Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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キラもアスランも動けない。
爆発の光は消えていき、あたりには熱で融け、粉々になったブリッツの破片が散らばっていた。
キラにとっては思わず前に出しただけのシュベルトゲベールが、偶然にもブリッツの機関部を破壊しただけだ…けれど相手から見れば、原型を留めていないブリッツの破壊は「完膚なきまでに」行われたといえるだろう。
「ニコル…」
この現場を眼にした人間の中で最も冷静だったのは、意外にもいつもおちゃらけてばかりのディアッカだった。
眼の前で戦友を失ったアスランの受けた衝撃、そしてイザークが今後駆られるであろう激情を予測し、彼はすぐさま撤退する必要性を感じた。
何よりストライクはほぼ無傷であり、足つきがすぐ近くにいるのだ。
戦況からしても、ここに残るのはうまくない。
(まずいな。早くアスランに…)
「くっそー!ストライク!!」
しかし彼がそう考えると同時に、イザークは既に行動に出ようとした。
ニコルの事をいつもバカにし、見下したようなことばかり言っていたイザークだが、ディアッカは体を張って彼を止めなければならなかった。それほどまでに、戦友を失った彼の感情は迸っていた。
「あの野郎、よくもっ!!!」
「イザーク、待てっ!」
こんなに怒り狂うイザークを止めるには、「隊長命令」が必要だ…そう考えたディアッカは、PSダウンしたイージスを見て叫んだ。
「おい、アスラン!撤退だ!急げ!」
しかしアスランからの返答はない。
(ちぃ、どいつもこいつも…)
ディアッカはデュエルを押し留めながら珍しく声を荒げた。
「しっかりしろよ!やられたいのか!!」
「ヤマト少尉!何をやっている!戻れ!深追いする必要はないと言ったはずだ!」
一方、キラの耳にも撤退を命ずるナタルの声が聞こえていた。
打ち合わせた作戦では、戦闘を優位に進めた後すぐに離脱し、そのまま北太平洋を全速力で北上するのが次の手順だった。
「あぁ…」
キラはのろのろとイージスを見、デュエルとバスターを見た。
(ブリッツを…彼らの仲間を、私は…今、この手で…殺…した…)
この場を去る自分は、彼らの眼にどんな風に映るのだろう。
悪鬼か、死神か、それとも戦いを心から悦ぶバーサーカーなのか…
「くっ…!」
ストライクはシュベルトゲベールを拾うと、そのまま踵を返し、ザブザブと海に入って姿を消す。
(アークエンジェルに帰ろう…帰って、そして…私はどうしたらいいんだろう…アスラン…)
キラは、自分は知らない人のためには泣けない、と思う。
けれどその、知らない人のために泣くだろうアスランを想い、泣けると思う。
キラの視界はじわりと滲み、胸の奥には苦さだけが渦巻いていた。
「逃がすか!!」
飛び出そうとしたデュエルをバスターが力任せに引き止めた。
「やめろ、イザーク!今は下がるんだ!」
PSダウンしているイージスももう戦えない。
怒りに任せた行動ではデュエルもどうなるかわからない。
「ボズゴロフ、聞こえるか!?こちらザラ隊。ブリッツがやられた。すぐに離脱する!」
ディアッカはイザークを押し留めながら、手早く母艦に通信を入れると座標を送った。
モニターの中では、スモークディスチャージャーに守られた足つきが彼方へと消えていく。
(やってくれたな、足つき)
ディアッカはそれを見送りながら、彼にしては珍しく怒りに満ちた精悍な表情を見せた。
(おまえらを敵として認めてやるよ。ナチュラルながらすげぇってさ)
海から戻ったストライクを収容すると、マリューは当初の予定通り離脱を開始した。
「戦闘空域を離脱する!推力最大!」
その途端、ブリッジではわっと歓声があがった。
艦長、CIC、通信班、操舵班、機関、そして戦闘班とブリッジが、ここまで一つになって勝利したのは初めてと言っていいだろう。
マリューは彼らの労をねぎらい、同時にまだ気を抜かないよう釘を刺した。ナタルも警戒態勢は解いていないぞと皆を叱咤する。
けれど、ひと時の喜びはブリッジに高揚感と安堵をたらした。
ハンガーではアンカーロープに掴まったキラが降りてくると、マードックを先頭にわらわらと整備兵が駆け寄ってきた。
「よっしゃあ!お疲れさん!」
マードックがキラを迎えて言う。
「ついに1機やったって?」
「ブリッツだってな!」
キラはその言葉にギクリとする。
「よくやったな!」
「大物じゃないか…すごいよ、おまえは」
整備兵たちは口々にキラを讃える。
「ホント、ここんとこすごいじゃないかよ、嬢ちゃん!」
キラの細い肩をぽんと叩いてから「…じゃねぇか、少尉はよ!」と、マードックが言いなおして大声で笑い、整備兵たちもわっと沸いた。
マードックもヘリオポリスから長い事追われ続けてきた敵を、ついにキラとストライクが倒した事に上機嫌のようだ。
しかしキラにはこの出迎えも、笑い声もすべてが痛かった。
今すぐヘルメットを投げ捨てて逃げ出してしまいたかった。
「もう向かうところ敵なしだな」
「この調子で頼むぜ!」
彼らの陽気な声がキラを追い詰めていく。
「やめてください!」
キラは突然叫ぶと、その場はしんと静まり返った。
そんなキラの珍しく鋭い声に、スカイグラスパーを降りてきたばかりのフラガが振り返った。
「人を殺してきて…そんな…よくやっただなんて…!」
誰も殺したくなんかない。
けれど殺さなければ生き残ってこられなかった。
キラにもわかっている。それが大いなる矛盾であることなど。
だが今、混乱したキラの心はそれを言葉に出さずにはいられないのだ。
しかし多くの人はキラのそんな心情まで推し量る事など出来ない。
「なんだよ…今までだって散々やってきたくせに…」
ボソッと呟かれた言葉に、キラは思わず怒りの眼を向けてしまう。
一番言われたくない事を言われた時の逆上を、一体どう表せばいいのか…
「よせよ!キラも疲れてるんだ。ほら、キラ」
彼女の肩を掴んで止めたのは、フラガだった。
整備兵たちは小柄な女の子が彼らに向かっていこうとしたなどとは夢にも思わないだろうが、フラガだけはキラの動きをよく見ていた。
だからこそ止めたのだ。止めなければ彼女は怒りのあまり大の大人に飛び掛ったろう。
キラは大きな力強い手に素直に従い、2人はハンガーを出た。
残った整備兵はキラの態度を見てヒソヒソと話し、結局あいつもコーディネイターだからな…と言う者まで現れた。
マードックはどれだけ一緒に戦って、寝食を共にして、命を預けあったとしても、両者の溝はこうまで深いのかと思い、(めんどくせぇな)と頭をかく。
「ほーら、作業開始だ!まだ油断出来ねぇからな。急げよ!」
とりあえず自分たちにできるのは、ストライクを万全にしておく事だと言い聞かせながら。
「悪気はないんだ。みんな、おまえを仲間だと思っている」
我ながら白々しい…と思いつつ、フラガはキラを慰めた。
「わかってます!」
キラは怒りに燃えたまま答える。
「わかってますよ!皆から、『戦う道具』くらいにしか思われてないって!」
「キラ!」
フラガは「いい加減にしろ」と強い口調で言った。
「俺たちは軍人だ。人殺しじゃない。戦争をしているんだ」
「そんなこと…!」
「おまえは今、確かに人を殺してきただろう。だが、それは戦争の中で起きた事だ。罪がないとは言わないが、軍人にとって敵を排除し、自軍の安全を図ることは務めなんだ」
フラガはキラの心を逆撫でしないようになるべく感情を抑え、けれど力強い声で言った。
「討たなければ討たれる。俺も、おまえも、みんな」
「知ってます!」
キラはキッと視線を向けて答えた。
「知ってます、戦争が…そういうものだってことくらい!」
「なら迷うな。命取りになるぞ」
キラはそれを聞いて、ぐっと唇をかみ締めた。
それでも、自分は取り返しのつかない事をしてしまった…キラの心に、あの日モルゲンレーテで見たアスランの姿が、何度も何度も蘇った。
「くそぉ!!くそっくそっくそっくそっくそっ!くそぉ!!くそっ、この!」
イザークは着替えすらしようとせず、怒鳴りながらロッカーを蹴り飛ばしていた。
蹴られ続けたロッカーはついに扉がガタンと外れ、なおも他のロッカーを蹴ろうとする彼に業を煮やしたディアッカは、「よせよ、イザーク」と彼を止めた。
「おまえ、全部壊してまわるつもりか?」
そう言われてさすがに動きを止めたイザークは、肩で息をしながらディアッカの方を向き直った。
けれど相手が違うと思ったらしく、そのままくるりとドアを開いて出て行く。
ディアッカは深いため息をついて制服の首のボタンを止め、それから傍らのロッカーに視線を投じた。
(やれやれ…)
パイロットスーツのままイザークが向かったのはブリーフィングルームだった。
そこには既に着替えたアスランが座り、データの整理を始めていた。
イザークはつかつかとアスランに近づき、バン!とデスクを叩いた。
「なぜあいつが死ななきゃならない!?こんなところで!え!?」
アスランはイザークをチラリと見上げたが、何も答えず、そのままデータ分析を続けている。
イザークはその態度にさらに逆上し、「答えろっ!」とアスランのボードを叩き落とした。カチャンと音がして、アスランの手元から軽いタブレットが床に落ちて滑った。
「何を…」
アスランは小さく呟いたが、イザークはさらに怒鳴った。
「なぜニコルが死んだのかと聞いている!」
アスランは再びイザークを見つめた。
彼が何を言いたいのかはわかっている。
「…言いたければ言えばいいでしょう。私のせいだと…」
アスランはボードを拾い、再起動するか確かめながら言った。
そしてそれをデスクに置くと、イザークに詰め寄った。
「私を助けようとしたせいで死んだと!!」
イザークは「くっ…」と息を呑む。
同時にアスランは気づいた。イザークの眼に、涙が浮かんでいる事を。
アスランは今、恐ろしいほど冷静で、醒めたような自分が怖かった。
ニコルの死に泣くでもなく、こうしていつも通りいられる自分は一体何者なのかと。
けれど、イザークはニコルの死を悼んで涙まで流している…あんなにいつもニコルを馬鹿にしたような態度を取っていた彼が、だ。
