送っていた。
アスランと搭乗機のイージスが乗るはずだった輸送機は、航法資材のトラブルにより、3人よりかなり出発が遅れることになったのだ。
その事についてイザークもディアッカも「隊長が遅参するのか」と散々嫌味を言い、ニコルはこれはアスランのせいじゃないと憤り、「なら、僕が残ります!アスランは行ってください」と言い出す始末だ。
そんな彼らをなだめるのは一苦労で、やいのやいの言う3人をなんとかゲートに送り出し、デッキから見送っている彼女を見て、整備兵たちが「あんたも大変だなぁ」と同情してくれた。
どうやらジブラルタルでもイザークとディアッカは目立っていたようで、彼らも「これでやっと静かになるよ」と笑っていた。
Nジャマーが通信を阻む中で、時間ばかりがかかったカーペンタリアとの連絡、潜水母艦の受領手続き、輸送機の手配…降下以来、休む間もなく働きづめで、ろくに眠っていない。
待機室で待つ間も、いつ連絡が入るかわからないため眠れなかった。カーペンタリアまでは遠い。その間には少しは眠れるだろうと諦めることにした。
マリューの指示により、ノイマンはランダム回避運動を続けた。
艦内の揺れはかなり激しく、前例もあるため戦闘員以外は皆、待機室でベルトを締めていた。
しかしフレイはキラの部屋に残り、ますますひどくなる船酔いに苦しみながらうずくまっていた。
「バリアント、撃ぇ!」
水中から虎視眈々と艦を狙い、地上に向けて雷撃を向けるグーンに、ナタルはなんとか対抗しているが、完全に死角に回られると砲撃のしようがない。
捕捉できないウォンバットが空しく爆発するばかりだ。
「スカイグラスパー1号、フラガ機、発進位置へ!」
「出るぞ!」
ランチャーストライカーを搭載した1号機が飛び出し、2号機も続く。
「スカイグラスパー2号、カガリ・ユラ機、発進、どうぞ!」
カガリは操縦桿を握り、激しいGに耐えながら海上へと飛び出した。
フラガの機体は既に遠く離れており、(さすがだな)と思いながら追う。
「ストライク、どうぞ!」
「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」
飛び出したキラもまた、カガリの機影を捉えて心配そうに眼を細めた。
(カガリ)
スカイグラスパーで出ると聞いた時は本当に驚いたが、既にコックピットにいる身では、彼を止めに行く事もできなかった。
軍人でもない彼が、ましてや砂漠で一度撃墜されているとあっては不安になるのは当然だが、少佐が一緒なら大丈夫だと必死に言い聞かせた。
(2人が戻るまで、アークエンジェルは私が守らなくちゃ)
せっかく威力のある実剣を持ちながらも、キラはすばやい動きのグーンに翻弄され、攻撃をかすらせることもできなかった。
(くっ…どうにか足を止めないと…)
ところが何を思ったか、2機のグーンは突然ストライクから離れ、浮上し始めた。
キラは彼らがアークエンジェルを狙いに定めたと悟って慌てて追ったが、ストライクの前にはグーンとは違う機体が立ちはだかった。
両腕に巨大なクローを持つ禍々しい姿を見て、キラはグーンが自分から離れた理由を理解した。
「こいつは私がやる!おまえたちは艦を!」
モラシムは部下に伝達し、ストライクと向き合った。
「今日こそその機体、バラバラにしてくれるわ、化物め!」
ゾノはすばやく巡洋型に変形すると、ストライクに向かった。
「回避しつつ、ロール20!」
ノイマンはマリューの指示に従い、必死に舵をきった。
魚雷が艦体をかすめるたびに衝撃が走る。
グーンが2体、完全にこちらに張りついたのだ。
「グーンを取りつかせるな!バリアント、撃ぇ!」
まるでモグラたたきでもして遊んでいるように、グーンは代わる代わる水面に現れては魚雷を撃ちこんでくる。
(ええい、強力な下方位砲でもあれば捉えられるものを…)
バリアントでは決定的ダメージを与えきれないナタルは、苛立ちを隠そうともせずギリギリと歯を食いしばった。
「くっそー!どこだい子猫ちゃんは!」
