Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 偽りの平和① PHASE1-2 偽りの平和② PHASE1-3 偽りの平和③ PHASE2 その名はガンダム PHASE3 崩壊の大地 PHASE4 サイレント ラン PHASE5 フェイズシフトダウン PHASE6 消えるガンダム PHASE7 宇宙の傷跡 PHASE8 敵軍の英雄 (原題:敵軍の歌姫) PHASE9 消えていく光 PHASE10 分かたれた道 PHASE11 目覚める刃 PHASE12 フレイの選択 PHASE13 宇宙に降る星 PHASE14 果てし無き時の中で PHASE15 それぞれの孤独 PHASE16 燃える砂塵 PHASE17 カガリ再び PHASE18 ペイバック PHASE19 宿敵の牙 PHASE20 おだやかな日に PHASE21 砂塵の果て PHASE22 紅に染まる海 PHASE23 運命の出会い PHASE24 二人だけの戦争 PHASE25 平和の国へ PHASE26 モーメント PHASE27 果てなき輪舞 PHASE28 キラ PHASE29 さだめの楔 PHASE30 閃光の刻 PHASE31 慟哭の空 PHASE32 約束の地に PHASE33 闇の胎動 PHASE34 まなざしの先 PHASE35 舞い降りる剣 PHASE36 正義の名のもとに PHASE37 神のいかずち PHASE38 決意の砲火 PHASE39 アスラン PHASE40 暁の宇宙へ PHASE41 ゆれる世界 PHASE42 ラクス出撃 PHASE43 立ちはだかるもの PHASE44 螺旋の邂逅 PHASE45 開く扉 PHASE46 たましいの場所 PHASE47-1 悪夢はふたたび① PHASE47-2 悪夢はふたたび② PHASE48-1 怒りの日① PHASE48-2 怒りの日② PHASE49-1 終末の光① PHASE49-2 終末の光② PHASE50-1 終わらない明日へ① PHASE50-2 終わらない明日へ②
制作裏話
逆転SEEDの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36- 制作裏話-PHASE37- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41- 制作裏話-PHASE42- 制作裏話-PHASE43- 制作裏話-PHASE44- 制作裏話-PHASE45- 制作裏話-PHASE46- 制作裏話-PHASE47①- 制作裏話-PHASE47②- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②-
2011/2/28~2011/5/17
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機動戦士ガンダムSEED 男女逆転物語
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「うらぁ!!」
シャニたち3人が苦しんでいる間に、ジャスティスに壊されたフォビドゥンのゲシュマイディヒパンツァーが修復され、フレスベルグも以前のように曲がるようになっていた。
キラはフルバースト、アスランもまたファトゥム-00を開いた状態から、ヘッジホッグの如き火線を展開した。
「目標はあくまでエターナルだ」
早々に新型のゲイツを失ったクルーゼが、乗り慣れたシグーのコックピットから命じると、イザークは複雑な思いを抱えたまま頷いた。
「イザーク・ジュール、デュエル、出るぞ!」
そしてこれが初陣となるルーキーたちを率いて出撃した。
ディアッカが、そしてアスランが戦っている戦場へと。
デュエルとジン部隊を見送ったクルーゼは、傍の兵に伝えた。
「私が出たらポッドを射出しろ」
「モビルスーツ、来ます。熱紋照合、ジン12、デュエル、シグー。ブルー22、マーク18、デルタ!」
サイがその数の多さに眉をひそめながら報告すると、ミリアリアはチラリと新型と戦うジャスティスと、ドミニオンのミサイルを迎撃するバスターを見る。
ついにあの2人にも、ザフトと戦う日が来たのだと思いながら。
「主砲照準、各艦、火線をエターナルに集中せよ!」
ヴェサリウスが動き出し、エターナルに向けて射線を合わせた。
僚艦であるナスカ級ヘルダーリンとホイジンガーがヴェサリウスを援護する。
それぞれの艦が敵を牽制しながら展開を終えると、改めて戦いの火蓋が切って落とされた。
「ナスカ級接近。距離30、オレンジ14、マーク33から87、チャーリー」
「チッ…クルーゼめ!嫌な時に嫌な位置に」
後ろを取られたエターナルはゆっくりと前進を続けていた。
「バルトフェルド艦長」
既に宙域でドミニオンとの戦闘を開始しているマリューから通信が入り、バルトフェルドはデータを共有しながら状況と今後の戦いについて指示した。
「エターナルとクサナギで迎撃する。アークエンジェルはドミニオンを」
「わかりました」
「了解した」
キサカも答え、ヘルダート、コリントスを装填させる。
「転進!イエロー17、マーク25アルファ、推力70」
エターナルは一杯まで前に出ると、舵をポートに回した。
「ゴットフリート1番2番照準、目標ザフト艦」
クサナギではCICをキサカに任せ、カガリはMSオペレーターとして席に着いている。
「アサギ、ジュリ、マユラ!各自小隊を組んで迎撃にまわれ!」
「了解!」
「わかりました!」
「…わ、私が小隊長?」
泣き言を言うなとマユラを励まし、カガリは戦況データを送らせた。
「連中で大丈夫か?」
「キラたちの負担を減らすためにも、仕方ないだろ」
問いかけるキサカに答えながら、カガリも内心では気が気ではない。
だが力不足は承知の上で、今はとにかくやってもらうしかない。
戦場にはミサイルやビーム以外に、それぞれの思惑が飛び交っている。
イザークはエターナルに向かう道すがら、バスターを見つけた。
(くそっ!)
答えの出なかったディアッカとの会話。
けれど決意の固いディアッカの行動を、ただ否定する事が正しいとも思えない…ジレンマに苦しみながら、イザークは飛び去った。
「イザーク」
そしてまた、そんなデュエルをディアッカも見つめていた。
やがてヴェサリウスがエターナルに主砲を放った。
ヘルダーリン、ホイジンガーも続いて収束砲を放ち、エターナルとクサナギも同時に主砲をぶち込む。そして両者ともありったけのミサイルを撃ち出し、戦場はたちまち激しい艦砲射撃合戦となった。
戦闘によって救命ポッドは行き先を見失い、いつ流れ弾にあたらないとも限らない危険な状態に陥った。
「ナスカ級より、ポッド射出されました。シグナルを確認」
ドミニオンでは先ほどの通信どおり、救命ポッドが1基射出されて宙域を漂っていることが確認された。
「一方的な通告のみでこんな宙域に…」
ナタルは敵の真意を計りかね、考え込んでいた。
「どういうことですかねぇ。撃ち落とさせたい?回収させたい?」
どうしますか?とアズラエルが聞くが、明らかに面白がっている様子だった。
「罠にしても妙ですし」
しかし、ナタルの思考はそこで強制的に一時終了した。
「ミサイル接近!」
「回避!取り舵!」
ナタルが戦闘に戻った後も、頬杖をつきながらアズラエルはモニターに映し出された、よろよろと進む頼りないポッドを見つめていた。
「ほんとに乗ってんの、捕虜なんですかねぇ…」
「チッ!ごちゃごちゃだぜ」
クロトはそう言いながらも、ドサクサに紛れジンやM1にも攻撃を仕掛けた。
アスランはそんなレイダーに気づくと、リフターを投げて攻撃を阻止する。
「すっげーじゃんか!」
オルガは上機嫌で笑いながらシュラークとバズーカを四方八方に撃った。
これだけ数がいれば、シャニやクロトに当てる方が難しいくらいだ。
遠くで流れ弾に当たるマヌケなジンを見て、オルガは笑いが止まらない。
ニーズヘグで右に左にと斬りかかってくるフォビドゥンをかわしながら、アスランはかつての自分の母艦と交戦するエターナルとクサナギを気にしていた。ジン部隊が次々と両者に向かっていくのがわかる。
「まずい、キラ!M1だけじゃジンに対抗しきれない!」
追い込まれたM1がデブリの陰に隠れたと思うと爆炎が上がった。
「いい加減にぃぃ!!」
レイダーが盾から連射をしかけ、取りついたところでツォーンを放つ。
回避したジャスティスに、フォビドゥンがフレスベルグを連射した。
両者同時には防ぎきれず、ジャスティスは後方へ弾き飛ばされたが、そこへフォビドゥンが再び大鎌を構えて追ってくる。
「墜ちろぉ!!」
別のポイントでは、相手がなんだろうが好き放題に撃ちまくっているカラミティを見つけ、キラが2本のサーベルを抜き、斬りかかっていた。
何か決定打に欠けた戦いは決着がつかず、泥沼化する一方だった。
「ジンなんか!ジンなんか!」
エターナルに取りつこうとするジンを、泣き声のような掛け声と共に、マユラが迎撃した。ほっとする間もなく、自分が率いるM1が別のジンに追われて苦戦していた。マユラは勇気を奮い起こし、仲間の元へ向かう。
「…やっつけてやるんだからぁ!」
アサギとジュリもそれぞれ仲間を率い、それぞれの戦いを繰り広げていた。
「奴ら、エンジンを狙ってるわ!」
「シールドを構えなさい!相手をよく見て!」
「右舷へ回り込め!墜とされるなよ、ヒヨっ子ども!」
部下たちを見送ったイザークは、1人で左舷を受け持とうと旋回したが、そこにはインパルスを構えたバスターが待ち構えていた。
「ディアッカ…!」
「…イザーク」
ディアッカとて、できることならイザークと戦いたくはない。
けれど、ここで立ちはだかるべき者は自分であるとも思っている。
(俺はもう選択した…だったらやり遂げるしかないだろ)
ディアッカは決意に満ちてデュエルを睨みつける。
「う…」
イザークはギリギリと歯を食いしばった。
キラは不思議なくらい冷静に、三勢力が入り乱れる戦場を見つめていた。
カラミティのバズーカで被弾したジンが母艦へと下がっていく。
M1が2機のジンに追い込まれ、前後から刺されて爆散する。
ジャスティスがレイダーとフォビドゥン両者を相手に戦っている。
ドミニオンとアークエンジェルは主砲を撃ちあい、ロール回避のたび、艦底を見せている。エターナルもまたすさまじい数のミサイルを撃ち出す。
(なんで…こんなひどい戦いになっているんだろう…)
「ならば存分に殺し合うがいい!それが望みなら!」
キラは思い出したくもない声を思い出して頭を振った。
(私たちは、戦争を止めるために、殺し合いを止めるために戦ってるはずなのに)
いざ戦いが始まると、こうして飲み込まれてしまう。
ただ「敵」と「戦うこと」そのものに。
(やっぱり、戦っても戦争は終わらない)
キラは絶望感に苛まれた。
「バルトフェルド艦長」
宙域図を見ていたラクスがバルトフェルドに声をかけた。
「なんです?」
「クサナギと共に、すべての火線をヴェサリウスに集中して欲しいんだ」
は?と振り返ったバルトフェルドに、ラクスがにこりと笑った。
「あの艦を突破して、宙域を突破しよう」
「そんな!あれに向かってったら3隻からの集中砲火に曝されますよ?」
ダコスタが呆れ顔で抗議した。
「ムチャです、ラクス様!」
「でも、突破できれば一番追撃される可能性も低いと思うんだ」
「ん~」
バルトフェルドは唸る。
「とはいえ、僚艦もナスカ級だからねぇ」
「エターナルは足が速い。撃たれる前に距離を詰めよう」
もちろんダメージは覚悟の上だが、クサナギには援護をしながらピタリと距離を合わせて追ってきてもらいたいのだと言う。
ラクスには何か策があるようで、そう言いながら楽しそうに笑っている。
「でもスピードは落とさないでね、ダコスタくん」
「んな、ムチャな~!」
ダコスタが喚いても、もはや誰も聞いていない。
「なるほど、面白そうだな」
バルトフェルドがニンマリと笑って副官を見た。
「やれるな、ダコスタくん?」
ダコスタはガックリとうなだれた。
「あのナスカ級を突破する!?」
マリューが思わず大声をあげた。
アークエンジェルを長きに渡って追いまわした因縁の艦だ。
足の速さも主砲の強力さも、無論あちらの腕のよさもわかっている。
「うむ。このまま畳まれたらどうにもならん。厳しいが一か八かだ」
そうなると、エターナルと共に行くことになるクサナギはともかく、残るはアークエンジェルだ。
「アークエンジェルだけで、ドミニオンを振り切れるか?」
「やるしかねぇだろ」
その時、包帯だらけのフラガが横から口を出した。
治療が終わったフラガは、安静にしていてくださいという軍医の言葉に逆らい、看護兵の眼を盗んで医務室を飛び出した。
キラが…皆が戦っているのに、自分だけ寝てなどいられないとブリッジに入ってきて皆を驚かせたフラガは、さっきから何かに怒っているようでひどくピリピリしている。
マリューはそんなフラガを制止して落ち着くよう諭すと、「わかりました」と答え、ミリアリアには「キラさんたちに知らせて」と指示した。
フレイは激しさを増す戦闘の中、恐怖にすくんでいた。
実際にはまだ距離はあったのだが、救命ポッドではモニターの画面をかすめるジンやM1が恐ろしいほど近くにいるように感じられる。
いつ、このポッドにミサイルやビームが当たらないとも限らない。
やがて脅えきったフレイの眼に、懐かしいアークエンジェルが飛び込んでだ。
(アークエンジェル!!!)
乗っていた時は、あんな戦艦などに何の思い入れもなかった。
ただ、自分が乗っているのだから落ちるなと思っていただけだ。
雑用も面白くなかったし、海では船酔いでひどい目に遭った。
けれど、離れてみればなんだろう、この懐かしさは…潜水艦やザフトの戦艦など、色々な乗り物に乗ったけれど、あの艦ほど安心できたものはなかった。アークエンジェルでは、いつだって…
(…俺は、守られていた)
フレイはドクンと自分の心臓の鼓動を感じた。
(そう、守られていた…誰に?何に?)