やがて、アスランは気づいた。
イザークがこんな風に自分に激しい感情をぶつけるのは、自分のことを仲間だと思っているからこそなのだ。
だから彼は気持ちをぶつけずにはいられないのだ。
痛みや悲しみを共有できる相手と見ているから、イザークは自分に当り散らしているのだろう。
そして彼のように涙を浮かべ、怒りを露にしない自分を見て苛立っている。
それがどんなに理不尽であっても、今はただそうせずにはいられないのだろう。
「アスラン」
その時、遅れてやってきたディアッカが静かに声をかける。
「イザークも。やめろ」
ディアッカはつかつかと部屋に入ってくると手に持っていた荷物を置いた。
「ここでおまえらがやり合ったってしょうがないだろ」
ディアッカの冷静な低い声は、2人の熱を急激に冷ました。
アスランはディアッカを見、イザークもアスランから眼を離す。
「俺たちが討たなきゃならないのはストライクだ」
「わかってる、そんなこと!」
まだ怒りが収まらないイザークは怒鳴る。
「ミゲルもあいつにやられた!俺も傷をもらった!次は必ず、あいつを討つ!」
イザークはそう言い残すと、もう一度アスランをにらみ、部屋を出て行った。
「ま、しばらくは無理だろうな」
ディアッカはそれを見送って、コキコキと首を鳴らした。
「別にあいつだって、全部おまえが悪いと思ってるわけじゃないさ」
そう言って軽く肩をすくめてみせたが、アスランは頷く事もできずに、ただ彼を見つめている。
「これ、ニコルの荷物。渡しとく」
それからディアッカはニコルのロッカーから取ってきた荷物をアスランに渡すと、イザークの様子を見に行くよと言った。
「おまえもあんま、気にすんなよ」
そんな思いもかけない温かい言葉に内心驚き、アスランは去って行く彼の背に「ありがとう」と答えるのが精一杯だった。
(こんな時に、ううん、こんな時だからこそ、ディアッカもイザークも、やっぱり仲間だとわかるなんて…)
アスランは自嘲気味に笑った。
(私はバカだ…大バカだ…)
頑なだった心がほどけていく。仲間たちの想いが染み渡っていく。
やがてアスランはデスクに置かれたバッグに近づいた。
開けると、ディアッカが無造作に突っ込んだ物の中からハラリと何枚もの楽譜がこぼれてきた。
それを1枚1枚拾い集めながら、アスランはニコルの言葉を思い出す。
「アスラン、下がって!」
傷つき、エネルギーもほとんどなかっただろうブリッツで彼はストライクに向かった。
あの時完全に優位に立っていたキラは、そんなニコルを容赦なく薙ぎ払った。
「討たれるのは…私の…私のはずだった…」
パタパタと楽譜に涙の粒が落ち、アスランは慌ててそれを胸に抱いた。
それまで泣く事すら忘れていた心が、まるで堰を切ったように悲しみであふれ出した。
「私が…今までキラを討たなかった私の甘さが…あなたを殺した…」
アスランは床に膝をつき、もう二度と袖が通される事のない彼の赤服を握り締めた。
「…ニコル!」
アスランは声を押し殺し、体を小さく丸めて泣き続けた。
(私が死ねばよかった!あなたが死ぬ必要なんかなかった!どうして…どうしてニコルが…どうして…)
心臓を中心に、爆発しそうなほど体が熱く、喉が灼ける。
けれどアスランは声を出さなかった。静かに泣き続けた。
それが自分への罰のように、ただ静かに泣き続けた。
やがて、彼女は顔を上げた。
「キラを討つ…今度こそ必ず!」
涙に濡れた碧の瞳が、怒りに彩られ、恐ろしいほど美しかった。
「このままいけば、明日の夕刻には北回帰線を越えられるわ」
休憩に入る前のマリューが、交代に来たナタルに告げる。
「ボズゴロフ級は高速艦です。あの後こちらをロストしてくれていればいいのですが」
アークエンジェルはひと時の勝利に酔った後、通常航行に戻っていた。
食堂ではトールの武勇伝に花が咲き、マードックたちは整備に忙しい。
フラガは自室で休み、キラは1人、窓から暗い海原を見つめていた。
キラは目の前で仲間を殺されたアスランを想っていた。
あの時、ブリッツはPSダウンしてしまったイージスを庇おうとした。
右腕を失い、ミラージュコロイドが解けてしまうほどエネルギーもなかったのに…海に落ちて、どれだけの距離を追ってきたのだろう…
(そんなにまでしてイージスを…アスランを守ろうとした人を、私は殺した)
アスランの目の前で、しかもあんなに酷い…キラはそこまで思い出して思わず眼を閉じた。
(ブリッツは私を敵だと思い、私もブリッツを敵だと思った…けど…戦うべき相手が敵だと言うなら…)
キラははぁ、と息をついた。そこには冷たい現実が横たわっていた。
「…私は、あなたの敵…なんだね……アスラン…」
「センサーに艦影、足つきです」
「間違いないか?」
ボズゴロフの艦長が尋ねた。
(よし、連中の望みどおりの場所で追いついたぞ)
そこはまだオーブ領内外れの、小島だらけの海域だった。
すでに日の出が近い。
艦長は早くも戦闘準備ができている赤服たちに情報を伝えた。
仕掛けるにはうってつけだと。
「今日で片だ!ストライクめ!」
イザークは怒りで荒れ狂い、ほとんど眠らずに過ごした。
あの後アスランが、艦長に索敵を厳に行い、逃げる足つきを大至急探してもらっていることを伝えにきた。
イザークはそれを聞くと、ならばこの海域がいいと海図を指差した。
小島が多ければ足つきは自由に動けない。だが陸地があれば足のないストライクが安心して出てくるだろう…アスランは迷わすに頷いた。
「私たちの狙いはストライク。ヤツを倒す」
ディアッカはやけに息の合った2人を見て、「どーしちゃったわけ、おまえら」といつも通り軽口を叩いた。
「ま、俺はめんどくさくなくていいけどね」
そう嘯いてみたが、イザークはふんと鼻を鳴らし、アスランもいつも通り、特に何も言わなかった。
出撃を待って逸るイザークに、ディアッカが声をかけた。
「ニコルの仇もおまえの傷の礼も、俺がまとめて取ってやるぜ」
モニターの向こうでイザークはじろりと彼を睨んだが、珍しく何も言わなかった。
「出撃する!」
もはやアスランにも迷いはなかった。
仲間と共に、ニコルの仇を…キラ・ヤマトを討つ!
「トリムそのまま、海面まで20」
潜水母艦は静かに獲物に近づき、浮上を開始した。
「対空防御、スタンバイ!射出管制オンライン」
「警報発令!」
艦長が艦内に浮上と同時に戦闘配備の警報を発令する。
「浮上します!」
地上は夜明けを迎えていた。
ボズゴロフ級を感知したアークエンジェルでも第一戦闘配備が発令され、乗員たちはそれぞれの持ち場に向かって走り出した。
キラもまた、パイロットルームに向かおうとしていたが、途中でぎくりと足を止めた。そこにフレイがいたからだ。
「キラ」
「…」
フレイはキラの名を呼んだが、キラは何も答えられず眼を逸らした。
「あいつらの仲間…倒したんだってな」
その言葉に、キラは体をこわばらせた。
フレイが何を言おうとしているのかわからないが、今は聞いている時間はなかった。
いや、本当は彼と向き合いたくなかった。向き合う事で傷が痛むとわかっているからだ。
「ごめん…あとで」
キラはそう言って逃げ出そうとしたのだが、フレイは思いがけずキラの行く手を遮って言った。
「おまえ、本気で戦わないと死ぬぞ」
キラは一瞬(フレイが自分を案じていてくれている?)と胸が躍ったが、すぐにまだそんな甘い事を考える自分がいる事がやりきれなかった。
「…行くね」
キラはそのままフレイの脇をすり抜けた。
フレイはもう一度名前を呼んだが、キラは振り返らなかった。
その声は少なくともいつものように優しく、心配そうだった。
「帰ってから…」
キラは振り向きはせずに、ただ一言、そう呟いて走り出した。
まだ彼にすがろうとする自分に情けなさを感じながらも、きちんとけじめをつけなければと思う自分がいる。
(もう一度、もう一度だけフレイとちゃんと話してみよう…)
帰る理由があれば、自分はここにもう一度戻ってこられるはずだと言い聞かせながら。
「艦尾ミサイル発射管、ウォンバット装填、バリアント、イーゲルシュテルン起動!」
ナタルがすぐに防衛線を張る。
「くっそー!このまま済むとは思わなかったがな!」
フラガはスカイグラスパーに飛び乗るとカタパルトに向かう。
「1号機、フラガ少佐、出ます。ストライクは後部デッキへ!」
ストライクが次の発進を待つため後ろに立つ。
フラガはなんとなく嫌な予感がしてチャンネルを開いた。
「キラ!」
「はい」
いつも通りのキラの声がする。
「大丈夫だな?」
「はい」
フラガは少し安心すると、一足先に空へと飛び出した。
朝焼けの空を、3人のパイロットはグゥルに乗って足つきを目指す。
バスターはまずインパルスで足つきに一撃を与え、ランチャーとライフルに分解して持ちかえた。ブリッツがいない今、特攻役はデュエルだ。イージスはミドルレンジで両者の支援にあたる。
作戦はひたすらに正攻法。ディアッカが「行くぜ!」と喝を入れた。
バリアント、ヘルダートが雨あられと降る中、スカイグラスパーが、そしてストライクが艦上に現れる。デュエルが先に仕掛けた。
ライフルとミサイルを放ちながらグゥルで近づくと、ストライクが飛び上がっても届かない位置で切り返し、必ず距離をとる。
「今日こそ叩き落としてやる!」
フラガは足つきを狙うバスターに向かった。
「はっ!そんなもんで!」
ディアッカはキャノンを避けると、ミサイルポッドを全て開いた。
そのまま逃げるフラガに、同時に連射の利くランチャーで攻撃を仕掛ける。
フラガは激しいその速連射を避けながら低く飛んで避けた。
「もらった! 」
やがてフラガはその連射が途切れたところで浮上し、バスターに機銃とキャノンを同時に放ったのだが、ディアッカはそれを待っていた。
バスターはずっとミサイルポッドでスカイグラスパーを狙っていたのだ。
フラガはミサイルの射線に向かって飛ばされていたことに気づくと、「くそっ!」と叫びながら反転、水面すれすれに突っ込んで切り返し、ミサイルの軌道から逃れた。
水中に落ちたミサイルが爆発し、水飛沫が尾翼を濡らす。
(ちっ…あの野郎、いつになくやりやがる!!)
