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Natural or Cordinater?
サブタイトル

お知らせ
PHASE0 はじめに 
PHASE1-1 偽りの平和①
PHASE1-2 偽りの平和②
PHASE1-3 偽りの平和③
PHASE2 その名はガンダム 
PHASE3 崩壊の大地
PHASE4 サイレント ラン
PHASE5 フェイズシフトダウン
PHASE6 消えるガンダム
PHASE7 宇宙の傷跡
PHASE8 敵軍の英雄
(原題:敵軍の歌姫)
PHASE9 消えていく光
PHASE10 分かたれた道
PHASE11 目覚める刃
PHASE12 フレイの選択
PHASE13 宇宙に降る星
PHASE14 果てし無き時の中で
PHASE15 それぞれの孤独
PHASE16 燃える砂塵
PHASE17 カガリ再び
PHASE18 ペイバック
PHASE19 宿敵の牙
PHASE20 おだやかな日に
PHASE21 砂塵の果て
PHASE22 紅に染まる海
PHASE23 運命の出会い
PHASE24 二人だけの戦争
PHASE25 平和の国へ
PHASE26 モーメント
PHASE27 果てなき輪舞
PHASE28 キラ
PHASE29 さだめの楔 
PHASE30 閃光の刻
PHASE31 慟哭の空
PHASE32 約束の地に
PHASE33 闇の胎動
PHASE34 まなざしの先
PHASE35 舞い降りる剣
PHASE36 正義の名のもとに 
PHASE37 神のいかずち
PHASE38 決意の砲火
PHASE39 アスラン
PHASE40 暁の宇宙へ
PHASE41 ゆれる世界
PHASE42 ラクス出撃
PHASE43 立ちはだかるもの 
PHASE44 螺旋の邂逅
PHASE45 開く扉
PHASE46 たましいの場所
PHASE47-1 悪夢はふたたび①
PHASE47-2 悪夢はふたたび②
PHASE48-1 怒りの日①
PHASE48-2 怒りの日②
PHASE49-1 終末の光①
PHASE49-2 終末の光②
PHASE50-1 終わらない明日へ①
PHASE50-2 終わらない明日へ②
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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「M1を調査偵察に出す。何もないとは思うが、一応警戒してくれ」
キラがいない今、周囲の密な警戒はM1が担っていた。
「了解しました。総員、第二戦闘配備」
アークエンジェルも警戒に入る。
スカンジナビアが示してきた、志を同じくする者たちとの合流は、心強くもあり、一方で不安でもある。
(どんな人たちなんだろう)
カガリはいつになく時計を気にしていた。

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「戻らなかったら、あなたがジャスティスを使って」
「いやだね。あんなもんにはおまえが乗れよ」
シャトルの前でアスランが言うと、ディアッカは肩をすくめた。
L4に潜伏してから2週間。
アークエンジェル、クサナギ共々落ち着き、クルーたちにもひとときの安息が訪れた頃、アスランが望んでいたシャトルの貸し出しが許された。
これで司令本部のあるヤキン・ドゥーエに1人で向かうつもりだった。
「ちょっと待て、おまえ…アスラン!」
その時カガリがアスランの肩をつかみ、2人は低重力の中を流されていく。
「なんだよ、おまえ…どうして…」
一体誰に聞いたのか、慌ててクサナギから来たらしいカガリは息を弾ませている。
「なんで今さらプラントに戻るんだ?!」
まるで怒っているような表情に、アスランは視線を逸らしながら答える。
「父と…話さないと」
それを聞いたカガリは呆れたようにジャスティスを見上げた。
「だっておまえ、あれ置いて戻ったりしたら…」
アスランもまた、残していくジャスティスを見上げた。
「今まで何してたとか、何しに戻ったって事になるだろ?下手したらスパイと思われるかも…」
うっかりそこまで言ってしまってから、カガリははっと気づき、少し気まずそうな顔をして口ごもった。
「いや、そりゃ…おまえの親父さんだし、そんな事には…ならないとは思うけどさ」
それを聞いてアスランは苦笑した。恐らくそうなるだろうことは容易に想像できたからだ。
「ジャスティスは…ここにあった方がいいのよ」
壁際まで流されたアスランは、壁にぶつかる前に器用にフックに足をかけた。
一方慣性で止まれず、思いがけずそのまま彼女に抱きとめられる形になったカガリは、慌てて体を離し、赤らめた顔を悟られないように顔を背けた。
「…どうにもならない時は、キラがちゃんとしてくれる…」
「そういうことじゃない!!」
急に声を荒げたカガリに、アスランは少し驚いた。
「違うんだ、俺は…!」
カガリは、今日まで彼女の決意に気づかなかった自分の鈍さを悔やんでいた。
自分たちの出生にまつわることで、ついキラのことを頼んでしまったが、父と敵対する事になるアスランも、悩みや葛藤を抱えていたはずなのだ。
なのに何も気づかないまま、彼女に甘えたままで今日を迎えてしまった事が悔しかった。
(…こいつの事だ…また1人で抱え込んで、考え込んで…くそっ!)
けれどアスラン自身は、そんなカガリの想いなどちっとも気づいていない。
「でも私、行かなくちゃ」
今彼女が思うのはただ、父の本心を確かめたいという事だけだった。

「けど…!」
「カガリ」
カガリはなおも食い下がったが、今度はキラが彼の肩に手をかけて止めた。
「心配する気持ちはわかるよ。私だって何度も止めようとしたんだから」
けれど、アスランの決意は変わらなかった。
父と話をしなければならないと穏やかに語り、そして彼女は言ったのだ。
再びキラと話ができているように、父ともきちんと話がしたいのだ、と。
「アスランの気持ち、わかるでしょ?」
カガリはそれを聞いて黙り込むしかなかった。
「だから、行かせてあげよう。ね?」
「こいつの頑固さは折り紙つきだから、止めようなんてムリムリ」
ジャスティスの傍らで彼らの会話を聞いていたディアッカも、呆れたように手を横に振る。
そして真顔でアスランに向き直ると、指で彼女を差しながら言った。
「言っとくが、俺はバスター以外、絶対に乗んねーからな!」
それは彼なりの、「だから無事で戻って来い」という意思表示だった。
そんな彼のエールにアスランはふと口元を緩め、カガリもそれ以上何も言わなかった。
「フリーダム、シャトル護衛のため、発進します」
「わかったわ。気を付けて」
数十時間に渡って守護神がいなくなるのは不安だが、マリューは承諾した。
アスランは必要ないと言ったのだが、キラはヤキン・ドゥーエの防衛圏まで護衛のために同行すると言い張り、それだけは絶対に譲らなかったのだ。