「はぁ!?何言ってるんだよ」
フラガとカガリは潜水母艦が潜むと思しき海域を索敵していた。
カガリの操縦技術はフラガから見れば無論まだまだ未熟ではあるが、それでも何らかの飛行訓練を受けていると思われるふしがあった。
「おい、おまえ!どっかで訓練受けたのか?」
しかしカガリは「通信状態が悪いみたいだ」などとぼけてはぐらかし、結局答えない。
(あの野郎…)
フラガは苦笑いしながら、ますますこの「軍神」の正体に興味を抱いた。
「ぐっ!なんてパワー!」
海面下では、ストライクがゾノに苦戦を強いられていた。
機動性は完全にあちらが上であり、さらにグーンの時のように接近戦に持ち込もうとすると、巨大なクローがストライクの体を掴み、ギリギリと締め付ける。
装甲が剥がれそうなほどのパワーに加え、ゼロ距離でフォノンメーザーを撃とうとする物騒な相手を、キラは必死に暴れて蹴り飛ばし、ようやく離れることができた。
そのまま対艦刀を構えて迎え撃つが、太刀筋にスピードがないせいか刀身をクローで受け流され、そうこうするうちに魚雷が放たれた。
(近づけば爪、離れれば魚雷)
なんとかこちらの距離に持ち込みたいが、一体どうすればいいのかとキラは防戦一方の中、必死に考えていた。
その頃、モラシム隊の母艦クストーでは、戦闘によって足の鈍った足つきに予定距離まで接近したため、ディン隊を出す準備が進められていた。
しかしディンを出すためには当然ながら浮上しなければならない。
それが彼らの命取りになった。
「海上レーダーに感!機影2!足つきの艦載機です」
探知されたのと同時に、フラガもまたクストーを視認していた。
「見つけたぜ!行くぞ!坊主!」
「カガリだって言ってんだろ!」
1号機の見事な急降下に、2号機も必死についていく。
フラガは機銃を掃射しながらキャノンを放って露払いをし、そこにカガリが飛び込んで対艦ミサイルを放った。
「回避!」
艦長はそう指示したが、当然間に合わない。
クストーは右舷前部に被弾して浸水を始め、もはや潜水して逃げる事はできなくなった。艦長は憤怒の眼を空に向け、忌々しそうに毒づいた。
「浮上してディンを出せ!叩き落とすんだ!!あんな時代遅れの遺物に、こんなところでやられてたまるか!」
ダメージを受けて煙を上げるクストーが完全に浮上すると、次々と甲板部のゲートが開いてディンが姿を現した。
「さぁ、お出ましだ!」
フラガは操縦桿を大きく下げた。
「こら!あまり高度を落とすな!潮を被る!」
この時カガリがあまりに海面すれすれを飛ぶのでフラガが叱ると、言ったそばから高波をかぶり、機体が濡れてカガリは慌てて上昇した。
「バカ!だから言わんこっちゃない!」
フラガはまるで手に負えないルーキーでも率いている気分になる。
「バカとはなんだ、バカとは!」
通信機からは即座にやんちゃな声が返ってきた。
「おりこうさんならもっとちゃんと飛んでくれよ!」と言い残し、フラガは飛び立つ前のディンにキャノンを撃ち込んでいく。
面白いように爆発していくディンが潜水母艦の被害を拡大させる。
(おまえさん方の装甲の薄さは呆れるくらいだもんな!)
カガリも再び対艦砲を撃ちこみ、それを確認しようと思わず振り返った。
「やったか!?…あ!」
しかしそこには爆煙をかいくぐって飛び立ってきたディンがいた。
(しまった!)
そう思ったのと機体が衝撃で大きく揺れたのがほぼ同時だった。
スカイグラスパーがディンのランチャーを受けて被弾したのだ。
一方、アークエンジェルは徐々にダメージを蓄積していた。
「ストライクは?何をしている!」
ナタルは叫ぶが、ゾノを相手にしているキラは手一杯だ。
「ノイマン少尉!」
マリューが呼ぶので、ノイマンは振り返る時間を惜しんで返事をした。
「一度でいい、アークエンジェルをバレルロールさせて」
「ええっ!?」
「艦長!?」
ノイマンが叫ぶのとナタルが叫ぶのは同時だった。
(バレルロールだって?バカ言うなよ!)
