Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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先ほどからパルが入港管制局からの打電を復唱している。
アークエンジェルは今、ようやく辿り付いたアラスカに入港しつつあった。
「シグナルを確認したら、操艦を自動操縦に切り替えて、少尉。後は、あちらに任せます」
「誘導信号確認。ナブコムエンゲージ、操艦を自動操縦に切り替えます」
やがてマリューの指示を忠実にこなしたノイマンは、ヘリオポリス以来、一度も感じたことのない安堵感を感じてほっと息をついた。
なし崩しにパイロットになり、激戦に次ぐ激戦を潜り抜け、時には大気圏内でのバレルロールなどいう殺人技まで使ってがむしゃらに操艦を続けてきた。
(けど、トノムラもバジルール中尉も、皆無事に目的地までたどり着けたんだ)
チラリとナタルを見ると、ナタルもこちらを見ており、「なんだ?」というように首を少し傾げた。ノイマンは慌てて前を向いたのだが、彼女の仕草が少し可愛くてノイマンはくすっと笑った。
(俺たち、ついにやりましたね、ってことですよ、中尉)
一方司令部では、入港してきたアークエンジェルを眺めながら、ひそひそと会話が交わされていた。
「アークエンジェルか…よもや辿り着くとはな」
「ハルバートンの執念が護ってでもいるんでしょうかね」
「ふん!護ってきたのはコーディネイターの子供ですよ?」
一歩後ろに下がっていたサザーランド大佐は不愉快そうに言った。
「そうはっきりと言うな、サザーランド大佐」
人影の中の1人がなだめるように言った。
「だがまぁ、土壇場に来てストライクとそのパイロットがMIAと言うのは、何と言うか…幸いであったな」
GATシリーズは今後、我らの旗頭になるべきもの…なのにそれが、コーディネイターの子供に操られていたのでは話にならない。
サザーランドはハルバートンがかつて「頭の硬い幹部連中」と呼んだ彼らの言葉を代弁してみせる。
「確かにな。所詮奴らには敵わぬものと目の前で実例を見せるようなものだ」
「全ての技術は既に受け継がれ、更に発展しています。今度こそ、我々の為に」
サザーランドは不敵に笑う。
「アズラエルにはなんと?」
幹部の1人が今、この地球で軍事を一手に握っている男の名を挙げた。
「問題は全てこちらで修正する、と伝えてあります」
サザーランドはその名に敬意を示すかのように目礼しながら答えた。
「不運な出来事だったのですよ、全ては。そして、おそらくは…これから起こることも」
―― 全ては、青き清浄なる世界の為に…
ブルーコスモスの忌わしきモットーを呟き、サザーランドは不気味に笑った。
その頃、アークエンジェルには思いがけない通達が伝えられていた。
「統合作戦室より、第8艦隊所属艦アークエンジェルへ通達」
ブリッジではモニターに向かい、皆立ち上がって敬礼している。
「軍令部ウィリアム・サザーランド大佐発。長きに渡る激戦の労を労う。事情聴取せねばならぬ事態でもあるので、貴艦乗員は別命あるまで現状のまま艦内待機を命ずる」
マリューも敬礼姿勢で通達を聞いていたが、え?と思わず聞き返した。
「現状のまま…でありますか?」
疲れきった兵たちには上陸も許してもらえないというのか…
「そうだ。パナマ侵攻の噂のおかげで、ここも忙しくてな。ま、とりあえず休んでくれ」
マリューとナタルは思わず顔を見合わせた。これではアルテミスでの扱いとどう違うのだろう…
「クルーゼだ、入るぞ」
カーペンタリアの軍病院で手当を受けているアスランは、ジブラルタルから到着したクルーゼの来訪を受けた。
「隊長…」
「そのままでよい」
クルーゼは手を上げ、ベッドから起き上がろうとしたアスランを押し留めた。
「申し訳…ありません」
アスランは苦しげに謝罪の言葉を述べた。
ニコルとブリッツを失い、ディアッカとバスターもMIA。
「自分も、イージスを失ってこのざまです」
「いや、報告は聞いた。きみはよくやってくれたよ」
クルーゼは優しく部下をねぎらい、それから自分の対応が遅れたことを詫びた。
「確かに犠牲も大きかったが、それもやむを得ん」
仮面の下で狡猾そうに様子を探りながら、クルーゼはその名を出した。
「それほどに強敵だったということだ。きみの友人…キラ・ヤマトは」
クルーゼは心の中で笑いが止まらなかった。
赤服4人を相手にしても負けることのない「キラ・ヤマト」
初めは単に興味があっただけだったが、彼はずっとキラの事を調べさせていた。
果たして、彼女の素性には重大な秘密が隠されていた。
そしてそれこそがクルーゼが探し続けていた一つの「目的」でもあったのだ。
思いもかけない形で見つける事ができた因縁の人間…しかもそれを、自分の部下であり、友達であり、ザラの娘が討った。こんな面白いショーが一体どこにあろうか。クルーゼは楽しくて仕方がない。
「辛い戦いだったと思うが、ミゲル、ニコル、バルトフェルド隊長、モラシム隊長、他にも多くの兵がストライクに命を奪われたのだ。それを討ったきみの強さは、本国でも高く評価されているよ」
クルーゼは怪我をしていないアスランの右肩をポンと叩いた。
「きみには、ネビュラ勲章が授与されるそうだ」
「え…?」
ネビュラ勲章は特に功績のあったものに授与されるトップガンの証だ。
かつてジンを操り、世界樹攻防戦で功績を挙げたクルーゼや、スエズ攻防戦で活躍したバルトフェルドも受章していた。
「私としては残念だが、本日付で国防委員会直属の特務隊へ転属との通達も来ている」
(クルーゼ隊を離れて、国防トップの特務隊…FAITH…)
エリート中のエリートであることは確かだが、アスランの頭にはブツクサ言いながらも迎えてくれたイザークの顔がチラリと浮かんだ。
「きみは最新鋭機のパイロットとなる。その機体受領の為にも、即刻本国へ戻ってほしいそうだ」
驚きこそすれ、決して喜んではいないアスランに、クルーゼは「お父上が評議会議長となられたのは、聞いたかね?」と尋ねた。
「あ…はい…」
一ヶ月ほど前にプラントで行われた議長選において、父が圧倒的多数の支持で選ばれたと聞いている。
「ザラ議長は、戦争の早期終結を切に願っておられる。本当に早く終わらせたいものだな、こんな戦争は」
クルーゼは再び手を上げて見送りはいい、と合図すると、扉に向かった。
「その為にも、きみもまた力を尽くしてくれたまえ」
クルーゼは心にもない事を言ってアスランを煽った。
(こんなところで終わってもらっては困るがね)
背後で病室の扉が閉まる音を聞きながら、クルーゼは笑う。
(人々がもっともっと、闇に食われ、闇を食い、互いに滅ぼしあうまではな)
「こ…こ…は…?」
キラは明るい光に眼を細めて尋ねた。
覗き込んでいる優しそうな顔には、見覚えがあった。
(…どうして…彼が地球に…?)