それからイザークに叩き込まれた通信技術を駆使してチャンネルを開き、手早く国際救助信号を発信した。
「あ…アークエンジェル!」
戦闘を続けながらなお、救命ポッドの問題が奥歯に挟まったままだったドミニオンでは、ナタルとアズラエルがその声に顔を見合わせた。
同時にそれはアークエンジェル、エターナル、クサナギや3隻のナスカ級、およそ信号を受信可能なすべてのモビルスーツに届いた。
聞き覚えのある声に、マリューが、サイが、ミリアリアが驚く。
声の主がわからないアスランや新型の3人はいぶかしんだが、デュエルのイザークもまた、その声に驚いて振り返った。
(なぜ…あいつの声が?)
しかし誰よりも驚いたのは、もちろんキラだった。
(この声…この声は…!)
「アークエンジェル!俺、ここに…」
フレイは必死に呼びかけていた。
「フレイ・アルスターです!救援を求めます!アークエンジェル!」
「なんなんです?これは?」
アズラエルは腰を浮かし、少年の声を聞きながら怪訝そうに尋ねた。
「ザフト脱出ポッドより、国際救難チャンネルです」
オペレーターが信号を拾い、ナタルとアズラエルは再び顔を見合わせた。
「サイ!サイ・アーガイル!聞こえるんだろう!?」
フレイは何も答えの返ってこない通信機に必死に叫んでいた。
ミリアリアは「フレイ?」と驚き、振り返ってサイを見る。
名を呼ばれたサイもモニターに釘付けになっていた。
「どうして…?」
転属になったはずのフレイが、なぜザフトのポッドに…?
「おい、何の騒ぎだこれは?」
全く事態の飲み込めないエターナルではこの騒ぎにざわめき、クサナギでは逆に、その声の主を知っているカガリとキサカが黙って事の推移を見守っていた。
衝撃に心拍数が上がり、呼吸すらもできなくなっていたキラは、一旦息をついてから大きく息を吸った。
「…フレイ!!」
フリーダムがいきなり飛び出すと、正面のレイダーは既に攻撃態勢に入っていた。
「もらったっ!!」
当然、そのままレイダーのクローに頭部をがっちりと捕まえられてしまう。
「ぐぅっ!」
胸部までを完全にロックされたフリーダムを援護しようと、アスランが慌てて向かうが、手遅れだった。次の瞬間、レイダーのアフラマズダがフリーダムの頭部を無残にも吹き飛ばしてしまったのだ。
「キラッ!!」
力なく手足を揺らすフリーダムを見て、アスランはサーベルでレイダーの背を突くと、蹴り飛ばしてフリーダムから引き剥がした。
「うわぁっ…ちっ!!」
容赦のない突きで小爆発を起こしたレイダーもまた、後退した。
「捕虜って、この子がですか?子供ですよね」
アズラエルが手を顎に当てて首を傾げた。
しかしアルスターという名に聞き覚えがある気がする。
「ん~…アルスター、アルスター…誰だったかな?」
「カラミティ!サブナック少尉!ポッドを回収しろ」
ナタルはそんな彼には答えず、カラミティに通信を入れた。
「ん?」
それを聞いてアズラエルが少し驚く。
アスランは顔面部分を吹き飛ばされ、頭部のフレームが丸見えになったフリーダムを支えて、冷静に機体のダメージをチェックしていた。
アイカメラは吹っ飛んだが、駆動部や伝導体には損傷がないようだ。
「一体どうしたの、キラ?大丈夫?」
しかしキラは答えない。そもそもアスランの声すら耳に入っていなかった。
キラはコックピットの中で息を荒げていた。
(行かなくちゃ…フレイを助けなくちゃ…守らなくちゃ!)
「彼は亡くなったジョージ・アルスター外務次官のご子息です」
「ああ、そうそう、ヘリオポリスへ向かってた彼!」
アズラエルが思い出したとぽんと手を打った。
愚鈍な男だったが、コーディネイター嫌いで有名で、ブルーコスモスの活動にも賛同し、政府筋から便宜を図ってくれていた。
「急げ!サブナック少尉」
「チッ!」
オルガはブリッジから送られてきたポッドの座標を確認すると、レイダーに手ひどくやられたフリーダムを一瞥して飛び去った。
「いや…しかし、だから罠じゃないってことじゃない」
アズラエルはやけに慎重だった。
「そもそも本人かどうかもわからないし、脅されたり、洗脳されてるのかも」
「ですが…」
「最悪の場合、本人も知らない爆弾が仕掛けられてた…なんて事もあるでしょ?」
ナタルは好奇心の塊のようなこの男の、突然の慎重論に困惑した。
こういう時に限って、それこそ熟練した老獪な軍人のような事を言う。
だが確かに、彼が言う事はそれなりに正しく、憂慮すべき事だった。
ナタルは艦外カメラが捉えられている小さなポッドを見つめた。
だがその時、再び聞こえてきたフレイの言葉がアズラエルの心を捉えた。
「か…鍵を持ってる!戦争を終わらせるための、鍵だ!!」
「戦争を終わらせる『鍵』?」
彼の瞳に再び好奇心の光が宿り、激しく輝き始めた。
(なかなか面白い事を言うじゃないか)
アズラエルは嬉しそうに笑った。
(フレイ…フレイが、あいつに…!)
一方キラは、ナタルの命でポッドの回収に向かったカラミティを見て、フレイが傷つけられると思い、ジャスティスの支えを振り切った。
「待っ…!」
そしてアスランが驚く間もなく、なりふりかまわずカラミティを追い始めた。
「あ?なんだ、あいつ?」
オルガは向かってくるフリーダムに気づいた。
「おいおい、撃って欲しいのか?」
カラミティは振り返ると行きがけの駄賃にシュラークを放った。
フリーダムはそれを避けもせずにしゃにむに突っ込んでいく。
「危ない!!」
またしてもその不可解な行動にアスランは驚いたが、レイダーがフリーダムとカラミティの元に向かうのを見て、急いでライフルを抜いた。
「おまえらぁ!」
しかしそこにフォビドゥンが体当たりしてきたためアスランは動けず、そのままシャニと力比べをするはめになった。
カラミティの砲撃に晒されて、既にフレームしか残っていなかったフリーダムの頭部が完全に吹き飛んだ。
「うぐっ…」
キラは衝撃で前後に体を揺さぶられ、呻いた。
メインのみならずサブカメラも完全に死んだため、コックピットからは何も見えなくなった。だがレーダーは生きており、ポッドの救難信号を捉え続けている。
(行かなきゃ!フレイを助けなきゃ!)
パニックでも起こしたように気持ちを逸らせたキラはカラミティを追うが、その後ろからはさらにレイダーが無防備なフリーダムを追ってきている。
「そいつを捕まえろ、オルガ!」
挟み撃ちにすべく、クロトが逃げ道を塞ぎながらオルガに叫んだ。
けれどそんな必要はなく、キラは後ろなど気にもしていなかった。
「なんだか知らないけど、今度こそやれそうじゃない!?」
「艦長!フリーダムが!」
フリーダムの惨状にミリアリアが声を上げ、マリューも息を呑んだ。
キラがここまでやられるなど、イージスの自爆以来だろうか。
ブリッジは皆動揺を隠せない。チャンドラも「おいおい」と呟いている。
しかしサイには、このキラの動揺がフレイのためだとわかっていた。
「キラ…」
(フレイはコーディネイターのあなたの想いを利用していた…)
キラが死んだと思ったあの時、フレイはせせら笑うように言ったのだ。
「本気で戦わないからだよ…バカなヤツ」
「きみだって嫌いだろ?コーディネイター。敵だもんな、俺たちの」
自分が知っている事実を知らないとはいえ、それでもキラはフレイを守ろうとしている。
ボロボロになりながらカラミティを、フレイが乗っているポッドを追うフリーダムを見ながら、サイは哀しげに友の想いを噛み締めていた。
「へぇ、面白いことを言いますね、彼。何をお持ちなのかな?鍵って」
「そんなもの…そちらは信用なさるのですか?」
さっきまで随分現実的な事を言っていたかと思えば、子供の戯言に耳を貸す。
やはりこの男とは相容れないとナタルは思う。
「だって気になるじゃない。普通言いませんよ、戦争を終わらせるための『鍵』…なんて言葉」
アズラエルは興味津々のようだ。
一方、この騒ぎの中で唯一蚊帳の外にいるエターナルが皆を現実に引き戻した。
「突破する!ラミアス艦長!」
バルトフェルドの声に、マリューははっと我に返った。
「でも…」
「今がチャンスだ。フリーダムはジャスティスに任せろ!」
しかしマリューはすぐには頷けなかった。
ポッドで助けを求めているのは、仮にもかつてこの艦にいた「仲間」なのだ。
「マリュー、行くんだ」
その時、フラガが静かに発進を促した。
「…だけど、あの子…私たちを呼んでいるのよ…」
「彼はドミニオンが保護した。バジルールに任せよう」
どうしても非情になりきれない彼女の想いを汲んだフラガの言うとおり、モニターには新型のうちの1機が、救命ポッドをマニピュレーターで抱えこむ姿が映し出されていた。
マリューはそれを見て再びフラガを見、フラガは黙って頷いた。
(ナタル、彼をお願い)
マリューは彼の処遇に配慮があることを願い、仲間たちへの合図を命じる。
「信号弾!」
アークエンジェルから放たれた信号弾に、フォビドゥンと組み合っていたアスランも、イザークと睨み合うディアッカもエターナルの突破開始を知った。
「主砲照準。ミサイル発射管、全門開け!誘導弾用意!エターナルはこれより、最大船速にてヴェサリウスを突破する!」
バルトフェルドが宣言し、エターナルのエンジンがうなりをあげた。
「総員、衝撃に備えよ!」
ダコスタが、回避ルートは自分が指示するとパイロットに伝えた。
キサカもまた、ゴットフリートの照準をあわせて作戦開始を待っていた。
「エターナルがロールした瞬間を狙って、主砲を撃ってください」
「はぁ!?}
これより少し前、カガリはモニターの向こうのラクスとバルトフェルドに詰め寄っていた。
「そんなの、少しでも逸れたら…」
「信じてるから」
上ずった声のカガリに、ラクスはにっこりと鷹揚に笑った。
「キサカ一佐や、クサナギの皆さんや、カガリくんのこと」
「いや、だって…おまえなぁ!」
「諦めろ、少年」
カガリの言葉を遮ってバルトフェルドも言った。
「我らが悲劇の英雄殿には、誰も逆らえんよ」
エターナルが射線を開くと同時にゴットフリートを発射するためには、何よりタイミングが肝心だ。足の速いエターナルにピッタリとつけるには全速力でついていくしかなく、しかもその瞬間を見極めねばならない。
「ヘタをすると、エターナルにカマを掘るぞ」
バルトフェルドは真面目な顔でそんな事を言うキサカに笑って一任した。
「なに、全てそちらにお任せするよ」
それは、彼に乗組員全員の命を預けるという事でもある。
(不思議なものだ)
かつて自分の故郷を焼いた砂漠の虎に、ここまで信頼され、こうして共闘する事になるとは…キサカは感慨深げに思った。
そして突破が始まった。
キラはカラミティに回収されたポッドを見て、震える手でチャンネルを開く。
(早く、早く!)
そしてそれが開くと同時に叫んだ。
「フレイ!」
外から何かに掴まれ、運ばれているらしいと不安を感じていたフレイは、自分の名を呼ぶその声に眼を見張った。
「フレイ!フレイッ!!」
キラのあまりにも悲壮な声に、サイは思わず眼を伏せた。
そしてまた、その声を聞いていたもう1人も驚きを隠せなかった。
「この声…キラ・ヤマト!?生きていたのか」
ナタルは驚くと同時に、これまでの自軍の苦戦に至極納得した。
「キラ?」
灰色の瞳がきょろきょろと見回したが、ポッドの中からは何も見えない。
(生きて…た…?)