「ラクス・クラインは利用されているだけなのです!その平和を願う心を」
長旅を終え、宇宙港に着いたイザークが早々に見たのは、母の顔だった。
相変わらず若々しく美しい彼女に、自分のような大きな息子がいると知って心底驚く人が多いのも頷ける。お世辞で姉弟ですかと聞く者も後を絶たない。
「そのことも、私たちは知っています。だから私たちは、彼を救いたい。私たちの悲劇の英雄を。彼を騙し、利用しようとするナチュラル共の手から。その為にも、情報を。手掛かりを。どうか、彼を愛する人々よ!」
ナチュラルの卑劣な手から「騙されているラクス・クライン」を救いたいと訴えかける母は、彼には何一つ罪がない事をせつせつと説いている。
(強硬策の次は、懐柔策か)
イザークは母が映る巨大なモニターに背を向けた。
(ザラ議長も母上もよくやる)
イザークはそのままマイウス市へ向かう予定だった。
クルーゼに命じられ、新型の機体を受領せねばならないのだ。
フレイはモニターに映る女性が、どことなくイザークに似ていると思って見ていたが、気づけば彼が歩き出していたので慌てて後を追った。

「ああ、そうだ。クルーゼが情報を持ち帰った」
その頃、パトリック・ザラは不機嫌そうな口調で何者かと通信を行っていた。
手にはデータメディアが握られ、彼は先ほどからずっとそれを弄んでいる。
「何故フリーダムがオーブに渡ったのかなどわからんよ」
すでにデータ自体は解凍され、眼の前のモニターに映し出されている。
それはジャマーがかかってかなり粗い画素ではあるが、フリーダムが「解析中」とマークされた地球軍の新型3機と戦っている映像だった。
議長は忌々しそうにモニターの横のデジタル写真にチラリと視線を走らせた。
「アスランが何か掴んだかもしれんが、あのバカめ、報告一つ寄こさん」
相手はそんな彼に萎縮するでもなく、おべっかを使うでもなく冷静に答えた。
「極秘で命じられた任務でありましょう?」
特務隊員として、ザラ議長じきじきのご命令でもありますし…彼は続ける。
「迂闊な通信も、情報漏洩の元ですからな」
それは、どこかで聞き覚えのある、低くて力強い、けれど明朗な声だった。
「ご令嬢は非常に優秀と聞いております。慎重に事を運んでいるのでしょう」
そう言われてザラはしばらく会っていない美しい1人娘を思い出したが、それはいつものようにほんの一瞬に過ぎず、すぐに現実が戻ってきた。
「調子に乗ったナチュラル共が、次々と月に上がってきておる。今度こそ叩き潰さねばならんのだ。徹底的にな!」
「わかっております。存分に働かせてもらいますよ」
通信相手はニヤリと口元をほころばせながら言った。
「俺のような者に、再び生きる場を与えてくださった議長閣下の為にも」
期待している…そう言って彼の通信相手であるパトリック・ザラは通信を切った。
彼はほっと一息つくと、淹れたてのコーヒーの馥郁たる香りを味わい、それからおもむろにレトロなデジタル仕様の写真立てを手にした。
そこには黒髪の美しい女性が振り返って微笑んでいる。

奇しくも爆発の盾となり、事切れた彼女を抱きながら「彼」は死を待っていた。
腕も足も動かず、出血は致命的だと思われた。
(寒い…)
灼熱の砂漠で寒さを感じながら、「彼」は静かに眼を閉じた。
深い闇がゆっくりとあたりを包み、そのまま二度と目覚めなかったなら、「彼」は確実に死んでいたはずだった。
しかし、奇跡的に「彼」は目覚めた。
残された片眼に一番最初に飛び込んできたのは男泣きする赤毛の大男で、彼は「よかった…本当によかったです、隊長!よかったぁ…」と耳元で喚いた。
そのあまりのむさくるしさには思わず顔をしかめたものだ。
そして「彼」は、兵をまとめて戻れと言ったのに、命令を無視して「彼」を救う事を最優先した部下に、「きみは実に困った副官だ」と悪態をついた。
それすらも嬉しそうな部下と笑いあい、「彼」はようやく、自分が限りなく危険な状態から生還した事を実感した。
腕と足と眼を失った「彼」は、杖をついて歩けるようになると「彼女が寂しくないよう、一つずつプレゼントしてやったのさ」とうそぶいた。義足ができあがると、歩行は大分楽になった。
ザフトの覇権が失われた砂漠で傷ついた体を癒しながら、彼は楽しそうに「さぁて、この拾った命、これからはどう使おうかな?」と部下に話しかけた。
思い出すのは、印象深い彼らのことだ。
柔らかそうな茶色い髪と、憂いを秘め、煙ったような紫色の瞳の少女。
そして輝くような黄金色の髪と、消えることのない炎にも似た琥珀色の瞳の少年。
思えば不思議なほど面差しのよく似た2人を思い出し、「彼」は微笑んだ。
彼らに問いかけた言葉を自分にも問いかけながら、「彼」は世界を、混迷を深めるばかりの戦争の行く末を考えずにはいられなかった。
すると「彼」の命を救うために八方手を尽くした際に、何やら随分怪しげな連中と親しくなった部下が、彼らとの接触を提案してきた。
様々な情報収集活動を行っている連中が、自分たちの背後にいると告げたその人物の名には、さすがの「彼」も少し驚いたものだ。
療養中の「彼」に会いに来た彼らは、タブレットを差し出して言った。
「ラクス・クラインとお話になってみませんか?」

「ほぅ…」
クルーゼはある重要な解析データを見ながらニヤリと笑った。
無論、それが正規に手に入れたものであるはずがない。
蛇の道は蛇…探そうと思えばいくらでも抜け道はあるものだ。
(誰かさんがさぞや大喜びしそうな代物だ)
それは地上に無差別に投下され、自身が使用する核エネルギーすらも封印した諸刃の剣を開放する、ニュートロンジャマーキャンセラーだった。
(アスランが乗るジャスティス、そしてオーブに現れたフリーダムに搭載された、パワーバランスを一変させる…まさしく禁断の知恵の実)
これこそが手に入れようとしていた「鍵」だ、とクルーゼは笑った。
アラスカで拾った解除者が、この鍵で開けるべき扉も見えてきた。
あとはこの鍵と解除者を送り込む時期を見計らうだけだった。
「楽しみだな、ムルタ・アズラエル…そして、パトリック・ザラ」
クルーゼはにやりとほくそ笑み、やがて高らかに、楽しそうに笑い始めた。