けれどここは地球ではなく、眩しい光は人工太陽だった。
「わかる?僕のこと」
ラクスは微笑みながら、大き過ぎず、小さ過ぎもしない声で聞いた。
「正確には『覚えてる?』だけど」
「…ラクス、さん」
「やだなぁ。ラクスでいいよ」
ラクスは笑い、ハロを見せる。
「でも、覚えていてくれて嬉しいよ、キラ」
事態が飲み込めないキラに、ラクスはマルキオ導師を紹介した。
「驚かれたのではありませんか?このような場所で」
彼は眼が見えず、ラクスに誘導されて椅子に座ると、キラに話しかけた。
「ラクスさまが、どうしてもベッドはここに置くのだときかなくて」
「だってここの方が気持ちいいでしょう、部屋より。ねぇ?」
病室というのは何しろ退屈なんですと、それをよく知るラクスは笑う。
「私は…?」
「あなたは傷つき、倒れていたのです。私の祈りの庭で」
マルキオはアカツキ島で倒れていたキラを助け、酷い傷を負っていた彼女を連れてプラントへと上がったのだという。
現在、プラントにはコーディネイター以外は入国規制がかかっているため、怪我人搬送は彼が入国するいい口実になったのだ。
キラはプラントに着くと同時にコーディネイターが受ける最高の再生医療を受け、見る見る回復した。それは多くのコーディネイターを診てきた医師が驚くほどの再生能力だった。
そんないきさつを聞いているうちに、キラの記憶が鮮明に蘇った。
アスランの目の前で、ブリッツを倒し、彼女の仲間を殺したこと。
その後、アスランが自分を本気で殺しにきたこと。
負けると思った瞬間、アスランがトールを殺してしまったこと。
そしてキラもまた、本気でアスランを殺そうとしたこと…
「どう…して……どう…して…私…?」
体の傷は癒えても、心の傷はあの時のまま、血を流し、膿んでいる。
その痛みが、苦しみが、哀しみが、キラの心を苛んだ。
(頭がよくて、いつでも優しかったアスランが、私を殺そうとした。私も、トールを殺したアスランなんか死んでしまえばいいって思った)
キラの瞳からはとめどなく涙が流れ、ラクスは心配そうに声をかける。
(怒って、哀しくて…アスランなんか大っ嫌いと思った…)
「あなたはSEEDを持つ者。ゆえに」
マルキオは呟いた。
「SEEDとは、種。未知の存在であり、いずれいかようにも花開く可能性を持つもの。全ての人に可能性はあるものですが、あなたの可能性はより高く、強い…」
「違う!」
キラは強く首を振る。少し痛みが走ったが、構わなかった。
「私、私は…そんな価値のある人間じゃありません!」
「キラ…?」
ラクスはキラの肩をそっとさすった。
「私は…アスランと…戦って…」
アスランの仲間を殺して…アスランを哀しませて、怒らせた。
ラクスはアスランの名を聞いて、思わず手を止めた。
「アスランも、私を殺そうとして…私を置いて…行ってしまった」
キラはそのまま毛布をかぶり、押し殺すように泣き出した。
「だから…私、死んだ…はず…なのに…」
「キラ…」
ラクスはその時、自分の婚約者が何をしたのかを理解した。
泣きじゃくるキラを見ながら、ラクスは最後に会った時の彼女を思い出す。
制服のまま慌しくやって来て、地球に降りるのだと告げたアスランはいつものように美しかったが、憂いを秘めた碧の瞳もいつも通りだった。
武運を祈るつもりで抱きしめ、いつものように頬にキスをすると、寂しげに笑った彼女もいつものように手を振った。
(アスラン…きみは…とうとう…)
ラクスは再び手を動かし、優しくキラの肩をさすり続けた。
「どうしようもなかったんです…私はアスランの仲間を殺して」
アスランは、私の友達を殺した…キラは蚊の鳴くような声で呟いた。
キラをあまり興奮させまいと慮ったマルキオが去り、ラクスはアリスにお茶の支度をさせてキラに振舞った。
昨日までは点滴と経管からの流動食だったが、既に固形食の許可が出ている。
確かに、キラの回復力はコーディネイターとはいえ驚異的だった。
「きみはアスランを殺そうとしたんだね。そしてアスランもきみを…」
ラクスは言った。
「でも、仕方がないよね」
「え?」
キラは驚いてラクスを見た。
「仕方のないことじゃないか。戦争なんだから」
キラは息を呑んだ。
ラクスがそんな事を言うとは思わなかったのだ。
「2人とも、敵と戦ったんだろう?アスランはきみの敵だった。違う?」
ラクスはハロをポンと投げながら歌うように言う。
「敵…」
キラは呟く。
ラクスは続けた。
「自分や、自分の大切なものを傷つけようとする者が敵ならば、アスランは間違いなくきみの敵。そしてきみは、アスランの敵。そうだろう?」
キラは答えられず、黙りこくったままだ。
不思議な事に、こんなにも優しげなラクスの言葉はむしろ心に鈍い痛みを引き起こした。
「でも僕は、アスランを傷つけられてもきみを敵とは思わない。そしてきみを傷つけられても、アスランを敵とは思わないよ。だって2人とも、僕にとっては大切な人だからね」
ラクスは笑う。
「だから、どちらも僕の敵じゃない」
「そんな…」
キラにはラクスのその理論がよくわからない。
「戦っている人たちが両方大切…なんて…なら、ラクスには…敵はいないの?」
「いるよ」
ラクスは再びハロをぽーんと高く投げた。
ハロは耳を広げると、テヤンデー、ナニスンデーと騒ぎながらパタパタと落ちてくる。
「僕の大切な人たちを、憎み合わせたり、無理やり戦わせたり、哀しませたり、苦しませたり、困らせたりするもの」
ラクスは真っ直ぐにキラを見た。青く澄んだ、美しい瞳で。
「それが、僕の敵だ」
キラははっと息を呑み、それからおずおずと尋ねた。
「…戦…………争?」
ラクスはにっこりと笑い、もう一度ハロをぽんと高く投げ上げた。
戦争は、大きなうねりで人を巻き込み、そうなったら逃げられない。
ただ「敵」とされた相手を殺すことを強いられる。逃げ出すことも許されない。バルトフェルドが言ったように、互いに戦って、戦って、戦って、いつか両方とも死ぬだけだ…
(でも、戦っても終わらないよ、戦争は)
自分がカガリに言った言葉こそが実は正しかったのだと、キラは今ようやく気づいたのだった。
「オルバーニの譲歩案など、今更そんなものを持ち出してどうしようと言うのです。スピットブレイクは既に可決されたのです」
ザラ議長は、クラインが提出したマルキオ導師の親書をバサッと投げた。
「私とて無論、これをこのままと言うつもりはない。だが戦えば、必ず犠牲は出る。回避できるものなら、その方がよいではないか」
しかしオブザーバーとして発言を許されているだけで、もはや議決権を持たない前議長クラインへの風当たりは強い。
「だからと言って、こんな愚にも付かぬ講和条件が飲めるものか!」
イザークの母であるエザリア・ジュールなど断固として反対を表明し、他のザラ派議員も当然彼女に追随した。
「彼らは、まるで勝った気でいるようではないか!」
その言葉に、クライン派であり、最も年若いアイリーン・カナーバが「はじめから突っぱねてしまっていては、講話への道などない」と異議を唱える。勝気な彼女は相手が年上の有力議員であろうとひるまずに意見し、ザラ派からは「生意気で危険なクライン派の若僧」と敵視されている。
議会は侃々諤々の議論となり、ザラは満足げにその様子を見つめている。
(シーゲル…いい加減悪あがきはよしたまえ)
もはや文民である評議員議員が着る緑のローブすら脱ぎ捨て、普通のジャケット姿のシーゲル・クラインには何の力もない。
「では我々は今後、言葉は全て切り捨て、銃のみをとっていくと言うのかね?」
まとまらない議場で歯噛みしていたクラインは不愉快そうに言う。
「そのようなものか、我々は!プラントは一体いつから戦いたがる国になったのだ!」
クラインは吐き捨てた。
「かつて、戦わなければ勝ち取れないと思ったのは私とて同じだ。しかし、戦えば必ず流れる血と消える命は2度と戻らない。せめてそれを最小限に留めんと努力した過去も、全て無に帰すのか、きみたちは!」
「クライン前議長殿、それはお言葉が過ぎるでしょう」
パトリック・ザラは勝ち誇ったように言う。
「我々は総意で動いているのです」
(何が総意だ)
シーゲルは議長をにらみつけた。
彼がその座に就いて以来、自分が故国の舵を取っていた頃より報道統制が厳しくなり、言論の自由に規制がかかっている事は明らかだった。
「異を唱える者の意見も聞きましょう。けれどあくまでも決めるのは人々の、我々の総意なのですよ」
そう言いながら手を組み、ザラは静かに言った。
「個人の感情のままの発言はお控えいただきたい」
「失礼した…」
クラインは、既にここに自分の居場所がない事を実感した。
現議長は、そうは言っても自分に異を唱える人の意見など聞きはしない。
(聞かずに済むよう、システムを改竄してしまったのだ、この男は)
かつて、プラントの自治独立を勝ち取らんと共に戦った盟友は、既に同じ道を歩んではいない。
(違った道は、2度と交差しないのか…パトリック!)