フレイの心に複雑な思いが去来した。
その名を呼ぼうと思った。声に出し、自分が気づいたと知らせたかった。
けれど口の中はカラカラで声が出ない。彼の言葉は失われてしまった。
(キラ…)
柔らかい髪と、大きくて濡れたような紫の瞳と、無理して笑う顔が浮かぶ。
(私たち…間違ったんだよ…)
会えなくなった時は何とも思わなかったキラは今、フレイの中で哀しげな偶像として蘇り、彼女を深く傷つけた事が自分の心を苛んだ。
既に眼を失ったフリーダムは、信号だけを追って進んでいく。
それは当然、ドミニオンに向かっていくということだった。
「これで!」
廻りが見えていないフリーダムに追いついたレイダーは、後ろから機銃掃射を行った。激しい衝撃でバランスを崩したフリーダムは、再びレイダーのクローに捕らえられた。
けれどクロトは、今度は前のようにプラズマ砲を撃つ事ができなかった。
後ろからライフルの集中攻撃にあい、さらにシールド越しに体当たりを食らってクローが外れたのだ。アスランはそのままライフルを連射し、レイダーを追い払ってフリーダムに向き直った。
「下がって、キラ!」
クロトはチャンスを潰された腹いせにモビルスーツ形態になるとミョルニルを投げ、ジャスティスはそれを待ち構えて蹴り飛ばした。
「その状態で、1人で敵艦へ突っ込む気なの!?」
しかしそんなアスランの声にも耳を貸さず、キラはさらにドミニオンに向かおうとするので、アスランはついにフリーダムの脇にジャスティスの腕を回して羽交い絞めにした。それでもなおフリーダムは抵抗する。
「…離して!離してよ、アスラン!」
「だめよ!私たちももう戻らなくちゃ!」
もともとパワーは巨大なバックパックを持つジャスティスの方が上だが、それでも油断すると満身創痍のフリーダムに振りほどかれそうになる。
「私が守ってあげなくちゃいけないの!行かなくちゃ!離して!」
「…守るって…誰を?」
「フレイ…フレイは私が…」
「…フレイ?」
その名に全く聞き覚えのないアスランには、何が何だか全くわからない。
オーブで再会してから随分日も経つのに、キラの口からもカガリからも、これほどまでにキラが執着する「フレイ」という人物の名は出てきた事がないのだ。
「落ち着いて、キラ!帰るのよ!」
暴れるフリーダムをなんとか力で抑え込み、アスランは離脱を急いだ。
エターナルはようやく準備が整った艦載砲ミーティアを併せて放ちながら、信じられない速さで前進してきた。
ヴェサリウスも僚艦も、これを主砲、ミサイル共に撃って迎撃したが、ダメージを恐れることなく、エターナルはありったけの砲門を開いて猛スピードで突っ込んで来る。そして、ある地点で突然ロールした。
「何だ!?何をやっている!?」
アデスはその不可解な動きに思わず声をあげた。
しかし次の瞬間、その意味は誰の目にも明らかとなった。
隠れていたクサナギのゴットフリートが、ヴェサリウスを貫いたのだ。
ブリッジは命中した衝撃で大きく揺れた。
さらに第二波が襲い掛かり、ヴェサリウスの機関が火を噴いた。
「プラズマ残滓、抑制できません!」
「隔壁閉鎖…ダメージコントロール、レッド!制御できません!」
かつてイザークたちがガモフの主砲の射線を隠した事があったが、それを機動性に劣る戦艦でやるなど、あまりにもバカげた作戦だった。
しかしエターナルの足、ダコスタの指示とパイロットの勇気に加え、主砲を放ったキサカの判断力の全てが、見事に合致した結果は今、アークエンジェルの宿敵ヴェサリウスを沈黙、撃沈へと追いやった。
「ぬぅ…」
アデスは悔しさで唸った。ヴェサリスのダメージは致命的といえた。
ホイジンガーとヘルダーリンは燃え盛るヴェサリウスを見て、エターナルへの攻撃を続けた。しかし敵は既にアウトレンジを突破して懐に入りこんでおり、射線に必要距離がある主砲では、もはや効果的な攻撃ができなくなっている。
「総員、退艦!ぐずぐずするな!」
アデスはこれまでと悟り、全クルーに退艦命令を出した。
ホイジンガーとヘルダーリンは旗艦の救命シャトルの準備に追われており、彼らの脇をすり抜けるエターナルを見逃した。やや遅れてクサナギも突破する。
旗艦の轟沈を前に、ラクスの読みどおり、僚艦のどちらも追撃はできなかった。
「ヴェサリウスが!!」
激しく爆発を繰り返すヴェサリウスを見て、デュエルは立ちすくんだ。
それを見たディアッカは銃を収め、戦線を離脱した。
デュエルは追ってこず、ディアッカはふうとため息をついた。
「…悪いな、イザーク」
後味の悪い思いを抱きつつ、ディアッカは合流ポイントでアスランと合流したが、ジャスティスが運ぶフリーダムのダメージを見て驚いた。
「どうしたんだよ、珍しいな、こいつが…」
「まだ追って来てる。気をつけて」
しつこい追っ手に気づいたディアッカは足を止めた。
「やれやれ。おまえたちは先に行け」
「逃がさないよ!」
バスターは追ってきたフォビドゥンに、振り向きざまにライフルとガンランチャーを放って相手の行く手を阻む。
「援護して!バリアント、撃ぇ!」
アークエンジェルも援護射撃を加え、追いついたモビルスーツと共に、徐々にドミニオンとの距離を開いてエターナルとクサナギを追った。
「信号弾!」
ナタルもまた、フォビドゥンとレイダーを呼び戻した。
パワーが危険ゲージにあること、既にエターナルとクサナギが宙域を離脱し、アークエンジェルも撤退の意思を見せているためだ。
後にザフト艦が残る以上、こちらに戦闘意思なしと示すには離脱が望ましい。
戦闘が長引いているせいか、さしものアズラエルも文句は言わなかったが、それ以上に、彼の関心が今は別のところにあるからかもしれなかった。
アークエンジェルを追うアスランとディアッカは、やがて激しく炎を噴上げている、かつての母艦ヴェサリウスとすれ違った。
彼らの優れた視力は、ブリッジに1人残るアデスの姿を捉えていた。
アデスもまた、昔馴染みのバスターを認めてゆっくり敬礼した。
2人は死に逝く艦長に心からの敬意を表し、敬礼を返した。
イザークもまた、彼らと共に母艦を見つめていた。
自分は、戦場でディアッカと対峙しながら戦うことを躊躇した。
(その迷いが、この結果か…)
イザークは怒りを覚え、思わずモニターに拳を振り下ろした。
「…艦長!」
掌から、大切なものが次々とこぼれていくような気がする。
(ニコルも、アスランも、ディアッカも…皆…)
「こちらも撤退する。残存部隊は座標デルタ0に集結しろ」
クルーゼの冷静な声すら、今のイザークには無性に腹立たしかった。
先ほどのアルスターの件も、一体何が起きたのかわからない。
「ここで地球軍とやり合っても何にもならん」
クルーゼはそう言い残すと、早々に戦場を離脱した。
イザークは腑に落ちない思いを抱きながら兵たちを率い、後に続く。
(鍵は渡したぞ、アズラエル)
クルーゼは去っていくドミニオンを見ながら、にやりと口の端を上げた。
果たしてきみは、「正しき道」を選べるのかな?
一方その「鍵」を運んだフレイは、銃を持つ兵に連れられてドミニオンのブリッジへとやってきていた。
「へぇ、きみが…」
アズラエルがザフトの制服を着ている端正な顔立ちの彼をジロジロと見たので、フレイはそのあまりの不躾さに視線を逸らした。
「で、『鍵』って何?ほんとに持ってるの?」
そんな事にはお構いなしに、アズラエルが明るい顔で聞いた。
知りたくてたまらないとウズウズしている子供の顔だ。
フレイはそれを聞いて、大切に持っていたケースを見せた。
アズラエルの眼がますます好奇心で開いていく。
「なんだかホントっぽいじゃない。誰に渡されたの?」
「ク…クルーゼって隊長…仮面をつけた…」
「ふーん?」
クルーゼの名を聞いてもアズラエルは何の反応もなかった。
まさか自分のもとに入ってくる「プラントからの情報」は、その男が用意し、操作しているとは思っていないようだ。もっとも、彼にとってはそもそも情報提供者など何の興味も持てない相手だった。彼が興味があるのは「情報」そのものであり、今は「このデータは何か」という事だけだった。
その時フレイは、彼の横に立つ見覚えのある人に気づいて驚いた。
「バ…バジルール中尉!?」
「久しぶりだな、フレイ・アルスター。大丈夫か?」
「は、はい…」
フレイにはまだ何もわからない。
この艦がアークエンジェルでないことはわかったが、ナタルがここにいることも、データを持って、いそいそと自室に帰ったあの男が何者なのかも…そして自分を保護したモビルスーツや、そのパイロットが一体誰なのかも、全くわからなかった。
ただ、アークエンジェルに瓜二つのこの艦が、今までいたコーディネイターの戦艦よりも寒々しく、そして自分もむしろ孤独に思えるのが不思議だった。
データを持ち帰ったアズラエルは、自室でそれを開きにかかった。
トラップは仕掛けられておらず、パスも簡単に突破できるものだった。
やがてファイルを開くと、信じがたい情報がアズラエルの目の前に並んだ。
(これは…まさか…)
アズラエルは驚きと喜びで思わず立ち上がった。
そして大声で笑い始めた。
それは腹の底から嬉しそうな笑い声だった。
やっと手に入ったぞ!僕がずっと欲しかったものが!
「やったぁ!!!」
アズラエルは低重力の中で天井まで飛び上がり、喜びのあまり両手を挙げた。
「シナプスが焼けるぞ!蓄熱剤の交換急げ!」
「随分やられたなぁ…」
「しょうがないだろ!耐蝕チタンの準備はできたか?」
整備員たちが修理に走り回るエターナルでは、安全な場所に落ち着くまで応急の修理を続けている。航行にはとりあえず支障がないことが救いだった。
一方、ジャスティスに支えられて着艦したフリーダムの破損状況は、これまでの被弾率の低さからすればかなりのものだ。
アスランはすぐにフリーダムのコックピットに向かい、外部からハッチを開けて中を覗き込んだが、キラは放心したようにぐったりとしていた。
「大丈夫?」
「うん…大丈夫…ごめん…」
そう言いながら、キラは意識を失った。
「キラさん、倒れたそうよ」
マリューは医務室に戻り、安静状態に戻ったフラガに言った。
「戦闘で負傷したわけではないということだけど」
「無理もないよ。メンデルでは色々あり過ぎた。その上、突然あの坊主が現れたんだ」
心配するマリューに、「キラだって倒れもするさ」とフラガは溜息混じりに呟いた。
「俺の親父ってさ」
しばらく沈黙が続いたが、やがて彼はポツリと言った。
「傲慢で横暴で疑り深くて…俺がガキの頃死んだけど、そんな印象しかなくてさ」
マリューは黙って聞いていたが、そっとフラガの手を握った。
「…けど、信じられるか?こんなの…なんで…こんな…」
その手の温かさが彼の心に沁み渡り、フラガは思わず顔を背けた。
不覚にも、柄にもない涙がにじみそうになったからだ。
「自分のクローンを作るって…俺が…息子がいたのにだぜ?」
自分しか信じなかった親父らし過ぎて…笑っちまうよな…笑い交じりに言いながら、ちっとも楽しそうではない彼の様子に、マリューは何も言わずにただ、子供のように震える手を握り続けた。
中流階級の家庭で優しい父と母に愛され、いつも友達やボーイフレンドに囲まれて幸せに育ったマリューにとって、孤独な彼の痛みや苦しみをわかってやる事はできない。
けれど、できる事なら全てを分かち合いたいと思っていた。それこそが、温かい家庭と幸せな子供時代を知る彼女にできる唯一の事であり、そして何よりの宝物だった。
「おまけに失敗作?テロメアが短くて老化が早いって…なんだよそりゃ!」
「あなたのせいではないのよ、ムウ」
マリューは父に怒り、そして「創り出された」生命であるクルーゼに複雑な思いを抱いているフラガの気持ちを理解しようと努めていた。
フラガは優しいその声で少し落ち着きを取り戻し、ふっと息をついた。
「…奴には、過去も未来も、もしかしたら自分すらないんだ」
フラガの心に、仮面で顔を隠したクルーゼが…自分より若いはずの彼が、遺伝子的には既に齢70歳を過ぎた「老人」である事実に思いを馳せた。
(ヤツが隠しているのは、老化した顔ではなく、老いさらばえて疲れきった心なのかもしれない)
「恨んだろうな、親父を。世界を。理不尽な運命を背負わされて…」
「だから、世界を道連れにする…と?」
「そんなことはさせねぇよ!俺が…」
マリューは再びフラガの手を握り締めた。
やがて、鎮静剤が効いてフラガは眠りについた。体力が奪われて憔悴した寝顔が痛々しい。
(大丈夫よ、ムウ…あなたは私が背負った重荷を一緒に持ってくれると言ったでしょ?)
マリューは眠れるエンデュミオンに、月の女神のように優しいキスをした。
(だから私も、あなたの背負うものを一緒に背負うわ)
「カガリ…?」
眠りについたフラガと入れ違うように目を覚めましたキラを、カガリが見守っていた。
「大丈夫かよ」
そう言いながら、カガリは笑った。
いつもの明るく陽気な笑顔ではなく、大人びた表情だ…とキラは思う。
「俺、読んだよ」
「あ…」
カガリのその言葉に、キラは思わず半身を起こした。
キラを部屋に送り届けたアスランは、キラがかき集めてきた資料やデータを机に置いて言った。
「キラは、メンデルで…色々な事を知ったみたい」
「…おまえも…読んだのか?」
いいえ、とアスランは首を振った。
2人が未だに「兄妹」という状況証拠に混乱していることをよく知るアスランは、そこに何が書いてあるのか察しながらも読むことはせず、資料をただ丁寧にそろえただけだった。
「読むか読まないかは、あなたの自由だと思うわ」
キラをお願いね…アスランはそう言い残して部屋を出て行ったのだ。
「キラにだけ、苦しい想いはさせたくなかったからさ」
それを聞いたキラは、思わずカガリに抱きついた。
いつもなら逆なのだが、カガリはキラを受け止めると背中をぽんぽんと叩いて安心させた。
(この不思議な温かさや、懐かしさは…)
「兄妹…だったから…」
カガリは思い至り、キラもまたそれを実感していた。
「けど、俺たちってすごいよな」
「どうして?」
カガリに抱き締められながら、キラが聞き返した。
「生まれる前に離れ離れになったのに、こうしてまた会えたろ」
「うん」
「この広い世界で、お互いに知らないまま…もしかしたら死ぬまで会えなかったかもしれないのに、こうやってちゃんと会えたんだ」
あの日ヘリオポリスで、仏頂面のまま誰とも口を利かずにカトー教授を待っていた少年を思い出し、キラは懐かしくて微笑んだ。
(あれ…?この人…誰かに…似てる…)
そう思った自分の勘は、あながち外れてはいなかった。
(おまえ…おまえがなぜあんなものに乗ってる!?)