「これが新型のゲイツか」
フレイを伴ったイザークは、マイウスの工廠でロールアウトしたばかりの新型、ZGMF-600ゲイツを見上げた。
地球軍のGを研究し、これまでザフトでは開発が遅れていたビーム兵器が装備されていますと整備員が説明する。
「MMIの最新鋭主力機ですよ!」
彼は鼻高々に機体を指し示した。
「今、こいつがどんどんラインに乗ってますからね。配備が進めば、ナチュラル共なんかあっという間に宇宙からいなくなるんでしょう?」
コーディネイターらしい端正な顔をした彼は、「あんな連中、とっとと追い払って地球に閉じ込めればいいんですよ」と息巻いている。
そんな物騒な言葉にフレイはビクビクしていた。
(この整備員が今、俺がナチュラルだと知ったら…)
見た目はただの普通の青年に見えるのに、フレイは怖気づき、気後れからついイザークの陰に隠れるように下がってしまう。
(ナチュラルが宇宙からいなくなる、か…)
一方イザークは無言のままゲイツを観察し続けていた。
特務隊に配属されたアスランの新たな機体といい、ラクス・クラインに奪取されたというアラスカに現れた白い機体といい、このゲイツといい、地球軍の量産型といい、戦争は次々と新たな兵器を造らせている。
オペレーション・スピットブレイクで終わるはずだった戦争は、いまやナチュラル同士を戦わせるバカバカしさで、状況は悪化する一方だ。
イザークは一体この戦争は何のためのものなのだろうとふと疑問に思う。
(やつらを排除して、殺して…俺たちはその後どうなると言うんだ?)
「頼みますよ」
整備兵はそんなイザークの気持ちなどお構いなしで、明るく言った。
「あなたもね!」
振り向いた彼に肩を叩かれて飛び上がったフレイは、ついそのまま「は、はい!」と返事をしてしまった。
イザークは受領手続きを終えると、「行くぞ」とフレイを呼んだ。
「まったく、乗れもしないくせに、何が『はい』だ!」
帰りの道中、フレイはイザークにガミガミ叱られっぱなしだった。
「あれはおまえたちナチュラルを攻撃するものだろうが!」
おまえはバカかと散々罵倒され、しゅんとしているフレイを見て、イザークはふと気づき、口をつぐんだ。
(…こいつだって、好きでここにいるわけじゃない…)
仲間と引き離され、たった1人、「敵」の中で暮らしているのだ。
そう思うと、少しくらいは同情の余地がある…と思わなくもなかった。
「…やりたくないことややらなくていいことに、簡単に頷かなくていい」
フレイはいつもとは少し違う彼の口調にふと顔をあげた。
イザークはそっぽを向いていたが、傷のためにきつく見える顔も、今はなぜか不思議な事に、ほんの少しだけ穏やかに思えた。

「キラ」
シャトルのアスランから通信が入った。
「そろそろヤキン・ドゥーエの防衛網に引っかかるわ。戻って」
「わかった。じゃ、このへんで待機するね」
キラはそう言うとフリーダムを隠せる場所を探し始めた。
しかしアスランはアークエンジェルに帰るよう言う。
もしかしたら、もう戻れないかもしれない…そう思っているからに他ならない。
「アスラン」
それを悟ったキラが言った。
「あなたは、まだ死ねないよ」
アスランはその言葉を聞いて黙り込んだ。
わかってるよね?と、キラは静かに続けた。
アスランからの返答はない。
「守るものがある。探すものがある。やるべきことがある。ニコルくんやトールの分も、私たちは背負うものがあるんだよ」
やがてフリーダムがゆっくりと制動をかけた。
「だから、私も、あなたも、まだ死ねない」
「…まだ」
通信機の向こうで、アスランが呟いた。
「うん、まだ」
「わかった。覚えておくわ」
「忘れないで」
キラはそのまま進んでいくシャトルを見送った。
地球軍機が堂々と突き進めば、騒動が起きることは当然だろう。
(アスラン、必ず帰ってきてね…私たちのところへ)
消えていく機体を眼で追い、キラはフリーダムを隠す場所を探し始めた。
「こちら国防委員会直属、特務隊、アスラン・ザラ。認識番号285002。ヤキン・ドゥーエ防衛軍、応答願う」
アスランはヤキンのチャンネルに合わせ、身分を明かして呼びかけた。
防衛隊のジンが数機出てくると、アスランはモニター内で両手を挙げて戦意がない事を示し、指示に従うと告げた。やがて彼らに港口まで連行されると、そのまま要塞の誘導ビーコンに乗せられた。

「ご苦労さま。どう?街は」
また別のアジトに場所を移したラクスが、街の様子を探ってきたダコスタに声をかけた。決行の時が近いため、皆の緊張感は募り、動きも慌しかった。
「うまくないですね」
ダコスタはコートを脱ぎながら渋い表情で言った。
「エザリア・ジュールの演説で、市民はかなり困惑しています」
「そうか」
ラクスは「それは困ったね」と呟いた。
「何しろ迫真の演技だからね、彼女は」
「シーゲル様のことも、まだ公表されてませんから」
「…うん」
ラクスはあれ以来会えないまま亡くなった父を想い、視線を落とした。
「予定より少し早いのですが、動かれた方がいいだろうと」
ダコスタが周りの者たちを見回しながら言う。
ラクスは眼を伏せ、それから顔を上げた。
「わかった。時なのだろうね」
彼はいくつものボードを同時に操作し、これから合流する相手のデータを見つめた。
そこには金色の髪と瞳をした、意志の強そうな面立ちの少年が映っている。
ラクスはふと目元を緩め、それからいつになく厳しい表情を見せた。
「険しい道だが、皆、僕と共に行ってくれるか?」
「もちろんです」
「シーゲル様のためにも」
ダコスタはじめ、皆は力強く頷いて言った。
「ラクス様!ヤキンで動きが…」
その時、ヤキン・ドゥーエの様子を探っていた1人がラクスを呼んだ。
「ん?」
ラクスは彼に近づくとモニターを覗きこんだ。
そして「おやおや…」という顔をした。
「これはいけないね。ダコスタくん、どうにかできないかな?」
「ええ!?」
(なんでこう、自分の上司はことごとく人使いが荒いんだ…?)
数分後、ダコスタはそう思いつつ、制服に着替えるため部屋を出て行った。