「あらら、逃げられたか。残念」
ディアッカは辛くも逃げ去ったフラガ機を見て片目を瞑った。
バスターがスカイグラスパー、デュエルがストライクを抑えている間に、アスランは動きにくそうなアークエンジェルへの攻撃を続けていた。
ニコルがやったように、艦砲の砲口を地道に、丁寧に潰していく。
それはイージスやバスターとは違い、PS装甲ではないアサルトシュラウドをまとうデュエルのためでもある。
仲間を守り、仲間を信じ、仲間のために…アスランは自身もダメージを受けてエネルギーを減らしながら、彼らのために、目的のためになすべき事をしようと決めていた。
「イーゲルシュテルン、4番5番、被弾!」
サイが被害状況を伝えた。
「ヘルダート発射管、隔壁閉鎖!」
チャンドラが叫ぶ。
(何だよ、せっかく直してもらったのに!)
状況は、刻一刻と悪くなっていた。
ノイマンは必死に操艦しているが、小島や岩礁が多く、思うように舵が取れずにいた。イージスに、抜けにくい場所に追い込まれては被弾する。
この猛攻、この地形…マリューは彼らの本気を見て、「アラスカは!?」と尋ねるが、カズイは「呼びかけるも応答なしです!」と答えるばかりだ。
一方CICのナタルはゴットフリートの照準を合わせた。
「当てろよ!撃ぇ!」
キラは必死にライフルでデュエルを狙っていた。
いつもなら勝手に突っ込んで来て、カウンターをあわせれば自滅するのに、今日はやけに慎重でなかなか近づいてこない。
「許せないんだよ!!おまえら!」
「くぅ…っ!!」
デュエルはライフルでストライクを狙い、キラはシールドで防いだ。
しかしその一瞬の死角をイザークは見逃さなかった。
そのままグゥルで近づくと飛び降り、なんとストライクに蹴りかかったのだ。
「うわぁ!」
相手がグゥルを飛び降りるという動きを想定していなかったキラは衝撃にたじろいだ。
よろめくストライクにデュエルのシヴァが火を噴く。
「落ちろっ!!」
「くっ…こいつ…!」
キラは震撼した。まるで彼らの怒りが伝わってくるような戦いぶりだ。
仲間の結束を固めた彼らと、讃えられながらも孤独が浮き彫りになって苦しんでいたキラでは、もともと戦う土俵が違ったのかもしれない。
キラは激しい攻撃を受け、出撃前に会ったフレイの言葉を思い出していた。
「おまえ、本気で戦わないと死ぬぞ…」
彼らの、アスランの決意は固い。
(負けるかもしれない…)
キラは襲い掛かってくる彼らに対し、初めて「恐怖」を覚えた。
「直上より、イージス!」
突然激しいアラートが鳴り響き、ゴットフリートから逃げて以来、視界から消えたイージスの行方を捜していたトノムラが叫んだ。
マリューは面舵を切るよう命じたが、到底間に合わない。
「一体どこに潜んでいたの!?」
「遅いっ!」
アスランはMA形態に変形して機関部に取り付くと、スキュラを放った。
途端、艦にはこれまでにない激震が走った。
ノイマンがバタバタと落ちていくパラメーターゲージを見て、メインエンジンが大きな打撃を受けたことを艦長に報告する。
慌ててサブエンジンに切り替えるが、パワーが全く出ない。
「プラズマタンブラー損傷!レミテイター、ダウン!」
チャンドラも焦った声で叫んだ。
ブリッジがライトダウンし、赤暗い警報ランプが不気味にあたりを照らし出した。
クルーの間に緊張感が走る。
「揚力が維持できません!」
「姿勢制御を優先して!」
艦内ではあちこちでひどい爆発・損傷が起きていた。
兵たちが倒れ、傷ついたものが運び出されていく。
マードックは消火と緊急補修に走り回り、機関部はなんとかエンジンだけでも動かそうと必死だった。
「緊急パワーは、補助レミテイターに接続」
ナタルも、今は攻撃より、艦の航行を優先しろと命じた。
レミテイターは生きているが、エンジンがダメだ。
ノイマンは衝撃をなるべく抑えた墜落にしなければ…と慎重に操舵する。
その時、突然トールが立ち上がった。
「スカイグラスパーで出ます!」
えっ…ブリッジ全員が息を呑んだ。
「トール!」
ミリアリアが悲痛な声で叫んだが、トールは「危ないですよ、このままじゃ!」と言い残して出て行ってしまった。
「待ちなさいっ!」
マリューは身を乗り出して止めたが、持ち場を離れるわけにはいかない。
今はとにかくアークエンジェルを守る事が最優先事項だった。
キラはひとしきりデュエルと斬り結んだ後、相手がグゥルに戻る時を狙ってビームライフルで右足を撃ち抜いた。
デュエルはグゥルに立つための足を失ってバランスを失い、当然ながらガクンと傾く。
「くっそぉ!!」
踏ん張りきれず、デュエルはそのまま地上へと落下していった。
しかし今日はいつになくしぶといイザークは、落下するわずかな間にもライフルを構えると、ストライクが持つライフルを撃ち抜いて破壊した。
「うわっ!」
至近距離での爆発にキラは思わず身をすくめる。
すでにアークエンジェルは揚力を失い、墜落しつつあった。
あたりはいつの間にか海が終わり、陸地が見えていた。
森が見え、山肌が近づく。
その時、キラの目の前にイージスが現れた。
「…っ!!」
アスランはストライクを見つけると、全速力でグゥルを飛ばした。
そしてライフルのないストライクがひるんだと見るや、直前でグゥルを飛び降り、落ちざまにライフルで空になったグゥルを撃った。
ストライクはグゥルの爆発に巻き込まれ、バランスを崩してさほど高度のなかった地上へと落ちた。エールの推力を利用して着地したストライクを、待ち構えていたイージスがサーベルで襲う。
(今日こそ倒す!もう迷わない!)
サーベルを防ぐたび、シールドへの衝撃が相手の本気を感じさせる。
「…アスラン!」
一瞬でも判断を間違えば、アスランは確実に自分を殺すだろう。
それほどの殺気を感じた。
口の中がカラカラに乾く。
呼吸すらしていないような気がする。
それでもキラは必死に応戦し続けた。
「姿勢制御、不能!」
その頃、アークエンジェルもほとんど推進力を失いつつあった。
「着底する!総員、衝撃に備えて!」
マリューが叫び、ノイマンは弱った艦になるべく衝撃を与えないようソフトランディングを心がけた。とはいえ、バキバキッと森の木々をなぎ倒し、岩肌を削ってのすさまじい墜落は「着陸」とはほど遠い。
機関が停止し、やけに静かになったブリッジだったが、残念ながらこれで戦いが終わったわけではなかった。
むしろ次に聞こえた言葉は、絶望以外の何物でもなかった。
「に…西方向に…バスター!」
最悪の敵の登場に、緩みかけたブリッジの空気が急激に締まった。
バスターはインパルスを構え、既に狙撃姿勢に入っている。
(いつの間に…ずっと見ていたのか、こちらの動きを…)
もともと遠距離用支援機だ。長距離ライフルの威力は侮れない。
「ゴットフリート!バリアント!照準!」
ナタルは急ぎ応戦準備を命じるが、間に合うとは思えなかった。
ついに宿敵に照準を合わせることができたディアッカはニヤリと笑った。
アークエンジェルは動けず、バリアントは襲い掛かってきたが、いかんせん距離が遠い。
「これで…」
ディアッカはふぅと息をついてスイッチに手をかけた。
「さよならだ、足つき!」
「やらせるかよっ!」
しかしその狡猾なハンターを、さらに狙っていた鷹がいた。
フラガはスカイグラスパーでさらに高度からバスターを捉え続け、先ほどの不意打ちの借りを返そうと虎視眈々と狙っていたのだ。
フラガは装備していたアグニでバスターの右腕を破壊した。
「…うっ!!」
突然の熱源接近に何が起きたかわからなかったディアッカだが、とにかく誘爆を避けるため即座にインパルスを手放さねばならず、狙撃は失敗した。
ディアッカは空を行くスカイグラスパーを見て「あの野郎!」と悪態をつき、そのままミサイルポッドを放って機体を追った。
フラガも今回は避けきれず、何発か被弾してしまった。
「くっ!」
フラガは落下していくスカイグラスパーをなんとか安全な場所までと運び、山間の小さな湖に不時着させた。
「ハイドロ消失、駆動パルス低下…くっそー!」
一方ディアッカはバスターのダメージの大きさに驚いていた。
腕をもがれたついでの爆発で機関部にも損傷を受けたようだ。
アラートがうるさいので切り、シフトレバーを動かすが反応がない。
(とにかく、アスランに連絡を…)
そう思った時、恐ろしい光景が眼に入った。
足つきの主砲がいつの間にかこちらを向いていた。
その途端、ゾクッと背筋が寒くなる。
敵艦の主砲で撃たれる…それは間違いなく死を意味する。
ディアッカは観念した。しかし死ぬ事を覚悟したのではない。
(わりぃ、イザーク、アスラン…わりぃ、ニコル…)
ディアッカは素早く信号を打ち込むと、コックピットのハッチを開いた。
そして両手を挙げ、攻撃の意志がない事をアピールした。
(俺は…死にたくない)
「投降する気か?」
今まさにゴットフリートを放とうとしていたナタルは、姿を現した相手に気づき、攻撃をやめた。あとは艦長判断だ。
「キラッ!」
アスランは、まるで前回戦った時のキラの動きを学習したかのように、体当たり、打撃、蹴りと、ランダムな動きで激しく攻撃を仕掛けた。
イージスは構造上手足からビームソードが出るので、そのダメージも大きい。キラは苛烈な戦いの中、今までにない手強さを感じていた。
キラには、自分の強さなど知りようはない。
しかし今、自分がどれほどの強さの相手と戦っているかを測るとしたら、間違いなくアスランは「キラ・ヤマトと同じくらい」と評されるだろう。
アスランが挑んでくる近接戦闘こそ、キラがこれまで勝ち抜いてきたがむしゃらな戦い方に似ているとは、2人とも知る由もなかった。
(キラ…今日こそ!)