砂だらけの怒った顔も、仕草も、どこか自分に似ていた。
(俺は別に、コーディネイターだからどうこうって気持ちはないな)
不器用な優しさが、包み込んでくれる大きさが、とても好きだった。
(俺たちは、きっとまた会える)
確信にも似たその想いは、自分も全く同じだった。
「俺もおまえも、同じところに向かってた」
「うん…」
キラは、小さく頷いた。
(なぁ、親父…)
カガリは自分にとってただ1人の父を思い出した。
(これもまた、同じ場所に辿り着くための、「別の道」だったのかな)
やがてカガリの腕にくるまれて落ち着いたキラが、「アスランは?」と尋ねた。
「ラクスが少し疲れを感じてるんだ…立てるなら行こう」
ラクスは、自室のベッドに横になって点滴を受けていた。
医療班がてきぱきと動き回る中、枕元にはハロを手にしたアスランがいて、2人は静かに話をしている。
それはとても絵になる光景だったので、キラもカガリもなんとなく声をかけそびれた。
「…キラ?」
やがてアスランが気づくと、「よかった」と微笑みながらやってきた。
ラクスはベッドから2人に手を振る。
「大丈夫?」
アスランと入れ替わりにラクスの枕元に座ったキラが聞いた。
しかしラクスから「きみこそ大丈夫?」と聞き返されてしまった。
「色々あったんだね」
ラクスはそう言うと、キラの頭を撫でた。
「でも、よく頑張ったね」
ラクスの穏やかな声に、キラはなんだか胸が一杯になった。
「フレイ・アルスターというのは、あの時の彼だね?」
キラはビクッと体を震わせた。
アスランはひそかに、その名をラクスも知っていることに驚いた。
「私…私ね…フレイを…フレイのこと…」
キラは懸命に何か言おうとしたが、ラクスは指でキラの口を塞いだ。
「今はいい。きみはきみのできることを精一杯やった。誰も責めない」
それから尋ねた。
「戦うことは、辛い?」
キラはしばらく考え、やがて言葉を区切りながら答えた。
「私は…初め、自分がコーディネイターだから仕方がないと思って戦ってきた。敵がなんなのかもわからないままに…でもそれじゃいけないって、今はわかる」
アスランと戦って、ラクスとシーゲルさんに会ってわかったんだ…キラはアスランとカガリを振り返り、少しだけぎこちなく笑った。
「少なくとも、私たちが戦うべきなのは、誰かが決めた敵じゃないって」
それなのに今度は突然、自分こそが最高のコーディネイターだと言われ、キラの心には大きな波が立ち、不安と強い嫌悪感が渦巻いている。
「この世界を歪ませた元凶が、人の欲望や傲慢さだとしたら、その集大成…である自分は…存在してはいけないものなのかな?あの時、正しい事を貫こうとしたオーブが否定されたように、私も世界に否定されるのかな?」
キラのその言葉を聞いて、カガリは思わず一歩踏み出そうとした。
しかしアスランはそれを止め、カガリの腕を引くとそのまま部屋を出た。
カガリは驚いて文句を言いかけたが、彼女はシッと指を立てる。
「何すんだよ!」
廊下に出ると、カガリはアスランの腕を振り払って怒りを露わにした。
「キラは…あいつは何も…!」
「大丈夫。ラクスに任せて」
カガリは不満そうだったが、アスランが促すとしぶしぶ部屋の前を離れた。
そんなカガリの態度も、キラを心から心配しているからこそだと思うと、アスランはなんだか温かい気持ちになり、くすりと笑ってしまう。
その頃、ディアッカはアークエンジェルから真っ暗な宙域を眺めていた。
宇宙には灯りも標識も何もない。自分の道が正しいのかもわからない。
思い出すのはイザークとの会話だ。
(わかってくれたとは思えないが、あいつは俺の話に耳を傾け、発砲もせず、攻撃しなかった)
「だまされてるんだ、おまえは!」
ディアッカは自嘲気味に笑った。
(俺なんかだましてどーすんだっつーの)
次の瞬間、ドキリとする。
さっきまで自分しか映っていなかった窓に、ミリアリアが映っていたからだ。
ガラス越しに自分を見つめる彼女に気づいたはいいが、振りかえれない。
情けないことに心臓は早鐘のように鳴っている。
(何しに来たんだ?自分から俺に近づくなんて…)
ミリアリアは少しずつ近づくと、ディアッカの傍に来た。
ディアッカはミリアリアを見ることも、話しかけることもできない。
お互いに何も言わないまま、2人の間には時間だけが流れていく。
やがてミリアリアが、ためらいながらディアッカの手を握った。
その瞬間、ディアッカは思う。
(もし俺が騙されてるんだとしても…こいつになら、いいや…)
ディアッカは恐る恐る、彼女の温かい手を握り返した。
2人は黙って手を握り合い、互いのぬくもりを確かめ合っていた。
「なんだかあの子、ボロボロだわ…」
やがて、窓に手をついて止まったアスランが呟いた。
かつてキラに何かがあって、それがあの動揺の原因なのだろう。
「あの声、知ってる?」
アスランは反対側の壁にもたれかかったカガリに尋ねた。
「声?ああ、フレイ…」
キラの事が好きだと言い、アークエンジェルにいる間、ずっとキラと一緒だった赤毛の男…カガリはむすっとしたように眼を逸らした。
「前、アークエンジェルに乗ってた。キラの…仲間だ」
「恋人」とは、どうしても言いたくなかった。
フレイが本当にキラの恋人だったなら、キラはあの頃、もっと楽しそうにしていたはずだ。
(少なくともあんなところで、たった1人で泣いたりなんかしなかったはずだ)
カガリはそう思いながら、アスランを見つめた。
(恋人なら…きっと…もっと…)
「そう」
アスランは多くを聞かず、再び暗い宇宙に眼を向けた。
アークエンジェルでは静かな時間が流れていた。
ノイマンとトノムラは、初めこそナタルの件で少し重苦しい雰囲気で話をしていたが、やがて気の置けない仲間同士で和やかなお喋りに興じており、サイは優等生らしく、今日のキラたちの戦闘データをデータベースに書き込みながら、想いはフレイに飛んでいた。
サイの脳裏には、彼らに翻弄された苦い日々が蘇る。
けれど、フレイの心の底の本音はおぞましいものだった。
彼があの時と変わっていない限り、キラはまた傷つくだけだ。
(フレイ、あなたも少しは変わったのかしら?)
サイは手を止め、懐かしい彼の声を思い出した。
(今は私たちが戦う理由を、理解できるようになったのかしら…)
ドミニオンでも穏やかな時間が流れている。
ナタルは艦長室で、アークエンジェルとマリューに想いを巡らせていた。
艱難辛苦を乗り越えた彼女のきっぱりとした意志の強さを目の当たりにし、ナタルにも今、本人ですらまだ気づかないわずかな迷いが現れていた。
アズラエルがご機嫌だったため罰はなく、パイロット3人も思い思いの夜を過ごしていた。
シャニは音楽を聞きながらアイマスクをしてうとうとしていたし、クロトはやりこんだゲームを厭きもせず、また最初からやり直していた。
オルガもソファに座って小説を読んでおり、傍から見れば彼らも普通の青年と何ら変わらないように見えた。
フレイは、地球軍の軍服を渡され、与えられた部屋に案内されたが、1人になるとしゃがみこんだ。
これから自分はどうなるのかという不安が頭をもたげたが、やがてキラが生きていたという事実が痛みとなって蘇ってきた。
「おまえは嘘つきだ!卑怯者で、裏切り者のコーディネイターだ!」
「自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんだろうっ!!」
彼女に投げつけた刃が、自分の心に還って来て突き刺さる。
仲間と…友達と戦ってまで自分を守ろうとしてくれたキラ…一人ぼっちの彼女を、捉え、支配し、戦わせ、緩慢に死へ向かわせようとした自分…
「やりたくないことややらなくていいことに、簡単に頷かなくていい」
同時に、「敵」であるナチュラルの自分にそう言ってくれたイザークを思い出し、フレイは拳を固めて床を叩いた。何度も何度も何度も叩いた。
「誰も、きみを否定なんかできない」
キラの話を静かに聞いていたラクスは言った。
「誰にもそんな事をする権利はないんだよ」
恵まれた体と頭脳を持って生まれながら、血のバレンタインによって未来を奪われたラクスは、生命ある限り永遠に続く病の苦しみに、いっそのこと死んでしまっていた方が…と思い煩った日々もあった。
「宿命を背負って生まれたことは、きみのせいじゃないだろう?大切なのは、なぜ生まれたかではなく、どう生きるかだと思う」
病んだおまえにもできることがあるはずだと言った父・シーゲルの励ましを受け、自ら悲劇を背負った「平和の象徴」となることで再び自分を取り戻す事ができたラクスは、キラに告げた。
「戦い続ける道はとても辛いけど、一緒に行こう、キラ」
キラは顔を歪ませる。紫の瞳を、溢れる涙が濡らした。
「私、もう泣きたくない」
弱い自分を見るのは、もういやだ。
「フレイのこと、守らなきゃいけなかったのに…見えないものと、戦わなきゃいけないと思うのに…何よりも、もっと強くなりたいと思うのに…」
「泣いていいんだよ」
ラクスが優しく言った。
「キラには、悲しい夢が多過ぎる」
ラクスは下を向いてぽろぽろと涙をこぼすキラの髪を優しく撫でた。
「でも…今ここにいるきみが、全てなんだよ」
ディアッカとの苦い再会を何度も反芻し、イザークは唇を噛んだ。
思い出すのは、ずっと友達と戦っていたというアスランのことだった。
(あいつはずっと…こんな想いにたった1人で耐えていたのか?)
帰還した彼は、フレイ・アルスターが解放されたと聞いて驚いた。
「…解放!?あんな戦場でですか!?」
「きみがそんなに驚くとは意外だな、イザーク」
平静を保とうとしたが間に合わず、動揺を露にしたイザークを見てクルーゼは面白そうに笑った。
「いなくなったらなったで寂しい…かな?」
「まさか!そのような事!」
イザークは想いを隠そうと、吐き捨てるように言った。
「あんなヤツ、必要ありません。捕虜の返還はご英断だと思います」
(あんな、バカでマヌケな臆病者は…)
いつもこちらを窺うようにビクビクしていた彼を思い出して、イザークは舌打ちした。
(自分がいたいと思える場所に戻れるなら…それが一番いいんだ)
「みんなが…泣いてるみたいね」
アスランが呟くと、カガリはしばらく黙っていたが、やがて答えた。
「1人だから泣けることも、誰かがいるから泣けることも…あるだろ」
そしてそのままポケットからあの写真を取り出し、眺めている。
アスランはカガリを見つめ、気づかれないように微笑んだ。
ただ傍にいるだけなら、今の自分にもできそうだった。
長かった一日が終わりを告げ、哀しい夜が更けていった。
シャニたち3人が苦しんでいる間に、ジャスティスに壊されたフォビドゥンのゲシュマイディヒパンツァーが修復され、フレスベルグも以前のように曲がるようになっていた。
キラはフルバースト、アスランもまたファトゥム-00を開いた状態から、ヘッジホッグの如き火線を展開した。
「目標はあくまでエターナルだ」
早々に新型のゲイツを失ったクルーゼが、乗り慣れたシグーのコックピットから命じると、イザークは複雑な思いを抱えたまま頷いた。
「イザーク・ジュール、デュエル、出るぞ!」
そしてこれが初陣となるルーキーたちを率いて出撃した。
ディアッカが、そしてアスランが戦っている戦場へと。
デュエルとジン部隊を見送ったクルーゼは、傍の兵に伝えた。
「私が出たらポッドを射出しろ」
「モビルスーツ、来ます。熱紋照合、ジン12、デュエル、シグー。ブルー22、マーク18、デルタ!」
サイがその数の多さに眉をひそめながら報告すると、ミリアリアはチラリと新型と戦うジャスティスと、ドミニオンのミサイルを迎撃するバスターを見る。
ついにあの2人にも、ザフトと戦う日が来たのだと思いながら。
「主砲照準、各艦、火線をエターナルに集中せよ!」
ヴェサリウスが動き出し、エターナルに向けて射線を合わせた。
僚艦であるナスカ級ヘルダーリンとホイジンガーがヴェサリウスを援護する。
それぞれの艦が敵を牽制しながら展開を終えると、改めて戦いの火蓋が切って落とされた。
「ナスカ級接近。距離30、オレンジ14、マーク33から87、チャーリー」
「チッ…クルーゼめ!嫌な時に嫌な位置に」
後ろを取られたエターナルはゆっくりと前進を続けていた。
「バルトフェルド艦長」
既に宙域でドミニオンとの戦闘を開始しているマリューから通信が入り、バルトフェルドはデータを共有しながら状況と今後の戦いについて指示した。
「エターナルとクサナギで迎撃する。アークエンジェルはドミニオンを」
「わかりました」
「了解した」
キサカも答え、ヘルダート、コリントスを装填させる。
「転進!イエロー17、マーク25アルファ、推力70」
エターナルは一杯まで前に出ると、舵をポートに回した。
「ゴットフリート1番2番照準、目標ザフト艦」
クサナギではCICをキサカに任せ、カガリはMSオペレーターとして席に着いている。
「アサギ、ジュリ、マユラ!各自小隊を組んで迎撃にまわれ!」
「了解!」
「わかりました!」
「…わ、私が小隊長?」
泣き言を言うなとマユラを励まし、カガリは戦況データを送らせた。
「連中で大丈夫か?」
「キラたちの負担を減らすためにも、仕方ないだろ」
問いかけるキサカに答えながら、カガリも内心では気が気ではない。
だが力不足は承知の上で、今はとにかくやってもらうしかない。
戦場にはミサイルやビーム以外に、それぞれの思惑が飛び交っている。
イザークはエターナルに向かう道すがら、バスターを見つけた。
(くそっ!)