「貴重なご意見の提示はありがたく受け取らせていただく。が、あとは我ら現最高評議会が検討すべきこと。使者として来られたマルキオ導師には、私からも礼をと」
「伝えよう。先を見据えた正しき道の選ばれんことを」
それが、かつては互いを信じあった友との永遠の別れとなった。
その頃、カーペンタリアを極秘裏に出発したクルーゼは、特殊部隊を率いてアラスカへの潜入作戦を決行せんとしていた。
「オペレーション・スピットブレイクの目的地は、パナマでは?」
「アラスカは、核の直撃にも耐えうる構造を持つと言われている。尤も今は使えんし、ザフトは使うつもりもないがね」
兵からの質問にその通りだと答えながら、クルーゼはさらに詳しく説明した。
「きみらの任務はそれとは別に、パナマの次、決戦の場となるべきJOSH-Aの内部を探り、戦局をさらに有利に導くためのものである。この堅牢な基地を叩くには、グランドフォローと呼ばれる内部に進攻するしかないが、それもまた至難の技だ。不用意に手は出せん」
ペラペラと綺麗に流れ出る嘘に、クルーゼは自分自身も酔いそうだった。
「アラスカの情報は、我らは常に手にしておかねばならん。が、今回のこの偵察も、特務故守秘義務が課せられている。常に最新の情報を届けるのだ。我らザフトのためにな。誰かに冒険譚を聞かせたくとも戦後まで待てよ」
ははは、と兵たちは笑い、クルーゼは仮面の下でほくそ笑みながらも彼らを激励し、送り出した。
「愚かな鼠ども…おまえたちの情報は、ちゃんと利用させてもらうとも」
そんな動きがあるとは知らず、本部について5日間も閉じ込められたアークエンジェルでは、マリューが何とか本部と連絡を取ろうと何度も交信を試みた。しかしけんもほろろの答えしか返ってこない。
整備兵もすっかりやる事がなくなり、おしゃべりに興じている。
「しっかしいつになったら出んのかね、上陸許可」
「本部基地内で5日も出ないってのは珍しいな」
「仕事してろって言われても、スカイグラスパー1機しかねぇんじゃなぁ」
食堂の端から聞こえてくる整備兵の会話が、ちょっとしたことで傷つきやすくなっているミリアリアの心を揺らす。
艦長の計らいでサイの任務も減らされており、おかげでずっと彼女の傍にいてあげられる事だけが救いだった。
「回収したバスターでも直すかい?暇つぶしに」
「敵機直してどうすんだよ。どうせコーディネイターにしか動かせねぇんだろ?」
ああ、と整備兵たちは天を仰いだ。
「乗れる奴、いねぇんじゃねぇの?」
「ヤマトの娘っ子もいないもんなぁ」
「ミリィ、行こう」
サイは荒っぽい口調が続く食堂からミリアリアを連れ出した。
ミリアリアはあれからほとんど眠ってない。
サイがある夜眼を醒ますと、隣のベッドでミリアリアが膝を抱えていてぎょっとした。
そのまま寝かしつけても、朝にはもうベッドにいなくなっていた。
(あれじゃ体を壊しちゃう)
食べない事も心配だが、眠らない事はもっと心配だった。
今日は医務室に連れて行って、眠れる薬を処方してもらおうと思う。
(この基地で戦闘が始まる事はないだろうけど、いつ何が起きるかわからないし…除隊願いを出してもいつになるかわからないし…)
またベソをかきだしたミリアリアを慰めながら、サイは医務室に向かった。
すると、医務室前の廊下にはなぜかフレイがいた。
フレイは2人を見て驚いたような顔をする。
「サイ…ミリアリア?どうした?」
「え…ミリィを、診てもらおうと…」
「ふーん…」
フレイは少し考えて、頷いた。
「そうだね、その方がいい」
そう言ってから、彼はサイを呼び止めた。
「なぁ、サイ…ちょっと話があるんだけど…」
「何?」
サイはフレイに密かな不信感を抱いていた。
―― 本気で戦わないからだよ…バカなヤツ。
(私たちを命がけで護ってくれたキラにあんな事を言うなんて)
そういえばキラがいなくなる前、オーブにいる頃から、キラもフレイも1人でいることが多かった気がするとサイは思い出していた。
(ケンカでもしたのかな、くらいにしか思ってなかったけど…)
「トリィ!」
その時トリィがフレイの肩を目指して飛んできたが、フレイはそれを見て追い払おうと邪険に腕を振り回した。
「あっち行けよ!」
「フレイ!?」
サイは驚いてトリィを呼んだ。彼の腕はまるでトリィを叩き落としそうな勢いだった。
「トリィ、おいで」
サイの声に反応し、トリィはサイの肩に止まった。
「キラが残した物じゃない…なんでそんな乱暴な事するの?」
驚きのあまり声を荒げると、ミリアリアがピクリと反応したのでサイは慌てて声のトーンを落として言った。
「…急ぐんじゃなかったら、後にしてくれる?」
サイはそう言うと扉を開けてミリアリアと一緒に部屋に入ろうとしたが、フレイは慌てて彼女の肩を掴んだ。
「ごめん、どうしても今、話があるんだよ
それを聞いたサイは仕方なくミリアリアの背中をそっと押した。
「ミリィ、ごめんね。中で待ってて。先生に薬かなんかもらおう。少し眠らないとね」
ミリアリアはそのまま1人で部屋に入ると、無意識に目の前にあった椅子に腰掛けた。
今は何も考えたくない。気だるく、息をする事すら億劫な気分だった。
医務室独特の消毒薬の香りが鼻につく。
ミリアリアがふぅとため息をついたその時、ベッドの向こう側の人間は、てっきり医師が戻ったのだと思って話しかけてきた。
「なあ、先生よぉ」
「彼」はカーテンから顔を出すと、デスクの方を覗いた。
「あっ!」
ミリアリアはそれが捕虜のザフト兵だと知って慌てて立ち上がった。
「…あれ?」
ディアッカは彼女が医者ではないことに気づいてぽかんとしている。
ミリアリアはといえば、コーディネイターの男の顔から眼が離せない。
(この男が、ザフトの…バスターの…)
(もしかしたら、こいつが…トールを…)
思考が空転し、怯えと怒りと恐れと憎しみが混ぜこぜになっている。
「なんだよ、そのツラは」
固まったまま動かないミリアリアを見て、ディアッカは面白そうに言った。
「俺が怖い?珍しい?おまえらにとっては空の化け物だもんな、なんたって!」
そしてわざとらしく笑うと、後ろ手に縛られた手を見せた。
「大丈夫だよ。ちゃ~んと繋がれてっから。ほら」
ミリアリアは息ができない…と思った。
パニックになりそうで、過呼吸を起こしかけている。
(落ち着いて、落ち着かなきゃ…)
このまま後ろに下がって外に出れば、サイがいる。
(大丈夫、私は大丈夫…パニックなんか、起こさないわ)
けれどそんなミリアリアの眼に、無造作に置かれたナイフが入った。
ミリアリアはギクリとし、途端に心臓の動悸がさらに高まっていく。
(あれで…こいつを…トールの…仇を…)
(そんな事、できっこない。考えちゃいけない…!)
そう思いながらも、どうしてもナイフから眼を離せない。
ディアッカは何の反応もない彼女を見て、見る見るつまらなそうな表情になった。
そして涙をにじませている瞳を見ると、ちっと舌打ちをした。
「つーか、おまえまた泣いてんの?なんでそんな奴がこんな艦乗ってんだか」
「…っ!」
泣きたくて泣いているわけではない。何より乗りたくて乗ったわけでもなかった。
ミリアリアの鼓動はさらに激しくなり、冷や汗が背中を伝った。
「そんなに怖いんだったら、兵隊なんかやってんじゃねぇっつーの」
ディアッカは投降した自分自身や、何日間にも及ぶ単調な捕虜生活で溜まったストレスを、これ幸いと眼の前のミリアリアにぶつけていた。
相手など誰でもよかった。さっきまで医師にも散々八つ当たりをしていたのだ。
もっと彼女を傷つける言葉はないものか…ディアッカは残酷な言葉を検索し、見つけ出した。
そしてそれは彼の命を奪いかねない強大な地雷だった。
「なぁ、それともバカで役立たずなナチュラルの彼氏でも死んだか?」
その瞬間、ミリアリアは傍にあった処置用のナイフを手に取ると、いきなりディアッカに襲い掛かった。
ディアッカは紙一重のところで、本当に運がいいとしか思えない動きで切っ先を避け、驚いて彼女を見た。
「なっ…何すんだよ、こいつっ!!」
ナイフはざっくりとベッドに突き刺さり、ディアッカはそれを見てごくりと唾を飲んだ。
しかしこの狭い場所で、自分は手を縛られて動けない。
「うわああぁ!」
ミリアリアはまるで錯乱したように叫びながら再びナイフを振り上げた。
(ヤバい、本気だ…!)