(強い…アスラン!)
アスランもまた、自分が近接戦闘に才を持つとは知らなかった。
キラという強敵と戦い、驚異的な学習能力を発揮したと言っていい。
「キラ!あなたがニコルを!ニコルを殺したっ!」
イージスの激しいショルダータックルを受け、 キラはコクピットがひしゃげるのではないかと思うほどの衝撃でガクンと首を揺らした。
さらにそれで機体姿勢が低くなったところを殴られ、アイカメラが一つ割れてモニターがザーッと黒くなる。
「キラ!」
その時、チャンネルから聞き慣れた声がした。
まずい…キラはドクンと心臓が脈打つことに気づいた。
「トール!だめだ!来ないで!」
スカイグラスパーは、前回の戦いでブリッツにやったようにイージスの死角から機銃を放ち、急降下してきた。
(あの時成功したんだ、今度だって…!)
しかしそんなトールの作戦は、もともと指令機として索敵に優れるイージスと、攻撃に我を忘れているようでいて常に周囲への目配りを忘れていないアスランには通用しなかった。
「邪魔だっ!!」
アスランはスカイグラスパーなど見もせずに、そちらの方向にシールドを投げつけた。
そんなおざなりの攻撃だったのに、イージスのシールドはコックピットをざっくりと分断し、トールのヘルメットが胴体から離れて後ろへ飛んでいくのが見えた。そしてバラバラになった機体は爆発を起こして墜ちていった。
その途端、ミリアリアが見ていたモニターもスカイグラスパー2号機のシグナルロストを宣告した。
ミリアリアはただ、「…え?」と小さく呟いた。
トールはいいヤツだ…いつも優しくて、明るくて、元気で、ひょうきんで…トール…
「トールッ!」
残骸が四方に飛び散り、小さな炎が重力に引かれて散らばっていく。
(アスランが…トールを…トールを殺した!!!!!)
虫けらみたいに、殺す事に何のためらいもなく、トールを殺した!
「アスラン!!!!」
キラは怒りで体中の血が沸騰するかと思った。
それが急激に冷めていく。まるで氷のようだ。冷たくて気持ちがいい。
視界がクリアになり、すべてが見通せそうになる。聴力が消え去り、そして必要な音だけを拾えるようになる。思考が恐ろしく冴え渡る。
ビームサーベルをかまえ、ストライクはイージスに突進していった。
イージスはそれを紙一重でかわし、自身のサーベルで下から攻撃を仕掛ける。
しかし今度はストライクが信じられない反応でそれを避けた。
「キラ!!私が!あなたを討つ!」
アスランの中で何かが弾けるように爆発した。
いつも抑えこんでいる感情があふれ出すような、全てが自由になったような感覚がアスランの体を駆け巡った。解き放たれた感情が理性に血潮を与え、足りなかったギアが入って急激に思考のエンジンが回り始める。感覚が研ぎ澄まされていく…
アスランはサーベルで正確にコックピットを狙った。
先ほどから打撃で弱っていた部分が裂け、キラの姿が見えた。
キラもまた、退く気はない。
コックピットの破壊にもひるまず、アーマーシュナイダーに手をかけた。
(これなら!)
(させるか!)
しかし次の行動は一瞬イージスの方が早かった。
アスランはMA形態に変形すると、さらに巨大なクローを広げ、そのままストライクに取りついたのだ。ストライクは腕を抑えられてしまい、マニピュレーターはわずかにアーマーシュナイダーに届かない。
「く…っ!」
キラはパワーで振り切ろうとブースターをふかしたが、かつて鹵獲されかけた時のように忌々しいクローにガッチリ掴まれてビクともしない。
それでも脱出を試みようとしていたキラは、やがてモニターに映し出されたぞっとするものに気づいた。
目の前に、スキュラの砲門が開いていた。
アスランはためらわなかった。激情に身を任せ、そのままスイッチを入れた。
「…え?」
ところがイージスはそのままフェイズシフトダウンを起こしてしまったのだ。
パワーゲージはいつしかPSダウン域に入り、機体は急激にディアクティブモードになった。
これでは戦えない。ストライクを…キラを倒せない。
「うそっ、なんで…!」
アスランは思わず拳でパネルを叩き、悔しさのあまり歯を食いしばった。
「いいえ…」
けれどやがてうつむいた顔を上げ、アスランは呟いた。
「まだ…方法はある!」
キラもまた、攻撃がやんだ事を知り、なんとかこのクローから脱出してアーマーシュナイダーで止めを刺さなければ…ともがき続けていた。
相手がアスランであることも、それゆえにもう二度と戦いたくないと思い続けてきたことも、今は全て消えていた。
(やらなければやられる!)
キラの心にはただその思いしかなかった。
一方アスランはパネルボタンを取り出すと、自身の認識番号を入れ、その後に自爆コードを入力した。タイマーはわずか10秒。
逃げる時間は与えないつもりだった。
(これで終わりだ…キラ・ヤマト!)
アスランは素早くスラスターバックを背負うと、コックピットハッチを開けた。
キラはコックピットの裂け目からアスランを見たが、その瞬間、彼女が何をしようとしているのかを悟った。
アスランはもう、あの時のように手を差し伸べてはくれない。
アスランもまた、今まさに自分がそこに置き去りにしようとしているキラを見た。
彼女はキラに冷たい一瞥をくれると、そのまま飛び去った。
これでもう2度と、キラと戦う必要はないのだと思いながら。
(いけない!急げ!)