答えの出なかったディアッカとの会話。
けれど決意の固いディアッカの行動を、ただ否定する事が正しいとも思えない…ジレンマに苦しみながら、イザークは飛び去った。
「イザーク」
そしてまた、そんなデュエルをディアッカも見つめていた。
やがてヴェサリウスがエターナルに主砲を放った。
ヘルダーリン、ホイジンガーも続いて収束砲を放ち、エターナルとクサナギも同時に主砲をぶち込む。そして両者ともありったけのミサイルを撃ち出し、戦場はたちまち激しい艦砲射撃合戦となった。
戦闘によって救命ポッドは行き先を見失い、いつ流れ弾にあたらないとも限らない危険な状態に陥った。
「ナスカ級より、ポッド射出されました。シグナルを確認」
ドミニオンでは先ほどの通信どおり、救命ポッドが1基射出されて宙域を漂っていることが確認された。
「一方的な通告のみでこんな宙域に…」
ナタルは敵の真意を計りかね、考え込んでいた。
「どういうことですかねぇ。撃ち落とさせたい?回収させたい?」
どうしますか?とアズラエルが聞くが、明らかに面白がっている様子だった。
「罠にしても妙ですし」
しかし、ナタルの思考はそこで強制的に一時終了した。
「ミサイル接近!」
「回避!取り舵!」
ナタルが戦闘に戻った後も、頬杖をつきながらアズラエルはモニターに映し出された、よろよろと進む頼りないポッドを見つめていた。
「ほんとに乗ってんの、捕虜なんですかねぇ…」
「チッ!ごちゃごちゃだぜ」
クロトはそう言いながらも、ドサクサに紛れジンやM1にも攻撃を仕掛けた。
アスランはそんなレイダーに気づくと、リフターを投げて攻撃を阻止する。
「すっげーじゃんか!」
オルガは上機嫌で笑いながらシュラークとバズーカを四方八方に撃った。
これだけ数がいれば、シャニやクロトに当てる方が難しいくらいだ。
遠くで流れ弾に当たるマヌケなジンを見て、オルガは笑いが止まらない。
ニーズヘグで右に左にと斬りかかってくるフォビドゥンをかわしながら、アスランはかつての自分の母艦と交戦するエターナルとクサナギを気にしていた。ジン部隊が次々と両者に向かっていくのがわかる。
「まずい、キラ!M1だけじゃジンに対抗しきれない!」
追い込まれたM1がデブリの陰に隠れたと思うと爆炎が上がった。
「いい加減にぃぃ!!」
レイダーが盾から連射をしかけ、取りついたところでツォーンを放つ。
回避したジャスティスに、フォビドゥンがフレスベルグを連射した。
両者同時には防ぎきれず、ジャスティスは後方へ弾き飛ばされたが、そこへフォビドゥンが再び大鎌を構えて追ってくる。
「墜ちろぉ!!」
別のポイントでは、相手がなんだろうが好き放題に撃ちまくっているカラミティを見つけ、キラが2本のサーベルを抜き、斬りかかっていた。
何か決定打に欠けた戦いは決着がつかず、泥沼化する一方だった。
「ジンなんか!ジンなんか!」
エターナルに取りつこうとするジンを、泣き声のような掛け声と共に、マユラが迎撃した。ほっとする間もなく、自分が率いるM1が別のジンに追われて苦戦していた。マユラは勇気を奮い起こし、仲間の元へ向かう。
「…やっつけてやるんだからぁ!」
アサギとジュリもそれぞれ仲間を率い、それぞれの戦いを繰り広げていた。
「奴ら、エンジンを狙ってるわ!」
「シールドを構えなさい!相手をよく見て!」
「右舷へ回り込め!墜とされるなよ、ヒヨっ子ども!」
部下たちを見送ったイザークは、1人で左舷を受け持とうと旋回したが、そこにはインパルスを構えたバスターが待ち構えていた。
「ディアッカ…!」
「…イザーク」
ディアッカとて、できることならイザークと戦いたくはない。
けれど、ここで立ちはだかるべき者は自分であるとも思っている。
(俺はもう選択した…だったらやり遂げるしかないだろ)
ディアッカは決意に満ちてデュエルを睨みつける。
「う…」
イザークはギリギリと歯を食いしばった。
キラは不思議なくらい冷静に、三勢力が入り乱れる戦場を見つめていた。
カラミティのバズーカで被弾したジンが母艦へと下がっていく。
M1が2機のジンに追い込まれ、前後から刺されて爆散する。
ジャスティスがレイダーとフォビドゥン両者を相手に戦っている。
ドミニオンとアークエンジェルは主砲を撃ちあい、ロール回避のたび、艦底を見せている。エターナルもまたすさまじい数のミサイルを撃ち出す。
(なんで…こんなひどい戦いになっているんだろう…)
「ならば存分に殺し合うがいい!それが望みなら!」
キラは思い出したくもない声を思い出して頭を振った。
(私たちは、戦争を止めるために、殺し合いを止めるために戦ってるはずなのに)
いざ戦いが始まると、こうして飲み込まれてしまう。
ただ「敵」と「戦うこと」そのものに。
(やっぱり、戦っても戦争は終わらない)
キラは絶望感に苛まれた。
「バルトフェルド艦長」
宙域図を見ていたラクスがバルトフェルドに声をかけた。
「なんです?」
「クサナギと共に、すべての火線をヴェサリウスに集中して欲しいんだ」
は?と振り返ったバルトフェルドに、ラクスがにこりと笑った。
「あの艦を突破して、宙域を突破しよう」
「そんな!あれに向かってったら3隻からの集中砲火に曝されますよ?」
ダコスタが呆れ顔で抗議した。
「ムチャです、ラクス様!」
「でも、突破できれば一番追撃される可能性も低いと思うんだ」
「ん~」
バルトフェルドは唸る。
「とはいえ、僚艦もナスカ級だからねぇ」
「エターナルは足が速い。撃たれる前に距離を詰めよう」
もちろんダメージは覚悟の上だが、クサナギには援護をしながらピタリと距離を合わせて追ってきてもらいたいのだと言う。
ラクスには何か策があるようで、そう言いながら楽しそうに笑っている。
「でもスピードは落とさないでね、ダコスタくん」
「んな、ムチャな~!」
ダコスタが喚いても、もはや誰も聞いていない。
「なるほど、面白そうだな」
バルトフェルドがニンマリと笑って副官を見た。
「やれるな、ダコスタくん?」
ダコスタはガックリとうなだれた。
「あのナスカ級を突破する!?」
マリューが思わず大声をあげた。
アークエンジェルを長きに渡って追いまわした因縁の艦だ。
足の速さも主砲の強力さも、無論あちらの腕のよさもわかっている。
「うむ。このまま畳まれたらどうにもならん。厳しいが一か八かだ」
そうなると、エターナルと共に行くことになるクサナギはともかく、残るはアークエンジェルだ。
「アークエンジェルだけで、ドミニオンを振り切れるか?」
「やるしかねぇだろ」
その時、包帯だらけのフラガが横から口を出した。
治療が終わったフラガは、安静にしていてくださいという軍医の言葉に逆らい、看護兵の眼を盗んで医務室を飛び出した。
キラが…皆が戦っているのに、自分だけ寝てなどいられないとブリッジに入ってきて皆を驚かせたフラガは、さっきから何かに怒っているようでひどくピリピリしている。
マリューはそんなフラガを制止して落ち着くよう諭すと、「わかりました」と答え、ミリアリアには「キラさんたちに知らせて」と指示した。
フレイは激しさを増す戦闘の中、恐怖にすくんでいた。
実際にはまだ距離はあったのだが、救命ポッドではモニターの画面をかすめるジンやM1が恐ろしいほど近くにいるように感じられる。
いつ、このポッドにミサイルやビームが当たらないとも限らない。
やがて脅えきったフレイの眼に、懐かしいアークエンジェルが飛び込んでだ。
(アークエンジェル!!!)
乗っていた時は、あんな戦艦などに何の思い入れもなかった。
ただ、自分が乗っているのだから落ちるなと思っていただけだ。
雑用も面白くなかったし、海では船酔いでひどい目に遭った。
けれど、離れてみればなんだろう、この懐かしさは…潜水艦やザフトの戦艦など、色々な乗り物に乗ったけれど、あの艦ほど安心できたものはなかった。アークエンジェルでは、いつだって…
(…俺は、守られていた)
フレイはドクンと自分の心臓の鼓動を感じた。
(そう、守られていた…誰に?何に?)
それからイザークに叩き込まれた通信技術を駆使してチャンネルを開き、手早く国際救助信号を発信した。
「あ…アークエンジェル!」
戦闘を続けながらなお、救命ポッドの問題が奥歯に挟まったままだったドミニオンでは、ナタルとアズラエルがその声に顔を見合わせた。
同時にそれはアークエンジェル、エターナル、クサナギや3隻のナスカ級、およそ信号を受信可能なすべてのモビルスーツに届いた。
聞き覚えのある声に、マリューが、サイが、ミリアリアが驚く。
声の主がわからないアスランや新型の3人はいぶかしんだが、デュエルのイザークもまた、その声に驚いて振り返った。
(なぜ…あいつの声が?)
しかし誰よりも驚いたのは、もちろんキラだった。
(この声…この声は…!)
「アークエンジェル!俺、ここに…」
フレイは必死に呼びかけていた。
「フレイ・アルスターです!救援を求めます!アークエンジェル!」
「なんなんです?これは?」
アズラエルは腰を浮かし、少年の声を聞きながら怪訝そうに尋ねた。
「ザフト脱出ポッドより、国際救難チャンネルです」
オペレーターが信号を拾い、ナタルとアズラエルは再び顔を見合わせた。
「サイ!サイ・アーガイル!聞こえるんだろう!?」
フレイは何も答えの返ってこない通信機に必死に叫んでいた。
ミリアリアは「フレイ?」と驚き、振り返ってサイを見る。
名を呼ばれたサイもモニターに釘付けになっていた。
「どうして…?」
転属になったはずのフレイが、なぜザフトのポッドに…?
「おい、何の騒ぎだこれは?」
全く事態の飲み込めないエターナルではこの騒ぎにざわめき、クサナギでは逆に、その声の主を知っているカガリとキサカが黙って事の推移を見守っていた。
衝撃に心拍数が上がり、呼吸すらもできなくなっていたキラは、一旦息をついてから大きく息を吸った。
「…フレイ!!」
フリーダムがいきなり飛び出すと、正面のレイダーは既に攻撃態勢に入っていた。
「もらったっ!!」
当然、そのままレイダーのクローに頭部をがっちりと捕まえられてしまう。
「ぐぅっ!」
胸部までを完全にロックされたフリーダムを援護しようと、アスランが慌てて向かうが、手遅れだった。次の瞬間、レイダーのアフラマズダがフリーダムの頭部を無残にも吹き飛ばしてしまったのだ。
「キラッ!!」
力なく手足を揺らすフリーダムを見て、アスランはサーベルでレイダーの背を突くと、蹴り飛ばしてフリーダムから引き剥がした。
「うわぁっ…ちっ!!」
容赦のない突きで小爆発を起こしたレイダーもまた、後退した。
「捕虜って、この子がですか?子供ですよね」
アズラエルが手を顎に当てて首を傾げた。
しかしアルスターという名に聞き覚えがある気がする。
「ん~…アルスター、アルスター…誰だったかな?」
「カラミティ!サブナック少尉!ポッドを回収しろ」
ナタルはそんな彼には答えず、カラミティに通信を入れた。
「ん?」
それを聞いてアズラエルが少し驚く。
アスランは顔面部分を吹き飛ばされ、頭部のフレームが丸見えになったフリーダムを支えて、冷静に機体のダメージをチェックしていた。
アイカメラは吹っ飛んだが、駆動部や伝導体には損傷がないようだ。
「一体どうしたの、キラ?大丈夫?」
しかしキラは答えない。そもそもアスランの声すら耳に入っていなかった。
キラはコックピットの中で息を荒げていた。
(行かなくちゃ…フレイを助けなくちゃ…守らなくちゃ!)
「彼は亡くなったジョージ・アルスター外務次官のご子息です」
「ああ、そうそう、ヘリオポリスへ向かってた彼!」
アズラエルが思い出したとぽんと手を打った。
愚鈍な男だったが、コーディネイター嫌いで有名で、ブルーコスモスの活動にも賛同し、政府筋から便宜を図ってくれていた。
「急げ!サブナック少尉」
「チッ!」
オルガはブリッジから送られてきたポッドの座標を確認すると、レイダーに手ひどくやられたフリーダムを一瞥して飛び去った。
「いや…しかし、だから罠じゃないってことじゃない」
アズラエルはやけに慎重だった。
「そもそも本人かどうかもわからないし、脅されたり、洗脳されてるのかも」
「ですが…」
「最悪の場合、本人も知らない爆弾が仕掛けられてた…なんて事もあるでしょ?」
ナタルは好奇心の塊のようなこの男の、突然の慎重論に困惑した。
こういう時に限って、それこそ熟練した老獪な軍人のような事を言う。
だが確かに、彼が言う事はそれなりに正しく、憂慮すべき事だった。
ナタルは艦外カメラが捉えられている小さなポッドを見つめた。
だがその時、再び聞こえてきたフレイの言葉がアズラエルの心を捉えた。
「か…鍵を持ってる!戦争を終わらせるための、鍵だ!!」
「戦争を終わらせる『鍵』?」
彼の瞳に再び好奇心の光が宿り、激しく輝き始めた。
(なかなか面白い事を言うじゃないか)
アズラエルは嬉しそうに笑った。
(フレイ…フレイが、あいつに…!)