ノイマンは思わずナタルを見たが、マリューはきっぱりと言った。
「ゴットフリートの射線を取る。一度で当ててよ、ナタル!」
そのムチャクチャな命令はゴットフリートでグーンを仕留めるため。
ナタルは、上部の砲の射線さえ取れれば…という自身の願いを、彼女がかなえようとしている事に気づき、「わかりました!」と答える。
「少尉!やれるわね?」
(こんな無茶な注文にYESなんて言いたくないですけど…)
ノイマンは諦めにも似たような溜息を漏らしながら思った。そしてチラリとナタルを見ると、いつもながら冷静な、しかしどことなく「我が意を得たり」という自信に満ちている気もする。ノイマンはそれを見てもう一度ため息をついた。
(俺だってやってみせなきゃいかんでしょうね!)
ノイマンは即座にプログラムをオンにし、角度および推力計算を始めた。
「本艦はこれより、360度バレロールを行う。総員、衝撃に備えよ」
それを聞いて待機室以外にいた兵たちが慌しく待機室へと向かう。
「ああ!?んな、無茶な!」
マードックはぼやきながらも整備兵に詰所へ入ってシートベルトを締めるよう指示をした。そして自身はアンカーで柱に体を繋げる。
反面、「バレルロール」の意味を知らないフレイは、いぶかしみながらも部屋でベッドの柱に掴まり、一体何が起きるのかと不安そうにしていた。
「グーン2機、来ます!」
二手に分かれていた2機が、ノイマンが囮のためにわざと高度を落としたアークエンジェルに同時に近づいてきた。
「ゴットフリート照準、いいわね!」
ナタルは力強く頷いた。必ず仕留めてみせる。
「行きますよ?くっ!」
ノイマンは危険角を知らせるアラームを切ると、一気に舵を回し始めた。
「う…わぁ!なんだよっ!?」
フレイは信じられない角度に回っていく艦体に思わず声をあげる。
アンカーで固定したものの、思った以上に振り回されて思わず柱にしがみついたマードックは、「無重力じゃねぇんだぞ!」と叫んだ。
前回のロール飛行の教訓によって、艦内ではかなり多くの什器や物を固定したのだが、やはりあちこちでひっくり返って大変な騒ぎになっている。
しかしこの無茶によってナタルが放ったゴットフリートは、見事グーンを仕留めることができた。
さらに逃げるもう1機に、ナタルは今までのお返しとばかりにゴットフリートに加えて、バリアント、イーゲルシュテルンを同時にお見舞いして撃破した。
ナタルはマリューに頷いて見せ、マリューは微笑んで、艦全体の被害状況を調べるよう指示する。
艦を元に戻したノイマンは、(まったくムチャな人たちだ)と苦笑した。
その頃キラはゾノを捉える策のため、プログラムの調整をしていた。
海上で何かが起きた事はわかったが、今は目の前の敵で手一杯だ。
水圧や潮流を含めて割り出した、射出されたアンカーが減速するまでの距離を測り、ゾノが接近してくるのを待つ。
狙いは、恐らく通常体よりクローが使いづらい巡洋型だった。
キラはゾノに再びシュベルトゲベールで応戦しようとしたが、相手のクローで対艦刀をなぎ払われてしまう。
ソードストライカーは他にめぼしい武器がなく、キラはやみくもにイーゲルシュテルンを放つが、所詮対空砲なので水中では軌道がめちゃくちゃになり、当たるはずがない。
モラシムはストライクが丸腰になった事に気づき、ニヤリと笑う。
そして変形し、ゾノは急激にストライクに近づいていった。
キラは抵抗するふりをしながら、割り出したベストな距離でゾノに照準をあわせると、左腕のパンツァーアイゼンを放った。
(よし!捉えた!)
アンカーフックによるダメージなどほぼないため、ゾノの反応はない。
しかしキラがスイッチを入れて急激にアンカーを引き寄せると、ようやく異変に気づいたモラシムが「な、なんだ?」ともがき始めた。
しかし既にゾノはストライクの得意とするレンジに入っており、キラは右腰のアーマーシュナイダーを抜いた。
(結局、これが一番使いやすい!)