アスランを見送ったキラは、慌てて緊急用のスイッチを押した。
コックピットが暗黒に包まれると同時に、今までにない衝撃が襲ってきた。
後には大爆発が起こり、ミリアリアの見ていたモニターには、もう一つ、シグナルロストの画面が出たきりになった…
爆発の光は消えていき、あたりには熱で融け、粉々になったブリッツの破片が散らばっていた。
キラにとっては思わず前に出しただけのシュベルトゲベールが、偶然にもブリッツの機関部を破壊しただけだ…けれど相手から見れば、原型を留めていないブリッツの破壊は「完膚なきまでに」行われたといえるだろう。
「ニコル…」
この現場を眼にした人間の中で最も冷静だったのは、意外にもいつもおちゃらけてばかりのディアッカだった。
眼の前で戦友を失ったアスランの受けた衝撃、そしてイザークが今後駆られるであろう激情を予測し、彼はすぐさま撤退する必要性を感じた。
何よりストライクはほぼ無傷であり、足つきがすぐ近くにいるのだ。
戦況からしても、ここに残るのはうまくない。
(まずいな。早くアスランに…)
「くっそー!ストライク!!」
しかし彼がそう考えると同時に、イザークは既に行動に出ようとした。
ニコルの事をいつもバカにし、見下したようなことばかり言っていたイザークだが、ディアッカは体を張って彼を止めなければならなかった。それほどまでに、戦友を失った彼の感情は迸っていた。
「あの野郎、よくもっ!!!」
「イザーク、待てっ!」
こんなに怒り狂うイザークを止めるには、「隊長命令」が必要だ…そう考えたディアッカは、PSダウンしたイージスを見て叫んだ。
「おい、アスラン!撤退だ!急げ!」
しかしアスランからの返答はない。
(ちぃ、どいつもこいつも…)
ディアッカはデュエルを押し留めながら珍しく声を荒げた。
「しっかりしろよ!やられたいのか!!」
「ヤマト少尉!何をやっている!戻れ!深追いする必要はないと言ったはずだ!」
一方、キラの耳にも撤退を命ずるナタルの声が聞こえていた。
打ち合わせた作戦では、戦闘を優位に進めた後すぐに離脱し、そのまま北太平洋を全速力で北上するのが次の手順だった。
「あぁ…」
キラはのろのろとイージスを見、デュエルとバスターを見た。
(ブリッツを…彼らの仲間を、私は…今、この手で…殺…した…)
この場を去る自分は、彼らの眼にどんな風に映るのだろう。
悪鬼か、死神か、それとも戦いを心から悦ぶバーサーカーなのか…
「くっ…!」
ストライクはシュベルトゲベールを拾うと、そのまま踵を返し、ザブザブと海に入って姿を消す。
(アークエンジェルに帰ろう…帰って、そして…私はどうしたらいいんだろう…アスラン…)
キラは、自分は知らない人のためには泣けない、と思う。
けれどその、知らない人のために泣くだろうアスランを想い、泣けると思う。
キラの視界はじわりと滲み、胸の奥には苦さだけが渦巻いていた。
「逃がすか!!」
飛び出そうとしたデュエルをバスターが力任せに引き止めた。
「やめろ、イザーク!今は下がるんだ!」
PSダウンしているイージスももう戦えない。
怒りに任せた行動ではデュエルもどうなるかわからない。
「ボズゴロフ、聞こえるか!?こちらザラ隊。ブリッツがやられた。すぐに離脱する!」
ディアッカはイザークを押し留めながら、手早く母艦に通信を入れると座標を送った。
モニターの中では、スモークディスチャージャーに守られた足つきが彼方へと消えていく。
(やってくれたな、足つき)
ディアッカはそれを見送りながら、彼にしては珍しく怒りに満ちた精悍な表情を見せた。
(おまえらを敵として認めてやるよ。ナチュラルながらすげぇってさ)
海から戻ったストライクを収容すると、マリューは当初の予定通り離脱を開始した。
「戦闘空域を離脱する!推力最大!」
その途端、ブリッジではわっと歓声があがった。
艦長、CIC、通信班、操舵班、機関、そして戦闘班とブリッジが、ここまで一つになって勝利したのは初めてと言っていいだろう。
マリューは彼らの労をねぎらい、同時にまだ気を抜かないよう釘を刺した。ナタルも警戒態勢は解いていないぞと皆を叱咤する。
けれど、ひと時の喜びはブリッジに高揚感と安堵をたらした。
ハンガーではアンカーロープに掴まったキラが降りてくると、マードックを先頭にわらわらと整備兵が駆け寄ってきた。
「よっしゃあ!お疲れさん!」
マードックがキラを迎えて言う。
「ついに1機やったって?」
「ブリッツだってな!」
キラはその言葉にギクリとする。
「よくやったな!」
「大物じゃないか…すごいよ、おまえは」
整備兵たちは口々にキラを讃える。
「ホント、ここんとこすごいじゃないかよ、嬢ちゃん!」
キラの細い肩をぽんと叩いてから「…じゃねぇか、少尉はよ!」と、マードックが言いなおして大声で笑い、整備兵たちもわっと沸いた。
マードックもヘリオポリスから長い事追われ続けてきた敵を、ついにキラとストライクが倒した事に上機嫌のようだ。
しかしキラにはこの出迎えも、笑い声もすべてが痛かった。
今すぐヘルメットを投げ捨てて逃げ出してしまいたかった。
「もう向かうところ敵なしだな」
「この調子で頼むぜ!」
彼らの陽気な声がキラを追い詰めていく。
「やめてください!」
キラは突然叫ぶと、その場はしんと静まり返った。
そんなキラの珍しく鋭い声に、スカイグラスパーを降りてきたばかりのフラガが振り返った。
「人を殺してきて…そんな…よくやっただなんて…!」
誰も殺したくなんかない。
けれど殺さなければ生き残ってこられなかった。
キラにもわかっている。それが大いなる矛盾であることなど。
だが今、混乱したキラの心はそれを言葉に出さずにはいられないのだ。
しかし多くの人はキラのそんな心情まで推し量る事など出来ない。
「なんだよ…今までだって散々やってきたくせに…」
ボソッと呟かれた言葉に、キラは思わず怒りの眼を向けてしまう。
一番言われたくない事を言われた時の逆上を、一体どう表せばいいのか…
「よせよ!キラも疲れてるんだ。ほら、キラ」
彼女の肩を掴んで止めたのは、フラガだった。
整備兵たちは小柄な女の子が彼らに向かっていこうとしたなどとは夢にも思わないだろうが、フラガだけはキラの動きをよく見ていた。
だからこそ止めたのだ。止めなければ彼女は怒りのあまり大の大人に飛び掛ったろう。
キラは大きな力強い手に素直に従い、2人はハンガーを出た。
残った整備兵はキラの態度を見てヒソヒソと話し、結局あいつもコーディネイターだからな…と言う者まで現れた。
マードックはどれだけ一緒に戦って、寝食を共にして、命を預けあったとしても、両者の溝はこうまで深いのかと思い、(めんどくせぇな)と頭をかく。
「ほーら、作業開始だ!まだ油断出来ねぇからな。急げよ!」
とりあえず自分たちにできるのは、ストライクを万全にしておく事だと言い聞かせながら。
「悪気はないんだ。みんな、おまえを仲間だと思っている」
我ながら白々しい…と思いつつ、フラガはキラを慰めた。
「わかってます!」
キラは怒りに燃えたまま答える。
「わかってますよ!皆から、『戦う道具』くらいにしか思われてないって!」
「キラ!」
フラガは「いい加減にしろ」と強い口調で言った。
「俺たちは軍人だ。人殺しじゃない。戦争をしているんだ」
「そんなこと…!」
「おまえは今、確かに人を殺してきただろう。だが、それは戦争の中で起きた事だ。罪がないとは言わないが、軍人にとって敵を排除し、自軍の安全を図ることは務めなんだ」
フラガはキラの心を逆撫でしないようになるべく感情を抑え、けれど力強い声で言った。
「討たなければ討たれる。俺も、おまえも、みんな」
「知ってます!」
キラはキッと視線を向けて答えた。
「知ってます、戦争が…そういうものだってことくらい!」
「なら迷うな。命取りになるぞ」
キラはそれを聞いて、ぐっと唇をかみ締めた。
それでも、自分は取り返しのつかない事をしてしまった…キラの心に、あの日モルゲンレーテで見たアスランの姿が、何度も何度も蘇った。
「くそぉ!!くそっくそっくそっくそっくそっ!くそぉ!!くそっ、この!」
イザークは着替えすらしようとせず、怒鳴りながらロッカーを蹴り飛ばしていた。
蹴られ続けたロッカーはついに扉がガタンと外れ、なおも他のロッカーを蹴ろうとする彼に業を煮やしたディアッカは、「よせよ、イザーク」と彼を止めた。
「おまえ、全部壊してまわるつもりか?」
そう言われてさすがに動きを止めたイザークは、肩で息をしながらディアッカの方を向き直った。
けれど相手が違うと思ったらしく、そのままくるりとドアを開いて出て行く。
ディアッカは深いため息をついて制服の首のボタンを止め、それから傍らのロッカーに視線を投じた。
(やれやれ…)
パイロットスーツのままイザークが向かったのはブリーフィングルームだった。
そこには既に着替えたアスランが座り、データの整理を始めていた。
イザークはつかつかとアスランに近づき、バン!とデスクを叩いた。
「なぜあいつが死ななきゃならない!?こんなところで!え!?」
アスランはイザークをチラリと見上げたが、何も答えず、そのままデータ分析を続けている。
イザークはその態度にさらに逆上し、「答えろっ!」とアスランのボードを叩き落とした。カチャンと音がして、アスランの手元から軽いタブレットが床に落ちて滑った。
「何を…」
アスランは小さく呟いたが、イザークはさらに怒鳴った。
「なぜニコルが死んだのかと聞いている!」
アスランは再びイザークを見つめた。
彼が何を言いたいのかはわかっている。
「…言いたければ言えばいいでしょう。私のせいだと…」
アスランはボードを拾い、再起動するか確かめながら言った。
そしてそれをデスクに置くと、イザークに詰め寄った。
「私を助けようとしたせいで死んだと!!」
イザークは「くっ…」と息を呑む。
同時にアスランは気づいた。イザークの眼に、涙が浮かんでいる事を。
アスランは今、恐ろしいほど冷静で、醒めたような自分が怖かった。
ニコルの死に泣くでもなく、こうしていつも通りいられる自分は一体何者なのかと。
けれど、イザークはニコルの死を悼んで涙まで流している…あんなにいつもニコルを馬鹿にしたような態度を取っていた彼が、だ。
やがて、アスランは気づいた。
イザークがこんな風に自分に激しい感情をぶつけるのは、自分のことを仲間だと思っているからこそなのだ。
だから彼は気持ちをぶつけずにはいられないのだ。
痛みや悲しみを共有できる相手と見ているから、イザークは自分に当り散らしているのだろう。