一方キラは、ナタルの命でポッドの回収に向かったカラミティを見て、フレイが傷つけられると思い、ジャスティスの支えを振り切った。
「待っ…!」
そしてアスランが驚く間もなく、なりふりかまわずカラミティを追い始めた。
「あ?なんだ、あいつ?」
オルガは向かってくるフリーダムに気づいた。
「おいおい、撃って欲しいのか?」
カラミティは振り返ると行きがけの駄賃にシュラークを放った。
フリーダムはそれを避けもせずにしゃにむに突っ込んでいく。
「危ない!!」
またしてもその不可解な行動にアスランは驚いたが、レイダーがフリーダムとカラミティの元に向かうのを見て、急いでライフルを抜いた。
「おまえらぁ!」
しかしそこにフォビドゥンが体当たりしてきたためアスランは動けず、そのままシャニと力比べをするはめになった。
カラミティの砲撃に晒されて、既にフレームしか残っていなかったフリーダムの頭部が完全に吹き飛んだ。
「うぐっ…」
キラは衝撃で前後に体を揺さぶられ、呻いた。
メインのみならずサブカメラも完全に死んだため、コックピットからは何も見えなくなった。だがレーダーは生きており、ポッドの救難信号を捉え続けている。
(行かなきゃ!フレイを助けなきゃ!)
パニックでも起こしたように気持ちを逸らせたキラはカラミティを追うが、その後ろからはさらにレイダーが無防備なフリーダムを追ってきている。
「そいつを捕まえろ、オルガ!」
挟み撃ちにすべく、クロトが逃げ道を塞ぎながらオルガに叫んだ。
けれどそんな必要はなく、キラは後ろなど気にもしていなかった。
「なんだか知らないけど、今度こそやれそうじゃない!?」
「艦長!フリーダムが!」
フリーダムの惨状にミリアリアが声を上げ、マリューも息を呑んだ。
キラがここまでやられるなど、イージスの自爆以来だろうか。
ブリッジは皆動揺を隠せない。チャンドラも「おいおい」と呟いている。
しかしサイには、このキラの動揺がフレイのためだとわかっていた。
「キラ…」
(フレイはコーディネイターのあなたの想いを利用していた…)
キラが死んだと思ったあの時、フレイはせせら笑うように言ったのだ。
「本気で戦わないからだよ…バカなヤツ」
「きみだって嫌いだろ?コーディネイター。敵だもんな、俺たちの」
自分が知っている事実を知らないとはいえ、それでもキラはフレイを守ろうとしている。
ボロボロになりながらカラミティを、フレイが乗っているポッドを追うフリーダムを見ながら、サイは哀しげに友の想いを噛み締めていた。
「へぇ、面白いことを言いますね、彼。何をお持ちなのかな?鍵って」
「そんなもの…そちらは信用なさるのですか?」
さっきまで随分現実的な事を言っていたかと思えば、子供の戯言に耳を貸す。
やはりこの男とは相容れないとナタルは思う。
「だって気になるじゃない。普通言いませんよ、戦争を終わらせるための『鍵』…なんて言葉」
アズラエルは興味津々のようだ。
一方、この騒ぎの中で唯一蚊帳の外にいるエターナルが皆を現実に引き戻した。
「突破する!ラミアス艦長!」
バルトフェルドの声に、マリューははっと我に返った。
「でも…」
「今がチャンスだ。フリーダムはジャスティスに任せろ!」
しかしマリューはすぐには頷けなかった。
ポッドで助けを求めているのは、仮にもかつてこの艦にいた「仲間」なのだ。
「マリュー、行くんだ」
その時、フラガが静かに発進を促した。
「…だけど、あの子…私たちを呼んでいるのよ…」
「彼はドミニオンが保護した。バジルールに任せよう」
どうしても非情になりきれない彼女の想いを汲んだフラガの言うとおり、モニターには新型のうちの1機が、救命ポッドをマニピュレーターで抱えこむ姿が映し出されていた。
マリューはそれを見て再びフラガを見、フラガは黙って頷いた。
(ナタル、彼をお願い)
マリューは彼の処遇に配慮があることを願い、仲間たちへの合図を命じる。
「信号弾!」
アークエンジェルから放たれた信号弾に、フォビドゥンと組み合っていたアスランも、イザークと睨み合うディアッカもエターナルの突破開始を知った。
「主砲照準。ミサイル発射管、全門開け!誘導弾用意!エターナルはこれより、最大船速にてヴェサリウスを突破する!」
バルトフェルドが宣言し、エターナルのエンジンがうなりをあげた。
「総員、衝撃に備えよ!」
ダコスタが、回避ルートは自分が指示するとパイロットに伝えた。
キサカもまた、ゴットフリートの照準をあわせて作戦開始を待っていた。
「エターナルがロールした瞬間を狙って、主砲を撃ってください」
「はぁ!?}
これより少し前、カガリはモニターの向こうのラクスとバルトフェルドに詰め寄っていた。
「そんなの、少しでも逸れたら…」
「信じてるから」
上ずった声のカガリに、ラクスはにっこりと鷹揚に笑った。
「キサカ一佐や、クサナギの皆さんや、カガリくんのこと」
「いや、だって…おまえなぁ!」
「諦めろ、少年」
カガリの言葉を遮ってバルトフェルドも言った。
「我らが悲劇の英雄殿には、誰も逆らえんよ」
エターナルが射線を開くと同時にゴットフリートを発射するためには、何よりタイミングが肝心だ。足の速いエターナルにピッタリとつけるには全速力でついていくしかなく、しかもその瞬間を見極めねばならない。
「ヘタをすると、エターナルにカマを掘るぞ」
バルトフェルドは真面目な顔でそんな事を言うキサカに笑って一任した。
「なに、全てそちらにお任せするよ」
それは、彼に乗組員全員の命を預けるという事でもある。
(不思議なものだ)
かつて自分の故郷を焼いた砂漠の虎に、ここまで信頼され、こうして共闘する事になるとは…キサカは感慨深げに思った。
そして突破が始まった。
キラはカラミティに回収されたポッドを見て、震える手でチャンネルを開く。
(早く、早く!)
そしてそれが開くと同時に叫んだ。
「フレイ!」
外から何かに掴まれ、運ばれているらしいと不安を感じていたフレイは、自分の名を呼ぶその声に眼を見張った。
「フレイ!フレイッ!!」
キラのあまりにも悲壮な声に、サイは思わず眼を伏せた。
そしてまた、その声を聞いていたもう1人も驚きを隠せなかった。
「この声…キラ・ヤマト!?生きていたのか」
ナタルは驚くと同時に、これまでの自軍の苦戦に至極納得した。
「キラ?」
灰色の瞳がきょろきょろと見回したが、ポッドの中からは何も見えない。
(生きて…た…?)
フレイの心に複雑な思いが去来した。
その名を呼ぼうと思った。声に出し、自分が気づいたと知らせたかった。
けれど口の中はカラカラで声が出ない。彼の言葉は失われてしまった。
(キラ…)
柔らかい髪と、大きくて濡れたような紫の瞳と、無理して笑う顔が浮かぶ。
(私たち…間違ったんだよ…)
会えなくなった時は何とも思わなかったキラは今、フレイの中で哀しげな偶像として蘇り、彼女を深く傷つけた事が自分の心を苛んだ。
既に眼を失ったフリーダムは、信号だけを追って進んでいく。
それは当然、ドミニオンに向かっていくということだった。
「これで!」
廻りが見えていないフリーダムに追いついたレイダーは、後ろから機銃掃射を行った。激しい衝撃でバランスを崩したフリーダムは、再びレイダーのクローに捕らえられた。
けれどクロトは、今度は前のようにプラズマ砲を撃つ事ができなかった。
後ろからライフルの集中攻撃にあい、さらにシールド越しに体当たりを食らってクローが外れたのだ。アスランはそのままライフルを連射し、レイダーを追い払ってフリーダムに向き直った。
「下がって、キラ!」
クロトはチャンスを潰された腹いせにモビルスーツ形態になるとミョルニルを投げ、ジャスティスはそれを待ち構えて蹴り飛ばした。
「その状態で、1人で敵艦へ突っ込む気なの!?」
しかしそんなアスランの声にも耳を貸さず、キラはさらにドミニオンに向かおうとするので、アスランはついにフリーダムの脇にジャスティスの腕を回して羽交い絞めにした。それでもなおフリーダムは抵抗する。
「…離して!離してよ、アスラン!」
「だめよ!私たちももう戻らなくちゃ!」
もともとパワーは巨大なバックパックを持つジャスティスの方が上だが、それでも油断すると満身創痍のフリーダムに振りほどかれそうになる。
「私が守ってあげなくちゃいけないの!行かなくちゃ!離して!」
「…守るって…誰を?」
「フレイ…フレイは私が…」
「…フレイ?」
その名に全く聞き覚えのないアスランには、何が何だか全くわからない。
オーブで再会してから随分日も経つのに、キラの口からもカガリからも、これほどまでにキラが執着する「フレイ」という人物の名は出てきた事がないのだ。
「落ち着いて、キラ!帰るのよ!」
暴れるフリーダムをなんとか力で抑え込み、アスランは離脱を急いだ。
エターナルはようやく準備が整った艦載砲ミーティアを併せて放ちながら、信じられない速さで前進してきた。
ヴェサリウスも僚艦も、これを主砲、ミサイル共に撃って迎撃したが、ダメージを恐れることなく、エターナルはありったけの砲門を開いて猛スピードで突っ込んで来る。そして、ある地点で突然ロールした。
「何だ!?何をやっている!?」
アデスはその不可解な動きに思わず声をあげた。
しかし次の瞬間、その意味は誰の目にも明らかとなった。
隠れていたクサナギのゴットフリートが、ヴェサリウスを貫いたのだ。
ブリッジは命中した衝撃で大きく揺れた。
さらに第二波が襲い掛かり、ヴェサリウスの機関が火を噴いた。
「プラズマ残滓、抑制できません!」
「隔壁閉鎖…ダメージコントロール、レッド!制御できません!」
かつてイザークたちがガモフの主砲の射線を隠した事があったが、それを機動性に劣る戦艦でやるなど、あまりにもバカげた作戦だった。
しかしエターナルの足、ダコスタの指示とパイロットの勇気に加え、主砲を放ったキサカの判断力の全てが、見事に合致した結果は今、アークエンジェルの宿敵ヴェサリウスを沈黙、撃沈へと追いやった。
「ぬぅ…」
アデスは悔しさで唸った。ヴェサリスのダメージは致命的といえた。
ホイジンガーとヘルダーリンは燃え盛るヴェサリウスを見て、エターナルへの攻撃を続けた。しかし敵は既にアウトレンジを突破して懐に入りこんでおり、射線に必要距離がある主砲では、もはや効果的な攻撃ができなくなっている。
「総員、退艦!ぐずぐずするな!」
アデスはこれまでと悟り、全クルーに退艦命令を出した。
ホイジンガーとヘルダーリンは旗艦の救命シャトルの準備に追われており、彼らの脇をすり抜けるエターナルを見逃した。やや遅れてクサナギも突破する。
旗艦の轟沈を前に、ラクスの読みどおり、僚艦のどちらも追撃はできなかった。
「ヴェサリウスが!!」
激しく爆発を繰り返すヴェサリウスを見て、デュエルは立ちすくんだ。
それを見たディアッカは銃を収め、戦線を離脱した。
デュエルは追ってこず、ディアッカはふうとため息をついた。
「…悪いな、イザーク」
後味の悪い思いを抱きつつ、ディアッカは合流ポイントでアスランと合流したが、ジャスティスが運ぶフリーダムのダメージを見て驚いた。
「どうしたんだよ、珍しいな、こいつが…」
「まだ追って来てる。気をつけて」
しつこい追っ手に気づいたディアッカは足を止めた。
「やれやれ。おまえたちは先に行け」
「逃がさないよ!」
バスターは追ってきたフォビドゥンに、振り向きざまにライフルとガンランチャーを放って相手の行く手を阻む。
「援護して!バリアント、撃ぇ!」
アークエンジェルも援護射撃を加え、追いついたモビルスーツと共に、徐々にドミニオンとの距離を開いてエターナルとクサナギを追った。
「信号弾!」
ナタルもまた、フォビドゥンとレイダーを呼び戻した。
パワーが危険ゲージにあること、既にエターナルとクサナギが宙域を離脱し、アークエンジェルも撤退の意思を見せているためだ。
後にザフト艦が残る以上、こちらに戦闘意思なしと示すには離脱が望ましい。
戦闘が長引いているせいか、さしものアズラエルも文句は言わなかったが、それ以上に、彼の関心が今は別のところにあるからかもしれなかった。
アークエンジェルを追うアスランとディアッカは、やがて激しく炎を噴上げている、かつての母艦ヴェサリウスとすれ違った。
彼らの優れた視力は、ブリッジに1人残るアデスの姿を捉えていた。
アデスもまた、昔馴染みのバスターを認めてゆっくり敬礼した。
2人は死に逝く艦長に心からの敬意を表し、敬礼を返した。
イザークもまた、彼らと共に母艦を見つめていた。
自分は、戦場でディアッカと対峙しながら戦うことを躊躇した。
(その迷いが、この結果か…)
イザークは怒りを覚え、思わずモニターに拳を振り下ろした。
「…艦長!」
掌から、大切なものが次々とこぼれていくような気がする。
(ニコルも、アスランも、ディアッカも…皆…)
「こちらも撤退する。残存部隊は座標デルタ0に集結しろ」
クルーゼの冷静な声すら、今のイザークには無性に腹立たしかった。
先ほどのアルスターの件も、一体何が起きたのかわからない。
「ここで地球軍とやり合っても何にもならん」
クルーゼはそう言い残すと、早々に戦場を離脱した。
イザークは腑に落ちない思いを抱きながら兵たちを率い、後に続く。
(鍵は渡したぞ、アズラエル)
クルーゼは去っていくドミニオンを見ながら、にやりと口の端を上げた。
果たしてきみは、「正しき道」を選べるのかな?