ディアッカは逆に彼女に向かうと、がら空きの脇をすり抜ける形でベッドから落ちた。しかし彼女の動きは信じられないほど素早く、ディアッカは額に傷を負い、眼に血が入って痛くて開けていられない。
万事休す。ディアッカは自分の口の軽さを呪ったが、時は戻らない。
「一体何なの?フレイ」
ミリアリアを部屋に入れると、サイは振り返ってフレイを見つめた。
「トールがいなくて、キラがいなくて…皆悲しいの。私も悲しいわ」
「なぁ、サイ…きみ、わかってたんだろ?」
サイは唐突な質問に驚いて聞き返した。
「なんのこと?」
「俺は…ほんとはキラのことなんかどうでもいいってさ」
くすっとフレイが笑う。
以前は大好きだった、整ったフレイの顔が暗い微笑みを浮かべるのを見て、サイはなんだか背筋がゾクリとした。
「…なに…言ってるの?」
「だってあいつ、コーディネイターだもんな。あんなヤツ、俺が好きになるわけ…」
「フレイ!いい加減にして!」
サイは言い知れぬ恐怖を打ち消そうと、思わず怒鳴った。
「あなた、キラのことが好きだって…」
「違うよ」
フレイはさもビックリしたという顔をし、それからにこりと笑った。
「俺が好きなのはきみだけだ」
優しく微笑まれても、サイの心にはもはや嫌悪感しか沸かなくなっていた。
「大体、きみだって嫌いだろ?病気でもないのに遺伝子いじって、力を手に入れて…キラがきみにした事だって…」
「やめてよ!」
フレイは冷たい瞳でくくっと笑い、楽しそうに言った。
「…俺の父さんを殺したコーディネイターは、コーディネイターに殺させてやるんだ…」
「フレイ…あなた、まさか…」
「ははっ。ちょっと優しくしてやれば、いつも何も言わずに戦ってたよ、キラのヤツ」
それを聞いたサイは思い切っておぞましい推論を口にした。
「…キラの、あの子の気持ちを利用して………戦わせたって言うの!?」
「仕方ないだろ?やつらと戦えるのはあいつだけだったんだから」
サイは瞳を見開いてフレイを睨みつけた。信じられない事実に眩暈がしそうだった。
忘れたくても忘れられない屈辱の夜…あの時、自分に刃を向けたキラはフレイを信じていたに違いない。それがこんな残酷な形で裏切られていたことを、彼女は知っているのだろうか。
「なんてことを…イージスに乗っていたのは、キラの友人だったのよ!?」
「知ってるさ」
フレイは肩をすくめてみせた。
「けど、だからあいつは本気で戦わなかったんだ。俺はちゃんと戦えって言ったのに」
「あなたは…っ!!」
どこまでも冷たいフレイの言葉に、サイは混乱するばかりだった。
けれどヘリオポリス以来のキラの行動を思えば、決してフレイに利用されただけとも思えなかった。キラはいつだって、自分たちを…仲間を守るために戦っていたのだ。
(私たちにも責任がある…あの子の気持ちをわかってあげようともせずに…)
サイは俯き、息をついた。想い出の中にいる優しげなキラの姿が胸を抉った。
(キラ…ごめん…!)
「そうだ…ねぇ、サイ」
わが身を省みて苦しげに歯を食いしばっているサイを見て、フレイは再び口を開いた。
「ミリアリアだって嫌いだよね…トールを殺したコーディネイターなんか」
なぜか唐突にその名を出したフレイに驚いてサイは彼を見た。
「なんで…ミリィが出てくるの?」
「なんで?いやだな」
フレイは楽しそうに笑い、ゆっくりとサイの後ろの扉を指差した。
「だって、きみがその部屋にミリアリアを入れたんじゃないか」
「ミリアリアッ!」
サイは扉を開くと、刃物を振り上げ、拘束されて床に落ちたディアッカに今にも襲い掛かろうとするミリアリアを見て驚愕した。
「危ない!やめて、ミリアリア!」
サイは無我夢中で走り寄るとミリアリアの腕を押さえ、振り回しているナイフを取り上げようとした。
「離してっ!」
「落ち着いて、ミリィ!」
サイは自分も刺されるかもしれないという恐怖で一杯だった。
けれどフレイの笑い顔を思い出し、ミリアリアにこんな事をさせてはいけないと思った。
絶対に、この捕虜を傷つけさせてはいけない。
「トールが、トールがいないのにっ!」
「ミリィ!だめ!」
サイに抱きつかれたミリアリアは絶叫した。
「なんで…こんなヤツ!こんなヤツがここにいるのよっ!!」
身をすくませていたディアッカはその言葉に目を見張った。
サイはそのままミリアリアを抑え込み、ようやくナイフを取り上げる。
「なんで…トールが…トールがいないのに…なんで…」
彼女の中で、それは信じられない矛盾なのだ。
愛する人を失い、張り裂けそうな辛い気持ちでいるのに、世界はまるで何事もないように回っている。明日が来て今日になり、昨日になっていく。
哀しくて、辛いのは自分だけで、他人にとってはなんでもない事なのだ。
ディアッカは泣き続けるミリアリアと彼女をなだめるサイを見つめていたが、もう1人の赤毛の男が部屋に入ってきて、デスクから銃を出した事に気づいて「あっ」と声を上げた。
フレイは難なくセーフティーを外し、ディアッカに向ける。
「コーディネイターなんて…みんな死ねばいい」
フレイは口の端をあげて笑った。
(父さん、俺もやっと、自分の手でコーディネイターを殺せる)
ディアッカはフレイから眼を離さず思った。落ち着きかけた心臓が再び激しい鼓動を刻み始める。
白兵戦の経験はないが、まがりなりにも軍人として訓練を重ねてきた。
だが、トリガーにかけられた彼の指がゆっくり動くのを見たディアッカは、思わず眼を閉じてしまった。
(ダメだ…撃たれる…!)
そして、銃声が鳴り響いた。
「明日から、第8艦隊所属艦アークエンジェルのこれまでの軍務について査問を行う」
待ち続けたアークエンジェルのブリッジには統合司令部から通信が入り、ようやくサザーランドとの交信が許可され、査問会への出頭を命じられた。
「マリュー・ラミアス少佐、ムウ・ラ・フラガ少佐、ナタル・バジルール中尉は明け、0700、こちらへ出頭したまえ」
それを聞いたマリューとナタルはモニターに向かって敬礼した。
果たして鬼が出るか蛇が出るか…まだ白夜には早いアラスカの夜は、静かに更けていった。
アークエンジェルは今、ようやく辿り付いたアラスカに入港しつつあった。
「シグナルを確認したら、操艦を自動操縦に切り替えて、少尉。後は、あちらに任せます」
「誘導信号確認。ナブコムエンゲージ、操艦を自動操縦に切り替えます」
やがてマリューの指示を忠実にこなしたノイマンは、ヘリオポリス以来、一度も感じたことのない安堵感を感じてほっと息をついた。
なし崩しにパイロットになり、激戦に次ぐ激戦を潜り抜け、時には大気圏内でのバレルロールなどいう殺人技まで使ってがむしゃらに操艦を続けてきた。
(けど、トノムラもバジルール中尉も、皆無事に目的地までたどり着けたんだ)
チラリとナタルを見ると、ナタルもこちらを見ており、「なんだ?」というように首を少し傾げた。ノイマンは慌てて前を向いたのだが、彼女の仕草が少し可愛くてノイマンはくすっと笑った。
(俺たち、ついにやりましたね、ってことですよ、中尉)
一方司令部では、入港してきたアークエンジェルを眺めながら、ひそひそと会話が交わされていた。
「アークエンジェルか…よもや辿り着くとはな」
「ハルバートンの執念が護ってでもいるんでしょうかね」
「ふん!護ってきたのはコーディネイターの子供ですよ?」
一歩後ろに下がっていたサザーランド大佐は不愉快そうに言った。
「そうはっきりと言うな、サザーランド大佐」
人影の中の1人がなだめるように言った。
「だがまぁ、土壇場に来てストライクとそのパイロットがMIAと言うのは、何と言うか…幸いであったな」
GATシリーズは今後、我らの旗頭になるべきもの…なのにそれが、コーディネイターの子供に操られていたのでは話にならない。
サザーランドはハルバートンがかつて「頭の硬い幹部連中」と呼んだ彼らの言葉を代弁してみせる。
「確かにな。所詮奴らには敵わぬものと目の前で実例を見せるようなものだ」
「全ての技術は既に受け継がれ、更に発展しています。今度こそ、我々の為に」
サザーランドは不敵に笑う。
「アズラエルにはなんと?」
幹部の1人が今、この地球で軍事を一手に握っている男の名を挙げた。
「問題は全てこちらで修正する、と伝えてあります」
サザーランドはその名に敬意を示すかのように目礼しながら答えた。
「不運な出来事だったのですよ、全ては。そして、おそらくは…これから起こることも」
―― 全ては、青き清浄なる世界の為に…
ブルーコスモスの忌わしきモットーを呟き、サザーランドは不気味に笑った。
その頃、アークエンジェルには思いがけない通達が伝えられていた。
「統合作戦室より、第8艦隊所属艦アークエンジェルへ通達」
ブリッジではモニターに向かい、皆立ち上がって敬礼している。
「軍令部ウィリアム・サザーランド大佐発。長きに渡る激戦の労を労う。事情聴取せねばならぬ事態でもあるので、貴艦乗員は別命あるまで現状のまま艦内待機を命ずる」
マリューも敬礼姿勢で通達を聞いていたが、え?と思わず聞き返した。
「現状のまま…でありますか?」
疲れきった兵たちには上陸も許してもらえないというのか…
「そうだ。パナマ侵攻の噂のおかげで、ここも忙しくてな。ま、とりあえず休んでくれ」
マリューとナタルは思わず顔を見合わせた。これではアルテミスでの扱いとどう違うのだろう…
「クルーゼだ、入るぞ」
カーペンタリアの軍病院で手当を受けているアスランは、ジブラルタルから到着したクルーゼの来訪を受けた。