すぐ近くに当のフリーダムが待機しているとも知らず、ザラ議長はクルーゼが持ち帰った映りの悪いオーブ戦の映像を確認していた。
(わかりにくいが、確かにフリーダムと言われればそうかもしれん…)
「ナチュラルどもめ!」
不愉快そうに眉をひそめて独り言ちたザラは、次の画面を出した。
それは、まだ誰も知らない円錐形の巨大な建築物のデータだった。
画面の上には「極秘ファイル」「ジェネシス」と書いてある。
(これが完成した暁には、目にものを見せてくれる)
その時、インターホンが鳴った。
「アスラン・ザラが、単身地球軍のものと思しきシャトルにて、ヤキン・ドゥーエへ帰投致しました」
「なに?地球軍のシャトルだと?」
思ってもみない報告に、さしもの議長も驚きを隠せず聞き返した。
「事態が事態ですので、身柄を拘束しておりますが…」
「すぐここへ寄こせ!」
(アスランめ…一体何がどうなっているのだ!?)
ザラはデータを止めると椅子に座り、娘を待った。
彼の指はコツコツと机を叩き続け、苛立ちを隠せない。
「失礼します!」
やがて赤服に着替えたアスランが武装兵と共に部屋に入ってくると、父は娘の拘束を解かせ、武装兵には部屋の外で待機するよう命じた。
そして2人きりになると、彼はふーっとため息をつく。
「…どういうことだ?何があった?」
アスランは直立不動のまま黙っている。
「ジャスティスは!?フリーダムはどうした!? 」
父は娘の無事を喜ぶでも、安否を気遣うでもなく、いきなり本題に入った。
アスランは(わかりきった事なのに)と、それでも淡い期待を抱いていた自分の甘さを、心の中で自嘲気味に笑った。それから父に尋ねた。
「父上は、この戦争のこと、本当はどうお考えなのですか?」
「なんだと!?」
「私たちは一体いつまで、戦い続けなければならないんですか?」
彼は質問に答えず、逆に質問で答えてきた娘に驚いて言葉を失った。
しかしすぐに気を取り直すと、今度は激しい怒りを露わにした。
「何を言っておる!」
ザラは思わず立ち上がって怒鳴りつけた。
「今はおまえとバカな問答をしている暇はない!」
しかしアスランは相変わらず父を見つめたまま動かない。
それがさらにザラの苛立ちを煽り、彼の声を荒げさせた。
「そんなことより命じられた任務をどうしたのだ!報告をしろ!」
彼に答えた声は、脅えることもひるむこともなく、落ち着いていた。
「私は、どうしても父上にお聞きしたくて戻りました」
「アスラン!」
父はつかつかと近づくと、いきなり平手で彼女の頬を殴りつけた。
アスランはその勢いでよろけ、切れた口からは赤い血が流れた。
「いい加減にしろ!何もわからぬ子供が、何を知った風な口をきくか!」
「…何もおわかりでないのは、父上なのではありませんか!?」
アスランは勝気そうに顔を上げると、手の甲でぐいっと血を拭った。
アラスカ、パナマ、ビクトリア…アスランは自分が見てきたものを思い出し、痛む口で叫んだ。
「討たれたら討ち返し、討ち返してはまた討たれ、今や戦火は広がるばかりです!」
父はその言葉に怒りで震えた。
「バカめ!」
彼は再び手を上げたが、彼女の毅然とした視線に射抜かれ、思わず手を止めた。
殴られてなお、強い意思を宿した光を失わぬその瞳を見てはもう殴れない。
仕方なく彼は手を下ろし、代わりに拳を固めるとドンと机を叩いた。
「一体どこでそんなバカげた考えを吹き込まれてきた!?」
娘が自分に歯向かうなど思いもしていなかったザラは苛立ちで一杯だった。
「あの男、ラクス・クラインにでもたぶらかされおったか!?」
アスランはそれには答えず、さらに父に迫った。
殴られた頬が腫れ出し、口の中は鉄の味で一杯だったが、気にもしない。
「そうして力と力でただぶつかり合って、それで本当にこの戦争が終わると…」
アスランは両手を広げ、珍しく感情的に声を荒げた。
「父上は本気でお考えなのですか!?」
「終わるさ!」
ザラもまた興奮して手を振り、そのはずみで机の上の書類や物が床に落ちた。
ガチャンと音がしたのは、飾られていた写真のデジタルモニターが落ちて割れたためだ。
「ナチュラルどもが全て滅びれば、戦争は終わる!」
ついに父の口から出たその言葉に、アスランは一瞬呼吸が止まった。
核を再び手にしたと知った時から、懸念はしていたが、認めたくなかった。
(ナチュラルを滅ぼす!?)
父がそのような考えを持っているなど、考えたくもなかった。
けれど今、アスランの前に現実としてつきつけられたのは、子として父の口からは一番聞きたくなかった言葉だった。
「父上…本気でおっしゃってるんですか?ナチュラルを全て滅ぼすと?」
「これはその為の戦争だ!」
ザラは娘を睨んだまま言った。
「我らはその為に戦っているんだぞ。それすら忘れたか、おまえは!」
(その為の戦争!?その為に戦っている!?そんな…そんな…!)
呆然とするアスランは、次に見た光景にさらに打ちのめされた。
「…父…上?」
父はデスクから取り出した銃を、実の娘に向けて構えたのだ。
「この愚か者が!くだらぬことを言っていないで答えろ」
彼の指はトリガーにかけられ、銃口は真っ直ぐアスランを狙っている。
「ジャスティスとフリーダムは?返答によっては、おまえとて許さんぞ!」
アスランはショックのあまりよろけそうになり、かろうじて踏みとどまった。
父が銃を向けている…自分に…たった1人の娘である自分に…
(あなたは、私より機体の方が…核の方が大事なのですか?)
アスランは歯を食いしばった。無性に悲しかった。
(父と、話し合おうと思って帰ってきたのに…)
話せばわかりあえると…実の娘である自分を見れば考え直してくれると…
「答えぬと言うなら、おまえも反逆者として捕らえるぞ!」
アスランはもう何も言わなかった。
たった今、話し合いは完全に決裂したのだ。
わかり合う事などできない…身内の愛情があるだけに、その絶望感は深かった。
アスランは黙って父に向かって走り出した。
至近距離とはいえ、父は軍人ではない。

―― この人をこのままにしておいては、いずれ世界は滅ぶ!

しかしアスランが彼に到達するより、父の引鉄の方が速かった。
彼は躊躇もせず、容赦もせずに、実の娘を撃ったのだ。
アスランはひどい衝撃を感じて転倒した。
そのはずみで彼女の首元からは何か光るものが飛び出した。
それはキラを殺したと泣いたあの日、カガリがかけてくれた守り石だった。

「議長!」
同時に武装兵が執務室になだれこみ、一斉に倒れた彼女に銃口を向ける。
肩の激しい痛みに襲われ、アスランは体をくの字に曲げて耐えた。
「殺すな!これにはまだ聞かねばならんことがある」
空の薬莢を取り出しながら、ザラは兵たちに命じた。
兵は彼女が武器を持っていないことを確かめ、数人で確保する。
「連れて行け。ジャスティス、フリーダムの所在を吐かせるのだ」
ザラは忌々しそうに怒鳴った。
「多少手荒でも構わん…女とて容赦はするな!」
アスランは武装兵に両脇を抱えられると、後ろ手に手錠をかけられた。
怪我をした左肩を乱暴に後ろに回されたためにひどく痛んだが、アスランは一言も声を出さず、黙ってうつむいている。
「見損なったぞ、アスラン」
父が冷ややかに言うと、娘も下を向いたまま呟いた。
「…私もです」
乱れた長い髪もそのままに、アスランは連行されていった。