そして彼のように涙を浮かべ、怒りを露にしない自分を見て苛立っている。
それがどんなに理不尽であっても、今はただそうせずにはいられないのだろう。
「アスラン」
その時、遅れてやってきたディアッカが静かに声をかける。
「イザークも。やめろ」
ディアッカはつかつかと部屋に入ってくると手に持っていた荷物を置いた。
「ここでおまえらがやり合ったってしょうがないだろ」
ディアッカの冷静な低い声は、2人の熱を急激に冷ました。
アスランはディアッカを見、イザークもアスランから眼を離す。
「俺たちが討たなきゃならないのはストライクだ」
「わかってる、そんなこと!」
まだ怒りが収まらないイザークは怒鳴る。
「ミゲルもあいつにやられた!俺も傷をもらった!次は必ず、あいつを討つ!」
イザークはそう言い残すと、もう一度アスランをにらみ、部屋を出て行った。
「ま、しばらくは無理だろうな」
ディアッカはそれを見送って、コキコキと首を鳴らした。
「別にあいつだって、全部おまえが悪いと思ってるわけじゃないさ」
そう言って軽く肩をすくめてみせたが、アスランは頷く事もできずに、ただ彼を見つめている。
「これ、ニコルの荷物。渡しとく」
それからディアッカはニコルのロッカーから取ってきた荷物をアスランに渡すと、イザークの様子を見に行くよと言った。
「おまえもあんま、気にすんなよ」
そんな思いもかけない温かい言葉に内心驚き、アスランは去って行く彼の背に「ありがとう」と答えるのが精一杯だった。
(こんな時に、ううん、こんな時だからこそ、ディアッカもイザークも、やっぱり仲間だとわかるなんて…)
アスランは自嘲気味に笑った。
(私はバカだ…大バカだ…)
頑なだった心がほどけていく。仲間たちの想いが染み渡っていく。
やがてアスランはデスクに置かれたバッグに近づいた。
開けると、ディアッカが無造作に突っ込んだ物の中からハラリと何枚もの楽譜がこぼれてきた。
それを1枚1枚拾い集めながら、アスランはニコルの言葉を思い出す。
「アスラン、下がって!」
傷つき、エネルギーもほとんどなかっただろうブリッツで彼はストライクに向かった。
あの時完全に優位に立っていたキラは、そんなニコルを容赦なく薙ぎ払った。
「討たれるのは…私の…私のはずだった…」
パタパタと楽譜に涙の粒が落ち、アスランは慌ててそれを胸に抱いた。
それまで泣く事すら忘れていた心が、まるで堰を切ったように悲しみであふれ出した。
「私が…今までキラを討たなかった私の甘さが…あなたを殺した…」
アスランは床に膝をつき、もう二度と袖が通される事のない彼の赤服を握り締めた。
「…ニコル!」
アスランは声を押し殺し、体を小さく丸めて泣き続けた。
(私が死ねばよかった!あなたが死ぬ必要なんかなかった!どうして…どうしてニコルが…どうして…)
心臓を中心に、爆発しそうなほど体が熱く、喉が灼ける。
けれどアスランは声を出さなかった。静かに泣き続けた。
それが自分への罰のように、ただ静かに泣き続けた。
やがて、彼女は顔を上げた。
「キラを討つ…今度こそ必ず!」
涙に濡れた碧の瞳が、怒りに彩られ、恐ろしいほど美しかった。
「このままいけば、明日の夕刻には北回帰線を越えられるわ」
休憩に入る前のマリューが、交代に来たナタルに告げる。
「ボズゴロフ級は高速艦です。あの後こちらをロストしてくれていればいいのですが」
アークエンジェルはひと時の勝利に酔った後、通常航行に戻っていた。
食堂ではトールの武勇伝に花が咲き、マードックたちは整備に忙しい。
フラガは自室で休み、キラは1人、窓から暗い海原を見つめていた。
キラは目の前で仲間を殺されたアスランを想っていた。
あの時、ブリッツはPSダウンしてしまったイージスを庇おうとした。
右腕を失い、ミラージュコロイドが解けてしまうほどエネルギーもなかったのに…海に落ちて、どれだけの距離を追ってきたのだろう…
(そんなにまでしてイージスを…アスランを守ろうとした人を、私は殺した)
アスランの目の前で、しかもあんなに酷い…キラはそこまで思い出して思わず眼を閉じた。
(ブリッツは私を敵だと思い、私もブリッツを敵だと思った…けど…戦うべき相手が敵だと言うなら…)
キラははぁ、と息をついた。そこには冷たい現実が横たわっていた。
「…私は、あなたの敵…なんだね……アスラン…」
「センサーに艦影、足つきです」
「間違いないか?」
ボズゴロフの艦長が尋ねた。
(よし、連中の望みどおりの場所で追いついたぞ)
そこはまだオーブ領内外れの、小島だらけの海域だった。
すでに日の出が近い。
艦長は早くも戦闘準備ができている赤服たちに情報を伝えた。
仕掛けるにはうってつけだと。
「今日で片だ!ストライクめ!」
イザークは怒りで荒れ狂い、ほとんど眠らずに過ごした。
あの後アスランが、艦長に索敵を厳に行い、逃げる足つきを大至急探してもらっていることを伝えにきた。
イザークはそれを聞くと、ならばこの海域がいいと海図を指差した。
小島が多ければ足つきは自由に動けない。だが陸地があれば足のないストライクが安心して出てくるだろう…アスランは迷わすに頷いた。
「私たちの狙いはストライク。ヤツを倒す」
ディアッカはやけに息の合った2人を見て、「どーしちゃったわけ、おまえら」といつも通り軽口を叩いた。
「ま、俺はめんどくさくなくていいけどね」
そう嘯いてみたが、イザークはふんと鼻を鳴らし、アスランもいつも通り、特に何も言わなかった。
出撃を待って逸るイザークに、ディアッカが声をかけた。
「ニコルの仇もおまえの傷の礼も、俺がまとめて取ってやるぜ」
モニターの向こうでイザークはじろりと彼を睨んだが、珍しく何も言わなかった。
「出撃する!」
もはやアスランにも迷いはなかった。
仲間と共に、ニコルの仇を…キラ・ヤマトを討つ!
「トリムそのまま、海面まで20」
潜水母艦は静かに獲物に近づき、浮上を開始した。
「対空防御、スタンバイ!射出管制オンライン」
「警報発令!」
艦長が艦内に浮上と同時に戦闘配備の警報を発令する。
「浮上します!」
地上は夜明けを迎えていた。
ボズゴロフ級を感知したアークエンジェルでも第一戦闘配備が発令され、乗員たちはそれぞれの持ち場に向かって走り出した。
キラもまた、パイロットルームに向かおうとしていたが、途中でぎくりと足を止めた。そこにフレイがいたからだ。
「キラ」
「…」
フレイはキラの名を呼んだが、キラは何も答えられず眼を逸らした。
「あいつらの仲間…倒したんだってな」
その言葉に、キラは体をこわばらせた。
フレイが何を言おうとしているのかわからないが、今は聞いている時間はなかった。
いや、本当は彼と向き合いたくなかった。向き合う事で傷が痛むとわかっているからだ。
「ごめん…あとで」
キラはそう言って逃げ出そうとしたのだが、フレイは思いがけずキラの行く手を遮って言った。
「おまえ、本気で戦わないと死ぬぞ」
キラは一瞬(フレイが自分を案じていてくれている?)と胸が躍ったが、すぐにまだそんな甘い事を考える自分がいる事がやりきれなかった。
「…行くね」
キラはそのままフレイの脇をすり抜けた。
フレイはもう一度名前を呼んだが、キラは振り返らなかった。
その声は少なくともいつものように優しく、心配そうだった。
「帰ってから…」
キラは振り向きはせずに、ただ一言、そう呟いて走り出した。
まだ彼にすがろうとする自分に情けなさを感じながらも、きちんとけじめをつけなければと思う自分がいる。
(もう一度、もう一度だけフレイとちゃんと話してみよう…)
帰る理由があれば、自分はここにもう一度戻ってこられるはずだと言い聞かせながら。
「艦尾ミサイル発射管、ウォンバット装填、バリアント、イーゲルシュテルン起動!」
ナタルがすぐに防衛線を張る。
「くっそー!このまま済むとは思わなかったがな!」
フラガはスカイグラスパーに飛び乗るとカタパルトに向かう。
「1号機、フラガ少佐、出ます。ストライクは後部デッキへ!」
ストライクが次の発進を待つため後ろに立つ。
フラガはなんとなく嫌な予感がしてチャンネルを開いた。
「キラ!」
「はい」
いつも通りのキラの声がする。
「大丈夫だな?」
「はい」
フラガは少し安心すると、一足先に空へと飛び出した。
朝焼けの空を、3人のパイロットはグゥルに乗って足つきを目指す。
バスターはまずインパルスで足つきに一撃を与え、ランチャーとライフルに分解して持ちかえた。ブリッツがいない今、特攻役はデュエルだ。イージスはミドルレンジで両者の支援にあたる。
作戦はひたすらに正攻法。ディアッカが「行くぜ!」と喝を入れた。
バリアント、ヘルダートが雨あられと降る中、スカイグラスパーが、そしてストライクが艦上に現れる。デュエルが先に仕掛けた。
ライフルとミサイルを放ちながらグゥルで近づくと、ストライクが飛び上がっても届かない位置で切り返し、必ず距離をとる。
「今日こそ叩き落としてやる!」
フラガは足つきを狙うバスターに向かった。
「はっ!そんなもんで!」
ディアッカはキャノンを避けると、ミサイルポッドを全て開いた。
そのまま逃げるフラガに、同時に連射の利くランチャーで攻撃を仕掛ける。
フラガは激しいその速連射を避けながら低く飛んで避けた。
「もらった! 」
やがてフラガはその連射が途切れたところで浮上し、バスターに機銃とキャノンを同時に放ったのだが、ディアッカはそれを待っていた。
バスターはずっとミサイルポッドでスカイグラスパーを狙っていたのだ。
フラガはミサイルの射線に向かって飛ばされていたことに気づくと、「くそっ!」と叫びながら反転、水面すれすれに突っ込んで切り返し、ミサイルの軌道から逃れた。
水中に落ちたミサイルが爆発し、水飛沫が尾翼を濡らす。
(ちっ…あの野郎、いつになくやりやがる!!)
「あらら、逃げられたか。残念」
ディアッカは辛くも逃げ去ったフラガ機を見て片目を瞑った。
バスターがスカイグラスパー、デュエルがストライクを抑えている間に、アスランは動きにくそうなアークエンジェルへの攻撃を続けていた。
ニコルがやったように、艦砲の砲口を地道に、丁寧に潰していく。
それはイージスやバスターとは違い、PS装甲ではないアサルトシュラウドをまとうデュエルのためでもある。
仲間を守り、仲間を信じ、仲間のために…アスランは自身もダメージを受けてエネルギーを減らしながら、彼らのために、目的のためになすべき事をしようと決めていた。
「イーゲルシュテルン、4番5番、被弾!」
サイが被害状況を伝えた。
「ヘルダート発射管、隔壁閉鎖!」
チャンドラが叫ぶ。
(何だよ、せっかく直してもらったのに!)