「隊長…」
「そのままでよい」
クルーゼは手を上げ、ベッドから起き上がろうとしたアスランを押し留めた。
「申し訳…ありません」
アスランは苦しげに謝罪の言葉を述べた。
ニコルとブリッツを失い、ディアッカとバスターもMIA。
「自分も、イージスを失ってこのざまです」
「いや、報告は聞いた。きみはよくやってくれたよ」
クルーゼは優しく部下をねぎらい、それから自分の対応が遅れたことを詫びた。
「確かに犠牲も大きかったが、それもやむを得ん」
仮面の下で狡猾そうに様子を探りながら、クルーゼはその名を出した。
「それほどに強敵だったということだ。きみの友人…キラ・ヤマトは」
クルーゼは心の中で笑いが止まらなかった。
赤服4人を相手にしても負けることのない「キラ・ヤマト」
初めは単に興味があっただけだったが、彼はずっとキラの事を調べさせていた。
果たして、彼女の素性には重大な秘密が隠されていた。
そしてそれこそがクルーゼが探し続けていた一つの「目的」でもあったのだ。
思いもかけない形で見つける事ができた因縁の人間…しかもそれを、自分の部下であり、友達であり、ザラの娘が討った。こんな面白いショーが一体どこにあろうか。クルーゼは楽しくて仕方がない。
「辛い戦いだったと思うが、ミゲル、ニコル、バルトフェルド隊長、モラシム隊長、他にも多くの兵がストライクに命を奪われたのだ。それを討ったきみの強さは、本国でも高く評価されているよ」
クルーゼは怪我をしていないアスランの右肩をポンと叩いた。
「きみには、ネビュラ勲章が授与されるそうだ」
「え…?」
ネビュラ勲章は特に功績のあったものに授与されるトップガンの証だ。
かつてジンを操り、世界樹攻防戦で功績を挙げたクルーゼや、スエズ攻防戦で活躍したバルトフェルドも受章していた。
「私としては残念だが、本日付で国防委員会直属の特務隊へ転属との通達も来ている」
(クルーゼ隊を離れて、国防トップの特務隊…FAITH…)
エリート中のエリートであることは確かだが、アスランの頭にはブツクサ言いながらも迎えてくれたイザークの顔がチラリと浮かんだ。
「きみは最新鋭機のパイロットとなる。その機体受領の為にも、即刻本国へ戻ってほしいそうだ」
驚きこそすれ、決して喜んではいないアスランに、クルーゼは「お父上が評議会議長となられたのは、聞いたかね?」と尋ねた。
「あ…はい…」
一ヶ月ほど前にプラントで行われた議長選において、父が圧倒的多数の支持で選ばれたと聞いている。
「ザラ議長は、戦争の早期終結を切に願っておられる。本当に早く終わらせたいものだな、こんな戦争は」
クルーゼは再び手を上げて見送りはいい、と合図すると、扉に向かった。
「その為にも、きみもまた力を尽くしてくれたまえ」
クルーゼは心にもない事を言ってアスランを煽った。
(こんなところで終わってもらっては困るがね)
背後で病室の扉が閉まる音を聞きながら、クルーゼは笑う。
(人々がもっともっと、闇に食われ、闇を食い、互いに滅ぼしあうまではな)
「こ…こ…は…?」
キラは明るい光に眼を細めて尋ねた。
覗き込んでいる優しそうな顔には、見覚えがあった。
(…どうして…彼が地球に…?)
けれどここは地球ではなく、眩しい光は人工太陽だった。
「わかる?僕のこと」
ラクスは微笑みながら、大き過ぎず、小さ過ぎもしない声で聞いた。
「正確には『覚えてる?』だけど」
「…ラクス、さん」
「やだなぁ。ラクスでいいよ」
ラクスは笑い、ハロを見せる。
「でも、覚えていてくれて嬉しいよ、キラ」
事態が飲み込めないキラに、ラクスはマルキオ導師を紹介した。
「驚かれたのではありませんか?このような場所で」
彼は眼が見えず、ラクスに誘導されて椅子に座ると、キラに話しかけた。
「ラクスさまが、どうしてもベッドはここに置くのだときかなくて」
「だってここの方が気持ちいいでしょう、部屋より。ねぇ?」
病室というのは何しろ退屈なんですと、それをよく知るラクスは笑う。
「私は…?」
「あなたは傷つき、倒れていたのです。私の祈りの庭で」
マルキオはアカツキ島で倒れていたキラを助け、酷い傷を負っていた彼女を連れてプラントへと上がったのだという。
現在、プラントにはコーディネイター以外は入国規制がかかっているため、怪我人搬送は彼が入国するいい口実になったのだ。
キラはプラントに着くと同時にコーディネイターが受ける最高の再生医療を受け、見る見る回復した。それは多くのコーディネイターを診てきた医師が驚くほどの再生能力だった。
そんないきさつを聞いているうちに、キラの記憶が鮮明に蘇った。
アスランの目の前で、ブリッツを倒し、彼女の仲間を殺したこと。
その後、アスランが自分を本気で殺しにきたこと。
負けると思った瞬間、アスランがトールを殺してしまったこと。
そしてキラもまた、本気でアスランを殺そうとしたこと…
「どう…して……どう…して…私…?」
体の傷は癒えても、心の傷はあの時のまま、血を流し、膿んでいる。
その痛みが、苦しみが、哀しみが、キラの心を苛んだ。
(頭がよくて、いつでも優しかったアスランが、私を殺そうとした。私も、トールを殺したアスランなんか死んでしまえばいいって思った)
キラの瞳からはとめどなく涙が流れ、ラクスは心配そうに声をかける。
(怒って、哀しくて…アスランなんか大っ嫌いと思った…)
「あなたはSEEDを持つ者。ゆえに」
マルキオは呟いた。
「SEEDとは、種。未知の存在であり、いずれいかようにも花開く可能性を持つもの。全ての人に可能性はあるものですが、あなたの可能性はより高く、強い…」
「違う!」
キラは強く首を振る。少し痛みが走ったが、構わなかった。
「私、私は…そんな価値のある人間じゃありません!」
「キラ…?」
ラクスはキラの肩をそっとさすった。
「私は…アスランと…戦って…」
アスランの仲間を殺して…アスランを哀しませて、怒らせた。
ラクスはアスランの名を聞いて、思わず手を止めた。
「アスランも、私を殺そうとして…私を置いて…行ってしまった」
キラはそのまま毛布をかぶり、押し殺すように泣き出した。
「だから…私、死んだ…はず…なのに…」
「キラ…」
ラクスはその時、自分の婚約者が何をしたのかを理解した。
泣きじゃくるキラを見ながら、ラクスは最後に会った時の彼女を思い出す。
制服のまま慌しくやって来て、地球に降りるのだと告げたアスランはいつものように美しかったが、憂いを秘めた碧の瞳もいつも通りだった。
武運を祈るつもりで抱きしめ、いつものように頬にキスをすると、寂しげに笑った彼女もいつものように手を振った。
(アスラン…きみは…とうとう…)
ラクスは再び手を動かし、優しくキラの肩をさすり続けた。
「どうしようもなかったんです…私はアスランの仲間を殺して」
アスランは、私の友達を殺した…キラは蚊の鳴くような声で呟いた。
キラをあまり興奮させまいと慮ったマルキオが去り、ラクスはアリスにお茶の支度をさせてキラに振舞った。
昨日までは点滴と経管からの流動食だったが、既に固形食の許可が出ている。
確かに、キラの回復力はコーディネイターとはいえ驚異的だった。
「きみはアスランを殺そうとしたんだね。そしてアスランもきみを…」
ラクスは言った。
「でも、仕方がないよね」
「え?」
キラは驚いてラクスを見た。
「仕方のないことじゃないか。戦争なんだから」
キラは息を呑んだ。
ラクスがそんな事を言うとは思わなかったのだ。
「2人とも、敵と戦ったんだろう?アスランはきみの敵だった。違う?」
ラクスはハロをポンと投げながら歌うように言う。
「敵…」
キラは呟く。
ラクスは続けた。
「自分や、自分の大切なものを傷つけようとする者が敵ならば、アスランは間違いなくきみの敵。そしてきみは、アスランの敵。そうだろう?」
キラは答えられず、黙りこくったままだ。
不思議な事に、こんなにも優しげなラクスの言葉はむしろ心に鈍い痛みを引き起こした。
「でも僕は、アスランを傷つけられてもきみを敵とは思わない。そしてきみを傷つけられても、アスランを敵とは思わないよ。だって2人とも、僕にとっては大切な人だからね」
ラクスは笑う。
「だから、どちらも僕の敵じゃない」
「そんな…」
キラにはラクスのその理論がよくわからない。
「戦っている人たちが両方大切…なんて…なら、ラクスには…敵はいないの?」
「いるよ」
ラクスは再びハロをぽーんと高く投げた。
ハロは耳を広げると、テヤンデー、ナニスンデーと騒ぎながらパタパタと落ちてくる。
「僕の大切な人たちを、憎み合わせたり、無理やり戦わせたり、哀しませたり、苦しませたり、困らせたりするもの」
ラクスは真っ直ぐにキラを見た。青く澄んだ、美しい瞳で。
「それが、僕の敵だ」
キラははっと息を呑み、それからおずおずと尋ねた。
「…戦…………争?」
ラクスはにっこりと笑い、もう一度ハロをぽんと高く投げ上げた。
戦争は、大きなうねりで人を巻き込み、そうなったら逃げられない。
ただ「敵」とされた相手を殺すことを強いられる。逃げ出すことも許されない。バルトフェルドが言ったように、互いに戦って、戦って、戦って、いつか両方とも死ぬだけだ…
(でも、戦っても終わらないよ、戦争は)
自分がカガリに言った言葉こそが実は正しかったのだと、キラは今ようやく気づいたのだった。
「オルバーニの譲歩案など、今更そんなものを持ち出してどうしようと言うのです。スピットブレイクは既に可決されたのです」