アスランは人々の好奇の眼にさらされながら、護送車が待つ玄関まで歩かされた。
(特務隊の…)
(…って、娘だろ?)
(なんで…裏切った…)
(暗殺?)
ヒソヒソと聞こえてくる会話と好奇のまなざしは、ナチュラルを滅ぼす事を考えている父に捨てられた、哀れで惨めな自分をあざ笑うかのようだった。
(ナチュラルを滅ぼすための戦争で、ニコルやミゲルが死んだ)
アスランの傷ついた心に、戦死した仲間たちの姿が去来する。
(ナチュラルを…彼らを…滅ぼすために…)
マリューやフラガ、カガリ・ユラ・アスハ…彼らの姿も心をよぎった。
(私が戦うと決めたのは、そんな事のため?)
アスランはユニウスセブンが破壊されたあの時の自分を思い出した。
呆然とし、何も考えられなかった。母の死に、同胞たちの無念の死に、ただ怒涛のような悲しみが襲ってきた。そして、あの時思ったのは…
(違う!私は、ナチュラルを滅ぼそうなどと思ったんじゃない!)
突然、別れる直前のキラの言葉が蘇った。
「アスラン、あなたは、まだ死ねないよ」
その瞬間、アスランの瞳に光が戻った。
父をあのまま放置すれば、必ずや核が放たれる。
ナチュラルを滅ぼす火が、地球を、全てを燃やし尽くすのだ。
考えたくもないその惨劇を思うと、ゾクリと悪寒が走る。
止めなければ…それだけはなんとしても…
(私は…まだ死ねない!)
武装兵に促されて車に乗りかけたアスランは、一瞬立ち止まって父のいる執務室を振り返った。武装兵はその行動をいぶかしみ、さっさと乗れとサブマシンガンでアスランの腰を突いた。
しかしその一瞬の隙をつき、アスランは武装兵を思い切り蹴倒した。
女と思ってどこかで侮っていた彼は、悲しいかなそのまま階段から転げ落ち、驚いたもう1人は、撃たれていない左の肩でタックルされ、大きくよろめいた。

「ああっ!?」
(ダコスタくんなら、できるよね?)
ラクスににっこり笑って肩を叩かれたため、仕方なく仲間たちとヤキンに潜入して彼女を助け出すチャンスを待ってたってのに…
(なんであの人、味方まで倒しちゃうんだよ!)
奪還のタイミングを窺っていたダコスタは驚きを隠せなかった。
「止まれ!」
走り出したアスランを狙い、別の武装兵が銃を構えている。
(ええい、計画とは違うけど仕方がない…!)
ダコスタは後ろから武装兵を殴り倒すと、仲間に「援護しろ!」と告げてアスランの後を追った。後ろではすぐに激しい銃撃戦が始まった。
物陰に隠れたアスランは、自分の後についてきたダコスタにも攻撃を加えようとしたが、「待った待った!」と彼に止められて拳を止めた。
「味方ですよ、アスラン・ザラ!」
武装した大男はそう言って敵の様子を伺い、アスランの腕を取ると「こっちへ!」と促した。
アスランは一瞬躊躇したが、イチかバチかだと思って従った。
ダコスタはアスランをビルの陰に押しやると、銃を準備する。
「背中をこっちに向けてください!手錠を撃ちます」
アスランは戸惑ったが、「早く!」と促されて慌てて後ろを向いた。
激しい衝撃としびれるような痛みはあったが、ケガもなく自由になった。
「無茶な人ですね、あなたも。死ぬ気ですか?」
アスランが手首をさすっていると、自分の手錠を撃った銃を渡された。
「こっちのメンバーも一人蹴倒しちゃって…」
アスランは銃を確かめ、それからブツブツ文句を言う大男に尋ねた。
「あなたたちは?」
「いわゆるクライン派ってヤツですよ」
ダコスタはヘルメットと武装用シールドを取り、自分の正体を明かした。
彼の素顔をまじまじと見て、アスランは「あの時の…!」と驚きの声をあげた。
彼はラクスを追って来た公安を全て射殺した男たちのリーダーだった。
「もう…段取りが滅茶苦茶だ」
ダコスタが不満げに言い、発砲してきた兵たちに壁を盾に応戦し始めた。
「ごめんなさい…知らなかったから」
「そりゃ…そうでしょうけどね!」
アスランもダコスタと共に銃を撃ち、しばらく応酬が続く。
しかしやがて相手がバタバタと河岸を変える足音が聞こえると、ダコスタがパッと素早く壁から顔を覗かせて様子を窺った。
「早く!今だ!」
ダコスタが合図をすると、仲間が再び援護射撃を始める。
その間に彼は次の移動先を目算し、アスランに指文字で指示を出した。
「行きますよ!」
そう言うと2人は銃を撃ちながら走り出した。
急がないと…ダコスタは走りながら思う。
(俺の事、ちゃんと待っててくださいよ、隊長!)

「さて、と…」
空になったカップを置くと、「彼」は通信をオンにした。
「あー、本艦はこれより、最終準備に入る。総員、作業にかかりたまえ」
理解した兵たちはきびきびと次の行動へと移り、一方これが何のことだかわからない兵士は、ただスピーカーを仰ぎ見た。
いぶかしげにするヤツは仲間ではない…ザフトの兵士として潜り込んでいたクライン派の兵士たちは、次々とそんな兵に銃を向け、退艦させていった。
「どういうことだ!」
「きさまら…」
「ただ降りてくれればいいんだよ!」
「ほら、降りて降りて。危ないよ」
そう言ってあっという間に彼らを放り出すと、ハッチを閉めてしまった。
やがて「彼」の元に、クライン派以外の兵は全て退艦したと報告が届いた。
「よくやった、諸君。ではあとは待つだけだな」
シーゲル・クラインを迎えられないのは遺憾だが、この日のためにザラ議長に近づき、準備を進めていたのだ。「彼」はその時を待った。

「なんだと!?逃げられたで済むと思うか、馬鹿者!」
パトリック・ザラはアスランが逃亡したという報告に激怒した。
「すぐ全市に緊急手配しろ。港口封鎖、軍にも警報を出せ」
いくつかの指示を下し、ザラは怒りのあまり机を叩いた。
誰もいなくなった後、彼はデジタルモニターを拾い、再び机に飾った。
その小さなモニター写真の中では、妻と、妻によく似た幼い娘が笑っている。
(アスラン…優秀で、素直で、可愛かった娘…)
しかし今は違う。
娘に歯向かわれ、裏切られ、逃げられた事は、思った以上に彼の心を痛めつけていた。
けれど彼自身はそのことには全く気づいていない。
彼の心は今、怒りで一杯だった。それ以外の感情が入る余地がないのだ。
それはまるで、あの悪夢の日…血のバレンタインで最愛の妻を失った時、悲しみ以外の感情がなくなったように…同じく母を失った娘の気持ちを推し量ったり慮ることすらできないほどの悲しみに支配されたように、ザラの心は今、怒りで一杯で、他の何をもよせつけなかった。
議長は眉根を寄せ、有線の受話器に向かって怒鳴りつけた。
「あれを逃がしてはならん!」
ガチャンと投げるように乱暴にそれを置くと、ザラはくるりと背を向けた。
(…バカ者め!)