「くっ…うわあぁ!」
それと同時に、紅海の鯱と呼ばれたモラシムの命運は尽きた。
その頃はるか離れた海上では、被弾して万全ではないカガリの機体がバランスを崩して射線を邪魔してしまい、射撃をやめねばならなかったフラガが舌打ちした。
「坊主!チョロチョロすんなよ!俺が撃っちゃうじゃないか!」
「なにを…うわっ」
カガリは風に流されながら艦砲を避ける。
「大丈夫か?」
並行して飛びながらフラガが尋ねると、カガリはパネルをいじってチェックし、「ナビゲーションモジュールをやられたようだ」と答えた。
航行には特に支障はないが、そこは腕の未熟さなのか、大分危なっかしい。
「帰投できるな?早く離脱しろ!こいつは俺が抑える!」
飛び立つ前にディンをやれたおかげで、あの潜水母艦には戦力はほとんどないはずだ。
「もう俺1人で十分だ!」
負けん気の強いカガリは「まだやれる!」と食い下がったが、フラガは「邪魔なだけだ」と叱り飛ばした。
「それぐらいのこと、わからんか!」
「う…」
冷静に見れば確かに、被弾した自分は足手まといにしかならない。
「…わかったよ!」
カガリは仕方なく了承し、そのまま戦域を離脱した。
彼が去った事を見届けると、フラガは操縦桿から手を離し、「さーて」と指をぽきりと鳴らした。
「チビッコの時間は終わりだ。一気にカタをつけようぜ」
それからアグニの照準をあわせながら潜水母艦に向かった。
「これは…?」
「…しかし、こんなところで誰が?」
ふと、パイロットたちの会話に気づいたアスランは、キャビンからコックピットに向かって声をかけた。
「どうしたんです?」
パイロットは忙しなく計器を調整しながら答えた。
「前方海上に、戦闘らしき反応があるんだ」
―― 戦闘?ザフトの制空圏内で?
アスランはまさかと思いつつもチラリとストライクを思い浮かべた。
「巻き込まれたら厄介だな」
パイロットが渋い顔で言う。
「グゥルを積んでないから、万が一の事になると、あんたの機体、落っこっちまう」
できる限り回避して行く、と彼らは慌しく進路を調べ始めた。
その頃同じ空域では、カガリが雲の中で役に立たないナビに毒づいていた。
「くそっ…アークエンジェルはどっちだ?」
通信はもちろん、レーダーすらもNジャマーの影響で働かない。
カガリは仕方なく、せめて目視で方角だけでも見定めようと雲から出た。
「うわっ!!ザフトの…輸送機?」
「地球軍機!?」
雲が切れた途端、突然目の前に現れたのは互いにとっての敵機だった。
「くっそー!なんでこんなところに!?」
輸送機のパイロットは舵を取って機体を離す。
こちらは威嚇にもならない機銃程度しか積んでいない。
第一、大切な荷物を運ぶ途中だ…全くついてない。
「援軍か?」
カガリは一瞬迷った。
カガリの脳裏に、潜水母艦と戦うフラガと、アークエンジェルを守って戦っているだろうキラの顔が浮かぶ。
これがアークエンジェルを見つけて攻撃を仕掛けたら…
(あいつ…またきっと…)
カガリは瞬時に決断し、ザフト軍機を睨みつけた。
「この状況じゃ、やるしかない!」
そしてピタリと照準を合わせる。
「きみはモビルスーツのコックピットへ!」
ロックされ、相手が戦闘態勢に入った事を悟ったパイロットは、アスランにイージスに乗るよう伝えた。
「いざとなったら機体はパージする!」
「そんな!」
この状況で自分だけ逃げるなんてと承服できなかったが、彼らはそれが余計な世話と言わんばかりに邪険に言った。
「積荷ごと落ちたら俺たちの恥なんだよ!早く!」
輸送機パイロットの仕事は、積荷を無事に目的地に届けることだ。
彼らはこの仕事に誇りと自信を持っているのだ。
「…わかりました」
そう悟ったアスランは頷き、貨物室への階段を降り始めた。
機銃を掃射しながらなんとか逃げようとするが、スピードに勝る相手に張りつかれてはどうしようもない。
やがて輸送機は被弾し、失速し始めた。
しかしこちらのお飾りのような機銃も相手の翼に穴を開けて一矢を報いたようで、戦闘機もまた、黒煙を上げて離脱していく。