ザラ議長は、クラインが提出したマルキオ導師の親書をバサッと投げた。
「私とて無論、これをこのままと言うつもりはない。だが戦えば、必ず犠牲は出る。回避できるものなら、その方がよいではないか」
しかしオブザーバーとして発言を許されているだけで、もはや議決権を持たない前議長クラインへの風当たりは強い。
「だからと言って、こんな愚にも付かぬ講和条件が飲めるものか!」
イザークの母であるエザリア・ジュールなど断固として反対を表明し、他のザラ派議員も当然彼女に追随した。
「彼らは、まるで勝った気でいるようではないか!」
その言葉に、クライン派であり、最も年若いアイリーン・カナーバが「はじめから突っぱねてしまっていては、講話への道などない」と異議を唱える。勝気な彼女は相手が年上の有力議員であろうとひるまずに意見し、ザラ派からは「生意気で危険なクライン派の若僧」と敵視されている。
議会は侃々諤々の議論となり、ザラは満足げにその様子を見つめている。
(シーゲル…いい加減悪あがきはよしたまえ)
もはや文民である評議員議員が着る緑のローブすら脱ぎ捨て、普通のジャケット姿のシーゲル・クラインには何の力もない。
「では我々は今後、言葉は全て切り捨て、銃のみをとっていくと言うのかね?」
まとまらない議場で歯噛みしていたクラインは不愉快そうに言う。
「そのようなものか、我々は!プラントは一体いつから戦いたがる国になったのだ!」
クラインは吐き捨てた。
「かつて、戦わなければ勝ち取れないと思ったのは私とて同じだ。しかし、戦えば必ず流れる血と消える命は2度と戻らない。せめてそれを最小限に留めんと努力した過去も、全て無に帰すのか、きみたちは!」
「クライン前議長殿、それはお言葉が過ぎるでしょう」
パトリック・ザラは勝ち誇ったように言う。
「我々は総意で動いているのです」
(何が総意だ)
シーゲルは議長をにらみつけた。
彼がその座に就いて以来、自分が故国の舵を取っていた頃より報道統制が厳しくなり、言論の自由に規制がかかっている事は明らかだった。
「異を唱える者の意見も聞きましょう。けれどあくまでも決めるのは人々の、我々の総意なのですよ」
そう言いながら手を組み、ザラは静かに言った。
「個人の感情のままの発言はお控えいただきたい」
「失礼した…」
クラインは、既にここに自分の居場所がない事を実感した。
現議長は、そうは言っても自分に異を唱える人の意見など聞きはしない。
(聞かずに済むよう、システムを改竄してしまったのだ、この男は)
かつて、プラントの自治独立を勝ち取らんと共に戦った盟友は、既に同じ道を歩んではいない。
(違った道は、2度と交差しないのか…パトリック!)
「貴重なご意見の提示はありがたく受け取らせていただく。が、あとは我ら現最高評議会が検討すべきこと。使者として来られたマルキオ導師には、私からも礼をと」
「伝えよう。先を見据えた正しき道の選ばれんことを」
それが、かつては互いを信じあった友との永遠の別れとなった。
その頃、カーペンタリアを極秘裏に出発したクルーゼは、特殊部隊を率いてアラスカへの潜入作戦を決行せんとしていた。
「オペレーション・スピットブレイクの目的地は、パナマでは?」
「アラスカは、核の直撃にも耐えうる構造を持つと言われている。尤も今は使えんし、ザフトは使うつもりもないがね」
兵からの質問にその通りだと答えながら、クルーゼはさらに詳しく説明した。
「きみらの任務はそれとは別に、パナマの次、決戦の場となるべきJOSH-Aの内部を探り、戦局をさらに有利に導くためのものである。この堅牢な基地を叩くには、グランドフォローと呼ばれる内部に進攻するしかないが、それもまた至難の技だ。不用意に手は出せん」
ペラペラと綺麗に流れ出る嘘に、クルーゼは自分自身も酔いそうだった。
「アラスカの情報は、我らは常に手にしておかねばならん。が、今回のこの偵察も、特務故守秘義務が課せられている。常に最新の情報を届けるのだ。我らザフトのためにな。誰かに冒険譚を聞かせたくとも戦後まで待てよ」
ははは、と兵たちは笑い、クルーゼは仮面の下でほくそ笑みながらも彼らを激励し、送り出した。
「愚かな鼠ども…おまえたちの情報は、ちゃんと利用させてもらうとも」
そんな動きがあるとは知らず、本部について5日間も閉じ込められたアークエンジェルでは、マリューが何とか本部と連絡を取ろうと何度も交信を試みた。しかしけんもほろろの答えしか返ってこない。
整備兵もすっかりやる事がなくなり、おしゃべりに興じている。
「しっかしいつになったら出んのかね、上陸許可」
「本部基地内で5日も出ないってのは珍しいな」
「仕事してろって言われても、スカイグラスパー1機しかねぇんじゃなぁ」
食堂の端から聞こえてくる整備兵の会話が、ちょっとしたことで傷つきやすくなっているミリアリアの心を揺らす。
艦長の計らいでサイの任務も減らされており、おかげでずっと彼女の傍にいてあげられる事だけが救いだった。
「回収したバスターでも直すかい?暇つぶしに」
「敵機直してどうすんだよ。どうせコーディネイターにしか動かせねぇんだろ?」
ああ、と整備兵たちは天を仰いだ。
「乗れる奴、いねぇんじゃねぇの?」
「ヤマトの娘っ子もいないもんなぁ」
「ミリィ、行こう」
サイは荒っぽい口調が続く食堂からミリアリアを連れ出した。
ミリアリアはあれからほとんど眠ってない。
サイがある夜眼を醒ますと、隣のベッドでミリアリアが膝を抱えていてぎょっとした。
そのまま寝かしつけても、朝にはもうベッドにいなくなっていた。
(あれじゃ体を壊しちゃう)
食べない事も心配だが、眠らない事はもっと心配だった。
今日は医務室に連れて行って、眠れる薬を処方してもらおうと思う。
(この基地で戦闘が始まる事はないだろうけど、いつ何が起きるかわからないし…除隊願いを出してもいつになるかわからないし…)
またベソをかきだしたミリアリアを慰めながら、サイは医務室に向かった。
すると、医務室前の廊下にはなぜかフレイがいた。
フレイは2人を見て驚いたような顔をする。
「サイ…ミリアリア?どうした?」
「え…ミリィを、診てもらおうと…」
「ふーん…」
フレイは少し考えて、頷いた。
「そうだね、その方がいい」
そう言ってから、彼はサイを呼び止めた。
「なぁ、サイ…ちょっと話があるんだけど…」
「何?」
サイはフレイに密かな不信感を抱いていた。
―― 本気で戦わないからだよ…バカなヤツ。
(私たちを命がけで護ってくれたキラにあんな事を言うなんて)
そういえばキラがいなくなる前、オーブにいる頃から、キラもフレイも1人でいることが多かった気がするとサイは思い出していた。
(ケンカでもしたのかな、くらいにしか思ってなかったけど…)
「トリィ!」
その時トリィがフレイの肩を目指して飛んできたが、フレイはそれを見て追い払おうと邪険に腕を振り回した。
「あっち行けよ!」
「フレイ!?」
サイは驚いてトリィを呼んだ。彼の腕はまるでトリィを叩き落としそうな勢いだった。
「トリィ、おいで」
サイの声に反応し、トリィはサイの肩に止まった。
「キラが残した物じゃない…なんでそんな乱暴な事するの?」
驚きのあまり声を荒げると、ミリアリアがピクリと反応したのでサイは慌てて声のトーンを落として言った。
「…急ぐんじゃなかったら、後にしてくれる?」
サイはそう言うと扉を開けてミリアリアと一緒に部屋に入ろうとしたが、フレイは慌てて彼女の肩を掴んだ。
「ごめん、どうしても今、話があるんだよ
それを聞いたサイは仕方なくミリアリアの背中をそっと押した。
「ミリィ、ごめんね。中で待ってて。先生に薬かなんかもらおう。少し眠らないとね」
ミリアリアはそのまま1人で部屋に入ると、無意識に目の前にあった椅子に腰掛けた。
今は何も考えたくない。気だるく、息をする事すら億劫な気分だった。
医務室独特の消毒薬の香りが鼻につく。
ミリアリアがふぅとため息をついたその時、ベッドの向こう側の人間は、てっきり医師が戻ったのだと思って話しかけてきた。
「なあ、先生よぉ」
「彼」はカーテンから顔を出すと、デスクの方を覗いた。
「あっ!」
ミリアリアはそれが捕虜のザフト兵だと知って慌てて立ち上がった。
「…あれ?」
ディアッカは彼女が医者ではないことに気づいてぽかんとしている。
ミリアリアはといえば、コーディネイターの男の顔から眼が離せない。
(この男が、ザフトの…バスターの…)
(もしかしたら、こいつが…トールを…)
思考が空転し、怯えと怒りと恐れと憎しみが混ぜこぜになっている。
「なんだよ、そのツラは」
固まったまま動かないミリアリアを見て、ディアッカは面白そうに言った。
「俺が怖い?珍しい?おまえらにとっては空の化け物だもんな、なんたって!」
そしてわざとらしく笑うと、後ろ手に縛られた手を見せた。
「大丈夫だよ。ちゃ~んと繋がれてっから。ほら」
ミリアリアは息ができない…と思った。
パニックになりそうで、過呼吸を起こしかけている。
(落ち着いて、落ち着かなきゃ…)
このまま後ろに下がって外に出れば、サイがいる。
(大丈夫、私は大丈夫…パニックなんか、起こさないわ)
けれどそんなミリアリアの眼に、無造作に置かれたナイフが入った。
ミリアリアはギクリとし、途端に心臓の動悸がさらに高まっていく。
(あれで…こいつを…トールの…仇を…)
(そんな事、できっこない。考えちゃいけない…!)