その頃アスランは既に、ダコスタが奪取して操縦する小さなシャトルに乗っていた。奪取がやけに簡単にいったのも、どうやら軍港に彼の仲間…彼曰く「クライン派」の兵たちが多数紛れ込んでいたからのようだ。
「どこへ行くんです?」
そう聞いても、ダコスタは「いいから掴まって!」と言うだけだ。
「急がないと、間に合わなかったらヤバいんですよ!」
やがてヤキン防衛隊のジンが続々と出撃してきた。
こんな頼りない小さなシャトルなど、彼らのいい的になるだけだ。
ダコスタは歯を食いしばり、追いつかれる前にと全速力で駆け抜けた。

「お待たせしました」
一方、「彼」が発進準備を整えさせて待っていた戦艦では、ゆったりとした上着を羽織ったラクスが艦長席に声をかけた。
「いえいえ。ご無事で何より。では、行きましょうか」
振り返った「彼」…アンドリュー・バルトフェルドが挨拶をし、ブリッジクルーも皆、にこやかに微笑むラクスに目礼をした。
「出航プランCをロード。強行サブルーチン、1920、オンライン」
「ロジックアレイ通過。セキュリティ解除確認。オールシステムズ、ゴー」
艦長の命令に応じてオペレーターたちが発進シークエンスに入ると、ブリッジには慌てたような管制官たちの声が響いた。
「おい、何をしている?貴艦に発進命令など出てはいないぞ」
「どうしたのだ、バルトフェルド隊長!応答せよ!」
管制官たちは応答がないことを確認すると、異常事態発生と認定し、保安のためにゲートのシステムコードを変更して封じ込めに入った。
「メインゲートの管制システム、コード変更されました」
「優秀だね。そのままにしてくれりゃいいものを」
バルトフェルドは楽しそうに同胞を褒めた。
「ちょっと荒っぽい出発になりますな。覚悟してください」
「仕方がないね。僕たちは行かなければならないから」
ラクスは答え、バルトフェルドは主砲の準備にかからせる。
「主砲、発射準備。照準メインゲート。発進と同時に斉射」
さぁ、行こう…ラクスは深く息を吸い込んで号令をかけた。
「エターナル、発進!」
管制官は艦が動き出し、しかも主砲が動いているのを見て慌てた。
「何をする、エターナル!艦を停めろ!」
「本部へアラート発令!」
「総員退避!退避ーッ!」
その途端、主砲が放たれ、メインゲートは粉々に破壊された。

ジンに追われていたシャトルは、突然飛び出してきた戦艦とニアミスし、大きく揺れた。アスランは左腕で体を支えながら、すぐ目の前を横切った、見慣れない型のダークピンクの戦艦を見上げた。
「隊長!」
ダコスタはタイミングぴったりのランデブーに、嬉しそうな声で叫んだ。
「よぉ、おかえり!随分とお客さんを連れてきてくれたな、ダコスタ!」
通信機から声が聞こえたかと思うとミサイルが放たれ、追撃してきたジンが散開した。ダコスタはその間に艦底に廻る。
「着艦しますよ、衝撃に備えて!」
アームに掴まれたシャトルは戦艦の後部ハッチに無事飲み込まれた。

「何だと?エターナルが…アスランも?」
クルーゼはヴェサリウスのブリッジで面白そうに笑った。
「追撃命令が出ていますが」
久々に合流したアデスが指令の下った携帯モニターを渡して尋ねると、クルーゼはそれを受け取って読みながら、手で顎を押さえて考え込んだ。
新造戦艦エターナルは、武装よりもその足の速さに特化して造られたはず。
「このヴェサリウスでも、今から追ってあの速度に追いつけるものか」
致し方あるまいとクルーゼはボードをアデスに返した。
「イザークも休暇中だ。追撃したところで何ができるわけでもないさ」
「ではヤキンの防衛隊に任せますか」
(しかし傑作だな、ザラ議長殿)
自分といい、アスランといい、バルトフェルドといい…彼が信じた者は、ことごとく彼を裏切っていくではないか。

「艦長に会わせてください!」
「会わせます、会わせますよ」
着艦と同時に詰め寄るアスランを、ダコスタは押し留めていた。
「その艦長から、まずは治療を受けさせるようにと言われてるんです」
でなければ案内できませんと言われ、アスランはしぶしぶ治療を受けた。
そして今度は右腕を固定され、ようやくブリッジに案内されて来ると、メインシートに座っていたラクス・クラインが嬉しそうに振り返った。
「やぁ、アスラン。ケガは大丈夫?」
「ラクス!?」
ラクスは立ち上がり、床を蹴ってふわりと彼女の傍に着地すると、驚いているアスランをいつものように軽く抱き締めた。
そして痛々しく腫れ上がり、手当てされた頬にそっと触れた。
「つ…」
「こんな無茶をして…困った人だね、きみは」
アスランは今まですっかり忘れていた頬の痛みに体を堅くしたが、ラクスの優しい言葉は、父との決裂で痛めつけられた心に沁みた。
「どうしてこんなところに?」
「どうしてかな?」
アスランの問いに、ラクスはふふっと楽しそうに笑った。
すると、今度は前方の艦長席から陽気な声が聞こえてきた。
「よぉ!初めまして、勇敢なる赤服のお嬢さん!」
彼もまた立ち上がってアスランに右手を伸ばしたが、「おっと、きみも名誉の負傷中だったな」と笑いながら言った。
「ようこそ我らが英雄の艦へ。アンドリュー・バルトフェルドだ」
アスランは隻眼隻腕の彼をまじまじと見つめた。
(…アンドリュー・バルトフェルド…?)
「あなたは確か、キラ…ストライクに撃破されたと…」
「おっとっと、出会っていきなり人の古傷に触れるかね?きみは」
彼は肩をすくめて笑い、ダコスタたちクルーも大笑いした。
「そう、彼は『砂漠の虎』だよ」
ラクスが答えても、アスランは次々現れる事実に思考が追いつかない。
思わずもう一度ラクスを見ると、ラクスはいたずらっぽく笑うのだった。

「前方にモビルスーツ部隊!数50!」
今度は副長としてCICに座ったダコスタが機影を確認して叫んだ。
「ヤキンの部隊か。ま、出てくるだろうな。主砲発射準備!CU作動!」
バルトフェルドが迎撃を命じた。
「この艦にモビルスーツは?」
搭載されているなら、自分が援護に出るつもりでアスランが聞いた。
「あいにく出払っててね」
バルトフェルドが全艦にコンディションレッドを指示しながら答えた。
「こいつはジャスティスとフリーダム専用運用艦なんだ」
(モビルスーツもない状態でジン50…いくらなんでも無理だ)
アスランはラクスの座るシートに掴まりながらモニターを覗き込んだ。
「隊長、全チャンネルで通信回線を開いて欲しい」
「ラクス、何を…」
アスランの言葉には答えず、ラクスはインカムに向かって話し始めた。
「僕はラクス・クラインだ。願う未来の違いから、ザラ議長に敵対する者となったが、僕はきみたちとの戦闘を望まない」
多くの者はラクスの言葉を無視したが、中には一瞬足を止める者もいた。
「どうか、僕たちを、艦を行かせてくれないか。そしてもう一度、僕たちが本当に戦わなければならぬものは何なのか、考えて欲しい」
彼のその言葉を聞いて、アスランの心がズキリと痛んだ。
(何と戦わねばならないのか…戦争は難しいね)
ラクスは、そうやってずっと自分に問いかけ続けていたのだ。
けれど自分はいつだってそれを無視した。
戦争で傷ついたラクスが戦争に反対なのは当たり前だと思い、彼の本当の想いや考えていることを理解しようとはしなかった。
(でも、キラはちゃんと応えた…そして答えを見つけ出した)
自分は答えを見つけられていない。そう、今でもまだ…