状況は、刻一刻と悪くなっていた。
ノイマンは必死に操艦しているが、小島や岩礁が多く、思うように舵が取れずにいた。イージスに、抜けにくい場所に追い込まれては被弾する。
この猛攻、この地形…マリューは彼らの本気を見て、「アラスカは!?」と尋ねるが、カズイは「呼びかけるも応答なしです!」と答えるばかりだ。
一方CICのナタルはゴットフリートの照準を合わせた。
「当てろよ!撃ぇ!」
キラは必死にライフルでデュエルを狙っていた。
いつもなら勝手に突っ込んで来て、カウンターをあわせれば自滅するのに、今日はやけに慎重でなかなか近づいてこない。
「許せないんだよ!!おまえら!」
「くぅ…っ!!」
デュエルはライフルでストライクを狙い、キラはシールドで防いだ。
しかしその一瞬の死角をイザークは見逃さなかった。
そのままグゥルで近づくと飛び降り、なんとストライクに蹴りかかったのだ。
「うわぁ!」
相手がグゥルを飛び降りるという動きを想定していなかったキラは衝撃にたじろいだ。
よろめくストライクにデュエルのシヴァが火を噴く。
「落ちろっ!!」
「くっ…こいつ…!」
キラは震撼した。まるで彼らの怒りが伝わってくるような戦いぶりだ。
仲間の結束を固めた彼らと、讃えられながらも孤独が浮き彫りになって苦しんでいたキラでは、もともと戦う土俵が違ったのかもしれない。
キラは激しい攻撃を受け、出撃前に会ったフレイの言葉を思い出していた。
「おまえ、本気で戦わないと死ぬぞ…」
彼らの、アスランの決意は固い。
(負けるかもしれない…)
キラは襲い掛かってくる彼らに対し、初めて「恐怖」を覚えた。
「直上より、イージス!」
突然激しいアラートが鳴り響き、ゴットフリートから逃げて以来、視界から消えたイージスの行方を捜していたトノムラが叫んだ。
マリューは面舵を切るよう命じたが、到底間に合わない。
「一体どこに潜んでいたの!?」
「遅いっ!」
アスランはMA形態に変形して機関部に取り付くと、スキュラを放った。
途端、艦にはこれまでにない激震が走った。
ノイマンがバタバタと落ちていくパラメーターゲージを見て、メインエンジンが大きな打撃を受けたことを艦長に報告する。
慌ててサブエンジンに切り替えるが、パワーが全く出ない。
「プラズマタンブラー損傷!レミテイター、ダウン!」
チャンドラも焦った声で叫んだ。
ブリッジがライトダウンし、赤暗い警報ランプが不気味にあたりを照らし出した。
クルーの間に緊張感が走る。
「揚力が維持できません!」
「姿勢制御を優先して!」
艦内ではあちこちでひどい爆発・損傷が起きていた。
兵たちが倒れ、傷ついたものが運び出されていく。
マードックは消火と緊急補修に走り回り、機関部はなんとかエンジンだけでも動かそうと必死だった。
「緊急パワーは、補助レミテイターに接続」
ナタルも、今は攻撃より、艦の航行を優先しろと命じた。
レミテイターは生きているが、エンジンがダメだ。
ノイマンは衝撃をなるべく抑えた墜落にしなければ…と慎重に操舵する。
その時、突然トールが立ち上がった。
「スカイグラスパーで出ます!」
えっ…ブリッジ全員が息を呑んだ。
「トール!」
ミリアリアが悲痛な声で叫んだが、トールは「危ないですよ、このままじゃ!」と言い残して出て行ってしまった。
「待ちなさいっ!」
マリューは身を乗り出して止めたが、持ち場を離れるわけにはいかない。
今はとにかくアークエンジェルを守る事が最優先事項だった。
キラはひとしきりデュエルと斬り結んだ後、相手がグゥルに戻る時を狙ってビームライフルで右足を撃ち抜いた。
デュエルはグゥルに立つための足を失ってバランスを失い、当然ながらガクンと傾く。
「くっそぉ!!」
踏ん張りきれず、デュエルはそのまま地上へと落下していった。
しかし今日はいつになくしぶといイザークは、落下するわずかな間にもライフルを構えると、ストライクが持つライフルを撃ち抜いて破壊した。
「うわっ!」
至近距離での爆発にキラは思わず身をすくめる。
すでにアークエンジェルは揚力を失い、墜落しつつあった。
あたりはいつの間にか海が終わり、陸地が見えていた。
森が見え、山肌が近づく。
その時、キラの目の前にイージスが現れた。
「…っ!!」
アスランはストライクを見つけると、全速力でグゥルを飛ばした。
そしてライフルのないストライクがひるんだと見るや、直前でグゥルを飛び降り、落ちざまにライフルで空になったグゥルを撃った。
ストライクはグゥルの爆発に巻き込まれ、バランスを崩してさほど高度のなかった地上へと落ちた。エールの推力を利用して着地したストライクを、待ち構えていたイージスがサーベルで襲う。
(今日こそ倒す!もう迷わない!)
サーベルを防ぐたび、シールドへの衝撃が相手の本気を感じさせる。
「…アスラン!」
一瞬でも判断を間違えば、アスランは確実に自分を殺すだろう。
それほどの殺気を感じた。
口の中がカラカラに乾く。
呼吸すらしていないような気がする。
それでもキラは必死に応戦し続けた。
「姿勢制御、不能!」
その頃、アークエンジェルもほとんど推進力を失いつつあった。
「着底する!総員、衝撃に備えて!」
マリューが叫び、ノイマンは弱った艦になるべく衝撃を与えないようソフトランディングを心がけた。とはいえ、バキバキッと森の木々をなぎ倒し、岩肌を削ってのすさまじい墜落は「着陸」とはほど遠い。
機関が停止し、やけに静かになったブリッジだったが、残念ながらこれで戦いが終わったわけではなかった。
むしろ次に聞こえた言葉は、絶望以外の何物でもなかった。
「に…西方向に…バスター!」
最悪の敵の登場に、緩みかけたブリッジの空気が急激に締まった。
バスターはインパルスを構え、既に狙撃姿勢に入っている。
(いつの間に…ずっと見ていたのか、こちらの動きを…)
もともと遠距離用支援機だ。長距離ライフルの威力は侮れない。
「ゴットフリート!バリアント!照準!」
ナタルは急ぎ応戦準備を命じるが、間に合うとは思えなかった。
ついに宿敵に照準を合わせることができたディアッカはニヤリと笑った。
アークエンジェルは動けず、バリアントは襲い掛かってきたが、いかんせん距離が遠い。
「これで…」
ディアッカはふぅと息をついてスイッチに手をかけた。
「さよならだ、足つき!」
「やらせるかよっ!」
しかしその狡猾なハンターを、さらに狙っていた鷹がいた。
フラガはスカイグラスパーでさらに高度からバスターを捉え続け、先ほどの不意打ちの借りを返そうと虎視眈々と狙っていたのだ。
フラガは装備していたアグニでバスターの右腕を破壊した。
「…うっ!!」
突然の熱源接近に何が起きたかわからなかったディアッカだが、とにかく誘爆を避けるため即座にインパルスを手放さねばならず、狙撃は失敗した。
ディアッカは空を行くスカイグラスパーを見て「あの野郎!」と悪態をつき、そのままミサイルポッドを放って機体を追った。
フラガも今回は避けきれず、何発か被弾してしまった。
「くっ!」
フラガは落下していくスカイグラスパーをなんとか安全な場所までと運び、山間の小さな湖に不時着させた。
「ハイドロ消失、駆動パルス低下…くっそー!」
一方ディアッカはバスターのダメージの大きさに驚いていた。
腕をもがれたついでの爆発で機関部にも損傷を受けたようだ。
アラートがうるさいので切り、シフトレバーを動かすが反応がない。
(とにかく、アスランに連絡を…)
そう思った時、恐ろしい光景が眼に入った。
足つきの主砲がいつの間にかこちらを向いていた。
その途端、ゾクッと背筋が寒くなる。
敵艦の主砲で撃たれる…それは間違いなく死を意味する。
ディアッカは観念した。しかし死ぬ事を覚悟したのではない。
(わりぃ、イザーク、アスラン…わりぃ、ニコル…)
ディアッカは素早く信号を打ち込むと、コックピットのハッチを開いた。
そして両手を挙げ、攻撃の意志がない事をアピールした。
(俺は…死にたくない)
「投降する気か?」
今まさにゴットフリートを放とうとしていたナタルは、姿を現した相手に気づき、攻撃をやめた。あとは艦長判断だ。
「キラッ!」
アスランは、まるで前回戦った時のキラの動きを学習したかのように、体当たり、打撃、蹴りと、ランダムな動きで激しく攻撃を仕掛けた。
イージスは構造上手足からビームソードが出るので、そのダメージも大きい。キラは苛烈な戦いの中、今までにない手強さを感じていた。
キラには、自分の強さなど知りようはない。
しかし今、自分がどれほどの強さの相手と戦っているかを測るとしたら、間違いなくアスランは「キラ・ヤマトと同じくらい」と評されるだろう。
アスランが挑んでくる近接戦闘こそ、キラがこれまで勝ち抜いてきたがむしゃらな戦い方に似ているとは、2人とも知る由もなかった。
(キラ…今日こそ!)
(強い…アスラン!)