そう思いながらも、どうしてもナイフから眼を離せない。
ディアッカは何の反応もない彼女を見て、見る見るつまらなそうな表情になった。
そして涙をにじませている瞳を見ると、ちっと舌打ちをした。
「つーか、おまえまた泣いてんの?なんでそんな奴がこんな艦乗ってんだか」
「…っ!」
泣きたくて泣いているわけではない。何より乗りたくて乗ったわけでもなかった。
ミリアリアの鼓動はさらに激しくなり、冷や汗が背中を伝った。
「そんなに怖いんだったら、兵隊なんかやってんじゃねぇっつーの」
ディアッカは投降した自分自身や、何日間にも及ぶ単調な捕虜生活で溜まったストレスを、これ幸いと眼の前のミリアリアにぶつけていた。
相手など誰でもよかった。さっきまで医師にも散々八つ当たりをしていたのだ。
もっと彼女を傷つける言葉はないものか…ディアッカは残酷な言葉を検索し、見つけ出した。
そしてそれは彼の命を奪いかねない強大な地雷だった。
「なぁ、それともバカで役立たずなナチュラルの彼氏でも死んだか?」
その瞬間、ミリアリアは傍にあった処置用のナイフを手に取ると、いきなりディアッカに襲い掛かった。
ディアッカは紙一重のところで、本当に運がいいとしか思えない動きで切っ先を避け、驚いて彼女を見た。
「なっ…何すんだよ、こいつっ!!」
ナイフはざっくりとベッドに突き刺さり、ディアッカはそれを見てごくりと唾を飲んだ。
しかしこの狭い場所で、自分は手を縛られて動けない。
「うわああぁ!」
ミリアリアはまるで錯乱したように叫びながら再びナイフを振り上げた。
(ヤバい、本気だ…!)
ディアッカは逆に彼女に向かうと、がら空きの脇をすり抜ける形でベッドから落ちた。しかし彼女の動きは信じられないほど素早く、ディアッカは額に傷を負い、眼に血が入って痛くて開けていられない。
万事休す。ディアッカは自分の口の軽さを呪ったが、時は戻らない。
「一体何なの?フレイ」
ミリアリアを部屋に入れると、サイは振り返ってフレイを見つめた。
「トールがいなくて、キラがいなくて…皆悲しいの。私も悲しいわ」
「なぁ、サイ…きみ、わかってたんだろ?」
サイは唐突な質問に驚いて聞き返した。
「なんのこと?」
「俺は…ほんとはキラのことなんかどうでもいいってさ」
くすっとフレイが笑う。
以前は大好きだった、整ったフレイの顔が暗い微笑みを浮かべるのを見て、サイはなんだか背筋がゾクリとした。
「…なに…言ってるの?」
「だってあいつ、コーディネイターだもんな。あんなヤツ、俺が好きになるわけ…」
「フレイ!いい加減にして!」
サイは言い知れぬ恐怖を打ち消そうと、思わず怒鳴った。
「あなた、キラのことが好きだって…」
「違うよ」
フレイはさもビックリしたという顔をし、それからにこりと笑った。
「俺が好きなのはきみだけだ」
優しく微笑まれても、サイの心にはもはや嫌悪感しか沸かなくなっていた。
「大体、きみだって嫌いだろ?病気でもないのに遺伝子いじって、力を手に入れて…キラがきみにした事だって…」
「やめてよ!」
フレイは冷たい瞳でくくっと笑い、楽しそうに言った。
「…俺の父さんを殺したコーディネイターは、コーディネイターに殺させてやるんだ…」
「フレイ…あなた、まさか…」
「ははっ。ちょっと優しくしてやれば、いつも何も言わずに戦ってたよ、キラのヤツ」
それを聞いたサイは思い切っておぞましい推論を口にした。
「…キラの、あの子の気持ちを利用して………戦わせたって言うの!?」
「仕方ないだろ?やつらと戦えるのはあいつだけだったんだから」
サイは瞳を見開いてフレイを睨みつけた。信じられない事実に眩暈がしそうだった。
忘れたくても忘れられない屈辱の夜…あの時、自分に刃を向けたキラはフレイを信じていたに違いない。それがこんな残酷な形で裏切られていたことを、彼女は知っているのだろうか。
「なんてことを…イージスに乗っていたのは、キラの友人だったのよ!?」
「知ってるさ」
フレイは肩をすくめてみせた。
「けど、だからあいつは本気で戦わなかったんだ。俺はちゃんと戦えって言ったのに」
「あなたは…っ!!」
どこまでも冷たいフレイの言葉に、サイは混乱するばかりだった。
けれどヘリオポリス以来のキラの行動を思えば、決してフレイに利用されただけとも思えなかった。キラはいつだって、自分たちを…仲間を守るために戦っていたのだ。
(私たちにも責任がある…あの子の気持ちをわかってあげようともせずに…)
サイは俯き、息をついた。想い出の中にいる優しげなキラの姿が胸を抉った。
(キラ…ごめん…!)
「そうだ…ねぇ、サイ」
わが身を省みて苦しげに歯を食いしばっているサイを見て、フレイは再び口を開いた。
「ミリアリアだって嫌いだよね…トールを殺したコーディネイターなんか」
なぜか唐突にその名を出したフレイに驚いてサイは彼を見た。
「なんで…ミリィが出てくるの?」
「なんで?いやだな」
フレイは楽しそうに笑い、ゆっくりとサイの後ろの扉を指差した。
「だって、きみがその部屋にミリアリアを入れたんじゃないか」
「ミリアリアッ!」
サイは扉を開くと、刃物を振り上げ、拘束されて床に落ちたディアッカに今にも襲い掛かろうとするミリアリアを見て驚愕した。
「危ない!やめて、ミリアリア!」
サイは無我夢中で走り寄るとミリアリアの腕を押さえ、振り回しているナイフを取り上げようとした。
「離してっ!」
「落ち着いて、ミリィ!」
サイは自分も刺されるかもしれないという恐怖で一杯だった。
けれどフレイの笑い顔を思い出し、ミリアリアにこんな事をさせてはいけないと思った。
絶対に、この捕虜を傷つけさせてはいけない。
「トールが、トールがいないのにっ!」
「ミリィ!だめ!」
サイに抱きつかれたミリアリアは絶叫した。
「なんで…こんなヤツ!こんなヤツがここにいるのよっ!!」
身をすくませていたディアッカはその言葉に目を見張った。
サイはそのままミリアリアを抑え込み、ようやくナイフを取り上げる。
「なんで…トールが…トールがいないのに…なんで…」
彼女の中で、それは信じられない矛盾なのだ。
愛する人を失い、張り裂けそうな辛い気持ちでいるのに、世界はまるで何事もないように回っている。明日が来て今日になり、昨日になっていく。
哀しくて、辛いのは自分だけで、他人にとってはなんでもない事なのだ。
ディアッカは泣き続けるミリアリアと彼女をなだめるサイを見つめていたが、もう1人の赤毛の男が部屋に入ってきて、デスクから銃を出した事に気づいて「あっ」と声を上げた。
フレイは難なくセーフティーを外し、ディアッカに向ける。
「コーディネイターなんて…みんな死ねばいい」
フレイは口の端をあげて笑った。
(父さん、俺もやっと、自分の手でコーディネイターを殺せる)
ディアッカはフレイから眼を離さず思った。落ち着きかけた心臓が再び激しい鼓動を刻み始める。
白兵戦の経験はないが、まがりなりにも軍人として訓練を重ねてきた。
だが、トリガーにかけられた彼の指がゆっくり動くのを見たディアッカは、思わず眼を閉じてしまった。
(ダメだ…撃たれる…!)