けれど輸送機は徐々に高度を落とし、墜落は免れない。
パイロットは万策尽きたと知るとアスランに通信をつないだ。
「だめだ!もたない!高度を下げてパージする!」
「あなた方は?」
アスランは思わず尋ねてしまう。
「このあと脱出するさ。気遣いはいらん」
彼らのその力強い言葉に思いもかけずほっとし、アスランは「はい」と返事をすると、イージスを起動した。
もともとダメージを負っていたスカイグラスパー2号機は、攻撃中に近づきすぎて機銃を浴び、急激にコントロールを失った。
カガリは必死に機体を立て直そうとしたがかなわず、やがて急速に水面が近づいてきたと思うと、大きな衝撃とともに一瞬目の前が真っ暗になった。
「うぅ…」
わずかな時間だったが、どうやら気絶していたらしい。
カガリはピチャピチャいう水音に気づき、はっとあたりを見回す。
すぐに体を調べたが、不時着と同時にコックピット内部から飛び出した衝撃吸収材のおかげで、どこにも怪我はないようだ。
「こちらカガリ・ユラ。アークエンジェル。アークエンジェル!」
通信機を入れても雑音すら聞こえないが、とりあえず救難信号を出す。
カガリは銃を防水袋に詰めてジャケットのポケットに入れ、緊急用パックを手に持つと、キャノピーを開いた。
しかしその途端に大量の海水が入ってコックピットは水浸しになってしまった。
しかも思ったより波が高く、海に飛び込んだと同時に頭から高波をかぶり、気づいたらパックを流してしまっていた。慌てて泳いで追いかけようとしたのだが、想像以上に潮流が早く、1人で泳ぐのは危険だと判断したので諦めた。
―― くそ…ついてない…
頭から足の先まで潮水でベタベタになりながら浜に上がると、カガリは袋から銃を取り出して、セーフティーを外した。
人の気配はないようだが、ここはザフトの勢力圏なのだ。
(油断はできない)
小さな浜が終わるとすぐに熱帯系のジャングルが始まり、カガリは草を掻き分け、たかる虫をはらいながら進んだ。
「小さい島なんだな。無人島か?」
熱帯の森からは、向こう側にももう海が見えている。
しかしやや崖のような高台に出た時、カガリは凍りついた。
(ザフト兵!)
白い砂地には、ヘルメットをかぶったパイロットスーツ姿のザフト兵がいた。
手に持っているのは通信機だろうか?
何かの場所を探しているようで、彼はこちらには気づかず、しゃがみこんだ。
カガリの心臓が激しく脈を打つ。
―― どうする?このまま逃げるか?それともヤツを…殺すか?
(…殺す…?)
そう考えた自分に驚いて、カガリは息をついた。
相手は自分に気づいてないし、自分は一応民間人だし、そっと立ち去れば…
(だがヤツにとっては、俺は多分、敵以外の何者でもない)
自分の存在に気づけば、必ず追い詰めて殺そうとするに違いなかった。
ぐるぐると様々な思考が渦巻いたが、カガリは頭を振った。
狭い島の中で、逃げ惑い、殺しあう消耗戦など無理だ。
ふと、寂しそうなキラの姿が浮かんだ。なぜかはわからないが、自分が戻らなければ、キラはきっと心の底から心配するだろうという気がした。
確信にも近いその想いが、絶対に生きて帰るという決意を彼に下させた。
―― やるしかない…やられる前に!
カガリはゆっくりと両手で銃を構え、相手の様子を窺った。
「…!?」
しかしその途端、相手も気づいたのか突然顔をあげた。
バイザー越しなので表情まではわからないが、眼があったような気がして思わず息を呑む。
相手はすぐに腰の銃を取ろうとしたが、既に銃を構えていたカガリは、そのままためらわずトリガーを引いた。
銃声は、一発。
相手は銃を取り落としたが、すばやい動きで近くの大岩に身を隠した。
しかし白い砂には血が点々と落ちており、傷を負わせたことがわかる。
「動くな!」
カガリは銃を構えたままゆっくりと緩やかな斜面を駆け降りた。
右肩を撃たれたアスランは、大岩の陰で呼吸を整えていた。
―― 銃を落とした…なんて迂闊な…!