「隊長!」
「惑わされるな。我々は攻撃命令を受けているのだぞ」
ラクスの言葉に思わず動きを止めた者たちも、上官や仲間に叱咤され、攻撃を仕掛けてくる。そんな彼らを見てバルトフェルドは苦笑した。
「難しいよなぁ、いきなりそう言われたって。迎撃開始!」
「コックピットはなるべく避けてやってくれ」
ラクスはインカムのマイクを切ると、無茶な希望を伝える。
「それも難しいことでねぇ。主砲、撃ぇ!」
エターナルからはヴェサリウスの火線砲クラスの威力を持つ主砲が放たれ、さらには無数のミサイル発射管が一斉に火を噴いた。
「ブルーアルファ5、及びチャーリー7より、ジン6!」
「来るぞ!対空!」
バルトフェルドがファランクスの発射を命じる。
「ブルーデルタ12に、尚もジン4!ミサイル、来ます!」
一旦はラクスの声やエターナルの攻撃にひるんだものの、動揺の収まった防衛隊のジンは、陣形を整えて向かってきた。
「迎撃、追いつきません!ミサイル、当たります!」
ダコスタが警告を発すると同時に、エターナルが衝撃で大きく揺れた。
片手が使えないアスランはバランスを崩し、ラクスに抱きとめられた。
「…ありがとう、ラクス」
「どういたしまして」
攻撃はやまず、ラクスはアスランに空いたシートに座るよう言った。
「こりゃちょいとまずいかな?」
散開したジンの激しい攻撃でダメージが蓄積され、バルトフェルドの顔から笑顔が消えたその時、展開していたジンが次々爆発し始めた。
ブリッジのクルーもダコスタも、一体何が起きたのかとざわめく。
続けて第二波が襲い掛かり、さらに多数のジンが爆発した。
しかしよく見ればほとんどのジンは腕や足、アイカメラなどの破壊に留まり、離脱できるだけの力を残している。けれどそんなジンがまだ戦意を失わず、さらに攻撃を仕掛けようとすると、再び彼らは爆発し、ダメージを重ねた。
この奇妙で正確無比の攻撃パターンに、アスランははっと思い当たった。

キラは既にヤキン防衛圏に入り、戦艦を追うジンを全て射程に捉えている。
そして攻撃を受けている戦艦に呼びかけた。
「ザフト軍と交戦中の貴艦…エターナルに問います。応答ねがいます」
流れてきたその声に、ラクスは振り返ったバルトフェルドと思わず顔を見合わせた。
「必要なら援護します。エターナル、応答してください。必要なら…」
デブリに身を隠していたキラは、周辺が騒がしくなったので発進し、一隻の戦艦が50機近いモビルスーツに追撃される様子を観察していた。
見たこともない戦艦だと思ったが、思いがけずフリーダムのライブラリに登録されていたので驚いた。主砲や迎撃ミサイルの威力は大したものだが、モビルスーツが出てこず、一方的に攻撃を加えられるばかりだ。
(演習のはずがない…脱走兵?テロリスト?それとも民間人?)
そう考える間に「エターナル」という名の戦艦はダメージを喰らっている。
そこでキラは援護すべきかどうか、直接接触を試みることにしたのだ。
「キラ!」
しかし次の瞬間、モニターに映し出された姿にはキラも驚いた。
そこにはよく見知った2人…アスランとラクスが並んでいたからだ。
「…ラクス!?アスランも!なんで…一体、何があったの?」
しかし再びモニターが切り替わると、キラは再び驚いて眼を見張った。
「やぁ、レディ。助かったぞ」
キラはぽかんと口を開けたまましばらく固まった。
(そんな…まさか…あの時死んだのだと…)
「…バルトフェルド…さん?」
アスランが混乱しているように、キラの頭の中も大混乱に陥ったが、すぐに我に返り、あれだけのジン部隊をわずか一瞬で蹴散らした。

足の速さで追撃を振り切り、エターナルも今はフリーダムに護衛されて「目的地」のL4へと向かっていた。
キラもアスランも彼らの目的地を聞いて驚いたのだが、実は先般からカガリがスカンジナビアから連絡を受けていた、彼らと合流したがっている「別の勢力」とは、プラントから新造戦艦を奪取して脱出予定だったクライン派…即ちラクスたちのことだったのだ。
「初めまして…と言うのは変かな」
杖をつき、不自由な体で挨拶するバルトフェルドに、マリューもフラガも、もちろんアークエンジェルのクルーも皆、なんだか複雑だった。
何しろ相手は、自分たちをあれだけ苦しめた「砂漠の虎」なのだ。
その彼が生きており、しかも自分たちと志を同じくする「仲間」として現れたのだから。
「マリュー・ラミアスです。しかし驚きましたわ」
「お互いさまさ。な、レディ?」
バルトフェルドは笑ってキラを見た。
しかしキラは笑い返す事ができず、昔のように暗い眼をして答えた。
「あなたには…私を討つ理由があります」
健やかな彼を知るキラは、自分の攻撃による痛ましい姿に心を傷めた。
「あなたの仲間のことや、あなたの…その体のことも」
(でも、私はまだ…ううん…それも、言えない…もう)
キラは、アスランに言った言葉を続けられなかった。
(自分は、殺されたとしても仕方がないのだから、この人には)
キラの瞳が翳ったのを見て、バルトフェルドは穏やかに言った。
「戦争の中だ。誰にでもそんなもんあるし、誰にだってない」
永遠に失われた、美しく優しい彼女を思えば胸が痛まないはずがない。
「以前、きみに言ったな。戦争には明確な終わりのルールなどないと」
キラは頷いた。それは、彼との死闘の中で聞いた言葉だ。
「確かに、終わりはない。だが、終わらせることはできる。今度会えたら、それをきみに教えようと思っていた」
バルトフェルドの片目が優しげにキラを見つめた。
「それに、きみはもうバーサーカーではないようだし」
フラガはそれを聞いて、かつてキラが自分にその意味を聞いたこと思い出した。
(あいつが気にしていたのは、虎の言葉だったのか)
「だから僕も連鎖を断ち切ろう」
バルトフェルドは静かに言い、ダコスタに体を支えられながら手を差し出した。キラはありがとう…と呟き、その手を握る。
それから彼は、もう1人の知己にも呼びかけた。
「やぁ、少年。きみも相変わらずかね?」
「あんたもな」
バルトフェルドは真っ直ぐ彼を見ているカガリを見つめ、(さらにいい眼になった)と感心した。痛みと、哀しみを知った眼だ。