アスランもまた、自分が近接戦闘に才を持つとは知らなかった。
キラという強敵と戦い、驚異的な学習能力を発揮したと言っていい。
「キラ!あなたがニコルを!ニコルを殺したっ!」
イージスの激しいショルダータックルを受け、 キラはコクピットがひしゃげるのではないかと思うほどの衝撃でガクンと首を揺らした。
さらにそれで機体姿勢が低くなったところを殴られ、アイカメラが一つ割れてモニターがザーッと黒くなる。
「キラ!」
その時、チャンネルから聞き慣れた声がした。
まずい…キラはドクンと心臓が脈打つことに気づいた。
「トール!だめだ!来ないで!」
スカイグラスパーは、前回の戦いでブリッツにやったようにイージスの死角から機銃を放ち、急降下してきた。
(あの時成功したんだ、今度だって…!)
しかしそんなトールの作戦は、もともと指令機として索敵に優れるイージスと、攻撃に我を忘れているようでいて常に周囲への目配りを忘れていないアスランには通用しなかった。
「邪魔だっ!!」
アスランはスカイグラスパーなど見もせずに、そちらの方向にシールドを投げつけた。
そんなおざなりの攻撃だったのに、イージスのシールドはコックピットをざっくりと分断し、トールのヘルメットが胴体から離れて後ろへ飛んでいくのが見えた。そしてバラバラになった機体は爆発を起こして墜ちていった。
その途端、ミリアリアが見ていたモニターもスカイグラスパー2号機のシグナルロストを宣告した。
ミリアリアはただ、「…え?」と小さく呟いた。
トールはいいヤツだ…いつも優しくて、明るくて、元気で、ひょうきんで…トール…
「トールッ!」
残骸が四方に飛び散り、小さな炎が重力に引かれて散らばっていく。
(アスランが…トールを…トールを殺した!!!!!)
虫けらみたいに、殺す事に何のためらいもなく、トールを殺した!
「アスラン!!!!」
キラは怒りで体中の血が沸騰するかと思った。
それが急激に冷めていく。まるで氷のようだ。冷たくて気持ちがいい。
視界がクリアになり、すべてが見通せそうになる。聴力が消え去り、そして必要な音だけを拾えるようになる。思考が恐ろしく冴え渡る。
ビームサーベルをかまえ、ストライクはイージスに突進していった。
イージスはそれを紙一重でかわし、自身のサーベルで下から攻撃を仕掛ける。
しかし今度はストライクが信じられない反応でそれを避けた。
「キラ!!私が!あなたを討つ!」
アスランの中で何かが弾けるように爆発した。
いつも抑えこんでいる感情があふれ出すような、全てが自由になったような感覚がアスランの体を駆け巡った。解き放たれた感情が理性に血潮を与え、足りなかったギアが入って急激に思考のエンジンが回り始める。感覚が研ぎ澄まされていく…
アスランはサーベルで正確にコックピットを狙った。
先ほどから打撃で弱っていた部分が裂け、キラの姿が見えた。
キラもまた、退く気はない。
コックピットの破壊にもひるまず、アーマーシュナイダーに手をかけた。
(これなら!)
(させるか!)
しかし次の行動は一瞬イージスの方が早かった。
アスランはMA形態に変形すると、さらに巨大なクローを広げ、そのままストライクに取りついたのだ。ストライクは腕を抑えられてしまい、マニピュレーターはわずかにアーマーシュナイダーに届かない。
「く…っ!」
キラはパワーで振り切ろうとブースターをふかしたが、かつて鹵獲されかけた時のように忌々しいクローにガッチリ掴まれてビクともしない。
それでも脱出を試みようとしていたキラは、やがてモニターに映し出されたぞっとするものに気づいた。
目の前に、スキュラの砲門が開いていた。
アスランはためらわなかった。激情に身を任せ、そのままスイッチを入れた。
「…え?」
ところがイージスはそのままフェイズシフトダウンを起こしてしまったのだ。
パワーゲージはいつしかPSダウン域に入り、機体は急激にディアクティブモードになった。
これでは戦えない。ストライクを…キラを倒せない。
「うそっ、なんで…!」
アスランは思わず拳でパネルを叩き、悔しさのあまり歯を食いしばった。
「いいえ…」
けれどやがてうつむいた顔を上げ、アスランは呟いた。
「まだ…方法はある!」
キラもまた、攻撃がやんだ事を知り、なんとかこのクローから脱出してアーマーシュナイダーで止めを刺さなければ…ともがき続けていた。
相手がアスランであることも、それゆえにもう二度と戦いたくないと思い続けてきたことも、今は全て消えていた。
(やらなければやられる!)
キラの心にはただその思いしかなかった。
一方アスランはパネルボタンを取り出すと、自身の認識番号を入れ、その後に自爆コードを入力した。タイマーはわずか10秒。
逃げる時間は与えないつもりだった。
(これで終わりだ…キラ・ヤマト!)
アスランは素早くスラスターバックを背負うと、コックピットハッチを開けた。
キラはコックピットの裂け目からアスランを見たが、その瞬間、彼女が何をしようとしているのかを悟った。
アスランはもう、あの時のように手を差し伸べてはくれない。
アスランもまた、今まさに自分がそこに置き去りにしようとしているキラを見た。
彼女はキラに冷たい一瞥をくれると、そのまま飛び去った。
これでもう2度と、キラと戦う必要はないのだと思いながら。
(いけない!急げ!)
アスランを見送ったキラは、慌てて緊急用のスイッチを押した。
コックピットが暗黒に包まれると同時に、今までにない衝撃が襲ってきた。
後には大爆発が起こり、ミリアリアの見ていたモニターには、もう一つ、シグナルロストの画面が出たきりになった…
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制作裏話-PHASE30-
ついに来た、アスランVSキラの頂上決戦。
死力を尽くして戦った戦闘は残念ながら止め絵ばかりでしたが、既に何度か割れていたキラの種に対抗し、なんとアスランまでも種が割れたので視聴者を驚かせました。これまではスマートな戦いぶりで今ひとつ活躍できていなかったアスランが、実は近接接近戦、それもイザークよりもえげつない格闘戦や泥仕合の方が相性がいいとわかるのもこの時でした。火力重視のジャスティスはまだしも、インフィニットジャスティスはチート過ぎるって…
前回腹黒さを滲ませてしまったので、ディアッカは株を上げるつもりで描写しました。
最も冷静で沈着な行動をとり、イザークにもアスランにもフォローを入れ、フラガにも一糸報います。
とはいえ諦めが早く、投降しちゃったので今後しばらくは捕虜生活になるのですけど。
王子は激情家に見えても実は冷静で、本編のアスランのようにいきなり人を殴りつけたりはしません。(ちったぁ見習えやアスラン!)
また、逆転アスランは女性なのでイザークの襟首を掴んだりはしません。
その代わり、ある演出を加えました。
本編では「ニコルの弔い合戦」で団結したザラ隊ですが、逆種ではアスランが自分も彼らにとって「仲間」であると認識する事で一つにさせたのです。
クルーゼ隊に属しながらずっと異物のように感じていた自分を、イザークもディアッカもちゃんと「仲間」と認めていてくれたのだ、と悟らせました。
ブリッツを倒し、皆に喜びで迎えられたキラが、ひどい孤独感に苛まれる事と対照的にしようと思ったのです。
赤服を着た仲間がいるアスランと、皆に称えられながらも孤独なキラ。
逆デスではそれこそ逆転する2人の立場が皮肉ですね。
しかしアスランは詰めが甘いなぁ。あそこでPSダウンって…
そして「アスラン=自爆スキー」の片鱗を見せた、ストライクを鷲掴みにしたままのイージス自爆決着。
緊急ボタンで閉じたセーフティーシャッターについては「何も言うな、皆まで言うな」です。
キラが助かった理由を説明するのはどうしたって不可能ですってば…
死力を尽くして戦った戦闘は残念ながら止め絵ばかりでしたが、既に何度か割れていたキラの種に対抗し、なんとアスランまでも種が割れたので視聴者を驚かせました。これまではスマートな戦いぶりで今ひとつ活躍できていなかったアスランが、実は近接接近戦、それもイザークよりもえげつない格闘戦や泥仕合の方が相性がいいとわかるのもこの時でした。火力重視のジャスティスはまだしも、インフィニットジャスティスはチート過ぎるって…
前回腹黒さを滲ませてしまったので、ディアッカは株を上げるつもりで描写しました。
最も冷静で沈着な行動をとり、イザークにもアスランにもフォローを入れ、フラガにも一糸報います。
とはいえ諦めが早く、投降しちゃったので今後しばらくは捕虜生活になるのですけど。
王子は激情家に見えても実は冷静で、本編のアスランのようにいきなり人を殴りつけたりはしません。(ちったぁ見習えやアスラン!)
また、逆転アスランは女性なのでイザークの襟首を掴んだりはしません。
その代わり、ある演出を加えました。
本編では「ニコルの弔い合戦」で団結したザラ隊ですが、逆種ではアスランが自分も彼らにとって「仲間」であると認識する事で一つにさせたのです。
クルーゼ隊に属しながらずっと異物のように感じていた自分を、イザークもディアッカもちゃんと「仲間」と認めていてくれたのだ、と悟らせました。
ブリッツを倒し、皆に喜びで迎えられたキラが、ひどい孤独感に苛まれる事と対照的にしようと思ったのです。
赤服を着た仲間がいるアスランと、皆に称えられながらも孤独なキラ。
逆デスではそれこそ逆転する2人の立場が皮肉ですね。
しかしアスランは詰めが甘いなぁ。あそこでPSダウンって…
そして「アスラン=自爆スキー」の片鱗を見せた、ストライクを鷲掴みにしたままのイージス自爆決着。
緊急ボタンで閉じたセーフティーシャッターについては「何も言うな、皆まで言うな」です。
キラが助かった理由を説明するのはどうしたって不可能ですってば…