カガリは強い輝きを放つ琥珀色の瞳で睨みながら、真っ直ぐ銃を向けている。
アスランは岩陰で傷を抑えながら、碧い冷静な瞳で突破口を探っていた。
2人の距離はじりじりと縮まっていく。
やがて彼らを待つのは、大いなる運命の出会いだった。
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制作裏話-PHASE23-
さぁ、いよいよアスランとカガリの物語が幕を開けるということで、ものすごく気合が入ったところです。
あまりにもひどい、「尻切れトンボの結末」を「迎えさせられた」DESTINY本編の2人への、「なんとかしてあげたい」という想いから始めたともいえる「逆種」の、山場の一つです。
そんなに気合をこめて書いたPHASEですが、実は大変な苦難が待っていました。
全て書き上げたところで更新ボタンを押したところ、何らかのサーバーエラーが起きており「ログインエラー」となったのです。もちろん真っ青になってブラウザバックしましたが、全ては後の祭りです…
数時間かけて書き上げたものが一瞬でパァになってしまった!(大泣)
もうね、しばらくは立ち直れませんでしたよ。
書き上げて、「次はいよいよPHASE24だ!」とうきうきしていたところで、全てが消え去ったのです。これぞまさしく「悪夢」でした。
PHASE22は7/4に更新しているのに、PHASE23は7/7更新で間が開いているのはこのためで、泣く泣く2回書いたからなのです。
この苦行を二度と忘れまいと、以降は「更新前にコピー」を忘れないようになりました。
忍者ブログは本当に使えないよ…
FC2にあるような「下書き保存」機能をつけて欲しいよ…
伏線としてサイクロプスやらカガリの正体やらを散りばめつつ、アスランが小隊長に任命されたり、イザークが吼えたり噛みついたり、キラがモラシムの乗るゾノを仕留めたり、フラガが潜水母艦を沈めたり、ノイマンがバレルロールをやらかしたりと盛りだくさんです。
けれど私にとっては、それらも全てはアスランとカガリの出会いを描く背景でしかありませんでした。
私はひたすら、この2人の出会いが書きたくてたまらなかったのですから。
けれど困った事がありました。
本編のようにアスランがヘルメットを取って歩いていると、髪が長く、女性らしいという設定の逆転アスランは、もう見た目だけで女性だとわかってしまうのです。
すると、逆種は男女逆転したがゆえにPHASE24ではカガリに「女!?」と驚かせなければならないのに、それができなくなってしまいます。
(本編のカガリは一瞬男と見まがうほどなので、朴念仁のアスランにはちゃんと見ていようが触れていようがさっぱりわからなかったわけですが…)
そこで苦肉の策として、アスランには「蒸し暑い熱帯雨林地方で、ヘルメットをかぶったまま歩き回るちょっと変な娘」になってもらいました。メットの下、絶対ムレムレですよね~、クソ暑いはずなので…髪の毛もかなり長いイメージだし。
でも仕方がありません。初めから女とわかっているか男と思っているかで出方は変わるものですから。
この話では、これまであまり感情を表さず、おとなしくて無口で理知的な「アイスドール」だったアスランが、少しだけ柔らかい雰囲気を見せ始めたかな…ということをかなり意識して書いています。
傷ついたままのイザークを心配したり(完璧に拒絶されますが)、騒ぐ3人をなだめて見送る姿を描写してみたりと、カガリと出会うPHASE24で色々な表情を見せる彼女の地盤固めのつもりで書きました。
ぶっちゃけてしまうと、逆転DESTINYであまりにもダメだった本編のアスランより、絶対マシなキャラにしようと思っていたので、この頃から「理性的」で「真面目」で「堅いところは堅い」が、「一旦相手に傾けた友情や愛情にはとことん篤い」性格を心がけていました。こうしたどこかバランスの悪いアスランの危うさを、健やかで明るく、大らかなカガリだからこそ受け止められた…としたかったのです。これは本編も根本的には同じだと思います。