一方その「鍵」を運んだフレイは、銃を持つ兵に連れられてドミニオンのブリッジへとやってきていた。
「へぇ、きみが…」
アズラエルがザフトの制服を着ている端正な顔立ちの彼をジロジロと見たので、フレイはそのあまりの不躾さに視線を逸らした。
「で、『鍵』って何?ほんとに持ってるの?」
そんな事にはお構いなしに、アズラエルが明るい顔で聞いた。
知りたくてたまらないとウズウズしている子供の顔だ。
フレイはそれを聞いて、大切に持っていたケースを見せた。
アズラエルの眼がますます好奇心で開いていく。
「なんだかホントっぽいじゃない。誰に渡されたの?」
「ク…クルーゼって隊長…仮面をつけた…」
「ふーん?」
クルーゼの名を聞いてもアズラエルは何の反応もなかった。
まさか自分のもとに入ってくる「プラントからの情報」は、その男が用意し、操作しているとは思っていないようだ。もっとも、彼にとってはそもそも情報提供者など何の興味も持てない相手だった。彼が興味があるのは「情報」そのものであり、今は「このデータは何か」という事だけだった。
その時フレイは、彼の横に立つ見覚えのある人に気づいて驚いた。
「バ…バジルール中尉!?」
「久しぶりだな、フレイ・アルスター。大丈夫か?」
「は、はい…」
フレイにはまだ何もわからない。
この艦がアークエンジェルでないことはわかったが、ナタルがここにいることも、データを持って、いそいそと自室に帰ったあの男が何者なのかも…そして自分を保護したモビルスーツや、そのパイロットが一体誰なのかも、全くわからなかった。
ただ、アークエンジェルに瓜二つのこの艦が、今までいたコーディネイターの戦艦よりも寒々しく、そして自分もむしろ孤独に思えるのが不思議だった。
データを持ち帰ったアズラエルは、自室でそれを開きにかかった。
トラップは仕掛けられておらず、パスも簡単に突破できるものだった。
やがてファイルを開くと、信じがたい情報がアズラエルの目の前に並んだ。
(これは…まさか…)
アズラエルは驚きと喜びで思わず立ち上がった。
そして大声で笑い始めた。
それは腹の底から嬉しそうな笑い声だった。
やっと手に入ったぞ!僕がずっと欲しかったものが!
「やったぁ!!!」
アズラエルは低重力の中で天井まで飛び上がり、喜びのあまり両手を挙げた。
「シナプスが焼けるぞ!蓄熱剤の交換急げ!」
「随分やられたなぁ…」
「しょうがないだろ!耐蝕チタンの準備はできたか?」
整備員たちが修理に走り回るエターナルでは、安全な場所に落ち着くまで応急の修理を続けている。航行にはとりあえず支障がないことが救いだった。
一方、ジャスティスに支えられて着艦したフリーダムの破損状況は、これまでの被弾率の低さからすればかなりのものだ。
アスランはすぐにフリーダムのコックピットに向かい、外部からハッチを開けて中を覗き込んだが、キラは放心したようにぐったりとしていた。
「大丈夫?」
「うん…大丈夫…ごめん…」
そう言いながら、キラは意識を失った。
「キラさん、倒れたそうよ」
マリューは医務室に戻り、安静状態に戻ったフラガに言った。
「戦闘で負傷したわけではないということだけど」
「無理もないよ。メンデルでは色々あり過ぎた。その上、突然あの坊主が現れたんだ」
心配するマリューに、「キラだって倒れもするさ」とフラガは溜息混じりに呟いた。
「俺の親父ってさ」
しばらく沈黙が続いたが、やがて彼はポツリと言った。
「傲慢で横暴で疑り深くて…俺がガキの頃死んだけど、そんな印象しかなくてさ」
マリューは黙って聞いていたが、そっとフラガの手を握った。
「…けど、信じられるか?こんなの…なんで…こんな…」
その手の温かさが彼の心に沁み渡り、フラガは思わず顔を背けた。
不覚にも、柄にもない涙がにじみそうになったからだ。
「自分のクローンを作るって…俺が…息子がいたのにだぜ?」
自分しか信じなかった親父らし過ぎて…笑っちまうよな…笑い交じりに言いながら、ちっとも楽しそうではない彼の様子に、マリューは何も言わずにただ、子供のように震える手を握り続けた。
中流階級の家庭で優しい父と母に愛され、いつも友達やボーイフレンドに囲まれて幸せに育ったマリューにとって、孤独な彼の痛みや苦しみをわかってやる事はできない。
けれど、できる事なら全てを分かち合いたいと思っていた。それこそが、温かい家庭と幸せな子供時代を知る彼女にできる唯一の事であり、そして何よりの宝物だった。
「おまけに失敗作?テロメアが短くて老化が早いって…なんだよそりゃ!」
「あなたのせいではないのよ、ムウ」
マリューは父に怒り、そして「創り出された」生命であるクルーゼに複雑な思いを抱いているフラガの気持ちを理解しようと努めていた。
フラガは優しいその声で少し落ち着きを取り戻し、ふっと息をついた。
「…奴には、過去も未来も、もしかしたら自分すらないんだ」
フラガの心に、仮面で顔を隠したクルーゼが…自分より若いはずの彼が、遺伝子的には既に齢70歳を過ぎた「老人」である事実に思いを馳せた。
(ヤツが隠しているのは、老化した顔ではなく、老いさらばえて疲れきった心なのかもしれない)
「恨んだろうな、親父を。世界を。理不尽な運命を背負わされて…」
「だから、世界を道連れにする…と?」
「そんなことはさせねぇよ!俺が…」
マリューは再びフラガの手を握り締めた。
やがて、鎮静剤が効いてフラガは眠りについた。体力が奪われて憔悴した寝顔が痛々しい。
(大丈夫よ、ムウ…あなたは私が背負った重荷を一緒に持ってくれると言ったでしょ?)
マリューは眠れるエンデュミオンに、月の女神のように優しいキスをした。
(だから私も、あなたの背負うものを一緒に背負うわ)
「カガリ…?」
眠りについたフラガと入れ違うように目を覚めましたキラを、カガリが見守っていた。
「大丈夫かよ」
そう言いながら、カガリは笑った。
いつもの明るく陽気な笑顔ではなく、大人びた表情だ…とキラは思う。
「俺、読んだよ」
「あ…」
カガリのその言葉に、キラは思わず半身を起こした。
キラを部屋に送り届けたアスランは、キラがかき集めてきた資料やデータを机に置いて言った。
「キラは、メンデルで…色々な事を知ったみたい」
「…おまえも…読んだのか?」
いいえ、とアスランは首を振った。
2人が未だに「兄妹」という状況証拠に混乱していることをよく知るアスランは、そこに何が書いてあるのか察しながらも読むことはせず、資料をただ丁寧にそろえただけだった。
「読むか読まないかは、あなたの自由だと思うわ」
キラをお願いね…アスランはそう言い残して部屋を出て行ったのだ。
「キラにだけ、苦しい想いはさせたくなかったからさ」
それを聞いたキラは、思わずカガリに抱きついた。
いつもなら逆なのだが、カガリはキラを受け止めると背中をぽんぽんと叩いて安心させた。
(この不思議な温かさや、懐かしさは…)
「兄妹…だったから…」
カガリは思い至り、キラもまたそれを実感していた。
「けど、俺たちってすごいよな」
「どうして?」
カガリに抱き締められながら、キラが聞き返した。
「生まれる前に離れ離れになったのに、こうしてまた会えたろ」
「うん」
「この広い世界で、お互いに知らないまま…もしかしたら死ぬまで会えなかったかもしれないのに、こうやってちゃんと会えたんだ」
あの日ヘリオポリスで、仏頂面のまま誰とも口を利かずにカトー教授を待っていた少年を思い出し、キラは懐かしくて微笑んだ。
(あれ…?この人…誰かに…似てる…)
そう思った自分の勘は、あながち外れてはいなかった。
(おまえ…おまえがなぜあんなものに乗ってる!?)
砂だらけの怒った顔も、仕草も、どこか自分に似ていた。
(俺は別に、コーディネイターだからどうこうって気持ちはないな)
不器用な優しさが、包み込んでくれる大きさが、とても好きだった。
(俺たちは、きっとまた会える)
確信にも似たその想いは、自分も全く同じだった。
「俺もおまえも、同じところに向かってた」
「うん…」
キラは、小さく頷いた。
(なぁ、親父…)
カガリは自分にとってただ1人の父を思い出した。
(これもまた、同じ場所に辿り着くための、「別の道」だったのかな)
やがてカガリの腕にくるまれて落ち着いたキラが、「アスランは?」と尋ねた。
「ラクスが少し疲れを感じてるんだ…立てるなら行こう」
ラクスは、自室のベッドに横になって点滴を受けていた。
医療班がてきぱきと動き回る中、枕元にはハロを手にしたアスランがいて、2人は静かに話をしている。
それはとても絵になる光景だったので、キラもカガリもなんとなく声をかけそびれた。
「…キラ?」
やがてアスランが気づくと、「よかった」と微笑みながらやってきた。
ラクスはベッドから2人に手を振る。
「大丈夫?」
アスランと入れ替わりにラクスの枕元に座ったキラが聞いた。
しかしラクスから「きみこそ大丈夫?」と聞き返されてしまった。
「色々あったんだね」
ラクスはそう言うと、キラの頭を撫でた。
「でも、よく頑張ったね」
ラクスの穏やかな声に、キラはなんだか胸が一杯になった。
「フレイ・アルスターというのは、あの時の彼だね?」
キラはビクッと体を震わせた。
アスランはひそかに、その名をラクスも知っていることに驚いた。
「私…私ね…フレイを…フレイのこと…」
キラは懸命に何か言おうとしたが、ラクスは指でキラの口を塞いだ。
「今はいい。きみはきみのできることを精一杯やった。誰も責めない」
それから尋ねた。
「戦うことは、辛い?」
キラはしばらく考え、やがて言葉を区切りながら答えた。
「私は…初め、自分がコーディネイターだから仕方がないと思って戦ってきた。敵がなんなのかもわからないままに…でもそれじゃいけないって、今はわかる」
アスランと戦って、ラクスとシーゲルさんに会ってわかったんだ…キラはアスランとカガリを振り返り、少しだけぎこちなく笑った。
「少なくとも、私たちが戦うべきなのは、誰かが決めた敵じゃないって」
それなのに今度は突然、自分こそが最高のコーディネイターだと言われ、キラの心には大きな波が立ち、不安と強い嫌悪感が渦巻いている。
「この世界を歪ませた元凶が、人の欲望や傲慢さだとしたら、その集大成…である自分は…存在してはいけないものなのかな?あの時、正しい事を貫こうとしたオーブが否定されたように、私も世界に否定されるのかな?」
キラのその言葉を聞いて、カガリは思わず一歩踏み出そうとした。
しかしアスランはそれを止め、カガリの腕を引くとそのまま部屋を出た。
カガリは驚いて文句を言いかけたが、彼女はシッと指を立てる。
「何すんだよ!」
廊下に出ると、カガリはアスランの腕を振り払って怒りを露わにした。
「キラは…あいつは何も…!」
「大丈夫。ラクスに任せて」
カガリは不満そうだったが、アスランが促すとしぶしぶ部屋の前を離れた。
そんなカガリの態度も、キラを心から心配しているからこそだと思うと、アスランはなんだか温かい気持ちになり、くすりと笑ってしまう。
その頃、ディアッカはアークエンジェルから真っ暗な宙域を眺めていた。
宇宙には灯りも標識も何もない。自分の道が正しいのかもわからない。
思い出すのはイザークとの会話だ。
(わかってくれたとは思えないが、あいつは俺の話に耳を傾け、発砲もせず、攻撃しなかった)
「だまされてるんだ、おまえは!」
ディアッカは自嘲気味に笑った。
(俺なんかだましてどーすんだっつーの)
次の瞬間、ドキリとする。
さっきまで自分しか映っていなかった窓に、ミリアリアが映っていたからだ。
ガラス越しに自分を見つめる彼女に気づいたはいいが、振りかえれない。
情けないことに心臓は早鐘のように鳴っている。
(何しに来たんだ?自分から俺に近づくなんて…)
ミリアリアは少しずつ近づくと、ディアッカの傍に来た。
ディアッカはミリアリアを見ることも、話しかけることもできない。
お互いに何も言わないまま、2人の間には時間だけが流れていく。
やがてミリアリアが、ためらいながらディアッカの手を握った。
その瞬間、ディアッカは思う。
(もし俺が騙されてるんだとしても…こいつになら、いいや…)
ディアッカは恐る恐る、彼女の温かい手を握り返した。
2人は黙って手を握り合い、互いのぬくもりを確かめ合っていた。
「なんだかあの子、ボロボロだわ…」
やがて、窓に手をついて止まったアスランが呟いた。
かつてキラに何かがあって、それがあの動揺の原因なのだろう。
「あの声、知ってる?」
アスランは反対側の壁にもたれかかったカガリに尋ねた。
「声?ああ、フレイ…」
キラの事が好きだと言い、アークエンジェルにいる間、ずっとキラと一緒だった赤毛の男…カガリはむすっとしたように眼を逸らした。
「前、アークエンジェルに乗ってた。キラの…仲間だ」
「恋人」とは、どうしても言いたくなかった。
フレイが本当にキラの恋人だったなら、キラはあの頃、もっと楽しそうにしていたはずだ。
(少なくともあんなところで、たった1人で泣いたりなんかしなかったはずだ)
カガリはそう思いながら、アスランを見つめた。
(恋人なら…きっと…もっと…)
「そう」
アスランは多くを聞かず、再び暗い宇宙に眼を向けた。
アークエンジェルでは静かな時間が流れていた。
ノイマンとトノムラは、初めこそナタルの件で少し重苦しい雰囲気で話をしていたが、やがて気の置けない仲間同士で和やかなお喋りに興じており、サイは優等生らしく、今日のキラたちの戦闘データをデータベースに書き込みながら、想いはフレイに飛んでいた。
サイの脳裏には、彼らに翻弄された苦い日々が蘇る。
けれど、フレイの心の底の本音はおぞましいものだった。
彼があの時と変わっていない限り、キラはまた傷つくだけだ。
(フレイ、あなたも少しは変わったのかしら?)