そして、銃声が鳴り響いた。
「明日から、第8艦隊所属艦アークエンジェルのこれまでの軍務について査問を行う」
待ち続けたアークエンジェルのブリッジには統合司令部から通信が入り、ようやくサザーランドとの交信が許可され、査問会への出頭を命じられた。
「マリュー・ラミアス少佐、ムウ・ラ・フラガ少佐、ナタル・バジルール中尉は明け、0700、こちらへ出頭したまえ」
それを聞いたマリューとナタルはモニターに向かって敬礼した。
果たして鬼が出るか蛇が出るか…まだ白夜には早いアラスカの夜は、静かに更けていった。
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制作裏話-PHASE32-
PHASE32から34は、どの話が何だったのか記憶が混乱してる方が多いんじゃないでしょうか。
次のPHASE33はほとんど総集編なので、物語の軸がぶれているせいだと思います。
これまでが怒涛の展開だったので余計にモタモタして見えてしまうというのもあるかもしれません。
今回最大の見所はディアッカVSミリアリアです。
また、キラが目覚めるのも大きいといえば大きいのですが、本編ではさほどそういう印象がなく、むしろ「なぜ生きてた!?」「ありえないだろ」という思いの方が強かったですね。
大体、キラが生きていた理由を本編で明かさず外伝で補完するなど言語道断。ダメダメにもホドがあります。
けれどおかげでこのあたりは中身のないペラペラ話が続くので、逆種にとってはキラ、ラクス、シーゲルの関係を補完するのにうってつけでした。
本編では「一切・全く」なかった、ラクスがキラを慰めつつも婚約者のアスランのことを想うとか、ラクスが戦うべきものが何なのかが明かされたりもします。
本編ではただただラクスの電波に引きずられるだけだったキラを、このへんでラクスの生き様や信念を見た上で、共に戦うと決意する…という流れに乗せたかったのです。
逆種ではラクス自身も自覚を持ち、平和のために闘う闘士(ぶっちゃけてしまうと、彼が目指すのは紛れもなく父と同じ『政治家』なんですが)にしてますしね。
フレイの黒さは書いていてとても楽しかったです。
本編ではフレイは偶然修羅場に居合わせるだけですが、逆種はこのシチュエーションを仕組んだ張本人としました。「2人を会わせたところで、何が起きるかはわからない。でも…」という、未必の故意的手口を使う方がフレイらしくて面白いと思います。
なお何度か書き直しているこのシーンですが、最終的には「フレイが何を目的としてキラに近づいたか」、有耶無耶ではなくはっきりとさせることにしました。サイがフレイの企みを知ることで、本編では曖昧だったキラとサイの和解を演出するつもりでしたし、後半のフレイの成長にも繋げるつもりでした。
まぁ私自身が書くならフレイはこのまま最後までダークな復讐鬼として派手に散らせるところですが、「本編準拠」を謳っている以上はそうもいきません。ですからこのあたりがフレイのピークで、JOSH-Aで拉致られた後は急速にいい子になっていきます。逆種ではイザークに手伝ってもらってますが、本編でもそうあるべきだったと未だに思います。ヒロインを軽視し過ぎでしょ。あ、けどそれはDESTINYのルナマリアも同じか。
フレイはキラを利用していただけで決して愛してはいなかった。けれどイザークやコーディネイターと触れ合う事で、キラを傷つけた事への後悔に苛まれるようになった。そしてもしキラと無事に再会できていたら、恐らく一からやり直せていただろう…というのが私の抱くこの2人のコンセプトです。
そして逆転では種・運命を通じてキラとラクスは恋人ではなく堅い絆で結ばれた「同志」なので、キラの心は最後までフレイにあるというのも逆デスでは何度も描写しました。
連合とプラントそれぞれの政治的思惑、クルーゼの暗躍など、種は結構しっかり描いてますね。
なお逆種では、この時点でクルーゼはキラがユーレン・ヒビキの子であり、スーパーコーディネイターであると知った事にしています。PHASE44-45は唐突過ぎますからね。これでクルーゼが密かにキラを調べ始めたPHASE7の伏線が回収されました。
あとこれぞ裏話なんですが、実は逆種ではこれまでもところどころに「ナタルさんを気にするノイマン」を配置しています。つかず離れずの雰囲気がこれまたなかなか楽しかったりします。
次のPHASE33はほとんど総集編なので、物語の軸がぶれているせいだと思います。
これまでが怒涛の展開だったので余計にモタモタして見えてしまうというのもあるかもしれません。
今回最大の見所はディアッカVSミリアリアです。
また、キラが目覚めるのも大きいといえば大きいのですが、本編ではさほどそういう印象がなく、むしろ「なぜ生きてた!?」「ありえないだろ」という思いの方が強かったですね。
大体、キラが生きていた理由を本編で明かさず外伝で補完するなど言語道断。ダメダメにもホドがあります。
けれどおかげでこのあたりは中身のないペラペラ話が続くので、逆種にとってはキラ、ラクス、シーゲルの関係を補完するのにうってつけでした。
本編では「一切・全く」なかった、ラクスがキラを慰めつつも婚約者のアスランのことを想うとか、ラクスが戦うべきものが何なのかが明かされたりもします。
本編ではただただラクスの電波に引きずられるだけだったキラを、このへんでラクスの生き様や信念を見た上で、共に戦うと決意する…という流れに乗せたかったのです。
逆種ではラクス自身も自覚を持ち、平和のために闘う闘士(ぶっちゃけてしまうと、彼が目指すのは紛れもなく父と同じ『政治家』なんですが)にしてますしね。
フレイの黒さは書いていてとても楽しかったです。
本編ではフレイは偶然修羅場に居合わせるだけですが、逆種はこのシチュエーションを仕組んだ張本人としました。「2人を会わせたところで、何が起きるかはわからない。でも…」という、未必の故意的手口を使う方がフレイらしくて面白いと思います。
なお何度か書き直しているこのシーンですが、最終的には「フレイが何を目的としてキラに近づいたか」、有耶無耶ではなくはっきりとさせることにしました。サイがフレイの企みを知ることで、本編では曖昧だったキラとサイの和解を演出するつもりでしたし、後半のフレイの成長にも繋げるつもりでした。
まぁ私自身が書くならフレイはこのまま最後までダークな復讐鬼として派手に散らせるところですが、「本編準拠」を謳っている以上はそうもいきません。ですからこのあたりがフレイのピークで、JOSH-Aで拉致られた後は急速にいい子になっていきます。逆種ではイザークに手伝ってもらってますが、本編でもそうあるべきだったと未だに思います。ヒロインを軽視し過ぎでしょ。あ、けどそれはDESTINYのルナマリアも同じか。
フレイはキラを利用していただけで決して愛してはいなかった。けれどイザークやコーディネイターと触れ合う事で、キラを傷つけた事への後悔に苛まれるようになった。そしてもしキラと無事に再会できていたら、恐らく一からやり直せていただろう…というのが私の抱くこの2人のコンセプトです。
そして逆転では種・運命を通じてキラとラクスは恋人ではなく堅い絆で結ばれた「同志」なので、キラの心は最後までフレイにあるというのも逆デスでは何度も描写しました。
連合とプラントそれぞれの政治的思惑、クルーゼの暗躍など、種は結構しっかり描いてますね。
なお逆種では、この時点でクルーゼはキラがユーレン・ヒビキの子であり、スーパーコーディネイターであると知った事にしています。PHASE44-45は唐突過ぎますからね。これでクルーゼが密かにキラを調べ始めたPHASE7の伏線が回収されました。
あとこれぞ裏話なんですが、実は逆種ではこれまでもところどころに「ナタルさんを気にするノイマン」を配置しています。つかず離れずの雰囲気がこれまたなかなか楽しかったりします。