だからこの後、他人に対する壁が高くて氷のように頑なだったアスランが、太陽のように明るく元気なカガリに温められて、ゆっくりと溶かされていく姿を演出したかったのですが、果たして成功していますでしょうか。
ちなみに私はこの逆転した2人、手前味噌ですが本当に気に入っています。
あまりにもひどい、「尻切れトンボの結末」を「迎えさせられた」DESTINY本編の2人への、「なんとかしてあげたい」という想いから始めたともいえる「逆種」の、山場の一つです。
そんなに気合をこめて書いたPHASEですが、実は大変な苦難が待っていました。
全て書き上げたところで更新ボタンを押したところ、何らかのサーバーエラーが起きており「ログインエラー」となったのです。もちろん真っ青になってブラウザバックしましたが、全ては後の祭りです…
数時間かけて書き上げたものが一瞬でパァになってしまった!(大泣)
もうね、しばらくは立ち直れませんでしたよ。
書き上げて、「次はいよいよPHASE24だ!」とうきうきしていたところで、全てが消え去ったのです。これぞまさしく「悪夢」でした。
PHASE22は7/4に更新しているのに、PHASE23は7/7更新で間が開いているのはこのためで、泣く泣く2回書いたからなのです。
この苦行を二度と忘れまいと、以降は「更新前にコピー」を忘れないようになりました。
忍者ブログは本当に使えないよ…
FC2にあるような「下書き保存」機能をつけて欲しいよ…
伏線としてサイクロプスやらカガリの正体やらを散りばめつつ、アスランが小隊長に任命されたり、イザークが吼えたり噛みついたり、キラがモラシムの乗るゾノを仕留めたり、フラガが潜水母艦を沈めたり、ノイマンがバレルロールをやらかしたりと盛りだくさんです。
けれど私にとっては、それらも全てはアスランとカガリの出会いを描く背景でしかありませんでした。
私はひたすら、この2人の出会いが書きたくてたまらなかったのですから。
けれど困った事がありました。
本編のようにアスランがヘルメットを取って歩いていると、髪が長く、女性らしいという設定の逆転アスランは、もう見た目だけで女性だとわかってしまうのです。
すると、逆種は男女逆転したがゆえにPHASE24ではカガリに「女!?」と驚かせなければならないのに、それができなくなってしまいます。
(本編のカガリは一瞬男と見まがうほどなので、朴念仁のアスランにはちゃんと見ていようが触れていようがさっぱりわからなかったわけですが…)
そこで苦肉の策として、アスランには「蒸し暑い熱帯雨林地方で、ヘルメットをかぶったまま歩き回るちょっと変な娘」になってもらいました。メットの下、絶対ムレムレですよね~、クソ暑いはずなので…髪の毛もかなり長いイメージだし。
でも仕方がありません。初めから女とわかっているか男と思っているかで出方は変わるものですから。
この話では、これまであまり感情を表さず、おとなしくて無口で理知的な「アイスドール」だったアスランが、少しだけ柔らかい雰囲気を見せ始めたかな…ということをかなり意識して書いています。
傷ついたままのイザークを心配したり(完璧に拒絶されますが)、騒ぐ3人をなだめて見送る姿を描写してみたりと、カガリと出会うPHASE24で色々な表情を見せる彼女の地盤固めのつもりで書きました。
ぶっちゃけてしまうと、逆転DESTINYであまりにもダメだった本編のアスランより、絶対マシなキャラにしようと思っていたので、この頃から「理性的」で「真面目」で「堅いところは堅い」が、「一旦相手に傾けた友情や愛情にはとことん篤い」性格を心がけていました。こうしたどこかバランスの悪いアスランの危うさを、健やかで明るく、大らかなカガリだからこそ受け止められた…としたかったのです。これは本編も根本的には同じだと思います。
だからこの後、他人に対する壁が高くて氷のように頑なだったアスランが、太陽のように明るく元気なカガリに温められて、ゆっくりと溶かされていく姿を演出したかったのですが、果たして成功していますでしょうか。
ちなみに私はこの逆転した2人、手前味噌ですが本当に気に入っています。