サイは手を止め、懐かしい彼の声を思い出した。
(今は私たちが戦う理由を、理解できるようになったのかしら…)
ドミニオンでも穏やかな時間が流れている。
ナタルは艦長室で、アークエンジェルとマリューに想いを巡らせていた。
艱難辛苦を乗り越えた彼女のきっぱりとした意志の強さを目の当たりにし、ナタルにも今、本人ですらまだ気づかないわずかな迷いが現れていた。
アズラエルがご機嫌だったため罰はなく、パイロット3人も思い思いの夜を過ごしていた。
シャニは音楽を聞きながらアイマスクをしてうとうとしていたし、クロトはやりこんだゲームを厭きもせず、また最初からやり直していた。
オルガもソファに座って小説を読んでおり、傍から見れば彼らも普通の青年と何ら変わらないように見えた。
フレイは、地球軍の軍服を渡され、与えられた部屋に案内されたが、1人になるとしゃがみこんだ。
これから自分はどうなるのかという不安が頭をもたげたが、やがてキラが生きていたという事実が痛みとなって蘇ってきた。
「おまえは嘘つきだ!卑怯者で、裏切り者のコーディネイターだ!」
「自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんだろうっ!!」
彼女に投げつけた刃が、自分の心に還って来て突き刺さる。
仲間と…友達と戦ってまで自分を守ろうとしてくれたキラ…一人ぼっちの彼女を、捉え、支配し、戦わせ、緩慢に死へ向かわせようとした自分…
「やりたくないことややらなくていいことに、簡単に頷かなくていい」
同時に、「敵」であるナチュラルの自分にそう言ってくれたイザークを思い出し、フレイは拳を固めて床を叩いた。何度も何度も何度も叩いた。
「誰も、きみを否定なんかできない」
キラの話を静かに聞いていたラクスは言った。
「誰にもそんな事をする権利はないんだよ」
恵まれた体と頭脳を持って生まれながら、血のバレンタインによって未来を奪われたラクスは、生命ある限り永遠に続く病の苦しみに、いっそのこと死んでしまっていた方が…と思い煩った日々もあった。
「宿命を背負って生まれたことは、きみのせいじゃないだろう?大切なのは、なぜ生まれたかではなく、どう生きるかだと思う」
病んだおまえにもできることがあるはずだと言った父・シーゲルの励ましを受け、自ら悲劇を背負った「平和の象徴」となることで再び自分を取り戻す事ができたラクスは、キラに告げた。
「戦い続ける道はとても辛いけど、一緒に行こう、キラ」
キラは顔を歪ませる。紫の瞳を、溢れる涙が濡らした。
「私、もう泣きたくない」
弱い自分を見るのは、もういやだ。
「フレイのこと、守らなきゃいけなかったのに…見えないものと、戦わなきゃいけないと思うのに…何よりも、もっと強くなりたいと思うのに…」
「泣いていいんだよ」
ラクスが優しく言った。
「キラには、悲しい夢が多過ぎる」
ラクスは下を向いてぽろぽろと涙をこぼすキラの髪を優しく撫でた。
「でも…今ここにいるきみが、全てなんだよ」
ディアッカとの苦い再会を何度も反芻し、イザークは唇を噛んだ。
思い出すのは、ずっと友達と戦っていたというアスランのことだった。
(あいつはずっと…こんな想いにたった1人で耐えていたのか?)
帰還した彼は、フレイ・アルスターが解放されたと聞いて驚いた。
「…解放!?あんな戦場でですか!?」
「きみがそんなに驚くとは意外だな、イザーク」
平静を保とうとしたが間に合わず、動揺を露にしたイザークを見てクルーゼは面白そうに笑った。
「いなくなったらなったで寂しい…かな?」
「まさか!そのような事!」
イザークは想いを隠そうと、吐き捨てるように言った。
「あんなヤツ、必要ありません。捕虜の返還はご英断だと思います」
(あんな、バカでマヌケな臆病者は…)
いつもこちらを窺うようにビクビクしていた彼を思い出して、イザークは舌打ちした。
(自分がいたいと思える場所に戻れるなら…それが一番いいんだ)
「みんなが…泣いてるみたいね」
アスランが呟くと、カガリはしばらく黙っていたが、やがて答えた。
「1人だから泣けることも、誰かがいるから泣けることも…あるだろ」
そしてそのままポケットからあの写真を取り出し、眺めている。
アスランはカガリを見つめ、気づかれないように微笑んだ。
ただ傍にいるだけなら、今の自分にもできそうだった。
長かった一日が終わりを告げ、哀しい夜が更けていった。
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制作裏話-PHASE46-
物語が佳境に入ってきた分、本編では足りないと思う部分を補完のためにずいぶん入れ込んだので、かなり長い話になりました。
今回、リライトして大幅に変えたのはアスランとカガリのラストシーンです。
本編でも、カガリがアスランにもたれかかるシーンは「ここではいらんのじゃないか?」と思っていたので、今回は思い切って完全に削りました。
ボディタッチはなくなりましたが、その代わり、互いに想いが向かい合ってきているという描写を入れています。こっちの方が、この先大きな試練が待つ2人にはいいかなと思います。
また、フレイが初めて悔恨を露にするシーンを入れました。ここは一人ぼっちだったキラに対しての自分と、一人ぼっちだった自分に対してのイザークの態度を対比させる事で、自分がいかに彼女にひどい事をしたかをはっきりわからせる事ができました。フレイがさらわれて敵陣にいた事に、きちんとした「意義」を加えたかったので、自分ではとても満足できました。
イザークもまた、フレイが解放された事に複雑な想いを抱きます。けれど、彼が望むのが仲間の元にいる事なら…と納得し、我らが王子もまたこうして成長します。コーディネイターとナチュラルの和解を体現する彼らがいるのといないのでは(なのに彼らはもう二度と会えないというのもちょっと悲劇で…)物語の深みが違うと思うんですよ。
でもこのPHASEで実は一番書きたかったのはキラとカガリでした。
2人が自分たちの出生を受け止め、真の兄妹になっていくきっかけを与えたかったので、キラが目覚めた時に傍にいるのはカガリにしたのです。
本編では結局、このへんが曖昧なままで消化不良だったんですよね。せっかく続編では本編でもこの「兄妹設定」がうまく生きていたのに(ヒビキ帝国建国万歳!)根拠になる本編がこれではいかんだろうと。
このシーン、アスランにはまさに「主役を助ける」いいバイプレーヤーになってもらいました。おかげで2人が双子問題にきちんと向き合えたので、本編でのアスランのセリフ、「少し…待ってやれよ」は削りました。でもこれはこれですっごくアスランらしいセリフなので、好きなんですけどね。
なおPHASE40でウズミに言わせた「同じ場所へ行く別の道」の伏線は、ここで「一回目」の回収を行う予定でした。
彼のこの「全てにおいて正しき道は一つではない。為政者たる者は視野を広く持て」というカガリへの教えは、今後も何度も生きることになります。
ラクスとキラの会話も、執筆時に一番書き直した重要な部分です。
本編では何の会話もなくキラがベソベソ泣くだけという「最低の展開だ」と思っていたので、逆種ではキラにはちゃんと自分の想いをラクスに告げてもらいました。
さらに「最高のコーディネイター」が否定されるべき存在なら、それを「オーブが世界に否定された」事との対比にしようと考え、PHASE40でキラに(世界は、オーブを許さなかった?その存在すら、在ってはならないと…)と思わせておいたのです。
ラクスにも、自分が死を考えるほど悩み苦しんだ事を含め、キラの問いに真摯に答えてもらいました。そもそも、ラクスにはこう答える権利と強さがなければと思ったので、彼の健康と未来がナチュラルの核によって損なわれたという設定にしたのです。
このあたりはセリフからしても、ラクスだけ明らかにお兄さん設定ですね。
私の中では「同志」であるキラとラクスの間に恋愛感情はありませんが、実はキラにとってのラクスはアスランより深いところで繋がっている「ソウルメイト」ではないかと思っています。
そのラクスの無茶振りに振り回されるダコスタとカガリ、落ち着いて対処する虎とキサカなど、戦闘シーンにも少し人間臭い会話を入れました。マユラがビビりなのは、3人の中では最も腕が劣るという設定ゆえです。ディアッカとアスランの合流なども気に入ってます。首なしフリーダムを見たら驚きますよね、そりゃ。
本編で何があったのかわからないディアッカとミリアリアは、前回からの積み重ねがあるので少し接近させてみました。過剰ではなく、だけどちょっとドキマギでき…てるといいなぁ、と思います。
総集編がなければこのへんの話が42,3話で終わっていて、その後最終回へ…だったら、色々伏線回収もできた気がしますが…ま、所詮は種クォリティです。何しろ監督自身がラストを決めていない見切り発車でやってるんですから、話数があってもきっと、ダメなもんはダメだったでしょうね。
今回、リライトして大幅に変えたのはアスランとカガリのラストシーンです。
本編でも、カガリがアスランにもたれかかるシーンは「ここではいらんのじゃないか?」と思っていたので、今回は思い切って完全に削りました。
ボディタッチはなくなりましたが、その代わり、互いに想いが向かい合ってきているという描写を入れています。こっちの方が、この先大きな試練が待つ2人にはいいかなと思います。
また、フレイが初めて悔恨を露にするシーンを入れました。ここは一人ぼっちだったキラに対しての自分と、一人ぼっちだった自分に対してのイザークの態度を対比させる事で、自分がいかに彼女にひどい事をしたかをはっきりわからせる事ができました。フレイがさらわれて敵陣にいた事に、きちんとした「意義」を加えたかったので、自分ではとても満足できました。
イザークもまた、フレイが解放された事に複雑な想いを抱きます。けれど、彼が望むのが仲間の元にいる事なら…と納得し、我らが王子もまたこうして成長します。コーディネイターとナチュラルの和解を体現する彼らがいるのといないのでは(なのに彼らはもう二度と会えないというのもちょっと悲劇で…)物語の深みが違うと思うんですよ。
でもこのPHASEで実は一番書きたかったのはキラとカガリでした。
2人が自分たちの出生を受け止め、真の兄妹になっていくきっかけを与えたかったので、キラが目覚めた時に傍にいるのはカガリにしたのです。
本編では結局、このへんが曖昧なままで消化不良だったんですよね。せっかく続編では本編でもこの「兄妹設定」がうまく生きていたのに(ヒビキ帝国建国万歳!)根拠になる本編がこれではいかんだろうと。
このシーン、アスランにはまさに「主役を助ける」いいバイプレーヤーになってもらいました。おかげで2人が双子問題にきちんと向き合えたので、本編でのアスランのセリフ、「少し…待ってやれよ」は削りました。でもこれはこれですっごくアスランらしいセリフなので、好きなんですけどね。
なおPHASE40でウズミに言わせた「同じ場所へ行く別の道」の伏線は、ここで「一回目」の回収を行う予定でした。
彼のこの「全てにおいて正しき道は一つではない。為政者たる者は視野を広く持て」というカガリへの教えは、今後も何度も生きることになります。
ラクスとキラの会話も、執筆時に一番書き直した重要な部分です。
本編では何の会話もなくキラがベソベソ泣くだけという「最低の展開だ」と思っていたので、逆種ではキラにはちゃんと自分の想いをラクスに告げてもらいました。
さらに「最高のコーディネイター」が否定されるべき存在なら、それを「オーブが世界に否定された」事との対比にしようと考え、PHASE40でキラに(世界は、オーブを許さなかった?その存在すら、在ってはならないと…)と思わせておいたのです。
ラクスにも、自分が死を考えるほど悩み苦しんだ事を含め、キラの問いに真摯に答えてもらいました。そもそも、ラクスにはこう答える権利と強さがなければと思ったので、彼の健康と未来がナチュラルの核によって損なわれたという設定にしたのです。
このあたりはセリフからしても、ラクスだけ明らかにお兄さん設定ですね。
私の中では「同志」であるキラとラクスの間に恋愛感情はありませんが、実はキラにとってのラクスはアスランより深いところで繋がっている「ソウルメイト」ではないかと思っています。
そのラクスの無茶振りに振り回されるダコスタとカガリ、落ち着いて対処する虎とキサカなど、戦闘シーンにも少し人間臭い会話を入れました。マユラがビビりなのは、3人の中では最も腕が劣るという設定ゆえです。ディアッカとアスランの合流なども気に入ってます。首なしフリーダムを見たら驚きますよね、そりゃ。
本編で何があったのかわからないディアッカとミリアリアは、前回からの積み重ねがあるので少し接近させてみました。過剰ではなく、だけどちょっとドキマギでき…てるといいなぁ、と思います。
総集編がなければこのへんの話が42,3話で終わっていて、その後最終回へ…だったら、色々伏線回収もできた気がしますが…ま、所詮は種クォリティです。何しろ監督自身がラストを決めていない見切り発車でやってるんですから、話数があってもきっと、ダメなもんはダメだったでしょうね。