「あの時はありがとう」
一方サイとミリアリアはラクスに礼を言われ、はにかむように笑っていた。
(まさか、もう一度この人に会えるなんて夢にも思わなかった)
サイは彼をストライクのコックピットに案内した時の事を思い出した。
「また、会えるといいね」
彼にそう言われても、あの時の自分には彼と自分の道が交わる事など決してないだろうと思われたのだ。なのに、運命とは本当に不思議だ…
「キラが、僕たちを導いてくれたのかな?」
ラクスが楽しそうに言うと、ミリアリアは真顔で答えた。
「キラは、繋がるはずのなかった人をみんな繋げちゃうんです」
ミリアリアの意見に同意したサイも、頷きながら言った。
「私たちと地球軍、中立国の人たち、それにラクスさんたちまで」
「本当にそうだね」
皆と和やかに話しているキラを見ながら、ラクスは頷いた。
(あと…ザフトのあいつも…)
ミリアリアは口には出さずに、ディアッカの事を思い出した。
「何しに行ったのかと思えば、許婚を連れて来たのかよ」
そんな皮肉を言ってアスランを迎えたディアッカは、ハンガーでの作業が忙しいからとブリッジには来ていない。珍しくミスを重ね、マードックに叱られてこき使われてるんだぜというのが、チャンドラからの情報だった。
(仲間だから、心配…だったんだろうな…あの人のこと)
アスランの姿を見ると、どうしてもチクリと傷が疼いた。
なるべく考えないようにしても、拭いきれないわだかまりがあった。

「いつも傷だらけだな」
カガリが呆れたように言った。
「女のくせに、ケガばっかりして」
「これくらい…」
アスランはむっとして反論しかけたが、ふと、カガリがくれた守り石に触れた。
「…石が、護ってくれたわ」
カガリはそれを聞いて少し嬉しそうに笑った。
「そっか。よかったな」
それからカガリは、キラとデッキで話しこんでいるラクス・クラインを見た。
「しかし、あんなもんで飛び出してくるとはね。すごいな、あいつ」

「はじめまして、アスハ首長。ラクス・クラインです」
美形揃いのコーディネイターにも飛びぬけた美貌を持つ者がいるものだと思わせる容貌の彼は、カガリに右手を差し出してにっこりと微笑んだ。
「よろしくな。だが首長はよせ。俺はまだ後継の儀を終えていない」
彼と握手したカガリは、握った手の細さに驚き、やや熱が高いことや、すこし荒れた肌を見て(こいつ、健康を害してるな)と見抜いていた。
そんなラクスとキラがやけに親しげに話しこんでいることに気づくと、カガリは、同じく2人を見つめているアスランをチラリと見た。
「…いいのか?おまえの婚約者だろ?」
アスランは特に表情を変えず、少し考えこんだ。
(ラクス・クラインは既におまえの婚約者ではない)
父はそう言って婚約を破棄すると言っていた。
けれどラクスはきっと、もっと以前に自分のことを見限っていたのだろう。
悲しいわけでも悔しいわけでもなく、アスランはふっと笑った。
「『元』、ね」
「ふーん。フラれたのか?」
「う…」
そうズケっと聞かれると、思わず言葉に詰まる。
「図星か」
その表情を見てカガリが笑うと、アスランは「別に…」とそっぽを向いた。
「…私は、バカだから」
「ま、今気づいただけいいじゃないか」
拗ねたようなアスランを見ながら、カガリは頭の後ろで手を組んだ。
「やっぱコーディネイターでもバカはバカだ。しょうがないよ、それは」
アスランは何も答えなかったが、そんなものだろうかと思った。

ラクスはキラに、シーゲルが死んだ事を伝えた。
「父は最後に、ザラ議長と話をしようと思ったんだ」
彼は人伝えに聞いた、父の死の顛末をキラに語って聞かせた。
「でも、議長は追っ手を放って、かつて友達だった父を殺した」
ラクスが懸念し、心配していた通りの悲劇がシーゲルを襲ったのだ。
キラは驚き、両手で口を塞いだ。
(シーゲルさんはきっと、最後まで友達を…ザラ議長を信じたんだ)
優しく微笑む、穏やかなあの人はもうどこにもいない。
キラの頬を涙が伝うと、ラクスはキラを優しく抱き締めた。
「ありがとう…父のために泣いてくれて…」
薬品の香りがするラクスの胸で泣きながら、キラは言った。
「私、アスランとちゃんと話せましたって、伝えたかった」
「うん…そうだね」

―― そうだね…

キラを抱き締めるラクスの腕に力がこもり、2人は静かに彼の死を悼んだ。 
アスランとカガリは、ただ黙ってそんな2人を見つめていた。
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secret
制作裏話-PHASE42-
「ラクスの出撃」と「アスランと父の訣別」が二本柱となるこの話を書いた時は、あまり深く考えず、ただシナリオどおりに進めただけでした。アレンジしたのは、本編ではゲイツを1人で受領に行ったイザークが、フレイを伴っていたことくらいです。

けれど今回、逆デスを書き終えて改めて読むと、ラクスの出陣もアスランと父の決裂も、やはりよりドラマティックでなければ、と思い至り、全編に渡って大幅に加筆修正しました。

最も大きな改変は、父の本心を知ったアスランが、この戦争はおかしいと決定的な疑念を抱き、さらにはそれに気づいていたラクスが、実はずっと自分に問いかけ、自分を試していた事にも気づく…という展開にしたことです。

それによってアスランは、今後も「何と戦わなければならないのか」逆デスに繋がるテーマを持ち続けることになるのです。
SEED本編だけではあまり意思や考えがはっきりしないアスランですが、逆デスを見据えると、迷い、惑い、孤独を恐れず、何とか正しい道を探そうとする不器用なキャラクターを形作れます。
そして相変わらず、少しずつアスランに惹かれ始めているカガリの気持ちに気づいてない「超鈍感」ぶりも健在です。

また、イザークがフレイと行動することで、アスランやディアッカ同様、彼の気持ちにも変化が見え始めていると同時進行させることができました。
一方でミリアリアも徐々に理解を示し始めていますが、まだアスランにはわだかまりを持っています。このへんは全て、メンデルで解決される伏線として張ってみました。
ナチュラルもコーディネイターも、こうやって変わっていく事ができる。これは、後に逆デスでデュランダルの新世界ではなく、歪んでいる現在の世界を選ぶキラたちの根拠にもできると思います。

そもそも3話も費やすメンデルは内容的にも大切な話のわりにはイマイチ面白くなく、あまり印象に残らないので、少し演出を加えたいとも思ったのです。

逆に、ここでようやく回収された伏線もあります。
クルーゼがNジャマーキャンセラーのデータ=鍵を手に入れたり、本編でもPHASE10でちゃんとラクスとサイが話しているのに、忘れ去られてしまったらしい
ラクス 「またお会いしましょうね」
サイ  「…それはどうかな?」
も、このPHASEで回収できました。本編後半では空気だったサイを活躍させたかったのでよかったです。

また、PHASE21でバルトフェルドに言わせた「終わらせることはできる」も、「自ら負の連鎖を断ち切ってみせる」ことで回収しました。本編には不在の大人キャラとして、これくらいやってもらわないと困ります。

ラクスがキラにシーゲルの死を告げるシーンでは、今回、ラクスがキラを強く抱き締めるという描写を加えて、彼の深い悲しみを表しました。逆転アスランはラクスに恋愛感情は持っていないと思いますが、それでもきっと、彼が悲しみを吐露する相手が自分ではなかったことは寂しかったろうなぁと思います。
になにな(筆者) 2011/04/09(Sat)15:48:34 編集



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